2020年08月06日

高齢者の読書離れ (読書も勉強も環境に左右される-私の読書経験)


 高齢者の読書離れ

 (読書も勉強も環境に左右される-私の読書経験)

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週間文春-8月6日

ここで面白いのは読書していることではなく、蔵書を本をそろえることだとしている
本を理解しなくても読まなくても本をそろえる、書斎を作る
これもそうだと思った、私がそうだったからだ
本を読もうとして相当に本を買った、でもその本がたりなかったのである
本が買えなかったのである、田舎では都市があっても5万くらいの都市ではまず本が売っていないのである、専門書などほとんど売っていない
そうなると田舎で独学することはできない、本が読めないということはもう知的な刺激も得られないからだ
そしてくだらない本を読んで失敗することになる

子供の時には本が一冊も家になかった、第一子供部屋などなかった、だから今子供部屋おじさんと言われる人がいる、その人は子供部屋をもっていたのである
まず高校まで家が狭くて自分の部屋がもてない、また家に一冊も本がない
そういう環境は知的な発達には不利である
頼るのは学校であり教科書しかなかったからだ
知的な興味というのは学校ではなかなか培えないように思う
私は何か学校で試験のために勉強したが興味をもって勉強したことがないからだ
勉強は自発的にしない限り身につかないと思う

家庭に知的環境があるのとないのとは相当に差がある
なぜなら家庭でそうした知的環境があれば自分の興味あるものを追及できる
最も身近で追求できるとなるからだ
それで家庭に一冊も本がないということは相当に不利だったのである
戦後生まれの団塊の世代でもその時本は高かったから家に本がそろっている
知的環境がある人はまれだったろう
たいがい飯台一つしかない生活が普通だったからである 

なぜヨ−ロッパに天才が多いのか?
それは学校とかないとき家庭に教えられる環境があったからである
モーツアルトでもベ―トベンでも家庭で音楽を学ぶ環境があった
親が教師でもあった、まず音楽だと家にピアノがあるとないでは相当に違うからだ
音楽になると幼児の時から親しまないと身につかない
私自身は音楽は音痴でありクラシックでも知らない
ところが暇だったので何かクラシックを無理しても聞いていたのである
そういう環境が大学卒業した以後家にあるようになったからである
音楽だってそういう家庭環境がないと親しめないからである 
ヨ−ロッパの天才は貴族はそうした環境が備えられていて独学でも学びえたのである
その天才たちが実はヨ−ロッパ文明を作るリーダーにもなった
理系の分野でも本当に天才か多いからである
そうした天才を産むということでアメリカでも発明がありコンピュターなどを発明したりしたのである、それも二人くらいの天才がいて生れたのである

私がインタ−ネットにはまったのも引きこもりになり自宅で通信機能付きのワープロを始めたからである、だからその時からパソコン通信とかに親しんでいたのである
それをしていたのは相当に若い世代だった
でもすぐに時間すぎてインタ−ネットがされほど発達して日常に欠かせないものとなったのである,インタ−ネットはそもそも家庭で知的仕事ができる道具だったのである
家庭の中に図書館でもあるような感覚になる
図書館も利用していたが今はここ十年くらい行っていない
図書館は意外と不便なのである、むしろ古本の安いのを買って自分の家を図書館にした方が効率的だしそれが今できるのである
テレワークの時代になるというのもコロナウィルスで推進されるのも時代だったのである

私は大学を出てから正式に会社に勤めたことがなくアルバイトを渡り歩いて底辺になったそこでした仕事は流れ作業しかない、そのために仕事をしたくなくなった
その嫌悪感が強かったからそうなった
そののちは家に引きこもり本を読んだり旅に明け暮れたとなる
その時家を新しく建てたので書斎付きの部屋が用意されたのである
ただその時書斎には本は少なかったが、大量の本を置く場所が用意されていたのである
それでそれなりに本を買って集めた
でもその本が少なかったのである、近くにしょぼい本屋しかない、まともな本は仙台にしかない、すると一週間に一回でも仙台市に行ったのは本をみるために買うために行ったとなっていたのである
でもいまアマゾンで古本で何でも買える、キンドルとか電子本でも読める
今になると田舎でも本は本当に古本を集めるだけで書庫を作れる
それも安いし専門的な本でも買えるからだ

まず知的な仕事には本は欠かせないのだ、それも相当な量が必要なのである
ただ今になるとせっかく買っても読んだ本は理解した本は少なかった
だから本を買った、積ん読になっていた、ただ本を買って積んでいることになった
でも柳田国男全集とかは買っていた、やはりこうした全集は確実に必要である
それを感じたのはインタ−ネットでプログとかで書き発信するようになったからである
つまり読書は一方的になりやすい、そして何も記憶されないで理解しないで終わっている本とは実は対話である、著者との対話である
また別にインタ−ネット時代になるとニュースの記事の解説でも対話できる
それを私はプログで試みている、引用して自分なりの感想を書くのである
これが大事だったのである、ただ本を買って並べているだけでは身につかない
対話することが重要である

確かに老人になると新しいものが吸収できなくなる、となると今まで読んだ本や買った本がその人の知的教養となる
それで不思議なのはそうして買った本を読んでもいない、また理解してもいなかった本を読み直している、そして再認識している
人間は本を買っても深くその本について理解していないのである
だから必ずいい本は読み直す必要がある、それで再発見してい活かすのである
今なら本でも要点をつかみ自分の文脈で引用できる
これも不思議なのである、やはり老人になるということはどんな人でも経験をつみ何より先が短いということ死が迫っているということで人生をふりかえりその意味を否が応でも知らしめられるのだ
それでなにかしら老人は語ることがある

本についても読書についてもそうである、高齢者の読書離れというとき高齢者はむしろ他人の本を読むというより今まで読んだ本の理解を深め経験を語る方にアウトプットに向いているのである
だから本を買っても読まない理解しないとしても老人になると他者に何か書いて伝える時再び活きてくることがある、どうしても老人は読書より他者のものを読むより自らの思想を経験したものをアウトプットすることになる
その中で過去に買った読んだ本でも思い出したりして引用できる
それでイリイチの本がアマゾンで

「専門家時代の幻想」が古本でも7000円していた

これは高いと思った、古本でしかもう読めなくなっているからだ
それだけ歳月が過ぎたということである、この本が原発事故やコロナウィルスとかで専門家の問題を指摘したので役にたったのである
でも今7000円で買うとなると簡単に買えないとなる
私は要約して伝えることができる、でもやはり一冊読まないと理解できないとなる

2020年08月07日

コロナウィルスも人間のカルマだった (スペイン風邪から戦争へ向かった時代を知る‐カルマはくりかえす)


コロナウィルスも人間のカルマだった

(スペイン風邪から戦争へ向かった時代を知る‐カルマはくりかえす)

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人間は過去になると忘れやすい、人間の問題は忘れやすいことである
何か大きな事件があってもその時は夢中になって見ている
でもまもなちく忘れてゆく
なぜ忘れるかというと日々新しいことが起きて変わってゆくからである
それで歴史的に大事なことでも忘れてゆく、それで儀式のようなものでもいいから大事なことを忘れないようにする
もう戦争でも自ら体験した人はいなくなる、するとますます忘れられる
戦争に実際に参加した人もいなくなる
すると戦争の話を親とから聞いただけが戦争の記憶になってゆく

私の姉は従軍看護婦としてシンガポールの向かい側のジョホールバルで四年間勤めた
それは傷病兵を世話するとか地獄の様な場所だった
そこで死んでゆく人もいたからである
最も悲惨だったのは日本軍が負けてジャングルに逃げた時だった
そこで食べ物もないので悲惨だった、そのことを死ぬ直前まで語っていたのはどうしても忘れられないものだったからである

とにかく戦争でも75年も過ぎると忘れられてゆく、この忘れることがまた怖いのであるなぜなら津波は相馬藩内であった、それも400年前であり慶長津波だった
記録として「700人生波(いくなみ)で溺死」と記されているだけであり学者さえ知らなかった、津波の後に発見されたのである、生波とは津波のことである、慶長津波以後に津波となったのである
その津波についてもう誰も語り継ぐものはなかったのである
ただ文書の記録として二行だけ相馬藩政記に記されていたのである

人間は生きても百年生きても短い、なぜなら歴史は長いからである
だから老人でも津波のことを経験していないからこの辺は津波が来ないと確信までしていた、それで老人は逃げなかったとなり死んだ人が多い
つまり百年生きても百年の記憶しかないから津浪に関して全く伝えられていないから来ないという確信になったのである
そういう重大なことでも語り継がれない、忘れられるのが人間なのである

コロナウィルスにしても百年前にスペイン風邪があり世界で実際は4000万人くらい死んだのではないかと言われる、実数はもっと多いとされている
その数には驚く、日本でも38万人死んだということは多かった
大正時代であり人口は今の半分くらいであった
歴史をふりかえるとその前に

大正7年(1918) スペイン風邪が大流行する
          第一次世界大戦が終結
大正12年
(1923)     関東大震災
昭和4年
(1929)      世界恐慌が始まる   

※(1929年10月21日、ニューヨークの株価暴落がきっかけとなり世界的な不況が発生する
明治が終わり大正7年から時代的に暗いムードになっていた
そしてそれが太平洋戦争へと向かっていったと分析する人もいる
何か今の時代と似ていると分析するのもわかる
津波があり原発事故があり約10年過ぎてコロナウィルス騒ぎがあり失業者が大量にあふれるとかその前から日本経済はすでにバブルから停滞して回復していない
それに追い打ちをかけるようにスペイン風邪があり関東大震災があり世界恐慌となる
スペイン風邪が先に来てその後関東大震災が来たからここは逆になっている

私の母は関東大震災の揺れを経験している、百歳まで生きたからである
大正4年生まれだったからである、だから大正時代というとき親しみを感じるのである
明治と違って大正時代は暗い時代でありそれがさらに継続して太平洋戦争になったのかとみる

でもスペイン風邪とか津波のことは忘れてしまうのか?

それは一過生の被害だからかもしれない、津波も瞬間的に大被害となる、でもつづけて被害はない、コロナウィルスでもそうである
それは大被害でも忘れやすいのかもしれない、意外とウィルスのことなど話題にもならなかったからである
でも例えばウィルスでも結核だけは常に語られてきた、それは国民病とも言われ恐れられていた、その被害者が常に家族でも近くでもいたのである
母の実家の墓には25歳とかで結核で死んだ人がいた
その墓誌を見る時、何か生きられなかったくやしさがその年齢から感じる
でも今は墓参りにも行かない、何か嫌になったからである      

同じ親戚でも肺の手術した人がいて生涯はそのために障害者になっていた
それは戦後のことでも結核だったのである、つまり結核は常に身近な病気であり若い人が死んだから悲惨なものとして見ていたし伝えられたのである
戦後にそれがウィルスとして細菌だったことがわかりその病気は消えないにしてもかかる人はまれになった、ほとんどなくなったとも言える              

ただなぜ結核だけはスペイン風邪のように忘れられなかったのか?

それは江戸時代でも明治時代からでも常にその病気にかかる人がいて悲惨なことを目撃していてそれで語られていたのである
石川啄木もその結核で死んで怨念を残して死んだからである
つまり記憶に残ることは継続されることであり一過性だと忘れやすい、それが大きな被害でも忘れやすいともなる
人間はその目でじかに見ているものは語る、でも一過性のものは被害が大きくてもその時だけだから忘れやすいのかもしれない
それで語られずに記録でも記憶でも断絶してしまうのかもしれない
こうして人間は忘れやすいのである、だからこそ忘れてならないものがありそれがわかるのは結局津波でもコロナウィルスでも同じことで苦しむことによって実感する
それがカルマなのである
カルマは個々人でも苦しみとなって現れたとき自覚するからである
何もなければ自覚してないのである

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今の時代はまさに津波でもそのカルマが苦しみとなって自覚させられる
またウィルスでもそうである、忘れていたことでも同じことが起こり苦しむ時そのカルマを自覚するのである
人間は必ずカルマを自覚させられる、カルマはこの世から消えることがない
カルマはこの世の終わりまで消滅しないのである
それは確実である、この世はそういう場所なのである
天国はこの世に実現しないからである
むしろこの世は滅びると予言されているからだ
この世は個々人でも国でも団体組織でもカルマを受ける場所なのである
コロナウィルスもカルマだったのである

ともかく歴史を知ることは大事である、コロナウィルスでも日本でもスペイン風邪で被害がありその前に幕末でもコレラの被害があった
ただそれを忘れていただけなのである、だからどう対処すべきなのか?
それを歴史をふりかえり考える、それが歴史に学ぶことなのである
何か大正時代から関東大震災があり世界恐慌があり戦争となる
その歴史のカルマを繰り返すのかともなる
なぜなら米中冷戦に入りとか険悪な空気が流れて戦争に日本でも巻き込まれるかもしれないからだ、それで時代もカルマを繰り返すともなるからだ   

そして人類が滅びるまでカルマは消滅しない!

これが人間の宿命だったのである、自然災害だってなくなることはないし様々な争いであれなんでもあれなくならない、平和は一時的でありまた争いとなりカルマを業をくりかえす、それが人間なのである
個々人を見ても国を見ても世界を見てもそうである、人間の業火は消えないのである
国と国の平和もありえないのである、そしてその業火は原爆でもあり核戦争となり人類は滅亡するともなる、それが人間の宿命だったともなるのだ

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夏の月、ひぐらしー(夏から秋への俳句)


夏の月、ひぐらしー(夏から秋への俳句)

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石黙し庭の日影や黒揚羽   

黒揚羽今日も四五羽やこもる家

渓流に和してひびきぬ蝉の声

村一つひぐらしの声ひびき暮る

ひぐらしや人なお奥に住みにけり

ひぐらしや向かい岸よりひびくかな

夏燕一人暮らしやレストラン

川の水豊かに流れ夏の月

夏の月街中に棲み草深し

涼しきや路地裏の道猫に月


ここに生きここに死になむ命かなひぐらしの声ひびきて暮れぬ


黒揚羽毎日四五羽来ている、庭でも狭いから人一人しか通れない
でも二階だと庭が見えないが下だと庭が見える、すると鳥とか蝶が来るからいい
そこに石は黙している
何か慇懃な黒揚羽がここに似合うのである、そして石は黙しているとは自分のことなのである

自分はとにかく人と会うことが苦手であり会うだけで疲れるのである
それで引きこもりで30年間がいたからだ、その時家族は三人であり二人以外付き合いがなかった、それは人と付き合うのが疲れるからである
ただ自然に接するにはやはり石が黙しているように木が黙しているように山が深く沈黙するように沈黙して自然と一体化する
だから人と会って騒いだりすると自然に接するには自然の声なき声を聴くにはだめなのである
それで「静けさや岩にしみいる蝉の声」となる、ただこれは旅で芭蕉が俳句にした
だから旅でも自然に集中しないかぎりこういう俳句はできない
曾良が道中に一人いただけだからこの句ができた
もし団体旅行で騒いでいたらこの句はできないのである

ひぐらしというとき秋なのである、お盆は秋である
でもまだ夏である、これから夏である、だから暑い、ぐったりして最近昼間は寝ている
でもヒグラシは秋の季語なのである
温暖化とかではないと思うが季節感がおかしくなった
ことしは梅雨が長いのでそうなった、一時は寒いくらいだった
だから今から本格的な夏とみる
ひぐらしが鳴いても秋となると季節感がなくなる
ひぐらしは何か晩年にふさわしい、もう死が近づいている
ここで死んでゆくのだなと自覚する、老人の不思議はもう死があるだけになる
この世とはもう本当に一時的にわずかなの時間いるだけなのである

川の向かい岸からひぐらしの声がひびく、それがなんとも心にひびく
向かい岸にも人が住んでいるとかなんでもないことが心に感じる
老人は感傷的になる、涙もろくなる、なんでもないことでも感じる

二三日前に夏の満月がでていた、それが河原に光っていた
夏草が茂る河原に光っていた、雨が降ったので水は豊かに流れていた
あまり川に水は流れない、でもこの辺では真野川は大きな川なのである
水量が豊かだというとき大陸の川である
また日本でも大きな川がありそういう川に夏の満月が光るのがふさわしいとなる
新田川は浅瀬であり満月を映すとはならない川である
浪江町の高瀬川はいい川である、二つ川が街中を流れている

今日は原町の高見ホテルのレストランに行った
燕が飛んでいた、そこは広いのである、だから距離をとれるからコロナウィルスを防ぐにはいい、他では狭い所があり一回だけ行ったが同じ名の高見食堂がありそこは人が密着する他ない狭さである
日本は食堂でも飲み屋でもレストランでさえ広く場所をとれないことが問題なのである
狭い所で人が密着すればどうしても感染するからだ
だからあそこはコロナウィルスを防ぐ場としては最適である
ただ料理は同じでありあきる

でも一人暮らしはどうしても外食の方がいいのである、簡単でいいのである
料理はとにかく手間なのである、料理に凝ったら後何もできなくなる
プログに書くだけで手間なのである、手間だけは便利になっても省くことはできない
一人暮らしは料理が問題なのである、原町だと一人暮らしにはいい
いろいろ一人暮らし向きのものがあるからだ、まず鹿島には弁当屋もなくなったから困るのである
一人暮らしは気軽である、これから一人暮らしが増えるし増えている
夫婦でもどっちか死ぬと一人になるのである
だからソロ社会になるというのもわかる、一人は気軽である、でもまた一人はいろいろと困ることがある
孤独死などもそうであり一人だと何か家でも誰もいなくなると不安になるのである
それで外出もしにくくなるのである

今は猫一匹と一人の老女とつきあっているだけである
それでも何か人と接することが自分には疲れるから異常だとなる
この猫は餌食べるにしてもなつかない、手がかからないからいい
自分自身がこの猫と似ていたのである
人にかまわれるとか嫌なのである、月の性質がある、猫と月はにあっているのだ

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高見ホテルのレストラン

ここは広い、距離がとれる、悠々として座り食事できる
だからコロナウィルスには場所としては最適なのである







2020年08月08日

災害で村人が助け合った江戸時代の話に共鳴 (原発避難民は補償金で町も村も家族もばらばらに分断された)


災害で村人が助け合った江戸時代の話に共鳴

(原発避難民は補償金で町も村も家族もばらばらに分断された)

「妻なき人の妻となり…」237年前の土石流、生き延びた村人の決断 「日本のポンペイ」伝える災禍 


〈妻なき人の妻となり〉〈主なき人の主となり〉……。つまり、同じ境遇の93人が一族になる契りを結んだ。

そして、「士農工商」の時代にもかかわらず、身分財産に関係なく、親を失った子には子を失った親を、老夫婦だけになった家には若者を、と家族を補い合って、10世帯に再構成した。そして、村の土地を、短冊状に平等に分けて住むことにした。

今なら、そんな恐ろしい場所を離れ、それぞれに移住してしまうかもしれない。しかし江戸時代は自由な移動は許されない。その場で生活を再建させるしかなかった。


この話は不思議である、これはその時代だからありえたことである
なぜこれに興味にもったかというと一つは津波や原発事故で町とかが一家離散になったとか村民も町民もばらばらになったことがあったからだ
もう一つは一身上の事だが70くらいの男性が妻をなくした
それでそのことをずっと嘆いていた、そこにその女性が来ていろいろと世話やくとかあった、また自分が親をなくしたときその女性が来て世話やいた
ただその女性は金がないのでそれで支援した

だから

〈妻なき人の妻となり〉〈主なき人の主となり〉

ここに奇妙に共鳴したのである、ともかくこの辺で津浪であれ原発事故で結局多額の補償金をもらってばらばらになった、隣同士でも30キロで区切られて隣はもらってるのにこっちはもらえないと泣いて訴える女性がいたからだ
飯館村でも多額の補償金でももめて分断して村に住む人がなくなり5人のために50億で建てた立派な学校があっても村外から子供は通っている
その費用も馬鹿にならないのである、でもその補償費が多額だから村の財政でできるようになったのである

今避難区域では小高とかでは子供たちは流出して他に住みもう帰ってこない
別な土地に家も建て仕事ももち子供もすでに十年もその土地に住めば故郷は移り住んだ土地になってしまう
だからそのことをずいぶん書いてきたけどその原因は何だったのかとなる
もちろん放射線の被害があり住めないということがありそれを言われれば何も言えない
でもまた別な原因があった
それは前から今の社会は金さえあればどこにでも住めるということが最大の江戸時代との相違だったのである
江戸時代は移動が許されない社会だったからである
だから多額の補償金をもらったときいち早く小高でも浪江でも飯館村でも他でもそこで
復興とかめんどうなことよりほかに移った方がいいとなったのである
それで南相馬市でもいわき市でもみんな移り住んだ、そして次々に新しい家を建てたのである
この辺でも新しい街が三つくらいで来た感じになり外から移り住んだ人たちが多いのである

江戸時代が村でも特別に情がある社会だったというのではないかもしれない、長屋では人々は助け合ったというとき助け合わないと生きていけいなという事情があった
福祉とか何もお上で援助したりしないからである、すると長屋に住む人たちが助け合うほかないとなる、それは村社会でも同じだったのである
江戸時代と比べるとあまりにもその背景が違いすぎるから江戸時代を一方的に賛美することは危険になる

それにしても逆に現代社会というのはそういうものが人間の結びつきが失われた社会になっていた、震災以後、絆のことを盛んに言われた、それがどうなっていたかというと地元では補償金で分断されて絆が消失した、でも外部からボランティアが毎日原発避難者の仮設住宅に来て励ましていたのである
だから外部との絆は生まれたが内部ではかえって補償金でもめて絆は失われていたのであるだから金ですべては解決されないと思った
でも金がなければどうにもならないともなっていた
地元でもう食料でも汚染されてとることもできなくなったからだ、水さえ飲めなくなったから買うほかなくなっていたからだ

現代は地方とか田舎でもグロ−バル経済の中に組み込まれている、バナナとか安く入り食べられるのもグロ−バル経済があってこそである
外部との広範囲なネットワークの中で生きている
江戸時代のような狭い村だけで生きるのとはあまりにも違っているからだ
ただそうして江戸時代がまた見直されるのは江戸時代の村の絆は強かったということである
それはは日ごろから農村だったら田植えでも稲刈りでも協同作業が多かったからにもなる機械もないから共同しないとできないからである
そこでそうしてもともと共同して助け合い生活していたからそういうことが自然とできたとなる
今ならどこでも金さえあれば生活できるとなればこれだけの金があれば他で移って暮らした方がいいと即座に判断した人が多かったとなる
だから多額の補償金が村の絆を消失させて外部に移り住んで若い人たちは帰ってこない
残されたのは老人だったのである、その老人でももう子供もいないし若い人がいなくなったのだから跡を継ぐ人もいない、そしたらそういう町村が維持できるのかとなる

人間は金だけを価値としていると何か本当に大事なものを失うということにもなる
でもそういう体制の中で金なしではありえない社会である
現実に空気も水も土も汚染されても金が与えられてここで生活できたとなるからだ
ただ空気が汚染されたとき空気は買えないから住めないとなったのである
空気を入れ替えることができないからである
ただ放射性物質がまじった空気を大規模に吸い上げるという技術があればまた違っていたでもそれはできないものだった

ともかく人間はすべて金だという時代に今は生きている、でも金がなくても村人が助け合ったということに感動する、ただそれは時代が違う価値観で生きていたからである
それはそうしないと村が維持できないという切実なものがあり助け合ったなるから今の時代と比べることはできないのである
そしてグロ−バル化広域社会となるときかえって外部との絆は生まれたが内部の絆は消失したのである
現代は運送社会でもある、もう毎日車がひっきりなしに通る、物でも人でも常に運ぶ移動する時代である、だから人間も何かあったら移動してゆく
車一台あればそれが家ともなり現実にホームレスでも車を家にしている人たちもいるからだ

それでもこうして原発事故で避難区域になった所は人々はばらばらになり家族さえばらばらになった、絆は失われたのである
それを回復することはできなくなった、それは原発事故がすべての原因だったとも思えないのである、もともと市町村でも何かの切っ掛けがあれば簡単に崩壊するという現実を見た、そこに住んでいても人々の絆は希薄であり金があればどこにでも住めるとなると
何かあったらみんな町でも村でも捨てて脱出してゆく
そして全国に散らばりばらばらになるという危険性を秘めていたとなる
市町村とかあっても自治体のつながりは絆は弱いのである
ただ外部との絆があるというときかえって外部に流出しても歓迎されるともなる
江戸時代だったらできない、金さえあれば歓迎されるとなるからだ
それで金持ちはアジアでも移住するのが歓迎されるのである

ただそんな社会でいいのかとなるとそれを私はプログで追及して批判して来た
グロ−バル経済批判をしてきた

金にならないものの価値

これが人間にありそれが失われたのである、それが絆をも作っていたのである
村というときそこで食べて寝るとか雨露をしのぐ場として家があるとかではない
そこで村が一つになりともに生きるという生き死にの場所としてアイディンティティの場としてありまた代々祖先がいて歴史があり継続してその場に生きる
それが絆を作っていたのだが金だけを価値にするとそれが失われるのである
でも現実にはそういう社会に生きている、グロ−バル社会と資本主義社会に生きているということでそういうことが起きて来る

それで不思議なのはコロナウィルスだった、これが人々のグロ−バルな交流を止める働きをしたから不思議なのである、つまりアフターコロナの社会とはそういう社会ではない
人々が東京のように密集する場ではなく、分散して地域地域でなるべく基本的なものを自給する江戸時代の生活なのである
現実に食料だって外国から入らなくなり食料不足になるとか飢饉になるとか言われる
だから都会の金持ちが田舎で野菜など作り自給しろとかなるのはもう金をいくらもっていてもそこに安心がなくなったからである
そしてあれだけ密集していることはウィルスには危険だったのである
また地震でも災害になる大被害にもなる危険な場所なのである

原発事故で起きたことでもやはり過去を参考にする、歴史を参考にする
すると見えるものがある
だから人間にとって一生は短いからそれだけの経験で知りうるものは少ない
津浪がそれを証明した、400年前にこの辺で慶長津浪で700人溺死していた
でもそれは全く忘れられてここには津波は来ないという確信になって大被害になったのである、歴史とは百年ではない千年でも二千年でも長い時間で人間をみることてのである
だからカルマは人間の業は消えずありそれも継続されることが苦しみをとなって現れる時嫌でも自覚されるのである 



悲愁−大和十津川郷から北海道の新十津川へ

十津川町の開拓記念館に忠臣楠木正成の家紋である菊水の旗指物を展示し、菊水公園を造成しているなかもうかがえます。「故郷の残夢」なる詩は、十津川を旅立ってからの道程を詠ったもので、「夢な忘れそわらはべよ 家を富すも君の為め 家を富まして大君の 深きめぐみに報はなん 夢な忘れそわらはべよ 村を富すも君の為め 村を富して大君の 深き恵みに報はなん」とむすび、「恩賜の村」なる誉れに生きんとの思いを吐露しております。


第一條(移住住民は、故郷を去り、親や兄弟と別れ、絶海の地に移住してきて、移住者同士しか頼れるものはいないのだから、これまでにも増して一致団結し、お互いに助け合い、猜疑や軋轢を生むことなく、新村の隆盛と勤王の由緒相続を目指そう。)

このことを追及して来た、この相違はあまりにも大きいものだったのである
なぜ南朝以来の尊王がこの村で活きていたことも不思議である
南相馬市の鹿島区は霊山の落ち延びた南朝の子孫が多い、その代表が只野氏という姓が50人くらいいることである
でも別に南朝の尊王が活きているとかはない、だからなぜこうした小さな村に尊王が活きていたのかとなる
明治になっても江戸時代が継続されて村は協同していたから一致団結して北海道に災害があっても移住できたとなる

ここでは補償金に感謝刷る人は一人もいない、補償金がたりないたりないまたもらえないと争うだけだったのである、自分もその一人ではあった
ただ30キロ内からはずれたからもらったのはわずかである
手厚かったのは30キロ内である、今でも医療費と高速は10年間無料だったからである

posted by 老鶯 at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年08月10日

利権団体民主主義が社会を歪める (GO TO キャンペーンもそうだった)

利権団体民主主義が社会を歪める

(GO TO キャンペーンもそうだった)

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利権というときその反対は権利でありもともと明治に翻訳していたときは権理であった
なんらかの理由がリーズンがあって権利がありえた
権利はrightであり正しいということで権利があった
民主主義が入ってきたとき何か本来の意味がゆがめられる
第一市民というとき日本には市民という存在がなかったから訳しようもなかったのであるヨ−ロッパ社会の基は市民であり国民ではない、パスポートにどこの都市の出身かと記さねばならない、つまりどこの市民かということがアイディンティティになっていたのである、それは歴史的にそうなっていたからそうなる
国民というのもこれは近代に生まれたのであり世界中で国民という概念がないのは国民と意識するものがなかったからである
日本では明治維新で国民は存在しなかった、天皇の臣民とされていたのである
それが西南戦争で侍の集団と戦ったとき国民意識が芽生えたのである

民主主義をゆがめたのは利権民主主義になったことである
利権団体民主主義である、あらゆる団体がそれが正当でなくても利権を主張する
その利権に答えるのが政治となった、それで政治も歪められる
その利権団体が正当でないにしろ政治は票で動くのだからそうした利権団体の票を無視できない
それで今回もGO TO キャンペーンで自民党の二階堂氏が観光業界とかかわっていて献金を受けていたから一兆円もの金をそこにつぎ込んだ
それが必ずしも効果があるともならないしコロナウィルスを広めることにもなった
そうして観光業界に金をつぎこみその見返りとして献金があり票を得られるという政治の構図ができあがっている

結局GO TO キャンペーンは観光業界でも対応しにくく効果があるともならなかった
つまり大金をつぎこんでも必ずしも効果があるとはならない
それはこの辺でも莫大な金を原発事故の復興に何兆円もの金をかけてもそれが必ずしも復興にはつながらなかった、
結局市町村は補償金で対立したりかえって補償金をもらって
外に若い世代は流出したのである
飯館村では5人しかいない生徒のために50億円もの学校を建てたりした
これも復興になったかというと巨額の金をつぎこんでもならない
だから金だけをいくらつぎこんでも効果を発揮しないのである

それはどうしてそうなるのか?それは政治家だけの問題ではない、その利権を受ける方にも問題がある、そういう団体は利権が第一であり金を得ればいいとしかない、それで団体化することは利権化することになる
それはカルト教団でもそうであり漁業組合があるとすればそうだし農協も一時は自民党を支える利権団体だった、それだけではないあらゆるものが利権団体化したのが民主主義になった、民というとき国民のことでもそうした利権団体に入らな限り利権を得られない
得にならないという構図がある、第一電力関係の電事連とかは電力会社の強力な利権団体でありそこから宣伝費が800億とかマスコミに出ていたとなる
それからマスコミ自体が強力な利権団体だったのである
なぜなら六局でしかテレビ放送できない権利を得ていた利権団体であり新聞でもそうである、それで新聞には消費税をかけないということで反対論をおさえようとしたのである

つまり民主主義はこのようにあらゆるものが利権団体化して利権を得ればいいとしかならなくなった、その利権団体と結びつくのが政治である、第一まとまった票を得るにはそうした利権団体の応援がないとできない、それで創価ならまとまった票が得られるとなり自民党はそこに大臣の地位を与えたりする
本当は政教分離に違反するのだけど強大な票田であり見逃される
それは他でもそういうことが行われる、民主主義がそうした利権団体によって歪められる正当な権利を主張するならいいが正当でなくても団体になれば力もをもち利権を得る
だから今回のGO TO キャンペーンでもそうだったのである

漁業組合のことではなぜ東電に漁業権を売りわたして事故前も多額の補償金をもらっていたのか?そのことを追及した、
そもそもその漁業権とは海の資源を守るために与えられていたのであり東電に売り渡すものとして与えられていなかったのである
そして事故後も多額の補償金を船主はもらっていたのである
ただそれはそこだけではない、あらゆるものが利権化してそれが金を得る手段になる
医療関係でもなぜ検査できないのかとなるとそこに医師会の利権がからんでいるとか言われた、現実に医療の利権は莫大なのである、薬剤関係の会社でも常に医師会と結びつき利権化している、高血圧のデオパンとか降圧剤が売れるのは高血圧が体に悪いということを言うと医師会によって推薦され処方される、それが薬剤会社の莫大な利益になっている
でもそれはかえって効果がないとか副作用があるとか指摘されている

とにかくこの利権化するというときあらゆるものにあり第一官僚とか自体が利権団体だとされる、これこそ強力な利権団体であり公務員でもそうである
検察自体が利権団体でもあるというときもう公正な正当性をrightを追及することは不可能である、なぜなら東電に天下りしたのが検察関係もあり警察関係もある
そして警察自体も利権団体なのである、なぜならパチンコ業界に幹部が天下りしたり何か利権と結びつく、そこは一番権力を有しているのだから強いのである

要するに民主主義は機能していない、ただ利権民主主義であり一票などなんの意味もないそうした利権団体組織により政治は動いている、それで問題なのは必ずなんらかそれが社会の歪みとなり国民にはねかえってくることである
それは原発事故でも起きたことである、それで復興もうまくいかない
例えばオリッピックでも電通とかゼネコンの利権になるからすすめられるとかある
すでにオリッピックは商業オリッピックであり世界の平和のためとかの趣旨とはかけ離れたものになっている、ただ利権になるからするともなる 

GO TO キャンペーンとかも失敗なのはこうして常に利権団体がありその意向をくみとり予算を使う、そして見返りとしてまとまった票を得るとか献金を受けるとか政治が利権政治になっているからである
結果的に無駄に税金が使われて観光業界でも国民でも損害になる
だから観光業界でも本来の観光のあり方をこの際追求すべきだというのが正論だとなる
つまり結局国民も利権を得ればいい金をになればいいとしか考えないことに問題がある
この辺だって原発が金になるからいいとしかなかったからである
そうして利権だけを金だけを求めるとかえって今回の様なとりかえしのつかない事故になったりする、つまり国民自体が大損失被害を受けることにもなる
いづれにしろ利権団体民主主義は社会自体を歪めている
ただこれを是正することは至難である、なぜなら官僚自体が利権団体であるとしたらそれを是正することができるのかとなるからだ

ともかく神は偏り(かたより)見ないという時、神が自分の利益など求めないからであるだから公正であることは例えば報道でもそうである
公正で中立な立場になることは至難である、民間だと必ず広告が入りそこで収入になる
これまでテレビとか新聞とかは莫大な費用がかかるからそうなっていた
でもインタ−ネットになったとき無料でも報道できるとかなった
youtubeでも安価でテレビ放送までできるようになった
すると公正さを追及できるともなったがそれでも今度はyoutubeでも視聴率をとり宣伝費をもらうとなることで
マスコミとにたものにもなる
ただ設備費などはかからないから個人でもできる
ただ正直インタ−ネットでもプログでもそらくyoutubeでも手間がかかる
これだけは省けないのである、あと取材にしても手間がかかる
だからマスコミのように報道することは個人では無理だともなる
ただ安価になったから別に少人数でもできるとなったのである
だからインタ−ネットが民主主義を促進させることは確かである

インタ−ネットは対話的なのがいいのである
マスコミだと対話はありえない、一方にマスコミの報道にのせられるだけである
そこには全く対話がないし個々人の発言は許されない
マスコミが選定した人物がマスコミの方針のままに発言する人が選ばれるだけである
いわばマスコミの意向にそった人が飾りとして出れるだけなのである


Go Toキャンペーンは世紀の愚策か 競争力失わせ「差別」助長 

おおまえ・けんいち

週刊ポスト2020年8月14・21日号

これに共感した、とにかく無数の記事でも自分なりに対話してみる必要がある
これは本でもただ読んでいるのではなく対話的に読むとより理解が深まるのである
そしてプログで発言する、アウトプットするのである
それがネットの民主主義にもなる

この記事にリンクが張れなかった、urlが短縮できなかった
ただ本来の観光とは何であるから書いていた、外国人より日本人の観光客が圧倒的に多いしシニアが金があり旅行するのだから
旅行業界もそこに工夫してニューノーマルな観光を考えるべきだとしている

posted by 老鶯 at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年08月11日

お盆でも祭りは共同体があって継続される (現代は村とか共同体は喪失したので機能しない)


お盆でも祭りは共同体があって継続される

(現代は村とか共同体は喪失したので機能しない)


仏教用語の「盂蘭盆会」の省略形として「盆」(一般に「お盆」)と呼ばれる。盆とは文字どおり、本来は霊に対する供物を置く容器を意味するため、供物を供え祀られる精霊の呼称となり、盂蘭盆と混同されて習合したともいう説もある。現在でも精霊を「ボンサマ」と呼ぶ地域がある。


盆の明確な起源は分かっていない。1年に2度、初春と初秋の満月の日に祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事があった(1年が前半年と後半年の2年になっていた名残との説がある)が、初春のものが祖霊の年神として神格を強調されて正月の祭となり、初秋のものが盂蘭盆と習合して、仏教の行事として行なわれるようになったと言われている。日本では8世紀頃には、夏に祖先供養を行う風習が確立されたと考えられている。。

祭とはナ何なのか?それは共同体があって日本だったら村があってその村の共同体を維持するためにあった、それでたいかい豊作を祈る行事が多いのはそのためである
つまり村の生活の基本は稲を米を主食としていたからそうなる
それは切実なものである、だから各地に豊作を祈る祭りがある、その豊作を祈ることが
お盆とか祖先崇拝まで一体化する
なぜなら春には御先祖様が山から下りて来るというのはその時期に田植えなどが行われるつまり稲作と深く関係して御先祖様ありえたのである
飯館村では作見の井戸がありその井戸でその歳が豊作になるのかならないのか占うのである
だからその行事は真剣なものになる、もし豊作にならないとしたら飢饉にもなるからだ
そしてお盆はもともと新年に歳神を迎えるということで行われていたものが8月になったとも言われる
豊作を祈るとしたら正月が向いているのである、正月に餅の花とかの飾りを売るのはこれも今年の豊作を祈るためである

年神様は、新しい年の幸福や恵みとともに、私たちに「魂」を分けてくださると考えられてきました。「魂ってなに?」と思うかもしれませんが、「魂」とは、私たちの生きる力、気力のようなものです。
では、どうやって年神様から「魂」を分けていただくのでしょうか。年神様の「御魂」(みたま)は、年神様が依りつく鏡餅に宿るとされ、この鏡餅の餅玉を分けていただくことで「魂」をいただいたのです。
その年の魂となる「年魂」をあらわす餅玉は、家長が家族に「御年魂」「御年玉」として分け与えました。これがお年玉のルーツで、玉には「魂」という意味があります。
そして、いただいた「魂」を体内に取り込むための料理が「雑煮」です。ですから、お雑煮には必ず餅が入っており、お雑煮を食べないと正月を迎えた気がしないというのも当然なのです

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お盆より正月の行事の方が農家にとっては大事だったのである
だから必ず神社に奉納される碑は正月と記されているのである
正月に奉納したからである

そして盆踊りとは死者と踊ることなのである、死者が家に故郷に帰ってきて生きている人と一緒になって踊ることなのである、そういう意義があったのである
でもその村とかの共同体が喪失すればその意味もなくなるのである
第一江戸時代の村では個々人の墓がない、わずかにある農民の墓は江戸末期に豊かになった農民が建てたものである
たいがいはホトケッポとか仏方とかに葬られた、そこには墓はない共同墓地なのである
今なら樹木葬とかに似ている、だからお盆では墓参りはしていないともなる
なぜなら墓がないからである、ただ盆踊りなどして先祖を迎えたとういことである
その先祖とは村の先祖であり必ずしも個々人ではないし家の先祖でもないとなる

要するに村という強固な共同体があり稲作を中心として生活してきた結果として祭りが生れた、それがなくなると祭りは失われる、ただ形式的なものとなる
その由来さえわからなくなる、お盆といっても今は生活が離れ離れであり一つの村にずっと長く定住して生活する人は少ない、たいがい嫁ぐにしても全国であり世界にもなる
今は本当にインドでも日本人女性がインド人と結婚したとか他でも外国人と結婚しているそうなると村を基本にしてアイディンティティを築いてきた歴史も祭りの意義も失われるそれでこの辺で「田母神」とかの社が田んぼにあった、その田んぼがなくりそこにダイユーとかのホームセンターができる
他にも小池の鷺内の社があってそこに障害者の学校ができた、そこは駐車場にもなっている、こうして社だったところが街にもなる、だからそもそも神田とかあれば東京でも田んぼだったのである、そうなるともう信じられないとなる  

そこで確かに神輿をみんなで担ぐ祭りがあったとしてもそこに住んでいる人は別に農業など無縁だし何か共同するというのも希薄である、みんな会社員だからである
そして田舎でも一万の町でも本当に近くでも何をして生活しているのかわからない人が多いのである、それだけ多様化している
子供の時なら近くで何をしていたか見えていた、石屋があった、墓を作っていた、籠屋があった籠を竹で一日作っていた、漆屋があった、漆を塗っていた、豆腐屋もあった、また馬車屋もあった、精米屋があったとかありその仕事内容がわかっていたのである
みんな何で生活していたか見える社会だった
みんな狭い範囲で生活していたのである
指物大工がいて私の家は仏壇を作ってもらった、今は大工でもハウスメーカーが会社が遠くから来て一週間くらいで組み立てて家を次々に作ったのである
特にこの辺は外から入って来た人が多いから新しい街が三つくらいできた感じになった
だから余計に都会化したのである、もともと私はひきこもりだから人とかかわらないから知らないにしても本当にちょっと会って話してみると外から来た人たちなのである

ともかく戦後でも社会が凄まじく変化した、戦前から戦後十年くらいは依然として農業が中心的社会だったのが工業社会になった、すると農業社会と工業社会はまるで違ったものになったのである、機械化されると農家でも協同で田植えしたり稲刈りしたもしない
個々の農家でするようになるとかその変化が余りにも大きいものだった
それで共同性が失われた、つまりもう村とかいう共同体はない、一部何か全体から見れば取り残された島のようにあるともなる
ただ田舎は依然として回りが田んぼであり畑もあるから農業社会に見えるのである
でも現実は田舎も工業化して会社人間になっている
この辺でも東北電力の発電所とか双葉大熊の原発がむしろ町の中心的存在と化していたのである、だからこそその被害が余りにも大きいものとなったのである
でも農業でも漁業でもそれでは生活できないとなっていたからこそそうなったのである
農業でも漁業でも林業でももう生活できないからこそそうなったのである
もし農業中心の社会だったら米がとれないとなったらみんな死ぬ
でも別に米をとれなくても現金があれば外国からでもなんでも買えるとなる
そういう大きな社会の変化の中で原発も作られて大被害になった
なぜなら原発こそが栄をもたらすものでありそれで双葉町は原発とともにあるという横断幕を街にかかげていたのである

いづれにしろお盆でも社会が変わりその意義が失われる、ただ別に先祖を供養するとか思うことは悪いことではない、ただ今は個々の家族で先祖を供養することになったのであるだから本来の祭りとか意義が失われている
そしてもう墓も維持できないという人も増えている、跡継ぎがいないとかなったからである、墓というか死者を祭るというときそれは個々人だと維持しにくいのである
なぜなら個々人だと子供がいないとか離れてしまったとか維持しにくくなる
でも村全体で先祖を祭るとなるとみんなでするのだから維持しやすい、それで都会では共同墓地を作ったりしてそこに入りたいとなる、永代供養してもらいたいとかなる

でもそれも寺でもできない、寺自体もう維持できない、消失してゆく
常に社会が変わってゆくからそれに対応できなくなりその意義も失われてゆく
ただ現代は共同体というのはない、会社共同体になったりした
それだって変わる、そして人間は孤立化して孤独死が多くなる
つまり現代文明社会はアトム化したのである、原子のように無数に分化して共同体というのはない、それは世界的に同じである
グロ−バル社会とは共同体とか関係ない、ただ物と物を交換するだけで精神的なこととは関係ないのである、そこで人間はただ無数の経済的単位となるだけである
数と量だけで計られる世界である、それは国内でも同じなのである
カルト教団があって疑似共同体を作ったりしてもそれも一票として数えられるだけである、共同体は人工的には作れない
農業の場合は自然と密接につながり共同体が作られてきた,ヨ−ロッパの市民共同体もやはり城壁の中で生死をともにするということで作られてきたから違っている、それだってその場が深く関係していたのである

それだけ社会が多様化して分散して広域化してグロ−バル化して村という最小単位の共同体のアイディンティティ保てない、だからなぜ原発事故で簡単に村でも町でも家族でもばらばらになり離散してゴーストタウンに村になったかもそういう時代の影響なのである
確かに放射線が怖いからだというのもわかるが何かそれだけではない社会の変化の中で
失われたものがありそれが原発事故を契機に表面化した
多額の補償金をもらったことで一気に表面化して加速して町で村でもゴーストタウン化したともなる、それはここだけではない、他でもそういう危険をはらんでいる
絆、絆と言われたが内部では補償金で分断してかえって外部との絆が生れたことがそれを物語っていたのである、広域化社会とかグロ−バル化社会はそういうものだったからである 


白菊黄菊
清雅典雅
正月千両
霊前奉献
積善家生
長子継富
身心正者
弥栄和楽
満月皓皓
災厄無祈

今年の祈りの詩ー霊前菊花
                                             

正月がお盆と関係していてまた満月も実りをもたらすものとされていた
ただこの詩にしても家のことを祈るのであり村とか社会に及ばないのである
そもそも社会とは社(やしろ)に会すだった、そこは共同体の要としてあった
だから村とかの狭い範囲が日本人の社会だったのである
それが余りにも社会が変化して村とかの世界とは違ったものになり祭たも維持できない、先祖も維持できない、社会自体がばらばらになったのが現代だともなる


死者は生きた地に場にいる (死者とともに生きると生も豊かになる)

死者はいづこにありや
死者はその生きた家に地に山にいる
死者の霊はその地を離れず
地とともにある          
その地にその影は大きくなる
死者はその地に持続して生きる
神話となり伝説となり生きる
死者は今貶められず
汚されることなく
威厳もて生者をみつめる
その前に偽ることはできない
死者の前で人は威を正す
その霊は重く軽きにあらず
厳かにその声はひびく
死者がその地に生きて父祖の地となる
その地を受け継ぐものは誰か
正当の跡継ぎは誰か
そは父祖の地を受け継ぎぬ
神の国を御国を受け継ぐのは誰か
それは国と地にかかわらず
天なる父が決める
その契約を破ることはできぬ
天なる父はましまして決める
そのまばゆい神の国は壊すことはできない
人は地を知り天を知る
神はなきにしあらず汝の心を見
死者もまた汝の心を見る
その前に厳粛に偽ることはできない
地から神の国へと生は連続する
そは地で学び神の国へと導かれる

故人はこの地と縁を切らず、日を決めて子孫の家と往来し家の発展を見たいと思っているという心情をもっている。

柳田国男ー先祖の話

つまり先祖とのつながりは継続される、そこに死者は依然として家でもその村でも土地にでも生きつづけるというとき死者は供養されて生きているともなる
ただそれは個々人では継続しにくいのである
現実に自分自身の家族でも一人はもう死んで十年にもなる、もう一人は3年とかすぎて何かその記憶が薄れてきたのである、私は特別良くされて60年も一緒に生活していても人間は一旦死ぬとその記憶も薄れてゆき、忘れられてゆくものだと思った
家族すらそいういうものでありはかないとなる、人間は何でも継続することがむずかしいのである、だから天皇がいろいろあっても日本では継続されたことが驚きなのである
ただ天皇すらもう継続されるかどうかもわからないのである
時代の変化をまねがれないのが天皇でもそうである、ましてや他では余計に維持できない継続できないのである 

ただ死者と生者を考える時、人は死者を恐れる、怨霊となることを恐れる
自分の家族でも不遇で事故で死んだ人がいるから私は墓を建て祀った
それは簡単な六万で作った碑だった、そこには骨も埋まっていなかった
だから死者は逆に立派な墓を建てる必要はなかった、なぜなら墓はもう継続できないからである、すると立派な墓でも壊すとなると大変なにるからだ

それより死者ー生者の関係は

生きている者が死者を守る、死者を維持する!

この方が強いのである、なぜなら死者は何もしてくれないからだ
生者でも供え物したり供養しないと死者はないのである、生者が死者を思わない限り死者はないのである、それがだんだん時間がすぎるとどうしてしも忘れやすいのである
そこに死者の問題があった、死者は本当に忘れやすいのである
だから死者を思いつづけることはむずかしいともなる、現実のことに追われるからであるそれで祭りでも儀式のようなことでもしていないと死者は忘れられる
戦没者慰霊祭だって地域では継続できないとなっているのもそのためなのである
300百万人死んでも忘れられてゆく、それが人間の問題だったのである
それで常に歴史というのが大事になる、津浪でもそうだった、この辺では400年前に津波で700人溺死したと記録されていたがその記録さえ知る者がなく津波は来ないという確信までになっていたからである、それだけ人間はあらゆるものを忘却してゆく存在なのである

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私の二人の母親-姉と母

ほのぼのとホウヅキ赤し遺影にそ供えて祀りぬ死者も生きなむ

ホウヅキは確かに死者に供えるにあったものだった、あかあかと燈明のようでもある
そこに死者がなお生きている、死者の霊がうつってゆくともなる
死者はな何か花とかまた供え物にその霊がうつる、だかち本当は供え物に手をつけることは危険なのである、それは死者が食べるものだからである
ただ死者に許しをこうて食べるのはいいのである、なぜならそうして死者から先祖から恩恵を受けたものがあるからそうなる

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正月の碑(北泉の延命地蔵神社)

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(仏方の地図) 

南相馬市鹿島区寺内に見いだした共同墓地(仏方ーホトケッポ)




2020年08月12日

人間の運命の謎 (不平等の歴史ー人間の才能は常に活かされていなかった)


人間の運命の謎

(不平等の歴史ー人間の才能は常に活かされていなかった)


人間の謎は例えば家族でも同じ母親から生まれてもその運命は格段に差があったりする
それは自分自身の家族でもそうだった、兄がいたとしても父親は違うしそれで大きな差が生れた、兄とは5年しか一緒に家で暮らしていない
兄は集団就職で中卒だったが自分は勉強嫌いで高校でも卒業できない成績だったが
別にそんな成績でも私立文系の東京の大学に入った
この差も大きいとふりかえる、ただ集団就職は当時はクラスの3分の1がそうだったのである、大学に行けたのはクラスで50人とかいた場合があり4,5人だった
ということそれだけ恵まれていたということである
ただ今になると大学は高卒の半分は行っているしFランとか最低クラスでも一応大学に行ける、最近は親に金がなくても国が援助して借金しなくても行けるようになったという
だから大学は誰でも行ける時代になるのかもしれない
ただ大学の問題はピンからキリまであることなのだ、その差が大きいのである
特に文系となると何か大学でもみんな同じように見えてしまうのである

人間はなぜ個々人でも家族でも平等でないのか?
なぜ不平等が生れたのか?これはもう歴史がはじまってから生まれているからその要因はいろいろありそれを調べるとなると容易ではなくなる
例えば原始共産制とかの平等社会があったとしても狩りするとして狩りのうまい人と下手な人がいてそこで能力に差が生れリーダーになる人それに従う人がいてその部落が成り立つとかなる、人間には必ずそうして能力の差が生まれつきでもありそこで狩りのうまい人とか戦争で強い人とがリーダーになり王ともなり選ばれた兵士となり支配階級になる
それは日本でも侍がそうなったようにそういうことかどこの国でもある

そもそもなぜ奴隷が生れたのかというと部族同士で争い負けた方の人たちが奴隷にされる国同士で民族同士で争い負けると奴隷にされるのが大陸の歴史であった
そして不思議なのは奴隷というのは人権的に進歩した扱い方だったのである
なぜならさ戦争に負けると皆殺しにされていたからである
でも殺さないで奴隷として生かすということは人類史では進歩だったのである

要するに不平等とはこうして民と民の戦争の結果としても起きる、そこに能力の差が生れて起きる、個々人の不平等も能力の差から起きる、民族でも国家でもやはり国力とか能力の差があり戦争で負けると奴隷にされるのである
これは歴史から人間全体から見るとそうなるが個々人でもそうなのである
能力の差が常にありそれで不平等が生れる
女性の場合は容姿が大きな不平等を産む原因となる
なぜその女性が何か知的にも活発なのに不遇に貧困に一生終わっているのか?
それを考えるとどうしても容姿が悪すぎたということにあったとしか思えない
頭は別に悪いというのではない、中卒でももともと女性でも頭がいいというか活発な人がいる、それは学歴のことではない、能力にいろいろあるからだ
コミニケーション能力でもそうである

ただ個々人の能力となると才能がもともとあったとしてもそれを活かすことは至難なのである
私の母親は大正生まれで貧困だった、それで10年間紡績工場で働いた、わずかに幼少の頃だけ恵まれて生活していたがその後は働きづめの生涯だったのである
尋常小学校を出て読み書きはできたにしろ後は何も勉強していない
またそうした余裕が与えられていないのである
だから花などいらないと庭に豆を植えていたのである、花は無駄なものとして見ていたのである
それは人間として大きく欠けたものになっていた、ただ別に花に興味がない女性もいた
その人は40代であり別に貧困ではない、花に親しまない家庭環境だったのかともなる
今は生け花とかの花嫁修業はしない、姉は貧困家庭でも生け花を習っていた
だから貧困でも花嫁修業させてくれたとかありその相違も大きいものだったのである
私は母の資質を受け継いでいる、何か文学的な才能があり俳句とか短歌を20代の頃から作り出した、でもそれはただ575とか並べるだけだったのである
でもなぜその後私は才能をそれなりに伸ばすことができたのか?
それは家庭環境に恵まれたからである、仕事はしないにしろ自由な時間が与えられて旅に明け暮れて一人家にこもり自然と一体化することをして詩を作ったりしていた
本も相当に読んだ、理解はしていないが読んでいたのである

才能はそもそも天才でないかぎり努力しして開発しないかぎり活かされないものである
何かしらの才能があってもそれを伸ばす環境がないと活かされないのである
だから膨大な人が才能があっても埋もれて死んでいるのである
それは家庭環境だけではない時代の不遇でも埋もれている
日本は戦争の時、有能な人が戦死したからである、若くして死んだからである
また病気で死んでもいる、長生きしないことでも才能が活かされないのである
だから人間の才能が活かされることは稀有なことかもしれない、何かしらの才能があっても活かされない人の方が膨大なのである

例えば知的なものを育てるにはそうした環境がないとできない、普通に暮らしていても結婚して子供をもったりするとまた家が狭いとかなると書斎もないとかなるとそこで読書したり書き物したり瞑想したり創作したりしにくくなるのである
子供が騒いだり妻にしても干渉されたりして集中できなくなる
それがテレワークでも起きている、仕事にも集中できないことが問題なのである
だからテレワークには広い家が必要なのである
私は大学の時に家を新築して大きな書斎までもっていたのである、ただその時本は少なかった、ただ子供の時は高校までは家が古い家であり個室がないから勉強に集中できなかった、というより勉強嫌いだったのである
私が勉強しはじめたのはむしろ大学を出たとか相当に遅れていたのである
でもその後引きこもりになり家にこもって本を読んだり俳句や短歌を作ったり詩を作ったりしていたのである、自然と一体化することをしていた
1日誰とも話しないということが普通の引きこもりだったのである
それはまるで禅僧のような生活だったのである
でも家族からとがめられないのでそうしていたのである
一面だからこれは異常なことだったのである、それで異常化したことも確かであり失敗もしたのである

ただこういう家庭環境にありその時早い時期から通信機能つきのワープロを買ったりしてすでにパソコン通信でもしていたしITになじんでいたとはなる
それも才能を伸ばすことでもあったとふりかえる
ただまともな社会生活をしていないから異常化していたのである
人間は確かに不平等を作りだしている一番の原因は家庭環境だと思う
それで親に愛されない人はみんな底辺になるとか言う人もいる
そういうことでは自分は特別恵まれていたのである
家庭環境が不平等の原因だというとき才能でも学校ができるまえは自宅で学習するほかない、するとそこに学ぶ環境が本とかがなければ勉強しようがないとなる
それでなぜヨ−ロッパに天才が多いのかというとそうしして貴族の家には学ぶ環境があったからだとなる、第一ピアノがなければ音楽の才能を発揮することはできないしモーツアルトは幼児の時からそうした訓練をしていたことでもわかる
ここに大きな差があり不平等が生れていたのである

なぜ人間は不平等になってしまうのか?
それはいろいろな原因があり解決できない、それで財産でもある人がない人がいて
fortuneとは運命であり財産の意味もある、つまり金運がいい人と悪い人がいるというときそういう考えないのである、どうして金のある人とない人が生れるのか?
それは本人の努力とか才能だけではない、運が関係しているともなる
運がないと事業でもなんでもうまくいかないともなるからだ
ただこの運にしても自分の家族をみても兄弟でも必ず不平等が生れて差かつくのである
つまり何でも平等であることは不可能である、平等を目指した共産主義が皮肉にも中国のようにもっとも格差が激しい者かいなったからである
共産党員が富を独占することになったからである

こういうことでそもそも人間は平等な社会を作ることは不可能である
それでインドではカースト制を作った、生まれつき平等はない、不平等だなのが人間の定めだとまでなってそうてったのである
ただ時代的には現代が一番才能を伸ばしやすい時代である
なぜならなぜ必ず田舎でもニートとか子供部屋おじさんとか働かない人がいるのか?
なぜかそういう人と自分は逢うことが多いのである
同類になるからそうなるともなる、そういう人は別に嫌なことはしなくてもいい自分のしたこいことをすればいいとなると才能を伸ばすことができるのである
才能は何かそもそも開発しない限りてきない、すると自由な時間がありそれなりの環境がないとできないのである、ある程度の本を買うとかの資産も必要なのである
ただ才能といっても多様だからどういうふうに伸ばせるかは個々人で違っている
ビジネスの才能とかはまた別であり社会訓練しないとできないのが普通である

それで不思議なのは自分のしているパソコンによるり抽象画の製作なのである
まず私は全く絵の才能がない、でもなぜ抽象画を作れるのか自分自身が不思議だった
それはコンピュターが生れてできたことなのである
そのソフトが生れてできたのである、つまりartとは技術のことであることがこれでわかった、技術が発達することで芸術も生れたということである
新しい絵の具が開発されたことで絵画も新しい絵画生まれたともなる
だから抽象画を作る時全く才能がなくてもできる、ただ機械的に操作してできる
つまりAIが創作しているのと同じでありそれに手を加えているだけだとなる
翻訳でも優秀になるからそうなったのである
人間の才能もだから機械によって開発されるということでありもしそうしたものがなければできないとなっていたのだ
第一映像の時代を築いたのはカメラだった、カメラによってどれだけ人間の才能が開発されたかでもわかる
そしてカメラでもレンズの方がカメラの本体より高いのが普通にある
でもプロになるとそうしたた高額なレンズを使うからいい写真とれるとなっているのだ
それはカメラの機械の差であり必ずしも才能の差ではないともなっている
そういうふうに時代によっても活かされるものと活かされないものがあり不平等が常にあるのが人間社会なのである

2020年08月13日

夏の星、流星


夏の星、流星  


夏の星百個ほど我にきらめきぬ 

夏の夜や流星三個我が見たり

若き日や旅路の遠く夏の星

夜汽車行く音のひびきて夏の星


一瞬の光芒に消ゆ流星や夏の夜になお星は満ちにき

ペルセウス流星群とか見た、三個だけだったが見た、この流星はかなり明るく輝く
一瞬目の前に流れてきたときは驚いた
間違いなく三個は見た

この流星は3時前頃からたくさん見れるらしい、でもそれまで起きているのがめんどうである、今回もなんとか三個は見た、結構大きなものだった
この流星群は大きく見えるらしい、この辺では薄い雲がかかった

電車の音がかなり離れていたけど結構大きくひびく、電車の音は意外と遠くまで大きく響くものである
それで旅の日を思い出した、電車では相当に旅している、全国の路線の80パーセントくらいは乗っている、主なものでも私鉄をのぞいて乗っている
だから私は鉄道に興味がある、それで無人駅でたまたま駅員のようなボランティアした
経験は貴重だった、でもコロナウィルスとかになりできなくなったし駅長とか利用する人は遠くから来る人は案内した時ありがとうと言われたが地元では認められなかった

津波の後は海側は真っ暗になっている、人家がないからだ
ただ風力発電が電気の光りを放っている、ただ星は良く見えるのである 

12時過ぎて三日月が光っていたが黒い雲に隠れた、また流星を見ようとしたがあきらめた
流星はなかなか見にくい、ずっと空を見ているので疲れる、それでもいつもわずかの流星しか見ないのである



post abstracts on Thursday

posttodayeee1.jpg

post abstracts on Thursday

木曜日に抽象画を投稿します


japanesegallary1111.jpg

This is a warehouse in Japan, and if you make a gallery there, the picture will be more lively
The architecture and the painting are integrated, the painting was originally displayed in the church and integrated with the architecture
There was art as a unit of architecture, music, and painting, not just a painting alone.

japanesehousewaygreenend2.jpg
Japanese Aquarium

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 a way in winter

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laboratory



私の抽象画は本当に絵の才能が全くないのでそれでソフトを利用して創作しているだけである
でも何かこれも創作なのである
いろいろ絵の素材があり組み合わせたり張り付けたりして作っている
それで才能がなくても絵を楽しめる
つまりAI時代とはそういうことができるとなる
コンピュターは人間の能力を拡張するのである
それがインタ−ネットで常に写真でも絵になる素材がふんだんにあるからやりやすいのである


My abstract paintings have absolutely no talent for painting, so I only use software to create them.
But something is also a creation
There are various drawing materials and they are made by combining and pasting
That’s why you can enjoy painting even if you have no talent
In other words, that will be possible in the AI era.
Computers expand human capabilities
It is easy to do because it is the Internet and there are plenty of materials that are always pictures and pictures.

abstract japanese houses

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post abstracts on Thursday

木曜日に投稿します

abstract japanese houses


japanesegallary1111.jpg
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This is a warehouse in Japan, and if you make a gallery there, the picture will be more lively
The architecture and the painting are integrated, the painting was originally displayed in the church and integrated with the architecture
There was art as a unit of architecture, music, and painting, not just a painting alone.

japanesehouseart1.jpg


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Japanese Aquarium-enlarge

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fishmystery3.jpg


summernightway1.jpg

blueway5.jpg
 a way in winter

univercitybloc6.jpg
laboratory



私の抽象画は本当に絵の才能が全くないのでそれでソフトを利用して創作しているだけである
でも何かこれも創作なのである
いろいろ絵の素材があり組み合わせたり張り付けたりして作っている
それで才能がなくても絵を楽しめる
つまりAI時代とはそういうことができるとなる
コンピュターは人間の能力を拡張するのである
それがインタ−ネットで常に写真でも絵になる素材がふんだんにあるからやりやすいのである


My abstract paintings have absolutely no talent for painting, so I only use software to create them.
But something is also a creation
There are various drawing materials and they are made by combining and pasting
That’s why you can enjoy painting even if you have no talent
In other words, that will be possible in the AI era.
Computers expand human capabilities
It is easy to do because it is the Internet and there are plenty of materials that are always pictures and pictures.