2021年09月14日

原発事故とアフガニスタンの類似 (いくら金をつぎ込んでも無駄だった)


原発事故とアフガニスタンの類似

(いくら金をつぎ込んでも無駄だった)

アフガニスタンでカブールで政府の要人の大邸宅が作られていた、それはまるで宮殿のようにもなっていたかもしれない、貧しい国でそんな大邸宅を作れるのかとなる
それを聞いた時、これは原発事故と似ていたなと見た
漁業組合とか船主に原発事故前も漁業関係者に特に船主に金が流れて原発御殿が建っていたという、漁業権を売ることはそれだけの金が入ったということである
他にも相当な金が流れた、それで大熊町長の五億円入った金庫が津波で流されて見つけ欲しいとかなった、それは嘘ではないだろう
つまり地元の要人にはそれだけの金が流れたということである
原発はそういうふうに湯水のように金が有力者に流れたのである

関西電力の八木誠会長(69)や岩根茂樹社長(66)、豊松秀己元副社長(65)を含む役員ら6人が2017年までの7年間に、関電高浜原発が立地する福井県高浜町の元助役(今年3月に90歳で死亡)から、計約1億8千万円の資金を受け取っていたことが、金沢国税局の税務調査で分かった
元助役は、受け取った約3億円を所得として申告していなかったため、金沢国税局は申告漏れを指摘し、追徴課税した。

この人も豪壮な邸宅を建てていたのである、他にも原発関係で金が流れた所があったろう実際その後の除染でも何兆円にもなりそれで地元の相双リテックの幹部に何億円とか分け前があったことが詩り摘発された
その金は野球好きでりタニマチになって銀座とかで豪遊していたとかなる
またオリッピックではIOC会長のバッハは国賓並みの待遇であり一泊300万とかの部屋に泊まったとか批判された、ぼったくり会長と呼ばれ批判された
なぜこんな金が出てくのか?庶民には理解しかねる
それでオリッピックが何か世界で有意義なものかとなるとそれも問われた
だから今回のオリッピックで誰が国民が反対なのにしたいのかがわかりさめた
裏で巨大な利権となりその金を得るために国でもやらざるをえなかったのである

それも無駄金だったのかともなく、残された競技場の利用者もなく金がかかり維持できないともなる
つくづく何か公共事業というのは莫大な無駄があると思った
そんいな巨額の金をつぎこんでオリッピックなどに意義があったのかとなる
ただ観光客が外国から来れば観光業とかホテルとかではもうかったとはなる
それもなかったのだからただ一部の利権者、電通とか工事を請け負ったゼネコンに金が流れたただけだともなった、そのカラクリが可視化されてわかりやすかったのである

ただ原発はオリッピックとはまた違っている、原発の電気は現代生活で不可欠のものだからである、だから電気自体を否定はできない、オリッピックなら別にやらなくても困らないとなるからだ
ただ原発も莫大な金が使われた、国の税金も使われた、それは共通しているのである
それだけの金をつぎこんで何か効果が意義があったのかとなるとそうとはならなかった
一部のものに補償金でも流れ消費されてまず復興のためには何にもなっていないのであるそれより補償金をもらった人たちはその金で故郷から流出して帰らなくなったのである
いくら金をつぎ込んでも復興にはならなかったのである
むしろ金を湯水のようにつぎ込んだ結果としてもう地元を復興させるより補償金をもらって外で暮らした方がいいとなった

それで近くでは南相馬市なら小高の人は原町にとか浪江でも復興団地に移り住んだ
つまり浪江でも小高でもそこに取り残されたのは老人だったとなる
飯館村でも何十億もの金をつぎ込んで立派な学校を作ったが生徒は6人だったとかそれも他の町から通っていて親は住んでいないとなる
いくら金をつぎこんでも復興とはなっていない、かえってそれだけの金をつぎこんだ結果として復興できなくなったということもある
なぜなら補償金もらったら別な市町村に移り住んだからである、そこでもいち早く立派な家を建てたとなるからだ、そして事故前からも補償金は特別もらえるから生活に困らないのである

これとアフガニスタンが何か似ているのとかなる
原発御殿が建ちカブールにはアメリカから二十年間で200兆円とかの金を湯水のようにつぎ込まれた、でもそれも水泡に帰したともなる
カーブルとか都市部ではそうしてつぎ込まれた金が賄賂となり私腹を肥やすものとなっていたのである、何かこれも原発の補償金と似ていたのである
アフガニスタンでもそんな巨額の金をつぎ込んでもアフガニスタンが良くなったことはなかった、都市部はそれなりに自由な生活ができたが農村部は貧しい生活のままだった
つまり都市部の利権者が賄賂を得て大邸宅を建てていたのである

つまりそうして200兆円とかの金をつぎこんでもアフガニスタンは豊かになったわけではない、一部のものに利権者に流れただけだとなる
国民は貧困であり満足に食べ物すら得られない状態も改善しなかったのである
だからいくら金をつぎ込んだとしてもそれが何か実りをもたらとはならないのだとわかるかえっその金が仇になりその金をもらって楽しようとなったり自分だけが豊かになればいいとなる、厥て国全体は良くなったりしないのである
だから金は諸刃の剣である、使い方によって良くもなり最悪にもなる
金ですべて解決できない、アフガニスタンでもやはりそこに住んでいる人達の意識とか心も関係してくる、ただ金を与えても良くなるとは限らない、悪くなることもある
補償金がもらえばいい、後は遊んで暮らせばいいとかなる
現実に避難者はそうなっている、働く意欲ない、補償金で暮らせばいいとかなる
特に老人だとそうなりやすいのである

アフガニスタンでは50万人の難民が出るとなるとそもそも自国に住めない住みたくないとなれば国造りなどできないともなる、それだけ荒廃しているとなる
不思議なのは日本でも焼野原になって都市が壊滅状態になっても復興した
その復興を示したのが前の東京オリッピックであった、その時はオリッピックに意義があったのである
ドイツでも復興した、それはやはりもともと国力があり復興する力があったからできたとなる、工業力も双方にあったからである、技術力もあったからである
その辺がアフガニスタンとかとは違っていた
でもその時別に金をつぎ込んだわけでもない、金もないからである
みんな懸命に働き自国で復興したとなる、アメリカの援助があってもそれだけではない
日本人自身で復興する力が精神的にもあり幸運もあって復興したのである
今は中国が貧困国家だが世界第二の国になった、これも復興したのである

その原因はやはり工業力、技術力が日本でもドイツにあったからだともなる
農業だけでは復興できないからである、中国も復興できたのは工業力であり技術力だったアジアではもはや日本を抜いて工業先進国でありIT先進国になったからである
イスラム世界には工業力がない技術力がないことで停滞しているともみる
これはいくら金をつぎ込んでも工業力とか技術力がつくとは思えない
イスラム世界ではそういう人が育たないとかある、そのために後れをとったとも見る
他にも原因があるとして可視化できるのは工業力と技術力だとなる
つまりいくら石油がとれてもそれを精製する力もないし工業製品を製造する力がないので後進国になってしまったとなる

イスラム世界では石油がとれるのだから金がある、でもその金をいくらつぎ込んでも工業国とか技術を取り入れることもできないのである
だから石油マネーで金を湯水のようにつぎ込んでも自国で車も作りだせないのである
結局他国から買うだけになるから本当は豊かになれないということがある
金だけでなんでもできるとはならない、確かに技術力とかも左右するが精神的なもの
自らの国を良くするという自発的なものがないと豊かにできない
それがイスラム世界にはないから遅れをとった

アフガニスタンなどでもそうである、阿片の栽培でそれを資金源にするほかないとなると豊かにはなれない、そして外国人が来て援助していくら金をつぎ込んでも豊かになれなかった、それは一部の特権者に流れてその人たちが大邸宅を建てた
それも賄賂の金だったとなる、そしていくらアメリカでも金とか武器とか労力を費やしても賄賂をもらい大邸宅を建てて私的なものとして使う、国民のために使うこともなかったのである、だからタリバンが攻めてきても戦うこともない
愛国心もなかったとのかとなる、ベトナムなどとはずいぶん違っている
総力でアメリカと戦い勝ったともなるからである

いくら外部から外国の援助があってもアフガニスタンでは豊かになれなかった
日本だって7000億円も援助していたというから驚きである
でもその金を無駄だになった、すると一体何のためにそんな金を使っていたのかとなる
それも無駄金であり無駄な労力だったのかともなる
別にアフガニスタン国民に感謝されるわけでもないとなるからだ
結局外からいくら援助してもその国の人達がやる気がないのなら何をやってもできない
ここは私たちの国でありなんとか私たちの力で豊かにするという心意気がないとできない金を湯水のようにそそぎこんでも成果が得られないのである

事情は違うが津浪でも原発事故でもそうういことがあり人間は金で何でもできるとはならないと思った、でも現実は金を得ればいいとなる、そしてもっと金をくれとなりただその金で今度は地元を離れて他の便利な場所に移り住み生活するとなったのである
金のために復興できなくなるということもあった
だからすべてが金では解決しない、そればどこでも同じなのだけど金の魅力に負けて金に心もなにもかも奪われてしまうのが現実なのである


posted by 老鶯 at 19:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

宮坂昌之阪大名誉教授の長男(45歳)がワクチン接種後にクモ膜下出血で急逝した (隠蔽されニュースにならないものがある)


宮坂昌之阪大名誉教授の長男(45歳)がワクチン接種後にクモ膜下出血で急逝した

(隠蔽されニュースにならないものがある)



免疫学の第一人者とされコロナワクチン絶対安全派・絶対推奨派
に転向した宮坂昌之阪大名誉教授の長男(45歳)がワクチン接種後にクモ膜下出血で急逝した
事実をテレビ・新聞が報道しないことだ。

グーグル検索では削除されていて情報は出てきませんが、アメブロでも取り上げておられる方がいらっしゃるようです。

厚生労働省が公表したデータによれば、接種を開始した2月17日から6月4日までに、196人(女性104人、男性92人)が接種後に亡くなっていた。6月16日現在、ワクチンを1回以上接種した人の累計数は2003万1055人だから、およそ10万人に1人の割合だ。私たちはこの数字をどう受け止めるべきなのだろうか。



ワクチンがもうアメリカとかでも強制的になっている、職域で強制的になっている
ワクチンパスポートも必要になる、それで抗議している人もいる
ワクチンの効果もまだ良くからない、三回して感染したとかもある
情報が混乱しているから判断に迷う
何か私がしないのは家庭の事情である、前は看護婦をした人が家族にいたらすすめられいたろう、また一人だと自分の体に無頓着になりルーズになる
普通家族がいると過剰に心配するからである、家族がいないと誰も心配もしない
それで家族を介護中に誰も体を失敗してくれないから死ぬところだった
腎不全になり医者に行ったときすぐ入院して一命をとりとめた
家族がいないということは早めに死ぬということがあるのはそのためである
体ででも心配する人がいないからだ

ただこの人は家族がいてそれも有名な専門家の感染症の学者がいてすすめられて死んだ
これも何なのだろうと思う、息子が高血圧とか知っていただろう、ということはワクチンを打つことに抵抗があった、最初はワクチン拒否だったが変わった
つまりこうして有名な専門家でも実はコロナウィルスのことがわからないからこうなる
それが今の状態を示している
でも確率的にワクチンをした方が重症化しなとかでている、死んだ人もいるが10万人に1人となるとどう判断すべきなのか?接種後になくなった人の数が5カ月間で196人は多いのか、高齢者も多いが50代でも40代でも死んでいる
これもどう判断していいのかわからないのである

ともかくこの人は家族が専門家だからすすめられた、それがかえって徒になったのであるもともとワクチン拒否派だったのだからそれを貫けば息子は死なずにすすんだともなる
こうして専門家自体が判断が変わったりワクチンを打たせてしなせたとかなる
そうなると素人で判断するのは至難である、ただ統計的には確率的には奨めてもいいというものなのか?それもわからないのである
ただ大勢はもうワクチンを全員打てとなり強制化している、それで抗議のデモが外国で起きている

ただ注意すべきはこの専門家の学者の息子がワクチンを打って死んだということが報道されないことなのである、これは明らかにニュースになるものでもしない
ということは何か隠蔽させる力が働いているのかとかんぐる
これは今なら重大ニュースだからである、こうして何か隠蔽されマスコミでは報道しないことがあるから困るのである
とにかく原発事故でも政府は権力によって重大なことでも隠蔽する
それで被害を受けるのが国民なのである、また地元の住民だったのである

ただ職域で人と接する仕事はワクチンをうたざるをえないだろう、でもたいがい人と接する仕事が多い、テレワークで家にこもって仕事できる人は選ばれた人だろう
私自身がテレワークであり自宅から出ずにプログを毎日書いている
だから人と接しないから安全だと自分自身で見ている、県外にも出ない、もともと人と接しない引きこもりだからそれが幸いしているというのも皮肉である
この世の中つくづく何が幸いするかもわからないのである

とにかく一人接する人はワクチン接種後、体全体が筋肉でも痛み立てなくなり二回入院した、だから副作用がある人を身近に見たのでやはり相当に副作用があるのかともみる
その人は70過ぎている、身近にそういう人がいると警戒する
ただ南相馬市では一人二人とか感染者が出ているが十人とか単位ではでていない
いわき市は増えた、ただいわき市とは電車が通っていても行き来が少ない、ここでは仙台市との交流が多いからである、だからいわき市からうつるというのも考えにくい
工事関係者もかなり少なくなったからである

このコロナウィルスは人から人に感染する、だから人と接しないようにするのが感染防止することになる、でも今の時代これだけ交通が発達して人流があるとき止められないのである、とめると生活できなくなり自殺者がふえるし増えている
そのジレンマに陥っているのだ、だからどこまで制限すべきなのか迷うのである
これがせいぜい二年くらいで終わるのならいいがさらに続くとなるともうできないとなるただと都会と田舎では感覚的に違う、田舎だと一人でも警戒するからである
そしてそうなるとすぐに話題になり隠せない、そして住めなくなった人もいるからだ
だからワクチンを打たないで感染したら相当に責められる
ただ自分は人と接しないし県外にも出ない、それで安全なのかともみる
ただこういうことが長くつづくと息苦しくなる

ただこのコロナウィルスは世界を変えるというときグロ−バル化が度を過ぎたものとなったことである、それを制限するようになったことである
何か世界の人口でもアフリカですらこれから減ってゆくという、中国でも少子高齢化になり世界の人口は歯止がかかった、これはもうこれ以上人間が増えたら環境も破壊されて
地球に住めなくなるという状態になったからである
人間が増えることは一人でもエネルギーを消費するからである
だから何か地球自体がグロ−バル化はもうできないともなる、限界になった
経済成長はもう望めない時代になった、もうそれだけ養う地球の資源もないし環境破壊になるからできないとなった、それで持続化可能社会を目指すことになった

グロ−バルな交流も歯止がかかる、そういう自体になっているときコロナウィルスが世界に蔓延したのである、だからコロナウィルスもこうして時代を変えるものとして作用した何か中世のような内向き社会になる、遠くとの交流より近間であるもので近くを活かして生活する時代になる、もちろん外国との貿易はあるとしても江戸時代のように出島で制限するとかなる、何か制限制約縮小化の時代になる、それは内面化の哲学宗教の時代だともなる、カルト教団はむしろ外面的に数を増やすことが最大の目的だから本来の宗教とは全く違ったものであり大衆扇動宗教である、内省化などはない、高度成長がGDPの生産増加と消費の増加を目指す、欲望の限りない拡大を目指す、資本主義の中で起きた宗教であり宗教とは言えないものだった
でもそういうものではなく本来の宗教に回帰する時代だともなる
世界が大きな時代の変わり目に来たのである、ミニマリストとかが若者に出たりするのもそうである、原発事故でもそうだった、故郷に住めなくなるということが最悪だったからである、これもこれまでの欲望の無限の拡大が原因ともなっていたのである
だから生活そのものを見直す時代になったのである
posted by 老鶯 at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層