2015年02月16日

イスラム国と明治維新の共通性 (尊皇主義とか日蓮主義はイスラム原理主義とにている)

イスラム国と明治維新の共通性

(尊皇攘夷と日蓮主義はイスラム原理主義とにている)

●水戸学の尊皇攘夷からはじまった明治維新

明治維新も謎である。今になって様々な見方が生まれている。吉田松陰をテロリストに過ぎなかったという意見もあからさまに出ている。
これも今のイスラム社会に起きていることと比べるとにた所がある。
つまり「イスラム原理主義」とは「尊皇攘夷」ではないか?
水戸学から生まれた過激な尊皇攘夷が吉田松陰の思想のパックポーンになっていった。
それは西欧文明の挑戦を受けた時、イスラム原理主義が勃興するように日本では尊皇攘夷が席巻したのである。
「攘夷」とは外国人であれ外国文化そのものの排斥なのである。
イスラム社会は宗教と一体化しているから余計にそうなりやすいのである。
その過激な尊皇攘夷思想が外国の文明に挑戦を受けた時そうなりやすいのである。
イスラム原理主義と尊皇攘夷はにているのである

ただ吉田松陰の思想は結局浅薄でありただ外国人を排斥してアジア侵略の思想をかかげてそれを継承して太平洋戦争と受け継がれたのである。
「大和魂」とは「大和心」とはまるで違った戦闘的なものであり対外的に戦争へ向かう危険なものだったのである。
明治維新はそうした危険な思想も生み出す混乱状態だったのである。
天皇の現人神(あらひとかみ)信仰が継承されたのは尊皇攘夷の思想が現実に適応されたのである。
今でも長州閥の系統が安倍首相のように政権にあり岩倉具視の言葉を引用しているけど
岩倉具視は相当な悪人として今では他では断罪している
天皇を利用して政治を曲げたとものとして断罪されている。


最初は外国に対して尊皇攘夷であり過激な日本的民族主義が起きた。
井伊直弼が水戸の尊皇攘夷はによって暗殺されたのは開国を唱えたからである。
江戸幕府の方が佐幕派の方がその時世界の潮流を感じて開国を唱えていたのである。
江戸幕府の方が現実的だったのである。
尊皇となるとイスラム原理主義のように過激になり外国の文化でも何でも拒否することになる。

幕府は列強の要求を今拒めば武力衝突になり、日本は敗北すると読んで開国に踏み切り、港の開放や西洋の制度導入や通商に行こうとしました。他方、朝廷は日本の伝統が汚されるとして外国人はことごとく排斥し西洋の制度など受け入れまいとしました。民衆の多くは尊王攘夷に傾きました。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7927183.html

インターネットの面白さは同じことを考えている人がどこかにいることである。
他にも明治維新の水戸の尊皇攘夷が過ちだったという人がインターネットを調べれば多いのである。
明治維新の誤解は幕府が攘夷で開国ではないという錯覚がある。
先進的なのは尊皇攘夷だという誤解である。
徳川幕府の方が開国であり現実路線だったのである。
だから大政奉還にもなった。

●尊皇攘夷のカルト的熱狂の過ち

ただ外国も日本を植民地化しようとしていたのだからそれへの対抗もあった。
その過激な尊皇主義が江戸幕府の佐幕派に対して敵対するようになった。
徳川政権が尊皇に敵対するものとして長州と薩摩が合体し攻撃する
そうなったのは過激な尊皇主義がはじめにありそれが宗教的な熱意ともなり
明治維新のマイナス面としてのちのちまで太平洋戦争まで継続されたのである。
ただその時西欧列強に対抗するためには日本は強固に一体とならねばならない
徳川封建制ではそれができない、一つにするためには強力な象徴として天皇がもちあげられたのである。
その時庶民にとっては天皇はなじみがない、江戸時代には天皇のことを良く知らない
藩の中で殿様のことが暮らしていくなかでは一番重要だった。
天皇が暮らしの中で何か影響しているということはない
伊勢参りの流行も別に天皇崇拝とは関係していない、ただ旅として見聞を広めるものとして盛んになったのである。
だからどうして尊皇に庶民まで熱狂したかわからない。
イスラム原理主義はあれだけ宗教に支配されているから下からも起こりえる
尊皇主義が特殊な一部の水戸学派から吉田松陰によりナショナリズムとなる危険な思想だったのである。


つまりカルト宗教的なところがある。カルト的熱狂があった。
カルト的熱狂とは間違った熱狂なのである。
「大和魂」とかはカルト的危険な思想として太平洋戦争に継承されたことでもわかる。
それは今でも創価であれ日蓮系統の団体に継続されている。
日蓮宗とイスラム教はにているのだ。
王仏冥合の思想は政治と仏教の世界観であり。法華経を政治の根幹にして社会を仏国土にするという思想である。
だから日蓮宗関係は太平洋戦争でもそれを実践したのである
それはイスラム原理主義とにているのである。
創価でもだから政治は政治として政教分離的に考えることに会員でも反対している人がいる。それは日蓮の思想を実践するとなれば当然そうなる。
ただ創価などでもそうした団体は政治権力をにぎり自分たちの世俗的欲望を満たすことしか考えていない、それは中国の共産主義と同じである。
宗教がなぜ政治権力と一体になることが拒否されたのか、それは必ず権力をもてば人間は腐敗するからである。
それが2千年のカトリックの歴史で証明されているからである。
だからイスラムにそうした歴史がないということが理解できない面なのである。
イスラムの歴史について知っている人はごく一部の学者くらいなのである。
イスラムでも王族と庶民では大きな格差がありその不満分子がイスラム国に流れているのである。

●イスラム原理主義と尊皇攘夷と日蓮主義は似ている

イスラム原理主義と過激な日蓮主義がにているのだ。日蓮主義は日本民族主義となるがイスラム原理主義はカリフ時代の広範囲なイスラム社会への復古なのである。
その相違はあるにしても政教一致だからにているのである。
世界史では欧米文明が世界の標準化されたのが現実である。
それに反するものは世界的な基準に合わないものとして排斥される。
でもアメリカが矛盾しているのは自らが作った世界標準として国家主権をイラク戦争で踏みにじったことなのである。
まず国家主権を踏みにじれば国家は存続できなくなりイスラム国のような無法団体が生じた。
だから主権国家は簡単に破壊するべきではなかったのである。

そもそも日本の徳川幕藩体制でもそれを作り上げるにはどれだけ努力したかでもわかる。関所をあれだけ作り船にしても技術改良をさせなかった。
だから船でも技術改良を禁止して海外に出れないようにした。
そもそもがなぜ駕籠のような原始的なものが通用していたのか不思議である。
それは技術の発展をさせないので国の安定を第一にしたからだともとれる
もし技術が発展したら交通が発達して自由に往き来できたら幕藩体制は崩壊したかもしれないからである。
でも開国してからたちまち外洋に出る船を作り出しているのも日本人の技術を習得は早かったとなる。ということは江戸時代は何か技術を幕府で制限していたからだとなる。
イスラム社会ではなぜ技術が発達しないかの?自分の国で石油精製もできないのか?
そのことが格差を生み不満となりテロともなっているからである。
日本では技術に関しては西欧に追いつき方が早かったのである。

イスラムが全盛時代は文化的にもイスラムは全盛時代でありその建築とか医術とか数学とかがヨーロッパに流入してルネサンスが生まれたのである。
ただ暴力だけではテロだけでは文明は成立しないし興隆しないのである。
文明が興隆するということは必ず文化面での興隆があったからである。
西欧文明の批判はあるがやはり様々なもものを科学であれ法律であれ新しい思想であれもたらしたから評価されるのであり暴力だけでは何ら評価されない。
それはただ野蛮だとなってしまうのである。
江戸時代のシステムが完成されていて評価すべきものだというがそうした技術や新しいものを取り入れることを拒絶していた
それはイスラム社会が停滞しているように西欧社会に伍することはなかった。
イスラム国がインターネットを使って広報活動して世界に影響したのもまさにアメリカが発明した通信技術を取り入れたからである。
広報宣伝力の影響力も現代は大きいのである。本当はイスラム国は小さいものでも大きく見えてしまうのである。
要するに力が正義だけでは世界は治められない、アメリカがいくら軍事力で強大でも反発は必ず起きてくる。ただイスラム国にどう対処するのか?

アラブ人はキリスト教建築から多くのことを学びそれを凌駕するような建築物をつくろうと努力しました。
イスラームのモスクはキリスト教の教会よりも美しい建物でなくてはならなかったからです
その結果生まれた独自の建築様式はエジプトやシリアなどを征服したとき周囲の非イスラム社会に対して
イスラーム文明の存在を強烈にアピールする効果をもっていいました
(世界の歴史ーJ.Mロバーツ)

文明が世界に普及するときは必ず軍事面の制服だけではない、文化面での技術などでも新しいものが取り入れられるから受け入れられるのである。イスラム国のようにな野蛮だけでは誰も受け入れないのである。

テロにどう対処するのかはこれは世界的問題であり世界で共通認識をもたねばとめることができない
これだけ人が自由に往き来して人種が交じり合い住んでいればテロリストがどこにでも潜在していることになりとめることができない
パスポートだけで他の国に入れるのもあまりにもルーズである。
入鉄砲を関所で警戒していたけどそれよりもルーズでありテロリストが入るのをとめることができない、グローバル化はそういうリスクをかかえていたのである。
グローバル社会はテロには弱いということが露呈したのである。
だからテロを封じ込めるにはどうすればいいのか?
それはまさにグローバルな課題であり人類の課題だともなる。



「維新」の“真犯人”;水戸藩の狂気(其の六 水戸の公家かぶれと司馬史観の罪)
http://harada-iory.cocolog-nifty.com/seikoudoku/2011/02/post-3099.html

これも参考になる、明治維新の過ちという本は古本でも安くなっていない、これはめずらしいと思った。やはりそれなりの内容かあるものは古本でも高いのである。
まだ買って読んではいないが買う必要があるだろう。
明治維新と水戸学と太平洋戦争は連続しているということが重大なのである。
明治維新に太平洋戦争の種が水戸学によってまかれて成長したともなるからだ
相馬藩はいち早く水戸学に染まり天狗党に加わり死んだ人もいる。
それは地理的に近いということもあった。でも二本松では少年兵が無惨に戦死した。
二本松と相馬はそれほど離れていないのである。
それも一つの郷土史の課題だろう。
司馬遼太郎の史観では明治と昭和の太平洋戦争を切り離している。
でも実際は歴史は必ず連続している。
だから明治維新から見直さないと太平洋戦争の原因もわからないのである。
タグ:水戸学
posted by 老鶯 at 00:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
尊皇思想の源流は江戸時代よりも以前からあります
日本ナショナリズムの形成
https://youtu.be/XFkvCV4w3v


Posted by アブドルアジズ at 2018年04月14日 05:31
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