2015年02月17日

原発事故の原因も東京と地方の問題 (戦後の東京一極集中などの国土のアンバランスによる)


原発事故の原因も東京と地方の問題

(戦後の東京一極集中などの国土のアンバランスによる)

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●戦後の焼け野原から始まった日本

原発事故の原因をいろいろ探求してきたけど戦後の日本の経済をふりかえると戦争の後焼け野原になったとき戦争の引揚者が職もなく開拓に入った。
そういう人が小池にいたことを知っている。
まだその時農業主体の生活だったのである。
戦後十年の生活は何度も書いているように江戸時代から戦前の生活のつづきだったのである。燃料は炭だし家には裸電球一つでありまず何もない生活だったのである。
その時いいかえっていい生活していたのは農家の方だったのである。
なぜなら納豆まで作っていたし何もないとき自家生産だから食べ物はあったとなる。
燃料でも裏山の薪とかでありまかなえた。
卵でも農家では鶏を飼っていたから食べていたが街の方では食べていないのである。
だから自分の家で店をはじめたとき卵を買いに行っていたのである。

埃がたつガタガタの木の橋の道
自転車で卵買いに行く
糠に入れた卵はガタガタ道で一個か二個は割れる
母は新聞紙で袋を作りお菓子でも何でもバラ売り
近くの酒屋にも樽から酒をついでもらう
みんなその日その日をまかなう生活
銭函にチャリンと銭が入るとき喜びの時
父はキセルをスパスパと吸い
炉端で栗の焼けるのを待つ
酒の肴はミソを焼いたもの
風呂は外風呂で父が手作りした鉄砲風呂
新聞紙がたきつけになりバタを燃やす
家にあるのは飯台一つ

こんな生活でありかえって農家の方が豊かだったのである。
もともと農家が豊かだったというときそれは何でも自給自足していたからである
その当時物がないのだから買う金もないのだから農家の方が豊かだったとなる

●東京に金の卵を送りだしときから東京と地方はいびつな関係に

それが戦後十年たったころから急速に高度成長に入ったのである。
それで中卒が金の卵として人手不足の東京に送られた。
その辺から東京と地方のいびつな関係がはじまっていたのである。
東京に石炭や木材や石材などでも資材を送っているときはバランスがとれていた。
地方の資源が活かされて鉄道輸送が盛んであり原町とか平機関区があり
森林鉄道が全国にあり資材が東京に運ばれたのである。
ただその時から地方は東京への人手を供給するものになっていた。
その後も農家はやっていけないと東京への出稼ぎ時代になった。
実はこの出稼ぎが原発と深い関係があった。
なぜなら出稼ぎをなくしたくて地元で暮らしていきたくて原発が誘致されたのである。
特に双葉や大熊は相馬市や原町市から比べると工場などが誘致されていなかった。
今でも双葉や大熊には大きい病院がないから浪江でも車で通っていたのである。
そういう不便な所が双葉や大熊地域だったのである。
だからそこに原発を誘致しようとなった。
東京でも原発を福島に作った方がいいとなったのである。
双方の要望が一致したから原発は積極的に誘致されて作られたのである。

東京と地方の関係は中卒の金の卵を送り出したときから何かいびつになっていたのである東京には労働力を出して地方から人が出て行く時代はこの時から始まっていたのである。出稼ぎ時代もそうである。
そして見返りとして今度は地方には公共事業で潤す、それも無駄でもそうして地方を支えた。その公共事業も環境破壊にもなった。
それから減反とかなり補助金を出すというのも地方の農業をいびつにしたのである。
南相馬市の桜井市長が産業廃棄物の運動がきっかけで市長になったことも象徴的である
戦後の経済をみると何か中央と東京と地方のアンパランスから様々な問題が生まれてきた原発事故もその一つだった。
国土形成が東京一極集中になり地方は衰退してアンバランスになっことが原因していたのである。
日本の国土形成のビジョンというか計画性のなさというか全体のバランスを欠いたものとなりそれが原発事故にもつながっていた。
地方が衰退するとき原発事故が地方にばらまかれるというのもそのためである。
原発が建つと地元に仕事もできるし地元で生活もできるからいいとなった。
そこにまた落とし穴があったのである。
地方が衰退して廃棄物処理場とするともにている。
その廃棄物処理が今度は高齢化社会で膨大な介護難民が生まれもう介護で働く人がたりなくなり施設ではショートスティまで断っているという。
離職して介護で働き盛りの人まで失っているのは深刻である。
今度はその不用となった老人の廃棄物処理をしてくれと地方に頼んでいるのもまた東京一極集中と地方の問題になっている。

●地方は中央東京によってふりまわされただけ

地方は地方で地方独自のビジョン政策でやっていこうなどということもない、中央の言いなりであり中央東京頼りだとなる。
それもまだ原発事故を起こした原因だった。
結局地方は中央に東京にふりまわされていた経済だった。
独自の経済政策とかその土地独自の道を見いだすことがなく地方は衰退した。
そういう国全体の国土のアンバランスが原発事故につながっていたのである。
だから原発は東京に建てろというときそれなりに正論だったのである。
では地方はどうするのかとなるとそれは地方で模索して地方独自のものを生み出すほかないとなる。
そうなると貧乏からぬけだせないとなるがそれもまた地方に生きることであり
その貧乏でもこんな自然破壊までして住めなくなるよりは良かったともなっていたのである。

中央東京から地方にあてがわれたのは
自然破壊の公共事業
農民への補助金
廃棄物処理の土地
原発を建てて放射能の廃棄物処理場
そして介護老人の地方への移譲

本当に東京と中央と地方の関係はいびつでありそれは国政と深く関係していた。
国政が中央と地方のアンパランスに取り組めなかった。
国政だけでは無理であるが経済活動のアンパランスが原発事故の要因になっていた。
東京の巨大化は一極集中はやがて国自体の崩壊にも通じている。
なぜなら大災害が起きたら東京の壊滅が起こりかねないからである。
そんなことはないというが今回の津波のように想定外のことがおこりうるのである。
もし国土が地方でもバランスとれて発展していたらそういうことはないのである。
東京一極集中が国土のアンバランスを作り出して国土全体を荒廃させるということがあった。
ただこの東京一極集中とか国土改革になると戦争よりむずかしいかもしれない
現実に東京からの遷都問題はいつのまにか終わり以前として東京一極集中は肥大化しているからである。
田舎に住むことは田園都市が理想としてある。
東京ではそれは無理である。不思議なのは大正時代辺りだと人口が6千万だったということが信じられない、そういう時代は都会はいいものであり憧れの的だった
だから山村暮鳥などでもホイットマンでも都会は賛美されていたのである。
それが都会がそれから百倍とかに拡大したときもう人間離れしたものとなっていたのである。

タグ:東京と地方
posted by 老鶯 at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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