2022年11月12日

弁護士は見た!うっかりでも現行犯逮捕の可能性も…… セルフレジ通し忘れの意図せぬ万引きで気を付けたいこと


弁護士は見た!うっかりでも現行犯逮捕の可能性も……

セルフレジ通し忘れの意図せぬ万引きで気を付けたいこと

(MSNニュース)
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●セルフレジで盗みを疑われた

セルフレジの設置率が増えるに伴って万引きは増えていると言われています。自分でバーコードを読み込んで会計をするわけですから、中にはバーコードを読み取らずに会計をしたかのようにしてレジを通ってしまう人もいるわけです。

では、うっかりレジを通さずに商品を持って帰ってしまったらどうなるのでしょうか、現役弁護士の幸谷泰造さんが解説します。

セルフレジを通さないまま意図して商品を持ち帰ってしまった場合は窃盗罪になります。いったん窃盗罪になると、後で商品を返した場合でも窃盗罪になってしまいます。

万引きと疑われないためには、セルフレジの通し忘れがないか、その場で確認するようにしましょう。

私はキクチスーパーで最初の内わからないでこうなった
それで後で店長がきて問い正された、これは警察に通報されると犯罪になる
でもキクチスーパーではセルフレジは最近導入したのもであり使い方がわからない人が多いのである、だからこうしたミスもある
でもスーパー側からみると犯罪に見えるのである
だから今は必ず見守る人のところで領収書をだして脇の箱があり捨てている
何か結局必ず便利なものでも犯罪は防げない、つまり新しい便利なものが出るとその便利なものによる新種の犯罪が増える、パソコンが生れインタ−ネットが生まれた新たな犯罪が生まれたように生まれる
これが人間社会なのである、でも機械化するのは経営側からすれば人件費を減らすためにしている

そもそも犯罪とは何なの?

私の場合は犯罪ではなかった、ただミスしただけであり盗むとかを意図していなかったからである
これは前にもコンビニで経験している、私は親の介護とか自分の病気で苦しんでいた
それでコンビニで週刊誌なのか立ち読みしていて自分が気づかないのにパン二個をボケっとに入れていたのである
それは無意識にそうしていた、でも監視カメラがありそれで犯罪人扱いにされた
店長がしきりに言うのには私たちは十円二十円のもうけの商売なんだとか犯罪人扱いして責めてきたのである
それは他のコンビニでもそうである、盗みが多いとかで手を無理やりこじあけて調べたのである
これもやはり十円二十円でも万引きされて経営に困るからそうなる事情がある
つまり盗みが多いからそうなる、コンビニとかは通りすがりの人達が利用するから犯罪が多いかもしれない、車で遠くに行ってしまうからわかりにくいのである
第一店長自体が地元の人ではない、雇われ店長なのである

●犯罪とは何なのか (故意とそうでない見分けがつかない)

ともかく犯罪とは何なのか?

奇妙なのだけど盗む意志がないのに盗んでいたこともある、無意識にそうなっている場合だってある、私の場合は自分で気づかずにパン二個をボケットに入れていたのである
そして現代では地元の人が経営したり地元の人が買い物するのではない
コンビニとかなればみんな外部の人を相手にしている、でも私はそのコンビニに十年間くらい行っていたのである、だからいつも来ている人と店の人も認識はしていたけど
今はそんなことは関係ない、お得意様とかもない、みんな誰かわからない人達であり
だからみんな疑うとなる

「故意」とは「わざとすること、またはその気持ち」、故意の対義語である「過失」は、「不注意などによって生じたしくじり、過ち」を意味します。日常生活の中で使われる場合、故意は「わざと」「意図的に」、過失は「うっかり」といった意味をもつ

刑事事件における故意と過失の違いとは? 判断基準について解説
https://keiji.vbest.jp/columns/g_other/4919/

法律ではこの故意かどうかを問題にする、とういのは私の場合のように盗む意図もなにもないのに盗むとういこがある、無意識に盗むことがある
私はいろいろ悩み苦しみ知らないうちにボケっとにパン二個を入れて支払うのを忘れていた、それでコンビニにそのまま出たのである
でもそれを見ていたらあの人は盗んだとしか見えないのである

だから人間とは複雑でありそのパン二個のために犯罪人にされてひどく責められたのである
一方で大金を盗まれてもその人は何も責められない、回りの人でも自分を責めてきたのである、一方はパン二個でこっぴどく責められ何百万とか盗まれても警察では証拠がないからと相手にもしないのである、盗まれた方が悪いとされたのである
こうしてこの世と理不尽なのである、別にそれは自分だけのことではない、何もしないのに天下りとか地位ある者は金が入ってくる、下々ではいくら働いても金にならないこととか普通にある、でも決して上のものは責められないましてや犯罪人などにされないのである、百円千円盗んで刑務所に入れる人がいるが何億もたいして働かなくても地位があり
金が入る上級国民もいるのである、東電に天下りした検察関係者がいた、その人こそ厳しい罰を与えられるべきだができない、検察だとなる裁く方になるからである
裁く方が犯罪人になっているのである
だから神は裁くなというとき裁く能力が人間にないからである、こうして人間は複雑であり裁くことができないからである

●人間で一番難しいのは信用すること

つくづく人間で一番むずかしいのは信用だった!

どうして相手を信用するのか!

これが人間の最大の問題だったのである、だから契約というときそれは相手を信用するからするのではない、損しないようにするために細かく法律を作っておく
また責任をとらないためにあらかじめ法律決めておくのである
それはそもそも相手を信用しないから契約が生まれたのである、見知らぬ人と商売したら必ずそこでだまされることが普通にあるからである
日本で契約とか発達しなかったのはもともと村社会が基本であり顔見知りであり信用しあっていたからである
でも今や広域グロ−バル化社会になればそういうことはなくなった
でも人間は信用が基本にある、そうしないと社会自体が成り立たないのである

その信用が一番問題になるのは家に入って働く人である、家の中がわかってしまうから本当は信用がないと家の中には入れるべきではない
それで私は大金を失い大損した、私自身も犯罪にあっている
まず信用を得るにはこれは簡単にできない、私自身が人を雇ったりすることをしていないでもほんのささいなことでも家で働いてもらうことで一番重要なのは信用だったのであるなぜなら何か物がなくなると盗まれたと思うからである
家の中のことがわかるとそうなゃやすい、それでアメリカでは金持ちの家で雇われる人を手伝いさんを裸にして働かせたという、必ず盗まれるからそうなったのである
家の中には入り働く人は特に信用が大事になる、だから手伝いさんを雇う場合、他で十年働いて信用されたとかなれば安心だとして雇うとなっていた
そのことが私にもわかった、やはり五年間くらい一緒に暮せばその中で何かいざこざあり疑うこともあるがやがて互いに信用関係が築かれる
人間はとにかく何でも時間がかかるのである
そして人間の生きる時間が短い、だから熟年離婚は相当に損だと思う
60以降離婚してまた結婚したとしても信用関係が築かれるのか、ただ金目当てで結婚するとかあり信用できないとなる

いづれにしろ現代は広域グロ−バル化社会であり信用することがむずかしい社会である
田舎だって隣の人が何の仕事をしている人かわからなくなっている
子供の時から大人になるまですぐ近くに家をもって住んでいた人がいなくなった
その家の人とは何も話すこともなかった、第一夫をその家で見かけたことがないのである遠くで働いていたためである、おそらくだから仕事関係で遠くにまた移住したのだと思うただ家をもっていたのだから移り住むとういのもわからない、その家のことはだから不思議であり都会と同じである
また市営住宅の隣に住んでいた人が死んでいて二カ月間も隣の人が知らなかった
これも不可解であった、別に近くに兄弟が住んでいたのである
でも付き合いがなかったのだろう、電気がついていたので死んだのを二か月間も知らなかったのである、だから今は田舎でも都会化しているのである
仕事を地元でしているとは限らない、建築土木関係だと遠くで仕事をする
その人は九州の佐世保に足場組みの仕事に行ったというのも驚きである
青森に行った人もいる、これだけ全国で仕事しているのである

●広域化グロ−バル化社会の信用問題

とにかく現代の問題は様々ある、やはりこの広域化社会というのもグロ−バル化も大きな問題である、もちろんそのいい面がある、でもまたマイナス面もある
その大きなものが信用できない社会になっていることである
コンビニでもなぜそんなにしてまで人を疑い犯罪人とみているかとなるといつも盗まれているからそうなる、そうなるとどうなるのか疑心暗鬼になる
どうしても損するから人は常に見知らぬ通りがかりの人だから疑うとなる
だから必ずしも店の人とかばかりを責められないのである
要するに互いに信用しえない社会になっているからである
なぜなら村社会のようにいつも同じ場で共同で仕事している人とは違うからである
だから村社会では容易に商売人は入れなかったのである
取引でも神社で無縁な人達が商売できたのである、神社は縁結びにもなるがそういう自由な市場にもなっていたのである、無縁な人を受け入れる場所としてあった
それはそもそも外から来る人を信用できないからである
関所があるのも外から来る人を信用しないからである、これが人間としては当然だったとなる、

でももはやいかなる関所もない、見知らぬ人が入ってくるが常態化したのが現代社会である、車であればどこにでも行ける、かえって遠くが近くなり近くが遠くなった社会である、でも信用となるとそうして外から来る人は簡単に信用できないとなる
ただ近くでも今は信用できない、それで私は犯罪にあっているからだ
そして近くにそういう犯罪する人がいると困るのは内部の人に裏切る者がいるということは安心できない社会になる
外からの犯罪者は一時的であり通りがかりでありいつもいるわけではない、でも近くだとまた狙われるのか盗まれるのかと警戒して疑心暗鬼になり安心して住めなくなるのであるだから近くで犯罪が起きるのは怖いのである
でも今や近くでも村社会とは違ってつながりが希薄になり金だの社会となると犯罪も起きやすい、互いに信用していないからである、またつながりがないからである
それで皮肉なのは東日本震災の時、しきりに「絆」を言われた
でもその絆とは内部のものではなく外部との絆だったのである、なぜなら外部から来た人達が復興のために働いていた、ボランティアでもそうだった
でも被災者は何もしない、パチンコだとかで遊んでいたとして怒っていたのである
つまりこれも広域化グロ−バル化社会で起きたことなのである

広域化グロ−バル化社会で通信が発達してインタ−ネット社会になったときでも相手のことを信用することはむずかしい、そこでも新種の犯罪が起きてだまされるとかなる
常に技術が発達してまた新しい犯罪が生まれのが人間社会である
ただ別にインタ−ネットだから信用できないとういことはない、でも信用するとなるとむずかしくなる、信用には互いに協同するとかの体験と時間が必要なのである
そういうことがないと信用は築けないのである、一朝一夕に信用は得られないのである

●信用を得るには時間がかかる

例えばなぜ侍社会で信用が生まれたのか、それは戦国時代なら共に命をかけるから強い絆が生まれた、殿様がいて忠誠を誓う、まるで家族のようになったいた、だから御家に尽くすとなる一つの堅固な共同体が形成された
そこに忠臣も忠義も生れたとなる、それも一代ではない、代々受け継がれて扶持を得て暮らしていたからその絆も強いものだったのである
それもやはり時間があってできたことなのである、一朝一夕に信用関係はできるものではないからである
つまり人間で大事なのは信用なのである、だから信用されれば例え金持ちの家に手伝いとして勤めるにしてもその主人に信用されればその勤める人も信用されてやがて金持ちになることもありうる、重要なことをまかせられるようになるからである
それは会社でもある、ともかく互いに信用して共同して働くことが簡単にできないからである、それで会社でも常に横領とかあったり裏切りがあるのが常だとなるからである

ともかく今は田舎でも実際は都会化している、それは広域化グロ−バル化した社会であり仕事でもそうである、狭い村社会で生活している人はいないからである
常に車が行き来している、働く場所は車で通うからである
でも外から来る人は信用できないということはある、でも全部がそうかとなると違う
ユニットバスを作った優・創建(仙台市)とかは百万で作った、それはいいものであった
でも地元で作る二百万と以上になっていたのである
こういうことはやはり広域的グロ−バル的に競争を強いられている社会だとなる
こういう会社が入ってくれば地元で仕事を奪われるとういことがある

でも金だけから見ると安いからいいとなる、でも後で故障したりしたら修理とかが簡単に頼めないとかあり問題はある、だから何でも外部から来たものが安いといってもいいとは限らない、でもそもそも現代はそういう広域化社会グロ−バル化社会に生きているのだからそういう社会に適合する他ないとなる
ただそこで問題なのが信用なのである、グロ−バル化でも中国でも大きく巨大化して日本が攻められ乗っ取られるとか問題になる、巨大な市場があるから日本で売ればいいしもうければいいとなるが逆に国と国が対立すれば争いとなり貿易もできなくなる、肝心の物すら入ってことなくなるのである、特に食料はそうである、これは自国優先になるからである、人間と人間でもそうだが国と国でも信用があってこそ貿易でも成り立つ、それが外国になると信用できないとなる、つまり人間は個々人でもそうだが信用しえないということである
インタ−ネットでも信用が問題になる、それでわからないにしろブロックチェーンで信用を築くシステムを作るとかなる、インタ−ネット社会でも信用が一番の問題になるからである

posted by 天華 at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層