2014年07月11日

夏の草原の夕べ(津波の跡が草原化した風景の不思議)


夏の草原の夕べ(津波の跡が草原化した風景の不思議)

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広々と草青々と月涼し
草原に昇る満月夏の夕
草青し夕べ湿地に夏の月
夏鶯夕月いでで草青し
夕雲の紅さ残りて夏野かな

津波跡湿地生れて草青し夕べ水面に風の涼しも
津波跡葦の覆いてヨシキリのしきりに鳴きつ雲夕焼けぬ
一本松残りて夕べ風涼し草原広し海も広しも

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この辺では二重に原野化している。一つは津波の跡が原野化、草原化、湿地化している。
津波の跡はより元の自然にもどっている。
放射能汚染で原野化したところはまだ田の区切りなどが残っている。
でもウマゴヤシ、クローバーが生えて北海道のような風景になっている。
この風景は何といっていいのか不思議である。
これもしかられるが正直これまた風景の変化であり気持いいとなる。
北海道に行かなくても北海道に来ているのかと思う。

もう一つはモンゴルのような草原とにているのだ。
モンゴルでもこうした草原がどこまでもつづいている。
そして小さな湖がありそこに菖蒲などの花が咲く
ここでも雨がふったから湿地化して水がたまり沼地化する。
その水面をトンボが飛んでいる。トンボは繁殖のために水のあるところによってくる。
日本では雨が多いからすぐ湿地になりやすいのである。
こういう景色は何か今までとは違って田んぼのある風景とはかなり違う。
草原には夏雲雀とか燕とか葦にはヨシキリがもともと巣を作る、それが河原などと違い草原になっているから広いから気持ちいいのである。
結局人間が住まなくなると自然が生き生きして甦るというのは一面確かである。
これは飯館のような山の村と海岸地帯は違っている。
モンゴルでも北海道でもそうだがこの広々とした感覚がいい。
何かおおらかな気分になる。

これは前の田んぼや実りの稲穂の平野や松原の景色とはあまりにも違っているのである。それは明らかに心にも影響する。おおらかな気分になる。
ヨシキリでも広い原野にほしいままに鳴いて夕ぐれる。
つまり人間のいない世界は自然の生き物にとっては住みやすいとなる。
ともかくこうした変化した風景になじむのには時間がかかるだろう。
だから俳句にするにも何かマッチしないものを感じる。
北海道で俳句があわなかったようにこの草原化、湿地化した風景は俳句にはあわないのである。

今日は暑かったけと海の方は涼しい、いかにも夏らしく涼しい、前よりも涼しく感じる。浜通りがいいのは海からの風が吹いて涼しいことである。
中通りになると蒸し風呂のように暑くなる。
だから浜通りの人は会津とか福島市とか中通りも住みたくないのである。
自分もここは気候だけはすごしやすい所だと思っている。
寒からず暑からずなのである。だから体が弱い人にはいい場所である。
保養にはいい場所である。だからこの気候の良さを活かす街造りもありうるのである。
老人ホームなどは確かに適している。ただ老人の街というのはどうなるのか
それはいいのか悪いのかわからない、ただ渡辺氏がそういう政策を出したことは面白いと思ったのである。

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