2020年03月18日

現代に秘境はない、コロナウィルスから隔離できる場所がない


現代に秘境はない、コロナウィルスから隔離できる場所がない

コロナウィルスから守るにはどうしたらいいのか?
それが現代では至難である、それはなぜか?

宅配の行かない場所がない

宅配が行かない所があればそこは秘境になる、でも日本ではそういう場所が今はない
宅配は山の奥まで行っている、するとどうしたってモノを運びヒトも入ってくる
そこで感染から逃れられないとなる

なぜ桧枝岐(ひのえまた)でコレラの感染を逃れたのか、そこは交通がない、閉ざされた村だった、そういう秘境の村というとき必ず平家落人伝説がある
そういう伝説が生まれたのは人々がそういう人たちと交流しないかったからである
木地師の椀貸し伝説などでもそうである
それは一つの沈黙交易だともしいてる、人が交わらず物を交換したことが伝説になった
これももしかしたら伝染病をうつされることを恐れたためなのかということも今なら考えられる
ただ物でもそこにウィルスが付着したりするから危険だとはなる

ともかく伝染病は接触することからうつる、だから直接の接触はさけることが第一になるすると外部からの人とと接触しないようにするには宅配とか現代のようにどこまでも物が運ばれる社会では不可能になる
でもそれが外部との交流を断った中でもし暮らしていければ伝染病からはまねがれる
それで東京から八丈島とか小笠原に一時的に退避して暮らす人がでてくる
そこは隔離されているから安全だとなる

現代では秘境が存在しないという時、秘境のような場所があっても必ず宅配が車で配達するからである、桧枝岐でもそうである
昔なら隔絶された隔離された村だった、それでソバを主食として米は食べられなかったとかヤモリを焼いて燻製にして食べていたとなる
つまり秘境という時、外との交流を断ってもそこで自給できなければありえないのであるそういう場所が四国の祖谷(いや)とかにあっりそこは平家落人伝説がありそこは歴史的事実であったとされる

秘境という時、昔は江戸時代辺りだと隣の村すら秘境になっていたかもしれない、交流がないことがある、小さな村で自給自足して交わらないからである
それでこの辺で麦つきに来た若者が大蛇だったとかの伝説がある
それは隣の村だったのである、隣の村すらそうして全く交流がないとそうなる
現代ではその差が大きい、別にそうした労働者は外国からでも来るからである

コレラは日本に中国から伝染した、港から入ってきた、そして北前船を通じて日本海側に青森まで増えたのである
日本海側から今度は会津若松市の方に伝染した、でも桧枝岐までは伝染しなかったのである
そういうふうに閉ざされた場所は今はない、するとどうしても物が運ばれて人も入ってくる、また物が入って来なければ生活できなくなっている
桧枝岐は今は尾瀬の観光の入り口でにぎわっていたからだ
観光で暮らす村となっていたからである、観光となるとどんな所からもくる
それで北海道が感染者が増えたのである

昔から伝染病は相当に怖いものとして意識されていた、エジプトのミイラにもウィルスに感染した痕跡がでてきた、こういう記憶は人間に刻まれて伝承される
村の入り口にそうししたばい菌が病気が入らないように大きな藁人形を置いたりするのはそのためである、現実に村の前で大きな刀をもって仁王立ちになっていた写真が中国のコロナウィルス騒ぎで見た

ともかくコロナウィルスてもウィルスに交通がこれだけ発達したことが裏目になった
たちまち世界中に拡散したのである、それは止めようがないのである
だから閉鎖されて暮らすことにもメリットがあった
でもそうなると外から物資が入ってこないから飢饉とかには弱くなる
人間は二つも三つもいいものとしてありえない、何かいいと思っているものも悪く作用するのである、それがコロナウィルスで証明されたのである
世界中の交通が遮断されて引きこもるほかなくなったからである

これはグロ−バル経済を見直すものとして起きたともみる
東京などでは中国から野菜でも輸入して安く入るから日本の農業を軽くみる
でも中国から野菜でも入らなくなったときどうするのかとなる
交通が途絶えるとお手上げになる、原発事故のときは放射線被害を恐れて物が入ってこなくなったから危機だった
そして水も土も空気まで汚染されたから危機だった、つまり水も飲めない、ペットぺットボトルの水も入ってこないとしたら死んでしまうとなっていたからである
ガソリンも入らず車も使えず身動きできなくなっていた
外からガソリンでも物資でも入らなくなったら生きていけないのである

でも不思議なのは秘境があるとする、そこでは自給していたから外から物資が入らなくても生きる術があった、燃料は炭であったり最低限は自給していたのである
現代は交通が途絶えたらお手上げであり何もできなくなる
そうして考えると外から物資が入らなくても自給して生活できることが凄いともみる

外から物が入らなくても人間は暮らせるのか?

それが可能であったというとき今では時代を比較するとイメージもできなくなっているのだ
それだけ交通に頼る世界になっているからだ
それもグロ−バルにそうなっていて中国から物が入らない工場だと部品が入らないとかなり何もできなくなっていた
だから工場でもなんでも中国に作り頼ることは問題がある
いくら安く作れるからと言ってこういうときには緊急の時には物が入ってこなくなる

だからコロナウィルスが世界に提起した問題はこれからも社会をどうするかということで再考するべきである
中国に頼りすぎてイタリアやヨ−ロッパに蔓延した、そしてヨ−ロッパから日本に帰った人が感染していた、逆流してきたのである
だからヨ−ロッパは相当に感染が広がっていたのである
日本はも検査していないから数は少なすぎるのである

いづれにしろコロナウィルス騒動で外にも出れなくなる、封鎖される
それも世界中でそうなっている、こういう経験は今までなかった
サーズとかでもあったがそれは全世界には及んでいないのである
コロナウィルスは全世界的問題として提起されたのである
今はその解決方法がない、逃れる場所もないのである

posted by 老鶯 at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスと現代文明 (過剰な人間の活動への歯止、警告か?)


コロナウィルスと現代文明

(過剰な人間の活動への歯止、警告か?)

魚の伝染病のコイヘルペスウイルス(KHV)病の対策と、各漁協から提出された種苗(稚魚など)の放流量の変更希望について審議し、それぞれ決定しました。

 コイヘルペスは2003(平成15)年に茨城県霞ケ浦で発生してから各地に広がり、長野県では翌04年度に34市町村で発生を確認。

  2015年度以降は県内で発生していませんが、全国の発生状況はここ数年11〜13都道府県と横ばい状態で一定の発生があり、他自治体の持ち出し禁止の解除もここ数年ないため、長野県は引き続き2017年度も持ち出し禁止とすることにしました。

 こうした病気対策に加えて委員会を困惑させたのが県内河川の魚の減少。この日申し出があった各漁協の増殖変更の説明でも「昨年6月に300キロのアユの稚魚を放流したが、試し釣りをしてもアユの姿が見えない。釣り客も少なく、不調だった」「川によっては10年来、アユを放流しても解禁日に数匹しか釣れない」

鮎が見かけない、それは最初放射性機物質の汚染だと思っていた、それでこの辺でも稚鮎を放流した、でも鮎はみかけないし育っていない、前は小粒になっていたが鮎は夏には遡上していたのである
子供の頃鮎は大きく父親がとってきていいオカズになっていたのである
それから鰻もとれていたが全くとれなくなっ、ドジョウとかメダカも田んぼがコンクリートの水路化していなくなった
何かそういうことで淋しいとなる

この辺では原発事故で一時田畑が荒地に変わった、そして海側は津波で湿地帯に変わった大きな沼にもなって釧路湿原のようになったことに驚いた
原初の自然状態に変わった、とういうより原初の自然にもどった
八沢浦は明治になって開拓されて田んぼにされた所だったが入江になったのには本当に驚いた、波が太陽の光できらきら光り打ち寄せたのである
それは奇跡のように思えた、でもそこで人が死んだからそれを報告したとき怒られた
でも原初の状態がいかに美しいものだったか再現したのである
私は田んぼで生産される米より常に景観を重視してみていた
なぜなら米は減反でいくらでもあるとなると余っているとなると価値が低下したからである、むしろ景観の方が価値があるとして見る
でも日本の自然は相当に破壊されてきた、特に高度成長時代から大規模に破壊されてきたのである、第一大都会自体が自然破壊の結果できたのである

原発事故では田畑が荒地になったとき田んぼにいた蛙がいなくなりそれを餌とする鷺がいなくなった、蛙の餌となる水生生物とかは田んぼにいたから蛙も生きられていた
でもそうした生の連環が断たれると生きていけなくなる、生態系が破壊されると生きていけなくなる
そして田んぼが回復して鷺が帰ってきたとき感動した、鷺集まる巣とするとこすやに50羽くらい集まったからである
人間は生態系が破壊されると人間も住めなくなる、水も土も森も空気まで放射性物質で汚染されて住めなくなりゴーストタウンになった

これがコロナウィルス騒動と何か関係あるのか?

鮎でもコイヘルペスとかあり伝染病にかかりいなくなったのか、魚も伝染病にかかる
でも全国の川から鮎が減少するとかいなくなるということはなぜなのだろうとなる
その原因はここでは放射性物質だと思っていたが他でも同じだから原因は違う
やはり生態系全体に異変が生じていなくなった
そういうことが人間にも影響してくる、やがて生態系が破壊されて人間が住めなくなるとうこともありうる
文明の過剰な活動はどうしても生態系を破壊する、世界の森でもグロ−バル経済で破壊される、そしてオラウータンの住む森が減少して住めなくなる
それが人間にはねかえってくる、環境は汚染されて人間も住めなくなる

コロナウィルスが中国で蔓延して生産活動をとめたら交通でもとめたら二酸化炭素がへり空気がきれいになった、そもそも中国は大気汚染でコロナウィルスの十倍も死んでいる
汚染大国なのである、黄砂とかあり自ずと汚くなり穢れに対して無感覚なのである
日本では江戸時代でも中国より清潔だったと外国人が報告している、
日本の神道は穢れを嫌うから神社でも掃き清めて塵一つない、そういう伝統があり文化があり清潔だともなる、第一中国で川で禊(みそぎ)するなどできないからである

コロナウィルスの不思議はグロ−バル経済でも過剰な生産活動でも交流でも一時的にとめた、結果的に起きたことは日常の静寂と大気汚染などが減って空気がきれいになったとかある

それは何を意味しているのか?

それは文明化による活動が過剰になっていたとういことである
そうして文明の過剰な生産消費活動を抑制するためにコロナウィルスが生まれたのかともなる、世界的生産消費活動がもう限界に来ていたのである
自然から見るともう耐えられないという状態になっていた
それでコロナウィルスで一時的にその生産消費活動が止められたともなる
これがつづけば自然はますます破壊されて人間も住めなくなるからである

何か外に出るなと人が集まるなとかなるとこれは中世の時代に逆戻りなのかとなる
ニーととか引きこもりは有利になるのか?
修道院で引きこもるような生活になる、そこで内面の世界に生きる、心を修養するとかなる、そういう時代への逆行がコロナウィルスによってもたらされるのかともなる
時代を変えるのかとなる
不思議なのはなぜヨ−ロッパから日本に帰ってきた人が検査して感染者が増えている
そんなにヨ−ロッパで増えているのか?
それは空港で厳格にみんな検査しているからである
日本では検査していないから実際の感染者は十倍とか百倍になっているかもしれない
死者もインフレインザで死んだ人がコロナウィルスになっていてもわからないからだ
それで政府は重大なことを隠蔽しているとなる

いづれにしろなぜこんなに災いが続くのか?
個人的にもそうだった、それを書いてきた、今度はコロナウィルスかとなる
次にまだ来ていないのが戦争と飢饉だとなる、ただこれは人類は克服したとされる
でもこんなに災禍がつづくのは何なのだろうとなる
時代の変わり目でありこうなるとあらゆるものが変わる
明治時代とか戦争の後のようなことが起きて来る
それで預金封鎖とかなるとかいろいろ心配の種が尽きない時代になったのである
ただコロナウィルスを契機として世界も変わるからそれがすべて悪いものとして作用するとは限らない、一時的に痛みがあっても犠牲があってもその後に新しい世界が時代が生まれるともなるからだ
posted by 老鶯 at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層