2022年11月23日

精神知的発達障害者やニートとは何なのか (適切な治療教育がされないー認知症と似ているがまた違っている)


 精神知的発達障害者やニートとは何なのか

(適切な治療教育がされないー認知症と似ているがまた違っている)

●計算できない、漢字が書けない、文章が理解できない

言葉の遅れが気になる
勉強についていけない
集中力・落ち着きがない
他者との関わりが苦手
発達障害の種類とグレーゾーン
発達障害の3つの種類


読み書きや計算など、特定の学習が苦手
目から入ってくる情報をうまく処理できず、図形や似たような文字を理解しづらい
文章のどこを読んでいるのか分からなくなる
読み書きに他の人よりも努力が必要なため、疲れやすい
計算や読み書きが必要な場面で困る
その場で書類に字を書くのが難しい など

その人は50歳になるけど数の計算ができないという、どうして数の計算ができないのか学習できなかったのか、その辺がわかりにくい、その人が言うには常に親に殴られたとか頭でけられたとか言う、何か親が虐待していたとなる
兄弟も二人いしても嫌っている、この家族も理解するのがむずかしいと思った
そもそも他者の家族は簡単に理解しにくいのである、そしてまともな家族がまれだともなる、何らか問題をかかえているのである、私自身の家族もそうだったからである
ただこの人がかかえたものが精神知的障害だからさらに理解しにくくなる
でも見た目は普通の人だし話しもできる、だからどこが障害なのかよくわからないのである

認知症になるとこのような症状がみられる、数が計算できない、だから自分の持っている金を把握できない、銀行から金がおろせないとなる、知的障害がある
だからこのことに驚いたのである、でも私が認知症を介護してきたことでわかったことはこれまで経験してきたことで正常に生活してきたのだから何かそうした知的な計算ができないということはあってもわかることがある
だから全く心が通じなくなることはないと後でわかってきた
何か感情的な面では普通なのである、喜んだり悲しんだりすることがありそれは普通の人と同じなのである、だから認知症になると相手の態度が問題になり敏感になる
何か馬鹿になったからと馬鹿にしているとか冷たくしているとかわかる
すると怒ったりするのである、特に優秀だった人はそうなりやすい、馬鹿にされることを敏感に感じて怒るのである、でも子どものときから発達障害とか精神障害者はそうしたことはない、常に馬鹿にされてきたしうとまれてきたし虐待もされてきたからである
それで怒ったり相手に暴力をふるったりしないまたそれだけの力もないのである

●算数とかでも教え方が影響するー暗記教育しかなかった時代

ともかく発達障害でも精神知的障害でもいろいろあるから判断するのはむずかしい
でもなぜ親がそんなに実の子供をいくら障害者でも虐待したのか理解できない
その家は夫婦仲が悪くなにか常に母親に夫が暴力をふるっていたらしい
でも息子までそんな虐待をするものなのかということが理解できない
相手は障害者だからである、その人が言うには私が計算などできないのは適切に教えられなかったからだと言っている、それはあるのかもしれない、確かに知的障害があっても
教え方があり理解できることはある
それは自分自身でも算数と数学が嫌いになったのは生まれつきというより教え方が悪いとなそうなる、おそらく小学生とかの段階ではそうである
私が受けた教育は算数だったら暗記しかなかった、そして後はソロバンだったのである
これは全く機械と同じ暗記教育だったのである

算数でも後の数学でもこれは思考訓練として教えるられるべきものだったのである
私は自ら興味をもって勉強したことは高校までなかった、だから勉強嫌いであり劣等生で終わった、ただ三流大学に入れたのはたまたま家族に恵まれて金がありは入れたのであるなぜなら団塊の世代は第一中卒で集団就職していた時代だからである
中学だと4,5人しか大学に入っていないからである
なぜ自分自身が教育に興味をもつのかというと教え方がありそれは先生でも思考すること創造することでもあるからだ

数の計算にしてもそうなのである、計算でも暗算ではなく考えるものとして学んでいたら違っていた
27+35となるとめんどうだが20+7+30+5と分解するとわかりやすくなるのである
別に20+30+7+5でもいいわけである、また7がめんどうなら5+2にする
そうするとわかりやすくなる、また数字を図形化して教えると具体的わかりやすくなる
つまりなんらか学ぶ方法があり教え方がある、それが学校だと一様になり暗記教育になり勉強に興味を持てくなる
例えば数字とは何かという根本的なことすら理解できない、●でも■でも色でも違っている、大きさも違っている、でも同じ一っ個にする、一となる、だからこうした単純なことでも数字化することの意味が何なのか教えていないし自ら学んでいないのである
今なってそんなことを考えたのも遅かったとなる
ただ思考するにもこうして訓練が必要だとなる、普通の人だったらそうなる
まれにいる天才だったらそんなことを教える必要もなくすぐ理解するからむしろ教育自体必要ないともなる

●先天的なものなのか後天的環境の作用もある

その人がなぜ発達障害になったのか?

●生まれつきなのか

●後天的なもの環境の影響なのか

確かに生まれつきがあったのがもしれない、でも後天的な環境にもあったかもしれない
親の理解がなく虐待されたことで余計に学ぶこともできなくなっていたのかもしれない
何か人間に対して恐怖を抱いているからである
ただ何もわからないというのではなくわかっている、だからどこが悪いのと見られることは確かである
数の計算ができないのとなると確かに社会では働けないとはなる
でも別に他に数の計算が出来なくてもできることはある
その人はいい体しているから力はある、だから重い物を持つということはできる
指導する人次第では仕事をさせることができる
その他でも話しは通じるのである、でも計算ができないということが大きな障害にはなるそれは小学生並みの計算とか文章が読めないとかある
何かこれも認知症と似ていると思った、計算ができない、漢字が読めない、漢字が書けない、文章が読めない・・・でも認知症よりわかっている
認知症だとももっとわからなくなっているからである

先天的後天的なものが人間に影響する、でも後天的環境の影響も人間は大きい
いくら才能が先天的にあってもそれを伸ばす環境がなかったら才能は発揮できない
子供の時、一冊も本が家になかった、するととても自主的に勉強などできないのである
だから教育では家庭環境とか親とかの影響の方が学校より大きいかもしれない
学校はどうしても個々人に対応できないからである

そして現代文明はあまりにも複雑であり精神障害になりやすい、それは先天的なものではなく後天的にである、だからニートが110万人もいるというときもそうである
この問題は特殊な例外ではないからである、これだけの数がいて確かに責めることは容易である、でもなにかしら現代文明の問題として生まれたのである
現代社会に適応できない、それは甘いだということもわかる
社会はもともと厳しいのだ、そんな甘ったれことは許されるのかということもある
それは贅沢なことだと言われる、ただでは例えば自分が経験した流れ作業のようなことを機械かロボットのような仕事が嫌になるのは人間として普通である
他にも自分に適合しない仕事につくこは苦痛でしかなくなる
すると鬱とかになり精神でも病むのである、逆に奇妙だがニートでも家に引きこもるたごけではなく自分のように旅ばかりしてそこに生きがいを見出す人もいたとなる
例外的でもそうなのである、どうしても流れ作業などしたくないとなりそうなったともなるからである、ただそれがいいとはならなかった
何か必ず社会から離脱しても変な方向に行くから危険でもあった
ニートは特別優れた人ではないから小人閑居して不善を成すと必ずなるからである
それが自分自身も経験しているからである、何かおかしな方向に行ってしまう危険があるからである

●文明の病弊としてのカルト、ファシズムも精神障害となる

ただ正直現代文明は病んでいる、だから病的な現象が社会全体でも起きやすいのである
それを証明したのがナチスであった、そのことはいろいろと考察されている
今ならカルト教団である、人間がアトム化してつながりがなく共同体の絆もなく一体感を得るためにそういうものが生まれた、それも集団的狂気の状態なのである
つまり文明の病的なものとした現象なのである、そこにもともとあった宗教など全くないからである、集団的狂気でありそういう中でした人間の一体化がもなくなったのである
だからニーチェも言った、個人も狂っているが集団も狂っているとただ個人の狂気は確かに問題でも集団が狂うとナチスのようになり何百万人が死ぬとなるから恐怖なのである
今でも創価とかカルト教団がそういうものだから怖い、社会を席巻してしまい巻き込まれて集団狂気になる、ファシズムになるからである
ただ集団の狂気は放置される、個人の狂気は病人とされるが集団になれば正常となりかえって批判する者は巨大集団で攻めてくるのである

いづれにしろ現代文明社会とは狂気になりやすい、ファシブムになりやすい体質をもっている、ニートも問題だか正常だとしてそうした人達を排斥することは危険なのかもしれない、もちろんお前たち怠け者ののために働くのは嫌だ、お前らは働け、社畜となっても働けというのもわかる、なぜなら社会で働くことが厳しいから苦しいからそうなる
なぜニートとか何もしないでのうのうとしているのかと反発するのわかる
だからニートを強制的に働かせろというのもわかる、日本が貧困化しているから余計にそうなる、ただこれも個々人の事情がありその対処方法はむずかしいなとる
ただ言えることはニートとか親が死んだら地獄になる
もう食べることもできなくなる、親が財産でも残さない限りそうなる
つまりその時カルマが容赦なく過酷に現れるのである、それが自分自身だった、もう死ぬ思いで親を介護したからである、ただ経済的には困っていないから救われたとはなる

いづれにしろ精神知的障害者でもそうだがそういう人達が増えてくるのが現代文明となるただもともと精神知的障害者はいた、でも現代では複雑になり社会に適合できない人が増えたことは確かである、そして親に頼り住む場所もあり食べることができるからそうなったともなる、まず昔だったらそんなことできなかったからである
だからこれは時代が作りだした現象だとなる、50年前頃にアウトサイダーという本が話題になったがそれは天才的な人のことでありニートとは別物である
でも何かしら似ているのである、天才と狂気は紙一重というけどそうである
天才と超人にもなりまた狂人にもなってしまうからである、ただその差は大きいから比較することはできない、ニートとは普通の当たり前の人であり何か劣っている人がなっているからである,アウトサイダーとなるとかえって並外れて天才であり現代文明に社会に適合できな人だったからである、その例としてニーチェとか上野霄里氏がいたとなるのである

posted by 天華 at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、心理学など