2022年08月28日

メデア(仲介するもの)によって歪められる社会 (マスコミからインタ−ネットへ)


メデア(仲介するもの)によって歪められる社会

(マスコミからインタ−ネットへ)
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●メデアの意味

メデアというとき何か?中立であり仲介するものである、でも仲介するとか仲立ちするとかなると実は人間そのものがメデアなのである
何かあれば必ず人から人と口コミで伝えられる、それがだんだん現実に起きたこととは別なものになってゆく、噂がそうである、そこで真実が見えなくなる
それは何か起きたときその現場にもいないし直接当事者から聞くこともできないからである、それは人から人へと伝わりそうして伝えられる内に真実とは別なものとなってゆく
マスコミとか報道機関がないとき人から人に伝えられるのが基本になる
現代の問題はマスコミが伝える、それでマスコミは第三の権力になったのである

メデアというときいろいろなものがメデアなのである、仲介するものなのである
銀行もメデアだというときそうなのかと思った、普通はメデアとは見ない
でもみんなから金を集めそれを投資に回したり金を貸したりして利子をとる
そういう仲介者だということではそうなのかとなる
だからクラウドファンディングとかなるとある製品を作るために直接生産者に投資する手法がインタ−ネットで生まれた、銀行を介さないで消費者が投資するのである
銀行は仲介するものであるがここでは生産者と消費者が直接結びつく関係でありメデアが仲介者がかかわらないのである

現代とは様々な分野でメデアに頼っている、どうしても株などわからないのだから証券会社とか銀行だと前は信用あったから頼る、でも個々人でトレダーとなって株の取り引きをしている人達がいる、その人たちは証券会社を通さないし銀行も通さない
自力投資してもうけているのだ、でもそのハードルは相当に高い、みんなができるわけではない、でもそういう人こそ自立しているしメデアを通さないのだからそれで損するにしろ儲けるにしろ自己責任なのである
でも銀行で投資信託をすすめるけど必ず手数料がとられるしまた必ず転売する
自分の場合は株をもっていたがリーマンショックの時持っていた株が元にもどり上がってきたとき勝手に銀行員が売ったのである、転売して他の商品を買わせるためだった
その株を持っいたらその後上がり続けたから倍にも儲けることができた

これも結局そもそも銀行というメデアに仲介者に頼んだことでそうなったのである
それは証券会社でも同じである、それは株とかわからないからそうなったのである
そして銀行は投資には株には素人だったのである、銀行自体が株を知らない
なぜなら銀行はこれまでただみんなから金を集めると金を貸してくださいという人がいくらでもいたからである、だから金を貸す相手がいないということはなかった楽な商売だったのである、金を貸して利子をとればいいだけの商売だったのである
それがなくなったとき金を貸す会社でももうわずかでありなくなったとき商売が成り立たなくなったのである、細かい金の出し入れは銀行でするのではなく自動化したりして仕事がなくなってきたから苦しくなったのである

●メデアに仲介する者に頼る社会

現代社会はともかくあらゆることでメデアに頼る社会なのである、仲介するというとき
何か言いたいことがあってもメデアを通さないとできない、テレビ局に私が発言したいのですがと言ってもできない、テレビ局で発言する人を選ぶのである
NHKは公共放送というけどそこで発言できる人は限られている、その発言内容までチェックされる、つまりそのテレビ局の意向にそったことしか発言できないのである
それでインタ−ネットはメデアなのだけど制限するものがいない、誰でも一応発言できることでメデアが変わったとなる
それでNHK党とか参政党とか極端な思想の政党でも選挙で議席を持つようになったのである、インタ−ネットでは前々から極端な発言でも許可されていたからである
それも問題があったが確かなことは仲介するものが力をもっていないから権力を持っていないからそうなったのであるつ

ただ問題はインタ−ネットでもプログなどは簡単にできるがワードプレスのように自分仕様にすることがめんどうである、技術的にめんどうなことがある
それで自分のプログでもワードプレスにしようとしたができないとか技術的な問題があるそこに手間だけは省けないのである
そしてインタ−ネットではまずマスコミのように何百万人とか見ないし読まない
だから目立つ人となるとわずかになる、後は膨大な人達は埋もれるのである
ただそれでもインタ−ネットはマスコミのように仲介するものがいないのである
一応自由な発言が許されている、でも読む人は極端に少ないとなっているのである

ともかくメデアに仲介する者に頼るというのが現代社会である、本を出して自分の意見を言いたいとしてもそれもハードルが高い、書店でも置く本を選ぶからである
でもアマゾンとかなるともう天文学的な本が古本でも簡単に地方でも買えるから情報格差はなくなったのである
私は引きこもりでワープロでパソコン通信していた時期があった、それはまだパソコンが出始めのときであり技術的には未熟な時だったのである
それでワープロに通信機能がついていて全国の人たちと通信で会話していたのは不思議な経験だった、そのことが自分には良く理解できていなかった
でもそれがインタ−ネットの発展の初期でありそれが現代では拡大して日常化したのである
ただそこで発言するには技術的にめんどうだったのである、そこに技術の問題があり技術が障壁となる、パソコンマニアがいてしていたともなる
私がなぜそういう初期の時代からかかわっていたかとういと悪筆なのでまずワープロに親しんだ、そして富士通のワープロで親指シフトを覚えて文章をスムーズに書けるので利用するようになった、ローマ字入力だとスムーズに文章化できないのである
ここが意外と一番問題であり入り口としてはつまづくからである
やはり映像もあるが文章が基本になるからである

インタ−ネットは今でも技術的な問題がまだまだある、それがワードプレスにしようとしてもできないことにあった、またホームページを作ったがそれも放置したままである
そこで新しくアップしていない、プログをしていていたホームページを使っていなかったからである、途中十年とか介護になり時間もなくなったからである
何かこのインタ−ネットとか意外と理解するのに時間がかかるのである
それは技術的な問題があるからそうなる、なぜなら最初の時期はパソコンマニアがいて理系の人が意外と多かったことでもわかる、文系の人は技術に弱いからそうなっていた

●宗教も教会と牧師は神と仲介するものだからメデアだった

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宗教でも神と取り継ぐものとして教会と牧師が生まれた、旧約聖書の時代には牧師も教会も存在しない、直接神とエホバとの交信であり信仰である、そこにいたのは預言者だった教会が生まれたのはローマ帝国にキリスト教が公認されてからなのである
そこで教会が強大な力を持つようになりキリストの信仰を仲介するものが牧師ともなった司祭ともなり権力を持つようになった
それに反発したのがプロテスタントなのである、免罪符などを売りつけられて反発した
だから教会とか牧師が神との仲介役になることを否定したのである
カトリックとなるとイタリアではバチカンがありそこは独立国でり兄弟な権力持ったのである、一つの国をそこで形成しているからである

仏教でも寺院はそこは不可侵の領域であり城でもあり僧兵が武装もしていた
だから信長がそこを権力集団とみて攻撃して殺戮したのである
その原因は比叡山でもそこが不可侵のものとなり一つの国ともなり琵琶湖の船運で税もとっていたからである
そこが強大な権力集団と見たから武士団と対立したのである
それはカルト教団でも数を集めて巨大化すると現政権をとりこめる、それが創価であり
統一教会でありオウムでもオウム王国を作ろうとしていたのである
創価は創価王国を作ろうとするために運動しているし幸福の科学でもそこに教祖が王となることを目指しているとなる、統一教会だったら文鮮明が王となっている
つまり宗教を利用してこの世の王となることなのである
そのために権力を掌握せねばならないから政治にかかわり操作しようとしているのである
だから何でもメデアとなるものが力を持つ、何か庶民でももめごとがあると弁護士に頼むでもそうして仲介者に頼むと搾取されることがあるのだ
ただ相談しただけで百万の金をとられたというのもそうである、そういう悪徳弁護士も結構いるのである、それで推理ドラマにもなる、弁護士は遺産とかにかかわるからそうなる労せずして金が入る職業だともなるからである、そこにいろいろいるにしても裁判でも弁護士を頼む他ないからそうなる、つまりこの弁護士もメデアなのである、仲介する者なのである、現代とは専門家がいてその人達もメデアであり仲介するものとなる
そしてその仲介する者が力を持ち搾取されるともなるのである

現代社会とはとにかく複雑であり何でも個々人でできない、すると仲介者に頼る
そのために仲介者がメデアが力を持ち左右されるのである
それはいろいろな分野でそうなっているのである
だから現代社会の問題はメデアに支配されるということにある
それは現代社会が余りにも複雑すぎてそうなっているのである
何かあれば専門家に頼らざるをえないからである、専門家の時代でもあるからだ
ただこうして人間は非力化されてただ専門家であれメデアであれ支配されるだけだとなるただメデアに支配されていることは気づかないことがあるのだ
NHKなどがそうである、いかにも善人のように見せて現実は裏では真実をまげて報道しているとかある、それでNHK党が生まれたのはインタ−ネットの効果だったとなる

●金がかかりすぎるマスコミ報道の問題

現代社会はメデアの役割が仲介するものの役割が巨大化したのである
それでマスコミが第三の権力と化したのである、新聞でもそうだったがこれも新聞を刷る印刷するのに莫大な金がかかりそれを配達するのにも金がかかる、それは本でも同じである、金がかかりすぎるから結果的にスポンサーに頼りスポンサーに忖度する
そして真実は報道されない、福島県の原発事故でもそうだった
電事連とか800億円の宣伝費がマスコミに回っていたから批判する記事は書けなかったまた今カルト宗教団体のことが問題になっているが統一教会でもマスコミに深くかかわり批判できないようにしていた、なぜなら霊感商法で批判されてから20年以上統一教会のことなど話題にならなかったからである、それは意図的にマスコミがそうしていたとなるまた創価などは聖教新聞を毎日新聞であれ福島民報であれ刷らせている

そして金銭面で批判を抑えるのである、つまり新聞というのは余りにも金がかかりすぎるのである、他でも本でも雑誌でも金がかかりすぎる、それで福島県の政経福島でも相双リテックから宣伝費をもらっている、裏表紙で宣伝したからである
相双リテックは除染で莫大な金をもらい億の金を幹部で山分けしていたからである
そんな会社のことを宣伝していることは大問題である、ても結局金の問題でそうなっいるのである、報道するにも金がかかりすぎるのである

まずインタ−ネットなら技術的なものとしても障壁があってもまた手間でもあるが金がかからないのである、だから個人でもテレビ局まで持つようになる、youtubeがそうである
そうなるとマスコミの力はかなりそがれる、何百億円の資本金の会社としてマスコミがあったとしてyoutubeなど手間はかかるが金はかからないのである
このことが画期的なことだったのである
そうなるとテレビでもあまり見ないとかなり新聞を読まないとかなってきた
巨大メデアが小さく見えるようになったのである、平等化したともなる
ただyoutubeでも見られことは至難であるから人気のあるものは見ても多くなると選ばれるから全然見られない人も出でくる、それはインタ−ネットでも前からそうだった
そもそもそんなに多くあっても見る時間が限られているのだからみんなに目を通すことはできない、それがまたインタ−ネットの問題だとなる

●なぜ現代社会がナチス化するのかカルト化するのか?

いづれにしろ現代社会はメデアが力をもった時代である、江戸時代なら村で生活する知識とかあれば良かった、自給自足が基本であり外国まで頼る頼られる時代とはまるで違っていた、国内でも村で自立している生活である、すると村のことを知っていればいいともなる、他藩のことは知らなくてもいいとなる
今は外国のことまで知らなければならない、すると天文学的な知識になる、とてももう処理できないのである
そして様々な複雑なシステムであり社会全体を理解する人は誰もいない、世界だった理解不可能である、福島原発でも吉田所長が復水器のことを知らなかったという、それは大事なものだが資材関係が専門だから知らなかったと言っている
肝心なことすら知らなかった、それは社長でも会社のことを全部知る人などいないのである、一部は知っていても全体を知る人はいないのである

そうなると社会がどうなるのか、どうしてもカルト宗教団体でもナチスでも全体主義になる、ハイルヒットラーが一番わかりふすいからそうなったのである
カルト教団でも教祖がヒットラーと同じだからである
それは複雑に分化してもうあらゆることなど知り得ないからである
知るにしてもメデアを頼る他ないとなりメデアにマスコミに操作されたのである
江戸時代だったらヨ−ロッパでも中世社会だったらそんなことありえなかったからである世界でもメデアに左右される、情報でもフェイズニュースでも信じる
イラク戦争では油まみれの海鳥が全世界に報道されてイラクへの批判が強まった
でもまわりは油がなくそれは作られた映像だったのである、それに全世界がだまされたのである

要するに現代社会は情報でも必ず直接見ることもできないしその場に立つこともない
だから偽りの情報に左右される、外国で起きたことでもその場に行って確かめるなどできないからである、現実にその場に行って聞いたりしら全然違った感想にもなるからである現代が情報社会というときナチスがゲッベルスが宣伝の役割をになったように情報に左右されやすいのである、そしてカルト教団などは金で権力でメデアをマスコミを支配する
必ず権力を持つと自由な報道は抑えられるからである
でもインタ−ネットはなかなか抑えにくいからマスコミの力は減退した
それでインタ−ネットが民主主義を促進する役割があったとなる

私が思うに民主主義でもあまりに巨大化すると機能しなくなる、そもそも人間が理解する範囲はアイディンティティ化できる範囲は狭い、自然でも狭い範囲でしかアイディンティティ化できない、常にその場を歩いて実見していないとできない
旅しても30年とかすぎるともう記憶もあいまいとなりその場がどういう場所だったかもわからなくなる、常にその場で生活していないと理解できなくなる
だから国というとき小さい狭い範囲になる、そこでアイディンティティ化して安らぐとなる、日本の国といっても大きいからアイディンティティ化することはむずかしくなる
それより中国とかに三回行ってもその国土でも人民でも歴史でも理解することは不可能だった、あまりにも巨大すぎて理解できない、アメリカでもそうである

人間は狭い範囲でしか実地に生活する場でないと理解できない、アイディンティティ化できない、ギリシャのポリスでも一万くらいだったのである
それくらいの規模でないともともと民主主義は成立たなっか、人間の認識できる範囲は狭いのである
だから自分自身が相馬郷土史と相馬新報として発言してきたのはまさに狭い範囲で自然とも社会ともアイディンティ化しようとしためである
そういうホームとか基盤を持たないと真実の報道はできない、この場が重要なのである

大衆的アイディンティティは集団や個人の経験から発展したというよりも、世論を誘導する者によって与えられ、できあいのアイディンティティを人々に与え、商業広告を代表とするマスメデアを通じて広められる
それは最も表層的な場所のアイディンティティであり感情移入的内側性の余地を全く残さず場所との一体化の基礎を破壊することによって実存的内面性をむしばむ
マスメデアはその受けてが直接に経験できない場所に単純化され選択されたアイディンティティを都合よく与えて偽りの場所の偽りの世界を作り上げようとする

読むべき本ー場所の現象学(エドワード・レルフ)
(アイディンティティは場から形成される)
http://musubu.sblo.jp/article/186376894.html

とにかく現代社会は偽りの情報に惑わされる、様々な情報が天文学的になっている
そして現実にその場に立つこともないので偽りの情報に左右されるのである