2022年10月26日

銀行にまかせる投資は危険 (投資は長期的にしないとだめー金より時間が価値あるものだった)


 銀行にまかせる投資は危険

 (投資は長期的にしないとだめー金より時間が価値あるものだった)

何もしなければ10倍になっていたのに…投資信託を買う人がどうしてもやってしまう"最悪の行動"

これは自分の経験からもそうだった、そもそも間違っていたのが銀行にまかせたことである、銀行は投資のプロでもないし素人と同じなのである
ただ私は手続きとかめんどうだからまかせただけである
投資は別に自分で手続きして自分でトレダーになるのならいいのである
でもそうなると一日中パソコンの画面を見て取引することになるからめんどうになる
その時間がもったいないとなる、それでもうけても何かその人の価値を作るのかとなるとないとなる
私は何億円も株でもうけましたよと語ってもそれがその人の価値となるとも思えない
人間の価値は金で計るが全部は計れないからである

例えば大工さんの価値はやはりその腕にある、これまで培ったスキルがありそれは修行して訓練して仕事するなかで作られたものでありそこには価値がある
人間は何かしら積み重ねたものがありそれが実りとなり価値を作り出す
例え金にならなくてもやはり芸術とか学問でもなんでも価値を作りだす
私は株で百億円もうけましたよとなってもその人の価値は金にしかないとしたらどうなるのか、人はその金のことしか見ないのである
でもその金に魅かれる人はある、でもあくまでも金だけでありその人自身の価値ではないとなる

だから人間は意外と何に時間を費やしたかで人間の価値か決まる、そして時間だけは金持ちでも貧乏人でも平等に配分されている、特別多く配分されないのである
だから長生きするとそれだけ時間が多く使われるから早死にの時代よりその人の価値を高めることができる、高齢化社会の地獄を書いたがいい点としては生きる時間が長くなったことである、すると長い目で積み重ねでその人なりの価値を高めることができる
もちろん投資する金も必要である、ただ金だけでは何かすべての価値を作り出すことはできないのである
別にたいして金がなくても旅はできる、でも社長とかなくと忙しくてできないという
つまり時間はあらゆることに費やすことはできない、社長だったら社長の仕事があり他のことに時間を使うことはできないのである

例えば一つの外国語でも習得するとなると相当な時間がかかる、英語でも日本人がしゃべれないというとき外国語の習得が日本語からだとむずかしいからだとなる
すると膨大な時間を費やしてもしゃべれる人はまれだとなる
結局何をするにしても金だけではない時間がかかるのである
投資というのは確かに時間がかかる、それはリーマンショックの時、半分に下がった
ても8年後に元にもどしてその後に倍くらいになったのである
でも銀行員は上がった時に元にもどった時売ったのである

普通だったら上がり調子の時は売らない、では何故そうなったのか?

それは銀行の都合でそうなった、銀行でもうけるためにそうしたのである
一方的に話し合いもせず銀行員は売ったのである

何故そうしたのか?

銀行員はこうして株でも投資信託でも転売させる、そして別な商品を買わせる
するとその投資額が大きいと手数料が入るからもうかる
ただ自分の都合でもうけるのために銀行員だったらノルマのために転売するのである
だから銀行員には頼むことはするべきでなかったとなる
ただ投資は株でもリスクがあるのだから全部が銀行員の責任とはならない
結局自己責任になるのが自由主義民主主義の社会だからである

でも本当にそのままにしておけば倍にはなったのである
他でも転売したりして失敗した、というのはこんなに円安となることが信じられないとなるからである
もし外国に株を投資していればアメリカに投資していたら相当なもうけになったと驚いたからである
アメリカにも投資していたからである、だからこれも失敗だった
銀行にはそもそも素人であり頼むべきではない、頼んでも銀行員に判断させないで自分で判断することである、売る売らないは自分で判断できるからである

ともかく銀行員には投資は頼むな

これだけは間違いない、投資自体は資本主義社会だから悪いものではない
でも銀行は投資とか証券とか株の素人なのである、また証券会社と違ってそういうものを売るノウハウとか蓄積がないのである、だから銀行は証券とかには素人と同じなのであるただ銀行というとやはり会社とかに投資したり金をだしたりしているからプロだと思っていたのである

なぜ銀行がだめになったのか?

これまでは高度成長時代は会社を始めた人がいくらでも貸してくれと銀行に頼みに来た
でもここ30年は日本経済が低迷して借りに来る人が減って金余りにになったのである
だから利子もつかないし逆に手数料がとられるとか投資信託を売りつけられとかになった銀行とは何か今までは信頼できるものとして地域であった
堅い職業としてあった、でもそれも崩れた、それはゆうちょでもそうである
とにかく利子をつけられないということは致命的である
何のために金を預けているのかわからないのである
ただ貸金庫なのかともなる、そして預金封鎖があるとかなんと悪い話ばかりなのである
紙幣は紙切れになるとかである

ここで投資とは30年くらいみて投資しろとしている、それは確かにそうである
つまり上がり下がりがありその間に放っておいてももうかるとなる
それはリーマンショックの時半分になったのが元にもどりそれから倍くらいになったことでもわかる、それでも10年くらいの間のことである
このように投資とは長い期間を見ないと成功しないのである
短期間ではもうけることはできない、つまり投資の株のスキル以前に時間が問題だったのである

要するに人間の問題は意外と時間の活用が関係してくる、時間だけは一挙に増やしたりできない、30年間を見ろとなると長いとなるがそれが別に若い人だったらできるのである若い人の有利なのは体力があるとういだけではない時間があるという事でも有利なのである
それで庭に木を植えてもそれが育つまで十年かかるとすると植える木もなくなった
また家でも直してもリホームしてももう十年も生きないとると直す気にもなれないとなるだから老人は投資だけではない消費することすらできないとなる
ただこれまで費やした時間が何であったか問われる、学問にしても芸術にしてもこれも会得するに時間がかかるからである
一億円あってもではすぐに習得できるかとなるとならない、語学にしてもいくら一億円もらってもすぐに身につかないのである
それはあらゆることでそうである、何か技術でもすぐに身につかない、必ず時間がかかるのである

だから人生をふりかえれば

時間>金

時間の方が金より貴重だったとなる、もう最後は時間がないで終わる
金でないから終るという人もいるが何かする時間をがなくなって終わるとなる
時間切れで終わるというのが人生だとなっていたのである

そして大事なのはタイミングだ!

何するにもタイミングが大事である、投資でも株でもそうだった、もし株でも投資信託でも売らないでもちつづけたら大儲けだった
でも今になるとこれだけ円安になったからそのタイミングがはずれてできなくなった
投資するタイミングは株安の時だったからである
そして私自身タイミングをはずれて50代でバックパッカーになって外国に行ったが
今になるとそのタイミングをはずと外国旅行はできなかった
あとで親の介護になって国内すら旅行できなくなったからである
つまり何らかタイミングをはずすとチャンスを逃すとできなくなる
そしてそのタイミングとかチャンスは何度もないのである

それは人間の生きる時間が限られているからだ!

それが老人になって痛切にわかるのである

 ひとくちに30年間と言いますが、その間には株価の上り下がりは数え切れないぐらいありました。例えば大きな下落でいうと、1987年10月19日のブラックマンデーではNYダウ平均株価が一日で22.6%も下落しました。でも何もせずにそのまま持っていれば、その30年間でほぼ10倍になっているのです。

ただ正直これだけの長い時間を何もしないで待つとういことはむずかしい
何か不安にもなるから売った方がいいとなるからだ
自分の場合は銀行員がノルマを果たすため手数料をとるために売られたのである
だから別にもし本当にまかせられる人がいたらそうすればいいがそういう人はまれだろう銀行では銀行のもうけしか考えないからである
だから常に転売することをすすめる、そして新たに買わせて手数料をとるのである

とにかく老人には投資は株でも投資信託でも向いていないのは長い目で見れないからである
庭に木を植えても十年とかかかるとなるとその頃生きているのかとなり種を植えることもはばかるようになる、何か家を直してもあと何年生きているのだかなる
つまり時間が限られているから投資に向かないのである
ただ投資した成果を実りを老人になったら得るということである
それは金とは限らないのである、経験であり何かの習得であったりそれぞれに生きた時間で得たものが価値となるのである
未来に向かって投資することはいくら金があってもできない、時間が限られているからである
でも高齢化社会になると百才まで元気で生きるとなればそれだけ時間があるのだから
まだまだということもあるがやはりもう新たな投資することはむずかしいとなる

posted by 天華 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題