2021年01月01日

2021新年−丑の年(俳句連作) (水牛の歩みー詩)


2021新年−丑の年(俳句連作)

(水牛の歩みー詩)

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中国で買ったハンコ

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あきらめず一すじ貫く丑の年

何事も成果急がず丑の年

丑の年動かぬ石の悟りかな

丑の年年を重ねて実りかな

内よりの力に充ちむ丑の年

丑の年大器晩成事成りぬ

70半ば生きる力や丑の年 

大木の根付き動かず丑の年

老いてなおともに生き丑の年

母の愛なおも深きや丑の年

子を思うなほ母あわれ丑の年

丑の年一歩一歩の歩みかな

何事も短気は損や丑の年

交わりは長くもあらむ丑の年

あせらずに時を待たなむ丑の年

災いも耐えれば過ぎむ丑の年  



水牛の歩み

水牛は重荷追うても
そのことは言わぬ
ただ黙々と歩む
その蹄は大地に食い入り
一歩一歩歩む
暑い日ざしの中を
白砂の眩しい珊瑚の石垣の道
沖縄の屋根低い家
水牛はただ黙々と歩む
そのずっしりとした体に
重荷を受けとめ黙々と歩む
人は騒ぎすぎる
人は解決を急ぎすぎる
人は不満が多すぎる
人はすぐに争いすぎる
人は性急に判断しすぎる
人は待つことを好まぬ
人は早い成功を求めすぎる
人は結果を求めすぎる
人は小さいことにこだわる
人は・・・・・・・
人は・・・・・・・・
水牛の重い体躯は無言の内にたしなめる
一歩一歩水牛は己の道を歩む
そこに惑いはない
地球という悠久の時のなかに
水牛はあせることなく一歩一歩歩む
その力はその角にみなぎり
その瞳は優しく童がその背にのる
水牛は悠々たる大いなるガンジスの流れに
その重い体躯を洗い川にとけこむ
水牛は地球の歳月の長きがごとく
ただ黙々と一歩一歩歩みつづける



丑の年でアクセスがあった、牛の詩では高村光太郎の牛の詩が秀逸でありみんな読んでいる、牛と大地と一体化している、牛の性質に学ぶのは忍耐である
牛の歩みはのろいけど着実に進み成果をもたらす
何か牛年はそういう年になるのかもしれない、牛の年ということは牛はまた反芻する動物である、咀嚼して反芻する、それは良書を何回も読んで深く鑑賞することなどに通じているそこに必ず新たに発見するものがある、古典になればそうである 
この自作の詩を高村光太郎が作ったと誤解していた人がいた
インタ−ネットだと何かそういうことがある

今年は牛にふさわしい年になるかもしれない、これまでは馬の年とかであった、またネズミの年のようでもあった、とにかく外へ外へグロ−バルに移動する
それがコロナウィルスで止められたからである
つまり牛の年は外へ外へグロ−バルに広がるのではなく内面化する世界になる
時代的にもそうなる、コロナウィルスで外に出れないから巣ごもりだとか家で快適に過ごすとかでもライフスタイルが変わるのでもそうである

とにかく戦後70年で時代も大きく変わる、牛の特徴は寡黙であり着実に進むということである、また牛は老年にふさわしいともなる、なぜなら若い時は馬だからである
遠くへ遠くへと疾走する、でも牛はそうではない、その住んでいる場所に定着して深耕する、木のように深く大地に根を張る、牛はまた動かない石でもある
定着して深く掘り下げる、そして反芻するのである
それは老人に向いているのだ、世界はグロ−バル化して交わったがコロナウィルスでそれが止められた、それも時代の変化である
中世のように内面化する時代になったのである

そして経済でもグロ−バル化というのは行き詰まっているし金融資本主義とかで国際資本家に富が吸い上げられているとかなる、グロ−バル化の負の面が暗黒の面が増大してもう正当な活動ができなくなっている    
それは物質の世界と精神の世界の乖離である、これは大都会でも起きている
精神の物質の融合というとき物質に精神性を付与するのが人間である
木でも石でも山でもそこに人間の心と精神と一体化するのである
そういう作業を自分は引きこもりなり故郷でしてきたのである
その詩をまとめて発表したいとなる

それから本当に小川未明の童話の牛女というのも不思議である
そういう女性が本当にいたのである、その女性は50歳の障害者をかかえていても心配しているのである、体つきもまさに牛なのである
体が太っているし頑丈に見えるからである
だから牛女という童話は小川未明が実際にそういう女性がいて作られたのである

今年はコロナウィルス騒ぎがつづくのか、落ち着くのか?

やはり時代が大きく変わり丑年がその契機になるのかもしれない、外へ外へ向かう力が内へ向かうものとして内面化する時代である、それは中世時代への回帰だともなる
日本なら国風文化の再生ともなる、日本は西洋文明でも技術的な面で取り入れても精神的に内面化していないからである
つまり科学技術と物質の世界を取り入れても精神的に内面的には取り入れて成熟させていないからである
だから牛の年はそういう内面化する精神の世界を熟成させるはじまりの時代だともなる
熟成させるというときそれは老人に向いているのである
今まで蓄積したものを深く理解して表現するということである

  深耕易耨     
.
  雨讀頻枕書,天霽出門口。流汗努深耕,易耨。
  
  雨讀 頻りに書を枕にし,
  天霽れれば門口を出づ。
  汗流し努めん深く耕やし,
  易耨(草を刈る)に。  

  
この漢詩は何か本を読む、本を深く理解することに通じている
本の内容を深く理解しなかった、深く耕さなかったともなる、深く耕さないと理解も深まらないのである

今年もプログでさらに励みますのでよろしくお願いします

課題としてこれまで創作したもの、詩などをまとめること、本にしたいと思っています 


高村光太郎の牛の詩について

牛女―小川未明

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2021年01月02日

2021 abstract painting in new year 新年 抽象画


2021 abstract painting in new year

新年 抽象画

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新年おめでとうございます

日本ではおめでとうは芽が出るという意味です
新しい年になり芽がでることでおめでとうになったのです
何か新しい芽がでるのが新年です
新しい時代の芽だ出るということです

Happy New Year

Congratulations in Japan means sprout
Congratulations on the new year and the sprout.
The new year is when something new comes out
It ’s a new era.

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Everyone unites and heads in one direction, that is the power
Even each cell becomes one force and becomes active when heading in one direction.
If that one direction is not decided, the whole power will not come out.
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今年は世界から抽象画にアクセスがあった、20か国くらいからあった
その中で定期的にアクセスがあるのも増えた
このプログはやはり定期的アクセスされることが大事である
一回限りでは認知されていないとなるからだ 
音楽と絵とか写真とか抽象画でもそれは世界的に認められやすいのである
言葉となるとむずかしい、だから詩は翻訳できないのである
そこに言葉の障害があるためである

とにかく抽象画はインタ−ネットでも原画となるのものが膨大だから大量に生産できる
それは絵の才能がなくてもできる、私は全く絵の才能がないからである
それで自分自身でも不思議になるのである

This year, there was access to abstract paintings from around the world, from about 20 countries.
Among them, the number of regular access has increased.
It is important that this program is accessed regularly.
Because it will not be recognized once.
Even music, paintings, photographs, and abstract paintings are easily recognized worldwide.
When it comes to words, it's difficult, so poetry can't be translated.
Because there is a language obstacle there

Anyway, abstract paintings can be mass-produced because there are a huge number of original paintings on the Internet.
It can be done without a talent for painting, because I have no talent for painting at all
That makes me wonder myself.







新年の短歌ー寒雀の時代?(ヒマラヤの花ーラリグラス)


新年の短歌ー寒雀の時代?(ヒマラヤの花ーラリグラス)

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寒雀あまた集まり年暮れぬ

我が一人家守りて寒さかな 


霊前にともに映えにき花の色この家栄えむ年の始まる

新年や白菊清楚松の葉にそえて映えにき大和心かな

新しき芽の出でるとめでたきや未来に伸びむ命にあらむ

健やかに今年もあれや松の葉に菊の添えさし我が願うかな

年明くも変わらぬ貧やいかにせむ今年はことに冷えにけるかな

妻亡くし老いも悲しきまた一人なおも生きなむ何を支えに




今年は本当に年の暮も寒かった、寒雀が群れていた、大きな家を守っているのは自分一人である、だからも寒いとなる、家が栄えるとしたら一人では栄えないともなる
この花は束でスーパーで売っていた、500円である、それにしてはいいものだった
なかなか花は買えない、だから一軒花屋が倒産してなくなった
一軒しか花屋がない、フラワーアレンジメントするにも手間なのである
家事をしてまたその他にいろいろすることがむずかしい
ただ今はカメラにこっている、カメラで撮ると何か見えないものが見えてくる
だから今年も写真を撮る訓練する、写真は撮り方によって相当違ったものになる
またこりすぎるとレンズを買うようになると金ががかかるから問題である

日本の心となると何なのか?文化的にはいろいろある、生け花とか庭とかいろいろある
俳句とたか短歌もそうである、これは日本語があって日本がの風土があって作られてきたものだからである
だからおめでとうとは芽が出ることだったのである
新しい芽がでる、それでおめでとうとなる、この感覚は農耕民族だから生まれたのである植物が育ち稲でも米が主食となるからそうなる
遊牧民ではそうならないし麦を主食としていると文化が相当に違ったものになる
大和心と大和魂は違う、本居信長が言っていたのは大和心であり大和魂は吉田松陰が残した辞世の歌で有名になった
でも吉田松陰はアジア征服を目指していた、だからこれは何か戦闘的なのである
もともとは大和心でありそういうものではなかったのである

それでネパールの奥地の村を訪ねた番組は興味深かった、まさにもヒマラヤの奥地に取り残された秘境の村だった、私もトレッキングで3000メートル級のところを歩いて8000メートルの山を見たときは驚嘆した、ただその時曇っていたので良く見えなかったのが残念だった、とにかくもう一度行くしたらヒマラヤを見たいとなる 
この辺でもネパールの女性が働いている、福相で働いている
その女性はどこから来たのだろうとなる

そのヒマラヤの奥地の村では何を食べていたのか?それが自分も行って謎だった
何か食べるものがあるのかと見たからである、そしたら栽培していたのは麦だったのである、米は作っていなかった、寒冷だから作れないとなっていたのだろう
ジャガイモなどは作っていた、それにしてもそういう場所で良く生きれると思った
日本だと江戸時代であり福島県だと桧枝岐のような隔絶した村である
そこでも主食はソバであり米は食べていなかったのである
そもそも米というのはみんなが食べていたわけではない、山では日枝と粟とかを食べていたのである、ただそれが必ずしも貧しい食とはなっていなかった
かえって白米だけを食べていた人が脚気になったのである 

ラリグラス雪おおう高きに咲きて散る雪を踏みつつネパールを知る

ラリグラスとはシャクナゲのことである、ネパールのは赤いシャクナゲであり300メートル級の場所に一面に咲いていた、そこは雪に覆われていた
その雪を踏みしめたときネパールを知るとなる
つまり真っ赤なラリグラスと真っ白な雪のコントラストが美しいとなる
だから外国でもその土地を踏まないと実感できないのである

日本の風土もまたそうである、大和心とはなにか?日本の風土を知らないと理解できない俳句がまさにそうである、季語を理解するには地本の風土を知らなければならないからだだから一年くらい住んでみないとわからないのである
それで外国は一回くらい旅行してもわからないとなる

とにかくこれだけ旅したから思い出すのである、冬は特に冬ごもりであり過去の経験を思い出すことに向いている、ただその時どれだけ記憶しているかが問題になるのだ
時間がたつと全く忘れてしまうからである 

今年はどうなるのか、いいこと言う人はいない、それで去年も寒雀を見た、あまた群れて年も終わった、何か日本はみんいな貧乏になって寒雀になるのか?
コロナウィルスでもそうだが何かもう日本が経済成長することはありえない
それは世界全体でもそうである、資本主義自体が限界にきて行き詰まっているからだ
日本が豊かだったのは過去のことになる、貧乏人が増えている
ぎりぎりで生活している人が増えている、そういう人は必ず電気、ガス、水道代が払えないのである、それでもめているのである
東京辺りだと家賃が払えないとなる

ただそういうなかでも希望はある、コロナウィルスでも全部悪く働くとはならない
いい方面に働くことある、貧乏になっても今度は助け合いが必要になる時代になるというのもそうである、そうしないと暮らしていけなくなるからである
何かわずかのものでもオカズでも互いに隣近所でたしあって助け合うような時代になるともなる
ただ未来はわからない、結局意外なことが起きるから予測できないのである
この辺で起きた津波とか原発事故を見ればわかる、予想した人は一人もいなかったからである、ただ悪いことばかり起きるとも限らない、あれ時代が変わって自分にとっては良かったなともなるかもしれない、それは全部ではない、ある人にとってはいい時代になったともなるからである

団塊の世代はいい時代を生きたのである、別に苦労しなくても才能がなくても時代が高度成長だから成功する人が多かったからである、今はまず成功する人はよほどの才能がないとできないからだ、ただやはりこういうときは才能ある人は有能な人はやはり成功しやすい、高度成長の時代に才能がなくても成功することはないが実力の時代になり有能な人はかえって成功しやすいとなる

何か今私は今までの経験とか創作したことがありそれが膨大なものとなっている
それをまとめる発表することがある、その作業に追われているのである
だから家事があり暇なく何かをしている
自分のしてきたことはライフワークであり継続しているからそうなる
会社員だとライフワークになっていないから退職するとやることがなくなっている
だから若い時カラライフワークをもつべきだとなる、なぜなら人生百年としたら会社をやめても30年から四十年人生があるからだ
これが長寿社会で大きく変わったことなのである  

新年生け花ーこれは見ごたえがある






                        

2021年01月03日

日本なのに「餓死」が増えている? データが語る「ヤバすぎる未来」 (生活保護もセーフティネットにならない)


日本なのに「餓死」が増えている? データが語る「ヤバすぎる未来」

(生活保護もセーフティネットにならない)

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失業者が増えても生活保護が受ける人が増えない


 大阪府高石市では、9月に高齢女性が餓死し、同居の息子も衰弱して入院したことが明らかになった。大阪市港区ではマンションの一室で女性2人の遺体が見つかり、司法解剖したところ、2人とも餓死したとみられることが判明した。

 厚生労働省の人口動態調査には、さまざまな死因による死者数が報告されているが、その中で餓死の理由に相当する死因として考えられそうなのが、“栄養失調”と“食糧の不足”である。

こういうことがなぜ起きるのか?食料自体が余っている、ただ金がないから買えないとなり飢え死にまでする
その前に助けを求められないのかというとその頼りとなるのが生活保護である
でも実際は生活保護は簡単に受けられないし最低限の保証もされていないのである
年金4万もらってあとは医療費が無料くらいしか受けられない人もいる
つまりそうなると最低限の生活の保証はされないとなる
もう生活保護も最後のセーフティネットにもなっていない
するとどうなるのか、食べ物を買えない、まともに栄養がとれない、そして衰弱してゆく最悪は餓死してゆくともなる

そして今はもう隣近所でも助け合わない、日常的に貧乏な時はオカズでもやりとりしていたが今はない、するとおにぎり食べたいと言って死んだ人がいたがその人は隣近所に腹減ったから食べ物下さいとは言えないのである
もちろん乞食もいない、物乞いもできない、すると生活保護でも最後のセーフティネットにならないとしたら餓死するのである
それが日本が貧困化すると政府でも自治体でも生活保護を受けさせない、受けさせても最低限の生活を保証しないとなる

おそらく生活保護はこれからもっと厳しくなる、そして国民年金でも6万くらいでありそれでは食費をまかなうのがやっとだとなる、その前に必ず電気、ガス、水道代を払わざるを得ない、そこで毎月必ず止められるのである
そのためにその代金をとりにくる人が委託されたものでありやめたということがある
嫌になってやめたのである、取り立てるのが嫌でやめたというときそういう人が相当数いるからそうなる

生活保護といってももう憲法で保証されたものはもらえないとなる
これからはそういう人が増えてゆく、だから安易に生活保護になればいいやということにはならない、それは期待できない時代になっている
福祉でも高度成長のような時代の時は成り立っていた
私の母親は年金を全く払っていなかった、でも60才から3万くらいもらっていたのである、それであと5年延ばすともっともらえたと悔しがっていたのである
そうして百才まで生きたからである、40年間でも3万はもらっていると大きな金になった、それも全然年金として払っていなかったからである

そういうことができたのは日本が豊かになっていたからである
その差が大きいのである、高度成長時代は貯金でも利子が7パーセントとかであり貯金をしていると倍にすらなったともなる
それが今は全く利子もつかない、それより預金封鎖だとかなんとか金をもっていても紙切れになるとかという不安がある、それは日本の経済がますます落ち目になっているからである、だから老人ばかりふえて福祉にばかり金をかけられなくなったのである

生活保護でも年金でも医療でもそれが成り立っていたのは豊かな時代があったからである第一福祉というときみんなが貧乏になったらできない
だから貧乏な時代は福祉はないのである、乞食になったり餓死したりした人もいた
要するに生活保護ない時代があったのはそれだけの金を出す余裕がない社会だったからである
それと同じようなことがこれから起きて来る、国でも自治体でも金を出さないのである
無い袖はふれないとなるからだ

袖の無い着物では、どうしたって袖を振ることはできないということから、持ち合わせの無いものはどうすることもできないということ。
着物の袖は財布を入れておくところなので、袖が無いのは金が無いということで、金銭的な援助を申し込まれたときや、返済を迫られた場合などに使う。

まさにこうなる、今やなっている

新年から暗い話になるがこれも現実である、生活保護になればいいということをしきりに言うがもうそれもできない、最低限の保証すらない時代になるしなっている
ではどうするのかとなると昔の様な隣近所がオカズでも出し合うとか助け合うしかないとなるかもしれない、それも今はなくなったのだからむずかしいとなるがそうしないと悲惨な人が餓死者が止められなくなるかもしれない、こんなに食料があるのに餓死者が増えて来る、これもおかしいが社会がそういう仕組みになったとき生活保護地なればいいとなっていたときそれがなくなったときそうなるということである

私の年金でも一万くら月に減ったとか厚生年金の人も減らされている、これからも減らされる、年金頼りの人は苦しくなる、年金の仕組みは下の世代が税金をおさめてもらえる仕組みになっている、すると少子高齢化で老人ばかり増えたらその負担が大きくなりどうしても減らすようになる、医療費もすでに減らしている
福祉でも崩壊しかねないのである
ともかく電気、ガス、水道をとめられると生活できなくなる、だから食料を減らしてもそこに金を払わざる得ないのである 

団塊の世代の子供の時は電気代でも裸電球くらいであり水道もない、近くの井戸の水をもらっていた、風呂焚きは仕事だったけど木材屋のあまったいらなくなった木の切れ端、バタなどを新聞紙で燃やしていたのである
洗濯は裏に堀がありそこでしていた、そうしていると確かに金はかからなかった
だから自給自足の農家の方が豊かだったのである、農家では卵も食べられたし納豆でも自家生産していたとか食料があったからである
でも今は電気、ガス、水道がないと生活できない、それで必ず払えなくなり苦しくなるのである 

昔は燃料は薪とか炭であった、だから囲炉裏があった、電気、ガスはなかったのである
その生活は江戸時代のつづきだったのである、江戸時代とほとんど変わらなかったのである、御飯は良く麦御飯だったりした、その時自転車すらまともなものがなかった
それで一台の旧式の自転車をていねいに掃除して使っていたのである
なんでももの大事にしていたのである、家には本は一冊もなかった、勉強する場は学校しかなっかのである
家にあったのは本当に飯台一つだったのである、それは戦後は焼野原になりみんなそうだったのである、物がないのだから農家は自給自足していたから一番豊かだったとなっていたのである

その時金で食料と交換したのではない、金には価値がなかった、着物とかなにか物と交換して農家から食料を得ていたのである
つまりこれからそうなるかもしれない、金は紙切れになる、もともとの価値は物にあるからそうなる、それで金銀でも価値があるとなる、紙幣は紙切れだから価値がなくなる
だから物で貯えていた方がいいともなる、ただ物だと限度がある、でもそういう時代になるかもしれない、物に価値があり一番価値があるのは食料だともなる
いくら金があってもそれは紙切れになるとか言われる、それで都会の金持ちは心配している
そこで農業するのがいいと言っているのである

私の母は戦前に前の夫が事故でなくなり一生食べていける金をもらった
でも戦争になり戦後預金封鎖があり紙切れになった
でも土地を買ったものだけ残ったのである、預金封鎖になれば土地であれ物であれ実物が価値になる、紙幣は本当に紙切れなるだけである

ともかく今になるとそういう経験したのは団塊の世代の上くらいまででありあとは豊かな生活を経験した人たちである、その世代の差も大きい、本当の貧乏を知らない
実は私でも知らない、子供の時は別に食べることはできたから苦しいとも思わなかったからである、それはみんなが貧乏だったから誰かうらやましがるということもないとなる
ただ農家に食料があるからとうらやましがられていたのである
その農家の人を今貧乏である、でもまた逆転するかもしれない、ただ正直農業は簡単にできない、だからこそ耕作放棄地が膨大なのである

今年は経済的にはどうなるのか?コロナウィルスは解消しないだろう
ただすべてが悪くなるとはならない、何でも悪い面といい面が起きてくる
コロナウィルスでも全部が悪く作用していないからである
東京一極集中が終わるいうのもそうである、何かいい方向に変わるのもある
ただどうしてもいい予測はできない、ただ自分自身のバイオリズムとしてはいいようである、最後の人生のまとめとして創作に励む、それが膨大になっているのだ
整理するだけで大変なのである

では良いお年を・・・・


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2021年01月04日

隣の嫁様が双葉の人だった (世間は広いようで狭いー原発事故から十年)


隣の嫁様が双葉の人だった

(世間は広いようで狭いー原発事故から十年)

私自身は引きこもりてあり交際がほとんどない、でも一人になってはじめて隣の嫁様と話しした
その人は双葉出身だったのである、「ええ、双葉なの」と思った
それで自分の父親が双葉の新山の酒屋で働き暖簾分けしてここに来たことを言った
そのことは前に書いた、葛尾村(かつろう)村から双葉の新山の酒屋に来て丁稚奉公したのである

今でも新山に富沢酒造店がある、それは大きく煉瓦作りの煙突がある
その隣辺りに父親の酒店があった、それも倒産した
何か長塚に銀行があったとか家族が語っていた
当時銀行はめずらしいものだったのである
双葉町はもともと双葉ではない、駅でも長塚駅となっていた
長塚村と新山村があり双葉というのはなかった
そして江戸時代は宿場となっていた、それも長塚村と新山村が交代で参勤交代の接待をしたのである、それは労力でも費用がかかるから分担したのである

それで双葉町が十年過ぎて立ち入りできるようになったので自分も行った
何かそこに出会い橋とかあり石の橋があり富沢酒店もあり不思議だった
ここで父親が働いていたのだなと感慨深いものがあった
父親もこの道を歩いて酒を売った代金をとりに回っていた、その手帳が残っている

その女性と話ししたのははじめてだった、すでに二十年以上とかそれ以上過ぎているのに一度も話ししたことがない、ただ隣の人を子供から知っている
その夫の妻が突然死んだのでそのことでお悔みしたりした
でもその嫁様とは語ったこともなかった
だからはじめて語って双葉の人だということに親近感を覚えたともなる
世間は広いようで狭いというのも確かである

最近向かいの家の人が私が子供の時遊んでいた人が亘理に住んでいるんですよというときも不思議だった、亘理と言えば近いからである
東京に住んでいるとばかり思っていたからである、別にその人とは一度も合っていない、でも亘理に住んでいるとなると電車で仙台に行くとときいつも通るからそこは近いのである、そして最近近くに嫁に来た人は亘理の人だったのである
だから本当にこうしてつながりがあり世間は広いようで狭いというのがわかる

何か不思議なのは私の墓には新地の女性が入っている、その女性は私の父親の前の妻なのである、その写真も遺影も家の奥の方から残っていてでてきたとき不思議だった
ただもうその女性であれ知る人はいないのである
ゆかりの人もいないのである、人間はとにかく死んだ時点で忘れられる、それが早いのである、そして新しい人が次々にでてくる、老人は過去の人となる、死んだ人はたちまち
忘れられる、そして人の縁もはかない、たいがい今なら金の切れ目が縁の切れ目で全部切れたとなる
人間の繋がりでもたちまち切れる、だから無常だとなる
常にあらゆるものが変化して常なきものとなる、この辺は津波や原発事故で余計にそうなったのである
でも昔から人間の世界は無常なのである、変化が激しいのである

ともかく隣の双葉の人の実家でもないという、双葉はもう回復不可能にも見える
また浪江とかでもそうである、みんな他に家を建てて住んで帰ってこないし帰れない
家を建ててそこで生活するとなるともう帰らないのである
もう津波と原発事故から十年過ぎたのである
これは大きな区切りである、30キロ圏内は高速とか医療が今でも無料だけでそれもなくなる、30キロからはずれた地域は半年くらいで補償も打ち切られたのである
その差も大きかったなと思った
でも今度は南相馬市でも国からの援助が十年でなくなる、すると財政的に苦しくなる
復興住宅に住んでいる浪江の人は電気を節約して夜でもつけていないとか言っていた
補償金でももらえる人ともらえない人の差が大きいためだと思う

ともかく津浪原発事故からの十年は区切りである、ただ復興はしていない
避難区域になった所でみんなが住めば復興したとなるがそれが不可能だからである
だから小高などは避難させるべきではなかったとみる
町自体が崩壊したようになったからである、それも復興できなくさせたともなるからだ
これからではこの辺はどうするのか?
それも見えないのである、小高の人や浪江の人や双葉の人でも帰ることをあきらめている人が多いからだ

そしてどうも知っている人は息子夫婦とか妻が仙台に移り仕事をはじめている
それで残された60代の夫が一人でいるらしい
でも実際は女の人がいて世話しているらしい、そこで妻は息子のいる仙台に行ったらしいその辺のことは深くわからないがどうもそうらしい
他でも夫を残して妻が東京の息子夫婦の所に行っているとかも聞いたからである
その人は原町の復興住宅に住んでいる
何かそういう人が多いのである

またフィリンピン人の女性に貢いで補償金を使ってなくなったという人もいた
要するに補償金をもらっても別に町全体の復興に使われたということもないのである
ただ個々人で自由に使ったとなる
だから特徴的なことは家族がばらばらにしたのが原発事故だったともなる
家族が一緒に住めなくなった人たちが多いということである
それが原発事故のカルマであり後遺症だともなる 
ただそれが全部東電のせいだともならない、やはり地元の人にもそうして自堕落になった責任はある、だから他者ばかり責めるのおかしいと言ってきた
それを言うと地元の人たちに嫌われるともなった

もう元の状態にもどることは不可能に見える、それで双葉町に新しく建った原子力災害伝承館というのには被害者の立場で何も陳列するものがないし語るものがないのである
そこには生々しい被害者の声がないのである
だからつまらないなと見てきた
それなら自分が書いてきた追求して来た原発事故のことの方が資料としても自分で言うのもなんだが有益である、それは地元の立場でもいい面と悪い面でも追及して来たからである
それでどうして事故になったのかを地元の立場でも公正に追求して来た
それは今でも追及している、今になり何か見えて来るものもある
それだけこれだけの大事故だと本当に理解するまでに時間がかかるということである
ただ感情的にではなく合理的に解明できる時間が過ぎたことは確かである
冷静に判断できる、それは後世のためになる 

でも原子力伝承館は後世に残すものが希薄なのである
つまり本当の歴史が伝えられていないのである
またマスコミでも伝えない、だからインタ−ネットで個人でも発信できることで私はしてきた、それは歴史的にも真実を伝えるものである
それは地元の人の悪い点も言っている、そこで反発されたとしても真実を追求してきたのである
つまり何が原因だったのかという真実を追及して来たから後世のためになる
推理小説でも真実を知りたいから追及するというのが理由になる
原発事故は世界的にも影響があり真実を伝えるべきなのである
それは世界の問題にもなったからである   

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磐城国新山となっている、磐城とつくのが葛尾村のバス停にもあった、磐城落合とあった磐城太田駅でもそうである、ここは古代には磐城国だったからそうなっている
相馬になったのは戦国時代から相馬氏が千葉の方からきて支配するようになったからである

posted by 老鶯 at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2021年01月05日

大衆は誰かの言っていることを言っているだけ (自分で判断できないーマスコミ、専門家、武田邦彦氏に従うとかなる)


大衆は誰かの言っていることを言っているだけ

(自分で判断できないーマスコミ、専門家、武田邦彦氏に従うとかなる)

小池百合子東京都知事らから再発令の検討を要請された2日後に表明する展開となったことに対し、自民党幹部は「小池氏のパフォーマンスに押し切られたように見える」と指摘

日本人はなぜ野蛮になったのか?──警察権力と女帝・小池都知事の政治【武田邦彦】

このことは武田邦彦氏が盛んに小池百合子氏を批判していた、小池氏の政治はパフォーマンスの政治だとして批判している、常に独断的に禁煙しろとか服装まで口をだしてクールビズだとか恰好いいことを言って命令して実施する
コロナウィルスでも新宿の歓楽街を標的にしたのもそうだという
そこを嫌っているからそうしたとしている
このパフォーマンスは大衆にわかりやすいから受けた、それで知事にもなったし一時緑の党を作り国政を左右しようともした
それは小泉首相もそうだったのである、大衆にわかりやすいように何かフレーズを短いコメントをテレビの前で言い受ける
その内容を深く考える大衆はいないのである
大衆の支持をどうしたら受けるかを常に考えてそうしている

それで国民は馬鹿と指導者は見ているとか言われる、それはマスコミでもテレビでもそうである、馬鹿な大衆を相手にして視聴率をとり自分たちが支配するのだとなる
だからNHKでもこう言ったとかテレビでこう言っているとかが大衆になる
その人は何か意見を言うのだけど主張するのだけどテレビしか見ていないからテレビでこう言っているということをしきりに言うのである
特にNHKがこう言っていることは国民がみんなそう思っているとまでなっている
世論とはマスコミが作り一番影響力があるのがNHKなのである

そもそもなぜそうなるのか?例えば原発にしても科学がわからないからである
それは専門家しかわからないものとなっているからそうなる
科学の時代になるとき科学を知らない者は発言もできない、だから常にその本人の意見などないのである、誰かがどういったとかテレビでこう言っているとかNHKでこう言っている、専門家がこう言っているというこを鵜呑みにしてオウムのように言っているだけである
要するに大衆に何らか独自に意見を言う知識も何もないからそうなる

私自身も原発事故で発言して来たのでもそうだった、科学知識がないし文系だから核についてわからないから追求できないのである
ただ地元だからもう10年間も追求してきたからそれで何か玄人並みになったなと自分自身で意識するようになった、科学の知識がなくても地元の問題だからその原因とかが見えてきたのである、ただ正直他で起きることは理解できないことが多いのである
だから実際はマスコミでテレビでこう言っているNHKでこう言っているとかをオウムのように繰り返ししているだけである、その本人の独自の見識をもって言える人はまれなのである、特にこれだけ複雑で科学の時代になるとそうなる

それでなぜ武田邦彦氏がオピニオンリーダーになっているのか?

それは科学の知識があるそれもかなりの高度な知識があるからなのである
科学全般に対して一流の知識があるから他の科学者でも医者でも対等に話せる
そういう人はなかなかいない、文系の知識もあるから総合的に判断できる

すると今度は武田邦彦氏がこう言っているからこうだとなる、科学的に無知な自分もそうである、科学的なことがわからないからである
でも専門家でも同じ意見ではない、二つに分かれることがある、コロナウィルスは危険だとそうでもない、インフレインザと比べればたいしたことがないとかなる
過度に恐れることはかえって経済を止めて自殺者が出るからやめるべきだとなる
それは放射線の被害でもそうだった、どこまで恐れていいのかわからなかったのである
ただ80才くらいの老人はどうせ死ぬんだからと飯館村でも汚染されたキノコを食べていたし海産物を食べていた人もいたのである
老人には関係ないとして食べていたのである
だからコロナウィルスでも60才以下とかなるとか重症化しない、例外的にいてもそうである、基礎疾患がなければ恐れることはないとなる
すると自粛とかするのはかえって経済を止めるからその影響の方が大きいとなるからやめるべきだとなる 

大衆は誰かがこう言っているからこうすべきだとしかない、科学の専門知識がないからである,放射線被害でもそうだったがコロナウィルスでもはそうである
いろいろ専門家が言ってもわからないし専門家自体も今はわからないものだからである
するとどうして判断するのか?
小池百合子東京都知事を危険をあおりパフォーマンス政治家で大衆を引きつける
それで経済的打撃を受けても知らないとまでなる
でも小池百合子の主導で自民党の菅首相が自粛をさせることにした
それが自民党主導でないのでまずかったと反省もしている

ただ素人でも何にもわからないのか?そこが問題になる
私自身は科学の知識もない、文系だからわからない、でも地元で原発事故が起きたことであり十年を追及して来た結果、その原因が見えてきたとなる
それは地元だからであり時間をかけて追及して来たからである
だからコロナウィルスはまた別なの問題だから違ったものとなる
確かなことはコロナウィルスでも必ず誰かが言っているからこうだとしかないのである
そして自分自身でも何を根拠にしているかとなる武田邦彦氏がこう言っているからとかしかなくなる
でもそうは言ってもいろいろな意見を見識を参考にして考えるようになると違うのであるそこに徐々に研究者のようになり独自の見解を生みそれで独自のものを出すようにもなるのである  
それで編集という作業が創造的なものがあるということにもなる
多様な見識や意見を総合的にみて編集すると何か見えてくるものがある

民主主義社会ではあらゆる人が何かを言うことができる、ところがほんどんどは誰かが言ったことを言っているだけなのである
その人独自のものはないのである、だから最終的に民主主義でもヒットラーのようにナチスとなり全体主義となりファシズムになる、要するに独自の意見見識など関係ない
数がすべてだとなる、それが大衆社会の実体なのである
そこでまともな見識意見をもっていても通じないのである
だからこそ中味のない政治家でも通用する

「小池氏のパフォーマンスに押し切られたように見える」

まさにこれである、小泉首相の時もそうだっから二三言フレーズを言い人気になったからである、それは大衆社会だからこそそうなっている
大衆は独自の見識意見などないからである
それでカルト教団でも数を集めればいいしかない、一票になればいいしかないのである
それはナチスと同じなのである、それはどうにもならないともなる
なぜなら大衆の勢力が圧倒的でありそれに従わせられる、数に従わさせられる
いくら高度な正しい意見でも通らないのである
そしてマスコミではテレビではこうした大衆を相手にして視聴率を稼ぐ、その大衆に合わせるからさらに悪い方向に向かいファシズムにもなる 
多数こそが見識も意見もなくても正義なのである
そしてまともな人間は異端児となりアウトサイダーとなり排斥されるということになる

大衆が一番理解するのは利益になること金になることである、それだったらすぐに理解する、だから原発が金になることで地元でも熱狂したのである
むずかしいことはどうでもいい、金になればいいしかなかったのである
それが大惨事になったのである
大衆は御利益を追求しているだけである、真実を追求したり真理を追求したりしないのである、そこにこそ最大の問題がある、でもそれは変えられない、それでギリシャで哲人が支配する国家を目指したのである
でも理想の社会とか国家はこの世に作れない、それは神が作るものであり天国にしかないとなっているのである
この世は常にバベルの塔の崩壊と混乱で終わっているのである
原発事故でもコロナウィルスでも同じだったのである



posted by 老鶯 at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

地理で基本になるのは方角である (地図でで方角を知る方法)


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地理で基本になるのは方角である

(地図でで方角を知る方法)

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地図上で方角がわかる

●東と西の方向

日の沈む国。日本の西にある国の意で、中国をさす。推古天皇15年(607)遣隋使小野妹子の携えた国書にある「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無きや」による

「東北」という方角の表し方は東洋風(漢字圏)の表し方で、「北東」という方角の表し方は西洋風の表し方です。

そもそも東北というとき北東のことである、北海道は北である
韓国から見て日本海は東海である、東であり日本海から太陽が昇る
日本だと日本海であり太陽は日本海に沈む、この差は本当に大きい
そこで韓国では東海だとして争うことになる
日本と対抗しているから余計にそうなる、日本の海だというのが気にくわないのである
だからこの方角は地理にとって基本である
旅をして一番感じるのが太陽が昇り太陽が沈む方向なのである
それは海を航海するときも太陽が昇り沈む方向で方角を知る

それで旅をして一番不思議に思ったのは太陽が沈む方向だった
それを感じたのは琵琶湖の湖西という地域である、そこは西であり太陽が沈む方向であるでも太陽が昇る方向が東になりそれが関ケ原でありそこを境に東西に分かれるのが日本である
それは歴史的にもそうである、壬申の乱でも東西が分れて争った
その境目が関ケ原にもなる、それで東(あづま)というときそこから東の地域に入るということになる、琵琶湖の滋賀県までは西であり関ケ原を越えると東である
戦国時代だと信長の名古屋城がある、そして琵琶湖の岸に安土城を築いた
それは東(あづま)から西へと京都へとし支配するためである

世界史でも世界の地理でも肝心なのは方角である、なぜなら東西文明に分かれるからである、西洋文明と東洋文明というときそうである、それは基本に方角があり世界史でも分かれる
「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無きや」とか小野妹子が国書に記したのはまず方角でもって世界の地理を意識して示したのである
それだけ方角が地理の基本だからそうなった、方角でその国の位置を確認していたのである

玉骨はたとえ南山の苔に埋るとも、魂魄は常に北闕の天を望んと思ふ (後醍醐天皇)

太平記の世界から、後醍醐天皇の遺言です。南北朝の戦いで足利尊氏に敗れ、京都から奈良県の吉野へ撤退した後醍醐天皇は、吉野で失意のうちに崩御します。その時の遺言がこれです。「私の身体は南の吉野で白骨になるけど、魂は常に北の京都奪還の執念を持ち続ける」といった大意です

それで南北朝の争いでも方角が意識される、北闕に北に京都があり御所があるからであるそしてイスラム教ではメッカのある地点に向かって礼拝する、方角が大事なのである
偶像を否定しても方角は否定していない、世界のどこにいてもメッカの方角に向かって礼拝している、方角が大事なのは砂漠とか草原の民の遊牧民である
そこでは方向は星で決める、だから三日月と星の旗になる
北斗七星が信仰にもなる、北極星が目印となるからだ
相馬氏の妙見信仰はこの北斗七星なのである、だからこの信仰は大陸から伝わったものである 

●太陽の沈む方向の地名

ともかくこの方角から地理を知ることである、それは実際にその場に立って太陽が昇る方向とまた沈む方向を知ることである、実感することである
それを知るにはいつも住んでいる同じ場所では実感できないのである
だから大坂でも不思議なのは日下とあるとき太陽の沈む方向だとしている
大坂に太陽が沈むというとき普通は山に沈むからイメージできない
でもそこは太陽の沈む方向になっていた  

「長谷(ながたに)の泊瀬(はつせ)」……「春日(はるひ)の滓鹿(かすが)」……「飛鳥(とぶとり)の明日香(あすか)」……の如く、枕詞的に用ひられた修辞句……「日下(ひのした)の草香(くさか)」……があつて、それが地名の訓を獲得してしまったと見るのである。……当地からすれば太陽の出を山麓から仰ぐのであり、大和からすれば……太陽の下る所に当るのである

大坂の日下は大和から見て太陽の沈む方向にあったからその地名がついた
どこを基点にしているかが重要なのである、それで方角が変わってくるからである
だから韓国から見た時、日本海は東海なのである
東の海であり太陽の昇る方向なのである、それで争いにもなる
日本海だと日本の海なのかとなってしまうからである
でもこれは歴史的に日本海なのでありその呼称を変えることはできないのである
ただ世界を知ることでも方角が重要なのである  

明石城があるところに春の太陽が沈み城を赤く染めたのは忘れられない光景であった

明石城夕日に染まり行き来する船の絶えじも難波の栄ゆ(自作)

天離る 鄙の長道ゆ 恋ひ来れば 明石の門より 大和島見ゆ 柿本人麻呂

あそこから淡路島も見えるから淡路島が古事記の神話の国造りの中心になったのも地理的に感じる 

二上山に秋の夕日の映えつ没る姉と弟の山と並びぬ

これもやはり方角が太陽の没る方向に映えた、それは飛鳥の方向から見えたのである

●相馬市の日下石(にっけし)の地名の不思議   

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地理と歴史は一体化している、それで地歴となった、この地理を知ることは容易ではない地図を見てもたとえ旅しても電車とか車だと必ずしもわからない、坂があっても簡単に越えるしただ早く早く通り過ぎることが多いから印象に残らないのである
本当は歩けば地理を実感できる、でも歩くとなると労力がかかりすぎる
だから私自身は歩く旅はしていない、自転車の旅だったのである

太陽(日)が昇る方向だからということだそうです。
沖縄のほうはもっとダイレクトですよね。太陽が上がる方向だから「アガリ」

日向かしが東(ひがし)の由来だとすれば、
同じ字の地名「日向(ひゅうが)」も同様ですよね。 

日本語のニシは、「去方」(イニシ)の約であろうという。イニが去(イ)
ヌという動詞の名詞形で、シは方向を示すので「日没の方向」の意で西を捉え
た語というわけである。

そして津波で判明したことは日下石が西の方向のことだった
なぜならそれは海から見た時西になっていたのである
私は津浪になったとき海になった所を見た、確かに日下石は海から見れば西なのである
それは海洋民族の感覚である、どうしてもそこが西にはならないからである
船で海を渡ってきた渡来人が名付けた地名だともなる
なぜなら相馬地域に綿津見神社が本当に多いからである、飯館村の山中にもある
それが主な社でありそれは先住民が入ってきた証拠なのである
それは安曇族などの海洋民族なのである、それがこの辺の基礎にある

でも海から見れば海の岸に太陽が沈んでいたから不思議だった
東とは確かに日に向かうということから来ている、でも日の岸ともなり海の岸辺に太陽が昇るともなる、ただそれは今度は山側とか西から見た時そうなる
だから方角地名はどこを基点にするか問題になる
北京から見て南だから南京となり南京から見れば北京なのかとなる
東京は東の京だからである  






posted by 老鶯 at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅の記録

2021年01月06日

観光に頼ることの危険(コロナウィルスで判明‐グロ−バル化の弊害)


観光に頼ることの危険(コロナウィルスで判明‐グロ−バル化の弊害)


日本から一番近い楽園」グアムが崩壊寸前 新型コロナ禍

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現代は観光の時代である、グロ−バル化したら世界が観光になった
特に日本は経済が停滞して観光で立て直そうとした
日本が今まで外国人が観光に来なかったのは物価が高いためだった
今は日本は物価が世界と比べて割安になっているのだ
それはヨ−ロッパでもアメリカでも賃金は上がっている、日本だけが上がらないのである日本は韓国より経済が停滞しているのである

でも観光がコロナウィルスで大打撃になった、例えばグアム島は観光で成り立つから
コロナウィルスが蔓延するともう観光が成り立たなくなり危機になる
スペインでも観光業のしめる割合が高いから苦しいと報告している
ギリシャなどはもう観光が頼りである、コロナウィルス前から国が破産するとして騒いでいたから苦しくなる
ギリシャで不思議だったの一面が菜の花であり遺跡も菜の花で埋まっていたことである
そこに羊とかロバがいる、そこは過去の国であり遺跡の国であり産業はないのである
そういう観光頼りの国は苦しくなる

私は人生が旅ともなっていたから旅とか観光に興味がある
ただ旅と観光は違っていると指摘した、旅は今はできないし旅人はいない
観光とは保養でもありギリシャはヨ−ロッパの保養地となっていた
何ら産業がないからそうなっていたのである

このコロナウィルスの影響は世界的であり何を問うたのか?

それはヒト、モノが自由に行き来する、グロ−バル化でも行き来する世界が止められたことである
でももともとこんなに世界を行き来する社会は今までなかったのである
グアム島でももともとそこで観光業などないのである、その島で獲れるもので生活していたのである、それは貧しくてもそうである
それはみんなそうだった、日本だったら江戸時代なら村ごとに自給自足の生活だった
燃料は炭であり回りにあるもので間に合わせていたのである
それしか生活の方法がないからである
外から何かを仕入れるということはまれだったのである

それで不思議なのは山の生活が貧しいというけど飢饉の時は山に逃げるとかあり山に食料があったとなる、また山では稲作だけに頼らないから稗とか粟とか食料になるものがあった、山菜などもありそれでしのいだとなる
米だけを作ると米が不作になると飢饉になった、外国でも後進国ではコーヒーだけに頼るとコーヒーが安くなると生活が苦しくなり餓えるということもある
畑で他の食料を作っていないからそうなる
つまりある地域でバランス良く食料を作っていればそうならないのである
でも商品作物としてコーヒーばかり作っていることは危険なのである
東北でも米が商品作物となり江戸に船で運びそれで飢饉になったとしている
つまり地域でもバランス良く食料を自給していることが必要なのである
何かにかたよると危険になる
第一日本だって工業製品ばかりに頼っているとそれが売れなくなると日本国内に食料を用意していないと外国から買えなくなる

とにかくウィルスは江戸時代でもコレラでも長崎から入り会津まで流行した
交通が不便な時代でも流行したのだからその百倍なのか人が行き来すればもう感染を防げないのである、つまりグロ−バル化とか広域化とかはウィルスには一番弱かったのである福島県では桧枝岐が秘境でありそこがコレラに感染しなかった
そこは米を食べられず蕎麦が主食だった、そしてヤモリの燻製とかを食べていたのであるそういう自給自足経済で隔絶された所はウィルスに感染しないとなっていた
でも現代はどんな場所でも秘境でももうヒトが行くし物流もさけられない、するとどうしても感染してゆくのである
だから人間社会ではいいと思うものが悪いものと作用する、それは常にそうである
石器でも道具でも鉄でも核兵器でも便利なものを作っても大量殺戮兵器となったようにいいものも悪いものとして利用されるのである

ともかくコロナウィルスで見直されるのはグロ−バル経済とか広域経済が必ずしもいいものとはならないことだったのである
もちろん江戸時代にもどれとかにはなれない、でも何か経済でも国内とかでもバランスがいいものとして国土を利用するとかある、自給度を高めるとかある
外国からの輸入にばかり頼ることは危険なのである
外国と交流もできなくなるということがあることを知ったからである
そして中国が発生源であり今でも中国は危険なのである
別なウィルスが発見されたともしているからである

そもそもこのウィルスは何なのか?

これは自然の防衛作用でないか?つまり人間が踏み入ってはならない聖域のような場所でもずかずか入ってゆく、機械で開発してゆく、その暴力的な自然の侵入に対してそのサンクチャリーで防衛反応としてウィルスを出して入らないように防衛する
だからこそウィルスは風土病とされたのである、その土地土地から生まれるのであり
もし交通が発達しなければ拡散されないのである
でもコレラにしても長崎から江戸時代に入ってきて拡散した
そんな時代でもそうなのだから現代はその何万倍なのかわからないけど交流がありもう防ぎようがないのである

要するに人間はタブーを破ってきた歴史がある、もともと神が智慧の実のリンゴを食べるなとか警告していたのに食べた、それでアダムは楽園を追放されたのである
何かタブーを犯すことで災いが生まれた、他にもプロメテウスが火を盗んだという時もそうである、それでゼウスに過酷な罰が与えられた
その人とは原子力でもあったのだ、核を破壊するということはタブーだかそれも破られてこの辺は大惨事になったのである

そしてグロ−バル化の結果として国と国は熾烈な戦争になり何千万も死んだ
だからグロ−バル化はみんないいものとして作用しないのである
江戸時代なら別に韓国とも中国とも争うこともなかったのである
でも今は経済で交流しても敵対する、中国の侵略に怯えるようになったのである
そしてグロ−バル化がいいようでも必ず敵対化して覇権争いになり「経済封鎖」をする
そこから戦争にもなる、日本でもアメリカから経済封鎖されて戦争になったとかある
経済のグロ−バル化がすべていいものとして働かないのである

だから二千年前に老子が説いた小国寡民とか文明否定の思想が実は平和の思想だったともなる,鍬とかまで否定したからである、つまり一見世界的に交わることはいいことだとなる、それが極端に推し進められたの現代である
それがコロナウィルスで止められた、それはもしかしたら神からの作用であり戒めのためだったのかとまでなる
世界を変えねばならないとまでなってしまったからである
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2021年01月07日

緊急事態ではまず金だけでは対処できない (原発事故もあらゆる利権団体の利を優先して起きた)


緊急事態ではまず金だけでは対処できない

(原発事故もあらゆる利権団体の利を優先して起きた)


安倍前首相は繰り返し、PCR検査体制を強化すると公言してきた。厚労省は一体、何をしてきたのだろうか。厚労省は、今こそ、民間主導の検査体制の確立を支援すべきだが、実態は反対だ。


本当に大変ならば、パンデミックの影響で患者が減っている医師が応援に駆け付けるべきである。感染専門医でなくても、基本的な医療知識のある医師や看護師の方が、一般ボランティアよりもはるかに役に立つはずである。

  それすらを行わないというのは、「医療関係者の傲慢・怠惰」でなければ、「実はウイルスの影響は大したことはない」のに、医療関連費用の利権獲得のために「恐怖を植え付けようとしている」からと考えざるを得ない。


 
 原発事故のことでも追及したけどあらゆるものが利権団体化してそれが歪める
民主主義とは利権団体民主主義なのである、個々人はまとまった票にならないから無視される、それで個々人は選挙に行かない、現実は5割の投票率しかない
でも利権団体に入っていれば必ず行く、それが創価などでもカルト宗教団体など宗教すら利権団体でありまとまった票をとれると手を組む
宗教は大きな利権団体なのである、御利益を与えるのではなく御利益をもらうのである
賽銭を入れて何か御利益をくださいと祈る、その御利益は神社側にゆく、肝心の御利益を願う人にはいかないのである、現実に神主がその賽銭を盗んだというのもそうである
何かここに日本人の信仰のおかしさがある
創価などでもそうである、24時間年中選挙態勢である、一票とることが信心なのである池田先生のためだとして会合して祈る、それは明らかに政教一致なのだけど許されている結局ここでも幹部とかに金が回る仕組みになっている
別にそれは共産党とかでも同じである、幹部に金がまわり贅沢しているとかなる
それは中国を見ればわかる

原発事故の原因がなんであったのか?

それが10年間地元のことだから追求して来た、合理的に追及してきて見えたきたのは
様々な利権団体が巨額の金のなる原発に群がり利益を得ようとしていたことである
本当にそれは検察とか警察とか自衛隊とか官僚でもあらゆる公的なものでも利権化して天下りしていたとかなる
地元でも漁業組合は利権団体化して事故前も多額の補償金をもらっていたのである
事故があっても金に困ることはない、補償金が他よりもらえるからである
それで立派な家を豪邸でも建てたのは船主だったのである
また原発からは町長とか議員とかにも金が回っていたともなる
なぜなら富岡町長の五億円入っている金庫が津波で流されたから探してくれというのもそうである、そんな金がどこから来たのかともなるからだ

利権団体というとき電事連は大きな資金が豊富な団体である、ここから800億円とかがマスコミの宣伝費として出ていたのである
だからマスコミは原発の危険性を追求しなかったのである、原発の利権は本当に国家予算なみの巨額なものだったのである
国家予算並みにもなる、すると官僚でもその利権を得ようとして危険性は無視されたのである、もちろん地元でも原発で働くと普通の三倍の賃金になるとか働いていた人が多かったのである、だから事故後も東電を批判しにくいと言っていたのである

このことはコロナウィルスでも同じように働いている

なぜ最初から大がかりに陽性なのか検査をしなかったのか?
それはできないということではなかった、民間で千円くらいで今できているからである
検査できないのではなく検査させなかったのである
それは厚労省の省益とか関係してしなかった、それも利権だったとなる

でも緊急事態には利権のことを言っていられなくなる、コロナウィルスでもバタバタ死んだりしているときまずは金を出せ利権だと言っていられない、そうすると国民が死んでゆくからである
そのことは自分自身が経験した、自分が介護で一人苦しんでいる時、苦しんでいる自分のことなど関係なく金を要求して来る、まず金をだせそしたら助けてやるとなる
その人は事業に失敗して借金していたからそうなったのである
私には金はあった、それは後で親が死んでわかったことである
だから助けてくれれば後で払うということがあった
また盗まれもしたがそれも助けてくれたら後で感謝して金でも払うことがあった
でもまず金をだせ、そしたら助けてやるとなっていたのである
それは脅迫だったのである

それと同じようなことが今起きているのかもしれない
医師会ではまず金をだせそしたら何とか対策を考える、まずは金だとなる
もちろん金は必要だし払う、でも緊急の時はそれより目の前の苦しんでいる人を助けることが先決なのであてる
まず金だ、それから考えるとなっていたら助かる人も助けられないのである
それはあらゆる利権団体でそうなっている
そうしてまず金を出せとなるとき身動きとれなくなる
緊急事態でも対応できない、金を出さなければ動かないとしたらそうなる

緊急事態ではまず目の前の人を助ける、それで金のことを後にするとならなければ助けられないのである
戦争中が赤紙一枚で招集されて戦地に送られた、従軍看護婦も突然赤紙一枚きて地獄の戦地に送られた、それに文句も言えなかったのである
それは戦争という緊急事態であり国の存亡がかかわっていたからである
そんなとき金だ利権だと言っていられなかったのである

今コロナウィルスで起きていることは戦時中にもなっている
学生も看護しろとかなるとき何か学徒動員を思いだした、兵士になるものがいなくなりそうなった、でも学生でも自由意志であり強制できないから行かないのである
強制できないからそうなっている、でも何か強制しなければならないときもある
自由社会とかの弱点もででいる、なぜなら中国では強制できるから日本より対処できたとしている、徹底的に最初からPCR検査して陽性者をあぶりだしたのもそうである
それは強制できるか社会だからそうできたのである

パンデミックの影響で患者が減っている医師が応援に駆け付けるべきである。感染専門医でなくても、基本的な医療知識のある医師や看護師の方が、一般ボランティアよりもはるかに役に立つはずである。

これは賛成である、医師や看護師が不足していないからである


ともかく緊急事態と平時の対応は違ったものとなる、平時だったら自由意志でいいのである、でも緊急事態になると自由意志を言っていたらバタバタと人が死んでも医者でも看護師でもかまわない、危険だからかかわりたくないとか金をもらわないと動かないとなったらどうなるのか?国自体が崩壊してゆくともなる
ただ緊急事態といってもそうした危機感もない、戦争とも違うからである
たいしたことがないとかなっているしそうかもしれない
これは医療体制の問題だというとき医療を一致して対処する、民間の病院でも緊急なのだからコロナウィルス対策として回すとかすることが言われる
それが医師会とか何か厚労省の省益とかでできないことが問題なことは確かなのである

まず医療体制をしっかりしたものとする

そこが医師会とかの利権とか厚労省の省益とかなにか利権でできないとすることが最大の問題なのである

なぜ原発事故が起きたのか?

それを追求してきたがこうした利権団体が国家予算並みの巨額の利権に群がったからである、そのために原子力村が形成されて強力な安全神話は作られた
それはあらゆる利権団体が作り上げたものだったのである
それと同じようなことがコロナウィルスでも起きているのである
つまり危機に対応するにはまず利権だとか金だとか言っていられないのである
そんなことをばかり考えていたら目の前で人が死んでゆくからである
ただそこまでの危機感を国民が感じていない、そこまで危機感をあおるのはやめるべきだということもわかる 

外国とは違うからだとなる、でも医療体制が日本ではウィルスには脆弱だったのである
民間主導でかえってできないものになっていた
その医療体制を見直して備えるべきだというのは確かである
でもそれは遅かったともなっている、緊急事態には速攻が必要になる
じたばたしている内に被害が拡大する、急襲されて全滅するとかまでなる
人間は急激に起きることに弱いのである、そこが弱点なのである
だから民主主義とかみんなの合意とかを計っていたら対応できないのである

それでかえって中国では対応が早かったともなったのである
上からの強制できる社会だからである、それがいいとはならないにしても緊急事態には強力に上からの統制と命令ができるからコロナウィルスには対応できたとなる 
武漢でコロナウィルス対応のプレハブの病床を大量に一挙に作ったのには驚いたからである、日本ではそういうことがしにくいのである、強制できないからそうなる
特措法の法律を決めるとか手続きも必要になるとかめんどうになる
そうしているうちに被害が拡大して手遅れともなる
特に現代社会は複雑に分化しているから統制して命令することがむずかいしからそうなるそれぞれの利権を言っていたら緊急事態に対応できないのである



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