2015年01月17日

船旅の思い出(詩) (ロ-マからギリシャのオリンピアへ)


船旅の思い出(詩)


(ロ-マからギリシャのオリンピアへ)


新年に異国の港に寄る船や我が旅せし日を思い出すかな

外国(とつくに)の街は古りにき教会の鐘の鳴りつつ船は去りにき

バスにのるトルコの人のキプロスにヨットを持つと金持ちなるかな


ヨットで世界一周した人のテレビ放送をみた。あんなふうにして世界を旅したらいいなとうらやましく思った。船旅でもヨットの旅は全く違っている。
地中海はヨットの旅に向いている。だからヨットをもって各地の港を回る人がいる
ただヨットは相当な金持ちしか趣味にもできないだろう。
ヨット一艘がどれくらいするのか何千万になってしまう。
だから冒険でも贅沢だなとみる。
それは貿易ではない遊びだからである。ヨットをもつ人は日本でも大金持ちだからである
ただ自分は電車でも自転車でも船旅をずいぶんしたからいつも旅しているからいつも旅している気分なのである。だからテレビをみてヨットで旅する人と一体となったということがある。
本当にあそこはアドリア海でも歴史があるから魅力がある
地中海は船旅に一番向いている海なのである。
トルコで出会った人はヨットをもっているというから相当な金持ちなのだろう
キプロスは半分はトルコの領土だからそうなっている。
キプロスには船で立ち寄って何時間で去った思いである。
一応よったので記憶にある。ヨーロッパは歴史があるからそれを調べたら尽きないものになるだろう。
地中海とにているのは瀬戸内海だが規模が小さいから大航海時代にはならなかった。
地中海は規模が適当で大西洋に出てゆく内湖のような役割を果たしたのである。

つまり歴史も常に地理なのである。地理によって制約されたり歴史が作られているのである。
ギリシャの魅力は古代の遺跡と自然が多様なことである。海あり島あり山ありと日本ともにている。変化に富んでいる。ギリシャは海に拡大して勢力をました。
植民都市を各地に作った。
ナポリはネオポリスでありギリシャ語から発している。そういうギリシャに由来するものか多い。だからギリシャのコインが発見される。
それより前はフェニキア人が商業の民として活躍した。
アルハベットと商業するのにどうしても必要だったのである。
つまり共通の言葉をしゃべり文字を書くことで商業が成り立つ
ちょうど英語のような言葉がグローバル化すると必要なのとにている。
地中海は商業の民をはぐぐみ大航海に向かったのである。
それは地中海があったからである。

イタリアのブランデシからギリシャに船で向かったとき、嵐だった。かなり船はゆれたのである。その時思い出したのは難破したギリシャの船が海底から発見されたことである。そこにギリシャの壺が大量にあった。それは貿易のために作られ運ばれたのである。
やはり船の旅は何かいい、なぜなら船は港港に寄ってまた去ってゆく、それは旅でも同じだが船の場合は到着するとき去ってゆくときそこに旅情が生まれるのである。
船の旅は時間がかかるからこれも時間がないとてきない
沖縄までぼろい船で東京から一週間かけて行った。
一週間もかかるということは今はないだろう。
結局自分はそれだけ暇でありそれが旅に費やされたのである。
これだけ旅してもまだ旅していないところは多いから世界を知るということはそれだけ時間がかかるようになった。

ヒマラヤとかはもっと見たいと思ったがこれも容易ではない、金より時間とか体力の問題になってしまったのである。
ブリンディジからギリシャのオリンピアに行ったのだがイタリアの南は北と違い相当貧乏らしい。電車で雨がふっていて中世の城も見えた。あの時も日本人が同乗していた。
外国旅行して日本人に会わないことはなかった。だから一人旅でも日本人にあう、そしてあのころはバックパッカーの時代でありどこかの安宿に長くいることになっていた。
そういう時代も終わった、ただ以前として外国は身近になってゆく
だからこれからも庶民レベルで外国の発見がある。
どっちかというとエジプトとか大陸は広いというだけでなじめない、中国もそうである。その広さが日本とあまりに違っているからなじめないのである。
あれだけ広いところに住んでいれば心も広くなるということは感じる
電車の時間でもルーズなのは大陸的などと言われるのはそのためである。


ローマからギリシャへ海を渡る

船はローマをいでぬ
地中海は荒れ船はゆれしも
かつて地中海をギリシャの船は
美しき壺を運びぬ
船は波浪にもまれ沈み
海底に破船は久しく埋もれ
そこに大量のギリシャの壺
ああ かの時波は荒れしも
かなた望むはギリシャの雪の高峰
清浄にしてゼウスの棲むや
船はギリシャに着きぬ
ドラクマを手にとり
そこよりオリンピアよ
巨木の根のようにゼウス神殿の
石柱の跡のここに残りぬ
競技場に春の野の花の彩り
そこに逞しき男等は力の限り競いぬ
その誉れはここに刻まれしかも
その観覧席の石の座席はいかにも古し
二千年の歳月はここに過ぎにし
熱き応援もここにありしや
その熱情は覚めて石のみ残りぬ
春の風はここに吹きそよぎ
悲しきやヒヤシンスの神話を語らむ



オリンピアはゼウスに捧げる宗教的行事だから今とは違っていた。なぜあんなに石の柱があるのか体育館の跡とか神殿の跡である。石だから二千年とか残っている。
それは本当に古い、石も相当古くなっている。雨風に二千年打たれて残っているのだから当然だともなる
オリンピアで競技が行われるとき戦争も中止されたのはゼウスへの宗教的行事だったからである。神聖な行事ともなっていたからである。
あの時はまたユーロではなくドラクマだった。だからリラとフランとか交換するのがめんどうだった。ユーロになってからは旅していない、ただかえって国が変わればコインも変わるというのが面白いともなる。みんな同じだと面白くないともなる。
ただ不便なことはありユーロだったら便利なことは確かである。


 
タグ:地中海
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