2020年03月13日

梅匂う(死者は家に生き続ける (忘れられない家族と死んでも生きる)


梅匂う(死者は家に生き続ける

(忘れられない家族と死んでも生きる)

flowerarrengesp111.jpg

deadface11.jpg

真日さして山鳩数羽梅匂う

雨雲に月の隠れて春の夜                            

梅の香の夕べ満ちにつ闇に入る 

初蝶の庭に飛び来ぬ人変わる
        

姉死して9年すぎしやなおあれや我への愛の家に残りぬ

目立たざる母にしあれど我が家を支えて長し死してねぎらふ 

相馬焼に猫柳さし梅におい遺影を見つつ我が家に安らぐ

死者はなお家にありしも我が一人なおともにしもあると生きにき

目立たざるクリスマスローズ一輪の我が庭に咲きそを知りふれぬ

餌をやる女(ひと)の死にしも猫は来る知らずとあわれ年はへぬるも

その女(ひと)とわずかの時のともにあり死して見ざりき春になりしも
                              

人間は本当に死ぬと不思議である
自分の場合どうしても姉と母のことが忘れられない、それは複雑でも60年以上一緒にいたのである、子供の時から一緒に一つの家にいたのである
そのことが影響して忘れられなくなった、両親でもそうして一緒にいないと情も薄れてゆく、でもこうしし死ぬまで一緒だったから死んでも依然としているような感じになる
そして自分は複雑な家族でも特別良くされていたのである
何かとがめられたことがほとんどないのである
仕事しなくてもそれをとがめられたことはなかったのである
旅に出てもいつも待っていたのである
その時家事は一切しなかった、30年くらいそうして恵まれた歳月が夢のように過ぎてしまたっのである

最後は悲劇にしろ二人のことは忘れられないのだ
そして何か不思議なのは依然として家にいて当時のようにそこにいる感じになる
何か死者は簡単に消えないのである
何か愛情をそそいだ場所に依然として愛が流れている、エネルギーを感じるのである
死者はそんな簡単に消えない、確かに体はなく何もなくなる
でも依然として霊となってとか何かが存在し続けている

そして花を挿す、供物をささげる、そういう行為で死者ともつながる
死者は消えてなにもないのだが花でも供物でもそれを通じて死者とつながるということがある、たから本当は死者には花でも供え物でも欠かせないのである
墓ではそうしなくても家に遺影があればそこにいつもいるという感じになる

隣の人が死んだ、その女性とはわずかに花がどうだとか話したりした
でもそれは四五年くらいだった、その前は自分は家族がいて誰ともききあっていないのである、家族がみんな死んでからしかたなく話すようになったのである
その女性はおとなしい女性だった、歳は60代から70くらいなのかそんな歳である

その女性が死ぬとは百パーセント思わなかった
数カ月前も庭を歩いたのを見た感じだった
ただその女性は野良猫に餌をいつもやっていた、そのことで自分も猫を飼っているから話した、何匹か野良猫が集まっていた、その野良猫が自分の家の猫の餌をねらって入ってくる
でも餌をやっていないようだ、どうしたのだろうと見ていた
それも最近のことだった、あっけなく死んでしまったことに驚く
仙台の方で入院はしていたようだ、何かそこで早く死んでしまった

とにかくこの年になると知っている人が次々に死んでゆく、隣近所でも死んでゆく
そこでいつも人間のあっけない死に驚く
こんな簡単に死ぬのかと驚くのである

人間は常に変化である、人も死んだり新しい人と入れ替わったりと人間関係も変化である今や昨日会って見ていたが死んだとかなる、それから二度と会えなくなる
人間は次々にあっけなく死んでゆくだけだとなる

初蝶を庭で見た、今日はあたたかい、梅はふんぷんと匂っている
三日前辺り月は雨雲に隠れた、まさにその女性は時死んでいたのである
隠れるとは死ぬことである、その女性の一生は何なのだったのだろうとまたふえかえる
でも次々に死んで忘れられるのも人間なのである
正直夫が一人残されると淋しいとなる、早く妻を死なれた人は悄然としている
息子家族と一緒にいるから一人ではないにしろ淋しくなる

人間は愛着ある場所に生き続ける、そこにいたいからだ、原発事故はそういう場所を奪ったともなる
なぜならそこには死んだ愛する人が生き続ける場所でもあったからだ
ただ自分が生きている間は偲ぶが後はしのぶ人がいなくなる
とにかく人は一時を一緒にいるだけである、実にはかない、後は死んで逢わなくなる
この年になると逢うとしてもほんの一時で後は死んで逢わないとういことが多くなるのだ
それは家族でもそういうことがありたださよならだけが人生だとなってしまうのである

梅匂う(死者は家に生き続ける (忘れられない家族と死んでも生きる)


梅匂う(死者は家に生き続ける

(忘れられない家族と死んでも生きる)

flowerarrengesp111.jpg

deadface11.jpg

真日さして山鳩数羽梅匂う

雨雲に月の隠れて春の夜                            

梅の香の夕べ満ちにつ闇に入る 

初蝶の庭に飛び来ぬ人変わる
        

姉死して9年すぎしやなおあれや我への愛の家に残りぬ

目立たざる母にしあれど我が家を支えて長し死してねぎらふ 

相馬焼に猫柳さし梅におい遺影を見つつ我が家に安らぐ

死者はなお家にありしも我が一人なおともにしもあると生きにき

目立たざるクリスマスローズ一輪の我が庭に咲きそを知りふれぬ

餌をやる女(ひと)の死にしも猫は来る知らずとあわれ年はへぬるも

その女(ひと)とわずかの時のともにあり死して見ざりき春になりしも
                              

人間は本当に死ぬと不思議である
自分の場合どうしても姉と母のことが忘れられない、それは複雑でも60年以上一緒にいたのである、子供の時から一緒に一つの家にいたのである
そのことが影響して忘れられなくなった、両親でもそうして一緒にいないと情も薄れてゆく、でもこうしし死ぬまで一緒だったから死んでも依然としているような感じになる
そして自分は複雑な家族でも特別良くされていたのである
何かとがめられたことがほとんどないのである
仕事しなくてもそれをとがめられたことはなかったのである
旅に出てもいつも待っていたのである
その時家事は一切しなかった、30年くらいそうして恵まれた歳月が夢のように過ぎてしまたっのである

最後は悲劇にしろ二人のことは忘れられないのだ
そして何か不思議なのは依然として家にいて当時のようにそこにいる感じになる
何か死者は簡単に消えないのである
何か愛情をそそいだ場所に依然として愛が流れている、エネルギーを感じるのである
死者はそんな簡単に消えない、確かに体はなく何もなくなる
でも依然として霊となってとか何かが存在し続けている

そして花を挿す、供物をささげる、そういう行為で死者ともつながる
死者は消えてなにもないのだが花でも供物でもそれを通じて死者とつながるということがある、たから本当は死者には花でも供え物でも欠かせないのである
墓ではそうしなくても家に遺影があればそこにいつもいるという感じになる

隣の人が死んだ、その女性とはわずかに花がどうだとか話したりした
でもそれは四五年くらいだった、その前は自分は家族がいて誰ともききあっていないのである、家族がみんな死んでからしかたなく話すようになったのである
その女性はおとなしい女性だった、歳は60代から70くらいなのかそんな歳である

その女性が死ぬとは百パーセント思わなかった
数カ月前も庭を歩いたのを見た感じだった
ただその女性は野良猫に餌をいつもやっていた、そのことで自分も猫を飼っているから話した、何匹か野良猫が集まっていた、その野良猫が自分の家の猫の餌をねらって入ってくる
でも餌をやっていないようだ、どうしたのだろうと見ていた
それも最近のことだった、あっけなく死んでしまったことに驚く
仙台の方で入院はしていたようだ、何かそこで早く死んでしまった

とにかくこの年になると知っている人が次々に死んでゆく、隣近所でも死んでゆく
そこでいつも人間のあっけない死に驚く
こんな簡単に死ぬのかと驚くのである

人間は常に変化である、人も死んだり新しい人と入れ替わったりと人間関係も変化である今や昨日会って見ていたが死んだとかなる、それから二度と会えなくなる
人間は次々にあっけなく死んでゆくだけだとなる

初蝶を庭で見た、今日はあたたかい、梅はふんぷんと匂っている
三日前辺り月は雨雲に隠れた、まさにその女性は時死んでいたのである
隠れるとは死ぬことである、その女性の一生は何なのだったのだろうとまたふえかえる
でも次々に死んで忘れられるのも人間なのである
正直夫が一人残されると淋しいとなる、早く妻を死なれた人は悄然としている
息子家族と一緒にいるから一人ではないにしろ淋しくなる

コロナウィルスで貯金がない人が生活に困る? (政府の補償は必ず差別される―非正規フリーランスは半分)


コロナウィルスで貯金がない人が生活に困る?

(政府の補償は必ず差別される―非正規フリーランスは半分)

コロナウィルスでなぜ休業することでこれだけ騒いでいるのか?
それは日本人が貧乏になり貯金がない人が多くなった
その数が多すぎる、こんなに貯金がないのかと驚く
ただ不思議なのは江戸時代でも戦前でもその日暮らしだった
宵越しの金はもたないという江戸っ子がいたとしてもその反面は金をもてない
貯金できないということである
だから何か急に金が必要な時どうするのかとなる      

こういう時代は物でも何でも計り売りである、少量を買ったり売ったりしている
だから子供の時、酒屋にいって樽から量り売りをしてもらっていた
それをやらされていた、店でも計り売りである、飴一つとか子供は買いにきていたのである、私の家で家を貸していたときも毎日家賃をとりに行っていたという
毎日ということはその日暮らしだったということである
日銭稼ぎであり貯金もなにもなかったのである

生活保護だとそもそも貯金が禁止されている、貯金するとそれがわかると生活保護が停止されるから困る
ところが人間は必ず病気だとか事故だとか突然のことで金がいることがある
そうなると貯金がないと困るのである
貯金がない人が増えたというとき日本社会が貧乏な人が増えたとういことである
だからこういう緊急時には困ることになる
つまりその日暮らしが日雇いが変化した非正規とか何かフリーランスとか名前が変わったがそういう人が増えている
第一貯金があればすぐに暮らしに困ることはないからだ

団塊の世代になると高度成長時代でありな貯金した
貯金したのはその時利子が高かった、7パーセントの時すらあったから貯金した結果倍と三倍にもなった恵まれた時代だった
だから貯金していれば安心だとなっていたのである
今になると銀行に貯金しても利子がつかない、それよりゆうちょでも銀行でも高齢者から投資信託や保険をすすめる、これがわかりにくいのである
まず60以上になると株式や投資のこと自体を理解することがむずかしいのだ
でも高齢者では金をもっている人が多いからゆうちょとか地銀が地元で信頼していたからそういうことでものりやすい、つまりゆうちょでも地銀でも投資先がない、借りてくれる会社もないからそうなった

貯金するなとか言う人も今は多い、なぜなら貯金しても利子がつかないし目減りしているからである、金融資産はこういうときあてにならなくなる

でも何か困った時どうするのか?

貯金がなかったらどうするのか?それで借りるほかなくなるがこう言う人は返せないのである、だから貯金は必要なのである、でもその余裕が今はない人が多い
それでこういう緊急事態に困窮する人が増えたのかとなる
大会社だと休業補償が政府から8000円でも非正規とかフリーランスはその半分だとか不満になる、政府の政策では必ず割を食う人がいる
この辺の原発事故の補償でもそうである
30キロで区切られたからその内部の人は手厚いのである

医療費は10年間無料、高速も無料

30キロ以外はなし

この差別も大きかった、30キロ内は補償金でも三倍とかもらっていた
こうして必ず政府からの補償金は平等にならないのである
誰かが必ず損する、割を食うのである
これは別に南相馬市だけではない、相馬市とか30キロはずれたらほとんど補償金はもらえなかったのである、それで大きな不満が残ったのである
それで地域が分断されたのである

いづれにしろ貯金がない人が増えたという時、相当日本は貧乏になっている
そうなると昔のようにその日暮らしの人だって増えているから何か緊急のことがあったらたちまち窮するとなる、これも困ったことなのである

posted by 老鶯 at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題