2021年02月09日

オリンピックがなぜやめられないのか? (原発もなぜやめられないのかー利権団体のため)


オリンピックがなぜやめられないのか?

(原発もなぜやめられないのかー利権団体のため)

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中止による経済損失:約4兆5,151億円

なかなか大きい数字ですね。

これだけのビッグマネーが動くわけですから、オリンピック誘致も必死ですし中止の回避も必死になるというわけですね。

オリンピックでビッグビジネスをつかむはずだった電通は、そのためにすでに大きな投資をしているそうです。
https://www.inakodo.com/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E4%B8%AD%E6%AD%A2/

オリンピックがなぜやめられないのか、それは莫大な投資をしている、その施設でもゼネコンが請け負ってそこから利益となっていたのでゼネコンはオリンピック推進になっていた

そもそもオリッピックをやる意義が今はあるのか?

オリンピックする意義はすでになくなっている、世界平和のためだというけど現実は商業主義オリッピックであり世界的なショーを演出してそれでもうける企業があるからやれとなる、アメリカに住んだ人が意外とアメリカでオリンピックをしていたとき、ほとんどの人は関心がなかったという
何か世界的行事のように見えて今は関心がそんなにないのである
関心をもっているのはオリンピックで利益を得る企業とかスポンサーなのである
だから電通がオリンピック中止で倒産するとか騒がれる
マスコミ関係ではテレビ局などでは視聴率をとるために開催しろとなる
それは利権のためなのである

この世の中は利益で動く、金で動く、何か意義ありその意義を追求することはない
まず利権だ、金だとなる、だから別に必要ないものでも金になればやれとなる
それはオリンピックだけではない、原発でもそうだった
本当は原発がなくてもエネルギーはたりている、でもその原発を作る理由はそういう必要性より政治的軍事的思惑があり作られた
またそれが巨大な利益を生む、利権を生むから作られた

まず電事連とかあればそこからマスコミに800億円もの宣伝費が出ていたのである
厥か新聞社とかテレビ局とかに回っていた、原発は巨大な利権になっていた
それは地元でもそうである、原発で恩恵があったから積極的に誘致したのである
利権にかかわると利益になるということでみんな反対しない
ただでは国民全部がそうかとなると違う、利益に利権になる人が賛成するのであり
全部がそうではない、オリンピックが国民全部が賛成しているわけではない
むしろオリンピックなどやるべきではないという人もかなりいたのである
でも利権にかかわる人がいてその人たちがすすめるからそれで押されて実行される

要するに民主主義といっても利権民主主義であり大きな組織団体が利権を得るために動く最初はゼネコンの利権とかあり推し進められる
景気を良くするためにといいうことも宣伝されるがその景気にあづかるのは一部の利権団体なのである
その一部の利権団体が政治を動かすのである
まずそうして票でも人数でも金でも集まらないと民主主義でも何の効力も発揮しないからである、ただそれが社会を歪めるのである

原発には東電に官僚でも海上保安庁から検察から警察からあらゆる特権階級が上級国民が天下りしていた、そこは官僚の利権ともなっていたのである
原発は必ずしも国民全部が賛成しているというものではない
でも電事連でも賛成しているし利権団体が推進したから反対できないのである
それが「安全神話」を作り事故になったのである
原発で働く人が電気工事関係でも千人とかいたとなるから地元の恩恵も大きかったのである、それで何か不具合があるのを知っていたが上の人に言うこともできなかったと言っている、仕事を受注できなくなるからだという、つまり東電の権力は絶大だったのである

森会長がオリンピックをやめない、やめられないのはオリンピック関係の職員でも5000人とかいるとういう、するとその人たちにとってもオリンピックが中止されることは飯の食い上げになる、それでその組織では森会長を批判していないのである
やはりそこで金をもらっているとなると組織の利権を擁護することになるからだ

ともかく人間は利益をあげることで日々成り立っている
それから逃れることができない、でもそのことが社会を歪める、本来の意義が見失われてただ金を得ればいい利益を得ればいいしかなくなる
そうしていると原発事故のようなものも起きてくる
コロナウィルスでもそんなものよりオリンピックで利益を上げるべきだともなる
つまり原発が危険でもやれと地元でも賛成したようになる
ただ今はオリンピック中止すべきだという世論になっている
これはマスコミが言っているのではない、国民の意志なのである
でもそれを曲げてもある特定の利権のためにオリンピックをしたいとなる
その背後には5000人の職員とかそれにかかわる人たちの利権があるからである
そっちの方が優先される
go to トラベルも強行されたのは観光業者と二階堂氏とかのつながりがありそうなったともされる、政治と利権団体が常に結びつくからである
それが政治も歪める

だから何かを公平に見るには利益から利権から離れる必要がある
それがマスコミでも放送に莫大な費用がかかるからできない
電事連からでも莫大な宣伝費をもらっていたら原発の危険性を言わなかったからだ
そして福島民報などは出資するのが県であり半分もしている
あとは聖教新聞を刷っていたりとそれだけの費用がまかないないからそうなっている
そこでそうした権力利権団体の悪を追求できなくなる
結局はマスコミ自体が長いものに巻かれとなっているだけである
ただそういうことが原発事故になったことを反省すべきである
でも実際は依然として利権団体民主主義でありそれが社会を歪める
右は原発推進なのである、それも納得いかないのである
それも右が利権と結びついている、だから事故前から原発推進だった
また右は核武装を主張しているからそのために原発を核武装するために必要としていることもある、もちろん左でも利権と結びつく、朝日新聞が中国と結びついているとか信用されない、中国を批判できないのである

ただ公正さを追求することは人間には不可能だともなる
神は偏り見ないというとき神のみが公正に裁くことができる
それはなぜかというとき神はいかなる利益とか利権とかかかわらないからである
だから公正に見られるのである、人間にはそれができないのである
それで隠者が報道に記者に向いているというのもそうなのかともなる
つまり世間では利益で何らか結びつきそれで忖度して公正に見れなくなるからである
世間の付き合いはみんな利益で結びついているからである
だからどうしてもその利益に利権にあづかろうとする、権力がある人に金がある人は寄ってくる、それでこの世が常におかしくなり歪められているのである
シオンに公正が実現するというとき公正に裁くことのできるのは神しかいていとなるからである
神は偏り見ないというとき人の利益とか利権とかかわらないからできることなのである
つまり無私な人が偏り見ないとなる、なんらか下心があるとなると公正に見れないからである



posted by 天華 at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2021年02月10日

医療・介護などで問題が噴出する「2025年問題」


医療・介護などで問題が噴出する「2025年問題」

2025年は後期高齢者(75歳以上)が急増するターニングポイント
「2025年問題」とは、戦後すぐの第一次ベビーブーム(1947年〜1949年)の時に生まれた、いわゆる"団塊の世代"が後期高齢者(75歳)の年齢に達し、医療や介護などの社会保障費の急増が懸念される問題を指します。

1947年から1949年に生まれた第一次ベビーブーム世代が、2015年の段階で65歳を超えている日本。この3年間に生まれたいわゆる団塊の世代と言われる約800万人の人々が、徐々に介護サービスを必要としてきています。

現に、要介護・要支援認定者数は2000年には218万人だったのが2017年には622万人と、ここ十数年で約3倍になっています。団塊の世代の高齢化によって、介護を必要とする高齢者が、今後さらに増加することは必至。


これも相当に深刻になる、実例では父親が介護になり南相馬市では今介護士が不足してみれない、それで青森の施設に送られている、青森では仕事がないので引き受けている
でせそこでも後から備品とかの請求が来て金は要求されている
それを払っているのが40代後半の独身の息子である
その息子が今は病気になり一か月入院したりしている、建築関係の肉体労働者である
その母親は70才でも金もなく体が弱っている、普通の人より弱っている
その母親も金がない、その負担が息子にかかっている
もう一人息子がいてもその人は縁切り状態になっていてかかわらないのである
おそらく母親でも金をせびられたり負担になるからかかわらないようにした

この状態は自分自身で体験したのと似ていると思った
私も二人の親の介護状態になり助けもなく一人で苦しんできたからである
それを延々とプログに書いてきた
ただ金銭的には問題がなかった、この例では金銭的にも苦しんでいるのだ
ただ介護というのは家族でするとなると金だけではできない
特に認知症になると他人が介護することはむずかしくなる
この息子はすでに2025年問題の実例なのである
それも二人の親をめんどうみなければならなくなる
でも実際はしていない、仕事をしなければならないから多少青森の施設に仕送りしているだけである、でもその仕送りだけでも余裕がないから負担なのである
そして母親は病気ではないにしろ普通より老化して体が弱っているし金もないのである

何かこのように親二人が介護になったり金がないとか援助して負担になってくる
それが2025年問題でありすでにその兆候は現れている
だからこれは2025年になったら悲惨な人が出て来る
現実に南相馬市でも認知症の母親を介護していた50代の人がオムツとりかえるとき母親が騒ぐので殺した
おそらくその息子一人が介護することになってそうなった
それより問題は親二人を同時に介護するようになることである
それを自分自身もなるところだった、そしてその介護する人が病気になることもある
それが自分自身で経験して恐怖だった
その時誰も助けない、回りでは今はかかわらない、逆に苦しむのを見て楽しむとまでなる今田舎だって人情などなくなっている、またそういう家族とはかかわりたくないのである田舎ではかえって人間の悪質性が露骨にでてくるのである

いづれにしろ子供が親を捨てる、家族遺棄社会になるという本を出した人もいる
この実例では一人の息子は関係しないから親を捨てている
でもそうしたとしても一人の息子に負担がかかりまた他の人がめんどうみるともなる
だから家族でもそういう人はもう家族でもない、他人に世話をまかせたともなるからだ
それも無責任だとなる、もう親はめんどうみれない、死んでもいいとまでなっているのだでも放置してゆくわけにいかないから誰かが福祉でもめんどうみざるをえないのである
こうなると家族とは何なのかともなる、もうそこでは家族は他人になっているのだ
その人にとっては楽でも他の人が負担させられている、これも無責任だともなる
「私は親のめんどうはみない、死んでもかまわない、誰かめんどうみてくれ」となっている

いづれにしろそれだけ介護の負担が大きいからそうなる
介護殺人がこれからも増えるのはそのためである
それは一部のものだけではない、社会的問題でもある、これだけ介護する人が増えれば社会を圧迫する、財政的にも厳しくなる
現実になっている、生活保護でも福祉関係へ予算を配分できない、それだけの余裕がすでに国にもないし自治体にもない、日本自体が貧困化しているからだ
そこで二重三重に負担になり援助されない人が増えて来る
そうなるとどうなるのか?老人は捨てられるとなる
姥捨て山ではないが実の息子すら親を捨てている、でも誰か他人がめんどうみざるをえないのである
また老人の単身者の数も多い、自分もふくめそういう人も助けがないとなる
高齢化社会というのは確かに個々人ではすべて悪いものとはならない
長生きすればそれだけ人生でやれることが多くなる、ライフワークを持っている人は専門分野を追求できる時間が長いからそれなりのものを成せるとはなる
でもどちらかというと暗黒面が大きいのである

ともかく夫婦でもどちらかが死ぬと一人になる、隣では突然に妻が死んで夫が取り残された、その夫も心臓の病気であり機械を入れている、これまで妻が世話していたのを自分でしなければならない、その人は家族と一緒に住んでいても食事も別にしていたからだ
こうしてまた家族と住んでいても老人が孤立している場合もある
何か今は家族がこうして別々になる傾向がある
でも介護状態になれば家族がめんどうみなければならなくなる、そういう状態で介護がやれるのかともなる

いづれにしろ2025年問題は深刻である、すでにその兆候はいたるところに現れている
となると2025年になったらさらにひどい状態になることは目に見えている
それは個々人の問題でもあるが国とか市町村の問題でもある
そういう人を放置しておくにもいかない、でも財政的にも厳しい、生活保護でも医療だけが払われているとかもある、菅首相が生活保護があるというけどそれが最後のセーフティネットにもなっていない、生活保護を受けても餓死にもなりうると見た
最低限する支給されていないからである
それだけ国でも市町村でも財政的に苦しいから福祉に回らないのである

日本自体が東北大震災や原発事故や今度はコロナウィルス渦とか災難に見舞われる
それで財政的に苦しくなるのだからさらに福祉の予算は減らされる
つまりもしかしたら餓死に追い詰められる人が増えるということすらある
そういう直前の人がすでにいるとなる、二重三重の苦難と負担が強いれらる時代である
それはすでに自分自身が経験してきたことなのである





寒木、蝋梅ー写生俳句のこと(死んだ母を想う不思議―万葉集の歌)


寒木、蝋梅ー写生俳句のこと(死んだ母を想う不思議―万葉集の歌)

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ふるさとに根付きて老いぬ冬芒

我が母の百才生きし冬芒

風うなり墓地を囲みて寒椿

蝋梅や我が家に余生くつろぎぬ  

石垣を離れず松や冬の暮  

玄関に枯木の影や籠るかな

十本の樹に寒さのしみいりぬ
                                                

百才を生きにし母や蝋梅の咲きてその後我の住むかな
                                

母のことを語るのは不思議である、母は脇役であり目立たなかったからだ
私自身も母を注目していなかった、嫌いの所があり母を良く思っていなかった
ただ人間は何か死ぬと生きているときき別な見方をするようになる
それが不思議だとなる、死んでからその人を深く想うということがある
だから万葉集の歌が恋愛ばかりだと見るのは間違っている
そうしたら何か浅薄になるからだ
恋は乞うであり死者を想っているのだというときそうなるとその想いは深くなる
もはや肉体として存在しないからこそその想いは深くなるからだ
ただ自分の場合生きている時母を想うこともなかった、むしろ嫌なものにも思っていたのであく、それが不思議なのである


獻舎人皇子歌二首

たらちねの母の命の言にあらば年の緒長く頼め過ぎむや

現(うつつ)には言は絶えたり夢にだに続(つ)ぎて見えこそ
直(ただ)に逢ふまで 二九五九


母に許されれば結婚できましょうという意味である、でもこれも別な解釈があるかもしれない
母が言い残した言葉なればその言葉は重要でありその言葉に頼む、年の緒長くその言葉を伝える重んじるという意味ともとれる
状況からは違うにしろそういう解釈もありうる
それで母が死ぬ間際に一か月前に認知症だったけど正気にもどり言った言葉が忘れられない、それは孫に言い残した言葉だけど孫にはその言葉は伝わらなかった
それも一緒に生活したこともないから疎遠になり伝わらなかった
ただ自分自身は正気になって大声で言い残したことに驚いたのである
最後の言葉はやはり人間にとって誰であれ重みがある
その母の言葉を年の緒長く頼む、守るということにもなる

次の歌も言は絶えたりというとき死んだともとれる、でも夢に見えるとなる
これも必ずしも恋愛の歌ではなく死んだ人を想っていることともとれる
そもそも万葉集の歌が何を意味しているのかわからないのがあり研究が続けられている
それは古代の人の心が今と違っていて理解できなくなったからである
つまり自然の中での原初的心性というべきものが近代人からは喪失したからである

芒というときこれは意外と深く根を張るものなのである、だから簡単に引きぬけないのである、一見芒は木と違うから根を深く張ると見えないのである
実際は深く根を張っている、そうみると違って見える
百才生きた母にはふさわしいものともなる、ただ百才も生きると幽霊のようにもなって生きるともなる、まず百才まで生きるとどんな感じになるかイメージできないのである

蝋梅も咲いたし、梅も咲きはじめた、実は今日はあたたかい、昨日は真冬だった
ようやく春になるらしい、このくらいだと楽である
俳句はやはり写生である、十本の樹に寒さのしみいりぬ・・・というときまさに写生である、十本というところに意味がある、「鶏頭の十四五本もありぬべし」子規・・・これに写生が集約して表現されている、つまらないとなればつまらないがそれが写生俳句の本質を表現したものだから論争にもなったのである
だから十本の樹というのがまさにこれと同じなのである
これは街中の公園にある、ちょうど十本くらいある、十本の樹があり寒さがしみいりここに耐えて建っているとかみる、その解釈はしないのが写生俳句である


寒木

風うなり木に寒さしみいる
椿の赤く真の心に安らぐ
人はめいめいの場に
分かち合いともに生きる
人と人は場に結ばれぬ
信頼で深く結ばれ一つになる
かくて離れざるかな
寒さしみいるともあたたかき
人の心のかくあれば・・・・

(十本の樹に寒さのしみいりぬ)


説明すればこうなる、説明をはぶけば写生俳句になる

とにかく蝋梅というとき母を想い出す、何か百才を生きた母にふさわしいとなるからだ
ともかく死んでから母を想っているというのは不思議である
死んでから存在感を示しているのが不思議なのである
どうしても依然として母が家にいるという感覚になるのだ
これはおそらく夫婦でもどちらかが死んでも依然とてしう家にいるという感覚になっている人がいる、それは家で暮らした歳月が長かったからそうなっているのだ
だからもし息子でも娘でも一緒に暮らさないとそういう想いが起きないかもしれない
70年も一緒に暮らしたことでそうなったからである
ただ正直母のことは私は嫌うところがあり死んでからこうして思うことが不思議なのである

2021年02月11日

埼玉県では25人に1人が「ヤングケアラー」 (自分優先か家族優先か-自分の人生が奪われる)


埼玉県では25人に1人が「ヤングケアラー」

(自分優先か家族優先か-自分の人生が奪われる)


家事や母親の世話で自分の自由な時間がもてなくなり、「何で私が?」と、よぎる瞬間もあった。思いが行き違い、母親と何度もけんかした。


ひとり親家庭 増加が背景に
 若年介護者が増えている背景には核家族化の進展、ひとり親家庭の増加があるとされる。群馬県人口は減る一方で、世帯数は右肩上がり。1950年代まで5人台だった1世帯当たりの人数は2019年に2.40人まで減った

「限界だった」たった1人の介護の果て なぜ22歳の孫は祖母を手にかけたのか

これは残酷である、10代から介護になるとすると自分の人生が介護で消失する
精神疾患が多いとすると親か若いうちに介護状態になっている
ただこれから祖父母が介護になったとき家に人手がないから孫が介護する家が増えてくるかもしれない、どうしても介護はつききりになるからだ
すると誰かが働かないと収入もなくなるからだ
その年でまず介護がどういうものか理解する人はいない
だから相談相手もいないし介護サービスのことも知らないとなる、手続きもめんどうで受けていないというのもわかる

家族が優先か自分が優先で悩むというのもわかる、何か親のためにしなければならないというになる、家族のためにやらなければならないとなる
でもそもそもそんな子供の時は家族にしてもらうのが普通である
家族が与えてくれるのが普通である
それで進学も大学にも入れないとか結婚もできなかったとか様々な障害が生まれる

これは悲劇だ!

私自身は介護は苦しかったけど介護して良かったと今では思っている
というのは60まですべて何でも身の回りのことをしてくれたからである
これもまた普通ではありえないのである、引きこもりでも世話してくれたのである
そこで一切働けとか言われなかったのである
引きこもりで親に殺されている人もいるからそれだけ恵まれていた、親が世話してくれたただそれがマイナスに働いたことはある
人生には何でもプラスに働くのとマイナスに働くことがある
だからそんな若い時から介護になっているということでも何かプラスになることはある
でもこれは余りにも過酷だとなる

そしてこの人たちが成長した時どうなるのか?

親が死んだりして親をどう思うのか?

親を怨むとなる、そういう人が自分の親戚にもいた、親を介護したわけではないが親に苦しめられた結果、死んでも親のことを想わない、墓参りもしないとなっている
おそらく親を恨んでいるとなる
これは双方にとって不幸である

自分が優先か、親が優先か

この年なら確実に自分が優先である、それは責められない、親のために人生を捧げるというのは生物的にもありえない、親は子供のために命までささげるからだ
でも戦前とかまでは後進国などでは今でも子供は親の犠牲になることが強いられている
子供は労働力として見られているし外国人労働者も親に仕送りしているからである
私の母なども親のために早い時期から働かされて稼ぎを親に出していたのである
それは戦前とかでは普通にあったことである、親孝行が優先されていたのである

何か母の実家では母親が病気にもなり若い時それで苦労したとは聞いた
大正生まれだから今との価値観は違う、でも結果として母は働きづめであり何か余裕ある生活もできなかった、それで花にすら興味を示さなかった
庭に花より野菜を豆を植えていたのである、食べることを優先されたとなる
それで遊んでいた自分とは合わなかったのである
母にって働かないで遊んでいる人生など考えられなかったのである
ただそういうことができたのは母だけではない姉がいて私は自由な人生を送ることができた、母だけったら若いころから働きづめであり大学などにも行けなかったのである

若い時やりたいことをやらないとあとはやれない、時間ほど人生にとって貴重なものはない、それもあっというまに過ぎる、だから青春時代を介護になるということはあまりにも過酷だとなる、ただそれだけ苦労するということはプラスの面はある
でもやはり人生でやりたいことをやれなかったという後悔になる
これはみんな老人になれば後悔しているのだがこの場合は

親の介護で自分の人生は犠牲にされた!

必ずあとでこう思うようになる、それは親と子供にとって不幸なことである
親を恨むようになるからである、やがては親の供養もしないとなる
ただ苦しめられたという思い出しかなくなるからだ

私は介護では苦しかったけどそれも当然だという感覚になっていた
それは普通の人より良くされたからである、だから苦しくても当然となっていた
それは無理やりでもない、自然にそうなっていたのである
60年間一方的に世話になるだけだったからである
だからこんな若い時から介護になることは余りにも残酷であり理不尽だとみたのである
ただ家族に人手がなくさらに介護者が増える、2025年問題がある
団塊の世代が介護状態になる、認知症になる数もすごい、そうなると孫とかに介護が強いられる時代にもなる、それは本当に孫を不幸にするのである
そして祖父母でも恨むことになる、それは双方にとって不幸なのである

私は何か30頃なのか登山した、体力かないので死ぬように疲れた、その時親戚の人が病気で輸血してくれと言われた、でもしなかった、その時確かに罪悪感を感じた
10代から20代でも家族のためにしないことで罪悪感を感じているのもわかる
それは家族だから余計にそうなっている
ただ正直自分の人生まで犠牲にして親の介護に貴重な時間を消費していいのか?
これは本当に疑問である、強いられてしょうがいなともなるが過酷である
結果としてあとでふりかえり親のためにやりたいこもやれず親のために犠牲にされたと思うよりなり親を恨むようになる
私はふりかえれば介護して良かったと思っている、恩返しできて良かったと思う
それだけ世話になったのだから当然だと思っていたし感謝して死んでくれたから心も安らかである、それで死後も供養して思っているのである

いづれにしろ2025年になると介護者が膨大に増える、そこで孫もその介護者になり犠牲者になることも増える、それだけ介護問題は深刻なのである
個々の家族で事情が違っていてもそれは大きな社会問題になるしすでになっている
金銭的にも日本が貧困になり援助できないからとなり家族に押し付けられる
それで孫まで犠牲になりそして祖父母でも恨むとなる
これも悲劇なのである、ただ確かに介護のことを同世代で理解することはむずかしい
介護自体もまた経験して見ないとわからないからである

まず親に良くしてもらわてかった子供は親にも良くしない、これは確かである
だからただ親に苦しめられた子供は親に良くしないし介護だってできないのである
それで兄弟でもお前は一番親にかわいがられたから良くされたからお前が親の介護をしろというのもわかるのである
それだけ介護は誰もしたくないのである、でも誰かに押し付けられるのである
これからそうして介護殺人も日常的になる、それだけ介護問題は深刻なのである

2021年02月12日

縄文文明から焼畑、稲作文明への変化 (自然破壊は人間の宿命ー文明は崩壊する運命(1)


縄文文明から焼畑、稲作文明への変化

(自然破壊は人間の宿命ー文明は崩壊する運命(1)

文明とは何なのか?
それは人類の歴史をふりかえり考察することになる
聖書では人間が智慧の実のリンゴを食べた時に始まった
その時神の意(みこころ)のままにあった人間が神から離脱して呪われる存在となり
エデンの園から追放されたのである、罰を受けたのである、それが原罪である
またギリシャ神話でプロメテウスがゼウスから火を盗んで過酷な罰を受けた
この神話から人類の歴史がはじまり文明が作られる原因となったのである
だから文明そのものが神の意に反したものとして生まれた
だからいかに文明が発達しても決してそれが人間を幸福にはしないのである
幾多の文明は滅び文明は災いをもたらしてきた
その象徴が現代では原発であり原発事故となり故郷にも住めなくなったのである
空気も水も土も放射性物質に汚染されたら住めないのである
だから人々は故郷を捨てたのである、ただ捨てても他の土地で今は生きられるから生きているとなる、この原子力文明もまた呪われたものだったのである

文明というのは自然に則って作られている時非常に長持ちする、縄文文明が一万年継続したというときほとんど禽獣とかと同じように生活していたからである
ただそこでも文明はあった、動物を殺して食べるために石器を発明した
この石器が石器文明を作った、矢じりでもそれで動物を殺せるからである
縄文時代は石器文明であり土器文明だったともなる、縄文土器がそうである
土器を発明したことで植物となる食料を貯蔵できたからである
食料を貯蔵するということも文明の始まりである、食料が貯蔵されているということは人間だけがすることでありそれが文明を作ったのである
食料を貯蔵して食料を管理することは権力を持つことだからである
それでエジプトの書記が神のようになり力をもったことがわかる
それは今の官僚とにているのである
食料とは今では金のことであり金を予算を配分することで権力をもったからである
つまり権力の淵源は貯蔵する技術の発達にあった
日本なら米を貯蔵したようにその米の多寡で権力の差が生まれたのである

とにかく自然と融合した文明の寿命は縄文文明でありエジプト文明であり長かった
それから農業が発明された、この農業の技術の発達は人間にとって革命的なことであり
それが本格的な文明を作ったとなる
その始まりは焼畑農業がある、これも相当な技術革新だったのである
縄文時代には狩猟採集であり農業はなかった、栽培技術がなかった
ただ最近では栗を栽培していたとか米でも作っていたとか言われる
それでもやはり大規模な農業技術は生まれなかった
焼畑は森を焼いて灰を肥料とする、すると作物は育つのである
農業にとっての一番の問題は肥料だからである
今でも肥料に苦労しているからである
ただこれもすでに自然に逆らうものであり大規模な森林破壊がすでに弥生時代からでも始まっていたのである、この焼畑農業で森林は相当に破壊されたのである
だから弥生時代になるとすでに森はかなりの部分消失したとなる

それから稲作文明が生まれた、これもさらに飛躍的に人間を変えた大文明だった
この稲作文明から本格的な文明が生まれた、そして稲作と鉄器生産の技術は不可分に結びついていたのである
それであくなく鉄を求める時代になった、稲作には石器で稲を刈ったりしていたときもあった、でもそれだととても技術的には幼稚であり生産高もあがらない
鉄の道具ができたこときによって農業文明は飛躍的に発展したのである
それで稲荷(いなり)とは鋳る成る(鋳成)のことであった
鉄と一体化した文明だったのである
それから溜池などでもあらゆる場所に作った
この溜池を作るにも協同して作るものであり稲作文明に欠かせないものだったのである

つまり日本だったら江戸時代までは稲作文明だった、それで江戸時代三百年がつづいた
封建制とは土地と密接に結びついている、封土というときまさに土地を与えてその土地から米を作りその米を税金として納めることで成り立っていたのである
それはヨ−ロッパでも同じであり土地を与えてそこから納税させるシステムとして封建制があり城があったとなる、それは日本と似ていたのである
土地を生産の基盤としているからその土地から人は離れられない
それで関所を作り農民を外に出さないようにしたのである、土地にしばりつけて納税させたのである

縄文文明から弥生文明の変化は大きかった、こうして技術が発明されると必ず人口が増える、それだけ養える人口が増えてゆく、それで稲作文明2000年は継続的に持続した
稲作文明はサステナブルな文明であったから長続きした
自然の環境と融合する面があったからである、でも文明は必ず自然を破壊する業を宿命をもっていたのである
それで原発事故で放射性物質で汚染された結果、空気も水も土も森も汚染されたとき住めなくなったのである
原子力の技術は人類が最後に行き着いた技術である、その技術が人類を滅ぼすというのも人間の宿命だともなる、技術は必ずしも人間を幸福にしないのである

確かなことは自然を改造した中に人は住んでいる、それはすでに縄文時代からそうであるただ縄文時代は大規模に自然を破壊する技術がないから二万年も継続していたとなる
焼畑農業から大規模な森の破壊が行われ稲作文明で森であったところは田んぼになったのである、ただ稲作文明は第二の自然となっていた
それは原発事故で田んぼが放置されたとき草ぼうぼうとなりそこに棲息していた蛙とか虫がいなくなった
そのためにそれを餌としていた鷺がいなくなったのである
田んぼは第二の自然でありそこに鷺も餌がありいたのである
それで田んぼが回復したとき鷺がもどりまた蛙がもどり蛙の合唱が聞こえた時、復興したと感じたのである、つまり田んぼは第二の自然だったのである

そして驚いたのは松原が根こそぎ津波で流されたことである
これも信じられない光景だった、松原とは自然の林か森のように見ていたのである
だからそれが消失することなどイメージすらできなかった
でも松原は人工林だったのである、塩害を防ぐために作られていた
それは稲作文明だから松原が作られていたのである
それも人工林だったが森だって人工林になった、それは杉の林や森が多いという時
もともと森は混成林でありいろいろな木で森は形成されていたのである
杉単一の森ではなかったのである
杉は木材として家を作るのに適していたから杉林になった、つまり人間側の要求で杉林になったのである
人間側の用途から自然を改造したのが文明なのである
それで木と無の漢字がぶなであるのは木は無用の木としたのは木材として家を作るにも適していなかったからである、でも自然の中では何か役割りがあった、もともと日本の森はブナが結構あったがなくなったのである、人間は自然を改造した第二の自然に住んでいるでもそのことは自然破壊でもあった、でも農業文明は稲作文明でも自然と融合しないと成りたたない、そこで第二の自然となったのである

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ぶな


2021年02月13日

文明を商業と交通から考える(文明論2) (商業と交通の発達が国家を作った)


文明を商業と交通から考える(文明論2)

(商業と交通の発達が国家を作った)

文明とは何かというときまた国家とは何かというときそれは商業とか交通をぬきにして考えられない、なぜなら文明でも国家でも村とかの単位ではない広い範囲のことだからである
それでcivilzationのdivilは市民のことである
その市民がどうして生まれたのかとなると商業から生まれた、土地を基にした領主の支配は封建国家であったからだ、ともかくヨ−ロッパには城が多いのである
それは日本と似ている、日本も土地を基盤とした封建国家を形成したからである
でも商業というのはその土地に縛られて支配する体制から離脱する
それで都市国家が生まれた、その収入が土地の生産物に農業によらない、土地から離れるのが商業だからである
だから商業は広域的なものになり他国との交流もできて別な協同の国家のようなものにもなる、それがハンザ同盟だった、都市国家が連携して商業で協同するのである
それは現代にもつづいている、グロ−バル経済はやはり国家を否定して経済だけで企業の利益を計るために連携する、共同するからである

そして商業と地理は深く結びついていたのである、まず船の貿易が発達したのは地中海である、地中海は大西洋とか太平洋とかとは違い、古代でも船で交通できる海だったのである、それで最初にギリシャが貿易して広域国家を作った

「母体となる都市が領土を周辺に拡大するという形態ではなく、全く異なる場所に新たな都市国家を作ったものである。植民地と母都市のつながりは密接に保たれることが多く、様々な形態をとった。しかし後の植民地主義時代とは異なり、古代の植民都市は独立した国家として運営された」

住まいの人類学Part4:植民都市=“街”を“植え付ける”人たち

この植民都市はシンガポールとか香港と同じである、ということはヨ−ロッパの歴史を継承して産みだされていたとなる、そういう発想は歴史から生まれていたのである
アジアではそういう歴史がない、大陸国家にはない、中国にもない
ただ最近を本を読んで丹後が邪馬台国だという説も地理からみればそうなのかともなる、最初に栄えたのが出雲だったからである、するとその隣になる日本海を通じて韓半島からの渡来人が来たりするには便利な場所だからである
つまり港湾都市のようになっていたとなる
それは貿易に便利な場所であり中国人でも寄り安い場所だとなる
その時また瀬戸内海航路は発達していない、瀬戸内海は潮流が速く航海に意外と向いていなかったのである、だから遅れて発達したのである
つまり交通から地理か歴史でも常にみる必要がある、だから世界史でも地理を知らなければなにもわからないとなる

文明という時、河川から生まれというときもそうである、それは大陸の河が交通に便利であり運河のようになっていたからである、エジプトのピラミッドでもナイル河の河岸から通じていた、つまり港のような機能があったとなる
エジプトがあれだけ大きな統一国家となったのはナイル河があり交通が便利であり上エジプトと下エジプトが結ばれたからである
交通が不便だと統一国家もできにくいし商業も発達しないのである

日本人が外国を理解できないのは長大な河とか平原とか砂漠がないからそもそも地理が実感できないからそうなる、日本では空すら狭い感覚になる
大陸だと空も広大なのである、長大な河は運河となり広大な大陸の人を商業でもって結びつける、中国人が農業の民であるともに商人の国であるのはそのためである

また川だけではない、遊牧民だと平原とか砂漠でも山を越えるよりは道になりやすい、
だからシルクロードが発達して貿易が行われた、そして遊牧民は常に移動しているのだから自ずと商人になっていたのである
それでモンゴル帝国が生まれた時貿易が発達して紙幣のようなものが流通したとなる
貨幣もまた広域的に貿易が発達すると利用されるようになるからだ
貨幣とは紙であれ保証されれば価値がある、一つの証文とも似ている
だから貿易でも何らか共同するものがないとできない、物の売買でも信用がなければできないからだ、第一紙幣だったらそんなの紙に過ぎないとなり信用できなとなってしまうからである、それで金貨となれば価値があるとなる、でもその金貨でも重いし貿易には向かないのである、何かベトナムで金属の大きな塊が貨幣になっていた
それは持ち運ぶだけで重いのである、そんなものはまるで石の貨幣と同じにもなる
でもその金属そのものに価値があるとなり貨幣の基はそうした金属だったとかまた飾りものだったとかなる、遊牧民ではそうした金属の装飾品を大事にするというとき貨幣の役割りも果たしていたからである 

ともかく貨幣というのは広域的商業圏が拡大するとことによって生まれた、自給自足的な村のような社会では貨幣経済は発達しないのである、そこでは物が日本なら米が貨幣の役割りを果たしていたとなるからだ
文明とは大きな広がりの世界を共同する世界を持つことである
だから大きな国家形成をしたとき文明が生まれたとなる
それは交通と密接に結びついていたのである
例えば日本でも琵琶湖は何か地中海のような役割りを果たしていた、船の交通ができていて交通路になったからである、それで比叡山ではそのために課税していたのである
税金をとっていたのである、その収入がまた大きかったのである
それで信長がその権益を得るために比叡山の僧侶集団と戦って殺したとなる
それだけのその権益が大きいものだったからである

デンマークのクロンボー城は貿易のために船が行き来する場所に作られた
そこで関税をとりデンマークの国家を強くしたというとき商業というのが国家を強大化するということがある、国家とは広域的なものだから商業と交通と深く関係しているからだ
貨幣でもそうだが遠くの国と商業で結びつくとき共通の文字も必要になる、なぜならそこで領収書のようなものが必ず必要なるだ、契約も必要になる時共通の文字が必要になる
それでフェニキア人が地中海で貿易したときアルファベットを発明したのはそのためである、共通に広域的に認識する言語が必要だったからである
だから文明とは文を明らかにするということで文字とも深くかかわっていたのである
文字の発明なくして文明をもなかったとなる        
日本で漢字を使うようになったとき中華文明圏の中に入ったのもそうである
文明というとき国とかに制約されない広範囲な共同性があるものである
それで西欧文明が現代を作ったというのもそうである 


物々交換は信用の交換が必要

 相手を信用できるか、また相手に信用に自分を信用させるか、その駆け引きのプロセスで「言語」が爆発的に進化した
 貸し借りの中で必要に迫られ「数字」というシンボル記号が生まれた
 「過去に貸した価値を〔将来」利子をつけて返してもらうという「時間」の概念も物々交換の中で発達した        

 日本の謎は地形で解ける(竹村公太郎)
 

今中国が強大化して世界の脅威となるのは古代からの中華帝国の再興のような先祖帰りが起きているからである、中国が指導国家覇権国家になるときそれは中華文明の再興となるでもそうした大きな統一共同するには新たな文明が必要となる
今の共産主義国家は古代王朝の復活のようにもなっている
そういうことに周りの国が従うかとなるとならない、いくら力でそうしようとしてもそこに新たな文明としての協同がありえないからである
ともかく人間の歴史をみるときいかに協同することに苦心したかである
それで英語でもco-とつく言葉が本当に多い、それは協同する意味なのである
協同することが文明には必要だから言葉に現れていたのである
また日本でも語尾に・・合うというのが多い、話し合う、わかちあう、ゆるしあう、つかみあう、けなしあう、殺し合う・・・とかなにか争う時でも語尾に合うという言葉が出る
それは合わせるということでそうなった、争っても合わせるということでそうなった
日本でもそうして合わせるということで協同することが社会にとって不可欠だから言葉に残されたのである、それは世界中で同じなのである
人間がいかに協同しあうかそれが文明を作ったのである
だからアフリカでは未だに部族同士が殺し合いしている、それは広域的な協同国家が形成されていなからである、日本でも邪馬台国ができる前に百余国が争っていたというのもそうである、統一共同国家を作ることはその争いをやめさせなければできないからである
だから日本だと戦国時代が終わり江戸時代になり統一国家ができたとなる
国家とは文明とは長い時間の中で協同を模索して生まれたものだとなる

ただ現代は交通が発達したためにそういう共同体としての文明を作ることができない
確かに物質的には物としての交流はあったとしても互いに共同するものが何か確立しないグロ−バル化とは物の流通でありそこに互いに共通する共同する理念などはない
そういう統一国家を文明を作ることは相当な時間がかかるからだ
(ローマは一日して成らず)なのである
日本の大東亜共栄圏の構想が挫折したのはそれは急ぎ過ぎた結果なのである
力で統一文明圏を作ることはできない、だから今中国はイスラム圏のウィグルとかを仏教圏のチベットとかを力で弾圧している、そこも一つの宗教による協同文明圏であるから
それを力で統一するというのは無理なのである

そこに大きな反発が生まれる、つまり力だけでは軍事力だけでは大きな国家というか文明圏は作れないのである、それは日本のように戦争しても挫折するとなる
それはすべての国に言える、ソビエト連邦も挫折したし今やアメリカの広域支配世界支配も挫折してアメリカ自体が衰退して覇権国家ではなくなる
軍事力だけでは力だけでは大きな文明圏はできない
ローマ帝国にしても力だけの軍事力だけの支配ではなかったからだ
ローマ法との法の支配とかもありそれで治めたとかなるからである
そこに公平さとか平等とかなにか共同するものがないと力だけでは治められないのであるだからそれは時間がかかるし簡単にはできないのである



2021年02月14日

怖かった地震ー東日本震災と同等だった

怖かった地震ー東日本震災と同等だった

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この地震は怖かった、下の本箱が倒れた、本が散らばった
パソコンとテレビが倒れた、狭い部屋の方だった
安定していない棚でありそれが一部壊れた
ただ感覚的に東日本大震災を思い出した
その時は二階にいた、今回は下にいた
この地震の大きさは相当なものである、家が倒れ壊れとも感じた

パソコンは机の下に落ちて倒れた、その後ろのテレビが倒れてその上にのった
でもパソコンは壊れなかった、落ちても低いから助かったとなる
これが高い机から落ちたら壊れていた
そしてすぐに停電した、でもそれは瞬間的でありすぐに回復した
これは余震もあるかもしれない

23時53分・・・また揺れた

これでは今日は眠れなくなる

福島の原発が心配だ、これは何か影響がある、相当な揺れだったからだ
youtubeの時読みというのが2月3日から何か大きなことが起きるというのは当たったのかもしれない、何か本当にこの辺で起きることは不安になる
呪われているという感じにもなるからだ
なぜ原発をまた再開するいうのもどういうことなのか理解できない
これくらいの地震が来たら確実に原発が壊れる
女川の原発は停止していたから良かったのである
丸森町では停電している

今日はあたたかく春だった、でも何かその雰囲気が消失した、この地震は恐怖だった
どうしてもこの辺が狙い撃ちされている感じになる
10年後でもあれだけの地震だったから余震がつづいているのだ


posted by 天華 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 津波、災難の対処

今回の地震は被害が少なかったので安心? (今年はやはり災難の年になる、世界的にも大きな変化が起きる)


今回の地震は被害が少なかったので安心?

(今年はやはり災難の年になる、世界的にも大きな変化が起きる)


【地震警戒】2021年は地震頻発する1年なので世界各地で要警戒と備蓄と防災!   

東日本震災から10年にもなり大きな地震の来る予兆 (雲とか虹の変化と地震予測ー暑さが影響したことは確か


2月3日から2月13日頃に時読みのyoutubeで大きなことを起きると言っていた
自分の場合は去年に地震が起きると予兆していた
ただ2月に起きる、それも10日くらいしかずれがないということは当たったと言える

ただ今回回りを見ても瓦が落ちたとかない、畑のヤハな小屋も壊れていなかった
意外と被害がないなと回りをみて回った
ただ家の内部では棚から物が落ちたとか倒れたとかあった
とにかく強い地震では立っていられないからすぐに逃げることができない
それにしても揺れは東日本大震災と同等に感じた
あの時も本がばらばらと落ちた、私の家の瓦屋根が壊れて直した
そして壁にひび割れが入ったり家の内部が歪んだようになりまだ修理していない
今回はそこまでの被害はなかった
でも感覚的には同等の被害があってもいいくらいだった

大きな余震が来るという時、確実に十年以内には来るというのは言われていた
それが丁度十年過ぎて本当に大きな余震が来た
ただ津波にならなかったのは深度が深いからであった
それで海水に影響しなかったのである

私も去年から地震が来る予兆をしていた、それは余震は過去の例からも確実に来ているからだ、それがぴったりと十年過ぎて襲ってきた
それも福島県沖が震源地だったのである
だからつくづく福島県の浜通りに原発を作ったことは大失敗だったのである
もちろん日本に原発を作ること自体失敗だった
これだけ地震があるのに原発を作るというのは無謀だったともなる
でも原発を再稼働しろとか右でも言っているのは理解できない
それは原発を核兵器を使う燃料として保持するためだとしている
核武装するためにそうしているとしている

ともかく天災は忘れた頃にやってくる、それは確実である
地震でも喉元すぎれば熱さ忘れるになる、人間は忘れやすいのである
コロナウィルスとかでも過去に疫病は常に起こっていたけど忘れていたのである
ただ東日本震災から十年目の節目で起きたことでまたあの災難を思い出したのである
今や地元でもあの災難の関心が薄れている、コロナウィルス一色になったからである
それで復興がどうなったかとか外部になると余計に関心がなくなっている
その無関心さが危険につながる

今回は大きな地震でも被害がすくなくてすんだ、津波も来なかった
でも深度6となるとこれは怖いと思った
もっと被害があっても不思議ではない、でもこの辺ではなかった
なんか春を迎えて浮かれる気分にもなれなくなった
それでもこれも喉元すぎれは熱さ忘れるとなる
日本人は何かこれだけ地震とか災害があるのに忘れやすい民族なのである

それにしてもなぜこんなに災害がつづくのか?

これはどう考えればいいのか?自分の一身上でも災害続きなのである


家族が認知症になる

津波で原発事故

親の介護で苦しむ

自分が病気になる

盗難にあう

コロナウィルス渦

こうして災難がつづくのはなぜだろうとなる
その他にも自分には災難が災いがつづいているのである
駅でボランティアしていたら駅長から回りから責められるだけだった
そしてコロナウィルスで鉄道も被害を受けた、今はコロナウィルスで駅に来た人と話すこともできない、こも何なのだろうとなる
この他にも隣の市の自転車屋に行ったらお前は来るなといわれたりコンビニではパン二個盗んだとして責められたりずっと何かいいことがないのである
だからここに住めなくなるとさえ思う
現実に原発では故郷に住めなくなったからだ、何かこの辺は本当に呪われた地域なのか?もう脱出しないと命が危ないのかともまで危惧する

何か自分一身上だけではない、社会全体でも世界全体でも実は大きな異変が起きている
これは何かの前兆なのか?コロナウィルスもそうである
これから経済的破綻とか株の暴落とか飢饉が来るというのもそうである
飢饉にならなくても食料危機が来るというのも現実化するかもしれない
神が人間の心をみてみな悪しきものであるとして大洪水を起こしてノアの箱舟が作って助かった                                                                  

そのことは何を意味しているのか、大災難に備えることだとなる
箱舟となるともうその時代にそんな大きな船が作れるのかという疑問になる
それはおそらく比喩なのかもしれない
津浪でも実際はこれで大丈夫だとした防潮堤でも破壊されたからである
つまり大災害に備えるにはもしかしたら荒唐無稽のようなものでも作られねばならないとなる、ノワの箱舟はそれを物語っているのかもしれない
災害は結局予想外のものとして常に起きているからである
これで備えが十分だとしても結局その備えを越えたものとして容赦なく襲ってくる
ノアの箱舟でもそんなものを作って何になるんだと笑われるようなものでも備えていろと神が命じたのである
原発だったら二重三重に安全を計らないければできないものだった
でもなんの安全も計っていなかったのだから人間は危険に無防備なのである

今年がどうなるのか?予想はつかない、でも今回の地震もまた暗雲になる
ただ東日本大震災を思い出すものにはなった
とにかく地元でも忘れる、いろいろ語っても何か関心がなくなったのである
それでも依然として原発避難区域では田畑が草ぼうぼうであり荒れ果てている
なんら復興していないのである、その現実の中で生きていれば原発事故からなんら復興していないのである、だからオリッピックなどで騒ぐのを中止させられたのは天罰だったともなる、そんなことより復興に力をそそげともなるからだ

posted by 天華 at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 津波、災難の対処

春の曙、春の山、霞む山(春の俳句十句ー相馬市へ行く)

                       
春の曙、春の山、霞む山(春の俳句十句ー相馬市へ行く)

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遠くに霞む山と海が見える
    
                
曙に明星輝き目覚めかな

二階より春の曙我が家かな

広き廊春日のさすや家を継ぐ

春の山一村の墓地ともに眠る

船の行き遠山霞み波ひびく  

春光や南へ向かうバイクかな

百輪の椿や往来六号線  

城跡のお堀に写る春の雲    

松川浦鴎飛びつつ船あまた

昔なれ百間橋や春日没る

急がじや春の夕暮れ我が帰る


春の鴨波紋広がる静けさや細き月しも池に映しぬ




家というのは人間に相当影響する、精神にも影響する、狭い家に住んでいると心まで狭くなる、そもそも日本人の家は狭すぎるからだ、それで茶室が文化になったのである
それは日本人の家がもともと狭いからそれを活かしたものとして文化となった
でも実際は広い家の方がいいのである
その家の広さが人間の精神まで影響するからそうなる
広い家でゆったりしていれば心にも余裕ができる
私の家は土地は最悪である、街で一番低い土地にあり水害にも二回あっているしこの前も水があふれて家に入ってきたからである
家自体は大きいのでゆったりする、二階には広い廊下がある
そこを歩むと気持ちがいいのである
そこから毎日春の曙を見ていると気持いいとなる
家というのは家そのものも価値もあるが景観がいい場所にあると価値が増す
私はそれで喫茶店とかでも景観のいい場所にあるといいとなる
外の景色を見てコーヒー飲むのは価値がある、せせこましいところだと嫌なのである

相馬市は地震で道の駅でも店も休んでいた、商品とか地震で落ちた、相馬市では数軒屋根の瓦に被害があった
どういうわけか南相馬市は震度6強にはなっていない、相馬市と新地はなっていた
それで相馬市に多少被害がでた
ただ今回の被害はわずかだった、死んだ人もいない、だからこうして俳句とか短歌も出せる、これが東日本大震災のようになったらそんなところではない
ただ八沢浦が美しい入江に戻ったというときはひんしゅくをかった
その時実際にそこで死んだ人が結構いたからである
ただ自分としては入江になったことが先になりその風景に驚嘆したのである
それはここが入江だったらなとイメージしていたからである
それが実際そうなったときほど驚いたことがない、奇跡だと見た

浜通りの風景は太平洋が見えて山が見えることである
春となり山が霞む、一方で大平洋が広がり船が見える
岡山から転勤してきた人が瀬戸内海は船が常に行き来しているからいいとか言ったら
こちらの海も広いからいいと言った
つまり瀬戸内海の海をいつも見ているとそうなる
こんなに広い海もいいなとなるのである
人間は同じ場所にいるとその景色にも飽きるのである
人間はその住んでいる場所から見える景色がある、それそれぞれ違った原風景となる

相馬市の城跡のお堀には春の雲が映っていた
それから松川浦に行き小泉川の百間橋を渡り帰ったきた、橋は新しい橋を作り工事中だった、百間橋とは当時は長い橋だったから名付けられた
それだけ長い橋を昔は作ることが難儀だったからである、それで百間橋と名付けられた

夕暮れに溜池に波紋が生じて春の鴨が池にいた
森には細い月が光っていた、自然はこうして調和する、乱れることはないし静けさのうちに暮れてゆく、
ただ地震も自然の作用だとなるがこれだけはあってほしくないものである
天国には海はないというとき海は何か怖いものであり落ち着かないものだからである
ただ浜通りは海が原風景になっている

とにかく今回の地震は怖かった、その余震も大きいのが来た、だからまだ大きなものが来るかもしれない、ただ被害は少なかったからやはり春を楽しむとなる
これが被害が大きかったら楽しむとはならない、それで短歌でも俳句でも出せるとなる