2020年07月25日

資本主義社会から変わる社会は何か (役割で人を評価する、金では評価しない社会)


資本主義社会から変わる社会は何か

(役割で人を評価する、金では評価しない社会)

●資本主義が機能しなくなった

今コロナウィルスでも何かおかしいのは職をなくしたとかいろいろ困窮している人がいるのに株が上がっている、景気が悪いのに株が上がっている
それでさらに格差が広がる、人が苦しんでいるのに株主はもうけている
人々が苦しんでいるのに株主社会である資本主義では株主に影響はない
その金を国からの国債から株に流れてきた金だとしている
実態経済とは関係なく金が右から左に流れて利益を得る、それがグロ−バル社会で行われる、そこに巨額の金が流れてコロナウィルスでも巨利を得た国際資本家もいたのである
そこには道徳なき経済になり弱肉強食の経済である

こういう資本主義社会はもうこれ以上つづけるとどうなるのか?
アメリカのような暴動が起きて来る、贅沢品を売っていた宝石店が壊されてねらわれたりする、黒人だけではない、不満分子が格差社会で増大して暴動になったのだ
アメリカでのコロナウィルスの被害は大きかった、それでさらに底辺層は困窮していたからである、富裕層は別荘に逃れて優雅に暮らしていたとか言われる
またこういうときでも大儲けできるのがグロ−バル経済である

アメリカ型の資本主義がありそれは株主優先である、そこに働いている会社員や労働者は重視されない、ただ時給いくらかで働かさせられるシステムの中で奴隷化された人たちである、それはシステム機械の部品のうよなものでいつでも取り外されて補うことができるとみている
そもそも時給労働自体が人間を安く部品のように使う労働なのである
そしてアメリカ型資本主義では株主優先であり会社は労働者のものではない、株主のものなのである
だから現実を生きて得するには株主にならないと資本主義社会では裕福になれない仕組みになっているのだ


ただ資本主義社会はもう金があっても金余りであり投資先がないから行き詰まっている
中国が投資先になったがそれももう発展したので投資先にならない
日本でも高度成長時代が終わり投資先がないから銀行でもつぶれるとかなる
金を貸す先がないのである、それだけ新しい起業がないのである

銀行の役割が喪失した

これが根本的な原因なのである
それでコロナウィルスで銀行は資金がないとして融資を頼まれるで政府では奨励しているが銀行ではそういう会社に投資しても見返りがない、高度成長時代だったら金を貸しても必ず見返りがあった、利子をつけてももどってきたのである

●江戸時代は役割社会

だからこれから社会はどうなってゆくのか?
もう旧来の資本主義グロ−バル社会は継続できない、一応継続しても別なものに変わる他ないのである

What's your responsibility?「あなたのやるべきこと(役割)って何?」という使い方もできます。日本語だと「役割」と一言で済ませることはできますが、英語だと、roleやresponsibilityだけでなく、chargeも使います。In charge of A「Aの担当で」の用法です。What are you in charge of?で「あなたの役割は何?」と使うこともできます。

働くという時、最近job型になるという、日本の社会はメンバーシップ型であり仲間内で協同を共同を重視したものとなっていた
それは農耕型でもある、みんなで村人が田植えしたり稲刈りしたり草刈りをする
それは今でも草刈なとはつづいている、農業とは人手がかかり共同するものだったのである、そういう感覚で会社が生まれた、なぜなら社(やしろ)に会すが会社だからである
会社のビルの屋上に社があったりするのもそうである
それは株主優先の資本主義社会の会社ではないのである
job型は英語で調べるとわかるがworkとは違う、何か一時的に仕事するとかある部分を担当して仕事するとかある、そのニュアンスが違うのである
欧米人はjob型でありそれぞれの専門性の仕事を重視する
仕事でもある特定の仕事をできる人をjobとして雇うのである

ただjobという時、そこにも専門性があるとししてもworkとは違う、workにはいろいろな意味がある言葉である
workは働くというとき機械が働くとかなれば機械が動きワークする、作用する、機能するとかなる、つまりワークには社会の中で機能するとか作用するとかの意味になる
そして作品の意味があることが重要である
何であれ製品を作品を仕上げるとういう意味がある
つまりワークにはlifeworkとかあり一生を通じて作品に仕上げるとういことがある
それは芸術家だとわかりやすい、画家だったら自分の作品をしあげることが仕事でありその仕事は死ぬまで継続されるのである
それは途切れることはない、会社で退職して途切れることはないのである

そしてworkには社会に機能するとか作用するというとき役割があるというふうにもなる
役割とは責任のことであり社会で責任ある部署を担当することである
また役割はroleというとき人間の役割はrollする、回ってくる、同じ役割でなくて役割が回ってくるということがある、だから人間の仕事は必ずしも固定されていないのである

そして役割というときまずその共同体であれコミニュティであれ自治体であれ役割を持つことである、株主になるとか会社員とかではない、それぞれの役割を社会でもちそれで評価されることである、金を第一とする前にそうして社会で役割がありその役割で評価するそういう社会が江戸時代だったと思う
侍には侍の役割があり農民には農民の役割があり職人には職人の役割があり農民には農民の役割があった、そして限度を重んじたのはその役割を果たすことが第一であるためである、それが封建社会だとなりそんな社会は不自由だとかなる
でも古いものでもそこには何かしら参考にすべきものがある
それで歴史から学ぶというときそうである、なぜこんなに資本主義社会は乱れるのだろうか、弱肉強食であり経済とかでもその意味は経世済民なのにまるで違ってただ金あるものだけが威張る社会に疑問になる

役割というときその役割に責任がありその役割を誠実に果たす勤めるということが職業倫理になる、その人の役割があり責任がありそれを果たすことで評価される
金で評価されるわげではない、まず社会の中で役割がありその役割を果たすことでその社会の一員となれる
そこでは人は役割で評価されるのであり金で評価されるわけではない、江戸時代なら庄屋でも村人をまとめる役割があり侍がいて米を税として納める役割がある
それは階級社会で格差があるとかなり否定される
でも江戸時代はそうして役割で評価されたのであり金があるかないかではない 

●AI化と機械化で人間の仕事がなくなる社会では役割社会になる

こういうことはAIで仕事がなくなり仕事をもつ人は特権階級になるという
なぜ仕事がもてなくなるかというと仕事が機械化されAI化されてなくなるからだ
すると社会で仕事ができている人は例えば給料が高いとか金で差別化しているが仕事をもっている人と持っていない人で差別される
別に給料はベーシックインカムで仕事しなくても払われる一応食べていける
でもそういうふうにして仕事がない人は社会に役割がない人として尊敬も何もされない
あの人は仕事ができるということは社会にとって必要不可欠の人であり尊敬されるとなるそれを感じるのは退職した時、何の用もなくなるとにている
一応年金で暮らせるのだが社会にとっては用のない人になるからだ
それで妻もそういう人と長い老後を暮らすのは苦痛になる

だからそれぞれに役割があり仕事する、でもその役割を果たしていない、その責任を果たしていない、マスコミにもその役割があったが果たしていない 
そもそも男性には男性の役割があり女性には女性の役割があって社会は成り立っていた
男性と女性が能力を競うことではない、それぞれの役割りをこなすことであった
だから男女平等社会とは役割社会ではなく男女が能力を競うとなり歪なものとなったのだだから役割社会ではまず与えられた役割に忠実であることが望まれる
科学者も専門家でも役割があったが果たしていない、ただ金を政府から得ようとするだけだとか言われる、予算をとるためにだけに働くとかなる 
つまり金融資本主義になると金だけを追及する、金を得たものが勝ちだとしているからだ何か役割をもつことではない、金をまず得ることが優先される
そして金を多く持つ人が資本主義では主導権をにぎる、役割でももしそれがたいして金にならなければ評価しないのである

そうしてたいして役割もない、責任もない人が巨万の金を得て富を一人じめするようになる、それはすべて資本主義では金で評価するからである
その役割は社会で大事です、だから勤めてくださいとかならないのである
金になるかならないかで重要度を決めているからである
もし役割を重視するならそこで働く人もその役割を果たすために勤める
そこに職業倫理も生れる、なぜならその役割を果たすことが仕事になるからである
医者には医者の役割がありその役目を果たすことが先決になる
でも実際は金にならないとしてコロナウィルス患者を拒否したとなるとその役目を役割をはたしていないのである

役割が先にありその役割を果たすということで金がもらえる、金がついてくるというのがいいのである、そこで医者の役割は重要だとして評価される
でも医者が金が得られないとしてコロナウィルスの患者を拒否するのは役割を否定したのである
役割というとき先に役割があり役割が与えられて人は働く
役割とは天職かもしれない、天職を役割として与えられたのである
そこにミッションが使命が生れるのである
それでこれからAIとか機械化とかロボットが働くようになる時社会で役割をもって働いている人はエリートになり優秀なのものとして評価されるという

他の者は仕事を失いベーシックインカムで生きるとしても社会では評価される者とはならない、確かに一応基本的な生活はできてももし社会に役割がないなら生活はできても劣等民とされてもしかたがないとなる
それは差別でも格差でもない、社会にその役割を見出されない、担うことができない
だから別に格差社会からそうなったのではなく、役割をもった仕事がない人となり劣等民とされるのである
そういうふうに時代とともに働き方とか価値観が変わるのである
ただ正直どんなことしても人間の理想社会など作れない、そこに暗黒が生れ矛盾が生まれるのである、神の国でしか理想社会などありえないのである
だから神が作り与える御国でしかそうしたことは実現しないのである
ただ自然がなぜ調和しているのか、人間だけがなぜ調和しないのか?
自然は神の業(わざ)によって調和している、それもそれぞれに様々なものが生物から無生物から無機物から宇宙があって調和している、それは何かそれぞれが役割りが課せられていて調和しているとなる

地理にしてもその土地土地の役割りがある、それは恵みである、グロ−バル化とはそうした外国でもいろいろな土地の産物の含みを得たとういことである、ただそれは度を越したものになり問題になったのである
恵みとはめぐることでありそうした土地土地の恵みがめぐってきたのである
またそれぞれの土地には国にはその国が果たすべき役割がある、例えば日本だとどうしても中国という巨大国家がありアメリカに日本は征服されたがその中間にあってその仲をとりもつという地理にあり地政学になる
それは明治維新の時、アジアを代表するものが日本になりヨ−ロッパ文明とアジアを代表する国になった
そして今また中国が巨大化してアメリカと対立するとその仲をとりもつ役割を担っている
そういう地理にあるのが日本なのでありそこに役割がある
だから地政学的役割がありそれを果たすことが政治的使命だともなる
いづれにしろ人間は国でもそうだし役割を神から課せられているのだ、それがミッションともなる
とするとそのミッションを果たすことが人間の役割りだとなる

In charge of A「Aの担当で」の用法です。What are you in charge of?で「あなたの役割は何?」と使うこともできます

つまり役割りとはchargeのことでもある、それは責任でもありまたカルマだともなる
生れたときからすでにそうした役割を課せられているchargeされているのだ
長子は特別の役割りを課せられているから家での待遇も違うそれは生まれた時からそういう役割を課せられている、
責任も課せられた人なのである、長子は常にどこの国でも重んじられてきたからである

国でもその地理からchargeされたものがある、それが中国とアメリカの仲をとりもつ、ヨ−ロッパとアジアの仲介者として日本があったことでもわかる

長子は特別の役割りを課せられているから家での待遇も違う
それは生まれた時からそういう役割を課せられている、責任も課せられた人なのである
長子は常にどこの国でも重んじられてきたからである
国でもその地理からchargeされたものがある、それが中国とアメリカの仲をとりもつ、ヨ−ロッパとアジアの仲介者として日本があったことでもわかる

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posted by 老鶯 at 15:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題