2021年10月15日

行き場のない老人 (人生百年時代に備えられていない)


行き場のない老人

(人生百年時代に備えられていない)

ただ、定年退職者を取材した時に、私の問いに正面から答えてくれた人たちのなかには、「毎日やることがなくて困っている」、「一番自由な今が一番しんどい」、「家で居場所がない」、「暇になったのに焦る」、「嫌な上司もいないよりはマシ」などと語られることがある。なかには「このままの毎日が続くと思うと、自分の人生は何だったのかと思うときがある」とまで発言した人もいたのである。

これも老後が長くなる高齢化社会の問題である、江戸時代とか戦前とかふりかえればこういう問題はあまりなかったろう、なぜならもうこうなる前に寿命が短いから死んでいた
長生きした老人はいろいろな生きじびきとかなり教えることがあり敬われたとなる
長老となり村でも指導する立場になって役割があった
そして社会自体が今のようにめまぐるしく技術でも進歩しない社会だった
今になると技術の進歩が激しいからかえってパソコンでもスマホでも使えないとなると
時代についていけず取り残される、情報でもテレビとか新聞だけでは通用しなくなっているからだ

そして今は地域とか関係ないのである、田舎でも関係なくなっている
それがわかるのは近くでも何して働いて食べているのかわからないのである
この家の人は何して働いているのかわからない、この辺では原発事故で移り住んだ人が多いので余計にわからないのである
戦後十年だと会社員というのはわずかだったろう、小さな店とか自営業が多かった
だからたいがい近所で何をしているか仕事がわかっていた
竹で篭を作っていたとか精米屋とか漆塗りしていたとか石屋とか大工とか職人でも自営業であり会社員というのはなかった
あとはほとんど農民とか漁師とかキコリとかであった
今は会社員だとするとき個々人とか家業でないからわかりにくいのである

ともかく何か社会でも身近で理解できるものとしてあった
すると親の仕事をみて習い跡を継ぐ人も多かった、職人ですら十代以上つづいていた家もある、技術とか変わらないからそうして続けられていたのである
農業だってこれは変わりにくいものであり家の跡を継ぐことになる
そういう社会は変化がないが老人にとってはいい社会だったかもしれない
隠居するとかで自分の趣味に打ち込むとか若い人に教えることがあり尊敬されていたとなる
技術が変化しないから陶芸などの仕事など子供に教えることができるからだ

今は会社員になったとき会社を退職するとでは何を教えるのか?

例えば自転車屋だったら自転車のことを教えられる、でもそういう仕事はなくなりすべてが会社員になったとき何を教えるのかとなる、退職したとたんに何も用ない人になるのだこれは実際怖いことである、人間は仕事を見て人間をみる
極わずかの人は芸術家などはアウトサイダーになる、そうなるのは社会というのはみんな仕事をもって生活しているからである、芸術家は仕事になりにくいからである
だから今度は仕事をしないニートとか老人は社会で無用のものとされこくつぶしとなる
肩身の狭い思いで暮らすほかない、何か昼間ぶらぶらしていると警官が職務質問したりする、また勝手にボランティアなどすると怪しまれてまた警官が職務質問に来る
ボランティアは意外と簡単にやれないしめんどうなものなのである
そこにボランティアの無責任とかもともと仕事は会社でするものになったとき会社とは会社員が共同でするものであり勝手に会社員でないものが働くことはできない
そういう人は会社にとって邪魔なのである

こうして老人の行き場がなくなる、そしてどこが行き場なのか?
それが医者とか病院なのである
そうして現実に病院通いとか医者通いしている老人が多いのである
それで病院では老人が集まり病気の話をしたりサロンのようになっているというのも現実である
だからつくづくそうして使われる金も膨大になっているのだ
それが保険から出ていて財政を圧迫もしているのである
とにかく老人で盛り上がるのは病気の話なのである
何かその人はたいして病気でもないのに医者に通っているのかともいらない薬も飲んでいるのかとも見てしまうのである
ただそこで老人はいたわられ病気であることによって存在が認められているともなるのだ社会では一切認められない存在でも病気となり医者に認められ病気ではまともに相手をしてくれるとなる、他はどこでもまともに相手にしてくれないとなる
また住宅で底辺層が生活しているがネコ十匹飼っていたり光る金属片を部屋の前にぶらさげてそれが光るので眼が悪くするとノイローゼになっている人もいる
こういう用のない老人は全国で膨大になっていることは確かである
ただ迷惑人間になっているだけなのである、邪魔な老人になっているだけなのである

でも何かしようとすると

老人は何もするな、邪魔だ

こうなっているのである、こういう社会なのである、だから人生百年はただ苦痛であり
地獄だとなる人も多くなる、社会のシステム上でそうなっていることも多いのである
ただ人手不足でシニアも働く社会にはなっている、働かざるをえない社会にはなっているだから70でも働く人は多いとなる、それなら社会に認められたとなるからいいとなる
ただ社会から受け入れられない老人も多い、

ゲートボールの方は面白そうなんですけど、これは退屈で要するに単なる老人界の社交場なんでしょう。若い時に非リア充だった人には辛そうです

あと平均年齢が非常に高いです。70歳以下は居ないんじゃないかな?考えてみたら今の60歳代は普通に働いている人が多いです

こんなふうに遊んでいる老人は眼につく、でもそれは社会に何か貢献するものではないのである、何か家で邪魔になるからそこに行っているとも聞くからである

そもそも人生百年に備えることなど誰もできない、退職してから30年でもあるとしたら相当に長いからである、だから死後が無ければ暇をもてあますとなる
そして社会貢献としてボランティアすることは本当にハードルが高く犯罪者にもされる
そういう人がいて実際に問題になって事件にもなっているからだ
今野社会はみんなでチームを組んでしているのであり勝手にボランティアなどできないのである、するとどこにも自分の場がないとなるのである

人生百年に備えるのにはライフワークを持つことである、生涯エネルギーをそそぎこむものを持つことである、それが収入にならなくてもそうである
私は一切収入をう得たこともないのに芸術とかを追求してきたからである
それで最近みんなアーティスになれということも時代が変わったなと思う
そんなこと団塊の世代とか猛烈企業戦士の時代にはありえなかったからである
本当は昔の仕事は農民でも職人でも一生の仕事でありそこで技を磨いていたのである
スキルを磨いていたのである
意外とこのスキルを磨くことが大事なのである

それがわかったのは全く絵の才能もない自分がパソコンのソフトで抽象画を大量に作ったことである、これは技術があればできる、artは技術なのである
つまりコンピュターが生まれて新たな技術が生まれてできたものなのである
そのスキルを身につけると大量の抽象画ができることがわかった
その素材はインタ−ネット上に無限にあるからそれをソフトで変化させればできるのである、全く絵の才能がなくてもできるのである

とにかく人生百年の問題は今まで経験していないことだからいろいろな問題が生まれる
ただ会社員になっていると会社を退職したた同時に無用化される
それははっきり見えている、その後は用なしのごくつぶしにされるから問題なのである
それは苦痛であり何をすればいいのかとだらだら暇つぶしに過ごすことになる
でも芸術家なら自分の作品の完成に産後まで励むからいいとはなる
ただみんなが芸術家となるわけにいかない、ただ人生百年時代の備えは早めにしていた方がいいとなる、金の問題でも暇の問題でもやはり何か打ち込むものが人間には必要なのである、会社を退職したときその仲間でも生きがいでも失う、でもなかなかその前に備えるのがむずかしいのである人生百年時代を実りあるものにするのは大きな課題になっている
仕事を持っている人は金も必要だか人生百年では勝ち組
仕事の持たない人はごくつぶし、誰も価値あると認めない
金があってもただ食べるだけのごくつぶし

この辺では原発事故で補償金暮らしになった人が多い、その人たちはパチンコとかギャンブルするしかやることがなくなった、それでひんしゅくをかった
でも仕事をしている人がいてそういう人は必要であり価値あるものと認められる
だから金も必要にしても仕事も大事になる
仕事をしていれば他の人も価値ある者と認めるからである
金があっても仕事をしていなければ認めないとなるからだ

人生百年となると教育でも変えねばならない、知的能力の進歩とか何か人間が今までの様な肉体労働だけではない知的な方面での進歩をうながしている、別に特別な人だけではないあらゆる人にうながしている
だからみんアーティストになれというときそうなのである
他にも素人学者になれはかもある、そういう過渡期に起きたことでもある
そこでこれは教育から子供の時の教育から見直す必要がある
自分が好きなのもを早めに見出して一生続けることが大事になる
そこで暗記教育とか受験教育はかすべて実用に結びつくのではない遊びの要素を多く取り入れたものを追求することである、もう読み書きソロバンの時代は終わっている
創造的教育が必要な時代なのである


秋の日新地から松川浦に行く(俳句と短歌)


秋の日新地から松川浦に行く(俳句と短歌)

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松川浦

街道の松並木行く実りかな

白波にイソヒヨドリや秋の海

島見えて沖行く船や秋の海

船帰る漁はいかにや秋鴎

松二本津波に残り秋の暮

新地なる高台に望む秋の海

秋の灯や一軒知りぬ農家かな

松一本残りてあわれ月光る

虫の鳴く夜道を行くや知りし道


松川浦秋の夕日の水面にそ光りつまぶし月のいずかな

杉林径の暗しも黒々と森に家々秋の日に行く

秋日さし土蔵の蔵の古りにけりここに住みに歳月思ふ

夕べなお餌を漁るや鷺のいて松川浦の秋の日暮れぬ

ここになお残れる松の二本かな津波の被害語る女あり


新地まで自転車で行った、最初イソヒヨドリを見つけた、それを写真にとった
でもこれは一眼レフで撮ったものではない、記録のカードを入れていなかったので
失敗した
20倍のデジタルカメラで撮ったせのは残っていた
これはかなり遠くまで撮れるものだった

金華山とか牡鹿半島がぼんやり見えたがはっきりは見えなかった
写真では漁船がまじかに見えるように映っていた

新地は森は結構多い、杉林の中に道があったり森の中に家々がある
また高台の住宅地から海が見える
新地だったらまた行けばいい、新地まではなんとか行ける
相馬藩内だと自転車で日帰りできる範囲である、後は丸森までは行ける
葛尾村も相馬藩なのだがここだと遠くなり日帰りがむずかしくなる
ここは三春の方が近くなるのである

帰りは松川浦の方にまわった、夕方になりすぐ暗くなり月がでていた
鷺がみかけたけど鷺は夏の季語である、ただ松川浦には浅瀬がありいつも餌を漁っている鷺を見かけるのである

原釜の津浪伝承館の前に二本の松がありこれは津波でも残ったものである
この松は古い、曲がっていていい松である
そこで磯部の津浪の被害にあった人と話した、その女は家族は亡くしていなかった
でも磯部は一番悲惨だった、村ごと消失したからである
その松が残っていたのは松川浦が入江になっていて地形が複雑だからである
磯部は海岸に接してあり前に何もない、津波は地形に影響されたのである

今回はそれほど疲れなかった、秋は涼しいからいいのである、暑いともう自転車では遠くに行けない、またあまり寒くなっても行けない
今頃が一番いいとなる、だからまだ気候が良ければまだ行けるなとも見ているのである

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原釜の二本の松が写っている津浪伝承館の写真
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