2014年09月28日

原発の避難区域に住む人はパイオニアになる? (誰かが住まないかぎり復興はありえない)


原発の避難区域に住む人はパイオニアになる?

(誰かが住まないかぎり復興はありえない)


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飯館に久しく行かじ家々の何となるらむ秋風の吹く


この短歌は外から第三者として見ているから無責任だとなる。「家々の何となるらむ・・」というのはよそごとなのである。
前にも書いたけど日本語には未来がないというとき未来は人の意志によってなるのである。
だから英語のwillはwouldになる、それはしてほしい、そうあってほしいということがあり自らの意志で未来を作る言葉になる。
・・・なるらむ・・・となればただ荒廃した地域を自然のままにまかせていたら何にもならない、何一つ未来も生まれないのである。

だからNHKで放送していた小高で理髪店をあえてはじめた人がいた。その人はどうしても小高に住んで復興のためにしたいと言っていた。藍染めとか農家の人がはじめたし
米を試験的に作っている人がいた。でもその夫婦は75歳だった。あの年ではもう無理だとつくづく思った。川内村でもエチゴ栽培はじめたのも75歳の老人だったのである。
75歳からなにかできるのか?これもまた高齢化社会だったのである。

ともかく津波の被害地区でもあれだけ被害が大きいとそこに住むということ自体が大変な困難を引き受けて住むことになる。だからもう住めないと流出している。
現代は移動が容易な社会だからどこにでも住めるからそうなる。
そして復興するというときインフラ整備に膨大な金がかかる。
なぜ三陸でも百年くらい前もやはり同じように一万以上死んだ津波があったのに海岸近くに住む人がいて今回の被害がまたあった。
なぜそうした経験があったのに住みつづけたのかということがある。
それはそこが生活するのに便利だからである。海の近くが便利だからまたそこで生活するようになった。
その時はいろいろなインフラなど必要ない、電気もないか水道もない時代だからただ自給自足だから掘っ建て小屋のようなものを建ててもはじめられたとなる。
現代ではあれだたけ壊滅状態になるとそんな不便なところに住みたくないと人は住まなくなる。

ただ人が住まなくなるとどうなるのか?前にも書いたけど限界集落からなど廃村になった写真を見ればわかる。そういうところにも人が長く住んでいたから神社とか地蔵とか古い碑などがある。そこが廃屋となり荒れ果てている様を見るとそこから幽鬼が彷徨っている感覚になる。つまり生きて人間もいないのだがその生きた人間とともにそうした人間が作ったものも見放されてしまう、墓でもそうであり参る人がいないと荒れ放題になりそこから亡霊がでてくる彷徨う感じになるのだ。
墓でもやはり掃除して手入れしていないと荒れる、例えば花をさしてもすぐに枯れやすい、墓は今は遠くから来ている人が多い、良く仙台のナンバーを墓で見かけるのはこの辺では仙台に移り住んだ人が多いからだと思った。
墓は何か造花だとまた淋しいのである。造花だと別にそのままにしていいから便利なのである。でも生きた花を挿していればその墓も生きている感じになる。

道の辺に古き碑久し何語る我がよりにつつ秋の日さしぬ

古い碑があったとする、それはやはり何かを昔を語り何かを伝えようとしている。
その碑でもそこに生活し続ける人があってその碑は何かを語りつづけるのである。
もし原発避難区域とかでも誰も住まなくなったらどうなるのか?
それは草に埋もれて忘れられる。するとどうなるのか?
そうした過去の先人の跡も忘れられるし墓もあっても誰もお参りしないとそこから何か幽鬼が亡霊が彷徨いでる感じになる。
それを象徴しているのが廃屋は何かすさまじい異様なものを感じることににている。
もともと自然だったらいいのだがいったん人が住んだ所は人が住まなくなるとそこは幽鬼の亡霊の住処のようになるから気味悪いとなる。
いったん人間が住んだ所は例え人が死んでも何かがそこに残っていて霊のうよなものが彷徨っていると感じるのである。
それは理屈ではない、そう感じるものは否定できないのである。
だから墓地は何かそうした霊が眠っているから他の場所とは違っているのだ。

いづれにしろ小高でも飯館村でも家の灯が一つでもともればほっとするだろう。
そこに人が生活しているということが何か大きな意味を帯びてくる
なぜならその一軒の家でも今やその村や町全体をになうものとしてある。
それはそこに残されたもの神社でも古い碑でも江戸時代から残されたものもありそういうものも捨てられるのではなく人が住むことによって誰かが目にとめるだけでも生きてくることになる。
人がそこに生活して過去とのつながりが生まれてくるのである。

だから理髪店だったら今まではそんなに注目されない、原町に行けば安い理髪店が今ではできて繁盛しているからそこに行けばいいとなる。
病院とか医者とスーパーがまず必要だとかなる。
でも誰も住んでいないとなるとそこに住む人はパイオニアになる。
不便な所に住んでその町を復興させようという意志があるからだ。
バイオニアになった人は冒険もあり犠牲になったり苦難を強いられてパイオニアになった。
だから歴史上にもその人は名を残すし名誉が与えられている。
この場合は何かまたそうしたパイオニアとも違うがただ不便な所に誰も住みたくない所に住むのだからパイオニアになる。
一方でもう若い人は故郷を捨てて一億円でも補償金をもらい他に移る

要するに故郷に残り住む人と住まない人は明確に区別されるだろう。
そこにあいまいさは許されない、住むのか住まないのかイエスかノーしかないのである。
住むでもない住まないでもないというあいまいな状態は許されないのである
自分は小高区の人は帰れと言ったけど明確にもう帰らないという人もいる
それはその人の決断なのである。
いづれにしろ帰る人と帰らない人があり明確に分けられて復興になる
帰らない人はもう小高に住まないから小高に住む人とは明確に分けられるのである。
その心構えもまるで違ったものとなる。
住まないと決断した人はもう小高はどうでもいいとかなるかもしれない
一方小高や避難区域に住む人はそこで住むんだという決意が必要になるから
パイオニアともなる。そういう人がいないか限り復興はないだろう。
いくら放射能汚染でもやはりもう住めないから住まないとしたら荒廃するばかりだからである。
どっちにしろ選択が否応なくせまられあと一年とかで警戒区域が解除されれば決断しなければならない。それは重い決断となる。

高齢化した人は米を作りたいと言っても75歳になるとつづかないだろう。
そういう人はどうなるのか?でも老人は帰りたいとなるだろう。
ともかく誰かが住み続けなければそこが廃村となりいたるところ廃屋となり幽鬼がさまよい異様な風景となってゆく、小高区の問題は南相馬市の問題でもある。
飯館村だってそうである。浪江でも双葉でも南相馬市と関係ないわけではないしつながっている。
だからよそごとでもないからいろいろ考えざるを得ないのである。



タグ:原発避難者
posted by 老鶯 at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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