2023年10月26日

【田舎の秋の風景】ー秋薔薇、柿、秋柳など


【田舎の秋の風景】ーダリア、秋薔薇、柿、秋柳など

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相馬市城下町

玄関に大岩一つ秋薔薇
二輪咲く秋薔薇かなこもりけり
川岸にコスモスゆれてブナ跳ねる
秋の暮近くの畑で仕事かな

石の倉多しも農家に柿なりぬ
秋の雷一雷鳴りし余韻かな
秋の蚊の一匹唸り襲いけり
秋の蠅大きく部屋を飛び回る
相馬市の市街の鉄路秋柳

大輪の赤きダリヤを我が活けて黄色も白も共に映えにき
華やかにダリヤその色つくしダリヤ咲く我が部屋に飾り充ちたりぬ
秋の薔薇二輪挿しにき我が家に落ちつきあれや心休まる

秋バラの特徴は濃い色と豊かな香りです。気温が下がっていく時期に咲くため、ゆっくり開花し、花本来の模様や色味が出やすいようです。香りも深くなります。春バラと違い、シックな色合いの花を咲かせます。
秋バラは咲く花の数が少ないため、景色としては寂しく感じてしまうかもしれません。しかし、一輪一輪が美しいので見ごたえは十分です。

私の家の庭に四季バラが咲く。春のバラと秋のバラは違っている。そこまでは見ていなかった。でも秋バラだと春のバラとは違って何かもの寂しくその色合いを心にしみる。だから秋のバラは好きである。つまり秋のバラとは人間から見れば年配の人老人にもふさわしい花だとなる。やはり花でもそこに人間は人生と重ね合わせてみたりするのである。

何か変わり映えしない田舎の風景であるがそれなりに季節感はある。ただ正直今年は季節感が狂った。昨日にしても雲を見たら夏の雲のようであった。だから夏はまだ続いているということにもなる。秋がなくなりなり夏と冬になるというのも分かる。そうなると季語を中心に俳句があるとするときその文芸も成り立ちにくくなる

地震以後気づいたことは石の蔵が多いということであった。この石の蔵は明治以降に作られたものである。まず江戸時代に作られたものはまれである。それは木で作られ土壁で作られていたからである。これだけ石の壁が石の蔵が作られたということは農家がそれだけ裕福になったからかもしれない、蔵に柿が似合うのである

川に魚が跳ねているとみたら鮎と見ていたがそれはボラであった。鮭が昇るの捕らえる網を川に張っている人に漁業関係者に聞いたからである。ボラは大量に群れをなして上ってくることがある。鮭はは去年は200匹捕まえたという。今年はどうなるのか年によってまた違ってくる。

秋の蚊とか秋の蠅とかに苦しめられる。その秋にしてもやはり今年は晩秋という感覚はないまた秋深むという感覚もない。 11月を過ぎれば立冬になるのにそんな感覚はない。ただ一時寒くなるそのために私は体を壊した。

ダリアは飯館村の道の駅で買った。ダリアは今飯館村の名産品かもしれない。安く買えるからいい。原発事故以後ダリヤ畑にしたという花を売るようになったからである。ただ飯館村は自転車でゆくのには遠い。暑くて本当に行けなかった。
何かその土地にあったものが必ずあり産物がありそれがその土地の味わい深くする。相馬市は城下町であれ何か特徴はないにしろしんみりとして秋柳などは似合うのである。市街地を走る鉄路がありそこに秋柳が枝垂れているのである。

やはりなんの変哲もないようでその土地であっても歴史にあったものがある。それそれはなかなか分かりにくいのである。ただ確かなことは相馬市と南相馬の原町市はやはり相当に違っている。そのことは前に書いた。
いずれにしろ秋は深まってゆくのだがそういう感覚がもう一つ無い。やはり秋がなくなり夏と冬になってしまうのかとなそしたら日本の文化でも俳句でも失われてしまうということもある今年は一時的に寒くなったな担当になるらしい暖冬になるらしい。それはやはり暑すぎた夏の延長のためなのである







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