2022年11月07日

相馬市の中村喫茶店が閉店した、他にもイオンが閉店した相馬市の衰退 (純喫茶は全国的にも消えてゆく)


相馬市の中村喫茶店が閉店した、他にもイオンが閉店した相馬市の衰退

(純喫茶は全国的にも消えてゆく)

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ここに五本松があり次に枯れて三本松になり遂には松は全部消えたのである
何かこれも淋しい、喫茶店も消滅してゆく、限界集落とかも消滅してゆく
温泉街も廃墟化したのには驚いたからである



喫茶店数は30年で半減! 「純喫茶」はこのまま絶滅してしまうのか

全日本コーヒー協会によれば、喫茶店数は1981年の15万4630がピークで10年後の91年には12万6260、そして2016年には6万7198まで減少している。つまり、なんとこの30年間でほぼ半分にまで減っているのだ。

 これを受けて近年叫ばれているのが、「純喫茶の絶滅危機」である。

 『絶滅危機?昭和レトロな純喫茶 「文化残す」受け継ぐ若者の思い』(毎日新聞 21年10月4日)というニュースも近年増えてきている。

 明治に西洋から「カフェー」という文化が入った当初、ここは文化人や上流階級の人々のサロン的な役割だった。

 「喫茶バー」や、画廊だったが珈琲を出すようになった「画廊喫茶」もあれば、音楽を延々と流す「ジャズ喫茶」、漫画をたくさん置く「漫画喫茶」もできた。その中でも1960年代に爆発的に増えたのが、若くて美しいウエイトレスがウリの「美人喫茶」である。

 創業60年を超えるある老舗純喫茶は、Wi-Fiや電源を新設して「リモートワークできます」と掲げてコロナ禍でも売り上げを伸ばしている。
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/902102?page=6
 
道の駅の近くの六号線にあった喫茶店も閉店した、道の駅は新しく開業したが魚は売っていない、でも食堂はあるし休める、ところがコーヒーを飲んだりしして休む場所がない
食事するところはあるがくつろぐ場所がない、何かコンビニでも休む場所があるのはまれである、これも困るのである、ただそれは商売になると無駄だとなりそうなる
コンビニだと狭いからである

喫茶店は1980年代が最盛期だった、だからずいぶん昔になったのである
その頃まだ若者が多かったからかもしれない、喫茶店に若者が集まっていたからである
私は喫茶店というときどうしても旅行して休む場所としてくつろぐ場所としてあった
そこで詩作したりもしていたからである
ただ喫茶店はその頃青春時代を過ごす場だったのかかもしれない、恋人との出合いの場所とかなっていたのかもしれない、だから若者の熱気であふれていた
とにかく団塊の世代とかは若者が多くそれがムーブメントになっていた
学生喫茶とかあり歌声喫茶とかありそこでみんなで歌って青春を謳歌したとなる

1955年(昭和30年)、東京・新宿に「カチューシャ」、「灯」がオープン。これをきっかけとして東京に歌声喫茶が続々と誕生する。労働運動、学生運動の高まりとともに人々の連帯感を生む歌声喫茶の人気は上昇し
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%A3%B0%E5%96%AB%E8%8C%B6

これは政治とも関係していて左翼の集会の場所となっていた、私は歌が苦手なので東京の大学で学生運動があっても喫茶店というのにはあまり行った記憶がない
ただ50年前となると忘れるのである
確かなことは喫茶店は若者が集まる場所だったのである
でも今高齢化社会になったとき中村喫茶店ではビートルズの曲を流していてバンドもそこでしていた、その人たちは昔をなつかしんで集まっていたのである
ビートルズは団塊の世代とかが熱狂したからである
そうなると老人が昔をなつかしんで集まる「老人喫茶」にもなってしまう
喫茶店は結構金がかかるから今の若者は金がないから入らないし若者の人口も少ないからはやらないとなる、今どこでも喫茶店に集まるのは意外と老人になっているかもしれないこれだけ老人の数が多いとそうなる、老人が集まれば昔の話に花が咲くとなる
だからこそ中村喫茶店もビートルズの曲を流していたのである
ただこういうことは時代に合わないともなる、なぜなら老人も今は金に余裕ある人は少ないからである、特に地方ではそうである、また喫茶店より飲み屋の方が肉体労働者だったら集まり安いからである、でもそこでも金がないと行けないとなる

とにかく何でも時代の影響がある、流行がある、その流行を若者が作っていたのである
若者が新しいものを作っていた、流行を作っていた、今はその若者が減少しているから
若者文化は生まれないともなる、地方ではしきりに嫁になる若い女性が都会へ東京とかへ流出して若い男が結婚できないとしている、今同世代の老人でも娘が結婚して東京に行っている人がかなりいる、地方に田舎に残った人は少ないのである
それはまた若者の働く場所がないことで男でも結婚相手が見つからないのかとなる
地方の仕事はどうしても建築土木とかであり知的な仕事は限られている
だから公務員とか教師とか郵便局とか銀行員とか農協に勤めれば田舎ではエリートだとなっていたのである、今になると郵便局でもゆうちょでも銀行でも農協でも経営が苦しいから変わったのである、それは全国的なことである
地方には活気がなくなっている、ただ地方には田舎には田舎の良さがある
私が一番常に気にしているのは景観なのである

喫茶店でも前に紹介したが

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ここは景観がいいのである、一番景観がいいのは鹿狼山の花木山の喫茶店である、太平洋を一望できるからである、ただ自転車で行くのに遠いから三回くらいしか行っていない
そこは喫茶店というより休息所である

洒落た建物であり前は畑で見晴しがいい、バラの園にもなっているからいい
でもここでも数回しか行っていないのである、だから常連客にはなっていない
でも景観がいい場所にあるのは気持いいのである、だから原町だと喫茶店が景色のいい場所にない、海の見える場所にあればいいと思う、六号線でもそういう場所にあればいい
また花が好きだから花屋兼用の喫茶店などでもあればいいと思う
ただやはり時代に合わせないと商売はうまくいかないのだろう
高齢化社会の客は老人になってしまうからである、若者の数が少なすぎるから客になりえないのである

また老人にしても年金暮らしであり金に余裕がある人は少ないから老人相手の商売は成り立ちにくいのである
ただ商品でも老人向きのものがでていないというのは確かである
なんでも若者向きだというのも矛盾なのである、だから金がある老人でも買うものがないと言う人がいる、スマホでも操作がめんどうなのである
老人に向いているのはスローなものであり何か昔を語り合うとかである
だから車などは向いていないかもしれない、そのスピードが速すぎるからである
老人はとにかく過去を思い出して語り合うことに向いている
過去でも昔でもやはりその経験したことが違っているからである
だから私は老人からそうして昔の話を聞いて郷土史を知る、そこに老人の存在意義があるからである

とにかく相馬市で中村喫茶店は城下町の雰囲気に合っていた、レンガの喫茶店なのもレトロで合っていたし市内にあるからそれなりに人が集まると思っていた
隣が庭になっていて藤の花がきれいだった、それが売りでもあった
それが閉店したのは残念だった、それも一二年くらいで閉店したのはなぜなのか?
老舗の喫茶店ではないのである、つまり現代社会に喫茶店が合わなくなったとういことである、喫茶店は地方で維持するのは相当にむずかしくなっている
ただ原町に確かに通信してテレワークできるような場所ができていた、また新しい店もできていた、だから原町には新しいものができる
でも相馬市は城下町であり城下町の雰囲気を壊す街作りは合わない、だから原町と相馬市の雰囲気は相当違うのである

でもイオンとかなくなるとこれも影響が大きいと思った、何か寂れた感じになる
あそこでいつも休んでいたからである
そしてそこでは相当数の人が働いていたのである、するとその人たちが失業することも影響が大きい、でも別に地元で暮らす人スーパーが他にもあり困ることはないだろう
イオンの危険は地元に根ざすより東京の会社だから撤退することがある
するとそこが空洞化して影響が大きいのである、それを私も感じた
だからイオンとういのは土着的ではない、チェーン店はこういうことがあるから困ることがある、でも現代は小さな店は商売にならないのである
そうはいっても結局商売も時代によって常に変化して変わらざるを得ないのである
それに適応しないか改革しないと取り残されて衰退するのである
それがグロ−バル化した経済でも日本が世界に遅れたのと同じである
IT化に遅れて貧困化したとかあるからだ、ただなんでも新しいものがいいとは限らない
伝統的なものにも価値があるか、昔ながらの良さが必ずありそれも見直されるのである

中村喫茶店の庭とかレンガの建物や花屋とかしていたけどそれをどうするのだろうか
何かもったいないと思った、隣の家は壊されていた、あそこはやはり藤の花がきれいだから何か活用すればいい、庭は五百万円かけて作り直すことができると言っていた
それもできずに終わった、ただ城下町に合ったものをここで継続すればいいと思う
問題は資金である、それはやはり金を集めることが必要になる、市民の協力が必要になるでも喫茶店だけではもう経営できない時代だからどうするのかとなる
相馬市には他にも喫茶店はある、でもかなり少ないし喫茶店は消えつつあるのが現状である、書店も消えてゆくのもそうである、どうしても時代の影響がありそうなる

結局私が寄って休んだのはドライブインの店だった、結局これも車社会だからこういうものができて成り立つ、時代の影響を商売でもまねがれないのである

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 藤の花と相馬の城下町 (中村喫茶店の藤の花)
 http://musubu.sblo.jp/article/188664973.html
 
 喫茶店は場所がいいと価値がある
 http://musubu.sblo.jp/article/189432870.html
 
posted by 天華 at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層