2015年02月23日

梅咲くー春北風(はるきた)ー日立木から黒木まで


梅咲くー春北風(はるきた)ー(日立木から黒木まで)


まちばばし紅梅咲くや我が来る
春北風や日も暮れなむや五本松

春北風(はるきた)に向かいて走る坂越えて黒木までかも行きて帰りぬ
日立木の薬師堂に咲く紅梅やここに祈りぬ昔の人かな

3カ月ぶりなのか4カ月ぶりなのか相馬市には行けなかった。寒かったのとなかなか介護で出れないためである。
介護でショックだったのは自由に外出もできないことであった。
最近また弱ると手がかかる。便の始末とかでもかかる。
だから家で介護することは離れられなくなるから苦しいのである。
施設だったら誰かが代わってめんどうみるからいい、代わってめんどうみる人が家族にいないと在宅の介護は大変になる。
この辺ではまず特養とかには入れない、まず東京辺りでも介護難民が深刻な問題になる。
今日は風が吹いていた。この風は春北風(はるきた)である。寒くなくあたたかいから風を受けて走ってきた。電動自転車は風とか荷物に強い、馬力があるから風に向かっても走るのである。
相馬市の黒木まで行ってきた。黒木というと結構相馬藩では話題になる黒木氏がいた。
一時は伊達氏についたりした。丸森にも近いからそういう地理的なもので黒木氏が伊達市につくか相馬氏につくかで問題になったのである。


途中日立木の薬師堂によったら紅梅が咲いていた。あそこの薬師堂は何か場所がいいのである。
あそこは何かほっとする場所なのである。それはなんというか場所の不思議である。
日本の神社は場所に意味がある。パアースポットだというのは本当である。
薬師堂というときどこにでもあるがそこは病気の時祈る場所だった。
病院に行くように薬師堂に祈っていたのである。
病院も医者もいないのだから薬師堂に来て祈る他なかったのである。
だからあそこにはなんか場所の力、パワースボットになっているのかもれない。
そういうところでエネルギーをもらえるということもありうる。
ただそれもそこに頼りすぎると危険である。
場所でも頼れば偶像崇拝と同じになるかもしれないからだ。


ただ自分は旅してきたから何か場所にこだわるのである。
何度も書いてきたけど日立木から相馬の城跡までは一番歴史を感じる
相馬藩では日立木から松並木を通り城跡まで行く道が歴史の道である。
そして道の駅に行く所にある五本松は何か心なごむのである。
あの五本松が変わらないということがいいのである。
この辺はあまりにも変わりすぎたから余計にそう思うようになった。
五本松には実は人間を見ているのである。
五本松は人間が変わらずあるというふうに見ているのである。

ともかく今年は寒かった、今日は春だった。ただ風は東風(こち)ではなく春北風(はるきた)だったのである。
春北風とか季語があるのも日本的である。日本では季節が常に変化しているからである。
タグ:春北風
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