2022年04月01日

人間は時間軸で見ないとわからない (ロシアはソ連崩壊からたどるー中国に併合される)


人間は時間軸で見ないとわからない

(ロシアはソ連崩壊からたどるー中国に併合される)

なぜプーチンが突然ウクライナに侵攻したのかわからなかった
狂気になっのかと一時思ったし西側でもそう見えた
それは時間軸でソ連が崩壊した後のことが無関心になりわからなくなっていたからだ
今日は時間軸でどうなったのかテレビで放送していたからそうかと納得することがあったなぜならロシアの大学に1019年頃大学に留学していた人がその頃外貨が稼げなくて
日本とかヨ−ロッパからでも学生を呼んでいたという
その時授業料でも安い、それで日本の円も高い時だったから外国人でも入れていたというその大学はロシアの東大のような大学で全員KGBに入る大学だという
東大だと法学部だと上級官僚になる大学だったという

日本では大学ではないが後進国の若者を日本語学校に入れて授業料をとるとかある
でもその人たちは日本で働き円を得て親にまた家族に仕送りしたりしている
これはロシアとは違っているにしろやはり円がまだ価値があるから為替格差でグロ−バル化するとそうなる
日本の企業でも日本人は日本で雇うと高くなるから安い国で仕事をさせる国を選ぶ
これがグロ−バル化社会である

ロシアでは資本主義と民主主義を同時にソ連が崩壊した後入れた、中国は資本主義を入れても政治には民主主義は入れていない、そして中国でぱ経済の面では資本主義化して成功した、豊かになった、でもロシアではそうならなかった
そもそも株式会社としても株を持つことがどういうことかもわからなかったという
社会主義から資本主義の変化で会社は国有企業であり資本主義は民営になる
それがうまく移ることができず極一部の富豪が生まれたが全般的に豊かになれなかった
中国は人口が多い割には豊かになった、だからロシアのGDPは韓国より低いのである
中国とは十倍もの差がある、つまりロシアは小国化していたのである
ただ核兵器を持っているから軍事力で大国を維持していた
それしか誇れるものがなくなっていた、だから大きな北朝鮮だというのもわかる

ソビエト連邦崩壊というのはロシアにとって相当な衝撃だったのである
そうなると西側の資本主義とか民主主義を入れても国は豊かになれない
アメリカと並ぶ大国だったのに小国化して貧乏になった、そのことでプライドも持つことができなくなっていた、プーチンはKGBにいてソ連崩壊のことを肌で知っているから
かつてのソビエト連邦のことを知っているからその時代を再興させたいという気持ちが強かった
そういうことが心の中で鬱積していてそれがウクライナ侵攻になった
そこで武器となるのは石油とか天然ガスとかの資源である、あとは核兵器だとなったのである、でも強い軍隊があると思ったら旧式の武器でありウクライナに入ってきた最新式の武器とは違っていて苦戦したとか統制がとれないとか士気がないとかで一挙に制圧することができなかった
つまりロシアにはそれだけの国力がいろいろな面で消失していたのである
ただ核兵器があるからそれを脅しに使うとういことが世界に恐怖を与えたのである

こういうふうに時間軸で見るとプーチンの突然のウクライナ侵攻となった気持もわかる

ソビエト連邦ではアメリカに並ぶ大国だった

今は何なのだ、こんな国ではなかった

もう一度ソビエト連邦を再興させるのだ

こんな気持ちになることもわかる、でも現実はロシアは国民がそうして一体ともなっていない、プーチンに従わない、軍事力も思ったほどではなかった
それで指導部でも統一されずプーチンから離反してゆく
そしてプーチンは暗殺されるとかなる
つまりソ連が崩壊して資本主義と民主主義を同時に入れてもそれがうまくいかなかった
そこで西側を恨むことにもなった、でも中国は資本主義を入れて民主主義を拒否しても
豊になったから成功したとなる、それで西側をアメリカを恨むということはなかった
ただアメリカと並ぶ国となったのでアメリカから睨まれる敵対するともなったのである

結局人間は空間軸で起きることはある程度わかる、ウクライナはロシアにとって西側との緩衝地帯であり防衛上重要な欠かせない国だとはわかる
でも時間軸になるとどうなっているのかわかりにくいからそこに誤解が生まれる
でも時間軸でソ連が崩壊してどうなっていったのかわかるとそういうことだったのかとなる
ロシアはソ連が崩壊して資本主義と民主主義を入れても豊かになれなかったのである
国力でも弱体化したしとても西側にアメリカと伍する国ではなくなっていた
ただ核兵器の国でありそれが誇るものとなっていた
だから大きな北朝鮮であり戦争が終わればそうなる、さらに小国化して国さえ維持できるかわからなくなる

そういうことでウクライナ侵攻はソビエト連邦再興ということはありえない
大きな失敗だったともなる、拡張する力などなくなっていたのである
だから戦争してかえって自壊するとなる
時間軸でみるとそういうことなのかと納得する、でも人間は時間軸で見るのが苦手なのである
何か普通に事件が起きてもそれがどうしてなのかそのことが時間軸で見れないから誤解するし理解できないのである
どういう経過をたどってそうなったのかを知ることが時間軸で知ることがむずかしいからそうなる

ともかくこの戦争でさらに疲弊して国を維持できるのかとまでなる
ソビエト連邦の再興などないのである、中国の属国みたいになるかもしれない
現実にこの戦争で頼るのは中国でありそうなりつつある
するとますます中国は大国化してゆく脅威となる
結果として中国はハバロスクとかウラジオストックとかサハリンとかを維持できなくなる

1991年にソ連が崩壊すると,ロシアの極東地域は政府からの補助金が見込めなくなったつまり生きるための安価な輸送がコストが消えたことになる
そのためにこの地域全体が餓えに直面した
当時からはハバロフスク州政府は地域住民がソ連の法律を破って,スクラップの金属、
あまったセメント、その他あらゆるものを中国人に売り、その代わりに食料や服を手に入れることに目をつぶっていた
そしてロシア人は中国人に感謝することもない、ただ怒っていたという
中国人は物理的に極東を征服する必要はないでしょう
私たちを経済的奴隷にしているのですから
「奴隷国家の完成、政、官、ヤクザ支配は強化されている」ベンジャミンフルホード

この本は日本のことを書いたのだがロシアはまたこうして国家自体がこういう状態なのである、ただあらゆる国家にはそれぞれ問題がある、アメリカにもあるしどこにでもある
でもロシアはもう国家を維持できないような状態に経済的にもっていたのである
ただロシアの脅威は核兵器国だから世界が恐怖したのである
それしか誇るものがないとなっていた、だから大きな北朝鮮だとしている
ロシアより驚異なのは中国なのである、北方四島とかサハリンでもロシアは維持できなくなる、そこに入ってくるのが中国なのである
第一輸送するにしてもモスクワとから離れて過ぎているからである
むしろ地政学的には中国に属しているのである

私はハバロフスクから中国に出て満州里に出た、そしたら十数年前でもいい車をトヨタの車をもっていた人がいたのである、すでにその頃から中国人でも豊かになれる人がいたのである、満州とかシベリアとなると酷寒の地である
また南相馬市ではロシアに中古車を売る会社がある、ロシアでは日本の中古車が人気なのである、でもその生活は中国からすると相当に遅れてしまったのである
だから中国に実質的には九州されていて将来もそうなる
経済規模でも十倍も違うからである、技術革新もできているからである

こうしてウクライナのロシアの侵攻はアジアの極東の日本まで関係していたのである
それで北方四島でミサイル実験が行われたとか核を日本に打ち込むとか恐怖を与えたのである
ただロシアの内情はこのように中国と比べるともう内部崩壊のような状態になっていた
だからとてもソビエト連邦の再興などないしむしろロシアという国自体の消滅するのかともみる,ウクライナからでも逆襲されているからである
ロシアはこの戦争でかえって疲弊して国力はさらに減退して弱小国になり中国に併合されるのかとまでなる、それが現実的見方だとなる
ロシアとなると日露戦争もあり函館にはロシア人の墓がありニコライ堂とかロシア正教の教会もある
外人墓地にはロシア人の墓もある
日本とはモスクワは遠いにして隣国なのである、ただ将来的には中国の属国化してゆくだろう
それがウクライナの侵攻でその衰退に拍車をかけたともなる、未来はわからないにしてもそういう予測が一般的になる
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2022年04月02日

ソビエト連邦崩壊からアメリカのグロ−バル化になった (自由市場競争とはアメリカの金儲けのシステムであった)

ソビエト連邦崩壊からアメリカのグロ−バル化になった

(自由市場競争とはアメリカの金儲けのシステムであった)

なぜロシアのウクライナ侵攻があったのか?そのことは時間軸で考えないとわからない
プーチンの狂気だともなるがそこにはソビエト連邦崩壊が深く関係していたのである
米ソ冷戦があった、それからソビエト連邦が崩壊した
そのことを忘れていた、世界でもロシアとかが注目されなかった
注目されるようになったのは目覚ましく経済発展した中国だったのである
ロシアのことは経済的に話題にならなかった、経済的には韓国並みのGDPであり世界には影響ないものになっていたのである
ただ米ソ冷戦時代の遺物として核兵器をもっていたのでそこだけが常に危険だとして注目されていたのである、だから今回もロシアは大きな北朝鮮になるということになった

グロ−バル化とは自由競争市場主義となるがそれは結局アメリカに有利になるアメリカに富が集中するシステムであった、そこで確かに日本でも高度成長時代になり恩恵はあったでも世界市場は一国にとどまらない、世界が市場だから今度は簡単に別な国に市場が移り日本は取り残されたのである、ただそうしてアメリカは常に繁栄するシステムがグロ−バリゼーションなのである
それを象徴しているのがドルが世界の基軸通貨になっていることである
ドルを刷ることによって世界からの富を収奪するシステムがグロ−バリゼーションである

1991年のソ連の崩壊で、われわれはアメリカの万能の思いもかけぬ別世界に迷い込んだ
アメリカのアメリカのためのアメリカの世界が今や人類の目的になってしまった
ソ連の崩壊で世界はアメリカのために存在するものになった

(日本には日本の経済があるー菊池哲郎)

だからソ連崩壊とは世界が大きく転化した時代であった、ただソ連が弱小国になったとき忘れていたのである
それでもう一度ソビエト連邦再興を計ったのが今回のロシアのウクライナ侵攻だったのである、ただそこにはアメリカだけではないヨ−ロッパの問題でもありアメリカのドルに対抗してEUが生れて通貨でもEUの通貨が生まれた、だから世界は二極化から三極化してきた、今度はロシアがルーブルで石油でもガスでも買いというときそうである
一応EUでも買えることにした、通貨というのは世界支配の道具ともなるからだ
それでドルが世界の基軸通貨になっているときアメリカが世界を支配しているとなっていたのである、そもそもドル紙幣などいくらでも刷れる、それがアメリカの富になっていっていたのである

要するに時間軸でみればプーチンのウクライナ侵略も無謀だとかなるがそれなりの理由はあったとなる、戦争は肯定されないにしてもそれにも理由はあったとなる
アメリカ支配に対抗するものとして今回のウクライナ侵攻もあったとなる
ただすでにロシアはソビエト連邦から比べると格段に力の相違がある
とてももう欧米に伍する力はない、ただ核兵器だけで対抗しようとしたのである
アメリカのグロ−バル化でも別に豊かになればアメリカに反抗しない、富の配分があれば反抗しない、その例が中国である、でも中国はもうアメリカと対等になったときアメリカの力がそがれてアメリカに富が集中することができなくなる
アメリカはただ日本であれどこの国であれ自由競争市場で公平を装うが現実は違っているアメリカに対抗するとアメリカは日本製品をボイコットしたりしたことがある
それは高度成長時代だったのである、アメリカが常に優先されるのがグロ−バル化なのである、ただどこの国でも自国優先である、アメリカの自国優先は世界の富を収奪する自国優先なのである、第一アメリカだったら天然資源でも石油でもガスでも食料でも果物でも自給自足できる、他国に頼る必要がないのである

いづれにしろ今回のウクライナ侵攻は世界の転機にもなる
それはソビエト連邦の復活ではなく、かえってロシアはさらに小国化する、そして中国がアメリカと対抗する国となる、ロシアは中国の属国化するようにもなる
米中対立の時代でありその中でグロ−バル経済も変わる
基軸通貨のドルの時代も終わる、それがルーブルで石油でもガスでも買いということになった、中国でもドルに代わる通貨を作ろうとしていたからである
アメリカのグロ−バル化は世界からの富の収奪でありそれも終わりつつある
アメリカはアフガニスタンからも手を引いたように日本からでも手をひく、中国と戦争とかなっても自ら血を流すことはしない、基地があるとしても撤退することがありうる
アメリカも弱体化しているからである、そしてアメリカァ―ストとトランプが言ったようにそうなると日本からも手を引く、そういう時代の大きな変化の中にあり日本がどうするのかとなる、もう米ソ冷戦時代のようにアメリカは日本を守らない、すると巨大化した中国と人はどう対応するのかが大問題になる
そういう時代の大きな変化が戦後70年でやってきたということである

グロ−バル経済の問題は物と心の分離にもなった、余りにも巨大化した経済はもう物が世界的に流通しても心が通わないのである
第一経済という言葉がエコノミーが家政から始まっていた
つまり家政が経済だというときそこに心が通うものとなる
日本語で物とはただのものではない、モノと心は一体のものとしてあった
モノが憑くとかがそうである、物と心は切り離せないものとしてあった
それが東洋的思想であり物と心が分離するのは西洋的思考だともなる
グロ−バル経済にはモラルがない倫理がないというときもそうである
それでナショナルなものドメステックなものに回帰する
西洋でもアイディンティティというとき物と心が一体化することである
とてもグロ−バル経済というとき全く物と心は分離した世界なのである
それはまた自然とも分離した世界ともなる

本来は人間も生物だから生態系にのっとり生きてまた自然とアイディンティティ化することに生の充実を感じるのである
山とか木とか森とか石とかと心がアイディンティティ化することその土地土地の自然とアイディンティティ化することが文化になる
だからそもそもその土地土地にとれるもので基本的に暮らすことが自然なのである
もちろん貿易とか商業は必要だけどそこには限界があり境界がある商業になる
その境界とか国境とかが見直されたのはコロナウィルスである
これはグロ−バル化した結果として防ぎようがないものとなったからだ
これもサンクチャリーとかがあり本来は聖な領域がありそこでも人間がづかづかと入りこんだ結果としてタブーを破った結果としてウィルスがもたらされたともなる

つまり極端なグロ−バル化は生態系を破壊することにもなったのである
ま0た科学技術でも原発のように生態系を壊した結果として人が住めなくなったのであ
人間は生態系を離れて生活できないのである
ともかくグロ−バル化はアメリカ支配のシステムでありそれは終わりつつある
ロシアのウクライナ侵攻を認めるというのではなくアメリカ支配のシステムの崩壊が起きたのかともみる
ただロシアは弱小化する、中国がさらに巨大化する、それもまた問題なのでなのである

posted by 老鶯 at 16:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2022年04月03日

春の朝、春寒し、沈丁花、桜まだ咲かない (堤防が高くなり右田から蔵王が見える)


春の朝、春寒し、沈丁花、桜まだ咲かない

(堤防が高くなり右田から蔵王が見える)

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右田の堤防の径から見た蔵王
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舗装された道


春の朝山鳩鳴きぬ街の中

波よせて海面光りて朝雲雀

春寒し里人と話し常の径


堤防の高くなりにし残雪の蔵王の今日も我が見ゆるかな

梅の香の流て夕べ鶯の鳴きて帰れる細き道かな

沈丁花今年も咲きて我が家に歳を重ねて匂いの満ちぬ

みちのくは桜は咲かじその蕾なおかたしかな今年は寒しも


朝は毎日海の方に自転車で行く、その堤防が舗装されたから走り安くなった
真野川沿いにもサイクリングロードができたからここも自転車で行くのにいい
やはり舗装されると軽快に走るのである
そして真野川の河口と海側の堤防が相当に高くなったのである
だから蔵王が良く見えるようになった
冬の間は雲がかかって見えなかったが春になって見えるようになった
八沢浦からは前も見えていた、蔵王を見えるのは南相馬市でも鹿島区までである
原町区では見えないのである、これは景観としてはかなり違ったものになる
蔵王を身近に感じるのと感じないのでは相当に違ったものになる

何か高速道路のSAから電動自転車とかおいて観光させるといいとか言う人があった
つまり車で来る人は鹿島区の街の方にでも来ないからである、一時的に食事したりトイレを利用して去るだけだからそう言ったのである
鉄道だったら駅前通りができたように街と深く関係していたが車は通りすぎるだけなのである
ただ真野川沿いの堤防が舗装されたので走り安い、街の中でも堤防の下にもサイクリングロードを作ったからサイクリングするには良くなったのである

沈丁花の匂いはいい、その匂いが濃厚なのである、そして歳重ねてその匂いが深く感じるこの家にしても長く住んでいるからである
何か老人は何でもかえって深く感じるのである、感じ方が深くなってくるのである
ただ年ごとに年齢でも自然でも何でも感じ方が違ってくるのである
故郷とかもう見飽きたとかになるがそれでも人間は感じるものがある
要するに狭く深く感じることがある、それは人に対してもそうである
里人と話する、するとここに共に生きているなとか共感するものがある
日本人は俳句だと季語が必ずあるように共感するというとき常に天候なのである
天候が変わり安いのである
今日は実際にまだ寒い、今年は寒い、そこで春寒しとなって老いた女性と話する

いづれにしろ狭くても深く感じることがある、広くても浅く感じることもある
広くなると感じ方も違う、なかなか広い所に旅しても深く感じることはむずかしい
ただ不思議なのは思い出す旅なのである、そこで記憶したことを深化して感じ直すことをしている、その時大事なのはいかに記憶しているかどうかなのである
これが意外と見逃されているのである、なぜなら度でも忘れやすいからである
するとせっかく旅しても忘れると何にもならないとなるからだ
だから思い出すように旅する記憶するように旅することが大事になるのである

でも現代社会は便利になりすぎてただ早く早く通りすぎるだけになってしまった
そして心に深く残るものがなくなったのである
それで便利なことはかえってマイナスにも働いたのである
一歩一歩大地を細道を踏みしめてゆくとき心に残る、自然を感じる
浜街道の細道を行くとき自然でも感じるのである、六号線だと感じなくなる
鶯の声を聞こえたり細道だから自然が身近になり感じるのである

今年は寒い、でも東京辺りはすでに桜は咲いた、でもこの辺はまた蕾が堅い感じがする
桜は咲く時期が毎年違っている、早い時もあり遅い時もある、今年は別に遅いということではないらしい、でも寒いから遅い感じがするのである

2022年04月04日

鉄道の駅と高速道路のSAの相違 (駅にはコミニュケーションが必要になる)


鉄道の駅と高速道路のSAの相違

(駅にはコミニュケーションが必要になる)

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なくなった時計


最近は高速道路のSAの方に行く、そこだとレストランもあり広い休憩所もある
おみやげ店もある、でも随分鉄道の駅とは違うことに気づいた
今日は久しぶりで駅に行ってみたら若い女性の二人がいた、どこに行くのかと思って見ていたら駅を離れて歩いて行った、それからまた引き返した
それで聞いたら原町まで行くと言っていた、電車を待っても時間があるので歩いて行くとして駅を出たのである
前はこういうふうに駅についた人を案内していたことがあった
高校生の見守り役の人が常駐するようになってからは駅に行っていなかった
それでタクシーで行くとか言った、歩いて8キロくらいあると教えた
この距離だと歩く人はいる、後は雨が降ってくるとかかかわりたくないようだから去った何か教えるにも嫌がるとか怪しまれることがある
それで警官まで来たことがあり慎重になっている

でもここで気づいたことは必ず駅はなにかしらコミニュケーションが必要な場だということがわかった、なぜなら電車が遅れたりまた時間表を見たり今回のように原町まで行くとか歩く人もいたのである、つまり駅とは何かしらわからないことがあり聞くようになる
そして必ず駅の中になにもないから店や食堂を探す人がいる
駅前で探すし駅前通りがあるのはそのためだった
高速のSAだとレストランでも土産店でも休憩所もある、無人駅になると座る椅子があっても何もない、最近はホーム内にあったゴミ箱も撤去されたし時計まで撤去された
ただ無人駅でも鹿島駅は高校生の見守り役が常駐しているから無人駅とは違う

でもゴミ箱もないというのも困る、駅舎で食事したりすることがあるからだ
何かこうしてできるだけ無駄をしないようにする、なぜならゴミ箱を設置していたとき
商工会の人にゴミを捨ててもらっていた、そのことでも金を払っていたからゴミ箱を撤去したのである
高校生の見守り役は市の方で金を払っているのである、外のトイレも市で作ったものであり毎日障害者の人が掃除しているのである、その費用も市で払っているのである

とにかく高速のSAに行ってもそこで人と話すことなどない、そして困る人もいないのである、電車が遅れる心配もないし待っていることもない、ただ一時寄ってトイレに行くとか食事するとかで何か困ることがないのである

鉄道の駅では何か必ず困ることがある!

困ることがあるから人に聞く必要がありコミニュケーションが要求されるのである
その若い女性でもそうである、駅に降りた、でも次の電車を待てないのか何か原ノ町駅まで行くのどうしようとなった、雨もぱらぱら降ってきたとかなり駅にもどった
トイレにも入った、タクシーで行くにしても聴かなければならない
その電話番号を書いてあるのが入り口でそれが意外とわからないのである
今はスマホなどがあるから調べられるにしても何か聞くことがコミニュケーションが必要になる、もちろん人とかかわらなくても別にいいとしても鉄道の駅だと何かわからないことがあると思った、まず高速のSAではそんなことが全くないのである
そして街の方には来ない、SAによって後はまた別な所に行く、街とは全くかかわらないのである、鉄道の駅は降りたらそこで通りに出て街と必ずかかわるのである
だから駅前通りができたとなる、駅内には食堂もないからである

何かこうして比べると高速のSAと鉄道の駅は相当に違ったものである
それで街とかかわらないから地元とはかかわらないからサイクリングさせて真野ダムの方に行かせるとか観光ルートを作るのがいいと言う人があった
町自体とは全くかかわらないからである
そうなると市町村でも活性化はできないとなる
あれだけ人が出入りするのに市町村とは関係ないともなる、人の流れがただ高速だけであり街や町でも村でも波及しないのである
鉄道の駅はかえって時間を気にしたりいろいろわからないことがあり聞くことがあり不便だからかえって人間的な場となり見知らぬ人でもコミニュケーションが必要になっていたのである、人とのふれあいが必要になった
そこで実は人間も必要だったとなる、ただ駅長とかでもお前はなにしているのだと拒否されたし回りからも何しているのかそんなことをしなくていいとかあからさまにも言われた

つまりそもそもそうして車と違って駅に関心がないのである
だからこそ市町村でも無人駅でもいいとなるのである
ただ高速のSAだとコミニュケーションは必要ない、困ることがないからである
やはり人間は困ることがあるときどうしてもコミニュケーションが必要になる
困るということは助けてもらいたいということである、それがなければ人間は無人駅でもいいしロボットでもいればいいとかなる
でもロボットにはできないものがある、どうしてもそこに人間が必要なのである
ただ現代社会はそういう人間がいること自体うざいとかなる
困ったことがあっても知りたいことがあってもスマホを見ると人間がうざいから必要ないとかなっている社会である、だから案内するにしても拒否する人がいる
ただ駅員がいれば聞くがいなければ無人駅なら聞きようがないのである
ただ鉄道は利用する人が少ないから駅員は置けないのである

鉄道の駅はどうしても時間通りに電車が来なかったり何かあると遅れたりする
それで必ずコミニュケーションが必要になる、それが特に無人駅で起きる
何か人間は困ることがある、すると相談する相手が必要でありコミニュケーションが必要になる、人間は困らなければ別に他人に頼る必要がないのである
だからコミニュケーションも必要ないのである
自分は家族が何でもしてくれたから困ることがなかった、それで引きこもりもできたとなる、でも家族が介護になったりして困ることになり相談しようとしたその相手もいなかった、でもその時コミニュケーションが必要になる
それで引きこもりはコミニュケーションができないから親が死んで死体と一か月とか一緒にいたとかなる、人間はやはり困ることが必ずある、それに対応できなくなるのだ

高速のSAでは全く困る人などいないのである、だから何かを聞いたりすることもない
ただトイレにより食事したり休憩して去るだけなのである
でももし何か困ることがあったら聞いたりする、するとそこにコミニュケーションが生まれるのである

私は何にも困りませんよ、かかわる必要はないです

こうなっていて土地の人とも何らかかかわることがないのである

私は何にも困りません、かかわらないでください

こうなるのは実際は傲慢だともなる、それは自分のことでもあったから責められない
人間は人の世話になりたくないのである、なぜなら人の世話になることは何か重荷ともなる、負債を感じるからである、それで金を払って困った時助けてもらうとなれば恩義などは感じないのである、むしろ金を払うのだからちゃんとやれよとかかえって要求することが強くなるのである、それが現実の社会である
でも駅では金を払うから案内しろとかできない、無人駅であり誰もいないからである
でも何か知りたいことがあり困ることがある、それもたいしたことがないから別に無人駅でもいいとなっているのである
ただ前のように乗る人が多ければ鉄道会社でも案内でも何でも人を配置できるのてある
鉄道自体の衰退がありどうにもならないともなる
車社会になったとき根本的に社会が変わった、車に適合した社会となる、その変化の中で失われたものも多いのである
それは歩く旅から鉄道の旅となり車の旅と変わった、その変化の中で失ったものがある
便利な生活文明化しても必ず人間は得るものもあるが失うものがある
人間そのものがなんでも得るものがあれば失うものがある、老人になって失うものが多いがまた得るものもある
だからもう何かを得ることは何かを失うことだともなるし何かを失うことはまた何かを得ることだとなるのが人間根なのである



2022年04月05日

空間軸と時間軸でみる世界 (時間軸で見た世界は常なき世界、無常迅速である)


空間軸と時間軸でみる世界

(時間軸で見た世界は常なき世界、無常迅速である)

人間は個々人であれ世界であれ空間軸と時間軸で考えるのが基本にある
空間的に地理的にどういう位置にあるかだ致命的に運命的になる
それはもう何億年でも変わらないからである
地理的宿命があるからだ、それで天の時、地の利、人の和が問題になる
ウクライナ戦争でもそうである、ヨ−ロッパとNATOとロシアの狭間で戦争が繰り返されて来たのは地理的宿命から逃れられないからである
その空間的地理的なことは地図を見ただけである程度直感的にわかる
でも時間軸で形成されたものを見るのが至難になる

だからウクライナのことでもロシアのことでもわかりにくくなる
ソビエト連邦がありそれが崩壊したのは20年前くらいだったが忘れていた
時間軸で起きることは忘れやすいのである、個々人でも数十年前にあったことを忘れる
なぜなら次々に新しい事が起り過去は忘れられてゆくからだ
家族として親密にして60年一緒に暮らしていても死ぬと何かあいまいなものとなり
遠い過去になってしまうのである

だから歴史という時、地歴になるのだが歴を時間軸で起きていることがわかりにくいのである、不思議なのは江戸時代の年号をみると元禄だとか安政だとか天明とかあっても
その時代に何が起きたのか時系列で起きたことを理解するのがむずかしいのである
そもそも年号でもその時代順序でもわからなくなる、安政が先のなのか天明が後なのかもわからなくなる、時代順序で理解できなくなる
でも明治時代があり大正時代があり戦前の昭和があり戦後の唱和がある
でもこれは私の父親が明治生まれだし母親も大正生れだから順序を逆にすることはない
祖父母辺りまでは時代の順序を間違わないのである
それで人間は具体的に時間軸で実感するのは祖父母までだとなる

例えばエジプトの歴史が時間軸で三千年あるとしてその三千年を時間軸で時代順で理解することは不可能に近い、三千年となればもう日本の歴史は2000年だとしてそれより長いからだ、それを時間軸で理解することはもうできないのである
でも空間軸で理解することは今でもできる、現実にエジプトに行ったしそこでピラミッドが残っていてそれを見たり遺跡は見ることができるのである
空間軸は変化していない、時間軸は常に変化してしいる、その時間軸で変化することか
無常だとなる、常になき社会であり人間なのである

70才でもなってみると本当に不思議な感覚になる、人の出合いにしても本当に一瞬なのである、そして永遠にこの世では合わなくなる、それは60年一緒にいた家族ですらもう死んだら永遠に逢わないのである、そうして人の出合いは余りにもはかないとなる
それで最後にはさよならだけが人生だとなる
何か駅で外から来た人と出会った、それは束の間だった、何か話すこともなかった
その人は若い女性である、でももうその人とは永遠に逢わないのである
それはどこでも起きていることなのだ、いろいろな人と合ったとしても束の間であり
あとは永遠に逢わなとなってしまう
あいつと逢ったな別れたな、あとは永遠に逢わないな、あの人は何であったかのとなる

ともかくエジプトであれそこに今でも行くことはできる、そこで起きたことを時間軸で理解することはむずかしい、ただピラミッドが今でもあるからそれはエジプト文明の集約として残っていることでその文明を感じるのである
もし何もなかったらただ砂漠だけだったら何も感じない
ただ何もない砂漠で砂塵の中に埋もれて何もなくただ風が唸っているだけだとなる
その存在すらわからなくなる
空間は地理は変化しない、でも時間軸で見る時人間世界は常に変化であり人の出合いでも一瞬でありいくら栄華を誇った文明でも帝国でも遠い過去になってしまう
つまり時間軸で見た世界は無常なのである、常なき世界である、その無常に抗して何かピラミッドは三千年後でも存在しているとなる

人間世界はこうして時間軸で見れば絶え間なく変化している、今日ある人は明日はいないとまでなる、隣の人と庭でちょっと話していたがあっという間に死んでいた
そこにいたのに消失した、そして永遠に逢わないのである、そういうことは老人になれば当たり前のことである、次々に知っている人が死んでゆくのである
そして永遠に逢わないのである、まさに無常の世界である

桜が咲くにしても華やかなのは一時でありたちまち散ってゆく、それも無常である
この世に永続するものはない、それが無常である


ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわに(※1)ぞ似たりける。
知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、(※2)いづかたへか去る。また知らず
(方丈記ー鴨長明)


本当に老人になるとこれは当たり前の実感になる、それは別に優れた人と哲学者とかなくてもその現実がありありと実感するからである

所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり

せいぜい人間が出合ったとしても記憶しているのは一人二人くらいになる
みんなうたかたの泡のように消えてゆくだけである
この世とはそういう場所であり時間軸で見たら人間が生きるのは一瞬であり出合うも一瞬でありあとは二度と逢わないのである、それが無常なのである
だからこそ永遠の命を求める、この世とは違う永遠の世界を求める
そこで老いることはない、みんな若いという、病気になる人もいない、愛別離苦の世界もない、時間は有限ではない、無限であり空間に制約されることもない、空間はどうしても人間を制約する、時間でも制約する、そういう制約から超越することを望むのである

その女(ひと)と一時逢うも去りゆきぬ永遠(とわ)の別れや春になるとも

これは恋の歌とかなるがそんなものは自分にはない、若い人はこの無常がわからない
老人は別にみんな普通に感じている、知っている人でもみんな死んでゆくから必然的にそうなる、若い人はそれを実感しにくい、人生とは永遠につづく、人の出合いでもそれは一瞬だったなと思わないのである
でも最も華やかな青春でもそれもうたかたの泡のように消える
歓楽に費やしてもそれも一瞬のことだともなる、、はかない虚しいものとして消える
ただ人間はそうしてカルマを繰り返しているだけだとなる

生死事大 光陰可惜 無常迅速 時不待人

本当に無常迅速なのである、それで若きうちに神を知れとなった、瞬く間に時間は過ぎる飲めや歌いやしているうちにあっという間に過ぎる
若い時はいろいろなものに魅せられて過ぎてしまう、恋だなんだかんだと魅せられてあっという間に過ぎてしまうのである
でも若い時はそう感じないのである、だから老人から若い人を見ると全く違った感想を持つ、また若い人から老人を見る時も老人になることがないと見ているのである
でも必ず若い時はたちまち過ぎて老人になっているのである
40才になるとう白髪になり 老人の入り口になっているからだ



2022年04月06日

ウクライナ戦争の真実ージェノサイドはあったのか? (ロシアもそうだがアメリカも信用できない)


ウクライナ戦争の真実ージェノサイドはあったのか?

(ロシアもそうだがアメリカも信用できない)


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ルーベン" ジスベルト現地ルポ マリウポリからライブ速訳

ここは詳しい、スペインに住んでいるからスペインの人がドンバス地域に入った報告は信憑性がある
ウクライナ人が市民を盾にしてロシア人を殺している、ロシア人をロシア人を殺すわけがない
殺しているのはジェノサイドしているのはウクライナ人のネオナチだというのは本当なのだろう
ともかく一方的な情報ばかりに接していると危険である
そして余りにもウクライナでも複雑な事情があったのである
だからロシアだけ責めるのは危険である


日本が国に二大敵国あり、その第一はロシアなり、ロシアは併呑(へいどん)主義をもって外より我らを破壊せんとす、その第二は米国なり、その物質主義によって我は腐食せんとす、、我らの軍人は剣をもって第一の敵を撃退せり、我らの宗教家は信仰をもって第二の敵を排斥せざるべからず(内村鑑三)

そもそもなぜロシアでもアメリカでも中国でも信用できないのか?
その過去の行為(カルマ)があり信用できない、ロシアでも戦争でシベリア抑留とかあり北方四島をどさくさにまぎれて奪った
ロシアとは平和条約を結んでいた日本がロシアを攻めたかげはないのに一方的にどさくさにまぎれて悪行のしたいほうだいだったとなる
弱体化したところで攻めてきたのである
そういうことがあるからどうしても信用できないとなる、併呑(へいどん)主義というときロシアは北方四島まで奪う権利もなかったのに戦争のどさくさに紛れてそうしたのである

そしてアメリカがどうなのかというとこれも過去の行為をみればわかる
アメリカとは戦争国家なのである、何かいいがかりをつけて戦争する、ベトナム戦争でもイラク戦争でもそうだったのである、それは人道に反するものであり何の根拠もないのに生物化学兵器がなかったのにイラクを攻めて大量の人を殺したのである
ベトナム戦争でもイラク戦争でも人道に反することを大規模にアメリカはしてきた
そして日本の戦争でも原爆を落とした、これは人類的罪であり最大の人道違反だった
こうしたことがあっても過去のことを反省もしないのである
あたかも正義の鉄槌を加えてやったとかなっている

何か欧米系は特にアメリカは正義面をする、アメリカの原住民からインディアンから土地を奪ったときもそうである、契約でだましたというときそうである
食料がないからとインディアンが援助してもそれを恩義とも感じなかったという
アメリカが正義とか人道を言う時こういうことが過去にあったから信じられないとなる
それは口先だけのことであり平気で嘘を言うとなる
表と裏の顔が違っているのである、その相違が極端なのである

内村鑑三はアメリカに留学してアメリカは金がすべてだとして嫌った、また外国人の宣教師も嫌った、日本独自の文化と歴史に根付いたものからキリスト教を取り入れた
それが武士道を基にしたのもであった
もちろん日本にも過去の戦争で責められるべきことはあった
でもそれではアメリカが正義のために戦争したのかとなると違う
また東京裁判などで裁かれるかとなれば違う、アメリカは人類的人道的最大のカルマを作った、それが原爆なのである、そういう国が他国を責められるのか、人道を言えるのかとなる
そして日本でもドイツでも戦争の報いは焼野原となってあった、でもアメリカは離れているから国土が焼野原になるようなことを経験していないのである、ただ勝った方が正義だとなっているだけなのである

今回のウクライナ戦争でもロシアの併呑主義であり許されないことである
でも西側の報道をうのみにしていいのだろうか?
ジェノサイドがあったというが本当だろうか、その映像がウクライナ側によって作られたものであるという報告もある
それは確かにそうだったのである、妊婦が運び出されて死んだ映像と思ったらその妊婦は生きていたのもそうである
また真偽が明確ではないにしろブチャの民間人のジェノサイドは嘘だということを報告している記者もいる
これは相当に重大なのことである、殺したのはウクライナ側のアゾフ隊だという
そんなことがあるのかとなるがその明確な証拠はないのである
もしそんなことをししているとしたら大問題だとなる
だから西側とかアメリカからの報道でも信じられないのである
イラクでも油まみれ海鳥の映像で世界中をだましたからである
イラクは悪い奴だフセインは大悪党だとして攻めたからである
アメリカの言う大悪党はアメリカの都合のいいように作られたものなのでてある

結局報道では真実が報道されると限らない、映像は何かすべて真実に見える
するとそれが証拠であり訴える、現実にあれだけ悲惨な映像を映されればそうなる
ただ人がどれだけ殺されたのかどういうふうに殺されたのかはわからないのである
だから調査が必要だとしている
ともかくロシアが悪いことはわか、でも一方的に報道を信じることも相当に危険である
テレビばかり見ているとロシアが悪い、悪いしかないのである
でもネットだとその反対のことも報道している、すると何が事実であり本当なのかと考える

ただ映像の時代になると映像の力が本当に大きいのである、映像は信じやすいのである
そこに嘘がないと見るのである、言葉だったら嘘だとなっても映像は偽れないと見るからだ、都市が爆撃された映像は嘘ではない、ただそこで人間がどういうふうになっていたのか、死んだのかなどは明確ではない、でもあれだけの映像を見せつけられるとそれが嘘だとは思えないのである
ただブチャで民間人を殺したのアゾフ隊だとかウクライナ側だったとなれば大問題であるまずそんなことができるのかとなるからだ
でもそれをスペインの記者が報告している、それが全く嘘とは見えないのである
それでその記者は命を狙われているという

つまり何かを中立的に見る時当時者より第三者でないと中立的には見れない
喧嘩している時でもそうである、どっちかに加担すると中立になれない
それで失敗したのは家族がもめていて娘が親にひどい目にあっていると思っていたら
全然違っていた、娘の方が信じられないひどい娘でありいじめられていたともなる
そして親はひどい娘だと自分に言い残して死んだのである
それがわからなかったのは付き合いもなくなっていて情報不足になっていたからである
こうして喧嘩でもどっちが悪いかなど簡単に分からないのである
それは情報が不足しているからそうなる、そしてどういう経過でそうなったのかも時間軸で見れないからわからないのである

私はロシアを弁護しているのではない、一体真実がどこにあるのかということである
ロシアが悪いことはわかる、でもアメリカが西側が正義なのかとなるとこれもわからないのである、結局こうして大国の狭間で犠牲になるのは小国だとなる
外国勢力が入ってきてずたずたにされる、一見独立のためだとかいってもそこには外国勢力が入ってきて二分されるのである
日本の明治維新でも外国勢力が入ってきて二分されることはありえた
でも日本はヨ−ロッパの植民地にはならなかった唯一の国だったのである
中国さえヨ−ロッパの植民地になったからである
ただ日本はアメリカに負けたアメリカの従属国になったのである

民主とか自由がその国とってすべて良く働くとは限らない、その国々の歴史的文化的価値観がある、それは否定できないのである、だからロシア的価値観が何かわからないにして国々にはその国なりの価値観がある、日本だっから武士道がったとなる
ただ外国勢力が入ってきてそういう価値観が全部否定される、ただ民主とか自由とかではモラルとか価値観を形成されない、結局国が二分されてばらばらになり外国勢力に分断されるだけだったともなる

ともかく現代は情報社会だから報道合戦にもなる、通信を駆使して有利にする
それで報道で欧米側が優ったとなる、ウクライナでも通信で報道で優っていたとなる
ロシアは悪役にされプーチンが大悪党にされた
でもアメリカでも悪人だったのである、でも正義面するのである
ただアメリカは遠く離れているから領土を盗るということはない
ロシアとか中国の問題は必ず領土拡張して他国に侵略するのである
いづれにしろ大盗になるとそれが善人化され英雄化される
国を盗むのものは英雄であり善人になるのである
報道は事実を報道するわけでもない、まずロシアが悪い、プーチンだ悪いとてけ報道する姿勢かある

例えばこの辺で原発事故があり補償金問題でもめた
原発避難者と津波の被害者が仮設にともに住んだ、そこでもめたのは原発避難者は多額の補償金をもらったが津波の被害者はもらえなかった
でもNHKでは放送の方針として原発避難者につくように決めたのである
だから原発避難者の方がかわいそうだと応援して放送したのである
それを後で訂正したのである
報道とはこうしてテレビ局でも方針を決めてする、テレビ局の意向によって決まるのである、ウクライナの戦争でも常に西側に欧米側につき放送しているのである
やはりそこを見ないと真実が何なのかもわからなくなるのである


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2022年04月07日

日本人の貧困化の深刻 (日本人がベトナム人から金を奪うために襲い殺す)


日本人の貧困化の深刻

(日本人がベトナム人から金を奪うために襲い殺す)

 大阪市淀川区三津屋中3の住宅でベトナム国籍の女性の遺体が見つかった事件で、大阪府警は6日、首を負傷して入院中だった住人のトラック運転手、山口利家(としや)容疑者(59)を強盗殺人と死体遺棄の疑いで逮捕した。山口容疑者は自宅の階下の弁当店で働いていた女性を誘い出したとされ、「生活が苦しくなり金を奪おうと思った。抵抗されて首を絞めた」と容疑を認めているという。


 こんなことありうるのか?
ベトナム人とか貧乏だろう、そんな貧乏人が貧乏人を襲う時代なのか?
首を負傷して入院中だった住人のトラック運転手とあり切羽詰まっていかたのかもしれない、それにしても日本にはもう追い詰められた人が相当数いる
そういう追い詰められた人に出合うことは不運であり危険である
田舎ても自分もそういう目にあった、もう年金でも普通に節約しても暮らしていけるだけもらえない人がいる、どうも一人暮らしの中高年の女性がそうなっている人が多い
なぜなら女性はまともに年金などもらっている人が少ない
誰でもできる仕事でありそうしたサービス業がコロナウィルスとかで職がなくなった人が多い、もともとぎりぎりの生活をしていた人がこういう時は生活もできなくなる
また物価高になるとそういうぎりぎりの生活の人にさらに負担になるのである
生活保護を受ければいいというがそれも簡単にできない、確かにもらっても年金がわずかでももらうと一万だとか医療費でも必ず負担がある
一万援助するがあと一万は払えとかなっているのである
満額が援助されないのである

とにかく追い詰められた人間が増えてくると安閑として暮らしていけなくなる
回りでそうなるのである、そういう人は危険な存在になるからだ
だからわずかの金でも奪い殺してしまうとまでなるこら怖いのである
日本人が金に困ってベトナム人襲うというのも日本人の困窮者が増えてゆく兆候である、昼職ぬきで働いているとか困窮する人が増えて来る
それで本当に今度は日本人が中国でも金持ちの国に出稼ぎに行く時代になるというのも
ありうる、日本はそもそも賃金が上がらないし物価も高くなってくる
年金は減らされる、増えるのは老人と病人ばかりなのである
その医療費でももう賄えなくなる、そこで親でも子は捨てる時代になる、介護の負担はできないとなる、それは金銭的に労力でもそうである
介護の負担の労力は大きいからである、金があっても労力の負担は大きいのである

生活保護は犯罪を犯させないものとして最低限支給するものだという、でもその最低限も支給されない、するとどうなるのか?犯罪に走るとか危険なものになってゆく
回りにそういう人達が増えて来ると治安が悪くなる、そういう人達と出合う確率も増えてゆくのである、何かこれから食料不足になり食事は戦前のようにもなると言う人もいる
私の母親は味噌汁と沢庵と何かわからないが一汁一菜とかで紡績工場で働いていた
痩せていたのに良く働いていたと思う
何か最近本当の貧困のことがわからなくなっている、それは贅沢になれてしまったからだろう、人間は一旦贅沢になれると生活の質を落とせなくなるのだ
うまい米を食べているとまずい米は食べたくない、それでいい米はいくらでもスーパーに入ってくるからそれを買うことになるのである
地元でとれた米があってもうまくないなら食べないのである
でもいざ食べるものもなくなると震災の時古米でも配られてそれでしのぐことができたのである

この事件は日本でもこの世の末だともなる、ここまで落ちたのかとなる
日本人がベトナム人にわずかの借金を要求して断れて殺してしまうというのは信じられないとなるからだ、それほど切羽詰まっていたとなる、そもそも弁当屋で働いているベトナム人自体が貧乏なのである、そんな人にまで襲って殺すというのが信じられないとなる
こういう事件が起きることは日本がいかに貧困化しているかを示している
この人には病気になったとか事情があるにしろこういうふうに追い詰められた人達が増えて来る、すると治安が悪くなる、つまり餓えた動物でもうろうろしているような感覚になるのである、その餓えた動物がいつ襲ってくるかわからないということになり安閑に暮らせないとなる
自分でも事業に失敗した人が借金を要求するとか一人暮らしの60くらいの女性が金を奪うとかもう毎月電気ガス水道が止められる人がいるとか田舎でもそうなのである
ただそういう人と出合いないと日本の貧困化は実感できなかもしれない、でもさらに貧困化してくれば誰でも身近に出合うともなる

そしてウクライナ戦争で世界でも物価があがり食料不足になり電気がとまるとかペルーでも暴動が起きたしスリランカでも暴動が起きる
肥料不足が農業にとっては致命的になる、それは日本でも同じなのである
米騒動とかが前に起きたがそれこと同じようなことが起きて来る、不穏な世界になってゆく、追い詰められた人間は一番怖いのである、そういう人は善も悪もない、餓えた動物であり相手を殺してまで食べなければ生きていけないとなるからだ
まず麦が高くなることは食料にとっての影響が大きい、うどんでも麦だというときあらゆるものに影響する、麺類は麦だとするとそうなる
ただそうなると米の需要が増える、ということは農業にとってはいいことかもしれない、でも今農業の成り手が少ないからすぐに増産はできないのである

何かグレートリセットとかあらゆる方面で大きな変化が起きて来る
その大きな切っ掛けはウクライナ戦争でも前からそういうことは言われてきて現実化してきたのである
怖いのは日本が第二のウクライナになるかもしれないことである
今度は中国とアメリカの狭間でウクライナのようになる、そこにロシアもかかわてくる
そしてそういう混乱して来ると悪鬼が侵入して来る
家が乱れたときそうなると書いたようにである
なぜアゾフ隊とか何かテロ組織とか外人部隊が入ってきてそこで荒らされるのである

国が乱れ荒れる時、そういう悪鬼が入り安くなる
だから日蓮のような日本の危機がやってくる、すでに来ている
こういうときまた大きな自然災害も起きて来る、人心が乱れるとそれに呼応して自然も乱れるのである
なぜこれほどの災害が起きて来るのか?
70年生きていてもすでに三回の大地震を経験している、ここ十年の間にである
でもこんな地震をここで経験していないのである、ただ70周期で社会が大きく変わる
そういうとき自然も乱れるのである、だからまた大地震が日本のどこかで起きる
それにしてもなぜ自分の住んでいる所でこれほど地震が起きているのか
それもとなりの街は今回それほどの被害ではなかった、自分の住んでいる所が被害が大きかったのである
それでこに住んでいられなくなるのとまで見てしまうのである

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2022年04月08日

若草、燕来るー南相馬市道の駅の公園 (桜はまだ一分咲きー燕は来た)


若草、燕来るー南相馬市道の駅の公園

(桜はまだ一分咲きー燕は来た)

sakuraline11.jpg

写真を切り取り絵にできる
これは著作違反にならないだろう、やはり創作なのだ
ただこの老人はいかにもあっている
こういう光景は簡単にとれないのである



燕来る朝の流のひびくかな

五六羽の燕来てちちと鳴き飛びぬ

庭の石重くもすえて芽吹くかな

街道の原町宿や一分咲き

若草や公園に遊ぶ母と子


みちのくに花咲くを待ついまだしも燕は来たるもなば待ちにけり

公園のベンチに老人休むかな春の日さして根っこ残りぬ

空家なる庭に咲きにし水仙を我が見てあわれ残る石かな

梁太く蔵の喫茶店喜多方や外に残れる雪の重しも


原町の道の駅の方には良く行く、その隣が公園なのでそこに休む
そこにベンチがあり母と子が遊んでいた、若草の緑が映えてベンチに休む
あそこには木の切り株がある、何かそれが老人にふさわしいのである

一方昔の街道の方は古くてもほとんど行かない、買い物もしないし用がないからだ
駅前通りもほとんど利用しない、実際の実用としては道の駅中心になる
その街道は一分咲きになっている、雲雀原の街道はやはり旧街道であり宿場があった
そもそも原町という名はそこは雲雀原のように原っぱだったのである
あんなに家は密集していなかった
そこで原町村があり一騎だけ野馬追いに出ていたのである
そして雲雀が原辺りでも開墾されて農業をしていた人達がいたのである

不思議なのは原町で一分咲でも鹿島区では一分先にもなっていない
微妙に桜前線は天候に左右される、今回の地震で原町区は被害が少ないと見た
ブルシートのかかった屋根がほとんど見なかったからである
今回の被害は相馬市と南相馬市の鹿島区がひどかった
何かここは不運ではありたたられているのかとも見る

桜という時桜前線なのである、それで私は桜の咲く時期に京都の方に行きみちのくに帰ってくるとき、桜はまだ咲いていなかった、それがみちのくらしい、
逆に京都大阪の方が桜が満開になり散った後にみちのくは満開になってゆく
京都とか大阪とみちのくを行ったり来たりしていたのが自分だった
それだけ暇だったのである、旅することが仕事になっていたのである
それは家族がいて恵まれた結果だったのである

ある場所の思い出がある、今はこうして旅を回想することである
喜多方では蔵の喫茶店がありそこから外を見ると雪が重く残っていた
それが印象として記憶している、この記憶していることが大事なのである
旅をいくらしても忘れたら何にも思い出せなくなったら行ったことにもならなくなるからだ、そしたら回想することもできないのである

空家が多い、隣も空家になった、そこに水仙が咲いているのを見る
ただこの家の人は近くに家を建てたのだから町内に住んでいる
でももう誰も住んでいない人もいる、それで今回の地震で瓦が壊れたまま放置されているのもある、すると雨漏りなどするから困ると見た
つまり空家というのはこういうふうに日本の大きな問題なのである
とにかく空家が一千万軒に成とか尋常ではないからだ
第一原発事故の避難区域になった所は空家だらけでありなんとか利用してくれとなっているからだ

桜前線の俳句短歌2
http://www.musubu.jp/sakuranewpage2.htm

2022年04月09日

ベネゼエラの原住民がYIFIをめぐって4人が死亡した (私もAUの店に行き接続できないとかプロバイダーとか変えるのに苦労した)


ベネゼエラの原住民がYIFIをめぐって4人が死亡した

(私もAUの店に行き接続できないとかプロバイダーとか変えるのに苦労した)

米ワシントン・ポスト紙などの報道によると、3月20日、ブラジルとの国境付近にあるベネズエラ南部パリマで、ヤノマミ族の集団がベネズエラ軍の基地を訪問した。ヤノマミ族と軍はこの一帯でWiFiを共同使用する約束を結んでいたが、ルーターを持つ軍が無断でWiFiのパスワードを変更したことで、抗議しに行ったという。その後言い争いになり、軍が発砲。ヤノマミ族の4人が死亡した。
https://www.asahi.com/articles/ASQ496SQNQ49UHBI02G.html?iref=sptop_7_04

ヤマノミ族とかでYiFi使っているのか?
今日auに行ってスマホとアマゾンのfireHDをYiFiで接続できなくなった
それと今SONETで接続してたのをビッグローブに変えることにした
auでは自転車保険にも入った、どこかで故障しても運んでくれるサービスがあるからだ
他にも電気料金もauにまかせた、すると多少は安くなる
料金もいつでもauのスマホで見れる、結局いろいろなものが分散していると管理するのがめんどうになる、何かauの銀行もあるから一か所で帳簿があるようになると便利である

ただ自分の場合はネットをしていても機械類に詳しくないのである
何か今度はルーターを変えるとかなるとその設定がむずかしいのである
そして設定できないと使えないという恐怖になる
現実スマホとfireHDをYiFiで接続できなくなってそれを直してもらうのにめんどうだったからである
ただ近くに店があるので店員に操作してもらったから直すことができたのである

とにかく現代の問題は機械類の操作が複雑になりすぎた、テレビ自体がリモコンを押してチャンネルを選ぶだけのものとは違う、パソコン化している
そうするとこれは老人はこの操作に追いつけないのである
つまり金があってもそれを使いこなすことの労力が大きいのである
自転車ならそんな複雑な操作などない、携帯くらいなら私の母親は90歳でも使えたのである、でもスマホになるとパソコンにもなるからめんどうなのである
そして画面が小さいから自分はもともと嫌だった、小さい文字を見ていると疲れるのである、操作するにはやはり画面が大きくて字も大きい方がいいとなる
この画面の小ささが相当に脳に影響しているのである
視覚的に画面が小さいことは脳に影響する、それでアマゾンのfireHDは画面が大きいから使えると思ったのである、これはタブレットなのだがそれをしていなかったから失敗だった、こういうものは常に操作して慣れてゆくほかないからである

このジャングルの原住民なのか?、その人たちまでYiFiのパスワードでもめていたのは驚きである
なぜならパスワード自体が十個くらい使っていてそれが管理できなくなっている
そして一番苦労しているのがYIFIのパスワードである、これがうまくいかず通信できないことがあるからだ
ルーターのパスワードがそうである、それで未だにYIFIの設定ができずにいたのである
何かこういうのは簡単なようでできない人もいるのである
そしてこういう通信機器の使い方を教えてくれる人がいない、電器店も教えないのであるだから設定することとかで必ずつまづくのである
ただワープロの通信付きのを私は20年前以上から使っていた
そのワープロからパソコンを使うようになったのである、そうして早い時期からスマホでも使っていて慣れていれば良かったとなる

とにかくジャングルの原住民でもYIFI使っているのが現代である
意外とロシア軍が通信で遅れていて不利になっていた
通信というのは連絡するために不可欠でありそれも高度なものになっているから
ロシアはそういう面でも遅れていたのである

何かauで通信会社をプロバイダーとか変更するのはめんどうである
本当はしたくなかった、料金にしてもたいした差がないからである
でも変える時期があり自分でするほかないとも思った
つまり現代は通信環境を整えて置くことが必須であるからだ
何しろ原住民でもYIFIを使っていて勝手にパスワード変えたとして殺人までなったいうのも何か現代を象徴した事件である
パスワードがインタ−ネットの通信だと鍵になりこれを忘れたりするとめんどうになる
そのパスワードが鍵となると十個くらいパスワードの鍵をもっているとなってめんどうになるのだ

今日は半日AUの店にいて疲れた、明日はまた手続きに行かねばならない
桜はほとんど一気に満開になった、今日は暑いくらいだったからだ
今は地震で家の中が散らかっているのでも直していない、仕事が増えたのである
私はずっといろいろ整理に追われているのである
この事件で私もYIFIで苦労したので共感したのである