2020年02月09日

格差社会の原因の歴史的考察 (大陸国家と島国日本の根本的相違)


格差社会の原因の歴史的考察

(大陸国家と島国日本の根本的相違)

日本の社会に階級制がないいうとき平等だというときその原因は日本はもともと島国であり小国だった、資源もないし突出した富を産みだせない
殿様と外国の王様は違う、殿様でもそれほどの贅沢をしない
食事の内容でも殿様が鯛を食べたとしても庶民とさほど変わりない食事だった

リヨンにブションが生まれたのは18世紀頃と言われていますが、貧富の差が激しかった当時、上等の肉は富裕層の食べ物で、庶民の口に入るのは正肉以外の安価な臓物である事が多かったそうで、それらの食材を女性の料理人たちが美味しく調理し、労働者の集まる庶民的な食堂で彼らに食べさせていた事からこのような料理が生まれたという訳です

食べる者からしてこのように差があった、明確に階級で差があった、それがヨ−ロッパだったのである
韓国にも宮廷料理があり中国にもある、日本には殿様料理など残っていないのである
日本でぱみんな貧乏だったから生活自体に差が生れなかった
また戦争するにしても外国のように異民族と戦争するのではないから民族絶滅するようなジェノサイドも起こらない、敵味方塚を作るように歯止があった
天主閣は殿様がそこで戦争に負ければ討ち死にする場でありそれで戦争は終る
殿様が死ねば戦争は終わる、家来は殺されないとなる

なぜ格差社会になるのか?
それは大陸国家だと桁外れの富がもたらされる、資源であり何であれ富が集中するのである、それはヨ−ロッパでもそうであり中東でもそうであり中国でもそうである
巨大帝国が生まれ富が集中する、ペルシャ帝国であれローマ帝国であれオスマン帝国であれ中国の始皇帝であれモンゴル帝国であれ巨大な富が集中する
そして何かそうした帝国は贅沢になり弱体化してゆく
それが世界史の法則のようになっている
第一奴隷が大陸国家では必ず生まれる、そのこと自体すでに極端な階級制が生まれる所以である

日本の特殊性は狭い島国で等しく貧乏であり大きな富が支配者に集中できなかった
ただなぜ巨大な古墳ができたかわからない、でもそれは支配者が王が贅沢するものではない、それは何のために作られたのかわからない、王の墓なのかどうかもわからないからだ灌漑用のために作られたとかいろいろ説があるからだ

一方始皇帝であれ歴代の中国の王となる桁外れの富が集まりむさぶることになる
地下まで宮殿を作りそこで贅沢して生きようとする貪欲さがある
その贅沢も桁外れなのである、始皇帝陵は大きな山であゃそれは明らかに始皇帝が埋められている山なのである
外国の歴史で共通しているのは階級制とか格差社会はこうして富の集中から起きたのである、またそれだけの富が集中できる結果なのである
また資源でも何でも富が生まれるから必然的に格差社会になったのである

ヨ−ロッパは実際は富がない、資源もない、でもイギリスで産業革命が起きた時、
イギリスが七つの海を支配してアジアから富を収奪して富が集中した
そして大英博物館には世界の遺産が収集されたのである
これは近代でも富が集まる産出する国は格差社会になる
それはアメリカだとロスチャイルドとかでも石油を発掘して巨万の富を築いた
中東でもサウジアラビアなど王族が石油の富を独占していることでもわかる
そこに桁外れの富が生まれ極端な格差社会になる
日本が平等社会になっていたのはそうして巨大な富を生み出せないからである

大陸国家がスタンダードでありルールだというとき世界史は大陸国家の歴史だからである日本は一小国の島国の特殊な歴史なのである
だからこそ日本の生み出したものが世界のルールになりにくいのである
そういうユニバーサルなものスタンダードを作ってきたのは大陸国家だったのである
それは宗教でもそうである、宗教は異民族が交わる時、そこで差別すると普遍的なものとならず広がらないからだ
だからヒンズー教はカースト制があって仏教の平等思想は普及しなかった
キリスト教はユダヤ教の選民思想に固執すると世界宗教にはならなかった

中国でも中国は一つの世界だとするときそこに普遍的原理が生まれる
様々な教訓を残し思想を残すのである、政治思想を残すのである  
日本にはそうした独自の世界的な普遍的な思想が生れなかったのである
神道をみればわかる、一体神社は何を意味しているのか、良くわからないのが多い
ただ先祖を祭ったものだとはなる、また地域の地域の神だともなる
だから明治維新で国家神道になったのはもともとそういう政治思想はないから歪なものでありそれが日本を歪めてしまったのである
そこに日本が近代化する欧米化する時歪なものとなったのである

日本からはもともと資本主義でもマルクス主義でも共産主義でもそうした思想自体が生れようがない、第一マルクス主義だと階級制の打破を唱えていても階級制がヨ−ロッパのようにないのだからその根幹で理解できないのである
資本主義の思想でももともと日本ではそれを理解するための素地となるものがなかった
それも大陸国家の思想である、だから日本の会社が従業員主体の会社であり欧米の会社は株主中心の会社になる
日本の会社は日本的な独自の会社組織になりる、高度成長時代は家族の様な会社だとなり福祉とか家族のめんどうまで見るとされ終身雇用になっていたのである

だからどうしても世界的標準としての大陸国家の興亡と日本の歴史を分けて考える必要がある、日本文化というとき外国文化との根本的相違を知るべきだとなる
日本の文化が世界的普遍性をもたないというとき日本人自身が日本を知らないからだとなる

それでyoutubeで必ず外国に住んだ経験のある人は日本を対象的に見れるから何かを言える、日本だけに住んでいる人はどうしても外国と比較して見れないから深いところでわからないのである、自分自身がそうである
確かに外国旅行して見聞を広めたことは大きかった、でも外国に住んだ人住まない人の差も大きいのである、外国に住んだ人は外国を肌で知っているからである
その相違を肌で知る、ただニュースとかテレビを見るとか本を読んでもわからない
直接そこに住んで肌で知るから理解が深まるのである
それは日常ののささいなことでも違うから理解が深まるのである
            
それは歴史を勉強するときは現代を過去との対象でみるのも同じなのである
今だけ見ていたらわからない、今を見るには過去と対象して見なければならない
今を知るには江戸時代を知るべきでありそこで対象的に見ると理解が深まるのである
日本は明治維新以来江戸時代のことがわからなくなった
明治が偉大なのは江戸時代と新しい西欧文明にふれたことによっていたのである
つまり江戸時代の継続としても明治があったから偉大な時代となったのである
その後は江戸時代は忘れ去られて欧米化一辺倒になったからである
武士道からキリスト教を説いた内村鑑三でもそうである、明治には武士道がまだ活きていたのである、その後武士道は何か不明になったのである
神道が国家神道になったのも歪なものでありそれが国自体を歪めてしまったのである

日本は明治維新から150年とかすぎて新たな社会の思想の構築も望まれている
日本は十分な西欧化とも行われなかった、逆に国家神道とかになり悲惨な戦争で3百万人も犠牲を払った
日本の歴史は最初の異文化の対応は中国の唐から受けた、それが漢字を受け入れて
自家薬籠中の物のものにした、それが奈良時代でありその後は国風文化の平安時代となった、仏教もとりいれた、その仏教も鎌倉時代になり日本が独自の宗教が日蓮宗とか真宗とかで生まれた
ということは仏教でも日本の仏教となるには三百年くらいかかったともなる
それだけの時間を要したともなる、異文化を異文明を消化するにはそれだけの時間がかかるともなる

おそらく日本はこれから世界的普遍的なものを作り出す使命がある
一時は明治維新で西欧文明受け入れてアジアに先進国となった
何か明治時代は一番時代的に高揚していた、これだけグロ−バル化しても明治の方がアジア全体を視野に入れて具体的に行動していたのである
その時アジアの指導者は中国ではない日本だったからである
時代の雰囲気になると高度成長時代がありバブル崩壊がありと何かある
明治時代になると日本が世界史の中に現れて一番高揚した時代だったのである
その後大正デカダンスとかなり荒廃した時代雰囲気になったことでもわかる
今の時代が大正時代に似通っているというときそうなる

ともかく日本は何か大きな変革が迫られていることは確かである
それが何になるのかはわからないにしてもそうしなければ日本はますます衰退して
世界から取り残される衰退国家になるだけだとなる
おそらく技術的なものより思想的哲学的文化的な面での新しい開発興隆、交流の時代となる
それを如実に示したのが原発事故だったのである
そこが科学技術の限界を見たからである

それはまた日本の風土に合わないものであり日本の風土から生まれるものを尊重するようになる
それはグロ−バル化にコロナウィルスとかでも歯止めがかけられ
ナショナルなものに回帰する、グロ−バル化は限定される時代になったのである
グロ−バル化では世界大戦が二回も何千万人も死にいいものではなかった
経済的に資本主義が歪められた結果極端な世界的格差が生まれたのである
つまり思想的にも限界が世界的に生まれたから新しい経済思想でも哲学でも望まれる時代になった
その一翼をになうものとして日本が期待される時代だとなっている