2021年02月07日

みんな原発のせいだ、東電のせいだ (コロナのせいでこうなった―コロナウィルスと原発事故の共通性)


みんな原発のせいだ、東電のせいだ

(コロナのせいでこうなった―コロナウィルスと原発事故の共通性)

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週間ポスト2月12日号


自分の努力不足を棚に上げていないか
彼はコロナ前から成績が悪かった


コロナウィルス騒動と原発事故の共通性があることを追求して来た
これもだから不思議である
東京に避難した人が

放射能がうつるから来るな!

こう言われて子供がいじめられたのもそうである
今度は逆に

コロナウィルスがうつるから東京から来るな!

こうなったのである、人間にはカルマの法則がありあてはまる

この記事のように今はなんでもコロナのせいにされる、それを口実にすると通りやすいからである
原発事故でも故郷から若い人が多額の補償金をもらって出て行った
それも放射線被害がありそんな危険なところに住んでいられないということで誰も批判はできないのである
つまり何も言えなくなってしまうのである
何か言えば必ず放射線被害とか言うしそれで言えなくなる
そして何かというと被害者意識になりお前らなんで努力しないだというとお前は情もなにもない人間なのかとかなり批判される
そしてNHKでも原発避難者と津波被害者がいたが原発避難者側についた報道でも誤解を生んだ、その対立を激化させたのである

例えばもともと第一次産業は農林漁業は衰退していた、それで跡継ぎもいないとかなっていた、再三言うけど近くの漁港で漁師が何か生活が苦しいとか言ってプログで訴えていたでも今考えるとそういうことはなかった、その人はわからないにしろ事故前から相当な補償金をもらっていたから別に魚がとれなくてもやっていけたのである
その時はわからないから漁業は苦しいんだなと見ていて同情していたのである
凍み天の菓子店なども原発事故のせいで倒産したとかしているがもともとその商品はそれほどのものではなかった、商品自体に問題があって倒産したのである
これもなんでも原発事故のせいだとする

他でももともとだめになっていたのだがそれが全原発事故のせいにされる

俺たちは被害者なんだ、だから援助されるべきだ

こういう主張になる、もっと自分たちで努力するものがあるのではないかという前に被害者だから援助されるべきだ、もっと補償金をよこせとなる
つまり自らの努力を放棄して悪く言えばたかりにもなる
でも放射線の被害を言われればお前地元で良くそんなこと言えるなとバッシングされる
だからこうなると本当にめんどうになる、それで韓国とかは常に戦争の被害を言うから
付き合えないとなる、被害者と加害者であり被害者は加害者を許すことがないからである現代では被害者がかえって大きな力をもつようになる

コロナでも同じ事が起きていることが不思議なのである
様々なことで共通点がある、コロナで飲食店や旅行会社に補償金を出したこともそうである、そこでもやはり不公平があり不満が生まれる
一日六万補償されて売り上げよりもらって喜んでいた人もいる
南相馬市でも30キロ以内は30キロからはずれた人たちより三倍はもらっていたのである

高速でも医療費も十年間無料だった!

30キロはずれたら同じ南相馬内でも医療費は半年で補償されなかった!

高速でもそうであり最近やっと無料にしたがもう終わりだとなる

なぜこれほどの差が出たのか納得できないのである、コロナでもやはりこうして補償に差がでたのである、全部公平に払われることはないのである
それだけ公平になることがむずかしいとなる、必ず不公平になり不満な人が出て来る
だから補償金というのは良くも悪くも働く、それはなんでもそうだが金の問題になるととにかくうるさくなる、そこで不満が残る人があり怨恨にもなる

結局水俣病でも補償金問題でもめて復興もできなくなった、公害になったら終わりだと当事者が述懐している
過度な被害者意識をもつとそれが今度は一代でも終らない、親が子に必ず何かうまくいかないと原発事故のせいだとなる、この辺ではそういう被害者意識をもつ地帯になった
いくら努力しても無駄だとかなる、それより政府からでも東電に訴えてもっと補償金とか援助してもらうべきだとなる、つまり自ら努力することを怠る地帯となるのである

それが韓国にも沖縄にもある
自分たちで努力しろとか言っても被害者意識にこりかたまるとそうはならない
自分たちには責任がない、東電や政府が悪いとなる
それは確かにあっても自分たちで何にも努力もしないというのは無責任だとなる
地元の住民も納得して原発を誘致したからである
その責任があり東電を責められないという人も相当数いる、そこで働き贅沢できたともなるからだ、でもその責任を自覚している人は少ないのである

コロナウィルスと津波とか原発事故の相違は津波と原発事故は一部分である、広いにしても日本全国ではない、コロナウィルスは全国であり世界の被害になったことである
だから一部分を復興してかたずけるわけにはいかない、世界中が被害者になったからである
ただ全部原発事故のせいだとかコロナウィルスのせいだとかなるのは問題である
それを口実にして自ら努力を怠る理由になるからだ
だから原発事故地帯は若い世代が避難して復興できない、でももう戻らない
他の土地で家も建てたり生活がありもう帰れなくなったのである
十年も過ぎたらもう帰れない、そうして荒廃したままになる
残されたのは老人だけだとなる、でも若い世代にも責任がないのか?
やはりなんらか責任があってもそれはみんな原発事故のせいだとして放棄できたのである           






posted by 天華 at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

都会に出る人と田舎に残る人 (原発事故からも考える)


都会に出る人と田舎に残る人

(原発事故からも考える)

それはつまり移動が階層化されていることを意味しよう。学歴、そしておそらく特別の資産やコネをもたない者は、地方を出づらい傾向が高まっているのである。

言い換えるならば、「移動できる者」と「できない者」の二極化が、地方では進んでいる近年、国境さえ超える社会的な移動が活発になっていることがしばしば話題になっているが、移動の拡大には、あくまで学歴的、資産的な偏りが大きいのである



東北だと仙台市に住みたいという人が多い、一つの憧れになっている
仙台市に住めば一人暮らしだと金はかかるにしても食事では困らない、いくらでも多様な食事のものもが提供されているからである
私の住んでいる所は弁当さえ売っていないので困る、つまり都会に需要があるからいろいろなサービスが生まれる、田舎では需要がないからサービスが生まれない
花屋にしてもそうである、クラウンオブダイナスティとかのチューリップとかを売っていて仙台の駅で買ったのもそうである
そして買い物にしても通販はあるが直接多様な商品に触れられないのである
直接説明も聞けないことが問題なのである
ショッピングの楽しみは仙台市だったら十分だとなる

ただ田舎と都会の差が本当になくなった、田舎でも十分に快適に過ごせるというのは本当である、第一贅沢したらきりがない、欲望にはきりがないからである
そういう欲望を全面開放して追求したのが現代の資本主義である
つまり欲望を抑えろということがないのである
そのことが意外と危険なものでもあったのだ
この辺ではある人を見ると限りなく欲望を追求している、いい家が欲しい、車が欲しい、うまいものを食べたい・・・・無限に欲望が拡大する
そこで何が起きたのか?

原発で豊かになれる、誘致しろ!

原発はこうして地元の人によって積極的に誘致されたのである
とにかく第一次産業は衰退していた、農林漁業は衰退して跡継ぎもないなとかなっていたそれで漁業組合は東電に漁業権を売って補償金で事故前も贅沢な暮らしをしていたのである、ただそれは農業でも林業でも衰退して金にならないからそうなった
だかち飯館村ですら原発で働ていた人がいたのである
三倍くらいの金がもらいるからそうなったのである
欲望を無限に拡大して是認することは実際は危険なことだったのである

この記事で言っていること資産をもっていると田舎に住みやすいというのは確かである
また東京とかに出なくなったのはむしろ都会に出て東京に出て行けるのは学歴とか何かもっているものであり普通の人は田舎に残っているという
高度成長時代は中卒が金の卵として迎えられたが今は何かかえって大学出て優秀な人でないと東京では働けないという事情があるというのもそうかもしれない
そして東京に出て行った昔の世代はすでに東京で資産を築いているというのもそうである東京でも資産をもてたとものと持てないものの差が生じている

それで都会へ東京などへ出て行ける者は恵まれた人だとしている
田舎だと一億円もらえたら都会に出て行くのになという人がいた
それが原発事故で多額の補償金をもらったときこれ幸いと仙台市とかに移り住んだ人が結構いる、それでその資金で成功した人もいる
つまり田舎を出るにしても金が必要になる、その元手があれば都会に出れるとなる
田舎から出れる人はかえって恵まれた人だとしているのもわかる
田舎から出れない人はそこで安住しているのではなく出る能力もないとなる

田舎では本当に資産家であり地位がある人はボスになり住みやすいのである
でも資産家ではない人は地位もない人は住みにくい、その差が目立つから階層社会になりカースト制になりやすいのである、だから公務員とか土建業とかの社長とか農協職員とか銀行員とかは安定した職業である、特に医者などは一番威張っていられる職業なのである前は地主などいたが農家となると今は資産家にはならない
銀行員も最近は貯金しても利子もつかないから田舎でももう安定していない
                        
田舎と都会の差がなくなっても田舎で暮らすとなると階層化されて暮らしにくいとなる
でも都会に出るには資金があったり学歴があったり能力がないと出れないともなる
それは全般的に階層化する格差社会になっているからだともなる
いづれにしろ田舎の階層社会で縛られて生きるのも嫌だとなっても都会にも出れないというのが現実なかもしれない、田舎ではその人にあった職業などわずかである
東京辺りだと多様な職業があり知的な職業もある、田舎にはない、それで最近はニートなど田舎でも必ずいる、親に食わせてもらっているから田舎でも不自由でも自由に生きているという奇妙さがある、実際は自分自身がそうだったのである
田舎では親が資産家だと楽なのである、親の威光で楽できるとなるからだ
階層社会格差社会では親の資産でも地位でも受け継がれるとなるから田舎ではそうなると住みやすいとなる

いづれにしろ人間は二つの世界に住むと豊かになる、田舎だけではそうはならない
都会的なものが必要になる、でも現代は田舎でも都会的になっている
別に隣の市に行けばそれなりのものがそろっている、車があればいつでも行ける
田舎に住む不便はなくなっている、それでもたりないというのは贅沢である
その贅沢が危険になる、過度の富を求めるのは危険なのである
結果として原発事故になったのもそのためである

とにかく金になればいいしかなかったからである、そして際限なく富をもとめ贅沢をもとめた結果なのである
ただ家族がばらばらになっても故郷に住めなくなっても何かそういうふうに反省している人は少ない、原発事故の被害にあった人でも依然として際限ない欲望を追求している
それが悪かったなど反省している人はまれなのである
だから今度は補償金をとれるだけとって楽な暮らしをしようとしかない
何か故郷を復興せせるとかなんとかないのである
それより多額の補償金を得た人は東京とか仙台市に移り住んで帰ってこないのである
それは放射能被害があるということでとがめることもできないのである

つまり一旦贅沢を覚えた人はもう荒廃した故郷を復興させようとかはない
戦後の戦争の引揚者のように開墾して苦労するようなことはしない
ただ補償金をもらい他に移り住めばいいとしかないのである
だから何か復興ははかどらないし無理だとなる、それは時代の影響でそうなった
ともかく都会と田舎の関係も時代によって変わる
コロナウィルスでも変わってくる、東京脱出組が多くなる
ただそれも東京周辺だとなる、そこには意外と田舎的風景があるからだ
東京の通勤圏とかにもある、だから田舎でも東京からあまり離れた所には移らないとなる


posted by 天華 at 09:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題