2015年01月10日

小高の人の話(2) (小高には共産党系が多い、でも小高の原発の反対運動が起きていない?)


小高の人の話(2)


(小高には共産党系が多い、でも小高の原発の反対運動が起きていない?)


小高は共産党が多く前に原町の同級生で衆議院の議員になった人がやめたという。
それより逃げた脱出したというのも驚く、今は住んでいない。
共産党系とか創価系はどこでも一団となる。
底辺層を組織化するが地方では田舎ではそんなに勢力化しないが小高は特殊だったのである。
都会に行くと市営住宅地とかが共産党系と創価系に二分されていた。
つまりそこの住民はどっちかの党に入っているし入らないと住めなくなる。
その社会が地域が党派化したらそれに入らないと住めなくなるということが現実にある。
そんなに小高では共産党が多かったというのは開拓に入った人達が多かったとか
その地域の特殊性があったのだろう。
小高と浪江の東北電力の建設で土地をもっていた人が反対したのは浪江の棚塩の人だったでも実際は東北電力で原発の工事を始めようとしていた。
それが今回の事故で中止になった。
共産党系とか左翼系統は原発に反対のはずだったのである。
だからそんなに共産党系統が多いのになぜさほどの反対もなく原発が建てられることが決まったのか理解できない

ただ原発に共産党も賛成でありただ安全を計ることを条件にしていた
つまり前の知事の佐藤のも原発に反対したわけではない
プルサーマルで追及したのは安全を計ってくれないと困るということだった。
ただその安全を言うことだけでかなりの抵抗があった。
安全をしっかりしてくれというだけで政府とか東電は聞かなかったのである。
それで佐藤 栄佐久が失脚されたとか言う人もいた。
東電でも政府でも原発に関しては何も言わせないという態度だったのである。

小高の人の話では原発で仕事していたが危険な場所に入るのは金になったといっていた。自分は危険な場所に入らなかったからあまり金にならなかったという。
仕事は実際は楽なものだったとも言っていた。
仕事は一分間しか何かするもできないという
放射線量を計るカウンターがつけているのでできない
それで一分間で交代するとなると一つのネジをとりつけるにも百人かかったとか言っていた。
原子炉のある場所ではそれだけの手間と人力が必要となる。
原子炉内ではもう人力ではできない
それで今は作業するのにロボットを利用するようにと開発しているのもそのためなのである

ただなぜ前も書いたけど棚塩の土地をもっている人がそんなに原発に反対していたのか不思議である。それは共産党系でもなく左翼系でもないのである。
話聞いてもどういう事情で反対したのか良くわからない
常に道路建設でも何か反対する人はいる。
でも巨額の金が入るのだから反対する理由がわからないのである。
そしてなぜ小高では共産党がそんなに勢力があるなら原発に反対しなかったのかわからない
すでに東北電力では建設を始めることになっていた。
それで小高の大工さんは景気良くなると言っていた。

しかし小高が南相馬市と合併することでそのこともあまり問題にしなかった。
すでに小高町のとき決められたものでありそれを受け継ぐことしかなかった。
もし南相馬市に合併したとき原発を建てるとなると反対も相当あったろう。
だからそもそも原発は狭い地域で決めることに大きな問題があった。
その土地の地権者とか県の許可があれば建てられるということも今から考えるとありえないことだった。
そうなれば土地の所有者がとても一軒くらいで反対できるわけがないからだ。

一面小高が何かと高校とか施設もあり優遇されていたのは東北電力の原発が建つためだったかもしれない、それは浪江でも同じである。
小高と浪江が土地の所有者でありそのために金が回っていた。
それが浪江で小高でも今回の事故で避難区域になってしまった。
やはり小高も浪江も責任があったとはなる。
原発はとにくか経済的恩恵が大きいのである。
大工さん言っていたように全体的相当に金回りが良くなる
だからそうなると反対することもできなくなる
それで共産党も反対ではなかったのである。
何かこの辺では原発のために個々人でも欲望が刺激されふくらんだということはある。
浜通り全体でそれは言えるかもしれない。

一番割りを食ったのは飯館村だった。
ここに原発の恩恵があったというが所得でも県内で最低線であり原発の恩恵はなかった。マデイな生活とかを村の標語にしていた。
原発はやはり県でも許可を出すとなる県にも相当な責任があった。
県というのもあまり関心がないが原発は福島県全体の問題だったのである。
福島県も広いからそれに無関心なのが多かった。
福島県は広いからそれだけ一体感がないことも問題だったのである。
でも中通りまで放射能の影響があったように福島県全体の重要な問題だったのである。
そんなことを会津の人達も遠いから無関心だったろう。
福島県の政治とかなると何かそうした地理的一体感がもてない、広いからそうなる。
例えば福島県人だと言っても会津とか浜通りは遠いし地理的にも気候的にも別な地域なのである。相馬藩はもともと伊達藩と宮城県と関係があり明治維新後もそうである。
仙台に近く通勤圏にもなっていたからそうなる。
会津は交通としては東京より遠い地域なのである。
だから福島県は会津県と二本松県と磐城県に別れていたのもわかる。
これらは別々な地域なのである。

 
タグ:小高の原発
posted by 天華 at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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