青春時代は出発点であり人生の方向を決めるから大事
(人間は失敗するのは最初に方向を誤ることーそして引き返すことができない)
●若きときに神を覚えよ
ドラマで金持ちの家同士が意に沿わなくても政略結婚のようなことした。それは戦国時代でもその後もあった。でも現代ではそれは強制できない、別に親に反対もできる時代である。
それであとでいろいろ問題が起きて事件が起きた。人間は出発点が悪いと必ずその後に問題が起きてくる。その出発点になるのは青春時代でありそれでそこで方向を誤ると人生をの後悔するともなる。 青春時代は出発点でありそこで間違うと一生が間違った方向に行ってしまうともなる。
ただ若いときは先が見えない。何か時間が無限にあるように思えるので。だから若い時したいことをして欲の赴くままに生きるというのも普通にある。ただその青春の時代を実際はあっという間に過ぎる。それも一瞬の輝きだったとなる。それは女性にも言える。その若さは美は儚く30過ぎるとおばさんとかになってしまう。だから親はその美貌もすぐに色あせてくるから婚期を逃すから早く結婚しろとなるのである。
若きうち神を覚えよ知れという時それがなぜ大事なのか。神を覚える神を知るということが若い時しかできないからだとなる。別に年とってからの方がいろいろ経験を積んで聖書でも深く読めるしいろいろ理解するのだから別に若い時でなくても神のことを知るということはできると思う。でもそれができないとなればいかに若い時の時間が重要だったかあとで知る。でもその時遅しとなっていたらどうなるのか、もう時間を元に戻すことはできない
●カルト二世は親にすべて決められる
それは神を知るというだけではない就職するにしても何をするにしても青春時代が出発点になる。そこでその出発点が誤ると一生誤ってしまうともなる。それは怖いことである。だからカルト宗教の二世問題とかが深刻なのである。その人たちの一生がすでにもう生まれた時から決められていたとはである。その方向は親によって決められそれ以外考えられないとなっている。そういう家族では親に反抗するということは相当に難しいからである。
その人の一生は全く親に決められたもの以外ないないのである。そういう人は別の道があることも全く分からない。そしてそのカルト宗教団体について疑問も何もない。ただおかしいと気づいても目をつぶるのである。
なぜなら親の言うとうりになっていれば親からもほめられるしそれは家族のためになっているのだから家族に反抗するようなことはできない。そこにカルト宗教二世の深刻な問題がある。そういう人は親の言いなりになりその集団組織の完全な一員となり何ら個性を発揮することなくロボットとして奴隷として終わる。
その集団組織に従属して何一つその人が生きる個性も示すものことなくただハイルヒトラーで教祖を偶像化して一生を終わってしまう。これも恐ろしいことである。それもなぜそうなるのかといえば出発点が悪いからそうなったのである。だから青春時代は出発点でありその行く先が方向が決まってしまうから大事な時なのである。方向が間違ってしまえば北に行くのではなく東に行けばよかったとか言っても人生の場合は簡単に方向転換できないのである。
●なぜ大学選びが大事になるのか
なぜ大学選びが大事になるのか。それは大企業などでは選別するのにやはり大学を見ている。マーチから上でないと履歴書を見てすでにそこで選別されて入社できない。そこからしてやはりすでに差が出てきて生涯に影響する。もちろんそれが人間を全て決めるものではない。でも大企業に入るものと入れないものの差がすでに若い時にできてしまうということである。
ただそれから一流の大学を出ても会社に入って仕事ができないとかなりニートになる人も居る。だから学歴ですべては決まらない。社会で仕事ができるかできないかは必ずしも学歴では決められない。
でもそもそもが出発点で大企業に入れないとしたらその差が将来的に大きくなってしまうのである。ただ大企業でもそれがすべて価値を決めるというわけではない。人間の価値はあまりにも多様だからである。だから別に大企業に入らなくても自分自身の価値を作ることはできる。私自身は底辺でて社会から外れてしまったから出発点がそうなると一生社会から外れた人生になる。
でも逆にそのために自分自身の興味あること関心のあることを故郷で追求してきてきたのである。その成果をブログで出しているのである。ただそれは例外的なものであり特殊であり普通はやはり大企業に入るものと中小企業や底辺層になるのは相当な差になる。だ
から氷河期というのはその出発点でまともな会社に就職できず非正規になってしまったから45とか50過ぎて非正規であり結婚もできないしもう60になったら働くことさえできなくなり年金もわずかでありそれが今度は国の負担にもなる。
それは出発点から悪いからそうなってしまったのである。だから出発点が悪いと誤ると氷河期世代のように結局その人たちでも国家でも問題を抱えることになるのである。
●人間は先を見れない
ただ正直人間は個人でも組織集団でも国家でも先を見ることはできない。一時的にカルト集団でも創価などでも会員が爆発的に増えたことがあった。でも今になるともうその熱狂は終わり会員は増えることはないし衰退するだけになってしまった。そういうことは時代的に常にありあれだけ興隆していたのに衰退してしまうことがある。
七つの海を制覇した大英帝国でも今や小国に戻ったともなる。だから時代の変化で人間はその先を見ることができない。それで日本でも高度成長時代がありその後に失われた30年があった。その期間も本当に長かった。給料も上がらないそして今や円安で物価は上がり日本は世界でも実際は先進国ではない貧困国家になってしまったのである。 IT化に遅れ頼む日本は依然としてハンコとか戸籍とか保証人とかが必要であり何か自由に経済活動出来ない国であり改革できない国だったのである。
今や日本は高度成長時代は日本がすごいということばかり言われ日本は今や何でも悪いことしか言われないのである。その代わり方も激しかった。ともかく青春時代2は人生の出発点だから重要なのである。そこで方向を間違うと一生誤ることになる。だから大事なことは何か目先の利益だけではない何か未来にを作るものを志すということでもあ。それで立志式というのはあったということはそのためだったとなる。志すことが悪かったら一生もやはり悪い方向に行ってしまい一生を誤ってしまうのである。
●なぜ14才で立志式があったのか
14歳を祝う行事。
・奈良時代の「元服の儀」が由来。
・将来の目標や夢にして誓いを立てる。
奈良時代から立志式があったということはやはり時代が変わっても人間は変わらないことがある。まあ14歳となるとやはりその年頃でもうすでに将来に対して志を持つことが大事なのである。
私の場合はちょうど14歳に父親が死んだからそれ以来なぜ人は死ぬのかということが頭から離れなくなった。それで求道をしていたのである。その入った先はカルト教団でも私の志は目的は死の解決だったのである。でもカルト教団などはそうかでも他でもそういうことを問題にはしていない。
なぜなら社会で勢力を持ち権力を持ち知恵や名誉や金持ちになりたいというだけだったからだ宗教や信仰など追及はしていない。だから私は学生時代に辞めたのである。
つまりそういう場所で運動している人はこの世の栄華栄誉とか金持ちになりたいというだけである。そうしたギラギラした欲を持つ人たちが集まる場所なので。だからまともな人だったらそんなところに居ることはできない。
ともかく人生の出発点が誤るとその後の人生も誤った方向に行ってしまう。とても人生は短いから引き返すこともできないしやり直すこともできないのである。その深刻さが分かるのは老人であり老人は別に学がなくても何であれその人生の結果を否応なく示されるのでは。
俺の人生が無駄だったとかむなしいとかみんなになってしまっているのである。それは出発点が悪かったからである。ただこの世の栄耀栄華を目指してなんとか他者より優れていることを示したいとかそういう動機が悪かったともなる。
そしてその結果を老人になれば変えることはできなくなってしまうのである。何か方向を変えるのは若いうちなら出来るが30くらいすぎるともうできなくなってしまうのである。それだけ人間には充分な時間を与えられていない。だからチャンスにしても一回だけだとか結婚するにしてもその人が人を選ぶというよりたまたまちょうど若い時に出会いがありそれで結婚したという人も多い。その人がどういう人なのかとなど簡単に分からない。
というより人間には十分に相手を見たり考える時間がないのである。それより先にあるのは性欲でありそれゆえに交わり仕方なく結婚したとかも多い。そして1/3も離婚しているのはやはり十分に相手を見て選ぶ時間が人間にはないのである。
要するに人間はたちまち老いてしまう。そしてみんな後悔しているだけだる。どんな人でも後悔しない人はいない。たとえ恵まれて大企業に入ったとしても結局社畜だったとか言う人も多い
だから若き時神を知れということになる。若き時に神を求めよとなる。でもカルト教団は一切そういうことは教えないし求めていない。この世の栄耀栄華を求めているだけである。世俗社会より異常なほどにこの世の栄誉栄華を達成することをだけを求めているのである。だから仏法であれその教義とは正反対のことを追求しているだけなのである。だからなぜ宗教を看板にしているのか全く分からないとなる。