2015年01月04日

家庭用の風力発電の風車も大きくて高い (ソーラパネルでも風力発電でも景観の破壊がある)



家庭用の風力発電の風車も大きくて高い


(ソーラパネルでも風力発電でも景観の破壊がある)

WINDPOWER1.jpg

この風力発電はめずらしい
ソーラーバネルは多いけどこれは初めて見た
ただここは原町に行く所で頻繁に通っているので景観的には悪くなった
あそこは空地だったからである。
池もあった一本松があった

ただこの辺は景観自体がいたるところで変わってしまった
津波の跡もそうでありその変化が大きすぎたのである。
ソーラパネルも田んぼでも隠されるように設置していたところはわからなかった
他でも隠されるようにあるとわからない場合がある
でも日本では広い土地がないからソーラパネルは向いていない感じもする
小高の農家の人がいつのまにかソーラーバネルが設置されていたとか怒っていた
でも小高辺りは農家の人でも帰らないとすると土地があまる
そこを何に利用するかとなるとソーラパネルとか放射性廃棄物の土地を提供して金をもらうとなってしまう
そうして金をもらっていて他に住めばその人は定期的に収入が入るから生活できるとなる
ソーラパネルとか風力発電など自然再生エネルギーの問題は定期的に電力を供給できない太陽でも風力でもそうである。それだと家庭くらいならいいが工業的には使えない
それでも家庭だけもまかなえればそれなりに有効だとはなる
電力会社で買い取りができないとなったのは大量の電気を定期的に供給できないからである。

自分は何か田園的風景がいいと思うからソーラパネルでも風力でもいやだとなる。
写真の風車一台でどれくらい電力がまかなえるのか?
これはかなり目立つ、支援があって作ったのか
前に産業廃棄物の会社があるからその関係だろう。

これからのエネルギー確保をどうするのか最大の問題になる
水素エネルギーは本当に使えるのかとなる
いづれにしろ風力発電でもあんな大きなものは目立つからあまり立ってほしくないとなるでもあれくらい高くしないと風を受けないからあんなふうになった
テレビでみる風力発電の風車と実際身近で見るのは違っている
本当に大きくて高いな実感する、家庭用でもこれだけ大きくて高いのである。

ともかく一番人間は景観を無視されやすい、景観に価値を認める人が少ない
つまり景観は全体であり個々の価値ではない、全体が作る価値だから無視されやすい
ここの土地とか家の価値をみるが全体を見る人は少ない
だから景観は常に破壊されやすい、京都でもどこでも古い街並みでも破壊される
自然景観も破壊されやすい、携帯電話の鉄塔でも何か立ちすぎていやなのである
景観を考慮して建てられていないのである。

景観が破壊されやすいのは大衆にとって景観は金にもならないからである。
それは具体的に金のなるものとして認められないからである
ただ景観が破壊されることは人間の精神まで破壊される
大都会は自然の景観を破壊して人工的空間になってしまったからである。


大都会より田舎がいいというとき田園的風景があってこそなのである。
だから浪江でも高瀬川や海があり飯館村でも森につつまれていたし景観的には良かった
それが原発事故で人が住まなくなったことはもったいないとなる



タグ:風力発電
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