2021年02月24日

会津から新津駅ー地名を知り旅を回想する (古町があり新町がある)

           
会津から新津駅ー地名を知り旅を回想する

(古町があり新町がある)

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古津に対する新津で、船着き場として発生、鎌倉時代には豪族新津氏の存在が知られる。近世は新発田(しばた)藩の新津組の大庄屋(おおじょうや)町として六斎市(ろくさいいち)でにぎわった

その名の通り船着き場として発生した新津は江戸時代は新発田藩領の在郷町・大庄屋町として六斎市で賑わい、街道が分岐する交通の要衝の町として発展していた[1][2]。その後明治・大正期に入り、新津油田を中心とした石油の町、新津駅を中心とした鉄道のまちとして栄える   

大正中期には羽越本線(うえつほんせん)、磐越西線(ばんえつさいせん)と信越本線の交差する交通の要衝として、機関庫、鉄道工場などが立地し、交通都市として繁栄した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%B4%A5%E5%B8%82


新津にて線路交わるここよりし雪の覆いし会津の山見ゆ

電車の旅となると全国を行っている、その記憶をたどる、旅しているときはその地理がわからない、それで記憶をたどり地図を見てふりかえる
会津から磐越西線を来て阿賀野川の船運の港があった津川により新津駅により
そこから会津の雪の山が見えた、その時は冬だった

新津駅は

大正中期には羽越本線(うえつほんせん)、磐越西線(ばんえつさいせん)と信越本線の交差する交通の要衝として、機関庫、鉄道工場などが立地し、交通都市として繁栄した

もともとここは最初は川が交通路になり最初は古津があり新津に移動した
必ず古町があり新町ができる、それは意外と狭い地域でも古町と新町がある
繁華な町でも交通が変わると変化するのだ
それは原町が原町機関区として発展した、駅前通りができた、そして浜街道の宿場町が古町ともなり次に自動車時代になり六号線ができて駅の東側に新しい町ができた
そこはもともと原町であり原っぱであり江戸時代までは雲雀が原で野馬追い祭りが行われていた、つまり人家はなかったのである
それが駅ができて駅前通りになったのである、そういうことが日本には多い

新津駅は鉄道の要所となり路線が交わる、ただ海が見えないから新潟市でも広いからなかなか地理がわからない、新潟市というとその名でも新しい潟(かた)のことである
湿地帯だった、日本海側も最初は湿地帯でありそこから日本海を通じて交通があり江戸時代でも北前船があり阿賀野川があり船運があった
津川には川の港があり一時期栄えたのである  

津川にそ川の港や雪深くつもり我が踏み帰りけるかな

「イザベラ・バードの阿賀流域行路を辿る」そのB津川の河港から出航し阿賀野川の船旅へ  
https://aganogawa.info/archives/18398

会津がなぜ古代から大きな国だったかというと日本海側からの交通があり吉備とかと交流があった、なぜなら大塚山古墳の三角神獣鏡は吉備のと同はんのものだったからである
日本は最初出雲でも日本海側から発展した
それは韓半島と近いから国引き神話が生まれた、それも交通の便からそうなったのである地理が影響してそうなった、出雲が大きな勢力となり日本海を通じて東北地方に進出したそれで出雲が蝦夷だったというのもわかる
大和朝廷に出雲でも国譲りがありふがて長野県の諏訪とかに逃れて蝦夷地へ逃れたのである、それでとにかく諏訪神社が多いのである

地理と歴史は一体であり地歴となる、そして地理を知る時、地名も一体のものとして知るべきだとなる、なぜなら新旧を知るには古津があり古町があり古田とかあるからだ
それで新旧を知ることになる、まず地域でも新旧を知ることが大事たというのはそのためである

『新潟古町 隠れ家居酒屋【月ひかり】

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こういう地名もありそこに居酒屋の月ひかりがあるのは名前からして詩的だともなる
古町ー隠れ家ー月ひかりが詩的にもなる
だからこの命名が良かったとなる

それは相馬市の田町通りの居酒屋でもそうだった、何か詩的なイメージになる
そこではなじみの客がいて集まる人は年配の人なのかともなる
ただそれはあくまでもイメージであり現実は違っている
場末のごちゃごちゃした飲み屋とかともなる

とにかく旅をしても地理は本当にわかりにくい、例えば阿賀野川でも実際にその川を会津若松まで船で来れば地理が実感できるのである、それが電車だとわかりにくくなる
川で下ったり上ったりして知る地理と電車で知る地理は違っているからだ
日本が山が多くて地理がわりにくいのである、大陸だと長大な河がありその河かち地理をしるからわかたやすいともなる、一本の長大な川を中心にして地理をしる
そこが文明の発祥地だというのもわかりやすいのである
ナイル河とかガンジス川とか揚子江とか黄河とかなる
とにかくガンジス河でも上流でもその幅が広いことに驚くのである
それでインドではガンジス河中心の神話が生まれたことも理解できるのである

新潟県から会津へ阿賀野川を通じて交通があった、それで北前船が交通があったとき
江戸時代末期にコレラも伝染したのである、つまり交通があれば必ずウィルスは伝染するのである、これはもう避けられないのである
伝染しなかったのは交通がなかった秘境の桧枝岐(ひのえまた)だったとなるからだ
歴史は地歴であり空間軸と時間軸から成り立つ、空間軸は地理である
その地理がわかりにくいのである、時間軸でもこれも過去のことだから想像力が地理より必要になるから理解するのがさらにむずかしくなる
地理だと古代でもその前の古生代からも地理は変わらない、でも空間軸でもと広いし複雑だからわかりにくいのである


人生は何に時間をかけたかで決まる (時間は限られているからーそして老人はみんな後悔している)


人生は何に時間をかけたかで決まる

(時間は限られているからーそして老人はみんな後悔している)


時間というのは意識しにくい、時間の貴重さを意識しにくい、でも確実に時間は消失してゆく、時間が消失してゆくことは金を使うのとは違う、金だったら十円で損すると損したという気分になる、でも時間はそうはならないのである
だから時間の貴重さを意識しにくいのである
でも時間は確実に日々消失して最後はなくなる、その時は死ぬ時だとなる
老人になればわかる、みんな後悔している時何かをしなかったとか時間を有効に使わなかったことの後悔なのである、時間を無駄にしたことの後悔なのである
そして人生とは何に時間を費やしたかが人生になってしまう

仕事にしてもその人の資質とかは関係してもある仕事を覚えるにしても時間がかかる
あらゆることに時間をかけることはできない、すると人間はあることに時間をかけたものがその人を作りそれが人生だったともなる
職場でもそうである、そこで時間を費やせば時間をかけたのだからその職場の仲間であれ仕事であれ人生だったともなる
ともに仕事をしたとかもあるが貴重な時間をともに過ごしたということでもある
だからあまり転職をしない方がいいというのは会社でも仕事でも覚えるのに時間がかかるそれで転々として職場が変わるとスキルも身につかないとなる
ある仕事を覚えるのにも時間がかかるからである
そのために派遣と非正規の仕事はスキルが身につかずに終わるからいい働き方ではないとなる

例えば

100=A+B+C

とある、100が時間である、すると100の時間があってもABC に時間を分散していたら何か一つにAに100を費やすのと30とかに時間を分散させるのでは相当に結果的に違ったものになる、才能とか資質があっても問題はどれだけ時間をかけるかで決まる
いくら才能があってもあらゆることに通じることはできない、時間をかけることできないでも才能がなくても一つのことに時間をかければそれなりのものになる
結局人生は何に時間を費やしたかで決まる、そして最後はみんな時間切れになっているのだ、もう何かに費やす時間がなくなるのである
そしてみんなこれぽっちで終わりなのかとショックになる
おそらく百才生きてもそうなる、時間はみんな限られているし平等にしか与えられない
ある人には200とかある人は100だとかならない、金を不平等に与えられても時間は平等に与えられている、だからいかに時間を活かすかで人生は決まるとなる

自分のように定職もなく旅ばかりしていたら旅が人生ともなる、でも現代に旅人はいないということを書いてきた、すると旅人となることは特殊なことでありみんなが経験できることではないともなる
現代の旅は移動するだけである、車で移動してうまいものを食べるとかになる
旅人とはなれないのである、それはアウトサイダーになってしまうのである
でも旅人になることは旅に時間を費やすこともその人の人生だったとなる
それで芭蕉の俳句が生まれたりしたのである

だから何十年も一緒に生活して離婚することである、晩年になって夫が退職したりして
離婚する、それが理解できないのである
では新しい人間関係とか互いに理解するにはまた時間がかかる
人間は何をするにも時間がかかる、人間でも親しくなるには信頼を築くには時間がかかるそれで使用人でも十年とか勤めていると信用されるようになる
それだけの時間がそうさせたのである、時間が限られているのだからまた別な人とやり直すのは時間がかかる、だから離婚することはもったいないとなるが現実は三人に一人とか離婚しているのである

つくづく自分は若い時から株をしていれば良かったとなる
でも団塊の世代とかその下でも別に貯金していれば利子がついたのだから投資をする必要もないし学ぶ必要もなかったのである
だから今の老人は貯金していれば安全だという意識がありしないできないのである
経験がない株に時間を費やした時間がなかったからである
株に詳しくなるにしても時間がかかるのである
だから株は長期的にみれば上がり下がりがあってももうかるとなる
でもそのスキルを会得するには時間がかかる、それで銀行の営業の人がすすめられたらまかせるとなってしまう、それで損したのである

つまり何でも習熟するには時間がかかり経験も必要であり簡単に覚えられないのである
それは個々の仕事でも簡単な仕事でもそうである、仕事を覚えるのには時間がかかるのである、それで自分には合ってないと思っていても一つの仕事に時間をかけてしていればその仕事に詳しくなる、プロになるともなる
まず家事でもこれを習熟するには時間がかかると思った、未だに料理ができないことでもわかる、それだけ習熟するには時間がかかる
そして人間はいろんなことに習熟できない、時間をかけるものは限られているから最後はこんなわずかなことしかできなかったのかと驚くのである
若い時は何かを成しうると思っていたのは無限に時間があるかと思っていたからである
また暇に感じるのもそうである、でも確実に時間は消失してゆく
最後は老人は金より時間が黄金のように価値あるものとなる
なぜならそもそも生きる時間が消えてゆくからである
日々何であれ見納めだとかなってしまう、末期の眼で見ることになるからそこにいるということだけでも貴重な時間になってゆく
その感覚が若い時はわからないのである

もし老人のような境地になっていたら時間を絶対に無駄にしなかっただろう
でも若い時は時間の貴重さがわからないのである
最後になってわかる、それでみんな後悔しているのである
そして最後はお別れだけが人生だともなる
本当にこの世で人間が逢うということは何なのか?
これ自体不思議だとなる、なぜならこの世で逢ったとしても永遠に死ねば逢わなくなる
家族もみんな死んでもう会えないとかなる、死んで逢うことの貴重さを知る
でもみんな逢うことの貴重さを自覚する人はいないし何か逢うということが何か意味を見出していない、ただ通りすぎてゆくだけだとかしかない

とにかく人生でも最後になるとあっという間に終わりだったとなる
それが否応でも自覚させられるのは老人になってからである
これぽっちで終わりなのかと驚くのである、そして信仰でも若い時汝の神を知れというときもそうである、若い時求道しなければあとは神を知ることができないというのもショックである、悟りとか信仰は老人になってからでいいとかなる
でもこれも老人になってからは時すでに遅しとなっているのである
要するに神を知る機会を失っていたのである
そしてその時間をがもう取り戻せない、失われた時間を取り戻せない

それはあらゆる面で言えるのである、こうしてみんな後悔しない人はいないとなっている
だから若い時は実は老人をみることである、老人を知ることだともなる
老人の言っていることを参考にすべきだとなる
同世代では人生がどういうものかわからないからだ
時間が貴重だとか同世代では感じないからである
人生の結果が老人に現れる、ではどうしたらいいのかとなると老人を知り老人の言うことに耳を傾けることだともなる
説教を聞くのが嫌だとかではなく、それは自分自身のために聴くのである
つまり若い人もみんな老人になるからだ、だからその時みんな後悔するけどなるべく後悔しない生き方をする、それは時間が消失してゆくことが一番の人間の問題だと知ることなのである、時間を浪費することが最大の後悔となるからである