2020年06月22日

地理で大事なのは境である (宮城県と福島県内の境)


地理で大事なのは境である

(宮城県と福島県内の境)


境というとき地形的境がある、山でさえぎられ日本に峠が多いという時、この峠は漢字にはなかった、国字だというとき日本では山の国であり峠が多いからである
峠を越えると別世界に入るというのが日本なのである

その峠というとき相馬藩内だったら飯館村は標高400メートルであり高地である
だから夏は高原地帯であり涼しいのである、でも冬は寒いから冷害があり米に被害があった、稲作には適していないともなっていた

飯館村に行くときどうしても峠がありそれが七曲りであり真っすぐな新しい道路ができる前は車でも難所だった、大倉回りではそうなっていた
そこで私が自転車で行くとき坂を上れずに自転車を押して上ったのである
大倉をすぎて坂を越える手前で休んでいた
その時とをしてか秋であり秋の蝉の声をそこで聴いていた
何かそれが心に残っていて不思議だった  

飯館の峠を越えんと常にして休みて聞きぬ秋の蝉の声

この歌は何かそれだけ峠を越えるのに苦しんだものとしてできた歌だとなる
つまり飯館に行くのだがもう秋になってしまったということである
そこに深い感懐がある、ただ今は飯館村は村として成立していないから残念だとなる
やはり人が住まなければそこはまた別なものとなる
人が住んでいてこそ秋の蝉というのも深く感じる
秋の蝉というときたそがれる、何か老いてゆくとかの感覚になるからだ

峠はこうして地理的に地勢的に地形的に山でさえぎられて分ける
そして山とかなくならないから人間はこの地理とか地形に制約されてありつづけるとなるいくら交通が発達しても山自体がなくならないからである
それで福島県というとき阿武隈山脈、高原にさえぎられて福島市の中通りが見えない
いつも山脈で閉ざされて見えないのである
そうなるとそこと地理的一体感をもてないのである
選挙だと福島一区は福島市と相馬地域が一区なのだけど何か違和感を感じてしまうのである、それは山でさえぎられているからなのである

福島県がハマ、ナカ、アイヅとあるとき中通りは見えない、アイヅはもっと見えないのである、だから浜通りは福島県からすると特殊な地域になるかもしれない
むしろ仙台方面に海を通じて地理的にはつながっているという感覚になる
それは津波の被害でも地理的一体感をもったことでわかる、相馬地域には津波は来ないと油断していたが地理からみればそういうことはなかった、現実に仙台に浪分け神社とかあり津浪が来ていた
それで若林区などは仙台の延長として住宅地化していた、それで被害が大きくなった
そうして不動産屋がそこに津波が来ると学者が警告したとき地価が下がるからそんなこと言うなと脅されたという
これも地理と歴史を無視して被害が拡大したのである

地形的にはそうなる、新地が伊達藩と相馬藩の境となっていてもそれは平坦でありただ政治的境界としてあったからむしろ仙台方面と一体感をもつのである
今でも常磐線で通勤圏ともなる、仙台まで1時間10分で行くからである
それで不思議だったのは震災以後原町から竜田まで電車が通らなくなった
でも仙台まで通っていた、そして仙台が下りだということに違和感を感じた
東京行きが上りとなっていたから仙台が下りになったとしても東京に直接通じなくなったから仙台がむしろ上りの感覚になったのである

とにかく人間は地形的に地理的に境を意識してそこで分ける、するとかえって人間はその制約されたことでその中でアイディンティティを作り安いのである
境がないというときそこでは人間の心が安定しないのである
日本でも広いからとても全国を地理的にアイディンティティ化することは不可能なのである、なぜなら北海道だと大陸的であり全く別な地理と地形でありそこでアイディンティティ化されるものは本土とは全く違ってものとなるからだ
それで北海道とかは俳句にしにくいなともなった、俳句のうよな感覚でとらえられない
ものがある、それはアメリカのような大陸でも何か俳句など作れないともなるのと似ている、グランドキャニオンなど見たらまるで異星に来たような感覚になったからである

ただ地理とか文化とかなるとこの境が大事である、なぜならライン川があるとする
それは父なる川でありこの川が地理的境だけではない文化的な境でありローマ帝国がこの川を越えることができなかった、ゲルマンの世界であり深いゲルマンの森がありその進出を阻んだからである
大陸はどこまでも平坦な地がつづく、それを遮るのは大河だとなる
そこを境として国も形成されたとなるからだ、ただスペインなどはピレネー山脈があり
それが境となっている、だから境となるのは山であり川が主なものとなる
海は広すぎるから国境がないのである、陸を行けば必ず国境があり国境によって国も言葉も文化を違ってくるのである

いづれにしろ世界を見る時、地理からみる、それは学問の基礎である
だから学問するならどうしても世界の地理をしる必要がある、それで実地に世界を旅することが不可欠なのである、それが遅くなったが50以後にできたので良かった
国内は隅々まで旅したが外国はしていなかったからである、ただ世界は広いからどうしても全部はできない、一部になったのである
そして今になるともう世界を旅する気力もない、国内すらできないともなったのである

地産地消が一番体にもいい (アフターコロナの生活は人間本来の姿にもどること)


地産地消が一番体にもいい

(アフターコロナの生活は人間本来の姿にもどること)

【武田邦彦】「野菜が体にいい」は嘘!健康になりたければ
「これ」だけを意識しなさい


武田邦彦氏の健康の話をいつもyoutubeで見ている、今回の話は同調するものがあった
人間の体はその土地にあったもを食べて作られている
それは長い間にその土地にあった食料がありそれに適した体に作られる
それで日本人は日本人の風土にあった土地にあったものとして形成される
だから何が体にいいのかというのはその土地でとれたものがいいとなる

今はいろいろなものを世界からでも入ってくるから何を食べろ何を食べるなとそれがyoutubeとかでも言うようになったから混乱する
野菜を多くとることが必ずしもいいとはならない、ブロッコリーがいいからと自分自身も毎日食べていた、でももともと日本にあった野菜がいいという、それはその土地で千年とか食べていたものだからである

日本の特徴として一番いいものは旬なものである、何か旬なものはうまいのである
旬なもので新鮮なものを食べると体にいいことは間違えない、それが日本の文化であり
それで俳句の綺語が生れたのである

目には青葉 山ほととぎす 初鰹

「初物七十五日」(初物を食べると寿命が75日のびる)

「八十八夜に摘んだお茶(新茶)を飲むと無病息災で長生きできる」(新茶を贈る風習もあります)

漁師は何か他にも植物を葉が茂るのを見てそのとき食べる魚があるという、だから鰹だけではないのである、魚は種類が多いからその季節に回流してくるものがありそれが旬の魚だとなる
まず漁師は二三日過ぎた魚を食べないというとき新鮮なものがうまいし体にもいいのである

そしてある一つのものを野菜でもブロッコリーが何々いいとかいうとき疑った方がいいとも言っている、つまり栄養をとるときバランスだからである
ある一つのものがすべてにいいのではなくいろいろなものを食べて体にいいとなるからだ「其地無牛馬虎豹羊鵲」魏志倭人伝にあるごとくこれらの動物がいなかった
そして家畜もいない、家畜を食べていないのである
ただ狩猟時代がありイノシシとかシカでも食べていたのである、家畜はいなかったのである
でも日本人の食生活は魚と米と野菜だった、それが日本人の体を作ったのである

だからもしかしたらなぜ日本でコロナウィルスにかからない原因はこうして食生活とか風土とかから作られた体にあるのかともなる、その説明がつかないからだ
なぜ日本だけがこれだけ感染者数が少ないのか、検査しないからだいっても何か少なすぎるのである
つくづくウィルスが風土病だというときもともとは一地域でしか広まらずに終わっていたその土地特有のものとして終わっていた、それが交通の発達とともに広がりマヤやインカやアステカとかの文明に広まりそれで滅んだとされる
インデアンとかにもアルコールとかが広まりウィルスも広まりそれで一気に人口が減少したともなる
逆にアジアからモンゴルの侵略でペストがもたらされたとなる

常に外国から悪いものも入ってくる、それが世界が交流するとき問題なのである
それで古来からあるせのが体にいいというとき砂糖とかは二百年前から入ってきたものであり新しいものだから体に悪いとされる
暑い所では暑い所に適した食が生れる、インドならカレーとかである
日本なら新鮮なものを生のものをサシミとかスシが生れたのである
その風土と土地にあったものがいいのである
それである狭い地域ですら人によって作った野菜の味が違うというほど野菜はその土地に影響される、土地の養分に影響される、だからその土地の多様性によって野菜も種類は同じでも味が違ってくるのである
そしてその土地の名のついたものがブランド品となるのである
その多様性が文化なのである、だからcultureはcultivateーその土地を耕したものなのである

そして文化というときその土地の風土から作られるのが基本である、アイディンティティはその土地と風土から作られる、だからこそ世界で多様な文化が生まれたし国内でもそうである
だから日本では外国のものを今は何でも食べるが疑問になる、そんなにいろいろなものを食べていいのかともなるからだ
地産地消がやはり人間の基本としてある、それでコロナウィルス騒ぎで一旦外国でも国内でも交通が途絶えたということが不思議だった
インパウンドの観光客もぱったりと消えたことの驚きである、
でも観光公害にもなっていたのだから本来の状態に戻ったというだけだったともなる
それで近くの人が温泉に来てくれとかなったのである
近くの人を接待することに方針を変えたともなる

それは湯治とかそうである、それは近くの人が農作業の疲れをいやすものとしてあった温泉である、交通が発達しなければ江戸時代ともなれば近くが基本的に生活の場となる
それも地産地消になる、コロナウィルスではどうしても遠くが敬遠される
特に東京から来る人が危険視される、それで関所でももうけて検査して簡単には入れないようになった、そういうことがアフターコロナのニューノーマルになる

今までのグロ−バル化とか広域社会というのは何か人間の生活からはずれたものだったのである、ただこれだけ交通が発達したのだから東北ブロックとか関東ブロックとか中部ブロックとか四国ブロックとかで基本的なものをまかなう生活をする
第一世界市場などとなるともうそれは人間的感覚は隔絶した世界であり株式の世界がギャンブルなのである、今どうしてこれだけ経済が落ち込んでいるのに株だけが上がっているのかもそうである、実際の経済と実態経済が乖離しているからこうなっている
だからコロナウィルスのもたらしたものは人間が本来の生活にもどるということで悪いことばかりでもなかったとみる

posted by 老鶯 at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層