2014年11月03日

冬に入る(白鳥来る)


冬に入る(白鳥来る)

晩菊や畑に種まく老婆かな
散りてありここに二輪の秋薔薇
数滴の時雨や顔に老化かな

白鳥の今わたりきぬ夕暮れやその声ひびく冬に入るかな
白鳥の群れなし飛びぬ夕日さしかなたに去りて消えにけるかも
消えてなお白鳥飛びしその余韻空に残りて夕日没るかな


八沢浦の方で津波の被害のあわないところで種をまく老婆がいた。
何かあういうふうに暮らしがあると違っている。
種をまくとは未来へに種をまくことなのである。
畑をはじめことで未来がはじまっているのである。
それが例え老婆でもそうなのである。
だから小高でも飯館村でも放射能が危険でももし種をまいていたら何かそれが未来につながる感じがする。
ただ荒地としておくとそれは荒廃するばかりになる。
ただ除染したからといってそれができるのかとなると疑問なのである。

今日は明らかに時雨だった。秋時雨とは違う。なんか老化してゆくのが淋しいとなる。
今年の気候は変則的だった。昨日まで暑いとか今日は急に寒くなるとか台風が来たとか異常気象である。こういうの俳句になりにくい。
まだ晩菊であり秋薔薇である。
駅前の薔薇二輪は散っていた。でもあそこに咲いていたものは記憶に残される。

白鳥が連なり飛ぶのが見えたのは相馬市の道の駅だった。
あそこの道の駅は田んぼのなかにあるから安らげるのだ。
あそこにいつも老人が何人かたむろしいても寒くなると外にはいられなくなる。
ひなたぼこしても風が吹くからあそこにも冬はいなくなるのか?
暇な老人が多くなっているだろう。ただ忙しい人は忙しいのだ。
自分などここ七年間本当に毎日家事であり介護に追われてきたのである。

白鳥が群れなして飛んでいるのは本当に美しい。
白鳥のように飛んでかなたに消えてゆきたいとなる。
この世の汚れ人間の醜さを嫌というほど味わったからそうなる
どこにいようと人間の醜さから逃れることはできない
ただ田舎だと白鳥とか美しい自然にいやされるのが違っているのである。
タグ:白鳥
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