2020年06月05日

夏菊、青葉、夏の雲(夏の日の花の写真)


夏菊、青葉、夏の雲(夏の日の花の写真)

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奥の日影に薔薇が咲いているのもいい

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老鶯に聞き入り根付く木によりぬ 

様々なの薔薇を咲かせて通りかな

SAに寄り夏の雲湧く行き来かな

二手にそ湧き広がりぬ夏の雲  

夏菊や川の流れに沿いて咲く

夏日没る一時燃える牛越城

  
夏菊や雷雲湧きて広がりぬ街の上かな燕飛び交ふ 

野萱草に薊の咲きて草深し高松の家居離れて開墾の碑あり

真すぐなる木の梢にそ風そよぎ青葉にまぶし夏日輝く

分け入りぬ森の中にそ真すぐなる樅の木立ちて力強きも

夕風に青葉のそよぎ六号線萱草咲くや走りさるかな   

満月の植田に写し蛙鳴き原発事故の復興成りぬ


昨日は夕べも原町の方の高松と回り自転車で走った、夕風が涼しく気持ちよかった
夜は満月でありそれか植田に写っていた、蛙が鳴いて南相馬市とか原町鹿島は復興したと見た、小高でも50パーセント帰った、でも小高は復興にはほど遠い隣の浪江町は10パーセントも帰っていないからその影響も大きい

そして今日は暑かった、午後から常磐高速のSAに行った、あそこは休憩できるからいい
それからまた帰ってくると夏の雲今度は海の方に湧いていた
黄色の夏菊が土手に一面に咲いている

それから夏菊が咲いている家の庭を写真にとった、ここは何かいい感じである
ただあまり家を許可なくとるとまずい、でもわからないことがある
畑の写真などはかまわないが家だと誰かの家とわかることがまずい
でも田舎の家自体が絵になるのが多いのである、農家は特にそうである

そして雷雲になり雷(かみなあ)が鳴りを降った、何か梅雨に入る前の夏なのか?
暑いのは暑いが夕方になると涼しいから自転車で運動するのにはいい

高松は越中などの人が開墾に入った土地である、もともと森だったし開墾された場所はどこでもそうである、あそこちは牧場もあったがやめていた、原発事故以後牛を飼うことをやめた人が多い、牛肉がコロナウィルスで売れずに安くなったというニュースもあった
飲食店に売れないとかコロナウィルスの影響は広範囲にある

今の季節はやはりまだ外に出れるからいい、これが30度近くになると熱中症になったりするから危険である、去年だったとか三回くらい熱中症になったので怖い
ただ今の自転車は走って楽だから乗りたくなるのである

写真は結構むずかしい、写真をうまくなるのにはカメラをプロ級にしないといい写真はとれないという説明があったがそうだと思う、もう一つめりはりがない写真になる
一応記録として撮っている、今回は花にいい場面があった、今頃は一番花が咲いているから写真とするにはいい
のである

原発事故では南相馬市の原町と鹿島地区はほぼ復興した、だから満月がにあっていた


地銀は証券会社となりモラル消失 (そもそも法律に違反していた―担当の営業の人に左右される)


地銀は証券会社となりモラル消失

(そもそも法律に違反していた―担当の営業の人に左右される)

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こうなるとたいがい何か銀行でも証券会社でも違反している


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資産防衛の新常識-江幡吉昭


銀行そのものがもう成り立たなくなっていた、社会が変わりすぎたのである
銀行でもゆうちょでも金をあづけていれば利子がついた
一時は7パーセントとかついた時期があった
30年前とか40年前とかそうだった、だからみんな貯金して何の心配もなかった
貯金していれば利子が増えるから貯金の価値は大きかった
そしてその貯金の利率がかなり長く継続していたのである
それで保険ですら二十年前とか親が欠けていた保険がかけた金額より大きな金になって返ってきたのである

今ふりかえるとそれは本当に恵まれていた高度成長時代の夢物語になった
そのとき銀行でもただ貯金を集めれば良かった銀行員は土地のエリートであり公務員と同じだったのである、地方には安定した就職先がないから銀行員となれば固い職業として結婚相手としてはいいとかなっていた
それがまるで変ってしまったのだ
この変わり方も大きかった
どこでも地銀があり郵貯があり村にも郵貯がある、与那国島とかに行って最初に上陸して見たのがゆうちょの支店だった、それは全国津々浦々にゆうちょの支店がある
でもそのゆうちょすら苦境にたたされて詐欺的な保険を売って金融庁から注意された
そして今アメリカの証券会社、ゴールドマンサックなどの助言で危ないジャンク債に巨額の金をつぎこんでいる、一番危ないのが農林中金だとされる
地銀でも投資先がなくそこに金を回している
そこで損失になると日本の莫大な金融資産が奪いとられることになる

私自身は全く金融のことがわからなかった、銀行のこともわからなかった
大学の経済学部出てもなんの勉強もしていなかった
大学の先生が株だけはやるなというのを聞いたことがあったのを覚えている
つまり学者でも株でぱもうけられないからそういったのだろう
でも今は利子がつかないのだから株でも投資でもすすめられるし知らないでいらなれない時代になった、でも経験がないと株など簡単にもうけられないのである

それで十年前に買ったリーマンショックの株が元にもどしてそれから上がっていった
15000円で元にもどしそれから2万以上になり2万4000円にもなった
コロナウィルスでも今26000になっている
だからこれは何なのだろうとなる、景気は悪いのにどうして上がっているのか?
それはアベノミックスの金融の操作であり日銀が株を買っているからだという
実体経済と株が乖離しているからそうなる
つまり紙幣はいくらでも作れる、でもそれで富を産み出せないのである
結局世界で金余りになり投資先がなくなり金の価値が低下する
利子がつくということは儲ける会社がありそこに金を貸すことで銀行がもうかるからだ
そういう会社がないとしたら富を得ることはできないのである

いづれにしろ銀行は今やブラック会社である、その社員もブラック社員ともなる
だから銀行が大学生の就職先として人気だった時代は終わったのである
何かわからない投資信託とかをうりつける手数料商売になったとみられる
それでやめたくなるのもわかる
銀行員だったら信用されたり地位として安定して時代は終わったのである

地銀の営業マンを最初は信用していた、今は信用していない

まず東京の証券市場で働いたというのもわからない、なぜならその投資も何か知識があってしたわけではない、ただ分散投資は基本だとしてもそれすら守らなかった
勝手に説明もなくリーマンショックの時もっていたものをJ=reitに回した

それはなぜか?

転売して手数料をとりノルマを果たすためだったとなる
何回か売ったり買ったりした、すると手数料が入りその収入が大きいとなるからだ
3パーセントとかとると大きいのである
手数料が安い証券会社もあるが地銀とは高いのである

ともかく地銀の営業マンとか地銀そのものが金融の法律に違反していた

赤枠のようなことは普通に今は銀行員でも証券会社でもしているからこれはただ注意しろとかであり法律違反にはなりにくい

それで株が上がった時、何の説明もなくクライアントの承諾もなくJ-reitに回した!

これは法律違反だった、なぜ株が上がっているのに回したのか?
それも客に説明もなく勝手にそうしたのである
確かにオリンピック景気でオフィスとかインバウンド系が土地でも上がるという気分だったことはある
でも株を売ることで「売りますか」と聞くこともなかった
そのことで私はその地銀の営業マンを信用しなくなった
この人は会社のノルマを果たすのが至上命令であり客のことなど考えないことがわかったただ自分にも非があった、自分はめんどうだからその営業マンを信用して地銀を信用してまかしたからである
こうして銀行でも証券会社でもまかせたりしたら本当に危険である
なぜならそうした会社では会社と自分のノルマを果たすことした頭にないからだ

そして奇妙なことはその営業マンを信用しないことで今回助かった
コロナウィルスでJ=reitが半分ほどに暴落したからだ
別に私はその時予想したわけではない、その営業マンを信じられなくなったからである
それは地銀も信じられないとなった
銀行は信用商売だけど株とか投資信託とかreitでもすすめれば信用を失うことになる
ただ銀行はもう商売が成り立たないというとき余裕がない、そこで追い詰められた人間でも会社でもブラック化するのである
つまり銀行自体の役割が喪失してモラルも消失する
すでにそうなっている、だからそうなると地域での役割もないとなる
建築土木関係を見ると川が氾濫して土手が崩れたとかで復旧修理している
それは郷土のために働いていると目に見えている
地銀とか証券会社はなかなかそうして何の役割なのか目に見えてわからないのである
農家だったら食料を作って提供しているとか目に見えてわかるが金融関係はわかりにくいのである

ただ資産を守るにはプロに頼む、でもそれもまた専門化して誰に頼むかもわからない
私の場合は一億以上の富裕層には入っていない、でも頼むにしてもむずかしい
でも頼む人に左右されることは確かである、有能ないい人に当たれば資産活用はうまくいくのである
ただ株とかわかりにくい、今度は株がコロナウィルスでも上がってきたからとすすめにきた、でもそれに乗らなかった、ただその時は確かに買えばあがったのだからすぐに売れば利益になったとはなる
でももうめんどうだから頼まなかった、このように株とか投資信託とかリートとか買うにも売るにもタイミングなのである、それを逃せばもうけられないのである
だから奇妙だけど今回は買いのときにすすめにきたとはなる
このようにめまぐるしく株とか変わるから追いついていけないのである
そんな時間は私にはないからまかせたのである


結局人生は何に時間を費やすかでその人の価値が決まる、投資に時間を費やしていれば株でももうけられる、時間をかけて学び訓練するからである
老人はそういう時間がないのである、老人の問題は時間がないということである
死が迫っていて時間がない、やるべきことはその人の価値を追求したことである
それは私は芸術学問の創作だったとなる、別にこれで金にはならない
でもそこに自分の価値を追及して来たからそれを示すということになる

結局人間の価値は最後は金ではない、その人の価値は何だったのか?
その人の価値は貯めた金で計られるのか?
今ではそうなっているけど価値は多様でありすべて金銭に換算できないのである
一応金には余裕があるとして今それを使えないのである
自転車で長距離も行けないから長距離用の最新のもう一台30万以上で買ってもいいとかなるが第一それだけ旅行する気力も体力もなくなった
登山用の新しいバッグを買ったけどこれも登山できない状態になった
また他にもビデオカメラを買ったが編集とかめんどうだとかできない
youtubeでもしたいとなるがこれもめんどうでできない、ワードプレスも試したが時間がかかるしめんどうでできない、こうして新しいことができないのである

すでに40代のとき、偶然にワープロで通信していて今日に至っている
つまり30年間ITにかわっていたのである、でも通信世界が急激に発達した結果として追いつけなくなったのである
このプログとかでも文章を毎日アップすることが手間なのである
つまり老人なにるといろいろなことができなくる、限界症状が出て来る
だから退職して老後にいろいろなことをしようとしてもできないとなることが多いと思う若い時しかできないことがありその時しないとしたら後はできない
海外旅行などバックパッカーなど若い時することであった
それが50代で自分はした、遅かったのである、その後介護で旅行すらできなくなった
ただ今は人生百年時代だから人生の後半戦が長くなる
それでそこでその人の実力を発揮する人もでてくる、でも若い時にやるべきことやらないと後はできないのが普通なのである

いづれにしろ何かあらゆる仕事でモラルが消失している、それが社会を歪める、金になればいいが至上命令になるとき
本来の役割も使命もなにもない、金と利益の亡者になってゆく、まさにそれは滅びることに亡ぶことに通じている
posted by 老鶯 at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

浪江町の帰還率が10パーセント以下 (9年半過ぎても帰らない現実ー コロナウィルスで東京も住めなくなるカルマ)


浪江町の帰還率が10パーセント以下

(9年半過ぎても帰らない現実ー
コロナウィルスで東京も住めなくなるカルマ)

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帰還率




復興住宅に住んでいる人は浪江の人であり大工さんしていたという
娘と二人で住んでいる、家が狭いと嘆いている、二階にはトイレもないとか不便を言う
たいがい田舎でぱ大きな家に住んでいたからである
自分の家でも家で法事したりしているから人が集まるために広い家作った
小高の人は十八畳なのか広い家に住んでいた
だからまず仮設に住んたり狭い家だと窮屈に感じる

その復興住宅でもう一人の浪江の人は毎日釣りに行っている
何もすることがなく遊んでいるだけだとなる
その大工さんもいつも土手の所に暇そうにしている
何かすることがない、金は5000万近くもらっているから余裕がある
でも何か失った方が大きい感じになる

10年も避難暮らししている人のことはわかりにくい、感覚的にわからない
何か喪失感が今になって大きくなっているかばしれない
その人たちは帰らないと言っている
取り残されたのはこうして老人なのである

ただ浪江町が2万くらいいて一割も帰っていない、これは深刻である
現実に浪江駅前でも閑散として人も住んでいないし店もやっていない、確かに電車は通るようになっても人が住んでいない
でも小高は50パーセント帰ったから浪江町とは相当に違っている
高校でも通っている生徒が500人とかいるからだ
ただ問題は若い人がいない、子供がみかけないというのは本当である
子供が他から町が用意したタクシーで通っている
小高とかでも原町区は5万くらいの人口が今でもありそこに移り住んでいる人が多い
だから原町からでも小高の学校に通うとなる
飯館村でも人は住んでいない、でも新しい立派な建物の学校があり他から通っている

何かはっきりしなけど浪江町の町長自体が中通りの町に家を建ててその後死んだとかある飯館村の町長も福島市に住んでいる、つまり肝心の町でも村でもそのトップが住んでいないのである
ただ何か飯館村でも人が住んでいると自分は錯覚した
なぜなら新しくこじまりとした家を建てていたからである
現実はそこに住んでいない、それはときたま帰ってくる別荘だというのでそうかと納得した
浪江町がなぜ10パーセント以下という低さなのか?

その原因は何なのか?町の半分くらいがまだ高い放射線量があり敬遠した
ただ飯館村の方が帰っている人が多い、だから帰還者の比率では低い
隣の小高は50パーセントだからかなり帰っている、しかし子供は見ないというのは共通している、見かけるのは65歳以上の老人でありなんとか働けるのは50代からだともなる、田舎ではもう50代は相当に若い世代であり働く世代である
第一農家の年齢が67才というときもう田畑を維持する限界なのである
それでも日本では8割は専業農家が農産物を生産しているから実はそうした零細な農家がつぶれても外から入ってくるから困らないのである
でも地元の農家でも田畑でも荒廃する、草ぼうぼうになる
それを見ると何か荒涼とした風景になる

つまり今なら田んぼでも蛙が鳴いている、今日の夜は満月だった、それで自転車で夜風を受けて走る、涼しくて気持ち良かった
おりしも満月がでていた、植田にその満月が映っていた

満月の植田に写り蛙鳴く

こういう光景になるが小高とか浪江では草ぼうぼうなのである
だからそういう風景は原自然でもない、もとも人工的に作られた第二の自然であり
人間が作った光景なのである、それが失われたときかえって荒涼と感じる
それで飯館村とかではもう神社まで死んでいた、誰もお参りするものもなく捨てられていた、つまり神様も人が住んでいて活きていたのである

とにかく原発事故でも避難区域でも日本国民は忘れるようになった
今はコロナウィルス一色である、でも原発事故と同じようなことがコロナウィルスで起きていることも不思議である、政府の対策でもそうである
何か検査をしないとか被害の正確な数字を出さないとか隠ししている
原発事故でも放射線量を低くしていたとかある、それは自分が計ったからわかっている
それが大成建設の社員がモニタリングポストの下の土を掘っていたからである

そしてこういうことが今回のコロナウィルスでも起きている
何か支援金が電通とかに700億円くらい流れているという、それは除染費用の3兆円とかが大手ゼネコンに流れたとかあったのと同じである、ただ地元の建築業者にも流れたから大手だけではない、そしてここで補償金でもめたように支援金で不公平がありそれで
不満になる、それはここでも嫌というほど経験したからである
つまり人間は何か同じことをしている、カルマになる
政府でも原発事故のことを忘れさせ同じようなことをしている、福島を反省していないとなる

まずオリンピックの復興だとか聖火リレーだとかであたかも福島の復興がありとか政府で世界に装うとした、何にも復興などしていないからである
だからオリッピックなどなぜするのか理解できなかった
そのオリッピックもコロナウィルスでつぶれたとなるとそれは神意だったとなる
また何かしらコロナウィルスはカルマであり神の意志が働いたのかともなる
それは東京が一番人口が密集して被害になったからである

それで東京の人は来るな!

これは放射能うつるから福島の人が来るなと言われたのと同じである、カルマなのであるさらにこれからどうなるのか?
東京の人は東京に住めなくなる、そして一部であれ人がいなくなった原発避難区域に住まざるを得なくなる、そこは人がいないのだから田舎のめんどうな人間関係もないのだから住めばいいとなる
放射線のことを気にしているどころではない、東京にはさらなる災害が地震でも何でも襲ってくるからだ、その前に地方に特に人の住んでいない原発避難区域に住むのがいいとなるからだ、それがカルマなのである
東京がもたらした災いを福島が受けた、その償いを福島でしなければならないのだ
そうしてこそカルマの清算ができる
何らかで個々人でも必ずカルマの清算を強いられるからだ
それなくして東京の人からカルマが消えることはないのだ

そういうことはアメリカにも言える、原爆を落としたカルマは消えることはない、その人類的罪はカルマは消えないのである、だからアメリカは一番核に恐れていなければならないのだ、核兵器を世界で一番もっているがそれで安心は来ない
カルマは清算されないのである、むしろ自ら核で原爆のように苦しまない限りそのカルマは清算されないのである
とにかく東京の人はそういう自覚をもつべきである
福島を忘れてももう忘れることはできない、必ずカルマとなり襲いかかる
コロナウィルスがもしかしたらその一つのカルマなのかもしれない
次にはさらなるカルマが襲ってくる、それが地震なのかミサイルなのかはわからないがそれは確実なのである、だから東京脱出しないと危険なのである

posted by 老鶯 at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連