2014年07月22日

2014年7月22日 南相馬市鹿島区の状況(写真) (野馬追いの準備ー仮設ー除染のホテループレバブーソーラバネルなど)


 
2014年7月22日 南相馬市鹿島区の状況(写真)


(野馬追いの準備ー仮設ー除染のホテループレバブーソーラバネルなど)

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この家に野馬追いの旗立ちにけるかな駒も勇みて出陣まちぬ
旗立ちて風にはためく北郷の宇多郷迎え出陣するかも
若竹の伸びにけるかな水無川今日勢いよく朝に流れぬ
朝の川流れ轟き藪萱草ここに咲きなむ鳥の音ひびく
合歓の花朝日のさしてこの道の奥にしひそか家のありしも
今日一日ひまわり畑に陽のさしてその色明るく映えて充たさむ
立葵ダリヤの花や朝に映え燕飛びかう農家の前かな

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野馬追いは26日にはじまる。それで屋形の方に旗がたった。この家からは野馬追いに出るのだなとわかる。野馬追いはすでにこの時からはじまっている。野馬追いに出る家は限られているからわかりにくい。野馬追いは外から見ると一番誤解しているのはみんなが出る祭りだと思っている。でも相馬藩内で500騎出たとしても全体から見れば10万人の人口から見たらわずかなのである。だから意外と野馬追いに出る家も人も知らないのである。
みんな出れるように見えても出れない、侍だった家しか出れない、街の方からほとんど出ない、郷士だったから農業していたから農家から出る。
野馬追いの祭りは他の祭りとは何か違っている。町民全部とか市民全部が祭りにでるわけではないから見るだけになるから違っている。

ただ野馬追いでは意外といい写真がとれない、動いているし行列でもすぐ終わるからシャッタッチャンスだと思ってもすぐすぎてゆくからとれないのである。
そこが意外と盲点だったのである。野馬追いは写真をとるにはいい。
特に旗祭りというように旗がいろいろあってそれが写真になりやすいのである。
それから野馬追いは馬祭りでもある。馬は今や競馬のようなものでしか生きていない
野馬追いでは馬が生き返る、馬が活躍した時代がよみがえるのである。
一年間馬を飼っている人もいるが今は競馬馬などを借りるのが多い。
それでも結構金がかかるのが野馬追いなのである。それでも出たいというのはやはり祭りだということである。

水無川が雨がふって勢いよく流れていた。若竹が伸びていた。仮設住宅が見える。
この仮設はやはり仮の宿だから早く引き上げるべきである。でもあと二年くらいはいる。そもそも田舎に住んで思うことは農家が田舎ではやはり中心のように見えるのだ。
古い大きな木がある庭があるということはそれだけの歳月を積み重ねて農家がある。
街内はそうした家が少ない、代々つづいているのは農家なのである。
だから小高でも浪江でも飯館でもそうして長い歳月で作られてきた農家が結構まだ多い。するとそこを離れてまた一から土地を買い家の歴史を作ってゆくことは大変になるのだ。もちろん現代は農家でも農業中心ではないからそういう時代は終わったとしてもやはり農家には重みを感じるのである。

仮設は仮の宿でありそんろふうに暮らすのは風流人のうよなアウトサイダーならいいが
これだけの人が仮設暮らしというのも異様である。
仮設で感じたことはどのくらいの人かいるのか?もし2000人でもいるとするとその数がすごい、人口は1000人でも2000人でも増えることは市町村にとって大きな影響力があると思った。購買力もましてくることはある。でも広域社会になった時、別に一つの町で2000人増えようが食料などを手に入れることに困ることが全然ないのである。
だからかえって食料はぜいたくしているのである。
広域社会になると外からいくらでも食料が入ってくるから困ることはない、ということは何か困るから助け合うということもなくなる。小高の人が2000人いても鹿島の人と協力すくということはなかった。協力しなくても困らないからそうなる。
それで鹿島の人が小高の人の車をパンクさせたということを聞いた。補償金で鹿島の人は不満だからである。

水無川の上流は何か落ち着く場所である。あそこにはいつも合歓の花が一杯咲く、あの道を行けば家がひっそりとある。ただ最近何か騒がしいのである。
小池に作られたホテルは全国の人が集まっている。除染であれまだまだ仕事がある。
大型クレーンが通りプレハブの宿泊所はそちこち増えた。そして農家の畑にソーラーパネルが作られていた。これも何か景観を乱すので嫌なのである。
これも国から補助金をもらいるから作っている面がありその補助金詐欺もあった。
とにかくまだまだ復興で国から金がでるからこの辺は外部の人が集まっている。
それでにぎわっているといえばにぎわっているか何か前のように落ち着きがないともなる農村的田舎の風景が乱されている。風紀的にも乱れるということがある。
やはり仮設とかプレハブとかでは人間は落ち着かないだろう。

ともかく何かこの辺は以前として変化が激しい、何か落ち着かない、二年後に小高の人がされば落ち着いてくるだろうが今度は淋しいともなるかもしれない。
ただやはり人間はそれぞれの市町村で根付いて生活するのが落ち着くのである。
変則的な生活は精神的にも乱れるのである。
小高は小高での町作りをするのがいいのである。それが放射能汚染でできない、それと浪江が警戒区域で住めないことは小高に影響するから困るのである。
だ。から小高は還りたくない人が多く原町や鹿島に家を建てている人もいる。
そこが南相馬市の一番の問題なのである。
小高をどうするのかそれが一番の問題でありその住人がどうするのかも問われる。
ただ老人が多く補償金で遊んでいればいいとなると外部からも南相馬市内でも小高なんかどうでもいいとなるだろう。
金あるんだから金でめんどうみてもらとなってしまうのである。
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