2015年02月02日

イスラム国は国家ではない (近代国家とは何だったのか?)


イスラム国は国家ではない

(近代国家とは何だったのか?)


●国民軍の形成が近代国家を作る

騎士階級(封建領主)を完全に没落させ、歩兵が小銃を持って集団を構成して進撃し、大砲がそれを援護する戦争形態を一般化させた。当初はそのような歩兵集団として各国の君主は傭兵(特にスイス傭兵が有名)に依存していたが、次第に徴兵制による国民軍を持つに至る。マキアヴェッリの『君主論』は君主にとって有用な兵力として傭兵制に代わる国民軍の創設を主張している。

16〜17世紀までのヨーロッパにおいて、徴税機構を中心とした行政組織と常備軍をもち、明確な国境内の領域を一個の主権者である君主(国王)が一元的に(中央集権体制的に)支配する「主権国家」と、それらの国家間の国際関係が形成されたこという
http://www.yk.rim.or.jp/~kimihira/yogo/04yogo09_4.htm

近代国家として形成された歴史的経過があった。
ヨーロッパの歴史は日本の歴史とにているのである。
封建制があり城が多いことなのである。
城下町が多いのである。ヨーロッパだと城壁内の街となるのは違っている。
中性的な封建制支配と近代国家は違っている。

騎士階級(封建領主)を完全に没落させ、歩兵が小銃を持って集団を構成して進撃し、大砲がそれを援護する戦争形態を一般化させた・・
この形態は戦国時代の戦いから明治維新の戦い方の変化である。

鎧などの重いものをつけないで軽装で集団戦になり槍などは使わない
近代の軍隊になって明治維新が生まれた。
その時高杉晋作がひきいる奇兵隊は農民や一般庶民が加わっていたから国民軍の前進だった。伊藤博文が首相になったことがそれを象徴している。
君主の子でもないものが一国の元首となったからである。

日本が本当に国民国家を形成したのは西南戦争だった。
その時武士階級を残そうとしたさ西郷隆盛等のひきいる武士団で形成されたものと
庶民が国民が武装して戦い勝ったのである。
そもそも武士には庶民が国民軍が勝てないと思っていたのである。
なぜ武士は戦争のプロだからである。
ただその時会津の藩士も加わって西郷軍と戦ったのである。
武士も国民軍に交じっていたのである。
こういう歴史もヨーロッパとにているのは封建制がヨーロッパにあり日本にもあった。
他の国には封建制というものがそもそもないのである。
封建制のもとで日本は藩に別れて城があり君主がいて安全が保たれ300年の鎖国の平和の時代があった。これもまた特異な日本の歴史だったのである。
藩があり藩が今で言う国家でありその藩の一員として安全が保証されていた。
だから300百年間も入鉄砲などを警戒していたのかと思う
その時すでにもうテロなどしてくるものはないはずだったからである。
藩同士が多少もめごとがあっても戦争になることなどなかったからである。
そもそもがなぜ急速に近代国家になることに成功したのかというのも不思議である。
だからこそ西郷隆盛の反乱があった。
武士が徳川幕藩体制と同じように支配すべきだということで明治政府に反乱したからである。
だから今でも幕臣は薩摩長州に対して恨んでいるのである。

●テロはグローバル社会ではなくせない

このことと今回のイスラム国に日本人人質が殺されたことと何の関係があるのかとなる
イスラム国は国家ではない、だから国家として扱えない、国家として交渉できないとなる日本はせんそうしてアメリカに全面降伏してからテロなどアメリカにしていない。
それは日本が近代国家であり戦争に負けて理不尽でも勝者に従うということをしたからである。国家間の正式な戦争だから正式に勝者と敗者が確定してあとは戦争はしなかったのである。

イスラム国はテロ集団であり国家でないとしたらイスラム国がなくなってもテロ集団はなくならない。日本のように国家として全面降伏して従うということがないからである。
して奇妙なのは一体今の世界でどこかの国に所属していない人はいない
無国籍がいいというけど無国籍だったらパスポートもないのだから外国に行くこともできなくなる。
そしてイスラム国にはイギリス国籍やフランス国籍や他の様々な国籍の人がいる多国籍軍なのである。
国家の一員であるものが勝手にそうした行動をとることは国籍を離脱してできることである。なぜなら今回の日本人人質のことでわかったように他国に日本人がとらえられれば国家の責任で救出しなければならなくなるからである。

一方でなぜ国家はそうした危険人物をとりしまらず放置しているのか、それは国家の責任だとなる。
つまりテロなくならないのは国家が責任をもてとりしまらない、国家の責任でテロリストをとりしまらないからだとなる。
だから入鉄砲をテロリストを厳しくチェックしなければならないとなる
日本の江戸時代のようにしないと安全は保てないとなる。
国家の命令に反して離脱してテロリストになれることが問題なのである。
江戸時代のように入鉄砲を厳しく関所でチェックしていれば安全なのである。
グローバル社会ではそれができないから安全が保てないのである。
テロは国家を離脱しているからテロがなくならないのである。
国家といっても様々な人種でも混じり合うし物も人も自由に行き交うからできないのである。
イスラム国でも国家だったら国家との戦争であり勝敗があり負けたら従うとなる、あとはテロはないとないとなる。国家でないからまたグローバルにテロは展開できるとなる。
つまりテロを掃討する方法がないとなる

●イスラム国は長続きしない

そもそも国家は簡単に形成できない、ヨーロッパだって封建領土支配がありその前にも様々な支配形態を経ている。それだけ時間をかけて近代国家の基があり形成された。
日本だって江戸時代の徳川幕藩体制の三百年の蓄積がありその上に近代国家が生まれた。封建制から近代国家は連続している。断絶しているようで歴史は必ず連続しているのである。
だからこそイスラム国が中世のカリフ制の復古を目指していることでもわかる。
ところがイスラム国が近代化できないのはカリフ制とか中性的なものから近代国家になれないものがあったからである。
その辺の歴史は詳しくないからわからないにしろ中国でも封建制がなく欧米に植民地化されたのは封建制がなく近代国家を形成できなかったからだとなる。

日本は唯一アジアで近代国家を形成できた国だから誇りをもつべきだとなる。
戦争で負けて日本のいい点も否定されたのが戦後だった。
高度成長だって焼け野原からそれだけ経済的に復活したのだから誇りになる。
第一イスラムでは以前として近代化できず停滞していることでわかるのだ。
歴史にはどこ国だって明と暗がある、その暗ばかりが日本では指摘されすぎたのである。このバランスが大事なのである。
要するにイスラム国が意外と早く解体するだろうと言われるのは国家の形成は簡単にできない、長い歴史的経過のなかでできるものだからである。
カリフ制といってもそれをそのまま復古は近代ではできない
そうなると新しい国家が作れるのかとなるできない
それは武力だけでもできない、石油だけでもアラーだけでもできない
そこに限界があり早く解体するのではないかと言われる
なぜなら内部は恐怖政治でありそんな政府に誰も従わなくなり内部分裂崩壊になる
結局庶民は欧米の植民地の方が良かったとさえなるしなっている人々もいる。
膨大な難民がそれを象徴しているのである。
タグ:イスラム国
posted by 老鶯 at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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