2014年10月06日

原発事故で見直された極貧時代の農民詩人 (三野混沌などイワキの農民)


原発事故で見直された極貧時代の農民詩人

(三野混沌などイワキの農民)

●昔の貧乏生活をふりかえる

前に書いたのは山尾三省である。この人はもともと農民ではなかったがあえて屋久島に移り極貧生活をして六二歳くらいで死んだし妻もその前に死んだ。過酷な生活がたたったのだろう。
まずパンが贅沢などということは今の時代に考えられないのである。
よく貧乏生活を試しにしてみることをテレビで放送しているけどそれは貧乏をネタにするほど貧乏生活が今の時代ではめずらしくなったからである。
だからそういう人が時々とりあげられて放送される。つまりそうした極貧となると変人になるのである。
だから山尾三省はなぜわざわざそんな極貧生活をするのだという疑問が今だと生れる。
変人を装って世の注目をあびるためなのかまでとかんぐられるのはあまりの時代の相違からそうなった。
でもその貧乏が現実だった普通の生活だった時代が日本では戦前から戦後十年くらいまであったのだ。
江戸時代がいいとしてもやはり貧乏であり満足に米の飯も食べていない。
だから江戸では白い米が食えるからと江戸にでたいともなる。それで江戸では脚気が多くなったのも皮肉である

貧乏というものがどういうものか現代では実感できないしわからなくなったのである。
最低限の生活をしている生活保護の人でも食べるものは普通であり白米を毎日食べているし刺身も食べている変わらないのである。刺身を自分の町で一軒だけ魚屋があり新鮮なの売っているからそこで買って食べているという。自分の父親は「刺身食えるようになったけど食えたくない・・・」と病気になって死んだ。戦後一〇年くらいたってからだった。その時この辺でバナナもなかったので姉が仙台から買ってきてくれたのである。
バナナはその時高級品だったのである。今はバナナは一番安いものとなっている。
父は味噌を焼いたものを酒のつまみにして飲んでいた。つまり刺身を食べて酒を飲むことなど普通の庶民していない、それが今では普通になっているのだからその相違は大きいのである。
卵すら戦後十年は食べていない、卵は贅沢品だったのである。ただ農家では鶏を飼っていたから食べていた。
農家では納豆まで作っていたから自給自足がつづいていたからかえって街に住んでいるより贅沢だった。
自分の家で店をはじめたときその農家から卵を買いにやらされたのである。糠に卵を入れて自転車で運んだ。
道が悪いので必ず卵を一個か二個を壊すのである。その時道も舗装されていなかったのである。
燃料は炭であり戦後十年は江戸時代のつづきだったのである。電球は裸電球一つであり一応電気が通っていてもほとんど使用されていなかった。ラジオを聞いたり家にあるのは飯台一つだった。
それは自分の家だけではないその時代はそもそもモノが極端にない時代だったのである。
だから自家生産していた農家の方が豊かだったのである。
要するに戦後はギブミーチョコレートからはじまったのであり物欲追求の時代になった。
それが団塊の世代から高度成長になり可能としたのである。物欲を充たすために猛烈に企業戦士となり働いたのである。

現代は贅沢になれて貧乏のことがわからなくなったのである。それは最低レベルと思える人でもそうである。
食べているものはさほど変わりないのである。フランス料理とか美味いものをグルメを楽しむとなるときりがないが最低限の食生活でも貧乏な時代よりは格段にいいのである。もともと戦前から戦後十年は贅沢しようにもモノがないのだから贅沢できない、店屋に卵を売ってないなという時代だったからである。
ふりかえるとこの辺では松川浦で魚がとれたがこれを食べていたことは相当な贅沢だった。
なぜなら山の方では会津では新鮮な魚を食べられないのである。だからこの辺でとれた石鰈を送ったら喜ばれたのがわかる。身知らず柿を会津から送られてきたが魚の方がずっと贅沢だった。
「石鰈」は特に贅沢だった。これは大晦日にこの辺では食べるもので特別なものだった。
松川浦の魚は新鮮だからうまいのである。鮮度が落ちると魚はまずくなるのである
松川浦の漁師が言っていたけど二三日たつ古い魚は食べないというのはそれだけ漁師はうまい新鮮な魚を食べていたから贅沢だとなる。塩鮭は良く食べていたけどあれはおかずとして贅沢だった。
ただ不思議なのは自分の父親は鮎とか鰻をとっていたのでそれが一番の子供時代の御馳走だった。
当時肉というのはまだそんなに食べていない時代だったのだろう。
「大鵬、巨人、玉子焼き」というのがはやったが玉子焼きを食べられるようになったことが贅沢だったのである

自分の家は二軒あって隣の物置小屋のうような所を前に貸していた。
その借りていた人は店をやっていたのが売れなかった。その店は店のように見えなかった。
何も置いてない店のように見えた。それで家賃も払えないと自分の家に小銭をもってきた。
何も売れなかったとか言っていた。子供のときでわからなかったがその家のじさまとばさまが住んでいて
嫁がいたのがこの嫁が無慈悲でその貧乏を放置していたので最後は餓死したみたいなのだ。
センベイ布団に寝て食べるものもなく着るものもなく死んだのである。
今だったら生活保護があり餓死することはなかったろう。その時生活保護がなかったのである。
そういう人が他にもいたし餓死する人がいるような貧乏時代があったのである。
ただその時息子がいて息子は事業していて金はあったから助けることができたけど嫁が無慈悲でさせなかったのでそうなったから助けることはできた。でもそういう極貧の人が昔は結構いたことは確かである。
布団もない、着るものもない、食べるものもない、家あっても家賃も払えない、・・・・
そういう極貧の人がかなりいた時代なのである。

●原発事故は過度な富や贅沢の追求から起こった

なぜ原発事故が起きたのか?この辺ではいろいろなことが問われることになった。原発はやはり貧乏と関係していた。より豊かになりたいという願望があり原発は誘致され作られたのである。なんとか地方でも豊かになりたいために危険な原発が作られた。そのころ出稼ぎの時代であり出稼ぎしないで暮らせることを望んでいた。
原発ができて出稼ぎをしなくてもよくなったと地元の人が喜んでいたのである。
ただ豊かになりたいというのは別に悪いことではない、でも高度成長時代からは何か過剰な富を追求してきたことがあった。その欲望は無限大になっていった。
結果的にどうなったかというと個々人をみても八人に一人はサラ金などから借金しているというから借金してまで贅沢をしたいというのが現代である。そこから何かゆがんだものが生れたのである。
個々人をみてもいかに欲望が強いかその欲望の強さが原発事故を引き起こす原因ともなっていたから今になると昔の貧乏がなんだったのかと見直されようになったのである。
つまりそんな貧乏時代があったのかということなのである。

自分も三野混沌とか猪狩満直などの農民詩人に着目していなかった。
そんな極貧の生活はもう実感できない、かけ離れたものとなっていたしそんな生活を望む人などいない、むしろいかにそうした貧乏から脱するかが課題となり高度成長時代になった。
実際原発事故周辺などでは田舎ではかえって都会より豊かな生活をしていた。
車を一人一台とかもっているし庭は広いし家も広いし悠々と暮らせる。
今は別に都会にあるものはたいがい買える、通販もあるし情報的にも差がないのである。
だから実際は田舎に住んでいる人は貴族だともなる。なぜなら資産があり家もありそれなりの収入もある。
農家だって会社員が多いし専業農家はまれである。だから農家に嫁いだという女性はまるでモデルのような格好していてこの人が農家の女性なのかと思った。今は機械を使うから重労働ないし農家も変わってしまったし
まず専業農家はまれであり農作業をしている女性も少ないのである。

ところがそういう贅沢な生活を過剰な贅沢な生活を望んだ結果として原発事故がこの辺では起きた大きな原因になっていたのである。
なぜなら農業では漁業では林業では食っていけない、やっていけいない、もうやめたい、跡継ぎもいない、金にならない、金にならない・・・・こうした嘆きだけしかなった。実際は農業は金にならない、手間ばかりかかり肥料とか殺虫剤でありいろいろなものがかかりすぎるのである。ハウス栽培になればまた石油や電気代がかかるだから割りに合わないのが農業になった。
ただそのことが極端化したものとして原発が誘致されたのである。原発の富が地元にしてもあまりにも大きな富をもたらすものだったのである。今でも避難者が仮設に住んでいるにしてもいかに食べ物では贅沢しているみてもわかる。毎日マグロの刺身だとか言っているのも食生活ではかえって贅沢しているのである。
金さえあればモノがいくらでも入ってくる時代だからそうなっている。
ただそういう豊かな生活をもたらしたものが何なのか?それが原発事故の原因になっていたから昔の貧乏生活がなんだったのかと見直され問われるようになった。
そういう過剰な富の贅沢の追求が原発事故をもたらし危険なものを悪さえ肯定するものとなっていったことがあった。金のためなら何をしてもいいというモラルもない社会になった。

だから三野混沌や農民詩人の詩か訴えるものとなり見直されたのである。
その時の農民の不満は小作が多く地主に対する不満が大きかった、地主が金持ちとして一番やり玉にあげられる社会だったのである。小作との差が歴然としていたからである。
今だと金持ちがいても誰に不満を向けるかとなると明確ではない、だから公務員がやり玉にあげられている。
あいつらは楽して得するばかりだとなる。地方では特に公務員は貴族になっているというの本当である。
自分の家も公務員の人がいたから恩恵を受けたのである。ともかく原発事故をもたらしたのは過剰な富の贅沢の追求ちあったことは確かである。

小高の大工兼庭師の一人親方は腕がいいしそれだけでも成り立つが他にもホテルを経営したりそれで家も新築して借金しているとか言っていた。その時仕事がなくて困っていて自分の庭を作ってくれた。
何でもできる人だからすごいと思った。でも仕事がないということで原発できたら景気良くなるよとか盛んに言っていた。小高に東北電力で原発を建てられることが決まっていたのでる。すでに工事もはじまるようになっていた。それを意外と南相馬市の原町と鹿島とか相馬市では知らない人がいたのである。自分も知らなかったのである。原発は意外と知らない内に建てられるものだということである。
地権者とか狭い範囲で決められてしまう。他の人は関係できないというのも今からすると恐ろしいことだったのである。個々人をみてもいかに贅沢を追求しているかわかる。それが原発事故に結びついていたのである。
事業起こして実際は失敗していたのに成功を装っていた人もいた。借金していたのに成功を装っていた人もまた現代を象徴していたのかもしれない、借金しても贅沢をしたいというのが現代だからである。
そのことは回りに甚大な迷惑をかける。それでも贅沢したいというのが現代なのである。
そういう過剰な富の追求が原発事故をもたらす要因だったから昔の貧乏生活がなんだったのかと見直されるようになったのである。

●三野混沌の詩が訴えるもの、その言葉が重みを増す

深夜ばたばたと俺はこのみすぼらしい百姓家を叩き起こした
みちはくきたから
これからだ
祖父(じじい)は起き出してきた
そうし俺を家へ入れた
鋸屑(おがくず)を燃やした
炬燵を真ん中に二三枚の布団を着て
もたもたと子供がいた
それにまた乳呑児をもっていた嬶(かかあ)
底震いする二人の親たち
三十円の小作料が払えねえ
腐れた雨、酸性土、くうら虫
くろつち、
つくつくつくる
ひょろんとやせさらばえたよろよろよろめく親父
またその嬶
壁紙の震えるそばで語った

「洟をたらした神」吉野せい著より三野混沌の詩

鋸屑(おがくず)というのは何か昔は使っていた。何か燃やすときたきつけに利用されていた。
これはまさに自分の隣のじさまとばあさまの姿だった。
栄養失調のような状態でありまともに立っていられない、よろよろとしていた。
ここに虫がでてくるのは畑の作物はよく虫に食われるから今日も青虫とりだとか小さな畑を作っている女性は言っている。まず農業はいろいろなものに悩まされるのである。芋泥棒のことなども書いているが必ず畑の作物は盗まれやすいのである。そこにはさまざまな難儀なことが起きてくるのが農業である。
昔はもっとそうでありみんな極貧の生活だった。
着るものものをまともにない時代だった。だから今はあるゆるものを捨てている時代だからもったないということもなくなったのである。そういうふうにモノを大事にしないこともやがて呪いとなってくることもある。
小作料が払えねえとか家賃が払えねえとは常にあった。

こういう生活は別に三野混沌だけではない他の農民も同じであり農民でなくてもそういう極貧の生活を大正生まれであれ戦前であり普通に経験していた時代なのである。
だから意外と製糸工場で働いて女工哀史とか悪いイメージが作られているが現金収入になって良かったという面もあった。当時にすれば女性が働く場所がないからそうなった。
こういう情景は別に三野混沌の家だけでないし農家では小作が多かったから普通にあったのである。
猪狩満直のことを書いたがその人のことも仲間であり「洟をたらした神」に書いてある。
その頃土地を求めて北海道に開拓にゆく人はまだいた。それは明治からつづいていたし農民が八割とか日本は農業国家でありだからこそ土地を求めて満州まで移民した。農民だったから広い土地に憧れたのである。
それが戦争の基にもなっていたのである。

いちばんむずかしいことで、誰にできること

ふしぎなコトリらがなく
花が咲いている
どういうものか ひとのうちにゆくものではない
ひろいはたけにいけ
きんぞくのねがいするヤマはたけにいけ
まっしろいはたけへいけ
そこでしぬまでととまれ
あせってはならない
きたひとにははなししろ
それでいい
クサをとりながらつちこにぬれろ
いきもはなもつかなくなれ
これはむずかしいことだが
たれにもできることだ
いちばんむずかしいことをのこしておけ
いちばんむずかしいなかでしね

そこでしぬまでととまれ
いちばんむずかしいなかでしね

この言葉はいかに土着的になっているか、農民の深い心情を現しているかわかる。土と一体化した人間の姿である。それ以上にそうした狭い土地で小作でも生きていかねばならない、そしてその狭い土地で死なねばならないという強いられた運命の生活を現している。
それ意外の生活は望めないのである。ただ今この詩の言葉が非常に重く感じられるのはこの辺の原発事故のことをみているからである。
こういう生活からしたら農民ですらどれほど贅沢しているのか。車も一人一台、家は広く立派で庭も広いし食べるものは魚でも肉でも食べ放題、お菓子も果物でも何でもうまいものは外国からいくらでも入ってきて農家の人だって食べている。栄養過剰でメタボで糖尿病患者の数が膨大になんてる。
よろよろ栄養失調で歩いている老人とは違いすぎる。みんな栄養ありすぎて糖尿病になっている。
昔はごはんと梅干しと味噌汁だけが普通だった。なんか母も介護してそんなものしか食べずに生きているのはそのためなのか?そもそも若いうちはそんな生活だったからである。
そもそも人間はそんな栄養でたりていたのか?だからよろよろしていたというのがわかるのである。

今になるとこうした昔の生活が重いものとして感じる。それはあまりにも贅沢であり楽な生活になったからその比較でそうなる。
昔のそうした貧乏をしれば今の生活は極楽だとなるのだ。
それでもさらなる贅沢を求めて不満ばかりなのはまさに罰当たりだとなり原発事故を呼び込んだのである。
だから昔の貧乏時代の人が残した言葉をかみしめる必要がでてきたのである。
こんな苦しい生活していたのか今の生活は極楽だ、何で不満ばかりなのだとかなるのだ。
農家の人さえ本当に不満しかなかったし漁師でもそうである。でも実際は会社勤めをしていたり昔の貧乏生活とは違っていたのである。
ともかく何かこうした鬼気迫るような貧乏から出た言葉が今ひしひしと重く感じるし感じるべきものとなったのだ。つまりあまりにも楽な生活が現代にありその恵まれた生活が当たり前となりそれでも金がたりないたりないと不満ばかりになっていた反省が強いられているのだ。
だからそんな貧乏など感じることもイメージすらできない時代になっていたのである。
だから今までは自分もそんな貧乏など今に語っても無駄だと思っていたし注目していなかった。
自分の一生が旅であり遊びであったことでもそうだった。働かない人が若者でもニートとか膨大になっているのだ。それもまた恵まれた時代だからありえるのである。

その詩の言葉は建物を支える
地下の鉄の柱か礎石のように
苦しい時代の中で生きた重い言葉
人々は今を支える建物の礎には注目しない
火の中をくぐって生れた言葉
そういう体験の重さがひしひしと感じるもの
それも過剰な贅沢の暮らしで忘れられていた
しかしカルマは繰り返し
この言葉の重みを思い知らされる
貧乏がまた国土に強いられる
試練の日が再びやってくる
いちばん苦しいときを耐えたものは
その時も耐えられ生き残る
その言葉の重みをかみしめる時が来る

このことは上野霄里(しょうり)氏などが言っていたことである。貧乏な時代を体験しているから共感するものがあった。実生活に裏付けられた詩の言葉は重いと言っていた。ただそれだけの過酷な体験には今は耐えられないし望むことはできない。ただ今の時代の過剰な富の贅沢の追求は実は非常に危険なものをはらんでいたのであるそれが原発事故で具体的にわかったのである。
もし三野混沌のような生活に裏付けされたものが現代にも生きていたら原発など誘致しないのである。
そういう極貧の暮らしを思いばいくら双葉辺りが貧乏だったといっても全く違ったものである。
結局過剰な富の贅沢の追求はモラルを荒廃させた。もう金しか眼中にない人が多数になった。
そのことを嫌というほど自分が自ら体験した。病気でも請求されるのは金でありこの人は死んだら金になるだろうしかない、それは親子の間でも遺産しか眼中になくなるのと同じである。他人ならこの人が金を奪えばいいとなる。現実にそういう体験した。人をあわれむとかさえもなくなったの現代なのである。
だからそうした貧乏な時代よりモラルが荒廃しているのもまた逆説である。
この辺では原発被害地域は補償金でもめて互いに敵対しているのもそうである。
とにかく津波であれ原発事故であれ現代文明をそのものを問うものとなったことは確かなのである。

醤油もまともに使いなかった昔の貧乏と今の貧乏の相違
posted by 老鶯 at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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