2014年11月10日

浪江で帰らない人が10パーセント増える (原発避難区域に帰らない人が時間がたつにつれ増えている)


浪江で帰らない人が10パーセント増える


(原発避難区域に帰らない人が時間がたつにつれ増えている)

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小高の人は農家で土地をもっている。その土地は放射能廃棄物の処理場とてし貸しているという。津波の被害にもあっていて帰らないという。
小高でもそうだが南相馬市でも津波の被害にあった人が多い。
そういう人たちは家もなくしたから小高だったら余計に帰らないし他でも津波の被害にあった地域では家が建てられない、その津浪の被害者と原発事故の被害者と混じり合っているから複雑になる。
とにかく小高ですら変える用意ができているのに帰らない、浪江で10パーセントも帰る人が減ったのは時間がたつにつれて帰る意欲がなくなっているのだ。
町自体が崩壊してそれを建て直すというより他で便利な楽な生活をしたいというのが
ある。

老人は帰りたいとしても若い人は帰りたくないというと家族自体が分離するし町を支える人もいないのだから老人も帰らないとなってしまう。
だから意外と便利な社会は何か大きな災害でもあるとかえって崩壊しやすい。
便利な生活を維持するにはその負担か大きくなるからだ。
まず病院であれ医者であれ看護婦であれ確保すること自体できなくなる。
そうした崩壊した町には住みたくないのだから医者も看護師も嫌だとなる。
他で楽をできるのなら楽した方がいいとなってしまうのが現代である。
北海道とかに開墾するような時代ではない
その時は農民は土地がないし職もないし北海道に開墾に苦しいけど入った。
そうして力尽きた人がかなりいる。
今なら一億円もらったら他で生活すれば楽だとなりそんな苦しい道を選ばない
特に年寄りはみんなめんどうだから帰らないと言っている

でも来年に小高などは避難区域が解除されると補償金がもらえなくなる。
その時かなり深刻な状態になる。
自分の前の墓地にできた復興団地に入るのに7万円家賃がとられるというのは高いと思った。都会並だと思った。ただこの辺では普通にアパートだと二部屋あれば4万以上とられている。ただ市営住宅が5000円とかあるから違っている。
三つの部屋があって住んでいる人を知っている。
復興団地に入ると援助されないというのも苦しいとなる。
土地を求めて家を建てた小高の人もいたがみんなは簡単にはできないだろう。
小高の土地は双葉とか大熊と同じく放射性廃棄物の処理場となり土地をもっている人はそこから定期的収入がもらえるのかもしれない。
定期的収入がもらえれば小高に帰らなくても他での生活もやりやすくなるのである。
老後は年金とか定期的収入があると楽なことがわかった。

いづれにしす浪江町でも帰らない人が10パーセント増えたとういからますます時間がたつと帰らない人が増えてくる。そうするともう町は再建できない。
小高の隣は浪江町でありその影響も隣り合っているから大きいとなる。
鹿島だとまだ相馬市もあり原町もあるから暮らしにはそんなに困らないのである。
今の社会は広域社会だから一つの町が崩壊すると隣でも影響が大きくなる。
閉鎖された自給自足社会ではない、だから他にも移り安いのである。
それで何か故郷でも簡単に崩壊して再建できないのかとなる。
江戸時代の天明の飢饉の時はやはり村かの逃散がありその人たち江戸とか都会に流れてスラム化したとか無宿化したことなどがあった。
現代ではかえって一億もらったらそれを資本にして暮らせる。
かえって大内村の人は郡山市に避難していい暮らしになり便利になり大内村に帰りたくなくなったのである。
年寄りはどうしても病気になるから病院とか医者が多い都会がいいともなる。

その人は鹿島は住みにくいとか差別されているとか言っていた。
何もしないでいるのも批判されるし回りの目が違うとかなる。
それは自分も前に小高の人は帰れと言ったとき、鹿島の人はそういう気持ちになっている小高の人は補償金もらっていて遊んでいるとか見られている。
鹿島では少ないから不満が大きい。
それで共産党の市議会候補が小高のように「乗合タクシーを鹿島にも作る」と言ったのは好感がもてる。介護タクシーも鹿島にはな原町から呼ぶと一万かかると言われた。
普通のタクシーでも4000円くらい片道かかるから高くなるのである。
つまり何か小高は鹿島から見ると何でも優遇されていると見られているからだ。
実際そうなっているから鹿島の人は小高の人を良く思っていないのである。

では小高の人たちは避難区域が解除されたときどうするのか?
結構厳しいものとなかもしれない。
復興団地でも家賃が七万では高いなと思ったからだ。
仮設は無料であり援助もあるからだ。
だから今はいいにしても避難区域解除されると原町の避難区域でも解除されると困ると東電に訴えたことでもわかる。
収入がたたれるし何で生活していいかわからなくなるだろう。
回りからも冷たい視線をあびている。それはここだけではない原発避難者は良く見られていないからだ。
だから放射能廃棄物処理場に反対もあるがそこから定期的に土地代が収入としてあれば他に移っても生活できる。
だから避難区域の人でも反対しているが収入を考えると仕方ないとかなる人もでてくる。第一帰らないとなるとそこに住まないのだから放射能廃棄物処理場になっても被害はないとなるからだ。
ただ帰還することは絶たれということはある。

でも放射性廃棄物は隣の町でも飯館村でも南相馬市でも相馬市でも回りに影響する。
なぜなら汚染された水が流れてくるからである。
ともかく避難区域が帰らない人が増えるとさらにみんな帰らないとなる。
そうすると廃村とか町まで廃墟と化してしまう。
そこで自分の近くの神社の誰もお参りもしない墓が捨てられ放置されるようになる。
何かそこには幽鬼がさまようような異様な感じになる。
ただ近くの神社はとにかく人が住んでいれば自分のように墓の年代を見たりして
郷土史として興味をもつことはある。
誰もすまなくなったら誰もふりかえらなくなる。
猫すら住まなくなる。猫も人が住まない限り住めないのである。
猫がいるだけでも何か何もいないよりはいいとなる。

市議会選挙は誰に投票していいかわからない、でも具体的政策で「乗合タクシーを鹿島に作る」ということを言うのはわかりやすいとはなる。
たた共産党ということで抵抗はある。
他の人は何か具体的な政策を出していないのは選択しにくいのである。

タグ:原発避難者
posted by 老鶯 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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