2021年06月11日

脳卒中,糖尿病、ガンで苦しむ人 (その負担は大きくみんなが苦しむ高齢化社会)


脳卒中,糖尿病、ガン や介護で苦しむ人 

(その負担は大きくみんなが苦しむ高齢化社会)


年齢階級別自殺者数は、「60歳代」が4,325人で最も多くなっています。次に「40歳代」が4,234人、「50歳代」が4,181人、「70歳代」が3,508人、「80歳代」が2,457人。中高年齢層(40歳代〜50歳代)と高年齢層(60歳代〜80歳代)で二分しているのが現状です。

自殺の原因・動機に限定すると、約7割が健康問題。国立精神・神経センター精神保健研究所の資料によると、高齢自殺者の90%以上がなんらかの身体的不調を訴え、約85%が入通院による治療を受けていたと言われています。

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私の家族も死にたいといい本当に死ぬところだったが危機一髪でまねがれた
それだけ病気の問題は老人の大きな問題なのである、病院で虐待されたからこれも経験ずみである
これだけ老人とか病人増えればもう世話する人も嫌になる、老人嫌いになるのもわかる
老人と病人に使われる社会、時代となってしまうからである
これが高齢社会の最大の暗黒なのである、自殺したくなる気持ちもわかるとなる

糖尿病の人が半年も入院していた、最近また入院した、薬代に10万かかるとか聞いた
それは保険がきかない特殊な薬だからである
糖尿病は結構金がかかる病気である、百万くらいまたかかるとかも聞いた
糖尿病も日本では5倍とか増大した、食習慣が変わって欧米型になったからだとされる
太る人が多いからである、ただやせた人もなるから一概に言えない
まず半年も入院していたらうんざりする、私は一か月入院してもう限界だったからだ
ただ糖尿病とかでもなかなか経験しない病気は理解しにくい
そもそもあらゆることで他人のことは理解しにくいのである
職業が違うと理解しにくい、住んでいる場所が違うと理解しにくい、男女になると根本的に理解しにくいとかなる

ただ病気の場合は家族が病気になるとその病気を治してやりたいとかで詳しくなる
それは家族の一人が認知症になったことでその病気に自分が詳しくなったことでもわかるこれは介護してみないとわかりにくいのである、何か医者すらわからないものだった
そのために四苦八苦したが病気について理解が深まった

とにかく病気になっている人が身近でも多い、脳卒中、ガン、糖尿病が目立つ病気であるあと心臓病になっている人もいる、肝臓が悪くて死んだ人もいる
それが不思議に78歳の歳で4人死んだ、狭い範囲でそうだったのである
だから78歳になると急激に老いるというのもわかる
この年は鬼門なのである

現代では脳卒中でも糖尿病でもガンでも簡単に死なないということはある
でも実際は隣の女性は何か急に死んだ感じになる、その人はガンだった、もう一人の人はガンでも依然として仕事をしている、だからガンでも簡単に死ぬ人と死なない人がいる
最近やはり78歳で死んだ人は病名はわからないが一か月前くらいまでスーパーとかで見かけたがみかけなくなって一か月もしないで死んでいたのである
だから簡単に死ぬ人は死ぬ、死なない人はなかなか死なない

高齢化社会の暗黒面はやはり病気になる人がどうしても多くなることである
その負担が大きいのである、治療費でもかかる、介護になるとさらに金だけではない人の労力がかかり金だけでみれないことがある、それで自分は四苦八苦して苦しんだ
遂に近くで認知症になった母親を殺した事件があった
それはオムツをとりかえることで暴れたから殺したとしている、だからそれも同情する
もう限界になっていたのである
また施設に入れたとしてもその後金を要求されている、その人は収入が少ないのに仕送りしているのである、これも負担だと思った

とにかく老後の問題で金の問題も大きいが健康が一番の問題になる
病気になったらもし寝ているだけになったらいくら金があってもどうにもならない
確かに治療費とかで必要でも根本的に健康が回復しないとすると何もならない
そして老人の病気は治りにくいし死につながっている
人間は必ず病気で死ぬ、老衰は病気ではなく自然死だとなるがほとんどは病気で人間は死ぬ、だから最後に死ぬ前に病気でみんな苦しむのである

ただ簡単に死ぬ人もいるがなかなか死なない人もいる、ガンでも簡単に死ぬ人が二人知っている、でもなかなか十年くらいでも死なない人がいる
だからガンでもいろいろな癌があってそうなる
治療が手厚くなり医療が発達するとやはりなかなか人は簡単には死なない
でもその負担がまた大きくなる、それがなにしろ今度は団塊の世代が75以上になると病気とか介護になる人が増大する、それが若い世代の負担になる
それは国民的負担にもなる、これが高齢化社会の最大の闇黒である
ただ病気をしなければ長生きは悪いとはならない、何か成せる時間が増えるからである
ともかく何か一つのことでも理解するのに時間がかかるからだ
特に自分などは何かを理解するのは遅かった、でも時間をかければたいして能力がなくても理解できることが増えてくるのである

私の母親は百歳まで生きて老衰のようにして死んだ、ただそれでも五年間は寝たきりで介護しなければならなかった、でも比較的楽だったとふりかえる
なぜならポータブルトイレに死ぬ一か月前とかまで自力で行っていたからである
これがオムツとかなったら耐えられないとまでなり殺してしまった息子のことを同情するヤングケアラーのことが問題になったがこれも残酷だとなる
老人のために自分の人生が犠牲にされるとまでなる、若い時に成すべきことができないとなる損失は大きいとなる
そういう人が近くにまたいたのである、だから病気と介護は常に誰かしら関係しているのである
ただ自分は特殊な事情で特別良くされたからできたともなる
他の人はそういうことがない、すると介護もしにくいとなる

老人の問題はこれから何を生きるのかというより何を生きたのかともなる
これから何かしようにもできない、ただこれまで何をしてきたかが問われる
何か木を庭に新しく植えたがこれも成長するには時間がかかるとなる
でも若い時なら十分に時間があるから庭作りが好きなら時間をかけてできるとなる
ただその時金がないとできないとなる
その人が立派な庭を作ったのは若い時でありその時金もかせいだから500万かけて作った、その石作りの庭が立派なのである
もしかしたらそれが人生の一つの成果なのかもしれない
私の家でもそうである、家族が働いて苦労して残した物だからである
それをただ自分は享受しているだけだとなる、そういうことは常にある
死んでから何を残したのかということがある、家とか庭が死後も残されたものだとなるからだ

でも老人になると何か時間をかけることができなくなる
小さな畑で野菜作りした人も遅かった、体がついていかず放棄したからである
体が丈夫な時にしていればそうはならなかったのである
要するにこれまでしていたことをするとなる、だから津波でも原発事故でも老人は復興の力となりにくいとはなっていたのである
木を植えるにしても育つのに十年とかかかるからである、それで何かを新しくするより
今でしてきたことを回想するとかになる
確かに60の手習いとかもあるから一概には言えないが基本的にはこれまでしてきたことの延長しかできないとなる