2020年08月31日

雲の峰、夏の海(一羽の鴎の詩-落合橋、金沢の砂)


雲の峰、夏の海(一羽の鴎の詩-落合橋、金沢の砂)

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真野川の落合橋

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原町金沢の砂浜

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雷鳴りて鮎の跳ねる流れかな

あめんぼう流れつつ輪を描くかな 

夕陽さし落合橋に雲の峰

(電線にとまる鳥)

里の秋烏鶺鴒雀かな


一羽の鴎

砂浜に鴎一羽
遠くより飛び来て
遠くへ去りぬ
砂浜の足跡は
よす波に消されぬ
あとには夏の海が広がり
波は崖に打ち寄せひびく
鴎は空に大海に
かなた飛び去り消えぬ 
鴎は今いづこにありや
ただ波のひびきと
青い空にその一点
白い鴎は消え去りてなし
鴎は天地を宿として
はるかな旅をつづけている  


真野川に鮎が跳ねて上る、その時雷が鳴る、雲の峰が落合橋にいくつか見えた
いかにも夏らしい、昨日はまた暑かった  
鮎が跳ねて上ってゆくのは気持ちがいい、あめんぼうが流れにいくつもの輪を描いてい

でも曇っていたので自転車で金沢の浜に行った
人は結構日曜日なのでいた、それでもっと海に近い場所があり行ったら砂浜が広がり崖になっていた
ここは元の自然のようになっていた、砂浜があったからだ、一応金沢には砂浜がある
右田浜にはなくなっている、松原もなくなったから淋しい
金沢でも前は松原があったのだ
その時まだあの火力発電所はできていなかった、それで烏浜から原町に出る所に自然の砂浜があった、そこを歩いていた
それが全く変わってしまった、自然もこのように大きく変化する

一羽の鴎が飛んできた、砂浜にとまり歩いた、またすぐに遠くへ飛び去った
そして広い海と波のひびきがあるだけだった
何か鴎とかは気持ちがいい、大きな海と一体化したのが鴎である
常に大きな海がある、その海を自由に飛んでいる感じになる

その点人間は自然と一体にならない、何か隣に異常な老女かいて悩まされている
普通ではない、何か不満があり騒いでいるという
今そうした異様な老人が増えている、キレる老人でもそうである
退職すると老人の役割りもなくなる、また子育ても終わると女性の役割りもなくなる
それで何もしないでただ不満をぶつけるだけになる
その老女は本当に異常である、隣だから逃げるわけにもいかない
近所つきあいもしないで何かわけのわからことを口走り変な恰好して迷惑な飾り物をしたりしている、そんな人が警察を呼んだりして苦しめているというのも変である
そんな人のために警察が来ているのも変である
第一何も迷惑かけなくても通報されれば警察は来るというときそうである
結局警察はそうした事情を呑み込めない、土地の事情も知らないからそうなる
それで自分自身も駅でボランティアして怪しいとして通報されたからだ

田舎だとまずその土地の事情を知ることが必要になる
そうしてあまり近所付き合いとか他でも介入することは問題になる
都会のようにはいかないと思う、それで土地の有力者は田舎では有利になる
警察でも一目置くからである、またそうしないと警察でも仕事がうまくできないということはある
ただこの迷惑老人は田舎だからではない、どこでも高齢化で起きているのだ
ますますそうした人が増えてくるのだ

とにかくこうした人間と鴎を比べるとあまりにも差がありすぎる
そんな人間は消えてほしいとなる、でもそういう人間はいくらでもいるのだ
だからなぜ人間はこんなに醜いのだろうとなる
それは常々思っていることだった、動物より人間は醜悪になるのはなぜだろうとなる
蛇のように隠れていればいいが人間は隠れることはない、醜悪でも隠れないのから困るのである

結局なぜ私は旅ばかりしていたのか?それはこうした田舎の人間の醜悪さを嫌悪していたからである、旅をしていれば鴎のようになり接することがないからである
田舎にいるにしても一時的なことでありあとは去るだけだから良かったのである
ただ今は旅はできない、何か疲れてしまったからである
でもつくづく近くでも知らない所が未だにあることの不思議である
あそこの砂浜は注意して見ていなかったからである
今は何かこうした砂浜がない、鹿島にも松川浦にもない、ここはまた砂浜がある
ただ東北電力があるので自然の景観とはならない、でも砂浜が広がっていたので気持ちいいと見たのである

今日は涼しいから助かった、暑くてぐったりして昼間でも寝ていた
これからは自転車で遠くに行けるかもしれない、やはり運動できないことは体に悪いからだ