2020年03月06日

コロナウィルスが感染しやすい人種がDNA解析で判明 (日本人のルーツ解明の重要な情報)


コロナウィルスが感染しやすい人種がDNA解析で判明

(日本人のルーツ解明の重要な情報)

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青い四角の中は90パーセントの感染率である


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この情報は日本人のルーツを知る重要な情報と思った
これは明らかに日本人がどこから来たのかということで言われても来た
江南地方であり長江をさかのぼった雲南とかと文化が共通している
照葉樹林帯文化としてつながりがあるとされる

根栽類の水さらし利用、絹、焼畑農業、陸稲の栽培、モチ食、麹酒、納豆[1]など発酵食品の利用、鵜飼い、漆器製作、歌垣、お歯黒、入れ墨、家屋の構造、服飾などが照葉樹林文化圏の特徴として挙げられる。照葉樹林文化論を肉付けする形で稲作文化や畑作文化なども考証されている。

栽培イネの発祥地は、一時、雲南地域とされたが、近年の考古学や分子生物学の知見は稲作が長江文明の湿地帯に始まった事を明らかにした。稲作文化の多くの要素は、後から照葉樹林文化の要素を包摂した。
              

綿津見神社が相馬地方に多い謎の解明(2) (照葉樹林帯の南限の地だったから・・)

安曇族などの海洋民、綿津見神社や山津見神社をもたらした一群の人たちがここから移動して来た
福島県浜通りには綿津見神社と山津見神社が密集しているのである

照葉樹林文化というとき

多珂神社は大きく格式が高い立派な神社である
綿津見神社は小さいのである、スダシイ神社はこの辺が照葉樹林帯にあることを示している、安曇系の海洋民が中国の江南だとされるがそういう一帯が照葉樹林文化であり焼畑なども行われていたのである
山津見神社があるとき山で焼畑が行われていたからそれもセットになっていたのである

とにかく福島県の浜通りは温暖な地域であり照葉樹林地帯になっていた
その浜通りに綿津見神社とその系統の山津見神社が本当に多いのである
その数からして明確にこの辺が同じ先祖であり文化圏としてあった
一方縄文人の末裔は楢樹林帯でありドングリとか食べる北方系なのである

つまり長江流域から雲南とかベトナムとかまで照葉樹林帯としてあり文化の共通性があるコロナウィルスの発祥の地の武漢はそうした中間地域にある、気候的には温暖なのであるそして真野の草原の万葉集の歌は明らかに浜通りが照葉樹林帯にありその気候の境目として奈良の中央の官吏などに知られた場所だったのである
マルハシャリンバイが奄美大島から種が流れ着いて根付いた南限の地だったということもそうである
古代になると自然の境界が国の境界ともなっていた

それから韓半島の不思議である、照葉樹林帯として古代の伽耶国がありそこは日本と密接につながっていた、まるで一つの国と思えるほどであった
食文化でも韓国に肉料理が入ったのはモンゴルに支配されてからだとしている
その前は精進料理のような質素なものだったという
その料理をみれば日本の料理とにていたろう、日本も海に囲まれているから海産物が主なものとしてあったからである
伽耶は大陸から見るより海から見るとわかりやすい、そこは海として長江河口とかとつながっていたのである、また新羅商人が宋の時代に行き来したということもある
陸でつながるのではなく古代には海で通じた商人国家貿易国家だったのである
そして鉄がとれたということでそれが商品となっていた
インドに由来する説もとっているのは商人が海を通じて来ていたとういことで荒唐無稽ではないのである

とにかくここで日本人の起源はルーツはコロナウィルスにかかりやすい体質で共有しているというのはかなりの有力な証拠になった
そこは同じDNAであり体質的にも同系だということになるからだ
日本を見る時地理的に海からの視点が必要である
東南アジアでも海の視点から見るとわかりやすいのである
中国も巨大だが海の視点と陸の視点とに分けてみると地理的にも歴史もわかりやすくなる
ここのyoutubeは何かふざけているのかとも見たが意外とyoutubeには参考になる情報が多い、それはなかなかテレビでは放送されないのである
この情報は日本のルーツ解明に貴重なものだった
情報社会というとき一つの事件でも様々な見方があり多角的に多様的に考察する
でもそうなると膨大な情報を追うだけで時間がとられる

だから簡単でわかりやすいテレビで要約してサマリーとして見ていた
でも詳しく知ろうとするときテレビではわからない、この情報を知れば日本は意外とコロナウィルスに感染しやすい体質をもっていて危険だとも見る
それで東京に蔓延するとも警告しているのである
何か科学的に説明すると説得力が出てくるのが現代である
実際科学無しでは社会事象を知ることはできない時代である
それで文系はだめだとなるが原発事故でもコロナウィルスでも政治と社会の問題として全体として対処しないと解決しない
それで様々な学問でも総動員することになる

ただ感染の結果を見ればイランとかイタリアで被害が大きい、それはなぜだろうかとまた疑問になる、コロナウィルスの正体でわかっているのは子供や若い世代は重症にならない風邪くらいの軽症で終わるということである、これは結果的に統計的に明確なのであるその他はまだまだ研究の途中なのである


posted by 老鶯 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2020年03月07日

正確な情報とデーターを知らされないのか? (コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)


正確な情報とデーターを知らされないのか?

(コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)

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原発事故でもまず情報が隠蔽されて「安全神話」が作られた
それを作ったのは政治家であり官僚であり東電でありマスコミでありとすべてが一体となり作り上げた虚構の「安全神話」だった
そこで正確な情報とデーターは知らされない、だからまずそこからして判断しようがなくなる、科学者なら学者ならデーターがないと何も言えない、データーをまず把握しないと何も言えない、だからデーターに基づかないことは言うなと一般人に警告している

そしてこのデーターを握るために独占して利権化するために国立感染症の団体が開業医とかに検査させないという、ここでも利権なのかとなる
様々な研究所ではデーターを把握すれば正確な情報が発信できて権威をもつ
それが利権につながる、他の研究所で勝手にデーターを解析されて発表されると国立感染症では権威がなくなり予算もとれないとしている
また厚生省の官僚も検査をしたくないとしている
それで検査がすすまないとしている

こうして様々な団体で利権がからんできて肝心なことが安全でもおろそかにされる
原発事故では漁業組合が漁業権で利権を得たからそれで補償金を事故前も事故後ももらっていて何ら生活に困ることはなかった
その利権は大きなものだった、ただ漁業組合だけではない、様々な団体組織がありそれは利権団体なのである、カルト宗教団体でも利権団体で一致している
だから政教分離となると創価であれ神道団体であれ仏教団体であれ一致協力するのも不思議だとなる
宗派争いとも熾烈になるが利権のためなら協力する、それはそもそもそれぞれの団体が利権団体だからである、労働組合でも利権団体化していたことはわかる
労働貴族などが生れていたからである
これが社会を歪めていることは共通している

今回のコロナウィルスでも国民のために何をするか安全を守るために何かをするというよりまず国立感染症だと利権が先だとなっていた
それは原発がさまざまな団体の利権化したこととにている
原発の利権化した団体組織は数も多かったからである、そこで官僚の利権ともなる
その利権が先になるとどうしても肝心のことが安全のことが後になる

なぜ検査できない?

このことがわからないのはその背後に常に利権がからんでいるからである
そういうことがあってもマスコミでは追求できない

マスコミも大きな利権団体だからである

マスコミ自体が宣伝費をもらって成り立つ巨大な利権団体なのである
様々な組織団体から宣伝費をもらっているからその組織団体に反することは言えないのである、東電だったら電事連とかあり莫大な宣伝費が出ていたからである
つまり利権にかかわらないかぎり公正な報道などできないのである
でもこれまでの報道は必ず背後にこうした利権とかかわりそれで真相は闇の中になる

だから意外とyoutubeを何かわからないで見ていたが真相を追及している
それはプログとかyoutubeでも手間はかかってもほとんど無料だからできている
別にスポンサーがつかなくても放送できるからである
テレビとかマスコミではできないのである 

いづれにしろこの利権団体は社会を相当に歪めている、でも人間は利権から逃れられないそこに人間の矛盾がある、相克がある、金のためには悪魔に魂も売るのが普通でありそれが社会の実相でもある、金でなんでも買収されてしまうのである
今の時代になると金で買えないものはないとなってしまっている

しかしそれが原発事故やコロナウィルスとか問題が起きるとなぜそうなったのかとかいつも追求する、そして利権が背後にありそれでまた歪められていたのかとなる

現代の民主主義といっても一票など何の意味もないのだ
むしろ票がまとまってないと当選できない、すると様々な利権団体組織に忖度する
そこには種々の宗教団体も入っているのである
宗教も団体組織なると利権化するのである、その利権をめぐって宗派が熾烈な争いになるのが歴史でもあった、それは宗教の正当性を追及するより利権争いだったのである
歴史的に寺があるとするとそこは一つの国であり城であり利権化していた
だからその寺から侍が出たというのもわかる、僧でも僧兵がいたからである
そこから武士になっても不思議でもない、ヨ−ロッパでも騎士団がいたからである

ともかく民主主義といってもそこに様々な弱点欠点がある
特に民主主義は危機に弱いという面がある、一本化できないからである
危機の時はやはり一人の人間が首相でも権限があり実行させるのがいいとなる
でも中国の共産党一党独裁はまず情報は最初から隠蔽される
そこからして真実は明らかにされずすでにコロナウィルスでも蔓延した後になっていた
また日本でもインパウンドの中国人観光客の収入とか習近平の国賓招待を優先課題として早めの手を打てなかった

結局危機に対しては一眼となって対抗しなければならないが様々な利権団体があり官僚でも厚生省の利権だとか財務省の管轄の利権だとか省ごとに利権があって一本化できないのである
戦争でも海軍と陸軍が対立して一致して行動できなかったとかにもなる
つまり民主主義は危機に弱い、一つにまとめることがしにくいからである
そして様々な利権団体が足かせになり一本化できないのである

だからなぜ検査ができないのか?

それを追及する時、マスコミでも真実は追求できない、国民でも何なのだろうとなってもどこにそれをぶつけていいかもわからない、第一阿部首相自体が厚生省の方に力がありその厚生省の役人が力がありそれらの許可なしでは何もできないとしている
それは「検査しろ」という鶴の一声で決まるはずだができないことでもわかる
官僚の方が力がありなにかにと言われるとできない、専門的なことを首相でもわからないからである
アメリカではCDCとか危機に対応する機関がありそこで一括して対応する
危機の時そうしなければ迅速に処理できない、こっちがどうだあっちでこうだとそれをいちいち聞いても首相でもわからないからである

そして危機には迅速に対処しなければならない、だから原発事故では避難指示が遅れたり住民が浪江だったら一番放射線量が高い山側の津島に避難した
トップが何の支持もできなかったのである,トップが支持できないのだから住民は右往左往しているだけだとなってしまったのである
民主主義というけど危機の時第一話し合っていても時間がかかるしそれではもう時間がない、津波のように逃げるか逃げないかなど話し合っていたらみんな死んでしまうのであるとにかく人間そのものが危機に弱い、急激に来るから判断しようがなくなる
その時頼りにすべきものはなになのかとなる、トップも原発では頼りにくならなかった
何が起きていたのかもわからなん、それで自分は爆発したとき20マイクロシーあったとき出歩いていたのである
でも外には出るなと支持はあった、でも放射線とか見えないから危機感がなかったのである
こうして危機は突然に来るから対処が誤るのである


posted by 老鶯 at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

梅匂う(海老浜と日立木駅辺りを行く)


梅匂う(海老浜と日立木駅辺りを行く)

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海老浜
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日立木(町場橋)

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薬師堂
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老の身に霰や厳し生き残る

相馬焼に梅挿しにほふ遺影かな

猫柳姉の遺影に挿しにけり

蕗の薹ここに芽生えてイヌフグリ

梅においしばしよりにき昼の月

春の日の日立木駅や昼の月      
                                      
里暮れて柔和なる月いずるかな

今日一日東風(こち)吹き遠きを思うかな


海老の浜津浪よりはや十年や春日さし松の育ちけるかな

日立木の町場橋かな紅梅の薬師堂に映え松並木行く


一時霰がふった、その後結構寒かったら春寒しとなる、老人になっても厳しいことはあるしかえって苦しいともなる
でも今日は一日東風(こち)が吹いた、一日吹くということは春になったということである
東風が吹いても北風がまた吹いたりするからである
この東風はただ原発事故の時悪く作用したのである
ちょうど爆発した時、東風吹いてそれが放射性物資の塊りとなってブルームとなって飯館村から福島市に流れた
だから不運だったのである、それでいまわしい記憶ともなっている

海老の浜に津波の後に松が育っている
やはり十年すぎると人間だと小学生くらいになったのかと見る
でも大人になるには後20年くらいかかるから先が長いとなる
新たに苗を植えた所もありそれも先が長い、大きくなるのはもう見れないとなる
育った松は震災の後に落ちた種が育ったのである

蕗の薹が出ていたから春である、日立木駅は本当に無人駅である
一人二人しか乗り降りがない、鹿島駅は今は高校生の見守りの人がいるから無人駅でもなくなった、日立木駅は本当の無人駅である

日立木の町場橋はやはり街道と関係があるのだろう 

ちょう ば ちやう− [3] 【町場・丁場・帳場

@ 宿場と宿場との間の距離。ある区間の距離。 → 長(なが)丁場
A 夫役で、運送・道路工事などの受け持ち区域。工区。持ち場。
B 馬子やかごかき・人力車夫などのたまり場。

@ 宿場と宿場との間の距離。ある区間の距離

これが適当なのかもしれない、なぜなら松並木があり街道であるからだ
相馬市の城から歩いて来てここで休むとういことがあったのだろう
ただこれは歩いてみないと感覚的にわからない
だから歩くといいのだけど私は歩いた旅は近くでもしていない、疲れるからである
だから歩く人には感心するのである

東風は海から吹いている、だから広い海を思う、東風が吹くと遠くに行きたいとなる
ただここ十年は遠くに行っていない、去年だって仙台に一回しか行ってない
今年になっても一回も行っていないのである
コロナウィルスになってまた出かけにくくなったのである
結局人間はいつか旅すらできなくなる、何するにしろ体力もなくなるしできなくなる
何か登山しようと思ってリュックを買ったがこれも無駄になった
新しい機械も道具も買ったが使いこなせなかった  

つくづく今までしたことを続けようとしているのだができなくなる
それで車の免許でも返納して運転できなくなるとき本当に老いを感じるのである
老いとは今までしていたことをしようとしてもできなくなることである
それでがっくりとして老いるとなる
そういう日は誰にでもくる、だからやりたいことをやっていないと損だったとなる
海外旅行を50でしていたから良かった、そうでないとできなくなっていたからである

姉には猫柳がにあっていた、良く近くの河原でとってきたからである
認知症になったとき本当にあわれだった、最後は無惨だった
でも自分には良くしてくれたから忘れられないのである
複雑な家庭だったが自分にとっていいものだったのである
それを死んでからつくづく感じるのである
二人がいて自分がありえたとつくづく思うからである






2020年03月08日

原発事故とコロナウィルスの被害の相違 (放射線は若い世代に次世代へ被害で復興できなくなった)


原発事故とコロナウィルスの被害の相違

(放射線は若い世代に次世代へ被害で復興できなくなった)

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原発事故とコロナウィルスについて時事問題の深層で書いてきた
ここにも共通性があったからだ
その比較で一番大きかったのは

放射線⇒若い世代(次世代)への被害

コロナウィルス⇒老人への被害

ここが大きな相違だった、そして放射線被害の方がより大きなものだったのである
なぜなら全体からみれば種の保存とか生態系の保存とかからみれば放射線の被害は次世代まで影響するということで恐怖だった
遺伝子が破壊されて次世代も影響して奇形が生まれるかなれば子供を産む母親は恐怖となり一番恐れたからもう住めないと決断したのである
だから母親が一番恐れたから次世代までも影響する放射線はもう自治体を維持できなくさせた
今でも帰ったのは老人がほとんどである
そして老人は放射線など関係ないのである
それて20年後なのかガンになるとか言っても放射線の影響でなくてもなんらか病気になって死ぬからである
それで飯館村では老人がキノコでも平気で食べていたし松川浦では牡蠣でも貝でも平気で食べていたのである

生物でも次世代の保存にこそ種の保存にこそ最大のエネルギーが払われている
大量の卵を産むのもそうだし生命の維持のためにはそうなる
人間も生物の一種だからやはり次世代へ子供へエネルギーが注がれるのが常態だとなる
だから貧乏人の子沢山というのも多く子供を産んでいた
貧乏だと医療が発達しない時は子供は死ぬことが多かったからである

なぜ原発事故でこの辺が復興できなくなったのか?
それはコロナウィルスと比較すると子供とか若い世代とか次世代までに放射線の影響が大きかったからである
これが致命的になったのである、何かコロナウィルスの不思議は若い人人の集まりにでてきて酒飲んで俺は陽性だとか言ってウィルスをわざと拡散するようなことをしていた

それは日頃から若者は老人は死ねと叫んでいたからである
高齢化社会で老人や病人が増えすぎたからである
現実に福祉でも病院に通う老人が多い、その負担が大きいからである
もう医療でも福祉でも日本経済が停滞して落ち込んでいる時そこに金を出すことができなくなる
だから「老人は死ね」と若い世代がなる
老人はもう重荷でしかなくなる、老人を敬うなどない社会になっている
それは若い世代から見れば負担でしかなくなっているからだ

だから奇妙なのはコロナウィルスである、これは増えすぎた負担だけの老人を殺す
老人キラーウィルスなのかとなる
自然の摂理で増えすぎた老人を減らす殺すウィルスなのかとまでなる
つまりこのコロナウィルスによって社会全体からみれば自治体とかは崩壊しない
かえって老人が減って社会が健全化するとまでなるからだ
あくまでも全体から見てそうなる

とにかくなぜこの辺ではこのようになったのか?

原発に頼る⇒事故⇒自治体崩壊

観光に中国に頼る⇒コロナウィルス⇒観光産業崩壊

この辺は原発に頼りすぎたのである、原発一辺倒になったことは観光が中国人頼りになったのとにている
それもコロナウィルスで見直しが迫られている、そこで倒産する会社もでてきた
何か投資でもそうだが一つのものに頼るとそれが崩壊すると全体が崩壊する
分散投資が投資の基本である、一つがだめでもまた別なものでもうけるとかなる

とにかく原発事故の放射線被害で致命的だったことは生態系全体が汚染されたことである水から土から空気まで汚染された、そしたらそこに住めなくなったのである
おそらくコロナウィルスだったら一過性で終わるかもしれない
そして子供や若い世代に被害が少ないから自治体は維持できる、みんな避難しなくてもいいのである
だからコロナウィルスはそれほどの被害がないともみるのである

原発事故から十年も過ぎるけど何か復興していないというとき肝心の次の時代を担う若い世代が流出してしまったことである
その人たちは10年も別な土地で過ごしていたらそこが故郷ともなり帰ってこなくなったでも小高では50パーセント帰ったとなると多いと見た
ただ若い世代は少ない、老人の街になっている
一部外部から移り住んだ若い人たちがいる、またそういう人たちが農業をはじめた人もいる、でもまず全体からみて浪江とか飯館村でも一割くらいしか回復していなのである

そして避難区域になった所から回りの復興住宅に移り住む人も多いしまた新しく家を建てた人も多い
だから南相馬市だと原町区とか鹿島区に立派な家を建てた人が結構多い
補償金を一億円くらいもらった人もいるからだとしている
だからもともとここに住んでいない人が多いのである
まず二割くらいはそうかもしれない、だから原町とか鹿島とか相馬市でも新地でも移り住んだ人たちが多い、それで人口は減っていないのである
でも肝心の自治体は復興していないのである

何か希望としては常磐線が3月14日に全線開通することである
これも9年ぶりなのである、これは明るいニュースである
あと原町区のロボティクス工場は最先端の技術を開発しているからいいとなる
そして問題は10年過ぎる国からの補償がなくなる
これは大きな問題になる、南相馬市でも相馬市でもそれほど財政は良くないからである
南相馬市では特に財政的に苦しくなる、一時は補償金で潤ってもそういうものは長続きしない、継続しないのである

そしてこの辺の問題は復興より補償金頼りになったことである
老人になればもう補償金に頼り老後を過ごそうとなる
何か苦労して復興のためにやる気力もなくなっているのだ
戦後戦地から帰ってきた引揚者が仕事がなく開墾に入った土地が多い
でもその時代だからそういうことができた、でも半分くらいはそれではやっていけず撤退したのである、でもその後高度成長時代になり仕事が増えたからそっちの方に吸収されたのである
今はそういう時代ではない、結局老後は補償金頼りであり復興の力とはならないのであるだから若い世代へ次世代まで放射線の被害があっことが致命的だったのである
今になると10年もすぎると外部の関心も薄れる、地元でも関心がなくなる
だんだん忘れられてゆく、風化してゆくことも怖いのである  

正確な情報とデーターを知らされないのか? (コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)

時事問題の深層で原発事故とコロナウィルスの比較検討してきました
一連のものとして読むと共通した問題があり対処をどうするかのヒントになる

posted by 老鶯 at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

学校とか駅とか施設とかの建物は立派 (でも肝心の人が住んでいない)


学校とか駅とか施設とかの建物は立派

(でも肝心の人が住んでいない)

復興という時何か不思議なのは公共的建物は立派なのである
飯館村でも学校とか施設とか立派なのである
双葉町でも3月14日に常磐線が開通する、その駅が立派なのである
おそらく新地駅のように立派になっている、都会並みの駅である

でも飯館村でもそこに肝心の人が住んでいない、子供でも他の避難した地域から通っている、小高でもそうである
双葉町でも駅は立派でも人が住んでいないのである、その周りには人が住んでいない
これから帰ってきて住むというが復興団地に入っていた60代の人はめんどうだしここで落ち着きたいとしている、老人だともう復興などめんどうだとなる

だから建物だけが立派にしてもそれで復興になるか?

そこに肝心の人が住んでいない

駅でも人の乗り降りがないと無人駅化する、建物が立派でも人の出入りがなければその用をたさないとなる
だから不思議なのは役所でも役所があって役人がいて住民がいるのではなく住民がいて住民によりそうことが必要だという時もそうである
奇妙なのは住民がいなくなれば役人も必要ない
役人は住民がいて役人でありえる、国でも国民がいてその上に政府がありうる
それはあまりにも人が住んでいないからそうなった
警察だって住民を守るためでありその住民がいなかったら役割がなくなる
でも避難区域では肝心の住民がいない、あまりにも少ないのである

こんな立派な建物が作りました、住んでくださいと言っても住まない
そこに復興の主役となる住民がいないのである
駅を立派にできた、でも住民がいない町に降りても意味がないとなる

老人施設でも介護士がいないからこの辺では青森に送られている
立派な施設があっても肝心のその施設を利用できない、活かせないのである
結局建物だけではない、広い土地もある、でもその土地も放射性物質に汚染されて利用されない、双葉とか大熊になるとその土地は放射性物質の廃棄場となるだけである
ただ補償金はもらっているからそこに住んだ人は別に故郷に帰ることもない
別な土地で家を建てた人も多いのである
南相馬市とかこの辺でも二つくらいの街が新しくできたからである
それだけの家が建ったのである

何か双葉駅とかでも立派になっても誰も住んでいない駅におりるのは奇妙だとなる
無人の街を歩いて帰るとなるのも変なのである
これから帰る人があるにしても浪江でも一割しか帰っていない
双葉になると避難解除はされていない、すでに十年を過ぎるのである
10年間誰も住まない街があり周りの田畑も放置されたのである

復興というとき町全体を元のようにまた新しい町として復興することである
でもその主役の住民がいないのである、それもこれからも帰ることはあてにならないのである
役所でも警察でも肝心の住民がいないとしたら守るものがないのである
建物は前より立派になってもそれで住民が帰るわけではない
まず人が住んで自治体が成り立つ、その肝心の主役の住民がいないのである
映画の猿の惑星では核戦争で滅びた後に猿が人間の代わりに住んでいた
ここでやはり核を使った現場事故の後に町が無人化して一時はイノシシとかが歩いていたまた猿でも人間を怖がらずに逃げなくなった
人間がいなくなったとき動物はかえって住みやすくなるし増えるのである

何かこの辺は依然として映画のような状態がつづいている
イオンを例にすると巨大資本でありそれは市町村の街をシャッター通りにしたと言われるそういう外からの巨大資本会社は利益をあげられないと撤退する
そこの住人ではないからである、利益は東京に住んでいる会社の人に吸い上げられる
それは中国人の観光でも中国人が経営する旅行会社が来て利益はもってゆくから日本人は利用されているだけだと嘆いている
外資が入ると日本人のためより外国人のために尽くすしもうけるとなる
北海道のニセコとかは外国人の富裕層の街であり日本人はそこでもうけているともならない、外資が入るとそうなり安いのである

だから人間はどこであれまず住むことが第一の要件としてある
ただ住むことは自ずと責任と義務が生じている
これを住んでいる人は理解しなかった、自分自身さえ別に住むことだけにそんな責任とか義務があると思わなかった
でも原発事故で住めなくなったときそういうことがあるのかと自覚したのである

第一に住むことがその土地に対して責任と義務を強いられる

つまりそこに住んでいる人たちは自ずと今回の原発事故でも住めなくなったようにそうさせた責任の一端は住民にあったからだ
金に目がくらんで原発を積極的に誘致したからである
でもそこに住んでいる人に一番被害があった

故郷に住めなくなることが最大の被害だった!

責任を感じないにしても必ず誰かが責任をとらされるのである
責任はカルマでもあり逃れることができないのである
最も責任があったのはそこに住んでいた人たちなのである
ただそういうふうに自覚していた人はいない、金になればいいじゃないかという軽い気持ちだったのである
とにかくその場所に住むということはすでに責任と義務が生じていたのである

そして住むことは否応なく責任をとらされるのである
住んでいる場所が放射性物質とか公害とかで汚染されればそこに住んでいる人たちが一番被害を受けるからである、責任をとらされるからである
だから住まない人には責任とかも感じない、それが東電でも幹部は東京に住んでいるから安全だとして安全に真剣にならない、東京に住んでいれば安全だとなるからだ
事故になっても東京まで被害にならないだろうとみるからだ
だからこそ原発は東京に作るべきだったとなる
それは東京の人たちの責任となるからだ






posted by 老鶯 at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年03月09日

肺癌で近くの女性死亡に驚く (何か最近まで歩いていたのを見た感じー一年くらいで悪化?)


肺癌で近くの女性死亡に驚く

(何か最近まで歩いていたのを見た感じー一年くらいで悪化?)

そのうち肺癌は、最近急速に増加している癌で、肺癌による死亡者数は、
1970年には 10,489人であったのが、2002年には5万6千人と増加し、2015年には我が国における1年間の新患者数は男性11万人、女性3万7千人になると予想されています。胃癌を抜いて第1位となり、肺癌死は全癌死亡のおよそ20%にあたります

肺がんは自覚症状が出にくい、発見された時には手遅れ

肺癌で近くの女性が死んだのにはまた驚いた
一年前くらいに歩いているのを見ていた、でも最近見ないと思っていた
猫に餌をやっていた、野良猫がその家の前に集まっていた
私も猫を飼っているからいつも見ていた
でも最近猫が集まらない、どうしたのだろと見てたい
それは最近のことでありおそらく病気になっても餌をやっていたのかもしれない
でも死んだのは余りにも急だったとなる
付き合いでも深くしていないからわからなかった
かえって旦那さんの方が病気だということを知っていた
だから意外だった

何か人間は突然思いがけなく死ぬ、この年になると知人でも死ぬ人が多くなった
あの人も死んだあの人も死んだとなる
その人は60代だろう、癌で死ぬのは60から70代である
ただ癌はなぜか増えている、その原因は何なのだろうか?煙草とも確定できていない
私の父親も肺癌で死んだから無惨だった
その死の状態を見て中学生だったからそれ以来死のことばかり考えるようになった

とにかく人は呆気なく死ぬ、家族もみんな死んだ、この年になると次々に死んでゆく人が増えて来る
病気になっている人も本当に多い、自分自身も病気になった
回りをみても同年代でも病気の人が多いのである
でもなぜ癌になってから7、8年くらいしても仕事している
その手を見たら点滴の跡だらけであり痛々しい
でも仕事ができているのが不思議なのである
おそらく肺癌でないからかもしれない、肺癌になると早く死ぬとういことがあるのかもしれない、癌によってその症状をもいろいろだからである

肺癌は症状が出ないからわかったときもう死に向かっている
その女性は病院に通っていた、でも発見したときはやはり手遅れになっていかのかもしれない
コロナウィルスも肺がやられる、インフレインザとにているから肺がやられる
老人は肺炎で死ぬ人が多い、肺気腫とかなって死んだ人も知っている

こうして妻の方が早く死ぬと夫の方は残されて淋しくなる
一人暮らしではないが近くに妻を早く亡くした人は大きな家で淋しいと言っている
そう言う人がまた増えてくるのである
夫婦でもどっちらかが死ぬと一人になるのである
多死化社会というのも現代である、高齢化社会では死ぬ人も増えて来る
それで駅前がもともとはスーパーだったが農協の葬儀屋になった
つまり葬儀屋が繁盛する時代なのである

その女(ひと)とわずかの時のともにあり死して見ざりき春になりしも

わずかの時をともにあったがもういなくなってしまった、なんともはかない、この年になるとただ別れだけが増えて来る
それでさよならだけ人生だというのは冗談ではなく厳粛な現実なのである

死者を思う時はその個人を思う (人は死んだ時霊が辺りを彷徨っている)


死者を思う時はその個人を思う

(人は死んだ時霊が辺りを彷徨っている)

家族墓とかは江戸時代までなかった、個人墓しかない、侍でもそうである
個人墓である、夫婦墓はあった、でも基本は個人墓である
ということは死者とは集団の死ではない、個人が死んだ時個人を偲ぶ
あの人はこうだったとかなんとか偲ぶ
家族全部を偲ぶということはない、個々人を偲ぶのである

近くの女性が死んだ時も突然でありびっくりした
その女性とは最近ちょっと話しただけである、何か大人しい人だった
でもとても死ぬとは思いもよらなかったのである
ただ猫に最近餌やっていないと見ていただけなのである

この年になると本当に知っている人でも死ぬ人が多くなる
でも死んだ時衝撃である、何か突然空虚感を感じる
そして死んでもまだ霊があたりを彷徨って離れないとなる
でもそれもまた忘れやすいのである
何か次々と人も入れ替わりするからである

とにかくその女性は病気だと思わなかった、だから突然死んだとなりびっくりした
例えば癌になり病院に通っているとかわかればまもなく死ぬのかとして心の準備ができる何年も介護していればいづれは死ぬのだと思う
でも介護していてもなかなか死ぬとは思えないのである

死は突然に来る!

死というのは何か突然なのである、急に有なものが無になるのが死なのである
その落差が大きすぎるから突然大きな穴があいたようになる
そしてその穴を埋めることができないのが死なのである
なぜなら永遠に帰ってこない逢うこともできなくなるからだ

老いも突然に来る! 徐々に老いるのではない、突然にがっくりとくる
体力的突然に弱る、病気にもなる、何かこの世のことは突然に来る
自然災害でも原発事故とか今回のコロナウィルスでもそうである
何か悪いことは突然にくる、だから対処できないのである
それで心が折れてしまうのである

ただそうして死んでも現実生活に追われて忘れてゆくのである
その女性はすぐ近くだから余計に死を感じた
親しいとはならない人でもすぐ近くだからである

不思議なのは今逢っている人でもいつか永遠に別れて逢わなくなるとして見ていない
でも年になると今逢っている人ともそうなりやすいのである
家族すらそうなってゆく、要するに無常が現実化するのが老人である
死が日常的になってしまう、それで香典とか田舎ではうるさいからその費用が馬鹿にできないのである

今や多死化の時代である、死者の数が膨大になる、それだけ老人が多いからそうなる
まるで戦場で人が次々に倒れてゆくように死んでゆくともなる
人が死ぬと必ずその人個人を偲ぶ、その人の人生は何なのだったろうとか偲ぶ
田から通夜とかあるのだろう、その時みんなで個人を偲ぶのである
ただ自分はそういうことをしなかった、まず一人なので何もできない
でも死んだ時くらい死者を偲ぶ、それは悪いことではない
でも葬式になるといろいろめんどうなのである
今は簡単にすませるから楽ではあるが死者を送ることは相当な精神的負担なのである

ただ身近だったからその突然の死に驚いた、向かいの人が死んだ時も驚いた
その女性は病気で寝ていたのが直ったんだようと言って一週間前に歩いていたのである
そして友達のところを回って歩いた、そうして死んでしまったのも不思議である
死ぬときゆかりのある人たちを回って歩くというのは本当である
でも逢っている人はそのことが自覚できない、まさか今生の別れとなるとは思いもよらないのである

今日は曇って雨もふった、春でも月は見えない

雨雲に月は隠れて春の夜

隠れるとは死のことなのである、お隠れになったということは死のことである
月は雲が晴れればまた現れるが死んだ人は永遠に現れないのである


2020年03月10日

なぜ原発事故周辺は復興できないのか? (そこの住人がその意志もなく働きもしないから?)


なぜ原発事故周辺は復興できないのか?

(そこの住人がその意志もなく働きもしないから?


福島県民に9年間、聞き続けた「質問」 結果が語るシビアな現実「もう前のような社会に戻ることはない」

3/10(火) 7:00配信withnews  

40代、50代が厳しい受け止め
どんな人が「20年より先」と答えているのか、今年の調査結果を詳しくみてみます。

そして年代別で見ると、40代や50代で「20年より先」と答えた人の割合が高い傾向がありました。

いま40代、50代の人は事故当時は30代、40代でした。一般的には家庭を持ち、働き盛りの世代。そして今から20年後となると、60代や70代になっています。復興の中枢を担ってきた世代の多くが、自分の代で復興を遂げるのは難しい、と受け止めていることがうかがえます。


復興というとき地元の人でも20年後先とかにしている
とういうことはそういう人たちは何か復興のために働いていない
復興などあきらめている、または別な地域に移りそこで定着している
他で移り仕事をはじめてうまくいっている人は帰らないというのもわかる

何かそもそも原発事故だと津波もそうなのかもしれないが地元の人がかかわり何か復興のために働いたということはあまりない
みんな外部から来た人たちが働いていたのである
一番働いたのは自衛隊だとしている
膨大な瓦礫をかたづけるにしてもそうである

地元の人たちは何をしていたか?

毎日パチンコ通いであり競馬であり他にも東京とか遠くまで風俗とか遊びに行っていた人もいた、確かに中には復興のために働いた人はいたとしてもわずかだったのである
それで漁業している人が何もすくことがない、なぜ自分はここにいるのだろうと疑問になった
でも漁業関係者の矛盾は

あなたたちもともと働かなくてもいいんじゃない

がっぼり補償金が震災前も後でも入ってきた贅沢な暮らしが保証されているから

何かそういう矛盾があった、漁業関係者は真っ先に立派な家を建てたからである
津浪の被害は悲惨だったが生活的には困ることはないのである

そしてまた「生業を返せ」と裁判起こすにしても補償金をよこせという訴えにもなる
要するにそもそも生業とは何なのか?
これも良くわからない、農業のことなのか、漁業のことなのか、林業のことなのか?
第一あまり今は生業などという言葉自体使わない
何かの特定の職業のことである、会社員が多いから倒産したら会社を復興してほしいとかなる
生業というなら漁業なら魚をとることであり農業なら米や野菜を作ることである
でも漁業なら十分な補償があるのだから補償金のために訴える必要はないのである

それよりなぜ復興ができないのか?
それはみんなそもそも初めから他人まかせ外部まかせであり地元の人が復興のために何か働くことがなかったからかもしれない

俺は地元のために故郷復興のために汗流して働いているんだ

そういう感覚がみんなもてなかったのではないか?
つまりその人なりに復興のために尽くすことがあったとしてもしなかった
そのこと自体が復興より補償金をもらうために訴えてもっと補償金をくれと運動するのが復興の主な仕事になってしまったのである
だから外部からもそういうことで原発乞食だとして批判される
十年もたつのにまだ要求するだけであり税金泥棒だとも言われる

ただそうなったのは地元の人たちだけが悪いともならないのかもしれない、
今の社会はグロ−バル化社会であり広域社会である
家を建てるにもこの辺で二週間くらいで大手のハウス会社がプラモデルのように建てて
この辺で新しい街が二つくらいできた感じになる
昨日も近くに新しい家でできて中学生の服のことで仕立て屋を探していた
何か外部から来た人が多い、二割以上はそうなっていると思う
どこから来たかわからないがどうしても津浪の被害とか原発避難者が小高や浪江や双葉や大熊とかから移り住んだのである
そういうふうに移り住んで家を建てた人はもう戻らないのである

とにかく今何か復興のために地元の人で働き復興のために働いていて俺は復興のために働いているんだという自覚をもつ人はまれなのである
それで人が住まなくなった地域に外部の人に人が住んでくれと頼んでいるのもそうである本来は地元の人が住むべきなのに住まないからそうなる
外部に移り住んだ人たちはもう故郷を捨てたからである

ではお前はなにか復興のためにしているのか?

私は何か直接力仕事などしていない、でもこのプログで現地の状況とか発信したりどうしたらいいのかとか書いているのが復興の一助なのである
現地のことをいろいろ書いているからだ
それで自分も何か復興のための一助となることをしているのだと自覚できるとなる
復興のために知的労働をしているともなる
なんでもいいからそういうことをしなければそもそも他人まかせであり補償金をもっともらいたいしかなくなる
でも10年過ぎると国からの財政援助もなくなる
それですでに福祉でも厳しくなっている、これは全国的だが日本自体が経済が落ち込み
福祉に金を回せなくなっているからだ
何かこの辺はみんな全体が福祉地域であり自ら何かするということがともしい
帰ったのは老人がほとんだというときまさにそこは復興より福祉の対象地域になる
だからただもっと援助してくれ援助を伸ばしてくれということで医療費無料が一年また伸ばされたのである
そして南相馬市の鹿島区は半年で医療費無料は打ち切られた
そういうことで南相馬市はまた復興ということでも協同しにくくなったのである

いづれにしろ復興が20年先だというときもうその頃老人は死んでいる
ただその時海岸に松を植えたからそれが成長しているから復興を感じるともなる
ただその時でも避難区域になった町や村は復興していないかもしれない

何より人は住まないということは致命的なのである
復興するには人が住むことなのである、なぜなら住むことが復興であるからだ
住まないとしたらいくらそこに立派な駅なり学校なり施設ができても復興にならないのである
そもそもがその土地に住むことがはじまりである
なぜならその土地に住むことが自ずとその土地を復興させることに徐々に通じてゆく
家に住んで庭を手入れしたり花を植えたり荒れた地に畑としてまた野菜を作り米を作るという行為を通じて復興しているんだとなり力が湧いてくる

復興とはそうして自ら何か成すことにより力が湧いてくる、でも他人まかせでは外部頼りでは補償金頼りでは力も出てこないのである
そこで暮らすようになれば暮らしいいように自ずと向いてゆく
でも住まないとなればそんな所は廃れようが何なろうが移り住んだ所の方に関心が向く
近くに家を建てて移り住んだ人が孫の中学生のための服のために仕立て屋を探しているのもそうである
でもここには仕立て屋はなくなっていたのである、そしたら仕立て屋があってほしいとかなる
もう住まないとその町に関心すらなくなる
そこで生活しなければならないからそうなる
だからそこに住まないということが原発事故でも津浪の被害地域でも致命的だったのである

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原発事故とコロナウィルスが問うもの (科学技術と過度なグロ−バル化広域社会への警告)


原発事故とコロナウィルスが問うもの

(科学技術と過度なグロ−バル化広域社会への警告)

人間は常に現状に不満をかかえている
その女性は最底辺の生活である、でも医療は一応無料ではないがそれに近い
それで腰が悪いとかといって東京の高価な機械のある病院でみてもらった
まず仙台に行きそれから紹介されて東京まで行った
次に目が悪いと仙台で手術した、半分は援助があったがない分は自分が払ったりした

でもその女性はこうして医療を受けられることに何の感謝もないし不満ばかり言う
それはわかるにしてもアメリカだと絶対にこういう女性はそんなことで医者にもかかれない、もし目の手術をしたら何百万もかかるという
そもそも保険に入っていないし金持ちだけが高額な保険に入って医療サービスを受けられるのがアメリカである
日本人は保険料を納めるにしても安いからみんな医者にかかれる、また福祉で無料で受けられるとういこともある

だからこういうことを知れば日本はいい国だ

こういうふうになるはずだがそうはならない、アメリカのことなどわからないからであるまた日本だと水は無料で飲めるが外国だとほとんど水は有料である
水道の水があるにしても飲めない、汚れていて飲めない
それで日本がに来た外国人は無料で水が飲めるということで助かるという
でも日本人は水を無料で飲むのは当たり前だとしているからそのことで感謝しないのである、私自身も外国で暮らしたことがないからなかなかこうして比較できないのである
それでyoutubeでも外国生活した経験のある人は違うな参考になるから見ている

外国ではオリッピックに関心がないという、みんな個人主義だから関心のない人は全然話題にもしないという、でも日本人だとみんながオリッピックでも関心をもたされる
同調圧力がありそうなる
でも前から私もオリッピックは反対だった
現実に原発地域の双葉とか大熊とかの避難区域では復興の工事が進んでいないという時
資材不足とか人手不足で進まないという
オリッピックのために復興が進まないのである
それなのに復興のためのオリッピックとして聖火リレーのことで宣伝している
常磐線全然開通は先行復興でありただ駅ができたというだけで街は何も復興していないのである、店すらないのである

人間はとにかくいつの時代でもどこの国でもそこに住んでいて不満がある
現代でもどれだけ豊かな生活しても不満がある、人間そのものはまず自然に感謝したりしない、神に感謝したりしない、実りがあるのは当然であり常にたりないたりないしかないのである
だからこそ生活に不満だからこそ地元の人により積極的に原発が誘致された
出稼ぎに行くしかないより地元で働き暮らしたいということでも誘致された

でも不思議なのは戦前でも江戸時代でもその時代なりに人は生活していた
その時は貧乏でもどうしようもなかったとなる
原発は確かに豊かさをもたらした、でも原発事故になり一転した
故郷に住むことさえできなくなり一転して廃墟の町となってしまったのである
こうなことになるなら蝋燭でも家族一緒に生活した方が良かったという人がいた
要するに人間はともかくどんな時代にどこの地域にでも国でも生活しても必ず不満があるでもその不満があってもそこで生活するほかないしできていたのである

漁業でもこの辺ではその幸は恵まれていた、新鮮な魚が食べられるからである
会津の方では新鮮な魚が食べられない、それで会津の人に石鰈を送ったとき喜ばれた
石鰈は地元でも高いのである、漁師は魚をとっても二三日内の魚しか食べないという
活きのいい魚しか食べないのである、それが贅沢なのである
でも現代ではそれだけではたりないから原発を作る時東電に漁業権を売り渡したのである事故無ければそれは最高の生活だったともなる
それが事故後は一転してしまった、放射性物質の汚染で魚をとることも売ることもできなくなったからである
ただ補償はされているから同じように贅沢な生活は一応できたのである
でも漁師がなぜここに何もしないで自分はいるのだと自問するようになったのである

もし貧しくとも漁師が地元に新鮮な魚を提供していれば地元の人たちに感謝されていた
その土地に生きる重要な役割があるとして認められていた
そういうことは農業でもあった、米や野菜や食料を提供してくれるということで農家の役割は重要なものとなっていた
でもまたグロ−バル化広域社会ではそうならない面があった
魚でも新鮮なものを東京に運んで高く売っていたとかある、地元より金になる都会に売るとかなる、それは今はどこでもそうである
そうなると地元より都会の金持ちのために働いているとなりまた違った見方になる
ただ今は今回のコロナウィルスでわかったように中国から食料でも入らないと東京では騒いでいる、野菜でも中国産が多いからである
すると国内の食料が貴重になる、でも高くなると騒ぐ、でもまた国内でとれて東京に供給されるならましてある
供給されなくなることだってあるからだ

こういうことになるからと私はグロ−バル経済を批判してきたのである
奇妙なのはおそらく地元で食料でも供給されなくても困らない
金さえあればいくらでも買える、どこからでも食料でも品物でも入ってくる
その時大事なものは金だとなる、でも第一物自体が入らなくなったら金は紙切れになってしまうのである
そういう恐怖がいくら金をもっていてもある
だから最近食料でも備蓄しておけというのもわかる
金では買えなくなる、店には品物がなくなるからだ、トイレットペーパー騒ぎでそうなった
だから蔵がありそこに米俵でも積んで品物を貯えるのがいいとなる

何か原発事故でもコロナウィルスでも現代社会の悪い面をついてきた
原子力発電でもそれは現代の科学技術の粋を集めて作られた
それが崩壊した時、社会全体が生態系でも自然すら汚染されて住めなくなったのである
ともかく人間はまず住めるということが基本である
縄文時代でも人は森に住んでいた、そこで不足しているものが多かったが一応定着して住んでいたのである、そこに住めるということはその場所に住んで生きられる実りが恵みがあったからできる
ただそれは最低限の生活としても一応住むことができたとなる

原発事故では過度な危険な核の原子力に頼り事故になりもともこうもなくなった
コロナウィルスでは世界のヒトでも自由に行き来してモノが自由に外国からいくらでも入るという時代になった
でも不思議なのはコロナウィルスはそのヒトの自由な行き来やモノの交流をとめたのである
これもなんのだろうとなる、つまりグロ−バル経済をとめたのである
それはもしかしたら神からの自然からの過度な行き過ぎたグロ−バル経済の警鐘だっ
たのかもしれない、そういうことを書いてきた
貿易は悪いものではない、否定できない、ただそれが自分の所で地域で国で満たされるものを外国に頼るということは行きすぎていたのである

それで中国頼りになったとき日本は経済で中国のいうままになり中国の属国化する
それはイタリアでもそうだしイランでも交流が深くなり経済依存度が高くなるとそうなるそこが一番コロナウィルスの被害が大きくなったからである
何でも外国に依存することは危険なのである
労働者でも外国に依存することはいいとはならない
なぜならそういう人たちは一時的に金のために働いているだけだからである
何か危機があったら戦争でもなったら戦ったりしない、命をかけたりしない
自国に帰るだけだからである、でも日本国籍をとって住むとなると日本人になるから違うホンダで働くネパールの人はそうなっている
それは一時的に金のために働く人たちとはちがうものとなるからだ

原発事故とかコロナウィルスが日本だけではない世界に問うものがあった
それは科学技術社会への警告でありグロ−バル経済の警告である
それが過度になった現代社会の警鐘であった
だから社会自体を見直すものとなる、世界でもそうである
それは中国の巨大化台頭でもそうである、それに歯止めをかけた
そういうことでコロナウィルスというものが何なのか不思議になるのだ
それが悪いものでも現代社会の世界への人類への警告となっていることである
社会を見直して世界を見直すものとなっているからだ


東京オリンピック反対!】既得権によるスポーツ美化 -masakazu kaji-

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2020年03月11日

波立海岸から浜通りの復興(詩) (震災から原発事故から9年)


波立海岸から浜通りの復興(詩)

(震災から原発事故から9年)

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波立海岸に白波がうちよせる
磐にしぶきがはねて
若い女性のスカートが風にひるがえる 
鴎か飛んできて岩にとまる
沖に船の行くのが見える
夏の日白波が打ちよせる
夏の日がまぶしい
波はしきりに磐に打ち寄せる
小さな熱帯魚も見つけた
そこに千葉からやってきた若者
黒潮でいわきはつながる
鴎はまた海岸線を飛んでゆく
かなたにつづく太平洋
そこは海を通じて結ばれている
のっそりとフタバスズキリュウが
海から長い首を出して見ていた
そしていつしか化石となった
その長い地史の歳月よ
しかし海は怖い
津波があまたの命を飲み込んだ
恐ろしい記憶がここに刻まれた
しかし人々はなおここに生きる
ここが我らに与えられた場所
我らの命はここに刻まれる
海とともに我らの命もある
原発に我らの命はない
その過ちを繰り返すな!
苦しくとも海と大地と山に生きよ
悲劇を乗り越えて新たな故郷を作れ!
海から東風がふきわたり
樹々は芽吹き再び活動の時が来る
海も大地も山も蘇る
恵みは再びもたらされる
その自然からの恵みこそ
真実の実りなるを知るべし   

今回の津波で感じたことは津波の被害にあったところが太平洋海岸線が地理的に共有する場だったということである、それが意識されたのである
福島県といっても会津となると一つの別な世界である
でも太平洋岸は海で繋がれていたのである

第一福島県は大きくて地理的に一つの世界として意識しにくい、アイディンティティがもてないてのである、やはり山に遮られると山の向こう側は別な世界として意識する
海はそうして遮るものがないから一つの世界としてみる

だから常磐線全線開通は復興になる、結局いろいろ震災と原発事故では考えさせられることが多かった、でも9年も過ぎてしまったとき記憶も風化することの恐れがある
今の関心はコロナウィルスであり東日本震災の被害に関心が薄れている
もう津波のことを知らない世代が小学生から中学生でもいる
地元でも何か関心が薄れる
人間はつくづく忘れやすい、十年一昔というとき本当にそうである
震災の記憶も一昔になったとき昔のこととして語られるようになってしまうのである

正直何が実りなのか?

それが誤った、原発こそが豊かにする実りだとして地元でも積極的に誘致した
それが裏目に出て生態系まで破壊されて住むことすらできなくなったのである
でも原発に反対したらこの土地に住むことすらできない状態だった
もう欲に目をくらでいる、金になるのならなんでもいいという時代になっていた
そういう時代になり回りもみんなそういう貪欲になっているからそれを止めることはできない、それに反対したらここは住むことすらできなくなっていた
そして逆にそれを推進した人たちが住めなくなったのである

人間の欲はとめることができない、ブレーキをかけられない、それが原発事故の原因でもあった、国家予算並みの金が事故前も事故後もつぎこまれたのが原発だったのである
そこに人間の欲がむきだしになった、「安全神話」を作った人たちも上層部もみんなそうだったのである
政治家から官僚から御用学者でもマスコミでもいかに原発が金になるということで全部一体となり「安全神話」を作ってきたのである
これは本当に強固なものでありそれを否定すればその土地に住めなくなった
それはオリッピックなどでも継続している

本当にオリッピックが必要なのか?国民が望んでいるのか?

これも電通とかマスコミ関係の収入になるとか阿部首相の肝いりでなんとか成功させねばならないとかやはり原発と同じ構図があり同調圧力を上から作られているからだ
だから五輪の聖火リレーで復興だというのも地元でも参加させられる
五輪のために人手が奪われ資材が入らず復興の工事が遅れているというのもそうである
それがどうして聖火リレーとかが復興になるのか?
これもマスコミが宣伝する、地元で疑問を言う人もいないのである
だから原発事故で上から安全神話を作られて同調圧力が作られたのにているのである
日本は権力で同調圧力が強くなり支配者にとって都合のいい国なのである
オリッピックならオリッピック一色になる、それに文句いうやつは非国民になってしまうのである
                  

参考(詩のAI翻訳)

(Poetry for reconstruction)

White waves hit the Namidate coast
Splashing on the rock
Young woman skirt flutters in the wind
A seagull flies and stops on a rock
I see a ship going offshore
The white waves of the summer day
Summer day is dazzling
The waves rush to the rocks
I found a small tropical fish
Youth who came there from Chiba
Iwaki is connected with the Kuroshio
The seagull flies again on the coastline
The Pacific Ocean following the distance
It is connected through the sea
Futabazuki Ryu is soft
I was watching my long neck out of the sea
And one day it became a fossil
That long history of earth history
But the sea is scary
The tsunami swallowed another life
Horrible memories are engraved here
But people still live here
This is the place given to us
Our lives are carved here
There is our life with the sea
Nuclear power has no lives
Don't repeat that mistake!
Live in the sea, the earth, and the mountains
Overcome tragedy and create a new hometown!
The east wind blows from the sea
The trees will sprout and the time of activity will come again
The sea, the earth, and the mountains are revived
Grace comes again
That blessing from nature
Know the fruitfulness of the truth



posted by 老鶯 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連