2020年05月19日

避けられないリスク(石油、J-reitの暴落)


避けられないリスク(石油、J-reitの暴落)

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株式投資というときリスクが避けられない、そもそも投資するというときリスクが必ずともなう、そのリスクの分散ということで株主制度が生まれた、みんなで株をもち何かあった場合みんなで負担を負うというのが会社である
それで船会社に投資たとき航海で船が沈没したら利益はゼロになるがもし沈没もしないで航海が成功したらその利益が大きくなる、それでオランダはもうけて一時富裕国になったそれが投資なのである

私自身は株とか投資について経験もないし知識もない、ただ地銀の人がプロだというのでまかせてやらせた、ただ地銀は投資には株とか投資信託には素人と同じだったのである
だから証券会社のようになってしまったことが合わないのである
それで福島銀行は自力で経営できなくなりSBI証券と合併してその配下に入った、島根銀行などもそうである

ただ本当に株とか投資信託でもリートでも国債すら安全ではない
なぜならカナダ国債は石油が下がり急落したからである、カナダは石油産出国であり石油に頼っていたからである
でもその時は60ドルくらいだった、今驚くのは石油が20ドルくらいになった時がある
今でも25ドルとかである、これだけ下がることに驚く
するとそのリスクは大きい、投資しても半分以上損失をだす
つまりこんなに急激に下がるということは予測できなかった
石油の値段は高止まりしていたからである
何か石油は売れるし安全資産のように思っていたのである
これはコロナウィルスショックでそうなった

J-reitも半額ほどに暴落したのにも驚いた、それを一月で売ったから助かった
別に下落するのを見込んで売ったのではない、何かリーマンショックの時買った株が元にもどしたとき地銀の営業の人が勝手に売ってJ-reitに回したことで信用できなくなったから売った
もし売らなかったら半分になっていた恐怖だった

このように投資には相当なリスクがある、それで日本の国債が安全だと思い買おうとしたが今度は日本経済が危機になったとき預金封鎖のようになるとき最初に国債が没収されてゼロになるという、預金は90パーセントが没収されるとかいう
すると国債が一番危険なのかとなる
何故ならカナダの国債が石油の価格の急落で急激に下落したからだ
国債も格付けがあり急に下がるリスクがありその価値がなくなる
国債とはその国の価値であるからだ
カナダとかは石油の資源をもっているのでそれが価値を決めていた

では日本の価値とは何なのか?

経済的な面からだけみれば資源もない、何か価値なのか、電機製品も今や中国でも韓国でも同じものを作れる、それも安いとなれば日本の価値はどこにあるのか?
自動車産業だけは技術力があり一応持ちこたえて輸出しているからそれが主な価値なのかとなる
世界から見たとき日本の価値は何なのか、技術力なのか?それは今は中国になっている
新幹線などは技術力があり世界に売れるとかまだある
それで日本がの経済力は低下してインバウンドの観光に頼ったのである
それもコロナウィルスで頼れなくなった、電車はがら空きであり空港も飛行機が飛ばないただ貨物輸送は続けられている、鉄道の場合は貨物輸送が極端に少なくなったから人が乗らなかったら商売にならないのである
そうしてアメリカの航空会社に投資していた有名な投資家が何兆円とかの大損を出した
航空は花形産業だったのである、それが一転してしまった驚きである

とにかくこの世に生きる限りリスクはさけられない、そのリスクがどこにあるのかわからないのである、それは津波と原発事故で経験した
町や村が一挙にゴーストタウンになることが信じられなかった
もちろん津波でも村自体が消失したことは信じられないことだった
そういうリスクがこの世にはある、つまりこの世を生きることはリスクを避けられないことなのだ
だから完全に安全な投資はありえないのである

だから

投資も運だ!

こうにもなる、本当はそうでないにしても運が作用しているともなる
誰も先を見ることができないからである
この先を見ることができれば投資でも成功するからだ
それは突然のこうしたリスクを事前にすることができないからである
ただ長い目で見ればリスクはあっても経済は一般的には回復する
リーマンショックでも戦争でも終われば鰻上りに経済は回復して日本は高度成長時代になったからだ
それでリーマンショックの時半分になった株でも元にもどりそれをもっていたら私は相当な利益になった、でも売られたので損にはならないがもうけを得られなかった
それも結局は自己責任だった、地銀は地銀のもうけを優先するからである
ただ自分で決めるべきものであり自分が責任をとらされる
それで地銀の営業の人を信用しないでJ=REITを一月に売ったことが損をまねがれたのである
ただトータルとしては損はしていなかった

要するにこのリスクだけは予測できないものとして起こる、だからこそリスクなのであるつまり船に投資する、その船が沈没することもある、でも無事にかえれば大儲けになる
それはギャンブルにもなる、その賭けに勝てば大儲けになるが負ければ大損失になる
だからこれも運まかせだとかなる
それはどんなプロでも予測できないことによっていたのである
それで財産がfortuneでありそれは運だったともなる

何か自分は大きな金をもったことがない、自由に旅していたとしてもホテル代に苦労していた、旅しても最低限しか使わなかったからだ
贅沢な旅などしたことがないのである、だから大きな金が入ったとしてもそれを使えないということがある、貧乏性が習慣になっていたからである

でも結局人間は親が生涯金をためていたけどその親は金を使わず認知症になった
そして銀行から金をおろせなくなった、これほど驚いたことはなかった
そうしたらその金が自分のものだとしても自分の金を銀行から下せないとしたら自分の金ではなくなったのである
これもショックである、認知症も病気もこういう大きなリスクなのである

とにかく人間にはつくづくリスクがつきものなのである、リスクないことはそもそも人生にありないのである、だから経済でも常にリスクがある
何かヒットして何がヒットしないかわからない
たまたまマスクの在庫があった人は百倍とかで売れたとかもある
でも市場に出回ればたちまち低価格になってしまったのである

いづれにしろ高度成長時代は金を銀行にあづけていれば利子がついた、7パーセントとかついた時もあった、今はもう利子はつかない、かえって利子をとられるともなる
でも地方の人に田舎の人に投資をすすめてもそれが成功する人は少ないだろう
まず投資をわかるのは複雑でわかりにくいし理解しにくいからだ
ただ今や預金封鎖だとかなんとか銀行自体がつぶれるとかなるとどうすればいいのかとなる
その方法をいろいろ調べてもわからないのである
紙幣は紙きれになるということが迫っているともいう、こういう状態なのだからそうかとなりでは他に安全資産がなにかあるのかというと見当たらないのである
ただ投資は長期的にみれば必ず下がっても上がる、今がどんなに悪くても必ず良くなる
そういう波があることは確かなのである、でも老人は先がないから投資に向いていないのである、この木を植えていつ育つのか、花が咲くのかと考える
早く咲く花を見たいとなる、それが育つ時間を待っていられないのである
それで老人は投資に向いていないのである

投資という時、将来へ投資するとしても

バフェット氏の投資会社、赤字5兆円超 航空株全て売却

このようにプロ中のプロで将来が未来は予測できないのである
第一航空会社は現代のグロ−バル社会の花形産業だったからである
それが一転して急降下してしまったのである
コロナウィルスを予測できなかったからこうなったのである
posted by 老鶯 at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

日本人は日本語と切り離せずある (日本語の特殊性は何なのか)

  
  日本人は日本語と切り離せずある 
  
  (日本語の特殊性は何なのか)
  
  日本人性の失われた場に日本語が生息できるわけがない
  どこの国の言葉であろうと言葉は環境の産物なのだ
  特に日本語が産みだした環境はその独自の精神生活にあった
  国語を守るのはその日本の生活環境を守ることと同義なのだ
            
  金銭や物質をふくめた富には長いこと無縁であり、争いごとから遠く離れ、豊かな自然は数学、理工脳よりも工夫、洗練といった芸術的な質の価値観を育んできた
  
  失われた日本語,失われた日本(林秀彦)

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日本人が日本のことがわからない、日本を知るには外国と対比することで見えて来る
対象的にすると見えるものがある
例えばここに紫色と黄色がある、これは黄色の菖蒲と紫の菖蒲を単純化した抽象画になるつまり色が現すものがある、赤だったら太陽とかイメージするし青だと海とかをイメージする、黄色とかなると何か明るい感じものをイメージする
すると紫と黄色は何を意味するのかとなる
黄色は明るく目立つ、でもその色を目立たせるのは紫なのである
紫は何か謙虚な感覚になり黄色は派手な感じになるからだ
こういうふうに対比することで見えて来るものがこの世界には多い

日本語でも日本語が何かわからない、でも外国語と対比してみると日本語の特性がわかるそれで本居宣長が唐言葉と大和言葉に分けて日本独自の言葉の由来から日本文化を解き明かした
日本語は特殊な言葉であり英語とかと比べると論理的ではないとしている
情的美的言葉であり世界の言葉からすると特殊だとしている
日本語自体が詩的な言葉としている

良くわからないけれどなぜ中国人はIT社会になりアメリカを追い越すような国になったのか?
それは漢字だけだと論理的でありそれが意外とプログラムするのに適していたのかとなる漢字は象形文字でありそう見えないが中国語の語順とかが英語とにている
だからIT社会になることができたのかともなる

日本語の特殊性はかなが作られていたことである
このかなが平安時代に宮廷に仕える女御たちによって発明されたことである
それで最初は漢詩を作ることができる、漢字だけを使うことが優れているとなっていた
大和言葉より漢語が優れているとされたのである
それは日本語より英語が優れているとなるのとにている
だから一時明治維新でもフランス語を国語としろとか英語を使用こせて国際化社会に適応すべきだということが今でもある
でも日本語は特殊であり日本語を使わないと日本人でなくなる
外国語は別にそうはならないと林秀彦は言っている
この人も外国暮らしが長いから外国のことを深く知っているしそれで対比して日本が見えたとなる
そして日本の悪い所もありありと見えたので日本人をこきおろしたのである
一方で日本のいい面も日本語などを通じて称賛している

何か外国暮らし人でも日本の見方が違ってくる
内村鑑三はアメリカに留学したがアメリカは金銭崇拝の国であり嫌悪した
日本は金だけの国ではないとしてその良さを主張した
だから彼はまたアメリカでも宣教師を嫌って武士道に根ざしたキリスト教を説いたのである
アメリカという国はプラグマテズムの実用主義の国であり何か神秘的なことは嫌う、実業家の国である、だからアメリカからは宗教でも哲学でも思想でも絵画でも音楽でも芸術も生れない、一流なものは生まれない、巨大な富を産みだしても精神的に人類に寄与する面が少ないとしている

プラグマティズム(英: pragmatism)とは、ドイツ語の「pragmatisch」という言葉に由来する、実用主義、道具主義、実際主義とも訳される考え方

言葉にしても英語とかはそういう実用主義の言葉、ビジネスの言葉であり詩的なものとはなりにくいとし林秀彦は言っている
それも英語を日常的に外国で使い暮らしていたから日本語が何か見えてきたとなる

日本語は語源とかたどると本当に謎でありどうしてそういう言葉が生まれたのか不思議だとなる

美しい(うつくしい)というときうつは何なのか?

うつむく・・という動詞から来ている、美しいとはうつむくと関係あるのかとなる
日本画とかの美人画ではうつむいているの多いからうつむいている姿が美しいととらえたのか、何か日本語は動詞から形容詞になっているのが多い
動作がありそれが形容化する、しなるという言葉がありしなやかなとかなる
日本舞踏でもそういう感じになる、日本人は動作に重きを置く、その動作はしなやかなということに象徴される、外国のダンスは激しい運動だとするときその対象で相当に違ったものである、しなやかなというとき柳のような感覚になる
とにかく言葉を探求するとそこに日本人が形成した文化を知ることができる
何気なく使っている言葉でもそれがどうして生まれたのかを読み解くと日本人の文化の根源をしることができる、それで本居宣長は唐言葉と大和言葉に分けて日本の文化を探求したのである    

 日本人性の失われた場に日本語が生息できるわけがない
  どこの国の言葉であろうと言葉は環境の産物なのだ
  特に日本語が産みだした環境はその独自の精神生活にあった
  国語を守るのはその日本の生活環境を守ることと同義なのだ  
  
 この言葉を象徴していたのが万葉集の次の歌だったのである

 豊国の企救の浜辺の砂地の真直にしあらば何か嘆かむ 

この場所が今は工業地帯であり全く当時の面影がない、ということは日本人の心も失われたとなる、その地に立ってもこんな境地にならないからである
日本の自然景観は破壊されつづけてきた、それとともに日本人の心も失われてきたともなる