2023年05月01日

ドニエプル川を挟んでウクライナとロシアの攻防戦 (地理が変わらないから同じことをカルマを繰り返す)


ドニエプル川を挟んでウクライナとロシアの攻防戦

(地理が変わらないから同じことをカルマを繰り返す)

●ドイツとのドニエプル川の戦いの再現

Dnieper) とは第二次世界大戦中の1943年に行われた戦いのことである。この4か月の戦いの間、ドニエプル川東岸はソビエト赤軍5個方面軍によってドイツ国防軍から取り戻され、さらに西岸にいくつかの橋頭堡を築くために幾筋かの攻撃渡河の先導となった。その後、キエフは別の攻撃(英語版)により解放された。
戦争の中でも損害の大きな戦いの一つであり、犠牲者は双方で1,700,000名から2,700,000名と推測されている
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ウクライナが5月に大攻勢をかけることを宣言している。その衝突する場所がドニエプル川なのである。
テレビで見たら幅が広い。 3キロくらいあるというから日本にはない大きな川なのである。その川をめぐってウクライナとロシアの攻防戦がある。
それはドイツとロシアですでに第二次世界大戦の時激しい戦いがあった場所なのである。今回もと渡河作戦が実践されようとしている。でもそこでかなりの激戦となり犠牲者が出ることが言われる。
それはまた同じドニエプル川を挟んでウクライナとロシアは対立する。それはまさに歴史の繰り返しである。
なぜそうなるのかというとそれもカルマなのである。それはチリとしてのカルマ宿命としてある。

ドニエプル川が境界線となり争うことになる。だからriverはライバルのことなのである。川を挟んでライバルとなるのはあらそうのが歴史だったからである。
つまり川というものはそもそも川ができてから何千年とも変わらない。川が埋まってしまってなくなることもないからである。
それが宿命を作り出しカルマとなり同じことが繰り返されるのである。地理的宿命から人間は依然として逃れられない。
確かにミサイルなどは自然の地理的障害を超越して飛んでくる。でも実効支配するにはどうしても陸に上陸して支配しなければならない。そうなると地上戦になり犠牲は大きくなるのである。何か今回のウクライナ戦争はこれまでしてきた戦争と変わらないことがありカルマの繰り返しに見えた

●変わらない地理の宿命

つまり地理そのものは変わらない。山が平地になったり平地が山になったりしない。川が埋まったりもなかなかしない。流れが多少変えても川自体は変わらないのである。
その地理が地勢が変わらないということがやはり今回のように戦争でも変わらないものがあったと見えた。
核戦争にのようになる時代でも依然として川が障害となりライバルとなり対立する。それが変わらないということがつくづく実感したのである。(riverはライバルのこと)
何かこれほど科学技術が発展してもこの戦いが古典的なものにも見える。それはドニエプル川を挟んでの攻防戦が最大の山場になっているということでもある。
それだけドニエプル川というのは自然の境界となり互いに二つの国を分ける働きをしている。そのことは変わらないのである。

だから大陸を見るときは川を知らなければ歴史もわからないのである。そもそも四大文明が川から生まれたというのもそのためである。日本にはそういう大きな川がないから大陸の川のことを理解できないのである。
でもドニエプル川を挟んでウクライナ側ウクライナ側ウクライナが大攻勢をかける。それに対抗するロシアがある。それはまさに川を挟んでの攻防戦なのである。
狭い川幅のところがありそれがとか80mとかの幅でありそんな狭いところでも渡ることは危険であり死んだとかなる。
それだけ川を渡るということは危険なのである。

●地形は変わらない障壁となる

ともかく今回のウクライナとロシアの戦争は近代戦争とも思えない。何か古典的なものであり川をめぐっての戦いの再現だったのである。だから人間は基本的に変わらないということもある。それは地理が地形でも変わらないからその宿命から逃れられないのである。
だから世界でも日本でも地歴を知ることが基本にある。ただ日本の弱点は大きな川や平原や砂漠がないので理解しにくいのである。
とても川の大きさとか平原とかとか砂漠とか森でも平地に延々と続く森を理解できないのである。

人間はどうしても地理的宿命から逃れることはできない。身近なところでわ福島県は浜通りがあるが阿武隈山脈に遮られてどうしても一体感が感じられないのである。
むしろ仙台のほうが海岸沿い太平洋岸沿いで連続しているから地理的には宮城県にも入っているのである。福島市は阿武隈山脈または高原によって遮られて一体感が感じられないのである。

ただ不思議なのは南相馬市の鹿島区から蔵王がみえ見える。それで山形県と通じているというふうにも見るのである。
なぜならあっ吾妻山などは見えないからである。もちろん会津の山などは全く見えない。それで福島県は地理的に一体感は感じられないのである。
大陸になると境界になるのは川であり川の役割が大きいのであ場る。その大きな川がが日本にはないからどうしても大陸を理解できなくなる。
ただ今回のウクライナ戦争で実況放送したので川が依然として大きな戦争の勝敗を決する障害となり戦争の勝敗を決する場となっている。それは人間の歴史が始まって以来変わらないと見たのである。
posted by 天華 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2023年05月02日

なぜ本が捨てられないのか (本は物体ではなく言葉であり精神を表象化したものだから)


なぜ本が捨てられないのか

(本は物体ではなく言葉であり精神を表象化したものだから)

●カメラより撮った写真の方が貴重だった

本が捨てられなくて困っている。例えば古いものカメラなどはほかの危機でも機械でも機器でも古くなったものは捨てられる。
別にそれは新しくいいものを変えればいいからである。
新しいもの新しい機器の方が性能も良くなっているからである。
そのカメラより機器より大事なものはカメラだったらその記録したものであった。それはビデオカメラでも記録したものが実際は大事なものであった。
なぜなら津波の前と津波の後の景色がまるで変わってしまったからである。となると津波の前に写真としてでもビデオとしてでも残した風景画の記録として貴重なものになったのである。

ただカメラはそのの風景を残すものとして記録するものとしてあった。カメラ自体は古くなったので捨てた。
カメラよりその写したものが貴重なものとなっていたのである。
それは外国旅行の写真でもそうだった。もう私の場合年をとりとてももう外国旅行することができないと思ったからである。
そして外国旅行というのはなかなか記憶に残りにくい。それは日本と風景でも歴史でも変わっているからなかなか印象として記憶として残りにくいからである。
日本だったら一回でわからないことでも2回行くと理解が深まる。
そのの歴史でも後から調べて理解を深めることができる。
でも外国になると一回くらいしかいけないから印象が時間とともに薄れて記憶することが難しいのである。

●本で家が傾きずれた―本は重いが電子本は重さがない

そして本でも家が沈むとか傾くとか大工さんが言った。どうしてもその重さで2回大きな地震を経験して家が歪んでしまったのである。その原因は二階に置いた本の重さが影響していたのである。
本の重さによって下に影響して地震があり柱がずれたのである。
それだけ本というのは重いからそうなる。本はは本当に重いのである。厚い本がありそれを運ぶのも重いのである。
そして本がなぜ捨てられないのか?それは本が紙というものにしろものと違っているからである。紙に書かれたものは別にものではない言葉なのである。紙はものであり表紙でも装丁で紙である。つまり本というのはもののようにも思うが実際はものではない。文章であり絵も描かれてたり写真でもある

だからものではないから電子化すればいくらでも本を手元に置き参考にできる。重さはそこでなくなるのである。電子本には本の重さがなくなっているからである。実際の本と電子本の違いは重さがなくなり物として手に取ることができないことなのである
でも本というのは何か物として物体としてあると思う
でも本を読んだ本に書かれたものが文章がその本体でありその文章は電子化すれば重さがなくなるのである。本は持ったり触ったりページをめくったりと何か物体としてある感じになるが実際は文章が大事であり本でなくても紙でなくても文章が本体であるから電子本でも読むことができるのである。
それは絵でも写真でもそうである。それが紙に描かれていなくても電子化すれば映像になり本がなくても絵がなくてもいくらでも表現ができて重さもないからかさばることもないから保存できるのである。

●電子化で怖いのは一瞬ですべてが記録が消えること

でも電子本だと何かの調子で故障があったりすると一瞬にして消えるという恐怖がある。
本だとそういうことはない。何か物として残り続けるという感覚になる。それで石に文字を刻む時それは石はなかなか消えたりはしない。だから石に刻まれた文字はなくならないという感覚になるのである。
それで江戸時代の元号のが記された石碑がありそれは200年であり300年であれ消えずにその場所にあり残っているのである。
でも電子化された文であれ絵であれそれは残るのだろうかという疑問になる。

なぜなら一瞬で全部消えるということもあるからである。だからせっかく創作したものでも電子がしても一瞬で消えて何も残らなくなってしまうのかと不安になるのである。
だから電子本とか電子化したものに何か不安を感じる。でも本だとがさばり重いしそれを一個人が所有することは限界がある。
本は膨大でありとても所有しきれないのである。電子本にすれば重さもないからいくらでも所有できるのである。ただ弱点は電子本の場合一瞬にしてすべてが消えてしまうという不安なのである。

●一冊の本でも理解することがむずかしい

とにかく本は捨てにくいし整理するのも容易ではない。そして本は若い時であれ読んだものを理解していない。でも年を重ねて経験を積み老人になると理解力が深まる。それはそういうことだったのかとおのずと理解できるようになる。
だから老人は批評に向くようになるのである
それから30年前頃買った本がの作者がすでに死んでることが多いのである。するとその人が残したのは本でありそれ以外にその人を知るすべがなくなる。
大概の人は本など残せない。本を残せたのは限られた人でしかなかった。それほど本は簡単に出版できないし作れないものだったのである。でも今になれば一冊でもアマゾンで本を作れるらしい。それで自分も試してみようとしている。でも手間がかかり時間がないのでなかなかやれないのである。

今ならインターネットで電子化して誰でも発表できる。ただ読まれることは本当に難しい。出版というのは簡単にできない。たとえ本を作ったとしても書店になど勝手に置けないのである。
でもインターネット化すると誰でも別に表現することができる。
それができたとしても読まれることが至難なのである。インターネットが普及しない前は田舎の本屋など本当に本が少なかった。専門書など置いてない。仙台市まで1週間に一回も言っていたのは本を買うためだった。でも仙台市でも実際は本は少なかったのである。インターネットが普及してわかったのはアマゾンなどで分かったのは信じられない量の本があり古本もあるからその膨大な本があることに驚いたのである。
もしそうしてそれだけの中から自分の追求している本を買ったらもっと自分の知識は広がり深められていたのである。

●くだらない本が百万部も売れていた時代

例えばどんな本が売れていたかというとベストセラーになったかというと冠婚葬祭とかいう本は百万部も売れていたのである。
そんな本がなぜそんなに売れたのかそれはその本の内容とは何の関係もない。ただベストセラーとして宣伝され田舎の書店にも置かれたことで売れたのである。全国の書店に置かれただけで別に内容がなくても売れた時があったのである。
また出版社が宣伝して全国の書店におくことで内容はなくてもベストセラーになって売れていたのである。それでしょぼい田舎の書店でも商売が成り立っていたのである

今や本屋は田舎の市町村では消失している。あまりにもアマゾンとかに比べると本が少なすぎるのである。また古本の量もインターネットでわ膨大であり買えないものはない。すると新刊の本でもすぐに古本になり安くなり帰るのである。そうなると本屋から買うということは損だとなってしまったのである。だから書店は大きな書店ですら消滅しているのである
依然として私の家の中の整理は続いていた。特に本の整理は簡単にできない。簡単に捨てることができないのである。というのは読み返してみるとほとんど理解していない。初めて読んだようにする思えるのである。それだけ本というのは理解することが難しいのである。それでびっしりど印をつけているのだが実際はそのしるしをつけたことを理解してないし忘れてしまっていたのである。

つまりその本を読んだことは読んだのだが理解していなかったとなる。ただ本を集めたというこうとうがすることになる。
だから本というのはほかの品物と違ってそもそも買っても理解力がなければ利用していないとなっていたのである。
それだけ本というものは内容はありそれを理解する方が相当な力量がないと理解できないのである。
それで本は30年過ぎても40年過ぎてもその本の内容を深く知るということができていない。たいがいものだったら機械でも古くなり捨てることができる。本はその内容を理解できていないからまた理解しようとして読む。年取ると理解力が深まるからそういうことだったのかと理解するからである。まだ芸術でも鑑賞力がついて深く理解するようになるのである

今や最後の総決算として本でも創作でも自分の成果をまとめようとしている。やはり最後にその人の成果が本に残す。ほんでなくてもインターネットの中でも残すとなる。それは出版できなくても残せるからである。

2023年05月04日

藤の花、菖蒲、桐の花(夏になり近辺を回る)

藤の花、菖蒲、桐の花(夏になり近辺を回る)

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ジャーマンアイリスだから日本の菖蒲ではない、写真にすると違っているとなるが
言葉だけだったらそれぞれイメージするからいいのである。ただ写生が基本になるから問題にはなる
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これは相馬市のイオンの近くの農家で撮った、桜なのか。4月のはじめか三月に撮ったから

夕月や相馬の城下藤の花

荒らし風痛くな吹きそ藤咲きぬ日陰の道行く心静かに
木の下に菖蒲の咲きぬ変わらずにその色染みて日影の道行く
藤の花そよゆれ静かこの道に鳥鳴く声や行く人もまれ
変わらずにここに石あり菖蒲咲き心静まる家への道見ゆ
藤棚をしつらい咲かす落ち着きて老いの身労りここに住みなむ
留守にせし我が家の庭の花探し黒揚羽の舞い去りにけり
桐の花今年もここに咲きにつつひそか散りにき音もなくして

夏になった、藤の花が咲き菖蒲が咲き桐の花が咲いた。すでに桐の花は散ったのもある。
近くに森があり木陰が深い、田舎だと今は田植えになり季節を感じる。

何か家に整理とかたずけで相当に疲れた。重い本を持ったので疲れたのと階段が急なので何回も上り下りして疲れた
老人になると後になて疲れが出やすいのである。
それでつくづく藤棚がありその藤棚を作るのは大工さんであり老人はそこに藤の花を観賞するのが向いているとなる。
老人は住み心地がいい家とか場所が大事になる。家にいる時間が長くなるからである。
何か老人は変化しないことがいい安心する。ここに前から石があり菖蒲でも咲いていたとかなり安心する
認知症になるとそうして見慣れたものや見知った人としか通じあうことができなくなる。
遠くに住んでる実の子供でも忘れたりするからである。つまり認知症でなくても老人はそういう傾向になるのである。

藤の花は相馬の城跡に藤棚に咲いている、藤の花が似合っている。一応城下町でもあり似合っている。それで中村喫茶店に藤の花の庭があったが閉店したのが残念だったとなる。
喫茶店はどこでも維持できなくなって減少した。残ったのはドライブインの喫茶店というとき車社会だからそうなったのである。
街中の店でも車の駐車場がないと利用しにくいからである。

近くに森があり木陰が深く鳥が鳴いている。今日は風もなくいい天気であり気持ちがいい、遠くに行くにもいいと思ったが疲れたので行けなかった。







2023年05月05日

清涼飲料水は体に良くないー栄養を吸収するにも時間がかかる (人間は何をするにも時間がかかる、即製できない)


清涼飲料水は体に良くないー栄養を吸収するにも時間がかかる

(人間は何をするにも時間がかかる、即製できない)

食べ物が胃に入ると、炭水化物なら3時間、脂肪なら7時間ほどかけて消化されます。ドロドロになったものが腸に送られ、ゆっくりと体に吸収されるのです。ところが液体に消化は必要ありません。ジュースは胃を通り越して一気に腸に入ってしまいます。血糖値が急上昇し、血管の内皮が傷ついて、やがて血管が硬くなってしまいます。野菜や果物ジュースより清涼飲料水のほうがたくさんの糖質を含んでいますから、悪性度が高い

●栄養を取るにも時間がかかる

直感的に本能的に清涼飲料水は体に悪いことを感じる。清涼飲料水を飲むと返って運動した後に疲れるというのも分かる。
本来清涼飲料水には何か返って体を疲れさすものがある。疲れを取ろうとしてエネルギーを補給しようとしても返って疲れることになる。それは科学的にも証明される。ほとんど栄養はないのである。ただ汗をかくから塩分が不足するからポカリスエットなどは効果があるとなる。それはただ塩分を補給するというだけである。
後のジュース類とか炭酸飲料とかコーラでも返って体を疲れさせるものになる。

やはり栄養は生のものジュース類ではなく果物そのものを食べるのがいいのである。ジュース類では果物でもその栄養分をとることはできない。
ここで述べているように消化する時間が必要だったのである。
徐々にしか時間をかけてしか栄養分は取れない。即効的に栄養分を取ろうとすれば返って体に悪影響するのである。
ここで問題なのは人間は即効的にに体を健康にできない。
何をするにも時間がかかり時間を無視することはできない

現代文明の問題はこの時間を無視する時間を待てない即効的に効果があるのを求める。でもここで述べているように人間の体でもやはり時間をかけて食べ物の栄養分を吸収する
それが植物でもあらゆるものでもそうである。どうしても植物が育つには時間がかかる。種蒔いたらすぐに育ち食べられるわけではない。必ずそこには時間がかかる。それではつか20大根とか40日大根とかが生まれた。それだけ必ず成長するにわ時間がかかるからである。その時間だけは短縮することができないのである。
野菜とか果物とかでもそうだが木とかなると成長するのに50年とかかかるのである。その長さはあまりに長いのでとても一人の人間の一生でその木が成長して木材として利用することはできなくなる。次の代の人がその成長した木を利用することになる。。つまり一代では利用できないのである。

●自然を相手にするには時間がかかる

自然を相手にするということはそれだけ時間がかかるということである。即製的には何もでもできないのである。それが本来自然を相手にする仕事であった。
ただ空間的には距離は交通の発達で狭められた。外国でも飛行機があればその空間は縮められたのである。でもどうしても時間だけは縮めることができない。徐々にしか栄養は体に吸収されない。野菜でもやはり成長するにわ栄養を徐々に吸収して大きくなる。その時間を縮めることはできないのである。
そこにいくら科学技術が蚊が発達しても限界を感じる

空間は交通が発達して縮めることができた。でも時間を縮めて成長さすことはできない。何か一つの分野でも極めることは相当に時間がかかる。何か習得するにも時間がかかる。
この時間は空間を縮めるようにはできない。時間の交換は空間はある程度縮めることができたが時間はできない。
木は一気に成長したりしない。徐々に徐々に栄養分を取り成長してゆく、それを早めることはできない、人間も自然にリズムにさからうことできない。いくら科学技術が発達してもできない。
そこに人間の科学技術でも限界があるのである。

●人間も成長するには時間がかかるー高齢化社会のいい点

それは人間でも同じであり人間というのは成長するにも何かを習得するにも時間がかかるものである。何かを即座に覚えることは上達することはできない。ただ学び方で上達が早くなることはある。でも基本的に人間は何でも促成できない。
やはり人間は特別時間をかけて成長するものである。なぜなら動物は生まれてすぐ歩いたりして本能的に行動して生きることができる。人間はとにかく成長するにも何かを習得するにも時間がかかるのである。もちろん天才的な人はさほど時間をかけなくても会得する。でも一般的にはどうしても時間がかけないと成長しないのである。
つまり自然のリズムは人間より百年単位とか千年単位とか億年単位とかで図る。図るそれだけ時間の感覚が大きいのである。
その自然のリズムに人間はとても合わせられない。それで津波でも400年前に巨大な津波があった。でもそれもこの辺でわ全く忘れられていたのである。

ともかく高齢化というのはマイナス面だけが語られるは人間の成長がこのように動物より時間がかかるという時百歳まで生きるということは健康で生きるということは人間を成長させる。
人間は成長することをやまない。肉体は衰えても精神的には成長することがある。脳の成長は病むことないかもしれない。時間の中で脳も作られてゆく、細胞と細胞が結びついて時間の中でその人なりのものが結晶してつくられてゆく。
だから人間は長生きすることは悪いことではない。
ただ長生きの問題で延命治療とかもう健康に生きられない状態で長く生きることが問題になる。別に健康なら長生きすることが悪いとは思えない。それだけ長生きすれば人間は成長するからである。
知識の量も増大して知恵もまして人間は成長する。ただ長生きがマイナスになるのはそうして成長しない人なのである。
ただ迷惑をかけるばかりでその人なりの成長を遂げ無い人が問題なのである。そういう人が多ければ当然高齢化社会は良いものとならないし若い人から見れば高齢者とはただお荷物になっているマイナスのものとしか見れなくなるのである

abstract cool water(水の抽象画)


abstract cool water(水の抽象画)

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underground cool water 

2023年05月07日

なぜ危険な原発がやめられないのか (政治権力利権の判断と科学的合理的判断)


なぜ危険な原発がやめられないのか

(政治権力利権の判断と科学的合理的判断)

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地震があっても岸田は原発マネーがやめられない

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科学の判断ではなく政治利権の判断が優先される



青森の核燃料処理施設の危険を指摘するユーチューブを見た
活断層の上に作られていて非常に危険なものだと指摘している。
その影響は北半球に人が住めなくなるほどの悲惨なものとなると指摘している。それは想像を絶する最悪なものとなる。
人類滅亡にまでなるとまで指摘している。

福島原発の大事故の惨事があっても依然として原発をやめない。今回の能登方面の地震でもそこに原発があった志賀原発があった。それも危険があった。
青森の核燃料処理施設でも危険なのは耐震設計がされていない。それが内部に入れないほどの放射線量があり耐震設計をして建物を直すことができないのである

ではなぜそんな危険なものを作り福島県発のような事故があったのに依然として原発を再稼働してやめることがない
このユーチューブでは福島原発の場合津波の結果大事故となったのではなくその前に地震の揺れで原子炉が故障した。また配管などが破損して津波の前にすでに総称した損傷したものがありそのために大事故になった。そのことは専門の科学者も明確に資料が出たので指摘している。

つまり原発は巨大地震が来ればこのように巨大事故になる。津波が来たから巨大事故になったのではない。そうしているのは政府やその命令に従う原子力ムラがあって御用学者がそう言っているのである。
ということはここに科学的合理性から判断しないで政治的思惑や経済的利権から原発は危険を無視して作られたのである。
科学技術というのは必ずしも科学技術を優先して決めるのではない。そこに政治的思惑や経済的利権がかかわり科学の合理的な判断を無視するのである。

それは御用学者は政治家の命令に従い公正な合理的な科学技術の判断を弱めるのである歪めるのである
だから原発は科学技術の問題としてだけ見れない。極めて政治的経済的理由が優先されているともなる。その視点で見ないとなぜこんなに危険なものが再稼働されやめることができないのかが分からないのである。
まず人間の社会は利益が優先される。利権が優先される。それはあらゆるものはそうなのである。カルト宗教になればそこはもう御利益追求であり利権の追求であり本来の宗教などゼロなのである。誰でも金になるとなれば目の色を変える。
原発が建てられたのも地元に金が入るということでそうなった。

事故後でもわかったようにその利権は金はとてつもない巨大なものだったのである。除染だけに6兆円とかもかかるつぎ込んだのにも驚いた。それは庶民に取って想像を絶するものだったのである。
そして原子力村はその利権を握り政治家の命令でその危険性も隠す事ができた。安全神話を作ったのもそうした御用学者が集まり専門家が集まり実ははそれで危険を隠蔽したのである。

だからこれは科学技術の問題だけではなく政治的な問題でありまた経済的な問題であり科学は確かに合理的な公正を追求している。でもその科学の真理も公正さも政治的な問題になり歪められたのである。
必ずしも科学技術社会でも科学が優先されるわけではないのである。政治的思惑経済的利権が関わりそれが優先されるのである。
また科学にしてもそれが全部正しいとはならない。いくら専門家が科学者が言ったとしてもこの地球であれ宇宙であれすべてを知り得る人はいない。それは全能の神しかありえない。
それでいくら科学者が専門家がいても実際はわからないことがある。だからまた科学者を専門家の言うことでもすべて信じられないのである。

地震になるとそれはできないように予知できないように地下のことが地球の地下のことが海の底のことが宇宙のことでもわからない。科学者が専門家がすべてをわかっているわけではない。それはコロナウイルスでもそうだった。
専門家が正しい判断ができるとはならなかったからである。
そこには必ず政治的思惑や経済的利権が絡み科学的合理的公正な判断になるとは限らないのである
政治的判断というとき時の権力を持ったものが判断する、でも権力を付与するものは何なのか、誰なのかとなる、民主主義社会では選挙で勝ったものが権力を得る。

今なら自民党であり公明党ともなる。でも選挙で負ければ別の政党が権力を得るのである。ではその民主主義社会でも何が優先されるかとなれば科学的合理性とかではない。やはり利権であり金になることが優先される。そのために地元には金をばら撒き原発を作ったのである。地元でも金になればいいとなっていたのである。
そこに民主主義がまたすべて正しい判断をするとは限らないのである。数が多ければそれが正しい判断になるかとなればならない。そこに民主主義にしても限界がある。
ではどうして正しい判断をすることができるの?
そこに人間の限界がある。必ずそこに過ちが生まれるのである

人間は地の底のことをまたは海の底のことを
果て無き宇宙のことを知りえるのか
人間は全能の神の知恵には及ばない
人間はいかに科学技術が進歩しても
依然として知りえないことがあまたある
人間はこの世界のことをすべて知り得るとはならない
そこに人間の限界がある。
そしてその人間の技は崩壊して砕かれる
文明もまた砕かれて廃棄されるのである
人間のバベルの塔のように崩壊する
人は終始つかなくなり散りじりになる
posted by 天華 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2023年05月09日

去年の地震で破れた障子がなぜまだ直していない家があるのか (障子があけたてできないージャッキを使い敷居をカンナで削る)

去年の地震で破れた障子がなぜまだ直していない家があるのか

(障子があけたてできないージャッキを使い敷居をカンナで削る)

家との格闘はまだ続いている。去年の地震で壊れた屋根の修理をまだしていない家がある。
そして不思議に思っていたのは障子が破れたままの家が結構見かける。私自身の家も障子が破れて直していなかったが大工さんが来て今日やっと障子を直した。
それがめんどうだったのは障子の破れを直すのではなく開けたり閉めたりすることができなくなっていたことである。
地震で重さが加わりそうなった、だからまずそれを直すこと障子がはずせないからそうすることがまず第一となる
それでジャッキを使い持ち上げてとりだすことやカンナで敷居を削ったりしたのである。これは大工さんでないとできないのである。
それでなぜ去年の地震からいまだに障子を直していない家がまだあるのは障子だけを直すのではなくあけたてができないことでそうなっているのかと思った

家でも一部分だけを見てもわからない、障子でも敷居があり上の横の柱があり全体と関係しているのである。
だから修復するには一部分だけを見てもできないのである。
でも家でも家全体を見れる人は大工さんでもできないとなる
私が接した大工さんは家全体をみれるのである。瓦まで直したとか言っていたからである。そもそも家全体を見れる人はいないだろう。部分的にはみても家全体を知ることはむずかしい

そこには電機関係と水回りとか配管とかいろいろあるからである。
トイレの配管も壊れて小便が外にもれだして直してもらった
水道屋、電気工事する人、瓦屋、畳屋、障子張る人、箪笥でも昔の家は箪笥がはめ込みになっていて桐の箪笥であった。
箪笥職人がいて建具職人がいて他にも専門の職人がいた
家にはいろいろな職人がかかわるのである。

そして地元の大工さんが直接かかわるとき地元に地域に共に生きるという共同するという感覚になる。
茅葺屋根の家を農家でつくるとき村の人総出で働き作るというときそれは村全体の人がかかわるとなる。
共同性はこうして共同して働くときに感じる。そこに農村社会の強固な連帯が培われたのである。

ともかく人間は働かないと共同意識が持てない、共に働くことによって共同体が育まれてきたのである。
障子張りでも共にするときそこに共同性が生まれる。その土地で共に生きるのだという共同体意識を持つのである。
だから昔は機械ではなく村人総出で田植えするときそれが祭りにもなったのである。祭りは何かしら共同性があり生まれて育まれてきたものだからである。

つつじ赤く村総出の田植えかな

その協働する共同体もグローバル化して広域化すると失われる。
そもそもに日本の神社が社(やしろ)が無数にあるけど極めて狭い範囲の神だからである。

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

奈良という一地域の木で作った家というとき外材ではないその土地土地でとれたもので作っていたからである。
その家を作った人も地元の大工さんであり村人であったとなる。
現代から共同性が失われるたのグローバル化とか広域社会とかのためである。日本国内なら文化共有することがある。でもグローバル化するとグローバルに協働することが無理なのである。

posted by 天華 at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2023年05月10日

夏の夕暮れに相馬市に行く (張田、植田、藤の花、桐の花)


夏の夕暮れに相馬市に行く

(張田、植田、藤の花、桐の花)

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新築の家の玄関燕来る
満月を張田に映し灯のともし

夕方に相馬市へ行く

鹿狼山張田に映り夕暮れぬ
植田にそ夕日輝き農家暮る
田植え終え映して静か桐の花
松に藤街道静か夕暮れぬ
奥の庭藤の垂れ咲き古き宿
夕藤やおみなしとやか奥に待つ
月幽か藤長く垂れ籠る人
夕月や相馬の城下藤の花
白藤の闇の包むも知りし道

橙の三輪の薔薇咲き朝日さしあまた蕾や夏は来にけり

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5時ころまで片付けがあり本の整理に苦しんだ。それから相馬市に行った。張り田に満月が映っていたのは昨夜だった、今日は月は出ていなかった。
鹿狼山が張田に映る、この山は400メートルくらいでもこの辺では一番高いから結構遠くからも見える。原町の雲雀が原からも見えたからである。

この辺で物足りないのは高い山がないことなのである。
今は張田の季節である。その張田に昨夜かその前に満月が映っていた。田舎だから灯はともしくも満月だけは輝き映っていた
田舎だと月の方が明るくなる、大都会だと月も電気の明かりで美しく輝かない、思うに現代は電気を使いすぎる
夜までそれより眠らない都市とかなる、夜までこんなに活動して電気を使いすぎる、そのために原発が必要となり大事故になったのである。

田植えを終えた田の面に桐の花が映っていた、そして夕日が輝き映り山に沈んでいった。
そこは松並木が残る浜街道である。桐の花が植田に映している風景は常に見る。桐の花不思議な花である。静寂印とか賢治が童話で表現した花と似ている。なにか自分の性格と通じるものがある
自分は引きこもりであり長い間30年とか家に引き籠っていたからである。

藤の花が似合っているのは相馬市である、一応城下町だからである。残念なのは中村喫茶店がなくなったことである。
藤棚があり藤の花のトンネルの庭があったからある、それは城る町に相馬市に似合っていたのである。
夕方から夜になり六号線を帰る、そこに白藤が咲いているのを知っている、それは常にその道を行き来しているからである。

庭には橙の薔薇が今年もあまた咲く薔薇の花なぜかこんなに咲くのか不思議である。三輪開いたが蕾があまたありこれだs家また裂くのである。
このように人間でも子供でも増えればいいとなる。次の代を継ぐ人が少なすぎる、老人ばかり増えるからである。
とにかく夏になればいろいろな花が咲く、燕も新築の家の玄関に飛んで来た、この辺は原発事故で避難区域から移住してくる人が家を建てているからいいのである。
家の片づけと修理は終わていない、また傷んでいたところがあり修理が必要なのである。





2023年05月11日

飯館村のあいの沢の管理事務所の人と山野草について語る (ギンランという蘭の花を見つけたことを語る―ため池は干上がっていた)

飯館村のあいの沢の管理事務所の人と山野草について語る

(ギンランという蘭の花を見つけたことを語る―ため池は干上がっていた)

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橲原の川の水害で削られた道は直したが去年の地震で崩れた道は直していない?

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ここで盛んに燕が飛んでいた

巣をつくろうとしていた

干ばつになるのか?

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真野川上流も川床が現れている



あいの沢の管理事務所の人がいろいろと山野草について語った。
その人は地元の人であり前のように外部から来た人ではない。
飯館村には外部から来た人が多いのである。
キコリの宿のフロントの人も女性も外部から来た人であった。その人と語ろうとしたがその女性は何か語りたくなかったようである。
でもあいの沢の今日事務所の人はいろいろと語った。
「銀蘭を咲いていました、これはなかなか見れない」
「聞いたことないな、私の庭にはエビネランが咲いていますが・・・銀蘭ですか・・・」
「これを咲いている場所知っていますが教えたくないです
取ってもってゆく人がいますから・・・」
飯館村は標高が高いんです、400メートルくらい高いです
温度でも5度違います、それで高山系の花が咲くんです、木でも寒い地域の木が育つんです」
「浜通りは海に面していてここよりあたたかい、照葉樹林帯になり鹿島地区の海老村は丸葉車輪梅の南限の地として有名ですから
スダシイ神社もあり南国系統の木も育つ、椿の木でもいわきの浜に自生していますから」
他にも珍しい花が群生しているとか語った。サワギキョウなども咲いているとか語った。サワギキョウは尾瀬に行った時見たとか私も花に興味があるので答えた

クルマユリも咲いていると言った、その名前の由来が葉が車の形をしているからだという
「クルマユリも咲いています」
「私も見ました、橙色で花に点々の模様があった」
「飯館村の花は山百合です、でも山百合が見かけなくなっている、イノシシでも」サルでもその球根を食べるんです」
原発事故以後サルとかイノシシがふえましたから、山には動物でも食料になるものがあるということですね、山芋などは栄養がありますから」
なにかこんなに花について話すことが不思議だった、それも飯館村の森に咲いている自生している花の話を聞いて興味を覚えた
そして銀蘭を探して見たいと思った、でも森が深いので迷うことがある、それで丸森の森で森から抜け出れなくなった恐怖を経験した。それだけ森が飯館村でも深いのである。
市の花とかあるけど相馬市は藤の花が似合う、鹿島区は草深く咲く藪甘草が似合う、原町市はひまわりが似合うとかなる

花の魅力というと栽培する庭に植える花もいいが森であれ自生している花は神秘的であり魅力がある。でも森が深いから簡単に見つけられない、だから神秘的になる。
飯館村では結構半分以上水田にして田植えをはじめる
だから復興しているのかともみる。前は草ぼうぼうだったからである。この辺でも田が回復してカエルがなき鷺がもどってきたとき復興を感じたからである。米でも自前で作り食べないとしたら
外部から買うだけならその土地に住み続けることはできない
自前で食料でも生産して食べればその土地で生きることができる。なぜならそうして縄文時代から江戸時代から戦前でも戦後でも継続した生き続けてきたからである。

でも飯館村では6000人いたが今は1000人だという、一時は9000人も住んでいたことがあった
「飯館村はこれからどうなるでしょう」
「まあ 補償金もらっているうちはなんとかなるけど
もらえなくなるもらった金でもなくなると終わりになる」
それが現実なのかもしれないとも思った
若い人たち流出してしまったから村を継続するのが難しくなったのである。残されたのは老人ばかりになっているからである。
「飯館村はなぜ南相馬市と合併しなかったんですか」
「飯館村のブランド、飯館村の名前を消したくないことがあった」
「でも今は合併した方がいいのでは・・・・」
「南相馬市で合併したくないと思う、ここには利益を生むものもないから負担になるだけだから・・・」
「・・・・・」
なにも飯館にはないとはならないと思うが現実に経済的に利益を生むものがないとなる。木材と石でも売れる時代なら小言うことはなかった
それで道の駅のまでい館で地元の人が作った、凍み餅を買った
それにはもち米にごんぼっぱという野草を入れて作ったものなのである。

かつては、救荒植物といって、凶作のときにも収穫できる貴重な植物でした。今も乾燥させた葉を
餅のつなぎにしたり、生の葉を天ぷらにして食べたりします。

飢えた時は山に行けというのは山には何かしら食べるものがあったからだとしている、山百合の球根は食べられる、それは栄養がある、それを食べれば飢饉でもしのげたのかとなる。
ただ飯館村の問題は放射性物質に汚染されたことである、それで山菜でも山野草や球根とかでも食べれなくなったことである
原発事故でも12年過ぎてもその影響がある、ただ老人は放射線でガンになることなど気にしないで山菜でも食べていたのである
老人は十年でもすぐれば死んでいるからどうでもいいともなったのである。

までい館には燕がしきりに飛んできて巣作る場を探していた
盛んに何羽か飛んでいた、それで何かそこでは人が交わり交流の場ともなっていた。
そこは復興していた、でもすぐ近くでも空家化して荒廃している場も多い、ただ田を始めることみたので前よりは復興して前進しているように見えた
でもため池が干上がっていた、干ばつのこと土地の人が言っている。鹿島区では干上がったため池をみていない、飯館村で干上がったため池を三つくらい見ている、真野ダムもかなり水量が減り下の土がむき出しになっていた、これもどうなるの?
なんか地震があり水害があり今度は干ばつなのかなるのも怖い
飯館村が干ばつになればその下に南相馬市である影響するからである


posted by 天華 at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2023年05月12日

夏の日に八木沢峠を上り飯館へ

夏の日に八木沢峠を上り飯館へ

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八木沢峠の入り口 御堂が裏にある

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緑陰に御堂隠され滝響く
新緑や二段の滝のひびきけり
藤高く風にそよぎゆれ触れえじも
汗かきて峠を越ゆや別世界
までい館飛び交い巣作り夏燕
復興や飯館村の張田かな

銀蘭を見つけしと語る飯館の老いにし人や案内するかな

八木沢峠の上り口の滝は二段になっていた。そこには隠されるように小さな御堂がある。新緑に映える、ただ滝は隠れているのではっきりは見えない
そこから飯館へ自転車で上るのは苦しい、かなりの坂が続くからである。標高が400メートル以上あることは鹿狼山の標高くらいあるから高いとなる。そのくらい登ることになるからである。
だから飯館は高原になり夏でも涼しのである、森も寒冷地帯の植生にもなる。

までい館には燕が盛んに飛んでいた。巣作りするためらしい、新しい建物であり復興のシンボルにもなったからふさわしいとなる。
草ぼうぼうだった田んぼも水が張られて蛙も鳴いていた。ここでもそうだったがカエルが鳴いて復興を感じた、でもまだ鷺は飛んでこない、鷺が飛んでくればさらにいい、水田には餌となるものがあるから鷺も来るのである。
ただ溜池でも干上がっていたから今年は干ばつになるのか?
雨が強く降らないからである、少雨になっているから気になっていた、それで心配だとなる

あいの沢で花に詳しい管理人に話を聞いたのは良かった
やはりそこに長く住んでいないとその土地のことはわからない、というのは飯館村だと森が深いし山菜も常食としていた、それで自ずと森に入るからである、私は森深くは入っていないからである。森の中のことがわからないんである。
でも丸森で森に入り抜け出れなかった恐怖を経験している。
だからなかなか森に入ることを躊躇するのである。
次は森に入り花を探して見よう