2014年08月31日

抽象画(abustract) (陸と海の地球ー何でも視点を変えると別なのも見える)


抽象画(abustract)

(陸と海の地球ー何でも視点を変えると別なのも見える)


blueearth123.jpg

一億年前の地球

ヨーロッパ大陸のようなものが現れている

earthhhh234.jpg

陸と海の地球

海から見ればアジアの中心は日本である

fishwood1.jpg



こういうふに中国大陸とか東南アジアから日本を見ると実は日本が海からみればアジアの中心にも見える。
日本の国の成立がもともとは様々な国からの移民が最初にあった。
それは回りが大陸に囲まれていて海の中にあったからだ。
日本は海からみればアジアの中心だったのである。
だから太平洋戦争は海をめぐる覇権争いでありその争いに日本は敗れた。
海を制したアメリカの支配下に入った。
戦艦大和が沈没したのが象徴的だった。

今また尖閣をめぐり今度は中国が海の覇権争いにでてきた
それは海を支配下に入れれば日本もまた支配下に入るからである。
日本という国の不思議は大陸ではない、海の中にーありそこでかえってアジアの中心にこの地図からは見えたのである。
イギリスが七つの海を支配した結果、大英帝国になったように海を支配しないとアメリカでも大国にはなりえないのである。
だから中国は海軍に力を入れるようになったのである。

この絵の作り方は一定のソフトの過程で作られる。
操作している内に会得した。
パソコンはいかにソフトを使いこなせるかが今や大事である。
いづれにしろ人間はつくづくその土地にしばられ固定した見方しかできない
アジアの大陸方面から日本をみれないのである。
視点を変えるとまるで違ったものとして世界は見えるのである。
世界というのは世界旅行したからと言ってわかるものではなかった。
あまりにも広いから一回くらい行っても何かわかりにくかったのである。

ともかく人間の視点は視界はその住んでる場所にありそこから世界をみている。
だからそこに偏見が生れてくるのである。
場所を変えると全く世界は違ってみえる。
地図でも同じ型にはまったものばかり見ていると固定観念化してしまうのである。
抽象画はそういう点自在に変化させられるからそこが強みである。
具象だったら山は山、家は家、机は机とかその具象化から逃れられないからである。
だから抽象画は自由の度合いが大きいのである。
視点を変えるというときデジカメでもそうであり視点変えると景色でも花でも違った様相を呈するのである。
そういう点で写真は絵と違っていくらでも視点を変えられるから今は写真の時代になったのである。
タグ:地球
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