2020年03月24日

電子本と紙の本を読む相違 (人間が記憶する仕組みはどうなっているのか?)


 電子本と紙の本を読む相違

(人間が記憶する仕組みはどうなっているのか?)


このことを書いている本があった、「デジタルで読む  紙の本で読む脳 」という本である、これは高いから読んでいない、私は結構アマゾンで電子本を読んでいる
スマホとかだと画面が狭いから読みにくい、目も疲れるからアマゾンのキンドルを買ったが利用しなくなった、スマホも字が小さいから疲れるから使っていない
でもパソコン画面上で読む電子本は読みやすい、目も疲れない
そしてアンダーラインを簡単につけられるのでいい、電子本だとネットのすぐれた点は検索機能である、これは本にないから大きな利点である

でも本を読むのと電子本を読むのとは何か違っている
その相違が明確ではなかった、どこが違うのか明確に指摘できないのである
確かにこの本を読んだらわかるところがあるに違えない
人間の不思議として記憶するということなのである

人間はどうして記憶するのだろうか?

そのメカニズムがわかりにくい、だから電子本で読むのと紙の本で読む相違がここにでるということでこの本が書かれた
私自身は知識は本から読んで蓄積してきた、ただどういうわけかワープロでパソコン通信時代から文字だけのやりとりをしてきた経験がある
それは私が悪筆であり字がへただから何とか読みやすい字にしようとしてワープロになった、それで偶然オワシスの親指シフトが打鍵しやすいとなり継続できるようになった

なぜならこれがないとまずパソコンでもやはりテキストが主役でありローマ字で日本語に転換するのはかなり時間的に遅れるからスムーズに利用できない、それで継続できないということがあった
なにしろ文章はスムーズに考えると同時に活字にしないと嫌になるからだ
私自身がこれだけパソコンで文章が書けるのはオワシスの親指シフトを使っているからだこれは別にソフトでも「やまぶき」が無料で使える
またオワシスキーボードも3000円くらいで買える
だからこれに慣れれば文章にするのが楽になる

ともかく電子本と紙の本の相違は何なのか、これはかなり人間にとって奥深い問題であるどこが違うのか、それは人間の記憶のメカニズムと深く関係しているからだ
まず紙の本を読むというとき本という一冊で一つの著者の世界を作る
その本は一ページ一ページをめくって読むこともあるが一冊を通読することもある
また途中からも読むこともある、いろいろな読み方がある
私は一冊の本を通読して要点をつかむ、それでもう一時間くらいで内容に通達する

そういうふうにできるようになったのは理解力が深まったからである
紙の本と電子本の根本的相違は一ページ一ページめくって読むのが電子本であり何か飛ばして読みにくいのである、デジタルの世界はそうして一ページ一ページ順序良く読んでゆくことにある
でも紙の本の世界は初めから最後を読んだり途中を読んだりして一冊を連環して読むことにあると思った
一冊の本はデジタル的にではなく連関したものとして記憶するのである

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何か電子本でも紙の本でも内容は変わらないから同じだとなる
でも人間の脳はデジタル的なものがあるがまた何かそうした順序に逆らい通暁するとか通読するとか全体を読むとかある
人間は記憶する時、一部分を記憶するのではない、辺りの全体を記憶するのが人間の脳である、一本の木だけではない、それが丘の上にあったとか森の中にあったとか川の側にあったとかそこに付随するものと同時に記憶されるのである
つまり人間が記憶する時、一つの部品として見ていない、全体の中の一つとして記憶するだから木だけを抽出して記憶しないのである
そこにコンピュターのデジタル思考と違ったものがある
コンピュターは部分の積み重ねとして見る、でも人間はまず全体を見て把握して部分をみる、それが紙の本を読むときもほんの全体を読む、そして部分を読むのである

だから本を読むときあらかじめその内容に自らの知が親しくなっているとき、共感ししているとき理解しやすいのである
この人の書いていることはおよそ理解している、部分的には理解しなくても全体は総体的には理解している、その時また記憶しやすいのである

とにかく人間は老人になれば記憶することが人生だとなる、記憶されたことが人生だとまでなる、それで認知症は今話していたことも忘れる、でも若い時代のことは忘れないので何度も話する、それで戦争のことを千回を聞かされてうんざりしたのである
でもそれがその人の人生だったからあきることなく語ったのである
そのことが一番記憶に残っていた、後は忘れてしまったとなるからだ

電子本でもインタ−ネットでも読むとき何か記憶に残りにくい、それはなぜなのか?
それはやはり電子本を読むのと紙の本を読む違いとなる
でもインタ−ネットでも記事のニュース解説でも私は引用して評論している
そういうことがまたしやすい、ただ記事でも読むだけではない自分なりの見解を述べる
そういうことがネットの利点である
そうすると思考が深められるのである、だから紙の本がみんなだめになったともいえないまた電子本を読んでもだめだともならない、両方の利点を活かすことが必要になる

ただ知的な仕事するにはまず私設図書館のようなもの必要でありそれだけ広い家に住むと頭も働きやすいのである、なぜなら不思議なのは今は下の部屋で仕事しているが二階も広いしそこでまた本を読んだりすると気分が変わりアイデアが湧いたりする
つまり場所を変えると気分が変わる、それで知的な仕事もすすむのである

2020年03月25日

9年ぶり常磐線全線開通 (スーパーヒタチも走る)


9年ぶり常磐線全線開通

(スーパーヒタチも走る)

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これは仙台行きである



走り来るスーパーヒタチ芽吹きかな

9年ぶりスーパーヒタチに春日さし命の通う鉄路なるかな

9年ぶりにスーパーヒタチが走る、車体も格好いい、全面がいい、前のとは違っている
このスーパーヒタチには良く乗った
それにしても長かった、一時はスーパーヒタチは走らなくなると言った
それでてっきり走らなくなるのかと思った

でもこうして走っているのを見ていると気持ちがいい
何か鉄道には思い出あり鉄道が好きなのである
だから駅で案内したりしたのは鉄道が好きだったからである
だから無人駅になって案内した経験は貴重だった
あんなことができたのは無人駅になったからできたのである
何か仕事でもみんな簡単にできない、させてくれないのである
だからいろいろ仕事があって経験してみたいことがあってもできない
やはり仕事も与えられるものであり勝手にできないということがある

いづれにしろ本当にスーパーヒタチが走り命が通う線路となったと感じた
何か大げさにも思えるが鉄道はそれだけ歴史が長いからそうなっているのだ
実際に鉄道は明治から百数十年も人を乗せてきたからである
それが車とは違ったものなのである
鉄道を通じて人生の別れとか出会いを演出してきたからである
人間の情が鉄道にはしみこんでいるとまでなる

これで東京に行きたいとなるが今は行けない
ただすでに東京にも十数年行っていないのである
高速バスで行こうとしたがこれも疲れる、何か人ごみに行くのも疲れる
それで仙台に去年は一回行ったくらいであり今年も行っていない
コロナウィルス騒動もあり行きにくいとなる
このスーパーヒタチには乗る、いわき市辺りまで花見に行くとかなる
でもコロナウィルスというのが嫌なのである
東京から来る人がいるし電車の中は密閉しているから喚起が悪い

とにかく常磐線が全線開通したことは祝すべきでことである
これこそ復興である、五輪の聖火リレーなど何の復興にもならないものだったのである
だから中止してもいい、復興の効果など何もないからである

英観光地、ゴーストタウンに イタリアに次ぐ医療崩壊の危機 (原発事故でもゴーストタウンになったー放射線被害とにてるコロナウィルス)



(原発事故でもゴーストタウンになったー放射線被害とにてるコロナウィルス)

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このコロナウィルス騒動は原発事故の放射線被害と共通性がある
ただこれが広範囲で世界中の問題になっていることである
だから津波被害でも原発事故でも東北という局所で起きたことである
すると全国対応ではなく局所対応になった
それでなんとか全国的には東京とかまで波及しなかった

放射線の被害の度合いが危険の度合いが専門家でもわからなかった

コロナウィルスでもその危険は専門家でも明確ではない

すると住民でも判断できない


住民はただ右往左往するだけである、それで浪江では山の方が安全だと思い津島に逃げたそこは街から相当に遠い奥だったのである
でも東電の社員がいて海の方へ街の方へ逃げる方が安全だとして住民は従って街の方ふ逃げた、この時明らかに東電の社員は専門家であり知っていたから指示できたのである
その専門家の指示に従い安全な方に逃げたのである

今回も危険を言う人がいるしそれほどでもないとか明確に言わない
今回は武田邦彦氏はこれはインフレインザと同じだから普通に生活している方がいいとしている
それは日銭で商売している人のことを恵まれた月給取りは知らないから仕事をしないで引きこもっているのがいいのだと言える
でもそうしたらもう生活ができない、飲食店などは日々の稼ぎでなんとか経営しているからだと同情している
つまり不思議なのは今回はコロナウィルスはたいしたことがない
騒ぎすぎる、それよりたいして被害ものないのにかえって自粛して仕事を停止させる被害の方が大きいとしている

だからこれもわかりにくい、なぜなら武田邦彦氏は一ミリシーベルトの放射線量を越えてはならないとしつこく主張していたからである
この一ミリシーベルトは相当に厳しいものでありそうなると原発事故周辺の広範囲に住めなくなる、30キロはなれてもそうである
でも今回は逆である、コロナウィルスはインフレインザと比べても危険ではないから普通に生活していた方がいいとしている

原発事故の経験からすると自治体をゴーストタウンにした方が被害を拡大した

避難させた結果として自治体は崩壊して元に戻らなくなった
ただ避難させたから国でその分は補償された、でも30キロから離れた住民はほとんど補償されなかった、南相馬市でも鹿島区は少なかった、30キロ内は三倍の補償があった
でも手厚く補償されたのは30キロ内でありその中でも住民が避難した地区は補償が手厚かった
でも結果的には自治体は元にもどらなくなった、若い世代は別な土地に移りそこで生活するようになったからである
それで帰ってきたのは老人がほとんどである、つまり若い世代がいないから自治体を維持できなくなったのである
その大きな要因に放射線というのが若い人に特に子供に母親だったら遺伝子に放射線被害があり奇形児が生まれるとか言われると相当に恐れたからである
今回は逆に老人がコロナウィルスで死に若い世代とか子供はそうはならないから逆になっている

ともかく専門家でも科学者でもその言うことにこういう時は注目する、でも危険を言う人とそうでない人がいて素人は判断しにくくなる
それで混乱する、そうして今度は政府のいうまました結果自治体は崩壊してゴーストタウンになって回復しなくなったのである

ただ原子力は核の技術は危険なものでけあることが前々から科学者は知っていた
でもそれを隠して政治の力で原発は福島に作られたのである
だから科学者とか専門家は原発の危険性を知っていても政治の力で歪められたとなる

コロナウィルスの場合は突然生まれて未知なものとして世界中をパニックにさせた
これも放射線とにているがコロナウィルスは科学者も専門家も不明なものとして対処を迫られたことが違っている
だから的確な指示を出せないのである

でも原発事故の場合は科学者でも専門家でも的確な指示を出せた!

なぜなら放射性物質の影響は風に影響されることを専門家は知っていたからだ
でも実際は最初に報告したのはアメリカであり日本の政府ではなかったのである
だからこの責任は政府とか東電にあった
事故が起きたことは想定しない、する必要がなかったからだ
強固な「安全神話」作っていたから事故があったことの場合を想定しない、だから事故が起きた場合の訓練も対策もしなかったからだ
そもそも「安全神話」作ったのは危険だというと作れないからである
でも安全神話を言うなら東京に作るのが筋だったのである
それだけ安全を言うならコスト面でも東京が最適だったからである

いづれにしろもしかしたら今回のコロナウィルスはやはりカルマが関係しているのかもしれない、東京都知事が東京都民に自粛を要請するとか重大な危険の局面にあると訴えたのもそうである
それで世界でも外出禁止令のような厳しい対策がとられている
〈東京封鎖)もささやかれる、そういう重大な局面にオーバーシュートになる危険を言われる
それが外国でもゴーストタウンになる、それはこの辺で避難区域が一時的にではない
ゴーストタウンとなり回復しなくなったと同じである
これもカルマが関係しているという時、原発事故でもこの辺がゴーストタウンになったことが放送されたからである
東京がゴーストタウンになる危機だともなるからだ

だから原発事故では放射線被害のために自治体を崩壊させるより
その被害はわからないのだから自治体を維持すること崩壊させないことを第一とする
そういう選択もありえたのである

だから今回も経済活動を停止するとそのために生活すらできなくなり店でも会社でも倒産することの方が被害が拡大する、それはコロナウィルスの感染より甚大な影響が出る
それは原発事故で証明されているのである

コロナウィルスを恐れ過ぎて委縮して生活自体が崩壊してゴーストタウンになる

放射線を恐れ過ぎて自治体が崩壊してゴーストタウンになった                

私自身は放射線を恐れ過ぎた結果として自治体も崩壊したのだからこっちの方が被害が大きかったから経済生活を停止すること委縮する方が危険だとなる
ただ二週間くらいはやはり様子をみて警戒して自粛する、外出でも禁止するとなる
その間の生活は収入は政府が東京都が補償する
つまり経済活動を止めるとしてもそれだけの補償が必要になる
そうしないと自殺者が出たりかえってもう生活できなくなりパニックになり食料の奪い合いとかなるとかなるとその方がかえって怖いのである
原発事故は局所的だったから全体でカバーできた、今回は世界中になっているからカバーできないのである





posted by 老鶯 at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月26日

abstract painting-hidden swamp-swamp spirit(poem)


abstract painting-hidden swamp-swamp spirit(poem)

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人の知らない神秘の沼で
魚がひっそりと話している
何を話しているのだろう
苔がはえそこにまだ見ぬ花が咲く

In a mysterious swamp unknown to people
Fish talking quietly in secret
What are you talking about
The moss grows and there are flowers I haven't seen yet


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沼の精霊

私はひそかな森の奥の沼に沈む
石のように沈み姿を隠しぬ
そこで音もたてない
私を見る者は誰もいない
私は沼の精霊のように沼に沈む
誰か歩むや落葉を踏む音
それは獣かもしれぬ
そこに人はめったに入ることはない
鴨の群れが争うことなく
辺りと調和して乱れない
調和は完璧であり
そこに一つの無駄もなく
創り主はそこにももう何も加えない
そこに悪い思念は生れない
鴨は静かに波紋を広げる
そこはかとなく水を乱すものではない
夕暮れ墨絵のように森の影を写す
幽かに繊い月がでて水面に映る
人の世に平安の場はない
安住の場はどこにもない
そこは聖域であり隠された場
私はその古い沼に身を隠す
私を知る者は神のみかもしれぬ     

Swamp Spirit

I sink into a swamp behind a secret forest
I don't hide the sinking like a stone
There is no sound
No one sees me
I sink into the swamp like a swamp spirit
The sound of someone walking or stepping on fallen leaves
It may be a beast
People rarely enter there
The duck herd does not fight
Not disturbed in harmony with the area
Harmony is perfect
Without any waste there
The creator adds nothing to it
No bad thoughts can be born there
Duck spreads ripples quietly
There is nothing that disturbs the water
Taking the shadow of the forest like sumi-e at sunset
A faintly delicate moon appears on the surface of the water
There is no place for peace in the human world
There is no place for safe living
It is a sanctuary and a hidden place
I hide in that old swamp
Only God may know me

グーグルの翻訳には感心する、詩まで訳せる、これは人間より優秀なのである
日本人が一番苦手なのは英作文だからである
それが基本的に八割くらい正確なのである
ただ詩となると韻を踏んだりと高度になるからできないにしても基本的なことは訳せているのだ


梅散る(常磐高速鹿島のSAの裏の森を行く)


梅散る(常磐高速鹿島のSAの裏の森を行く)

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炭焼き小屋

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今しばし梅の匂いや我がよりぬ明日はありとも知らぬ身なれば 

この森に若木育ちぬ真直かなさえづりの声ひびきわたりぬ

蔦からみ倒木さえぐ森の道一つの命ここに埋もれぬ   


常磐高速のSAの裏の森を行った、自転車で行ける道だった
若木が育ってていた、何の木なのか?
杉ではない、でも真っすぐに伸びていたので気持ちがいい

そして倒木が道をさえぎる、去年の台風の被害は意外と大きかった
だから森でも川でも今でも荒れているのだ
この倒木はいかにも森の中の大きな死を感じる
森の中の多くの木としてあったときは感じない
でもこうして森の中に倒れているとその存在を感じる
その木に蔦がからまり倒れていた
それは人間をイメージする、木にからまる蔦は人なのである

こうして木が倒れてもこの木は森に還る、森の栄養となり循環する
落葉もそうである、ただこの辺では放射性物質も循環して消えないから問題だったのである
小山田の森は結構深いのである、日本は田舎だったら近くに深い森がある
でもそれが利用されていない、炭焼き小屋があったから昔はここで炭焼きしていたのである、ここにはそれだけ豊富な木があったからである

梅は匂い散った、隣の女性が死んだのには驚いた、常に死に接すると人は簡単に死ぬものだと思う、そこにいたのだけどいなくなっている
そうして永遠にいなくなっているのだ、逢うことも永遠にないというのが不思議なのである
だんだん本当に60以上になると確実に死に向かっている
何か死刑台に向かっている感覚になるのだ
この気持ちは若い時は40くらいでも結構生きると思っているから感じないのである
50過ぎるともう人生も晩秋を迎えたと感じる
そして私の場合は50から世界旅行していたのである
今になると遠くに行きたくない、人ごみに行きたくない疲れるのである
だからじっとして閉じこもっているのがいいとなる
それはコロナウィルスで外に出るなというとき自分には苦痛にならないのである




2020年03月27日

津浪で流された右田のキャンプ場の松林の写真


津浪で流された右田のキャンプ場の松林の写真


松林夕日のさして冬の草ここに長くも松のありしも

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これも季節がわからないのだ
でも蔵が二つあり松が一本あり記録されていた
ここを通っていつも右田の松原に行っていたからだ

白壁に松影写す冬の家

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十数年前の私のホームページを見ていたらこの写真がでてきた
そこは右田の松原の河口にある松林だった
そこはキャンプ場になっていて河口がありいい場所だった
それはすべてなくなった、川は残っているけどその他はすべてなくなった

するとこの写真は貴重だと思った、他にも貴重な写真が残っていた
なぜ貴重なのかというときもう右田の松原は見れなくなったからである
だからもっと写真が他の人でもとっていれば貴重になる
ただその時やっとデジタルカメラが出て来た時でありそんなに写真をとっていないだろう普通のカメラだと現像とかあり写真が気軽にとれなかったからだ

何か冬の草として俳句も残していた
それを短歌に変えた
俳句も季語がありその時々の記録なのである
もし写真だけみてもこれが冬だということがわからないことがあるからだ
だから本当は記録がふりかえるとつくづく大事だったなと思う
旅に行っても何十年も過ぎる忘れるから思い出せなくなるからだ
写真をみると思い出すからである

現代はとにかく写真で記録する時代である
ただ写真だけでもたりない、やはり文字でも記録しておくと後から回想できる
この辺は余りにも変わりすぎたのである
その変化が信じられないものだった
でもこうしてその時々のことを書いていると記録しているとそれが後で役にたつことがある
それは私が死んでもこうしてプログでもホームページでも記録として残ると当時のことがわかるということがある
ただ写真だけからはわかりにくいことがある

でも明治維新の西郷とか名だたる人が写した写真は貴重である
それはイメージとは全然違っている、西郷隆盛でもいかつい怖い顔である
鬼気迫る顔をみんなしていた
だからみんなその時命がけで生きていたからあのような顔になった
だから過去はイメージしてしいるものと違うのである

ともかく津波から原発事故から9年過ぎた、そうなるとだんだん忘れられてゆく
まず右田の松原を全く知らない人がすでに子供でも多数になる
だからこんな松原あったのかとイメージしようもなくなったのである
松を植えても成長したとしても前の松原とは全く違ったものになるからである

このインタ−ネット通信の怖いのは一瞬にして記録でも消えることである
そういうことを経験しているから怖い、だからバックアップが必要なのだがこれもめんどうなのである
でもさくらのレンタルサーバーでは一回だけプログが消えたがあとはない
他でぱ消えたと報告されている、さくらのレンタルサーバーではバックアップしていたから回復した
つまりバックアップがインタ−ネット利用するには不可欠なのである
ここが不備だと本当に危険になる
さくらのサーバーは北海道に記録する建物がありそれで安全なのかと思う
とにかく記録が残っていたのでそれをプログに今回出した
posted by 老鶯 at 10:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波水害関係

コロナウィルスの情報公開しない怖さ (原発や津波で警戒しなくなっていた)


コロナウィルスの情報公開しない怖さ

(原発や津波で警戒しなくなっていた)

コロナウィルスでもなぜ日本が感染者が少ないのか?
それは検査しないかだとか重大なことを隠蔽しているとか言われる
この隠すこと情報を公開しないことが怖いことに通じていた

原発事故では「安全神話」が強固に作られていたから隠蔽は完璧だった
第一何かを知らせるマスコミ自体が巨大な原発マネーの利権を得るものだったから
原発はブラックボックスになっていた
そして情報を公開しないということは必ず国民に被害が及ぶ

東電では科学者が10数メートルの津波が来るということを科学的に割り出していた

それで東電に警告していたのである

このことは地元にマスコミにもその報道がゆきわたらない
何か報道でも注目させないと関心をもたない

10数メートルの津波が来る!

これを大々的に報道していたら驚いたろう
それより10数メートルの津波とはどういうものか?
それを知ることも知らせることも大事だった

現実に南相馬市の鹿島区の海老浜では海に面した高台が避難所として指定されていた
そこでそこに避難して30名くらい死んだ
崖があり高いから津浪が来ないと思ったのである

それよりそこは市で指定された避難所だった!

南相馬市の方でも行政でもなぜそこを避難所としたのか?

もし南相馬市の行政で東電が報告した10数メートルの津波が来るということがわかっていたらそこを避難所にするだろうか?

ただ津波自体がこの辺では来ないものとして関心もなかった
海老村などは10メートルくらい歩いても走ってでも逃げれば津波の来ない所に避難できたのである
だからわざわざ一番危険な避難所に指定された場所に逃げて死んだのである

それはなぜなのか?

情報が公開されない、隠蔽される

まず十数メートルの津波が来るとしたら行政の方でそうした試算をした科学者に聞けば良かった

ここを津波の避難所に指定するのですが安全でしょうか?

ここは危ないです、十数メートルとなれば危ないです

他の場所にしたらいいでしょう

こんなふうになった、そしたらいくらでも周りに避難する場所があった
そこは10メートルくらいの距離でもある
それはその高台から森に逃げた人が助かったからである

これも正しい情報が公開されず市の行政でも科学者に聞くこともなく決めたからだともなる、つまり専門家の科学者に聞いていなかったからだともなる

コロナウィルスでもそうである、これは未知なものだから対処がむずかしいことはわかるでもまず日本では検査数が圧倒的に外国と比べて少ないのである
そこからして正しい情報を知ることができない、それで数字を見るとたいしたことがないと判断する
どう判断していいのかわからないのである
あまりに警戒しすぎるのも良くない、普通に生活していた方がいいのだということもわかる
でもそれは正しい情報が公開されて判断できる
外国では検査しているから数が多い、それで被害の実態を把握できる
日本では情報公開されていないから判断しようがないのである

緊急事態で政府で東京都を封鎖する

それをするとしても情報を公開されないと急にされると困惑してしまうのである
日本は外国と比べて検査の数が圧倒的に少ない、だから安心できない
ドイツではあれだけ感染して死者数が少ない
だから日本でも感染者が増えても死者数はそれほど増えないかもしれない
でも情報を公開しないということが後で大被害になる
それは原発事故でこの辺では経験してきたのである
                                              
政府の問題は不都合な情報を出さない、不利になる情報を出さない、国民では知ることができない、結果的に国民が被害を受けて責任をとらされた

人間は知らなければ判断できない

もし正しい情報が公開されて検討されていれば政府の責任でもない、その責任は国民にもある、でも正しい情報が公開されなければその責任は政府にある
原発の場合は地元住民にも知らされない、国民に知らされない
それはアメリカとかの圧力とか権力によって知らされない
そもそも原発自体が危険なものであり隠そうとする、常に隠そうとするからまた隠さなければできないから最後は大惨事の事故となった

この情報を知る、知らされるということが報道の役目である

でもマスコミには莫大な広告費が電事連とかから流れていた、それで原発に不利な情報は知らされなかったのである
今回のコロナウィルスでもそういうことがある

政府では検査させない⇒実態がわからない⇒国民は判断できない

民主主義は確かに情報が公開されるて全員で検討して決めるとういうことがある
しかしそれがない、それは中国の共産党政権と同じなのである
科学者は正確な情報が数字が出ないので判断できないとしているからだ
中国の方が一応数字は出していると評価しているからだ
なぜなら日本の感染者数はすでに百倍にもなっているということを言う人がいるからだ
それは検査した数は少なすぎるからである

なぜ検査しないのか?

それはいろいろいなことをいうが医師会の圧力だという人はマスコミではいない
なぜなら医師会と薬剤関係は相当な権力があり宣伝費ももらっているからできないのである、そうして何か国民は正確な情報を知って判断できない
それが感染が拡散して遂にはもうイタリアのように医療崩壊が起きて手遅れだとなる

何でも理解することはむずかしい、でもまず情報が公開されて国民が検討しなければ判断もできないのである
ただ緊急の時は即断しないとまにあわないのである
あれやこれやと言っているうちに津波にのみこまれたり原発事故で手がつけられなくなったりコロナウィルスで感染者が増えて医療崩壊が起きて手が付けられなくなる
ただコロナウィルスの場合は急に未知なものとして世界中に広がった
だから事前の情報はない、原発にはすでにあったが情報は公開されなかった
そのことで大惨事になりとりかえしがつかなくなったのである  

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平成の大合併で自治体の耐災力が脆弱に

posted by 老鶯 at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月28日

呪われている東京とオリンピック? (コロナウィルスと福島原発事故の関連性)


呪われている東京とオリンピック?

(コロナウィルスと福島原発事故の関連性)

このコロナウィルスは何なのか本当に不思議である、それが世界でも日本でも作用した結果が不思議なのである
いろいろいうけどこれもカルマ論があてはるのかともみる

福島原発事故ではこの辺はさんざんな目にあった、故郷も住めなくなり荒廃した
その原因が東電が東京は危険だからは福島に原発を作ったことである
そのことからして大きな身勝手があった、そして強固な「安全神話」を作り有無を言わせなかった
でも原発事故では東京自体は大きな損害は出さなかった
福島ではこの辺ではずたずたにされたのである
それで東京は関係ないとしていて今度はオリッピックを招致して復興五輪など馬鹿げたことを福島におしつける
この辺は復興などしていない、原発周辺はまだゴーストタウンになっている

だからこれも腹正しかったのである、でも地元のマスコミはテレビでは五輪の聖火リレーが
福島の復興のシンボルになるとか言っているのである
それにマスコミは批判もしない、地元の報道関係もしないのである
正直地元でも何か本当に地元を思っている人たちがいないのである
ただ金になればいいというだけである、それは事故前もそうだったし事故後も補償金をどれだけ多く長くもらえばいいしか関心がないのである
愛郷心などもないのである、金しか関心がないのである
だからこそ原発でも何でも金になるものならいいとして住めなくなったということがあるだから必ずしも東京か全部悪いとはならない

でも東京は呪われているというときオリッピックも呪われているというときそれはカルマなのかとも思う
つまり福島原発事故の呪いが東京にコロナウィルスを通してふりかかる、オリッピックにもそうである、オリッピックは最初からもめていた、だからコロナウィルスの前からいろいろうまくいかないものがあった、それがコロナウィルスで頓挫したとなる

東京が封鎖がありえるというとき東京もゴーストタウンになるのか?

武漢のようになるのか?

それは福島の町村がゴーストタウンになった⇒東京もゴーストタウンに⇒世界の都市がゴーストタウンにとかなる
つまり福島原発がカルマとなり世界に波及しているのかともなる

東京遷都が再びもちだされるのもそうである、一時は福島もその候補にあがっていたのである、東京はそもそも超過密都市であり限界がきていたからである
世界でも一千万とかの大都市は過密都市はコロナウィルスとかに弱い、それは本来生物が住む限度をはるかに越えている非人間的な環境である
そして生物は人間でももともと生態系をベースにして生きるようにできている
日本がでも江戸時代ならそうして地方中心の経済でなりたっていた
世界的にみても日本は日本の風土の中で長い時間をかけて風土に適応した生活をしてきたそれで体まで穀物中心の食料であり腸が長くなったとかある
また白人などは狩猟民とか遊牧民であり肉中心の食だから肉を消化する酵素が出るというのもそうである
そういう生態系をベースにして人間の生活は作られてきた

ウィルスというのももともと風土病だったのである、その土地土地から生まれていた病気である、でも世界的に人間が交流した結果として世界中に広がった
もしその土地土地に風土に適応して生活していれば交流がなければ広がらなかったのである、コレラがインド産とか何かその土地土地から生まれている、今回のコロナウィルスは中国産で武漢ウィルスとかなる
つまりコロナウィルスでもそうだがそれぞれの風土から生まれた病気であり交流しなければその土地から拡散はしなかったのである
だからそれぞれの生態系に準じて生活していれば世界には広まらなかったのである

いづれにしろコロナウィルスが提起した問題はいろいろある

●超過密大都市と地方のアンバランス

●過度なグロ−バル経済化

●高齢化社会

東京のような過密都市はウィルスに弱かった、それは超過密都市になっているからだ
たちまち蔓延してパニックになり東京封鎖になりそれがゴーストタウン化する恐怖になるそれも福島原発の呪いなのか?またカルマなのかとまでなる
何かカルマというのは必ず人間個々人にもあり社会全体にもある
福島の復興とオリンピックなど何の関係もないからである
それはコロナウィルスでとめられたというのはやはりカルマだったのかとなる

それは東京中心の思考である

原発も東京中心の思考で東京では危険だとして福島に作ったからである
だからこそ今コロナウィルスで呪われているのか、カルマが東京に回ってきているのかとまでなる
現実に東京遷都が再び言われているからだ、何か古代でも飛鳥とか藤原京とか平城京とか遷都を日本ではくりかえしてきた、小さなくに京とかでもそうである
その原因は必ずその土地が汚れるとかありそれは公害ではないにしろ人心が腐敗する
それでその腐敗を一掃するために別な土地に遷都したのである
何か縁起をかついだということもある
そういうことができたのは古代には遷都すべき土地がまだありその規模でも小さいからできたのである
東京とかなるともう遷都するとなるとその規模が大きすぎて簡単にできなくなったのである

5年で遷都4回、聖武天皇、唐まねる?聖武天皇の遷都図
 「続日本記」によると、聖武天皇は740年に平城京を離れ、恭仁宮の建設をはじめる。
 742年には紫香楽宮の造営も始めたので、国家財政を圧迫し、743年末に恭仁宮建設を止めた。翌年、焼失後に再建中だった難波宮を都と宣言。ところが、天皇はその直前に紫香楽宮へ移っており、745年正月、紫香楽宮が都となった。だが、山火事や地震が相次ぎ、4ヶ月後には平城京へ戻った。



そもそも巨大な文明都市は何か生態系と分離してそれ自体が自壊するようになる
不自然なものでありとてもありえないように巨大化している
そこからしてもう持続できないようになっている
だからそれは世界の文明都市にも言えることである

他に高齢化社会というのがコロナウィルスにより衝撃を受けた、老人がコロナウィルスに弱い、実際死んでいるのは高齢者なのである
若い世代はほとんど影響がない、老人キラーウィルスなのである
それは人類に高齢者が増えすぎたからだとなる、そこで自然の淘汰が起きたのかとなる
つまり高齢化社会は不自然であり人類にとって好ましくなとなり淘汰が起きたのかとなるただ長寿そのものは個々人を見れば悪いものではない
ただ全体的にみたときあまりにも老人が増えすぎたのである
それが人類という種の維持にとって好ましくないから減らす、それがコロナウィルスとして作用したのかとまでなる
だからこのコロナウィルスは本当に不思議なのである








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2020年03月29日

コロナウィルスは東北では仙台が一番危険 (仙台で感染して秋田で確認)

       
コロナウィルスは東北では仙台が一番危険

(仙台で感染して秋田で確認)

秋田県由利本荘市に住む外国籍の男女2人が、新型コロナウイルスに感染していることが確認されました。2人は仲間とともに今月、仙台市に滞在していたということで、県は詳しい行動などを調べています。

秋田県によりますと、感染が確認されたのは由利本荘市に住むいずれも外国籍の20代の女性と30代の男性の2人です。

仙台は半分くらい感染済だよ
年明け頃から電車のなかはげふげふ
咳してるやつが大勢いた

このウィルスはとにかく交通と深く関係している
人の行き来があるところと比例して伝染が広がる
それで前から仙台が危険だなと見ていた、そして仙台でまず感染者が報告されたのもわかる
東北では仙台は交通の要であり東京であれ人が遠くから集中する場所なのである

それでコレラの伝染では日本海から阿賀野川の交通がありまた内陸部だと白河からの街道などがあり会津若松が交通の要となっていたからそこから逆に田島の方に伝染した
交通の盛んな所から確実に伝染が広がるのである

私の知っている人二人も目の手術のために仙台に行った、その人と接したから不安になった、福島県の浜通りは仙台と交通でも密接な関係がある
だから仙台からコロナウィルスが東北全体にも広がってゆくのが不安なのである
常磐線でも全線開通した、スーパーヒタチも走るようになって復興したと感じた
でも東京と直接通じるとなるとそこに人の行き来が生れて危険になる
これも困ったとなる、電車の中は密閉しているから伝染しやすいのである

それで感染者のいない鳥取と島根が人気になっているというのもわかる
そういうかえって辺鄙な場所、隔絶された場所がウィルスから守られるのである
例えば福島県だと桧枝岐(ひのえまた)がそうである
そこは本当に平家落人の里として有名であり交通がない場所だった
そんな奥地でも昔は自給自足していたのだ
そこでは米が食べられないから蕎麦が主食となる、ヤモリの燻製とかも食べていた
だからそんな辺鄙な場所で良く生きられたと思う
そういう秘境が昔は相当数あった、交流がない場所が多かったのである
今になるとそこは尾瀬の観光の玄関口になっているからまるで違ったものになった

いづれにしろ東北は仙台から拡散してゆくことは間違えない、その仙台に近いし交通が頻繁だからこの辺も怖いとなる
すでに仙台は相当数感染しているともされる、そして増えると都市封鎖になるのか?
何かウィルスは交通遮断する他が手がないのである
コレラは江戸時代でも広まった、コロリと言われた、だから江戸時代なら交通が今とは比べようがない、今の交通なら百倍以上もの人が鉄道でも車でも行き来している
するとたちまち伝染するのである、それは飛行機でも外国から入ってくる
だから防ぎようがないのである

仙台には行かないことである、私自身は去年も一回しか行っていない、私はもともとひきこもりだから引きこもりは得意なのである
今は通信が発達しているから情報でも不便は感じないのである
世界全体が引きこもり化しているのも不思議である、グロ−バル化社会は人の行き来が過剰にありすぎた、だからこうして時代が変わるのかとも思う
インパウンドでも過剰であり観光公害が生まれたからコロナウィルスがすべて悪い方に作用するともならない、何か現代社会自体見直して未来社会の在り方も問うとなる
まず超過密都市はもう生物として生きる環境ではない、そもの改革もうながされる
時代が変わることをうながすともなるから不思議になる

そこで農業社会だと先を考えて生活していた、今は工業社会であり長い時間で先を考えられない、今という時間しか眼中になるなる、株が上がった下がったとか今だけにエネルギーが集中される、でも農業とか林業とかなると先が長い、すぐに作物は実らないからだ
木にしても50年とか成長するにかかる、するとその時間感覚が違うから人の心に影響する、一代ではとても維持できないからである
すると未来の世代のことを自ずと考慮するようになる、今の時代は今さえ良ければいいとか刹那的になる、未来を見据えることができないのである
そして時間もそうなら金がすべてになったとき金になればいいとしかない
そこでこの辺では原発事故で自治体に一挙に人がいなくなりゴーストタウンになった驚きがある
それは田舎でもすでに農業社会ではない、それは持続型の農村社会ではなくなっていた
だからその土地に執着することもないから簡単に分解して故郷でも捨てたとなったのかとも見た、放射線の被害もあるがそんな簡単に町村でもゴーストタウンになって崩壊することが信じられなかったのである
そして今東京が封鎖されるとか世界でも大都市でも封鎖される
そして一時的にゴーストタウンのようにもなっている不思議がある
いづれにしろこのコロナウィルスの不思議は世界的にでも人間の在り方を問うものとなっている、社会を世界を変えるということがありそれに驚くのである
世界まで変えることは人間の力では不可能だからである

福島県会津へのコレラの流行 (伝染病は交通と密接に結びついていた)

posted by 老鶯 at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスが変える世界と社会 (それがすべて悪いものとはならない不思議)


コロナウィルスが変える世界と社会

(それがすべて悪いものとはならない不思議)


今回のコロナウィルスはその影響を見る時、それが必ずしも全部が悪い方向に向くとも見えないのだ
確かに小売りの人が窮状を訴えていたし死活問題ということもわかる
その小売りの卸業の人がその商売にしている商品をみせた
その中に中国産の食料が多かった
これが輸入できないと困る、日本産もあるが高くなるから困ると言っていた
外国産に頼るのは価格の問題が大きい
外国産が何でも資材でも安ければ外材でも日本よりはいいとなり日本に本来あったものが活かせないのである
それで農業でも地方が衰退した原因になった
グロ−バル化が実は地方の衰退の大きな原因となっていた

2020年03月29日07時50分


これもどういう事情が正確にわからない、でも若者が東京封鎖があるとなれば実家に帰るすると若者が田舎に地方に帰って活気づくともなる
これも何か東京一極集中超過密都市から脱却する方向に向かうとなる
実家に帰るという時、戦前までは農業中心の社会であり東京でも何かあれば田舎に帰っていた
そこで一応食べることだけはできたとかある、実家があり農業していて養われたともなる
そういう避難場所としても田舎は実家があり機能していたとなる
それで実家を守る長男が大事にされたのである

何か不思議なのはこうしてコロナウィルスが世界に社会にもたらす影響が必ずしも悪いとみれないのである
それは天からの作用でそうなったのかとまで思う

グロ−バル化経済の拡大⇒自然破壊、地方経済の破壊、国々の風土文化の破壊・・・・

東京一極集中の崩壊⇒地方へ若者が帰る⇒地方の活性化

こういうことになっていた、それが回復するかもしれないという不思議である
もちろん東京封鎖とかで困窮する人たちの援助は必要である
ただ社会全体を見直す契機ともなっているのがコロナウィルスなのである
こういうときどうしてもお前は被害者になっていないからそんなことが言えるのだと批判される、困窮する人にはそんなことを言っていられない、今収入がないなら死ぬほかないという人がいる

でも何か東京一極集中が日本全体を歪めてしまった
それが原発事故が起きた大きな原因でもあった、東京という超過密都市を維持するために莫大な電気が必要でありそれで安全を図るために東電が福島に原発を作ったからである
それはまた東京一極集中の経済のために地方は公共事業とかを高度成長の時はもたらして均衡を計った
それで双葉とか大熊は浜通りでは働く場所がないから出稼ぎに行っていた
それで地元で働きたいとなり原発を積極的に誘致したのである
それは東京一極集中の弊害が地方に影響してそうなったのである
東京一極集中と地方のアンバランスな経済がそうしたのである
そして結果的には肝心の働いて故郷に住んでいたいという願望すら失われた
故郷に放射線被害で住めなくなったからである

そしてコロナウィルスで起きていることは何なのか?

そういうグロ−バル経済の歪を東京一極集中の歪を是正しようとするものとして作用していることも不思議なのである
例えば通信が発達するとリモートワークとかテレワークとかが推進される
そのインフラは田舎でももうすでに整っているからやり安いのである
情報の差はなくなっている、いろいろな多面的な情報に接することができるようになった
まず何度も言っているが私の住んでいる町は一万くらいでありまともな本がない
まずこうした田舎では本がないから勉強自体できなかった
隣に4,5万の都市があってもたいして変わらなかったのである
古本も仙台に行かないと買えない、そうなるとまず研究自体できない
古本で東京の水道橋とか神田の古本屋街でしか買えないかったのである
つまりまともに地方では本を買えなかった、読めなかったとなる
そのハンディキャップが大きかった、それで「冠婚葬祭」とかの本が百万部もベストセラーとして売れた、そういうベストセラーが売れるから地方のしょぼい書店でも経営できた今は私の住んでいる町には書店はないし書店は消えてゆく
それは本の数が極端に少ない、アマゾンからしたら百万分の一くらしか置いてないとまでなっている、それだけ本の数が多かったのである 


そういうふうに知的な面でも情報の面でも格差が大きかったのである
今なら教育でも無料でyoutubeとかで学べるのである
youtubeの説明の方が学校の先生より優秀だしAIの方が優秀な面がある
そういうことで地方でも教育格差がなくなりつつある
物流でも宅配があるからアマゾンでもボタン一つで何でも手に入る時代である
そうしたら別に仙台でも東京まで行く必要がないともなる
確かに手にとって商品をみるということと通信で買うだけなのは問題が起きる
でも前からすると田舎と都会の東京の差がなくなっている

ただ東京に若者が集まるのは仕事があるからであり田舎で地方では仕事がないことが致命的になっているのだ
だから地方で仕事を作る必要がある
そういうときコロナウィルスの影響で東京封鎖など起きてこれなら田舎の実家に帰るのが安全だとかなり田舎で地方で暮らすことを志向するようになる
それは悪いことではないのである
そこで見直されるのは農業になる、つまりグロ−バル経済で食料でも輸入していたから日本産が高いから売れないとなっていたからである
もし外国産が入らなければ高くはなっても日本産を買わざるを得ないのである
すると地方の経済は活性化するようになる

そういう社会の変化をうながしているのがコロナウィルスだということで不思議になる
それは世界全体でそうなのである、グロ−バル経済の矛盾が大きくなっていたからであるもう限界になっていたからである、そこでコロナウィルスがその歯止となり世界を社会を変えるとまでなるとすると不思議だとなる
コロナウィルスは悪いことだけではない、異常化した世界を社会を元の正規の状態に戻すものだとまでなる
それが理論上ではなく現実にそうなるようなことが起きていることである
それだけの力をとても人間がいくらしようとしてもアメリカでも世界となるとできないからだ、それでコロナウィルスとは何なのか?
天が地球を正常の状態に戻すために送り出したのかとまでなる

天変地異というのは何なのか?それは津波でもそうだったが何か天の作用が自然の作用でありそれに逆らえない、それはむごすぎるということがあった
多くの死者が犠牲者が出た、だからその時天まで憎んだ人がいた心境は理解できる
愛する家族を奪われたからである
常に歴史上天変地異はあった、それは自然の作用である

それによって社会も世界も変わるということがあった
これまでの政治が転覆する、易姓革命として中国ではとらえていた
それで腐敗した政権が交代できて新しい時代が生まれた
絶対的権力は絶対に腐敗するというとき権力を長く維持しすぎると必ず腐敗する
中国では賄賂が横行して腐敗するのが常だったからである
それで度々ウィルスが蔓延して腐敗した政権が交代して刷新されたとなる
つまり天変地異とウィルスが社会を世界を変える役割があった
そんな大きな力をもう人間社会だけではできないからである
何かコロナウィルスにはそういうものを感じるから不思議なのである



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