2021年10月24日

介護する人がいない、回りで死ぬ人が増えて来る (8050問題ー78歳は鬼門の歳


介護する人がいない、回りで死ぬ人が増えて来る

(8050問題ー78歳は鬼門の歳

昨日あった老人は知っている人だった、家の畳を作った人である、でも夫は78歳で死んだ、10年くらい介護していた、その女性を見たら身体がまともではない、体がぎこちなく姿勢が悪い、何かやっと歩いている感じにもなる、腰もちょっと曲がっている
老人を見る場合姿勢をみることである
歩く姿など見ているとこの人は相当にふけてきた弱って来たとみる
もう一人は最近腰が悪いとか足を悪くして不自由になっている
71才だけど普通よ老けて見える、足が悪くしてまともに立てないからつかまって立っている、それはワクチンの後遺症もあった、でも前から腰とかが悪かったのである

家の畳を作った夫の妻は近くの医院で働いていた、その医者のことではこのまわりでいつも話題になっていた、でも死んでから何も言う人がいないのが不思議だった
その女性は7年間手伝いで働いていた、でもその医者が死んでから話題にすることがないので忘れていた、そしたらその息子が死んだという
それを聞いた時その人は東京でやはり医者をしていた、でも父親が死んで医院を受け継ぐということで一時もどったがまもなくまた東京にもどった
母親を看るためだとして戻った、でも母親は施設にあづけられた、その人も死んだ
でもその息子はまだ若いと思っていた、ただここでの生活はしていなかった
だからなじみがないしわからなかった
でもその息子が死んだと聞いた、これも驚いた
歳はやはり78歳くらいである

78歳は鬼門の歳だ

なぜならその隣の人も最近78歳で死んだからだ、その畳屋も死んだのが78才だった
そして隣の女性も突然78歳で死んだ
いかにこの年は危ない歳かわかる、そして78歳にるなと急に弱ってくるという、ここが鬼門の歳であり限界の歳だと示している
そしてその残された女性は婿様と一緒が実の息子ではないのでなんとかと言っていた
おそらく実の娘は死んだのかもしれない、その辺はわからない
でもその女性でも何か見ていると介護状態になるのではないかともみる
どうしても姿勢とか歩く姿を見るとそれで弱ったなと感じるからでる
でも介護する人がいないともなる、娘がいても東京とかに離れている人も多いのである

とにかく高齢化社会とはこうして弱ってくる人が多い、そして介護となるとその人もそうだが息子でも一人で暮らしているとかありいないのも多いのである
8050問題は相当に深刻になる、80歳の親を50歳の息子娘が介護することになる
でも介護するにもその余裕がある人は少ないのである、人手も金もない人が多いから深刻になる

とにかく回りで死んでゆく人が多いとつくづく思う、話題になるのはそうして死ぬ人なのである、例えば知らない人でも俳優でも時代劇を見ていると死んでいたのである
役人の俳優は藤田まことでありその人が死んでいたのである、十年前に死んでいたのである、これもわからないから生きているとして見ていた
三〇年とか四〇年前のドラマだからその俳優でも死んでいる人が結構いるということである、ただドラマは面白いと思って見ている

本当に死が身近になり田舎だと誰々が死んだとかが話題になる
それがあいさつにすらなる、そして悔やみにいちいち行くときりがないとなる
ともかくこれから膨大な死者が出る、都会だと焼き場でも焼ききれないとかも言う
それだけの人が死ぬということである
その前に介護がありそれが下の世代の負担になる、なにしろ数が多いからその負担で国もつぶれるとかまでなる、それほど深刻なのである
回りをみても老人と病人ばかりだとなってしまうからでありそうなる傾向はさらに強くなるからだ、田舎でも都会でも老いてゆく、そのことで日本は衰退して悪化してゆくのである

雲雀が原で秋競馬 (今日は菊花賞であり相馬野馬追いがあるから馬に興味を持つ)


雲雀が原で秋競馬

(今日は菊花賞であり相馬野馬追いがあるから馬に興味を持つ)

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街道や松影なして秋の雲

駆けぬけ風さわやかに秋競馬

秋競馬鼻息荒く走り去る


雲雀が原で人が集まっていたから何か思ったら秋競馬だという
それは雲雀が原の中に入って見れるというから見た
野馬追いの時は中には許可かないと見れない、写真を撮る人は事前に許可をもらって入るその周辺では誰でも写真がとれる、写真をとるために野馬追いを遠くから見に来る人はいる

この競馬は旗はないからものたりないとなる、また5頭しか出ていなかった
でも相当に早かった、旗がないから早く走ったとなる
すぐ側を走ったから鼻息が聞こえた、そしてその速さが怖かった
迫力を感じるにはこうして実際に見ないとわからない

時速60キロのスピードを出すことができて、最高時速は77キロまで到達する、といわれています。

人間の最高時速が37キロですから、馬がどれほど速いのか、ということをご理解いただけると思います。

車が70キロとか60キロの速さで走り去るとしたら本当に馬でも怖い
そういうとき落馬したら死んで不思議ではない、その衝撃は大きい

階級社会から見れば士農工商の商、何の労働もしないで富をえるいちばん悪い儲け方だったので、当然ながら役人は馬の使用を許可しなかったのです。

これが、実際に馬を利用しなかった(できなかった)一番大きな理由です。

もっとも、日本も馬の去勢を取り入れていたら扱いやすい馬が増え、江戸時代には普通に馬や馬車を利用していたかもしれません。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/7062952.html

野馬追いとかなると日本人は馬を駆使していたとみる、実際は違っていた
もともと魏志倭人伝にも馬、牛、羊なしと記されていてそのために日本をほど馬を使わない民族はいなかったのである、何かこれも歴史の錯覚である
華々しく合戦では馬が活躍するから馬を日本人は使いこなしていたようにみる
そしてこの辺では相馬野馬追があるから馬を使っていたのが日本だったように見える

そうなると相馬野馬追いのように馬を使うのはむしろ少ないから目立っていたともなる
なぜ相馬藩が伊達という大きな藩と対抗できたのか?
その謎は馬を使いこなしたからだとなる、藩は小さくても馬を使えば武器になりそれで強かったので対抗できたとなる
そもそも相馬野馬追いであれだけの馬が出ることが不思議だからである

何か歴史には常に誤解がある、日本で馬を使わなかったのは去勢することをしないとか
あとは家族で家の中に馬小屋があり家族のように扱ったとかで馬との付き合い方が違っていた、何かするとこれも日本の文化があり馬の扱い方も違っていたとなる
人間まで去勢した宦官がいるのが大陸だからである、これはイスラムまで大陸で広がっている文化なのである、だから人間を売り買いしたり奴隷にするのは大陸文化である
現実にヨ−ロッパ人がイスラム圏に支配されて女性でも奴隷として売られていたのであるこれも今になると信じられないとなる、奴隷にする文化が大陸では前からあったのであるそれはもともと遊牧民文化であり家畜文化があったからなのである
だから日本の歴史とかはその大陸から孤立しているから特殊なのである

今日は菊花賞だった、この競馬でも実際に馬場の中に入り近くで見たらその迫力がすごいだろう、テレビではそうした迫力が実際はわからない、本当の馬を知るなら大陸の草原で自由に走る馬を見ることである
私は中国の内モンゴルで馬にのった、その馬が小さいから全然乗馬の経験もないのに乗れたのである、そもそもあんな小型の馬で良くモンゴル帝国が作られ世界の半分を制覇したと思う、それも意外だったのである
歴史には実際いろいろ意外なことがあり誤解しているのである
まずモンゴル平原とか草原とかを理解できないからである
モンゴルで羊を飼うために一年で住んでいたという人と帰りの船であった

その人は冬は寒くて一回りやせたという、それだけ冬が厳しいのである
そのために床の下に馬糞などを燃やして温める、オンドルと似たようなものを使っていたとかなる、そのオンドルは韓国でも使っている、それはあたたかいである
そのオンドルも日本に伝わったのだが広がっていない、近江でそのオンドルの跡が発見されたからである、日本では気候風土の相違で大陸から伝わっても渡来人が伝えてもそれがみんな定着したとはならないのである

この競馬を見て昔の浜街道の道を行くといい松がある、あの松は前らか注目していた
その松か影なして秋の雲が浮かんでいた
あそこの真っすぐな道は原町の宿場町だったのである、その絵も残っている
原町は大きな宿場町であり駅前通りは鉄道が通るようになってできた街なのである

それで江戸時代以後に明治になって戦後も雲雀が原の近くで開墾した人々がいたのであるそんなところで開墾したというのも今になるとわからなくなるが畑にする土地がなくてそうなった、特に戦後は大量の戦争の引揚者がきてその人たちは職がないからどんな不便な土地にでも入って開墾したのである
だから鹿島区の街のすぐ近くの小池にも開墾した場所があった、そんな近くでもそうなのかと驚く、それだけ仕事がないから食べるためにそうなったのである
雲雀が原でもその近くで畑にしたのもはそのためである

この辺では相馬野馬追いがあるから馬に興味を持つ、野馬追いのために馬を飼っている人がいるからだ、侍の子孫がいるからである、それでその馬で競馬で賞をとった馬が飼われていた、その馬を見るために見に来た人がいたのである
競馬で使いなくなった馬は馬肉とされるとかありかわいそうだとして飼っているとか放送があった、賞をとったような馬はそういうことがある
でも今日菊花賞で7千頭から選ばれた馬だと放送していたがそういう大舞台に出れるのはそれだけえりすぐれた馬だった、そこに出るだけで特別の馬だったのである

posted by 老鶯 at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2021年10月25日

農業でも漁業でも衰退して原発が作られた (親は農業でも漁業でも苦労が多いから継がせたくなかった)


農業でも漁業でも衰退して原発が作られた

(親は農業でも漁業でも苦労が多いから継がせたくなかった)

NHKの伊勢海老をとる漁師の放送をしていた、なぜ漁師になったかというと前は別な仕事をしていたのである、ところが交通事故で複雑骨折とかして仕事ができなくなった
それで親が漁師をしていたのでなった、そしたらまた仕事中に目を汚して片目が見えなくなった
何か不運のようでまず交通事故になる人は多い、そこで怪我してそれが尾をひく
一番ケガしやすいのが交通事故なのである、また結構何か仕事で事故になる
その人も結構厳しい人生となったのである

でも親が漁のことをいろいろ教えた、それでやっていけた、すると親子のつながりは強くなる、でも漁師には親はしたちないというとき仕事の辛さと危険を体で知っているから
子供にはやらせたくないとなる、そうして漁師でも継ぐ人は減ったとなる
何か親は自分の仕事を継がせたくないという時、仕事の辛さとか危険を体験しているからそうなる
農業でもやるなとして親に殴られたという話を聞いた、その人は建築現場や原発で働くようになったのである
これも農業は苦労が多く金にもならないとしてそうなったのである

ただそういうことがこの辺では原発事故で大きな問題になった
船主とか漁業組合は漁業権をもっているからそれで事故前も補償金をもらい原発御殿が建っていたとか批判されるようになった
鹿島と原町区にある火力発電所でもそうである
そこの漁師では二回も補償金をもらっていたのである、そのために高価な着物が売れたとかまた航空運賃が馬鹿高い時にヨ−ロッパ旅行していたのである
その頃航空運賃が50万くらいしていたからである

海外旅行の費用は50万円程度、現在[いつ?]の換算で300万円前後か)で、一部の富裕層に限られており、庶民には夢であった

こういうことがすでにこんな田舎でできていたことに驚いた、それだけ二回も補償金が火力発電所建設と原発で船主とか漁業組合に入っていたのである
ということはさほど魚がとれなくても十分に豊かに暮らせる金をもらっていたとなる
おそらく魚をとるだけではやはり農業と同じように金にはならなかったから漁師でも跡を継がないとかつづかないとなっていたろう
実際に松川浦の漁師は魚がとれなくて売れなくて困るとかネットで報告していたからである、でも今振り返るとそういうことはなかったのである
つまり魚がとれなくても補償金で十分に暮らせていたのである

いづれにしろ農業とか漁業とか林業は衰退産業でありそれも苦労が多いし危険だから後継者もいないとなる、ただ全部ではなく一部ではもうけている人達もいる
全般的には後継者がいないとか衰退産業であった
でももともとは農業でも漁業でも林業でも主産業だったのである、農業だと養蚕農家が多く生糸が輸出産業となっていたのである
だから別にそういう時代は漁師でも生活していたし後継者もいたのである
辛いとか危険でもそうして生活するほかないからである

ただ時代が変わってそうなったのである、とにかくそうしたことで原発が金になるからいいとなって積極的に誘致された、原発は金のなる木だった
その労働にしても放射線被害があるから何分か中に入って働き休むとか何か重労働でもないみたいだった、それより普通の三倍もの金になっていたのである
そのために飯館村の人も働いていたのである、それだけの金になる場所だったのである
それでこの辺では金持ちになった人が結構いたとなる

それが事故で裏目になった、そこには危険が隠されていたが金のために無視されたのである、何しろ今の時代金になるとなると目の色を変える、まずは金だとなるからどうにもならない、みんながそうなっている時反対することは不可能になる
安全神話でも地元の人が信じたとなるのは金のためだったとなる
それが一挙に事故で崩壊したのである

だから本当にそうして親が子供に苦労させたくないという親心が仇になったともなる
今になると日本が貧乏になり何か金になることもないというとき盛んに農業が有望だとしているのも不思議なのである、農業でも実際は小規模農業ではなく専業農家が野菜でも大量に作り市場に出している、キャベツ農家とかいて外国人を安く雇い一千万とか稼いでいる富裕農家がいる、それを見れば別に農業ですべて稼げないということではない
ただ農業でもその形態が変わったのである、農産物の八割はそうした専業農家で作り市場に出しているのである
農業でも漁業でも林業でも全部がだめになっていない、一部でも成功して金になっているのは依然としてある

確かに親が子供には苦労させたくないということがり親心があった、それが悪いとはならない、でもまたそういうふうに自分のしてきた仕事を全否定するようなことを言うのはおかしいともみる、何かしらその仕事に誇りがありいくら苦労したとしてもその仕事まで人生まで否定するというのがわからないのである
それも結局すべて金にならないということに尽きる、そのことが原発を積極的に誘致した大きな原因ともなっている、また双葉とか大熊辺りは仕事がなく出稼ぎしていたから地元で働きたいということでもそうなった

ともかく原発のことを良くわからないままに目の前に金になるということで金をつきつけられて地元の人が危険を無視したとなる
そして30キロ離れていると関係ないと思っていたのも盲点だったのである
つまり事故になることなどほとんど考えていないからそうなった
でもチェルノブエリでは人が住めなくなった、あれを見ていれば危険だと推測するがそれもしなかった、何か日本人は優秀だとか技術的に優れているとかで慢心していたのであるまた津波でもスマトラ津波があったときも日本では津波に警戒しているからあんなにふうにはならないと見ていたのである

日本人はこうして慢心していたのである、太平洋戦争でもそうである、アメリカがどういう国かも知らない、それて甘くみて慢心して3百万人も死んだのである
やはり人間が慢心する奢ることがいかに危険かわかる
高度成長時代がありその時、ジャパンアズナンバーワンとか奢りがあった
日本は別に優秀でもなかった、今になると韓国や中国でも同じように電器製品を作っていて日本だけが作れるものでもなかったのである

ただ確かなことは第一次産業だけでは豊かになれなかった、工業化しないと豊かになれない、それは中国をみればわかる、たちまち工業化IT化して豊かになったからである
イスラム圏では工業化しないから豊かになれないのである
でも工業化は必要でも原発となるとそれが危険であることを隠していたのである
別に原発がなくてもそれなりに暮らしていける、第一江戸時代から戦前でも電気もまともにもないのに暮してきたからである、そこでは金持ちもいたのである
養蚕農家があり農家でも暮らしていけたのである
原発がなくても高度成長時代はあった、電気は作れていたのである

原発の危険は「安全神話」で隠された、安全だ安全だ念仏のように唱えていたである
その裏返しは技術者はその危険を知っていた、でも安全神話は権力で隠されていたのである、原発はブラックボックスとなって一般の人には地元に知らされないからである
それが事故になり白日の下にさらされたのである
その巨悪が暴かれてさらされたのである、だからこれだけの国家的巨悪はとても暴くことが不可能であり津波が暴いたともなる
そしてその責任をとった人は政府でも東電でも依然として一人もいないのである
ただ地元の人は故郷に住めなくなるという責任をとらされたのである
必ず責任は人間とらされる、カルマとなる
それから逃れることはできないのである、原発はそうした重い責任があるものだったが
それが権力で見逃されたのである


posted by 老鶯 at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2021年10月26日

日本の貧困化の深刻 (政治には期待できないー選択する政党もない)


日本の貧困化の深刻

(政治には期待できないー選択する政党もない)

今回の選挙の争点は何かと言えば日本の貧困化の深刻化である
第一給料が賃金が30年も上がっていないということが異常である
物価が上がらなくて一応なんとかやっていけたがぎりぎりである
本当に日本は貧困化して余裕がなくなった、貯金している人も本当に少ない
そして貯金しても利子がつかない、逆に通帳を作るたげで金がとられる
だから地銀でも銀行の価値は下落したし銀行員はエリートだったけど投資信託とか株を売る証券会社が指導するものと変わった

そして今度は円安で物価があがる、でも円安になってもそのメリットがないという
なぜなら日本で売るものがないからである、電気製品は韓国製と中国製になったからである、現実に大手メーカーの地位は落ちて買収されるとか世界で活躍する大企業がないのである
日本は賃金が上がらない、物価が安い国だから外国から観光客が押し寄せてきたのである何も売るものがなくなり観光で外貨を稼ぐほかないとなったからである



【悲報】日本さん、…貧困化で「車の運転免許が取れない」人が激増。日本さん「車買えない」「自動車免許取れない」… (1002)

高校生の親というと40代がメインだと思いますが、子供の制服代を出せないところまで貧困化が進みましたか… (17)

日本、ガチで貧困化 体重が低下していく子供が急増 成長期である子供の体重低下は異例 (349)

そりゃここ10年で子供食堂だとかフードバンクだとかが社会に定着するレベルになってんだぞ


まともに食えない時代になっている、子供だけではない大人でも老人でもそうなっている人がいる、10円20円を節約している人がいる、果物は買えない、まともに栄養がとれない、生活保護でも医療費などは無料にしても後はもらえない人もいる
国民年金は4万から6万とか少ないのでやっていけない、その人は実際はもう生活ができない、援助してくれる親族もいない、ただ息子がいたとしても援助できない
生活保護があるからいいとしているがこれから生活保護すら7万だとかもう生活できない
そういう社会で何が起きるのか?

有名な投資家が日本はアメリカと同じような犯罪国家になる、巷に食えない人々があふれる,ホームレスも増える、食料不足になり奪い合いにするらなる
円安で外国から入る食料が買えなくなるからだ、ただ北朝鮮のようにはならないだろう
米が余っているから米くらいは食べられるとなる、でもオカズを食べることは苦しくなるそうなると江戸時代に逆戻りだとなる

自民党は富の分配を言っているが全体が成長しないと分配でも福祉でも回らない
でもぎりぎりになると持っている人が持たざる人に分配しないと暴動が起きるとなる
金持が襲われるのである、日本は今そういう状況にある
今度の選挙の争点は何なのかはやはりこの日本の貧困化をどうするのかということになるこれは簡単に政治では解決しない、円安でも日本で売るものがないから前のように効果がない、唯一自動車産業があってもEV化に追いついていない、何かあらゆる面で日本はおちぶれてゆくことの恐怖である

これは自公政権でも野党でも簡単に解決できない、選挙目当てで給付金を出すとかいいことを言っても根本的な解決にはならない、一場のしのぎにしかならない
自民党政策の失敗は一部の特権者のために五輪を強行したことである
インパウンドもコロナウィルスで駄目になったのも痛かった、もしインパウンドで金が回ればそれほど言われなかった、だからなぜオリッピックを強行したのかわからない
そこで残ったのは競技場など使い物にならない施設であり維持するのにまた莫大な金がかかる、こうした無駄が菅政権の残したものだったのである

では野党で日本の貧困化を解消できるかとなるとできない、そんな即効力あるものがないからだ、日本の貧困化をなくすには長期的な視点が教育の充実とかが必要になるからだ
技術力を高めることでもそうである、ただ科学技術立国は中国に追い抜かれてなれない
そして日本に残るのは何なのか、後進国のように観光とか最悪なのはカジノの誘致とかでありこれには公明党もかかわっていたのである
ギャンブルを奨めているのだから信じられないとなる

創価公明党は御利益ならなんでもいい、そのために毎日祈っているのだから抵抗感がないただ婦人部ではギャンブルで夫に苦しめられているから反対する人が多い、でもそれも無視される
こうして日本に選択する政党がない、第3の政党もでてこない、政治全体が駄目なのである、こうして負の面だけが目立つものとなり何か有効な解決策もない
そして日本はどんどん落ちぶれてゆく、その先に何があるのか?
日本の荒廃と衰退であり少子高齢化で空家が800万軒とかになり地方自治体がくずれてゆくとか原発事故の避難区域のようにゴーストタウンになることの恐怖である
何かこの辺の状態が日本の未来なのかと見てしまうのである

こういう危機の時は民主主義はかえって効果を発しない、コロナウィルスでも後手後手に回ったからである、強力指導者の下に一致協力して建て直すことが望まれる
挙国一致内閣が必要になる、民主主義国家は危機に弱いことがわかったからである
でもそうなると戦前のようになファシズム体制にもなる
その舵取りがむずかしい、でも危機に対処するには君主制がいいとなる
ただそれも失敗すると戦前のように戦争とかに暴走するようになる
その歯止がなくなる、ただこの日本の貧困化はますます深刻になり日本の危機になる
これだけは確かなのである

少子高齢化も深刻である、回りには老人だけ増えてくる、近くの三人の女性は一人は腰が痛いとが立つのに苦しい、一人は猫背になっている、一人は恰好がやっと立っている感じである、75以下でそうなっている、そして8050問題は深刻である
そういう親が増えているからである、誰かが介護するようになる、その負担が大きいのである、日本はこうして三重苦になり明るい未来が見いだせないのである
だから政治にも期待できない、日本の貧困化は政治で解決しないからだ
こうして民主主義も機能しなくなり貧困化がさらに深刻になると暴動が起きてくるかもしれない、それほど追い詰められているともなる
要するに選挙でも変わらないとなるとそうなるかもしれない恐怖になる
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宝貝を貨幣とする国(童話) (貨幣は力の強い国が支配する道具)


宝貝を貨幣とする国(童話)

(貨幣は力の強い国が支配する道具)



バナナ国、パイン国、オレンジ国、ミリタ国という島がありました
四つの国からなる島の国でした
バナナ国にはバナナがとれ、パイン国にはパインがとれオレンジ国にはオレンジがとれました,ミリタ国には何もとれませんでした
ミリタ国では特別な槍を作り兵隊が住んでいました
この四つの島の人達はたがいにその島でとれたものを交換して暮らしていました
パイン国で
「バナナを食べたいな」
「バナナ国へパイン国へ運び交換しよう」
「それがいい、舟で運ぼう、みんな舟にパイン積め」
「よし、一杯積んでバナナと交換しよう、楽しみだな」
他の国でもこうして互いにとれたものを運び交換していました
オレンジが欲しい時はオレンジ国にバナナを運びとか互いにとれたものを交換していました
でもそれもめんどうなので一つの島にそれぞれの島でとれたものを持ちよりそこで交換するようにしました、そこが市場になったのですがそこでもいちいちパインを交換するためにバナナと交換することやまたオレンジに交換することがめんどうになりました


そこで考えたのが交換するための道具です、その道具があれば何でも交換できるものですそれを宝貝にしました、貝を貨幣のように使うのです、貝を金として一つ二つでいくらとして使用するのです
そうすればいちいちとれたものを持って行って交換する必要がないからです
それでこんなことを言う人もいました
「別に宝貝でなくても交換する道具なのだから石コロだっていいじゃない」
「そだな、石コロならいくらでもあるからな」
「でもいくらでも石コロはあるから集められる、それも困るな」
「宝貝はなかなか見つからないから貴重になる」
「それもそうだな、石コロのようにいくらでもあるとそんなもので交換されると困るよ
石コロで何でも交換できるとかありえないよ」
こういうことでやはり宝貝が交換の道具として選ばれました

ところでミリタ国には何にもとれませんでした
それで交換するものがありませんでした
ではどうしたかというと槍をもった兵隊が住んでいたから槍で脅してバナナでもパイナップルでもオレンジでも市場に行って脅して得ていたのです
それえ得るためにまず宝貝を集めたのです
「宝貝をよこせ」
「嫌だ」
「しゃ殺すぞ」
「それはかんべんしててください、宝貝はあげます」
こうしてミリタ国の兵隊はおどして宝貝を一杯集めたのです
それで何もとれないのに宝貝でバナナでもパイナップルでもオレンジでも交換できたのですその宝貝を集めた倉庫がミリタ国にあり兵隊が守っていました
その宝貝はミリタ国で管理していたのです
それを配るにも制限していたのです

ミリタ国は何もとれないのに楽だと見ますがでも敵が攻めてくることがありそれから槍の武器で守っていたのです
だから何もしないということはなかったのです
実際に敵がミリタ国に攻めてきました
敵は鉄砲ももっていて槍ではかないませんでした
そうしてミリタ国は鉄砲をもつ国に支配されました
一部の人は殺されました、他の人は逃げました
そうして鉄砲もった兵隊は宝貝をあることを知りその倉庫を管理するようになったのですミリタ国では槍の代わりに鉄砲の訓練を兵隊がしていたのです
「パインを食べたいな」
「明日市場に集まるから宝貝で買いに行こう」
「俺はバナナが食べたいな「
「それも宝貝で交換できるよ」
「明日市場に行くのが楽しみだな」
こうしてミリタ国で何もしなくても食べ物は得られたのです
ただ敵が攻めてくることがあり危険でした、殺されることもあり兵隊はいつも訓練していました

そこは危険なので他の国の人は住みたくなかったのです
ただ一部は力持ちとか強い人はそこに住みたいということがありましたが普通の人は住みたくありませんでした
ただ宝貝は貴重でありそんなに集まりません
宝貝でバナナを買いパイナップルを買うとミリタ国の宝貝の倉庫はやがて空っぽになります、なぜならミリタ国には売るものがないからです
もしまた別なものでもスイカとかでも何かとれるものがあれば売れるのですがそれがなければ宝貝だけ集めているとやがてなくなるのです
それでミリタ国では困っていたのです
でもミリタ国では敵から守ってやるのだからその宝貝を命令して取り戻したのです
それはミリタ国が命令してそうしたのです
「宝貝をミリタ国にはやりたくない、せっかくバナナを売って得たのにとかパイナップルを言って売って得たのに」
こう言って相手は鉄砲をもった兵隊だから逆らうことができなかったのです
そうして宝貝をミリタ国に一部もどしたのです
ただミリタ国には敵がいつ攻めてくるかわからないので危険でした、平和はなかったので、他の国では平和に暮らしたいからミリタ国に従っていたのです



貨幣の謎は深い、でも貨幣とは紙幣でもそれが権力と関係している
ミリタ国とは今ではアメリカになり世界を支配する、金融を支配しているのはアメリカ政府自体でなくてもロックフェラーとかロスチャイルドとか陰謀論になっても背後に巨大な権力を持っているアメリカがなかったら力をもてない
その力とは軍事力のことなのである
それでアメリカは常に豊かになれる、何も生産しなくても軍事力だけでも豊かになれる
でも覇権国が変わると中国とかになれば中国の貨幣が紙幣が使われることになる
つまり金融とは貨幣とは支配の道具なのである

だからローマでもオスマントルコでも地方長官とかが力を持つとその顔を刻んだ貨幣を出してその土地の支配者ともなる、それで中央政府から攻められるて殺されたともなる
貨幣や紙幣は確かに交換の道具であるがそれは中立でないし公平でもないのである
だからこそ貨幣や紙幣や金融は支配のための道具なのである
七つの海を支配したイギリスがボンドを基軸通貨としたのもそうである
エジプトを支配したからエジプトボンドがあり英語が通じる所ではイギリスに支配されたから通じるとなっている
今ではアメリカが世界を支配するからドルが世界基軸通貨になっている
現実に中国でもドルでしか石油が買えないから中国は金融の面でアメリカに支配されているのである、ただこの力関係が変わると通貨でも紙幣でも中国が支配することになる

だから通貨とか貨幣でも紙幣でもそれは単に交換する道具ではない、支配の道具となっている、そこで覇権国に富が集まるのである、日本の富をそうしてアメリカに吸い上げられる、中国が覇権国になれば中国に吸い上げられるのである
貨幣とか紙幣とかは公平なのものとして通用していない、明らかに力関係が作用して価値が決まる、公平なものとして使われないのである
グロ−バル経済もそうした力関係で価値が決まり正当な公平な価値で決まらないのである貨幣でも何がその時代で一番通用していたかを見ればその時代の覇権国の貨幣が通用している、それはその時代を支配した覇権国があってそうなったとなる

結局貨幣でも紙幣でも道具だとしてたとき人間の歴史は常に覇権国があって支配それぞれの時代時代の通貨があり貨幣がある、それは公平な経済のルールではない
必ず覇権国が得する仕組みであり軍事力が背後にあって通用していたとなる
だからグロ−バル経済は公平ではない、金融で世界を支配する仕組みだともなる
でも覇権国が変わるとまた別な国に支配されるとなる
必ず人間では従属関係が生まれる、国でもそうである、それが人間の歴史であり業(カルマ)なのである

posted by 老鶯 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2021年10月27日

秋の暮、柿、(古磯部ー磯部ー相馬の城跡を回る)


秋の暮、柿、(古磯部ー磯部ー相馬の城跡を回る)

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磯部の高台

暁に黄金の実り海明けぬ

鳩の飛び朝露光り実りかな

柿なりて海を望むや古磯部

柿なりて古碑の並ぶや古磯部

城跡をたずぬる人や秋の暮

松に菊主君に仕ゆ城下町

城跡の御堀に鵜のいて秋の暮

街道の松並木行く実りかな


磯部と古磯部とがある、すると古磯部が古いのである、古町とあればそれも古いのであるつまり新しい町が生まれて元あった町が古町となるのである
それは狭い範囲でなっている、磯部でも古磯部が古くなったのは新しい磯部が海岸の方にできたからだとなる
ただ古磯部とは
どの辺のなのか坂を上って越えた入江のようになっているところなのか?
磯部小学校がある高台なのかわからない、高台は新しく住宅地にもなっているからであるつまり古くて新しい場合かあるからまぎらわしいのである
土地でも歴史でも見る場合、その場所が古いのか新しいのかが問題になる
だから墓地を見て江戸時代の墓を見れば古いとなる、また古い碑があれば古いとなる
写真にとったのは高台でありこの碑は時代がわからないが江戸時代のものだろう
あそこには寺がありその寺は古い、となれば高台でも古いのかとなる

ともかく海岸沿いの磯部村は津波で消失した、でも古磯部は残ったのかとなる
坂を越えた入江のようになっている場所が古磯部なのか、あそこは入江のようになっていたとしたそこで魚などもとれたから生活ができたとかなる
その辺が良くわからない、ただ高台からはいつも海が望めるから眺めがいい、そこは津波の被害はなかったのである

相馬市の城跡をたずねる人がいた、相馬市は城下町である、城下町というときどういうことなのか、必ず殿様がいて主君がいたのである、そして侍でも町民でも主君に仕える感覚になっていたのである、それが江戸時代てある
江戸時代とは今の社会とは大きく違っているから理解できないのである
おそらく人と人の結びつきが強い社会である
主君がいて侍は仕える、人と人が強く結ばれていた社会である、そういう社会を理解できなくなったのである、現代ほど人と人が結びつかない時代はないからだ
ただ商品を売り買いして人はただ商品を売買するだけの存在とかなるからだ

城跡の御堀には鵜がいた、鵜がいることは海が近いということである
時々鴎も飛んでくるから海が近いのである
今日は帰りに東風が吹いた、最近はすでに北風が吹いた、だから季節の変わり目になる
冬になれば北風しか吹かないからだ
まだ東風が吹くということは今日は比較的あたたかったからだ
風によって季節を感じる、それは自転車だから感じるのである、車だと風を感じないから風流もないのである

海から太陽が昇り暁になり黄金の実りがあり露が光る、これが海に面したこの辺の景色である、でも山国になれば山から太陽が昇り山に沈むから相当に感覚的には違ってくるのである

温泉街が廃墟化した驚き (会津の東山温泉、福島の飯坂温泉もひどい‐旅の思い出)


温泉街が廃墟化した驚き

(会津の東山温泉、福島の飯坂温泉もひどい-旅の思い出)

鬼怒川温泉の黄金時代は、バブル崩壊とともに終わりを告げます。景気は冷えこみ、日光鬼怒川温泉へ社員旅行をする企業が減り、個々人も、余暇に鬼怒川温泉へ観光しようというゆとりが減ってきました。

観光の世界において、常識的に語られることはいくつかあるが、その一つに「旅館が大型化し、宿泊客を囲い込んだために、街にあった店舗が潰れ、街の魅力がなくなった」というものがある。

(旅行会社が送客する)団体客への依存が高く、増えてきた個人客への対応力が弱い
個人客は、いろいろな施設が揃った大型旅館の中で過ごすより、それぞれの地域での街歩きを楽しむ傾向にある
温泉街には、かつては飲食店や物販店はもちろん、スマートボールや射的などがあったが、温泉旅館が、それらを内包してしまったために、皆、潰れてしまった
つまり、個人客対応できない温泉街にしてしまったのは、巨大化した温泉旅館に原因がある
さらに、その遠因は、団体客を受け入れしやすいように旅館の大型化を生み出した旅行会社にある。

会津の東山温泉と福島の飯坂温泉が廃墟の街となっているのをyoutubeで見て驚いた
これはいつこうなったのか?それが良くわからない、ただこれも日本の経済衰退から起きていた、ただ救いはインパウンドなどで外国人旅行者が特に中国人が団体で訪れていたことである、それでなんとか維持できていたこともあった
ただ全般的には温泉街は高度成長時代が終わりバブルがはじけて衰退した
高度成長時代は社員旅行とか団体旅行が盛んだったからである
この辺の呉服屋でも客をしきりに団体旅行に連れて行ったのである
この辺では火力発電所ができた港の村とかではもう航空運賃が50万とかなるときヨ−ロッパ旅行に行っていた人がいたので驚いた、その頃とても外国旅行に行けるとは思っていなかった,ヨ−ロッパ旅行となると夢のまた夢のような時代だったからだ

私自身が人生を旅に費やしたから旅館とかホテルでも興味がある
でも貧乏旅行者であり自転車旅行になってからまず高いホテルとか旅館には泊まらない
温泉旅館は高いので泊まったことがないし自転車では泊まりにくいのである
ただ一回だけ湯殿山ホテルに道に迷い泊まったのである
そこのお上が泊めてくれたから例外的だった、ホテルとなるとこうした自転車旅行者など泊めない、断られる、だからまず自分は旅館とかホテルはただ体を休めるだけで贅沢など求めない、温泉旅館は保養のためであり温泉街自体を楽しむ場所である
私は一夜の旅の宿を求める場所だから違っていた

『蚤虱馬が尿する枕もと』芭蕉

こういう所でも良かったとなる、ただ現代ではこうして旅人を受け入れる農家などないから野宿なのである、たいがい自転車旅行とか一人旅でも野宿である

隠田やテントに眠る夏の星

こんなふうになる、日本の特徴は意外な所に田があることである、それは税金逃れにもなる、山の陰などになっていてわからないからである、この辺の近くでも土地の人があそこか隠田だったよと教えてくれた人がいた、そこは平地なのだけど森の様な所があってかくれていたたそである、相馬市の松川浦の近くだから山の中ではないのに隠田があったから謎である

とにかく私の旅をふりかえると福島県なら隈なく行った、それで会津の東山温泉が廃墟化していることに驚いた、あんなふうに廃墟の街となっこのはこの辺が原発事故で避難して廃墟の街や村になったことと同じように見えた、なんか気味悪くなる
往時のにぎわいがぱったりとやんで廃墟マニアが訪れる場所となったのである
東山温泉というとき私は白河街道を通り芒の山道をぬけて東山温泉に出て来た
その時は廃墟の街のようには思えなかった
途中の福良の南湖の蔵の宿に泊まった、あそこはいい場所であり蔵の宿が良かったのである、でも私は温泉街とかには魅力を感じなかった、もともと宿賃が高いし泊まりにくかったからである
私はずっと貧乏旅行が長いから常に安い宿を探していたからだ
それで海外旅行でもパリの東駅で安宿を探していたのである
あそこにはかなり安宿がありでも満員だった

安宿に落葉を踏みて東駅

海外はむしろヨ−ロッパでも安いホテルが意外に多く個人旅行がしやすかったのである
日本はそういう安い旅館がホテルが少ないから旅はしにくいのである
かえって江戸時代の方が宿場町があり安宿が多いから長旅には向いていた
宿場町ではそうした旅人をもてなした、それは保養に車とかで来る人と違って長く歩いて汚れたりしているからまず足を洗うのである、それがもてなしなのである
もともとホテルはホステルであり病院に由来するからもてなしねぎらうものだった
それは歩く旅だからそうなったのである

現代に旅はないし旅人もいなくなった、電車でも車でもバイクにしろ早いから途中が飛ばされるし途中の宿に泊まるということもないからだ
自転車とバイクが似ているようで全然違う、バイクだと車並みに早いからである
自転車旅行は疲れるからだ、特に坂を上ると体力を消耗するのである

東山温泉もそうだが飯坂温泉もあんなに寂れて廃墟化していることに驚いた
福島市から飯坂線がありその線が何か情緒があった、途中の医王寺は芭蕉が寄ったことで有名である、そこから飯坂に行った、あそこをさらに上って行くとやはり旅館があり
その時桜が咲いていて丁度暮れる頃であり雨がしととふり旅館から湯の煙がたっていた

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雨しとと湯の煙たち夕桜

雨しと灯ともる旅館夕桜

こんな感じだった、その記憶は残っているが飯坂に泊まったのは覚えていない
旅の記憶はうすれてゆくと定かでなくなる、ただ自転車で行きそこで暮れたことは覚えている

『蚤虱馬が尿する枕もと』芭蕉

こういう宿でもふりかえると旅の醍醐味であり記憶に残る貴重な体験なのである
ふかふかのベッドとかホテルに泊まるだけの旅はかえってつまらないありきたりの体験になる、旅でも記憶に残る旅をしろと語ってきたときそうなる
電車であれ車であれ旅が楽過ぎるからかえって旅にならないのである
そもそもトラベルとは苦労することだから旅は外国でも難儀だったからである
それは歩く旅だったからである、歩く旅をしていないものは本当の旅がわからないとなる今は歩く旅はかえって余裕がないとできない、その疲れ方も半端ではないからだ
これだけ旅しても私は歩く旅はしていないから本当の旅がわからないともなる

いづれにしろ温泉街は旅の宿にはならない、高度成長時代のバブルとして廃墟化した
一時の夢の跡ととなってしまったのである
こういう盛衰は人間社会につきものである、ただ原発事故で町ごとが村ごとが廃墟化したことにも驚いたが温泉街の廃墟化にも驚いた
ただ原発事故とは違って温泉街という一部であり全体はまだ残っているのは違っている
原発事故は全体が廃墟化したからひどいとなる
温泉街が廃墟化しても回りの農家などはやはり生業があり残っている
この辺では農家自体が廃墟化したからショックだった

ただ本当に空家が全国で800万軒になるということはショックである、衰退してゆく日本を象徴しているのだ、本当に空家が多い、この辺で原発事故の避難区域は廃墟の町となり村となった、それは将来の日本を先取りした風景なのかとも見てしまう
ただ一挙に廃墟化したから凄まじい荒廃となった
ただ温泉街とかは何か全体ではなく温泉街として特化したものだからブームとかさると一挙に寂れてしまう、それがコロナウィルスでもそうなったのである

posted by 老鶯 at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅の記録

2021年10月29日

空間軸と時間軸の世界歴史 (グロ−バルな空間軸の歴史から時間軸へ還る歴史)


空間軸と時間軸の世界歴史

(グロ−バルな空間軸の歴史から時間軸へ還る歴史)

●地歴とは地は空間であり歴は時間のこと

人間は空間軸と時間軸で基本的に作られる、地は空間であり歴は時間であり二つの軸から世界を見るのである
日本人が理解できないのは空間軸の歴史である、日本の空間軸は海に囲まれた狭い島国に閉ざされているからである
日本自体が一つの宇宙ともなっている、完結した島国としてあった
外国との交流は海を隔たて取捨選択したのである
もし大陸のようであれば必ず異民族が攻めてくるから根こそぎ社会自体が変わってしまうそうして征服されれば階級社会となり奴隷民族にもされる
しきりに日本が平等社会だというとき大陸の様に異民族が否応なく攻めてきて支配される従属されることがないからである

広大な空間を移動して空間を拡大することがないからである
つまり日本の歴史の特徴は空間軸の歴史がないことである
日本は狭いから統一されたらその支配者でもそれほど変わらない、確かに権力争いがあり支配者は交代する、でも異民族によって支配者が変わるということはない
だからこそ天皇が継続されたのである、時間軸の歴史として天皇が継続された
日本の天皇が世界で一番古いいうとき日本は異民族に支配されたことがないからである
もし異民族が攻めてきてモンゴルが支配したら天皇制は維持できなかったともなる
なぜなら中国の歴史は常に異民族が攻めてきて王朝が変わったからである
そしてモンゴルなどの異民族の侵入を防ぐために万里の長城が作られたのである

世界史というとき大陸だと空間の拡大としての歴史がある、空間は無限であり平原であれ草原であれ砂漠であれその先に何があるのかということになりその先を知りたいと人間の本能としてなるからだ、どうしてもこうして大陸だと移動することが文化ともなる
中央アジアは遊牧民の世界であり絶えず移動する人達の世界である
家自体が羊とともに馬とともに移動する、そういう文化を人達を狭い空間で生きてきた日本人には理解できないのである

だから世界史となると大陸の広大な空間を知りたいとなりそこで移動することになる
移動するには徒歩より馬がいいとなり遊牧民は馬を操作する術にたけることになる
そうしてモンゴル帝国が生まれた、それは空間の拡大なのである
空間の拡大は必ず異民族との衝突があり戦争となる、空間を拡大することは戦争を通じて行われた、アレキサンダーでもそうである、これも空間の拡大に憑かれて英雄となったのである

必ず大陸では草原の平原の砂漠の果て未知でありその未知にひかれて進んで行く
そのかなたに何があるのかということで進んで行く、そのかなたに未知の国がありそこにパラダイスがあるともイメージする、だからこそ冒険でも生死がかかっても進んで行く
それが大陸人間のメンタルなのである、日本にはそうした広大な空間がない、土地がないそのために日本では海のかなたにニライカナがあり理想郷がありまた海のかなたから移動してきたとなり憧れる、でもその海は広大であり大陸のようには
移動できないのである、すると島国に閉ざされて生きるほかないのである


●ホイットマンの草の葉の空間と時間

勇気ある魂よ

勇気があるか、おお魂よ
私と一緒に未知の国へ
足の踏むべき地面もなく
辿るべき道もない国へ歩き出す勇気が

そこに地図はなく、案内人もいない
肥えも響かず、人の手のぬくもりもなく
血色のよいふょくらとした顔も、唇も、目も、何一つその国にはない

縛る(いましめ)が、「時間」と〔空間」という名の永遠の縛る(いましめ)を除く
ありとあらゆる縛りが、ようやく解けて、もはや闇も、重力も、感覚も
とにかくいかなる境界も、我らは阻まれることなく

さまざまな種族、隣人たちは、ぜひとも娶りめとらねばならぬ
海は渡りつくされ、遠きものは近くに引き寄せられ
国々はぜひとも一つに溶接されねばならぬ

あなたの寵児たる人間、あなたそっくりの種族
ここでなら強く優しい巨木となり、ここでなら大自然と釣り合うぐらいの背丈になる
ここでなら壁や屋根にかこまれもせず覆われていない広大な正常な空間をのぼって行けるここでなら嵐や太陽と一緒に笑い、ここでなら喜び、ここでなら辛抱強く鍛錬できる
ここでなら自分のことを気にかけて、自分自身を披露できる
(他人の処方なんか気にかけず)ここでなら自分の時間を生き尽くし
幕がおりたらどうと倒れて、最後はひっそりと捨て石になり消えてそれで役立てる

ここでは未知の広大な空間の中で恐怖を覚える人間がいる、実際アメリカには砂漠もあり平原もありそのスケールがあまりにも違っている、そういう場所にいるだけで空間で恐怖を覚える、人間的なものがないからである
そうした広大な空間で自由がある、何ものにも縛られない自由が生まれる
そこでは空間の結合を唄うのであり時間はそこにない

ただ巨木となると時間の中で根付く、それも相当に長い時間である、樹齢千年とかの樹があるから樹は時間的存在なのである
時間的存在なのは岩とか石とか木とか山とかである、それら動かないから時間的存在なのである
ただアメリカではそういう場所があっても空間としての存在でありまだそこに人間は根付かいなのである、空間を移動する存在なのである、そしてその広大な空間を結びつけることがアメリカ合衆国を作ることなのである、時間的存在としてのアメリカは育っていないのである

大陸にとって未来とはまだ見たことなのかかなたにある、そういうことは大航海時代にも続いていた、海のかなたにある世界を見たいということでコロンブスであれ太平洋を渡りアメリカに到達したとなる、他のバスコダガマでもそうである、船でポルトガルでもスペインでもまたオランダでもそうでありイギリスになると遂に七つの海を征服して世界の覇権国となったのである
イギリスがアメリカに移民を送り込みアメリかを作る、そのアメリカもまた広大な空間の未知の国だったのである、そのアメリカを地理的に知ることは不可能だとなる
その広大さはまさに中央アジアにも匹敵するからである
そのアメリカの広大さもやはり空間軸からなり移動することになる
西へ西へと開拓者が果敢に進んで行く、それがホイットマンの詩となったのである
それは基本的に空間軸の詩である、無限の空間を移動する詩なのである
移動するにも馬車の時代でありだからこそ大挙して開拓者が移動するさまは壮観だったとなる、その後に西部への鉄道が通りさらに移動する人達がいたのである

●空間の移動の世紀から時間軸の世界へ

移動するということは移動する道具が必要になる、それが遊牧民だったら馬になり次に機械が発明されて蒸気船とかなり鉄道となりやがて飛行機となってゆくのである
機械の力で大移動の時代はつづくのである、そのことは第二次世界大戦までつづいていたしグロ−バル経済でも現代までもつづいていたのである
世界の拡大であり統合である、フロンティア精神である、これまでは常に未知なるフロンティアがあり人々は移動してきたのである
日本でも明治にはこのフロンティア精神があり空間を移動した、それが北海道である
侍の時代が終わり侍も北海道で開拓者になったからである
明治は日本が世界に開いた空間の時代でありフロンティア精神の時代だったのである
だから明治の偉人はみんな何かの大学であれ会社であれ実業家であれ銀行であれ創始者になっていたのである

ただその移動の時代も終わった、もう地球に移動する新しい空間はなくなった
そのために今度は宇宙空間に移動するようにもなった時代である
フロンティアは宇宙になってしまったのである、そして宇宙に投資するというときやはり空間の拡大の延長なのである、投資する資本主義というとき常にリスクがともなう
それでオランダでは世界へ旅発つ船にみんな株主になり投資する、リスクを分散するのである、それが資本主義の精神にマッチしていたのである
資本主義は常に投資するものを必要とするからである、その投資するものというときいろいろありただ移動してフロンティアを見出すということだけではない、投資とはあらゆることに発明でも機械でも投資することだからである
新製品の開発に投資することでもあり投資してその見返りとして利益をあげるということである、だから新たに投資すべきフロンティアが必要になるのである
ただ地球はもう空間的にはもう未知はなく限界になった、だから空間を拡大するということに投資することはなくなる、そこに資本主義の限界が生まれたともなる

だから世界は空間の拡大から時間軸の世界に移る、時間軸の経験を持つのは四大文明もそうである、文明となると時間軸で形成されたものである
エジプト文明は三千年とか継続して不動のピラミッドを作ったからである
神殿を作るということはそれは定着して不動であり時間軸のものである
インドでも中国でも日本でも時間軸の歴史があり文明であるとなる
アメリカには時間軸の歴史がないのである、空間の拡大であり時間軸の歴史がないからそこに宗教とか哲学とか芸術は産みだしていないのである
ホイットマンの詩を読めばわかるいかに空間を移動することがテーマになっているかわかるからだ、全く未知の広大なアメリカにふれた感動が延々とつづられているからである
時間軸で見るものがほとんどないのである、常に広大なアメリカを移動する詩なのである

ただ現代は空間の拡大の歴史は終わり時間軸の歴史に還る、時間軸の歴史は文明が起り成熟した地域である、エジプト文明であり中国文明でありインド文明でありヨ−ロッパ文明である、そこに時間軸の歴史があるからだ、時間軸の歴史は宗教哲学の時代でもある
それは人間精神の内面化の時代だからである、ただ現代のカルト宗教団体はこれには内面化など全くない、やはり空間軸の世界であり会員の獲得であり増大であり内面性は全くない世界である、物質欲と権力欲の拡大しかないのである
結局世界が島国化するというとき日本化するということが言われたが確かにそういうことにもなる、世界のフロンティア消失して島国のように閉じられてその中で生きる
時間軸の中で定着して生きるようになる、ただそこでは精神は耕され深いものが生れる
新たな文化が生まれる、文化とはその土地を耕す、cultivate-cultureだからである
コロナウィルスによる巣籠り生活はそういう生活形態だったのである、中世的内面化の探求でもあったのである

ただ空間軸の世界はわかりやすい、でも時間軸の歴史は理解しにくいのである
世界を旅しても時間軸の歴史を理解することは最もむずかしいのである
日本だってすでに江戸時代を理解することは本当にむずかしいからである
その土地に積み重ねられた歴史は簡単に理解できないのである
すでに50年、60年前、戦争や戦前のことが理解できなくなっている
卑近なことでも理解できない、子供時代街中でも囲炉裏があり炭が燃料であり井戸で水を利用していたとか経験しない人は理解できなくなったいるからだ
すると千年前とかの時間軸の歴史を理解することは至難になるのである
空間軸なら今でも世界を旅行すればある程度は実感として理解できる、空間軸の世界は地理は変わっていないからである、だから空間軸の世界を今でも理解できる
でも世界となるとやはり広大だからそれをしていたら一生などすぐに過ぎてしまうことにもなる、ただ別に学問がなくても空間軸の世界は今でも理解しやすいのである


2021年10月30日

平等を追求すると不平等になる (一人一票でもその平等故に選挙しても無駄だとなる)


平等を追求すると不平等になる

(一人一票でもその平等故に選挙しても無駄だとなる)

【マルクス主義】は、不平等だったり差別を生んだりする「原因」をひっくり返して、その「結果」まで平等にしようとして、【最終的には失敗 】しました。…


アメリカの国の建国は自由と平等である、デモクラシーというのもそうである
その思想はホイットマンの詩にある、そもそも時間軸で形成されたものがないから王侯もないし広大な新大陸に独立自由の人間は一人立つということになった
そこではもともと時間軸で形成されたものがないのだからみんな対等になる
貴族もいなければ王侯もいないのである
初代大統領のリンカーンが丸太小屋から出て来た庶民の一人だったことでもわかる
こういうことは時間軸で形成された社会ではありえないのである

そもそも時間軸で形成されて来たというとき家族を見ればわかる、父親がいて母親がいて子供がいる、すでに父親と母親の人生とか積み重ねてきたものがあり時間軸で形成されたものがありそれが子供の資産になり影響しているのである
親ガチャというとき、親の影響が余りにも人間にとって大きいからそうなる
まともな親がいなかったらどうしてもまともに育てられないことがある
人間の差はここから生まれていることは確かである
そうなると人間は一代では何かを成し遂げることもできないとなる

何か財産を形成するにも一代では無理だとなる、そこに積み重ねが必要になるからだ
では不平等を作っているのは何かだとなる、選挙でも盛んに自民党の世襲議員のことが言われる、別に有能でもないのに親の跡を継ぐことで当選する、地盤を引き継ぎ当選する
それは不公平だとなる、不平等だとなる
だから自民党はそういう政党であり改革もできないとなる
既得権者というのもそうである、一旦既得権者になるとその権利を維持したいとなるからだ、そのためにヨ−ロッパでは貴族社会が維持されてきたのである
その不平等を無くすには革命が必要だとなり共産主義が生まれた

でもなぜかこの平等を追求すると不平等になるというのが人間社会なのである
平等ということはみんな同じになることである、人間がそれぞれの個性と能力があるがそれを無視してみんな同じにする、そのこと自体信じられないほどの不平等なのである
例えば花があっても色や形が違っていても同じ形に色にして平等にしろとなる
変な話だけと高い山があるとする、すると山はみんな同じ高さの山にすべきだ平等にすべきだとしたらどうなるのか?そうしたらこの世界はつまらないものとなる

この世の中味気ないものになる、なぜ共産主義が失敗したのか?
それは何か人間というものがそんな数学のように簡単に割り切れないものだからである
数学になると何か人間を数とみて平等化できる、統計的数字として集計するからである
選挙でもそうである、みんな一票でありその人のことなど見ないから平等だとなる
ある人が十票もったりできないみんな一票であり平等だとなる
経済的にも十人物を買うのと一人買うのでは違う、みんな十人に売ることを望むのと同じである
10人でもまとまれば社会では動く、ボランティアも十人くらい集めるとできる
でも一人だと誰も相手にしないのである

要するに何か人間は特別優れているとか能力があるとかは許さない、みんな同じであり平等であるべきだとなる、でも本質的に人間はみんな違っている、だから平等を追求すると不平等になる、走る競争でも必ず早いものと遅い人がでてくる
だから学校ではもうそういう競争は差別であり不平等だから競争させないとなる
順位をつけることはするべきではないとなる
それはあらゆることにあてはめる、でもなぜ社会から不平等がなくせないのか?
共産主義でも平等を追求したのに共産党の幹部には兆円もの金が集まり信じられない格差社会になっている、それは平等を追求した結果でもそうなったのである
それは能力と関係ないのである、特別能力がある人が収入を得るとなればある程度は容認する、ジョブスとかコンピュターを発明したとか特別な能力をもった人は別に収入に差があっても容認されるのである
アメリカではそういうことを能力での不平等は嫌う、能力があれば実際は黒人だろうが収入でも多くなる、でもアメリカでは黒人差別が依然としてある
それもただ黒人に生まれただけで就職でも差別されるとき不平等だとなる
そういうことも依然として解決していないのである

そもそも人間の不平等が不可解なのである、謎なのである、だからどうしても運命論にもなる、futuen(財産)が運だとなっているものそうである、人間には運が作用して財産でも得る、それはその人の能力とも関係ないことがある
高度成長時代は小さな店でも工場でも繁栄したのはその人の能力とも関係ない、そういう時代でありみんな成功しやすかったのである
私の家が小さな店を始めて一時繁盛したのもそうである
私の家族に商才もなかったのにたまたまその頃車もない時代であり角にあったということで場所が良くて繁盛した、商売というのは今でも場所が深く関係している
繁盛する場所がありその場所が良くないと繁盛しないことがある

いづれにしろそれも運だった、ただそういう場所でも街で一番低い場所にあり二回も水害にあい床上浸水になった、最近でも水があふれて家の中に入ってきたのである
だから商売では場所が良くまた水害には弱い悪い場所である
そうなると売る時でも売れない、低い場所というのは変わっていないからである
だからこの場所の作用はいろいろある、その土地の特産物になるのはその土地と深く関係しているからである、そこにいろいろな自然作用があり特産物が生まれている
それは人間の力ではどうにもならないのである

だから平等不平等というときあらゆることにあり家族であれそれぞれの国であり国の中の住んでいる場所でも影響して違ってくる、それを不平等だから平等にしろと言ってもできないのである、ただ例えそうして場所が悪くても豊かになる方法は技術的にあり豊かにすることはできる、だから何らか人間はまた努力によって豊かにもなれる
この辺でうまい梨を作るのに十年かかったというときもそうである
試行錯誤してそうなったのである、そして次の代でもその梨作りを親から習って作ればその家は豊かになる
農家という時こうして土地を受け継ぐだけではない、農業のノウハウを受け継ぐことで豊かになれる、意外とこのノウハウが問題なのである

いづれにしろ平等不平等というとき人間の場合複雑である、何でも平等にしろというときただ金持ちを羨むのも問題になる、全く努力もしないで成功した金持ちをうらやむ人も普通にいるからだ、確かに家族の愛でも兄弟の間でも不平等がある、そこでもめる
遺産相続でもめたりする、介護をして苦しんだ人にかえって財産を分けられなかったとういうのも問題になる、また兄弟で平等に分割する時代になると住む家でも土地でも分割しろとなり問題になる、長男が相続するという時、親のめんどうをみて家を継ぐものとして優遇されていたとなるからだ、でもそれがなくなると兄弟で平等に分けるというときそこでもかえって不平等になるのである

平等を追求すると不平等になったというとき共産主義が失敗したのはそのためである
人間を一律に見てしまう、まるで数字のように見てしまう、人間の運命という謎を無視してそうしてしまうのである、それが失敗したのは人間が一律に見れないものを持っているでも貴族社会が否定されたのは生まれつきで人生が決まることでそうなった
生れた家ですべてが決まるということは不平等だとなり革命になったのである
ただ人間は必ず親の影響が大きいから親ガチャが問題になる
でもその解決は簡単ではない、平等を追求すると不平等にかえってなるからである
例えばそうして兄弟でも不平等でもその人の努力しだいで豊かになれることもある
すると次の子どもの世代で親の跡を継いで豊かになってゆく、そういう時間軸で人間を見ずに一挙に平等にすることは危険なのである

要するに現代は平等を追求して不平等になったということが社会で顕著になっている
民主主義には確かに平等を追求するのだが選挙でもみんな一票であり平等である
でもそれが不平等にもなっている、みんながすべて一票となるとき平等だが不平等にもなる、なぜなら社会の貢献度とか能力とか個々人でもみんな違っているからである
だからある人が十票をもってもいいともみる、それだけ社会に貢献しているとなればそうである、でもそれもめんどうだから平等志向になる
給付金でも一律十万とか支給することの方が楽だからである、そこで金持ちはいらないとしてもそれを調査したりするのが手間になりかえって金がかかったりするからである

とにかく選挙でもみんなあきらめている、どうせ変わらないという時一票を入れたからと何も変わらないとわかっているからである
でももしある人が十票でも与えられていたらそうはならないのである
だから自分にしても選挙に関心がない、どうせ一票など何の力もないと見るからである
現実に自分の一票など関係なく開票前にすでに大勢が決まっていることでもわかる
もし十票だとすると確実にそういう人は選挙に行くのである
民主主義も今や数だけで決まるからそれはファシズムになりやすい、数を集めればいいとなり創価公明党でも政教分離に反していても数を集めればそれが権力を得るものとなるからだ、だからナチスは民主主義で選挙で政党に選ばれたのである

つまり民主主義はどうしても現代では全体主義になりやすい仕組みなのである
一票の価値は何百万の一にすぎないからである
そうしたら権力を得たいものは一票など問題にしないからである、数を集められる組織団体があってそこと協力して権力を持つということになるからだ
だから民主主義も限界に来ているとなる、でも新たなものがありうるのかとなるとそれも政治ではむずかしいし平等を前提にするからできないとなる
ただ平等を追求してゆくと不平等になりそれがかえって社会を歪めるようになったことは確かである

ただ人間は金銭的には平等を志向するべきである、社長でも社員より十倍もらうといくら能力があってもそれは不平等になる、平等にすべきものとそうでないものがある
グロ−バル化経済の不平等も是正すべきである、システムで莫大な利益を得る一握りの人がいるがそんな社会からはモラルもなにもなくなる、ギャンブルで富を一人じめているからである
ただ何でも平等にすることは結局不平等になる、それを証明したのが共産主義でありまそれは全体主義になり民主主義とはもう全体主義になりやすいのである
それはすべて数で決めているからそうなるのである
こうして選挙にも行っても何も変わらないとか無力感を抱く、そうなることはすでに民主主義が機能しなくなっている
結局この世から不平等をなくすことができない、それがこの世に生きる宿命だとなる
人間の力では変えられないとまでなる
そもそも美人に生まれて得だったとかなぜ不細工に自分が生まれのだと問うても無駄になる、その運命を甘受するほかないからである
何かしら人間には不平等があり解決しないのである

posted by 老鶯 at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層