2021年02月12日

縄文文明から焼畑、稲作文明への変化 (自然破壊は人間の宿命ー文明は崩壊する運命(1)


縄文文明から焼畑、稲作文明への変化

(自然破壊は人間の宿命ー文明は崩壊する運命(1)

文明とは何なのか?
それは人類の歴史をふりかえり考察することになる
聖書では人間が智慧の実のリンゴを食べた時に始まった
その時神の意(みこころ)のままにあった人間が神から離脱して呪われる存在となり
エデンの園から追放されたのである、罰を受けたのである、それが原罪である
またギリシャ神話でプロメテウスがゼウスから火を盗んで過酷な罰を受けた
この神話から人類の歴史がはじまり文明が作られる原因となったのである
だから文明そのものが神の意に反したものとして生まれた
だからいかに文明が発達しても決してそれが人間を幸福にはしないのである
幾多の文明は滅び文明は災いをもたらしてきた
その象徴が現代では原発であり原発事故となり故郷にも住めなくなったのである
空気も水も土も放射性物質に汚染されたら住めないのである
だから人々は故郷を捨てたのである、ただ捨てても他の土地で今は生きられるから生きているとなる、この原子力文明もまた呪われたものだったのである

文明というのは自然に則って作られている時非常に長持ちする、縄文文明が一万年継続したというときほとんど禽獣とかと同じように生活していたからである
ただそこでも文明はあった、動物を殺して食べるために石器を発明した
この石器が石器文明を作った、矢じりでもそれで動物を殺せるからである
縄文時代は石器文明であり土器文明だったともなる、縄文土器がそうである
土器を発明したことで植物となる食料を貯蔵できたからである
食料を貯蔵するということも文明の始まりである、食料が貯蔵されているということは人間だけがすることでありそれが文明を作ったのである
食料を貯蔵して食料を管理することは権力を持つことだからである
それでエジプトの書記が神のようになり力をもったことがわかる
それは今の官僚とにているのである
食料とは今では金のことであり金を予算を配分することで権力をもったからである
つまり権力の淵源は貯蔵する技術の発達にあった
日本なら米を貯蔵したようにその米の多寡で権力の差が生まれたのである

とにかく自然と融合した文明の寿命は縄文文明でありエジプト文明であり長かった
それから農業が発明された、この農業の技術の発達は人間にとって革命的なことであり
それが本格的な文明を作ったとなる
その始まりは焼畑農業がある、これも相当な技術革新だったのである
縄文時代には狩猟採集であり農業はなかった、栽培技術がなかった
ただ最近では栗を栽培していたとか米でも作っていたとか言われる
それでもやはり大規模な農業技術は生まれなかった
焼畑は森を焼いて灰を肥料とする、すると作物は育つのである
農業にとっての一番の問題は肥料だからである
今でも肥料に苦労しているからである
ただこれもすでに自然に逆らうものであり大規模な森林破壊がすでに弥生時代からでも始まっていたのである、この焼畑農業で森林は相当に破壊されたのである
だから弥生時代になるとすでに森はかなりの部分消失したとなる

それから稲作文明が生まれた、これもさらに飛躍的に人間を変えた大文明だった
この稲作文明から本格的な文明が生まれた、そして稲作と鉄器生産の技術は不可分に結びついていたのである
それであくなく鉄を求める時代になった、稲作には石器で稲を刈ったりしていたときもあった、でもそれだととても技術的には幼稚であり生産高もあがらない
鉄の道具ができたこときによって農業文明は飛躍的に発展したのである
それで稲荷(いなり)とは鋳る成る(鋳成)のことであった
鉄と一体化した文明だったのである
それから溜池などでもあらゆる場所に作った
この溜池を作るにも協同して作るものであり稲作文明に欠かせないものだったのである

つまり日本だったら江戸時代までは稲作文明だった、それで江戸時代三百年がつづいた
封建制とは土地と密接に結びついている、封土というときまさに土地を与えてその土地から米を作りその米を税金として納めることで成り立っていたのである
それはヨ−ロッパでも同じであり土地を与えてそこから納税させるシステムとして封建制があり城があったとなる、それは日本と似ていたのである
土地を生産の基盤としているからその土地から人は離れられない
それで関所を作り農民を外に出さないようにしたのである、土地にしばりつけて納税させたのである

縄文文明から弥生文明の変化は大きかった、こうして技術が発明されると必ず人口が増える、それだけ養える人口が増えてゆく、それで稲作文明2000年は継続的に持続した
稲作文明はサステナブルな文明であったから長続きした
自然の環境と融合する面があったからである、でも文明は必ず自然を破壊する業を宿命をもっていたのである
それで原発事故で放射性物質で汚染された結果、空気も水も土も森も汚染されたとき住めなくなったのである
原子力の技術は人類が最後に行き着いた技術である、その技術が人類を滅ぼすというのも人間の宿命だともなる、技術は必ずしも人間を幸福にしないのである

確かなことは自然を改造した中に人は住んでいる、それはすでに縄文時代からそうであるただ縄文時代は大規模に自然を破壊する技術がないから二万年も継続していたとなる
焼畑農業から大規模な森の破壊が行われ稲作文明で森であったところは田んぼになったのである、ただ稲作文明は第二の自然となっていた
それは原発事故で田んぼが放置されたとき草ぼうぼうとなりそこに棲息していた蛙とか虫がいなくなった
そのためにそれを餌としていた鷺がいなくなったのである
田んぼは第二の自然でありそこに鷺も餌がありいたのである
それで田んぼが回復したとき鷺がもどりまた蛙がもどり蛙の合唱が聞こえた時、復興したと感じたのである、つまり田んぼは第二の自然だったのである

そして驚いたのは松原が根こそぎ津波で流されたことである
これも信じられない光景だった、松原とは自然の林か森のように見ていたのである
だからそれが消失することなどイメージすらできなかった
でも松原は人工林だったのである、塩害を防ぐために作られていた
それは稲作文明だから松原が作られていたのである
それも人工林だったが森だって人工林になった、それは杉の林や森が多いという時
もともと森は混成林でありいろいろな木で森は形成されていたのである
杉単一の森ではなかったのである
杉は木材として家を作るのに適していたから杉林になった、つまり人間側の要求で杉林になったのである
人間側の用途から自然を改造したのが文明なのである
それで木と無の漢字がぶなであるのは木は無用の木としたのは木材として家を作るにも適していなかったからである、でも自然の中では何か役割りがあった、もともと日本の森はブナが結構あったがなくなったのである、人間は自然を改造した第二の自然に住んでいるでもそのことは自然破壊でもあった、でも農業文明は稲作文明でも自然と融合しないと成りたたない、そこで第二の自然となったのである

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ぶな