2020年02月06日

復興できない飯館村の問題 (外部からの支援と村民の復興の相違)


復興できない飯館村の問題

(外部からの支援と村民の復興の相違)


「真の復興」とは、被災者がその災禍から立ち上がり、東日本大震災前の当たり前の日
常に少しでも近づけることだと感じる。少なくとも、経済を復興させることや、ハコモノを次々と建てることではない。自治体をどのように再建するか、「地域」をどのように存続させるかということばかりが重視され、被災した人の暮らしや想いはこのままでは、多くの人が置き去りにされる。また故郷を消失し、思いを断ちきることになる。これのどこが「復興」というのだろうか。

生業の喪失

現在、福島市の避難住宅で暮らしている。
「賠償金もらえて最初の 2、3 か月はよかったよ。だけど、もう生きている気がしねぇ。ただ生かされている感じだ。餌与えられて生きる牛や豚と一緒だ」。
危機に立つ住民主体の村づくり

飯舘村は、「結」を大切にする地域だった。いや、助け合わなければ暮らしが成り立たなかった歴史があり、それは震災前も同じで行政区ごとの共同作業によって、美しい村が維持されてきた。
「自然と、隣近所や親類が「結」で助け合った。田植え、稲刈りをはじめ、山でカヤ(ススキ)刈りをしての屋根ふき作業も。そうしなければ、お互いに生きていけなかった。

危機に立つ住民主体の村づくり

飯舘村における「復興」計画と「村民の復興」の乖離 

復興が何かわからなくなってしまった、別に経済的に前より豊かになった人がいる
小高でも仙台に移り住み不動産とかアパート業で豊かになった人がいる
それは補償金をもらったからそれを資本金にして成功したのである
そしたらその人は前より豊かになったのだから復興したとなる
その人は個人的には家族単位では復興したのである

でも小高が復興したのかとなるとならない、帰ったのは老人がほとんどであり学校すら小高に住んでいないから原町とかから通っている
これは飯館村でもそうである、あれだけ立派な学校を作ってもそこに子供は住んでいない近くの避難した町から通っているのである
そこでそうした立派な箱ものばかり作っても肝心の人が住まないし村が復興したとはならない                    

そもそも前にも書いたけど現代はグローバル社会であり広域社会である
具体的にどうなったかというと家を作るにしても地元の人が作るのではない
大手のハウス会社が二週間くらいで組み立て作る、プラモデルのように部品を組み立てて作る
昔だったら家を建てることは一大事業である、自分の家は三か月以上かかった
それも材料は柱は橲原の木を利用していてそのことを自慢していた
今は材料も外材であり土地の人ととのつながりがないのである
だから何か原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも他でも外から入ってきた人たちが本当に多いのである
一番顕著なのはいわき市である、二万人とか入ってきて補償金で家を建てたから地元の人たちにうらやましがられたのである

なぜそういうことができるのかというと広域社会グロ−バル社会だからである
そもそも外材は外国から入ってくるからである
そういうふうに外国であれ国内であれ一地域で経済では成り立たない社会である
そこで何が大事になるのか?
金が一番大事になる、金さえあれば何でも手に入るとなるからだ
すると絆のことを盛んに言っていたけど地元の人の絆は希薄化していたのである
それで簡単に町でも村でもばらばらになってしまったのかとも見た
簡単にゴーストタウンになってしまったのかとみる
避難区域に指定されたことはわかるし放射能のこともわかる
でも何か瞬時にして町でも村でも人がいなくなり結局回復しなくなった

だからなぜこうなったのだろうと私は思った
そんな簡単に町でも村でも故郷でも捨てられてしまうのかということである
絆などなかったのかとなる、人もばらばらになり長年代々住んだ土地も捨てられたとなるからだ
もちろんその土地に故郷に執着して帰りたいというのは老人なことは理解できる
でも老人ばかり帰っても復興しないのである
そして生業を返せというときその生業とは何なのか?
生業とは生とはなりわいのことである、なりとは成ることなのである
その土地に住んで自ずと成るもので生きるということである
それを象徴していたのが飯館村の山菜料理であり山から山菜を無料でとって生活することである
生業(なりわい)とはその土地に根付いてその土地に成るもので暮らすことなのである
それがなくなったとき福島市とかに住んでも山菜とりできないとか何もすることがないと嘆くことになった
そこで山菜を無料でとって暮らす生活が見直されたのである

つまり人間は何か当たり前の価値がわからないのである
それ失った時初めてわかる、親がいて何でもしてくれているのか当たり前だが死んでしまったら全部自分でしなければならず親のありがたみがわかる
また妻に何でもしてもらっていた夫も妻が死んで何でも自分でやらなければならないから妻のありがたみがわかる
人間は本当に当たり前の価値がわからないのである、まずそんな当たり前のことを価値と認めないのである
そこに人間の盲点がある

とにかく飯館村は今回の原発事故で被害が露骨に現れた、未だにそうである
その風景は一変した、もはや田畑はなく放射性物質の置き場になっているだけである
あとはソーラーパネルになり景観も前のとは違っている
新しい中高一貫の校歌を作った人がいるが確かに凍てる大地に根付く木とかの歌詞は評価できるにしてもここにも矛盾が現れているのだ

そもそもその曲を作った人も校歌を作詞した人も地元に住んでいない、東京から来た人であり外部の人である
いろいろ今回は外部の人が入ってきてかかわることになった
でもそこにもともと住んだ人がそうして歌詞でも作ると土着的になる
東京から来た人は観光客なのである、そこで保養して後は帰るだけである
そこの凍てた大地に育つのはそこに住む若い世代なのである
外部から入ってきてそこに住まない人は観光客なのである
凍みた大地で生きることはない、飯館では凍み大根が有名だけど外部から來る人と内部にその土地に根付いて暮らす人とは根本的に違っている

そこにリアリティがないのである、東京からただイメージして作っているのである
ここで苦労することもないからリアリティに欠けているのである
何か文学でもリアリティが実際に体験したことでないと訴えない
小説だってやはり現実に体験したことでないと訴えない
それを自分も指摘されたからわかる
森でも外から見ているのと中から見るのは違う、森に入ると枝とかがありツルが生えてからまったり蛇だでてきたりといろいろ難儀することがある、外から見ていればそういうことはないのである

自分もただ外部から来たものになっていた
ただ近いから東京から來る人は違う、例えば放射性物質のフレコンバッグが水があふれて破れてもれたことがあっ
すると放射性物質は南相馬市に流れて来る、真野ダムに集積した放射性物質は土地はつながっているのだから流れてくるのである
だから飯館村の問題は南相馬市の問題になる、土地はつながっているから切り離せないのである
だから佐須で泥が20マイクロシーベルとあったのには驚いた
その放射性物質の泥も真野ダムに流れてたまっている

ここで問題にしているのはそこにもともと住んでいる人たちが村をどうしたいのかとなるとき何か箱ものとかその人たちの意に沿わないものとなっていることを書いている
そもそもそこに住む人たち、代々住んでいる人が主役になるべきだとしている
それが外部から入ってきた人たちが主役になっている
それで山木屋では東京の方から大学の人がきたけど一年でやめたとか嘆いているのもそうである
一時的には来てもそこに土着して住むとういことがないからである
一時的な実験場のように利用したとなる

飯館村では一部落全員を帰還の条件としたというときそれだけつながりが深いからそうなった、他の津波の被害地でもそういう部落があり全員一致して高台に住宅を作った
元の町が村が回復する復興するということはそうなる
(結(ゆい)のような組織があり村人がが助け合って生きてきたというのもそうである
それがばらばらになった、飯館村なら補償金などでも同じにすれば良かったのである
被害はさほど変わらないし第一一つの村としてある、土地もつながっているからである
南相馬市でも小高区とかを避難区域として分離してしまったことである
そこで小高と原町と鹿島に補償金で分断されたのである
補償金で統一することがむずかしくなったのである
それも政府の企みがあってそうなったのかとかんぐる
なぜなら政府の責任を市町村が一体になって追求するより分断して仲間同士で争わせた方がいいとなるからだ

ともかく市長も町長も村長もまとめ役とはなれなかった、市町村をまとめることができなかったのである、それだけの指導力をもつこともできなかったとなる
それでそれぞれの私益だけを追及する結果になったのである
だから放射線量で補償金で細分化されて分断された、それは政府の思う壺になったともなる
だだみんな補償金を多くもらいたいということしかなくなったのである
もう故郷に帰ることではない、補償金でそれぞれ勝手にどこでも暮らせとなったのであるただ飯館村だと人のつながり土地とのつながりがあり一致して部落で全員帰還を目指したのである


飯舘村の「帰還農家」で咲かせた未来への希望

荒れ野の古里によみがえる高原の花々

posted by 天華 at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2020年02月07日

報道されないアメリカのインフレインザの脅威 (一万人がすでに死亡?)


報道されないアメリカのインフレインザの脅威

(一万人がすでに死亡?)


アメリカの疾病管理予防センター(CDC)が1月25日付けのインフルエンザ感染の推計値を発表。
2019-2020年シーズンの累計でのインフルエンザ感染者数は1900万人以上、入院患者数は180,000人、死者数は10,000人に達しています。 

2019年10月1日から2020年1月18日までの今シーズンの米国のインフルエンザを巡る状況

インフルエンザを発症した人] 2100万人

[インフルエンザで受診した人] 1000万人

[インフルエンザで入院した人] 25万人

[インフルエンザで死亡した人] 2万人


アメリカのインフルエンザ報道を見た後だと、
少なく感じてしまいますね。

死者が1万人を超えるって、
アメリカからの訪日客の方が脅威ではないのでしょうか?

アメリカで猛威を奮っている季節性インフルエンザB型が猛威を奮っている。

病疫対策センターの発表で既に2600万人が感染。
内31万人が入院。
死亡が2万5000人が死亡。
全50州のうち流行指定は41州。

現時点で過去10年で例を見ない脅威的な感染力でパンデミックを起こしている。

新型コロナウイルスよりも桁が違う感染者と死者数はもっと日本で報じても良さそうですが・・・。

このアメリカで流行しているインフルエンザも新型肺炎と同じように潜伏期間があるので自覚症状がなければ余裕で空港の検査にひっかかることもなく日本に来国してきます。


コロナウィルスで中国が世界から責められているけどなぜアメリカのインフレインザの恐怖が報道されないのか?
これは疑問になるのも当然だがその理由がわからない、インタ−ネットでもある所は削除されたとかもあった                      

何かこの真相をアメリカは隠しているのか?

中国も習近平が最初に医師が警告しても表ざたにしないようにしてかえって蔓延した
必ず権力者は不都合なことを隠蔽するのである
それは福島の原発事故でもそうだった、あまりアメリカのことを批判しなかった
古い型の原子炉をアメリカから買った、それが事故の原因とかになったともある
でもアメリカには何の責任もないとされた
何か技術関係でも国と国の関係になると信頼関係がないと危険である

アメリカにすると日本で事故が起きてもいいや、古い原子炉を売ってもうけろ

日本ではアメリカの植民地のようになっていて逆らえない、原子力を導入したいから何も言えないとなる
それがすべてではないにしろ事故につながった一因でもあった

今回のアメリカのインフレインインザの流行は一万人もの死者とか言われるのは何なのだろう

そしてマスコミでは一切報道しない!

このことがみんな疑問になりインタ−ネットに書いてあるがその理由が全くわからないのである
これもなんなのだろうとなる
中国の危険は言うがアメリカの危険は言わない、アメリカ人の日本への渡航禁止になっても不思議ではない、これほど死んでいたらこっちが恐怖となるからだ
でも政府でもマスコミでも一切報道しないのはなぜなのだろうとなる

そこに常に日本では西側よりアメリカよりになりアメリカの不利な情報は流されない
それがこうしたことでも起きているのか?
マスコミでもテレビでもアメリカのインフレインザを取材したり報道したりしないのである

つまりマスコミにテレビに報道管制がしかれているのだろうか?

そもそもなぜアメリカでこんなにインフレインザが流行するのか?
それは今年だけでない、数年前からである
中国の医療体制の問題を指摘するがアメリカの医療体制はとうなっているのか?
アメリカの医療は高いと言うがインフレインザとかでは安くワクチンが受けられるとかある

ではなぜこんなにインフレインザが流行しているのだろうか?

それもなぜこんなに死んでいるのだろうか?

そして日本は一切政府もマスコミも報道しないのはなぜなのだろうか?

ここに中国のことはコロナウィルスのことは過剰に報道するが一切アメリカについては報道しない
すると日本ではその危機感がない、アメリカ人も普通に入ってくる
そしたら菌をばらまくことがある
その注意もしないのはなぜなのだろうとなる

日本はアメリカから情報統制されているからそうなっているのか?

でも日本の危機になるとしたら日本国民にもっと知らせる義務がすでに政府にある
でも日本はアメリカに何も言えないとなるのだろうか?

そこに独立国ではないから日本が危機でも知らせることもできないのか?

中国でもアメリカでも大国に忖度して日本人の命がそこなわれることにもなる
そこに小国の悲哀があるとなるのか?
日本が習近平を招待するというのはアメリカを牽制するためだとも言われる
アメリカに一方的に押し付けられることに対して中国によって牽制する
それが大国の狭間にある国の外交だともなる

ただアメリカのインフレインザの情報がインタ−ネットですら少ない
だから知り得ようがない、その知らないことで国民が被害を受けることにもなる
原発事故は全く危険を知らされないことで大惨事になったからである
情報はだから権力者が操作できる、そこで常に危険でも隠蔽されてそれがいつか
原発事故のように明るみに出される
ただその時はすでに時遅しとなっているのだ
警告する人があっても無視されるからである

コロナウィルスでも危険だと早めに手を打てと警告した中国の医師が感染して死んだからだ
何か原発でもそういう人がいたけど無視されていた、マスコミでは地方の新聞社でも雑誌でも報道関係でも
報道しなかったからである

二三年前にもアメリカでインフレインザで大量に人が死んでいる、でもそのことをインタ−ネットで書いた人がいても削除された
その削除したのはグーグルなのだろうか?
グーグルはアメリカの政府と結びついている、それは中国でも言われた
中国のファーウェイがアメリカの標的になった、情報を独占するということでそうなった
情報で世界を支配するとことで技術の流出を止めることに躍起になった
つまり情報でも中国とアメリカの大国が争っていたのである
ただアメリカ側にある欧米側にある日本は中国のネガティブな情報が入りやすいが欧米のネガティブな情報は入りにくいとなる
だからアメリカが世界の権力者になっているときアメリカ側に利する情報しか知り得ないともなる
だから情報に公正さはないとなる、権力をもつものが情報も支配するからだとなる



posted by 天華 at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

迷惑老人が増える (死んでくれ死んで良かったねとか言われるのは悲惨)


迷惑老人が増える

(死んでくれ死んで良かったねとか言われるのは悲惨)


同署によると、男性は6日午後2時50分ごろ、同県秦野市内の中古品店での支払い時に「レジ袋が有料」と言われ激高し、店員の胸ぐらをつかむなどした。通報を受けた同署員が署に連れて行き保護。署内で引き続き暴れたため、署員5人が頭や両足、両腕をつかむなどして別室に移したところ容体が急変し、搬送先の病院で午後6時10分ごろに死亡した

レジ袋5円に文句言っている、最底辺の老人だったのか?
この人に同情している人はまれである、警察良くやったとか迷惑老人を始末してありがとうとか若い人に言われる

ここには実際警察の問題もあった、無理やり五人がかりでおさえつけて殺したとかも言う警察の強権がここにある、それも経験しているから怖い、問答無用で警察はそういうことをする
自分も駅で人前で職務質問されて公共の場から追放されるところだった
そこでの問題は駅は公共の場でありそこで職務質問されたらみんな見ているから怪しいとなるからだ
それ以来警察を嫌っている、ただ何かそういうことを経験すると不信になる
その時はこちらに落ち度がなかったからである
別に駅は鉄道を利用しなくても人と話したり集まる場合があるからだ

だからこれは警察のやりすぎだったのだろう
それも確かに責められるべきである、というのは他の人も必ずこういう目にあうからである、それが怖いのである

ただこの老人はそうされてもしかたがないものがあった
そういうクレーム老人を知っている、いつも5円十円でも値段を気にしている
それでここに二つのスーパーがあっても一つは嫌がって絶対にいかないのである
何か気分を害することを言われたからだろう
そういう人は不満がたまっているからクレームをつけて店員でも弱い者にうっぷんを晴らす、クレームでもそうである

ところだその人の住む市営住宅ではその人自身隣の老人に苦しめられている
何か異常な行動が多く騒いでいる、それで眠れないという
第一その老人も何か問題があり迷惑行為をしている
市営住宅にはそういう人が多い、経済的にもいろいろ不満をもっている
隣にいるとそれをさけることができないから困る

いづれにしろこうした迷惑老人が膨大に増えてくるのも高齢化社会である
第一認知症になると大迷惑老人にみんななるからである
自分も家族が認知症になって経験しているからわかる
ただ自分の場合は特別世話になったから懸命になり介護したのである
でも社会的に認知症になると家族だけではない回りに社会自体に迷惑をかけるようになるそれが問題なのである

認知症は社会で役割がなくなったときなりやすいということも書いた
家族で女性でも何もすることがなく家事もしない、ただボケーとしていると本当にボケるつまり今の老人の問題は役割喪失であり社会的に無用化されることである
それが大量に生まれる、それがこうした迷惑老人になる
それがもう日常的光景となる
ここでレジ袋の5円とかにこだわっているのは金がないとまたそういう人が増える
そういうぎりぎりで生活している人は常に不満がたまっている
そこでクレーム老人になり迷惑老人になる

だから若い人に早く死んでくれ、警察がかたづけてくれて良くやったとか言われる
このことをみると本当に高齢化社会はいいことだけではない

こんな老人は警察にでも殺されて良かったのだ!

こんなことを言われることは本当に長生きするべきではなかったとなる
一面これは怖いことではないか?
老人でこのことを深刻に自覚している人はそんなにいないかもしれない
かといってこれから高齢化がすすむと8百万人が認知症になるとか言われる
それをイメージしたら空恐ろしいともなる
つまりこうした迷惑老人が巷にあふれ回りが巻き込まれるのである

ここで警察が5人かかりでおさえつけたのはやりすぎだった
それも問題だったがそのことで何か警察のしたことをとがめる人が少ない
これからは老人はこういうふうにされるのかもしれない

迷惑老人は始末しろ

病院や施設で老人は虐待される

これが高齢化社会の現実でもある、老人でも何か社会に貢献しろと言ってもそれが今の社会では老人を受け入れない、ボランティアでも簡単にはできないめんどうなのである
正式にその仕事を認め社会で受け入れないとできない
でも老人は邪魔だとされる、それで家族でも居場所がないとかなる
老人でも最後まで人間は社会に生きる
その社会に仕事も与えられない、居場所がないということは深刻なのである

そして家族でも社会でも無用化された老人はどうなるのか?
社会全体から早く死んでくれとなる
そういう目で見られる時怖いと思う
例え迷惑をかけなくてもそういう目で見られる
そういう目で回りに見られるとき恐怖なのである
それがいつか現実問題として虐待とかこうしたことで警察に殺されるような状態になっても誰も同情しない、始末して良かったとされる

いづれにしろ何らか社会で役割をもたないとこうなることを老人は深刻に受け止めるべきである
そして本当に迷惑老人は始末され病院や介護施設でも虐待されて殺されるとまでなる
そういう事件も起きた

ただ老人になってからこれも時遅しなのである
なぜなら人間は若い時から生きる積み重ねがその人を作る
だからもう老人を変えることはできないからである
何か趣味でもこれまでの継続としてできる、老人になってはじめてやることは実りとなりにくいからだ

ただこれだけの高齢化となると

89才でライダーになった

そんな人も出てきている、その人は40頃からなのかもっと遅くなのか60頃なのか
ライダーになって89歳でライダーになり旅していたのである
だからこういう異色の老人も出てくるのが高齢化社会である
74歳のライダーにも実際あっているし70歳でもロードに乗っていた老人にもあった
だから元気な人は今までしたことを続けることに固執するのである

そういう人はそれでいい、迷惑をかけないかぎり遊んでいてもいいとなる
そういう時代でもあるからだ
でも何か社会に貢献しないと白い眼で見られるということが怖いのである
それで徒然草で吉田兼行は言っている

命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬ程にて死なむことめやすかるべけれ。

今はまさに「命長ければ辱多し」であるが40才では早すぎる
それは今でぱ非業の死である、寿命が短い時こういうことを言うのは解せない
ただ人に惜しまれて死ぬ人はいいということは確かである
早く死んでくれないからなと言われるときすでにその人は社会的死を宣告されている恐怖を知るべきである
あの人なんであんなに生きてているの、それも金でも社会の負担で生きているとか言われる、そう見られること自体生きていることが肩身の狭く生きること自体苦しいともなる
ただ老人側でそういう自覚をしない、それで迷惑老人になる
でもこういう老人は今や増えるばかりでありどうにもならないとみる
それが高齢化社会であるというのもさけられないのである  

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地方交付税も問題だが公共事業費が少ない
高度成長時代は多かったが今は社会保障費が増大したのである


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予算の中で特別会計が主だがここで医療や介護や福祉の費用がこれだけ多いのである
実際知っている人は糖尿病になり病院通いなり70になる女性も腰が痛い、歯が悪い...
病院通いなのである、そして何か保険がきかない、福祉の金も出ない
薬でも風邪薬は医者では出さないとか政府でも医療関係でひきしめている
それもつくづくわかる、老人病人社会になんているからだ
これらに金をあてたらもう政府でやっていけないのである
そしてますます負担になる人が増えるだけなのである
だんだん自分自身でもそうなってゆくのが怖い
将来日本はどうなってゆくのか不安になる

それは経済的面でこれだけ老人が増えて介護とか病人社会になれば当然である
その負担が下の世代にこれからかかってくる
すでにその人は40過ぎて80くらいの施設に入った親の負担が強いられている
また母親もいてその人もどん底である
親のために介護のために仕事をやめるとか50代でも問題になっている
どう考えてもいい面はない
ただ一割くらいはいい面はある、要するにおそらく昔のように一割くらいしか長生きしない、70以上など生きていないとなれば良かったとなる
9割は不用な老人になっている、数の問題なのである



2020年02月08日

冬柳ー田母神の社(百歳死んだ母が夢に現れ死者は家に生き続ける)


冬柳ー田母神の社(百歳死んだ母が夢に現れ死者は家に生き続ける)

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百歳を生きにし母や冬柳

日も暮れぬ水無川に冬柳 

近くあれ古社の一つや冬柳

路地の奥知られざる家冬柳
なお生きる99歳知るや冬柳
70年嫁ぎて長き冬柳
ここに生き長きものかも冬柳 

蝋梅の実をついばむヒヨドリや田舎に養ふ糧のありしも

田母神の社残りて北風の松に吹きにつ鳶の飛ぶかな 

今日誰か善徳橋を渡るかな冬の柳のここに暮れにき

亡き母の姿の見ゆる冬深む60余年を我が家にあれば    


冬柳と枯柳も違う、枯芒と冬芒の相違とにている
水無川の善徳橋のわたる手前にある柳は大きいから見ものである
この冬柳は何か幽霊のように見える
私の母は百歳生きた、その年になると幽鬼のようになって生きているともなる
だからこの冬柳でも幽霊のように見える
それで昨夜母が家にいる夢を見たのだ
やはりいつものように家にいたのである
何か死者というのは本当に不思議である、死んだら本当に何にもなくなるのか?
私の母は私の家に嫁いで70年近くいたのである
その歳月の長さの故になかなか死んでも消えないものとしてある
本当に依然として変わりなくいるような気がするときがある
それで時々夢を見たりする、するとやはりいるのだと思うのである
死者がいる場所は女性の場合は家だと思う
なぜなら嫁は女と家だから密接に結びついているのである

心が通じ合う。魂が結ばれる。
出典万葉集 三二七六
「たまあはば君来(き)ますやと我(わ)が嘆く八尺(やさか)の嘆き」
[訳] 心が通じ合えばあなたはいらっしゃるだろうかと私がつく長いため息を。

その「こい=乞い=恋」が時代を下って、万葉集の時代には、「一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて、切なく思うこと、また、そのこころ」を意味するようになりました。

恋は乞うでありもともと死者を思うこと乞うことだったのである
だからそれが切実となる、なぜなら死者とはもう二度と会うことができないからである
万葉集の中に恋の歌が多いのは死者を思うということがあり切実だったとなる
魂合うというのも不思議である
何か魂が合うということそれは確かにあると思う
生者と死者の魂が合う、それは説明できない不思議な現象だとなる
夢を見ることがそれに通じている
昨夜母の夢を見たのは魂合うだったのかもしれない、肉体は消失しても魂はなお生きているとなる

ダイユーエイトの田母神の由来は


「田母神」の名前は福島県に縁のある名前です。福島県郡山市田村町にある山村地帯に田母神地区があり、同地は坂上田村麻呂の母の出身地といわれています。また、福島県内には同じ地名が他にいくつかあります。意味は、「田を守護する神」から来た地名で、田村麻呂の子孫が散らばってその神を祭ったことに由来するといわれています

三春と相馬藩は関係していた姻戚関係にもあった、だからこれは三春から移って来た人が祭ったのかもしれない、田村という姓が鹿島区にありそれは古いものかもしれない。
田母という地名が三春にある

ヒヨドリが庭に来て何を啄んでいるのかと思ったから?梅の実だった
何か実があり冬でも鳥は生きている、主に虫を食べていることは確かである
冬は実がなくなるからだ、でも自然だと烏でも雀でもななんでもその土地のものを食べている、何かしら食べるものがあるから生きている
それも不思議なのである、人間は地元のものだけではない、グロ−バルに世界から食料を入らなければもう生きていけないからだ
だから人間は何か常に自然に反する生き方をしている
科学技術でも原発事故があったりウィルスでも生物兵器がもれたのだとか反自然的なことをして大災害をもたらすのである
それは自然からの一つの警告でありそして実際に自然から罰せられるのである


冬の日に金沢の一番星の喫茶店による (松が目印となる場所である)


冬の日に金沢の一番星の喫茶店による

(松が目印となる場所である)

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中から松が見える、外から見るのと中から見るのは違っている

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この木に百舌鳥が止まっていた




冬の松一番星に休むかな

葉牡丹に蔵や農家の喫茶店

蔵に松隠れて休み冬深む 


冬の海望む丘の上農家あり前は畑に金沢に住む

百舌鳥一羽冬樹にとまり隙のなく寒さの凍みぬ飛び去りにけり  


農家民宿の「一番星」によった、何かそこに新しく喫茶店のような休憩所ができた
それは二年前からだった、あれは何なのだろうといつもあそこの道を通って見ていた
民宿とはわかっていてもあそこに食事とかできるとは見えなかった
近くでもなかなかわからないことがあり何かそこにあるということを知るまで時間がかかる

私は喫茶店とかが好きだった、それはいつもそこで休み思索する、何か俳句とか短歌とか詩でも創作する、そういう場として喫茶店が好きだった
ただ喫茶店は場所がいいとその価値が倍増する、都会のごみごみした所は嫌なのである
原町では景色のいい場所に喫茶店がないのである
海の見える場所にあってもいいと思うがない、これまで四つはいい場所にあり紹介した
ただ海老の納屋を改造した喫茶店は予約制とかで入りにくい
だからそこは二回くらい試しに行って後は行っていない、ただちょっと隠れた所にありそれがいいのである、それで名前としてはハイドがいいなと思った

ここの喫茶店はながめとしては良くない、火力発電所の煙突が見えたりする
ただ今日はじめて入って中から見たら松がにあう所だった
松が目印となる喫茶店だった、そして古い蔵がありこの二つが農家らしいものを作り出している
蔵には写真家が写真を飾っていてギャラリーのようになっていた
ここは松と蔵が似合う場所である
それでネーミングとして松倉がいいなと思った
それで松倉と検索するとそういう地名がでてくる


栗駒松倉 [宮城県栗原市]

松倉 [秋田県大仙市]

沢松倉 [福島県二本松市]

松倉 [福島県西白河郡矢吹町]

松倉 [福島県双葉郡双葉町]

松倉 [富山県中新川郡立山町]

松倉台 [岐阜県美濃市

川島松倉町 [岐阜県各務原市]  

福島県に三つある、何か松と倉は一つとなり合うのである

ともかく南相馬市の喫茶店めぐりとしてこれまで四つは紹介した
それにもう一つ加わった、ここは六号線に近くより安い
アルパカなども飼っていて子供が喜ぶ

自転車でぶらぶらして立ち寄れる場所というと今の所は日立木のドマーニと海老村のニコニコ堂なのだが気軽に寄れるのは二カ所くらいしかない
一番星のメニューはレストランではないから軽食であり腹一杯にはならない
ソバ餅というのがメニューにあったがめずらしいから今度食べてみよう
あそこは原町に行くときいつも通れる場所である
ただ食堂ではないから腹を満たすとなると物足りなくなる 

今日は午後からは冷たい北風が吹いた、今になり冬らしくなってきた

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2020年02月09日

格差社会の原因の歴史的考察 (大陸国家と島国日本の根本的相違)


格差社会の原因の歴史的考察

(大陸国家と島国日本の根本的相違)

日本の社会に階級制がないいうとき平等だというときその原因は日本はもともと島国であり小国だった、資源もないし突出した富を産みだせない
殿様と外国の王様は違う、殿様でもそれほどの贅沢をしない
食事の内容でも殿様が鯛を食べたとしても庶民とさほど変わりない食事だった

リヨンにブションが生まれたのは18世紀頃と言われていますが、貧富の差が激しかった当時、上等の肉は富裕層の食べ物で、庶民の口に入るのは正肉以外の安価な臓物である事が多かったそうで、それらの食材を女性の料理人たちが美味しく調理し、労働者の集まる庶民的な食堂で彼らに食べさせていた事からこのような料理が生まれたという訳です

食べる者からしてこのように差があった、明確に階級で差があった、それがヨ−ロッパだったのである
韓国にも宮廷料理があり中国にもある、日本には殿様料理など残っていないのである
日本でぱみんな貧乏だったから生活自体に差が生れなかった
また戦争するにしても外国のように異民族と戦争するのではないから民族絶滅するようなジェノサイドも起こらない、敵味方塚を作るように歯止があった
天主閣は殿様がそこで戦争に負ければ討ち死にする場でありそれで戦争は終る
殿様が死ねば戦争は終わる、家来は殺されないとなる

なぜ格差社会になるのか?
それは大陸国家だと桁外れの富がもたらされる、資源であり何であれ富が集中するのである、それはヨ−ロッパでもそうであり中東でもそうであり中国でもそうである
巨大帝国が生まれ富が集中する、ペルシャ帝国であれローマ帝国であれオスマン帝国であれ中国の始皇帝であれモンゴル帝国であれ巨大な富が集中する
そして何かそうした帝国は贅沢になり弱体化してゆく
それが世界史の法則のようになっている
第一奴隷が大陸国家では必ず生まれる、そのこと自体すでに極端な階級制が生まれる所以である

日本の特殊性は狭い島国で等しく貧乏であり大きな富が支配者に集中できなかった
ただなぜ巨大な古墳ができたかわからない、でもそれは支配者が王が贅沢するものではない、それは何のために作られたのかわからない、王の墓なのかどうかもわからないからだ灌漑用のために作られたとかいろいろ説があるからだ

一方始皇帝であれ歴代の中国の王となる桁外れの富が集まりむさぶることになる
地下まで宮殿を作りそこで贅沢して生きようとする貪欲さがある
その贅沢も桁外れなのである、始皇帝陵は大きな山であゃそれは明らかに始皇帝が埋められている山なのである
外国の歴史で共通しているのは階級制とか格差社会はこうして富の集中から起きたのである、またそれだけの富が集中できる結果なのである
また資源でも何でも富が生まれるから必然的に格差社会になったのである

ヨ−ロッパは実際は富がない、資源もない、でもイギリスで産業革命が起きた時、
イギリスが七つの海を支配してアジアから富を収奪して富が集中した
そして大英博物館には世界の遺産が収集されたのである
これは近代でも富が集まる産出する国は格差社会になる
それはアメリカだとロスチャイルドとかでも石油を発掘して巨万の富を築いた
中東でもサウジアラビアなど王族が石油の富を独占していることでもわかる
そこに桁外れの富が生まれ極端な格差社会になる
日本が平等社会になっていたのはそうして巨大な富を生み出せないからである

大陸国家がスタンダードでありルールだというとき世界史は大陸国家の歴史だからである日本は一小国の島国の特殊な歴史なのである
だからこそ日本の生み出したものが世界のルールになりにくいのである
そういうユニバーサルなものスタンダードを作ってきたのは大陸国家だったのである
それは宗教でもそうである、宗教は異民族が交わる時、そこで差別すると普遍的なものとならず広がらないからだ
だからヒンズー教はカースト制があって仏教の平等思想は普及しなかった
キリスト教はユダヤ教の選民思想に固執すると世界宗教にはならなかった

中国でも中国は一つの世界だとするときそこに普遍的原理が生まれる
様々な教訓を残し思想を残すのである、政治思想を残すのである  
日本にはそうした独自の世界的な普遍的な思想が生れなかったのである
神道をみればわかる、一体神社は何を意味しているのか、良くわからないのが多い
ただ先祖を祭ったものだとはなる、また地域の地域の神だともなる
だから明治維新で国家神道になったのはもともとそういう政治思想はないから歪なものでありそれが日本を歪めてしまったのである
そこに日本が近代化する欧米化する時歪なものとなったのである

日本からはもともと資本主義でもマルクス主義でも共産主義でもそうした思想自体が生れようがない、第一マルクス主義だと階級制の打破を唱えていても階級制がヨ−ロッパのようにないのだからその根幹で理解できないのである
資本主義の思想でももともと日本ではそれを理解するための素地となるものがなかった
それも大陸国家の思想である、だから日本の会社が従業員主体の会社であり欧米の会社は株主中心の会社になる
日本の会社は日本的な独自の会社組織になりる、高度成長時代は家族の様な会社だとなり福祉とか家族のめんどうまで見るとされ終身雇用になっていたのである

だからどうしても世界的標準としての大陸国家の興亡と日本の歴史を分けて考える必要がある、日本文化というとき外国文化との根本的相違を知るべきだとなる
日本の文化が世界的普遍性をもたないというとき日本人自身が日本を知らないからだとなる

それでyoutubeで必ず外国に住んだ経験のある人は日本を対象的に見れるから何かを言える、日本だけに住んでいる人はどうしても外国と比較して見れないから深いところでわからないのである、自分自身がそうである
確かに外国旅行して見聞を広めたことは大きかった、でも外国に住んだ人住まない人の差も大きいのである、外国に住んだ人は外国を肌で知っているからである
その相違を肌で知る、ただニュースとかテレビを見るとか本を読んでもわからない
直接そこに住んで肌で知るから理解が深まるのである
それは日常ののささいなことでも違うから理解が深まるのである
            
それは歴史を勉強するときは現代を過去との対象でみるのも同じなのである
今だけ見ていたらわからない、今を見るには過去と対象して見なければならない
今を知るには江戸時代を知るべきでありそこで対象的に見ると理解が深まるのである
日本は明治維新以来江戸時代のことがわからなくなった
明治が偉大なのは江戸時代と新しい西欧文明にふれたことによっていたのである
つまり江戸時代の継続としても明治があったから偉大な時代となったのである
その後は江戸時代は忘れ去られて欧米化一辺倒になったからである
武士道からキリスト教を説いた内村鑑三でもそうである、明治には武士道がまだ活きていたのである、その後武士道は何か不明になったのである
神道が国家神道になったのも歪なものでありそれが国自体を歪めてしまったのである

日本は明治維新から150年とかすぎて新たな社会の思想の構築も望まれている
日本は十分な西欧化とも行われなかった、逆に国家神道とかになり悲惨な戦争で3百万人も犠牲を払った
日本の歴史は最初の異文化の対応は中国の唐から受けた、それが漢字を受け入れて
自家薬籠中の物のものにした、それが奈良時代でありその後は国風文化の平安時代となった、仏教もとりいれた、その仏教も鎌倉時代になり日本が独自の宗教が日蓮宗とか真宗とかで生まれた
ということは仏教でも日本の仏教となるには三百年くらいかかったともなる
それだけの時間を要したともなる、異文化を異文明を消化するにはそれだけの時間がかかるともなる

おそらく日本はこれから世界的普遍的なものを作り出す使命がある
一時は明治維新で西欧文明受け入れてアジアに先進国となった
何か明治時代は一番時代的に高揚していた、これだけグロ−バル化しても明治の方がアジア全体を視野に入れて具体的に行動していたのである
その時アジアの指導者は中国ではない日本だったからである
時代の雰囲気になると高度成長時代がありバブル崩壊がありと何かある
明治時代になると日本が世界史の中に現れて一番高揚した時代だったのである
その後大正デカダンスとかなり荒廃した時代雰囲気になったことでもわかる
今の時代が大正時代に似通っているというときそうなる

ともかく日本は何か大きな変革が迫られていることは確かである
それが何になるのかはわからないにしてもそうしなければ日本はますます衰退して
世界から取り残される衰退国家になるだけだとなる
おそらく技術的なものより思想的哲学的文化的な面での新しい開発興隆、交流の時代となる
それを如実に示したのが原発事故だったのである
そこが科学技術の限界を見たからである

それはまた日本の風土に合わないものであり日本の風土から生まれるものを尊重するようになる
それはグロ−バル化にコロナウィルスとかでも歯止めがかけられ
ナショナルなものに回帰する、グロ−バル化は限定される時代になったのである
グロ−バル化では世界大戦が二回も何千万人も死にいいものではなかった
経済的に資本主義が歪められた結果極端な世界的格差が生まれたのである
つまり思想的にも限界が世界的に生まれたから新しい経済思想でも哲学でも望まれる時代になった
その一翼をになうものとして日本が期待される時代だとなっている



2020年02月10日

科学技術にたよる権力の文明の崩壊 (中国の習近平体制も同じように崩壊してゆく)


科学技術にたよる権力の文明の崩壊

(中国の習近平体制も同じように崩壊してゆく)


チェルノブエリ原発事故→ソビエト連邦崩壊

福島原発事故→日本の安全神話崩壊

中国のコロナウィルス→中国習近平体制崩壊

これらに共通性があるとしたらやはり科学技術と関連していた
コロナウィルスでもこれも秘密裡に開発された生物兵器だともしている
それが放射能のようにもれて大惨事となった
現代が科学技術の時代だというとき密接政治でも経済でも科学技術と結びつく
そこで科学技術の問題から政治に影響して崩壊する
科学技術と一体化して権力が維持されているからそうなる

それを象徴していたのがオウムだった
オウムは仏教の信仰団体であってもカルトでありサリンとか生物兵器を作っていた
つまり科学技術と結びついて権力をもちオウム王国を作ろうとしていた
つまり現代は科学技術無しでは権力を維持できないのである
そのオウムを拡大化したのが国家になっている
現実にサリンという科学兵器を生物兵器でも開発していたからである
それを国家規模でしていたのが今の世界である
コロナウィルスが中国の武漢の生物研究所からもれたというのもそうである
そこから習きんぺい一党独裁が崩壊するという時も科学技術と結びついているから
それがつまづくと政権自体が崩壊する

そもそも科学技術がテクノクラート支配が社会にあった
鉄が発明されると鉄を得るものが武器を作りまた鉄器でも作り農業生産が飛躍的に増大する、すると国家も巨大化してゆく
夜郎自大というとき夜朗国は青銅器であり漢は鉄器の刀でありそれで技術の差で滅ぼされた
そういう技術の差で世界の国々の興亡がある、そういうことは人間の歴史が始まって以来あったことである 
他方、鎌倉時代なのか鍬でも堅い木が必要であり樫(かし)の木を柄にしてそれで生産力をあげて地主から解放されたということもある、それで樫という姓が生まれたというのは興味深い

科学技術の崩壊が国の崩壊になる、科学技術が権力を維持するには不可欠である
太陽の運行を知ることなどが歴が支配するために不可欠だというのもそのためである
元号が天皇によって定められるのはまさにそうである
天候を知ることは農業で不可欠でありそれを知ることが国を治めることだとなる
それが崩壊するとマヤ文明のようにやはり文明自体が崩壊する
何か迷信化して人類の滅びる日まで割り出していたのである
それはまさにカルト宗教のようになっていたのである
そうしてマヤ文明はジャングルに捨てられたのである

原発事故でも安全神話を作り権力が維持された
それが津波と地震で崩壊した、その後遺症は甚大だった
未だに回復できない、まるでバベルの塔の崩壊のようにそこに住んでいる人たちはばらばらになって住めなくなった
補償金でもめたし互いに意思疎通もできなくなった
言葉が通じなくなったということにも似ている
つまり科学技術はバベルの塔でもあった
人間は神に成ろうとするのが科学技術でありそれが崩壊したのである

中国はコロナウィルスで自ら製造したのか、生物兵器なのかそれで習近平体制は崩壊してゆく
何かそういう法則が歴史にある、科学技術は万能ではないからいつかそうなる
つまり文明自体が必ずいつか崩壊する
AIに頼ってもそれもまた何かで崩壊する、機能しなくなりコンピューター文明自体が崩壊してゆく
人間は科学技術もカルマでありそのカルマを背負っていてそれで文明は崩壊する
 プロメテウスのような過酷な罰を受ける定めにある
カルマは個々人も受けるが国全体とか文明とか世界でも受けるのである
どうしてもそこに人間の力の限界があり必然的にそうなる
もし神のように万能だったらそうはならないからだ 
つまり歴史にも何らか法則性がある、法則性とはカルマのことなのである
それは繰り返して起きてくるからである、自然災害でも法則性がありそれがカルマなのである
だからこの法則性をカルマを知ることが歴史でも必要なのである

とにかく福島の原発事故の時、あれはオウムだと騒いだ
つまりオウムを大規模化したのが国家であり国家自体がオウムだったのである
それは中国でも同じでありアメリカでも現代の国家は同じである
だからつくづくオウムというのは理解できない、奇怪なものとしていたがそれを大規模化したのが現代の国家だったのである
だから別にそうみれば奇怪なもの、理解できないものではなかったとなる
そういう極端な団体が生まれたのは現代文明から生まれた必然だったともなる
なぜなら現代の国家自体がオウムになっていたからである

















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城の俳句十句(城が意味するものー時代を知らないと見えない)


城の俳句十句(城が意味するものー時代を知らないと見えない)


白壁に栄し城や春日影

天主閣人ににぎわう花の城

(二本松)

落椿井戸の深くも霞城
                    
(白石城)

山吹や流れ清らか武家屋敷

(青葉城)

石垣の反りに清流燕来る        
          
(相馬藩中村城)

落葉踏み六万石や城の跡

侍の忠義の城や冬の松

松の映え侍参ず冬の城     

侍や忠義に死にぬ冬の城

(盛岡城)

池氷り松数本の城の跡

晩秋や古木に映えぬ熊本城

(弘前城)

門古りて古木の梅や堀凍る


城を見る時、その時代背景を知らない限り城を見ることができない
つまりただの建物にすぎないとなるからだ
建築でもその時代精神が凝縮されたものとしてあり人間精神が表象されたものとして意味がある
それはエジプトのピラミッドでもそうでありそれは王の墓ではないというときただ民衆が圧制のために奴隷とされて作られた物とは違っていた
これもその時代を知らないからそうなるのである
時代とは全体のことであり時代が過ぎると一つの物から一つの建物でも残した遺物から見る、時代全体を見ることができなくなる
そこに誤解が生まれる
またその時代に生きるものはその時代がいかなるものかわからないことがある

それで城とは何なのかという時、城を中心に社会が形成されていた
武士を中心にして当時の社会があった、確かに町人がいて職人がいて住む場所が分かれていた、でも武士がモラルを示す模範を示すものとしてあった
それで丁稚奉公とかも武士のモラルに習って主従関係を築いていた
それが今になると近代化すると何か丁稚はただ働きさせられていたとかなる
でも当時の社会はそういう社会でありその社会がわからなくなったからそういうのである
江戸時代でも武士道があれば町人道があり職人道があり農民道があった
農民道となると百姓道となると二宮尊徳が唱えた道なのである
現代の索漠とした状態はなぜ起きているのか?
いかなる道もない、あるのは金銭道しかないのである
人は人ではない、人としても見られない、金で使われる道具と化している
時給いくらというのがまさにそうである、人間が金によって切り売りされる
人間を人間として見ないのである
だから今こそ人間は奴隷労働されていたと後の時代の人は見るかもしれないのだ

とにかく武士道には主従関係があり鎌倉の東国武士が強かったのは主従関係だとしているそれは金銭抜きの生死をともにする強固な主従関係があったから強かったとしている
ゲルマン民族にもそうした強固な人的結合がありそれで退廃したローマに対抗できたとしている

いづれにしろ江戸時代が明治になってその社会のことがわからなくなった
でも150年過ぎて城は残っているから城をみる
でもその背景となる社会がわからないから実は城もその社会背景から社会の一部としてあったのだからその全体から見ることができないのである
ただ城は当時も一番目立っているから社会の中枢機関としてモラルを象徴するものとしてあった
キリスト教会の大聖堂があったと同じである

自然でも歴史的遺物でもそれを美的な観点から見るだけではない、それを人間の徳とかモラルの反映として見る、侍だったら城が教会のようなものであり一つの焦点としてあったそれは単なる建物ではない、だからこそ会津の白虎隊が城が燃えたと見て自刀したのである、それほど城が精神的物質的でも象徴的存在だったからそうなった
物質的なものより精神的象徴だったのである
今の時代にそうした精神的象徴となる建築物がない、会社のビルはただ金儲けのビジネスだけの建物だともなる、そこに精神的象徴するものはない
それがどこにも本当にない、世界でもニューヨークの株式市場が世界の中心だとして
何かそこに精神的象徴ではない、ただ金が右から左に流れる博打場なのかともなるからだカジノのようにもなっているからだ

城と松がにあうというとき松は忠義を示しているとかなる、自然でも岩とか石は誠実とか正直とかを示している、江戸時代の三百年間はそうして精神的象徴として城と松があり
忠義として立ち続けていたのである
ただ美的には大阪城とか姫路城とか西は栄えたから春にはそれを特別感じるのは歴史があるためである、東北では感じにくいからである
それだけの栄がなかったからである
大阪城に夕日が映えて散る桜の光景は忘れられない、それだけ歴史を反映しているから
自然が歴史によって色づけられているから違って見えたのである
それは京都の桜でも千年の都に咲く桜だから違って見えたのである

今はこうして旅したことをふりかえり思い出して深化して俳句でも短歌でも詩でも作る
それが冬にふさわしいのである
ただ京都となると冬には行っていない、春と夏と秋には行っている
城でもまだ見てない城がある、それだけ日本には城が多いのである

冬の城

白壁に忠節の松
武士は襟を正して登城す
主君にまみえて忠義の心
侍は下々も正して
町は一つに成りぬれ
冬の月皓皓と照らして
静まり治まる城下町かな

冬の城というのが何かいい、冬は精神がひきしまるからである
冬は春夏秋冬で違ってい見えるのである
ただなぜか江戸城というときそれが何も感じないのはなぜなのか?
東京に行っても江戸時代を感じないのである
それだけあまりにも百万都市の江戸が変わりすぎてしまったからである
この辺でも津波で松原が根こそぎ流されて失った時、その跡はソーラーパネルになりとても松原のことを思い出せないとにている
江戸城があったということは何かイメーでできないのである

2020年02月11日

海上保安庁で津波の遺体捜索 (南相馬市鹿島区右田沖に報道陣来る)


海上保安庁で津波の遺体捜索

(南相馬市鹿島区右田沖に報道陣来る)

宮城海上保安部 MIYAGI COAST GUARD OFFICE 
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小舟は二艘でていた

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報道陣に説明

右田で人が集まっていたので何だろうと行ったら海上保安庁で遺体の捜索を潜水してするという、それで報道陣がつめかけていた
高知さんさんテレビとか遠くからも来ていた
あとは南相馬市の復興企画課の人と警察の人も来ていた

まず犠牲になった人に献花して捜索が始まった
二艘の小舟から潜水が始まった
結果的は何も発見されなかった
他では二体発見されたという
津浪から9年もたてばもう海の中だと見つからないだろう
何か儀式のようにしてやっているのかとも見る
ただ右田でおじいさんを亡くした人が来ていて取材されていた
その人は偶然に津波の時出かけていていないので助かった
おじいさんは残っていて死んだのである

右田の海岸沿いより離れた地域で死んだ人が多いのはなぜったのか?
おそらく海から離れていたので津波は来ないと思っていて逃げなかったのか?
つまり海外地帯から離れていると津波を経験していないから危機感を感じなかったのかもしれない。
ただ右田の人で海老村に逃げて九死に一生を得た人がいた
海老は高いしその崖の上が避難所に指定されていんたからである
そこで30人くらい死んだのである、それが大失敗だったのである
海老だったらどこにでも近くに歩いて逃げれば助かった
それも10メートルで歩いて逃げれば助かったからだ
津浪は鹿島小学校の前まできてその近くでも床上浸水でひどめいにあった人を知ってる
それだけ津波は離れていても浅くても被害が大きくなるのである

海上保安庁の人が水深のことを言っていた、9メートルを潜水するという
それで津波と水深のことを聞いたら水深が深いところと浅いところがある
浅い所は色が違って波がたつ、水深が深い所から浅い所に変わると津波も大きくなるとか言っていた
海老は陸から見ると右田などよりずっと高いからそこが避難所指定されたのである
でも海から見ると水深の関係で津波がおしよせたのである
第一水深を陸から見ている人はいないからである

とにかく津波から9年も過ぎるとどうしても遺体を遺骨でも見つけることは不可能に近い
何か儀式のようにしているともなる
ただまだまだ津波というのはそのメカニズムでも何でもわかっていないのである

報道陣が来ていたが報道するとき本当に津波とかでもその土地の地理とかがわからない
すると何か必ず報道は誤解して伝えられる
何か起きるとはtake placeなのである、場所と密接に関係している
その場所については地元でいなとわからない
テレビの小さい画面でぱ伝えることができないのである
それでテレビの報道は真実でないというとき根本的にその場所のことを伝えられないからである、一部を切り取った映像であり全体を把握することは不可能だからである

いづれにしろまだまだ津波についても原発事故についても解明されないことが多い
9年過ぎるし3月11日がまためぐってくるので遺体捜索が行われたとなる 

冬の海轟く波に鴎飛ぶ海上保安庁の船の進みぬ

津浪より9年過ぎて冬の海くぐりて探す遺体なるかも

みちのくの冬の海かなその底にくぐりて見なむ亡き人の影



今日は午後二時からまた同じ場所で潜水捜索があります!



津波の伝わる速さと高さ

ここの説明がわかりやすい、深い所か浅い所へ津波が高く大きくなってゆく
海老浜の被害が大きかったのは突き出た岬のようになっていたからなのか?
この説明ではそういうことも考えられる
とにかく津波は海岸地帯からできるだけ離れることであり高い所に逃げることである
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北海老南海老で69名死んだとして避難所に指定された場所で30人も死んだ、約半数が死んだのである
右田の人もそこに逃げて森の中に入って助かったのである
そこは高いと思い避難したのである





posted by 天華 at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 津波、災難の対処

日露戦争の勝利の原因 (日露戦争の勝利が太平洋戦争に続いていた)


日露戦争の勝利の原因

(日露戦争の勝利が太平洋戦争に続いていた)

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戦争の勝敗の原因はそれが終わってみないとわからない
日露戦争でもそうである、終わってみるといろいろ見えて来る
人生でもそうである、人生を経験して終わりになる老人になると人生とはこうだったのかとか見えて来る
だから終わりにならないと人生もわからないのである
老人になるとそうして経験したことをそういうことだったのかと意味を見出すのである
だからみんなあんなことして時間の無駄だった、馬鹿のことして時間を浪費したと悔やむのである
つまり何かをする経験する時間も体力もなくなっているからだ

戦争というのもそれも終わってから百年過ぎても色椅子再検討して真実が見えて来る
テレビで放送した日露戦争の勝利の原因は何だったのか?

ロシアは203高地をコンクリートで要塞化していた、それは一つの城だった
堀までめぐらしていたから城だった、その城を攻撃したが容易に落ちなかった
トンネルを掘ってその城のコンクリートの城壁まで攻めて落そうとしたができなかった
それだ多大な死者を犠牲者を出したので有名でありそれで乃木大将は明治天皇が死んで殉死したのである

この戦争をみたとき何か古典的な戦国時代のようにも見えた
城があり城を落とすための攻防戦となれば戦国時代である
ただ海軍はアフリカ回りで日本に来ることを迎え撃つから海軍の戦いである
東郷平八郎が対馬海峡を通ると待った、一日待ったときやっとバルチック艦隊が来て丁字戦法で勝った

これは明らかに地の利が影響して勝った、ロシアは地理的にモスクワとから離れすぎていたのである、それでアフリカ回りで来るにも船底に貝とか何か海の生き物がくっついて
進行が遅くなったとか言う、また船だけでなく人間も疲弊していたとなる

日露戦争では日本は何が何でも勝つという士気が高かった、ロシアはそれほどの士気がなかったとなり勝った
明治という時代はこうして日本が世界の列強の仲間入りする時代だった
イギリスと同盟を結んだというのもそうである
ロシアに多いユダヤ人をユダヤ人のロスチャイルドが応援したというのもそうである

ともかく何か日露戦争はまだ古典的な戦争だったのである
乃木大将も古典的な将軍であり英雄とかされたのもそうである
その後の太平洋戦争とはかなり違っていた
ただ満州の権益でロシアと争いその延長に太平洋戦争に結びつくものがあった
日本は日露戦争からすでに満州に固執していたのである
つまり日露戦争の継続としても太平洋戦争があった
その後はアメリカとロシアと日本の三つ巴の戦争にもなったからである

そしてなぜ日露戦争に勝ったかというとき古典的な戦いであり陸軍が地上戦で戦い海軍が海上で戦う、ここには空軍はなかったのである
だから第二次世界大戦は空軍の戦いであり空軍の強いものが勝つようになっていた
技術的にそうなっていて陸軍でも海軍でもない、勝敗を決めたのは空軍の強弱だった
それで日本がアメリカに負けたのである
信長が武田の騎馬軍を鉄砲隊で破ったのとにている
太平洋戦争では陸軍と海軍ではない空軍が優るものが勝ったのである
それで戦艦大和かでも一回も攻撃もせず海の藻屑と沈んだことでもわかる
空軍が勝敗を決めるのでありそうした海軍の巨大軍艦は役たたなくなっていたのである

戦争の歴史をみるとこれも法則みたいなものがある、なぜ太平洋戦争で日本が負けたのかというとき空軍で負けたとなるからだ
それだけでないにしろ一つの大きな敗因だったことは間違えない
もう一つの原因として人の和もあった
日本軍は下士官が優秀だったが上官とうまくいってなかった
アメリカ軍はかえって上官と下士官はうまくいっていたという
つまり日本は人の和がある、団結力があるというが実際は違っていたのである
鎌倉武士が強かったのは主従関係の強固さにあったというときもそうである
日本軍に上官と下士官にそうした強いつながりを和をもてなかったのである

ともかく歴史は連続している、日露戦争が次の太平洋戦争に結びついていたのである
満州の権益を守るためにゆずらない、そのことがアメリカとの戦争とも結びついた
その時ロシアでもない、それより強大なアメリカが敵がいることに気づかなかったとかともなる、そこに大きな無知があったともなる
その無知がアメリカとの戦争に向かわせたともなる
何か世界に向かって戦線を広げすぎたのである、なぜ西安(しーあん)までも日本軍が攻め入ったのかとかビルマまでも戦線を広げたのかともなる
そんな広大な世界を支配しようとしたのか?成り行きでそうなったのかただ戦略もなく
制限なく拡大化したのかとなる

ただ江戸幕府の300年の鎖国から一挙に世界史の舞台に踊り出した、だから明治は世界に覇を唱える視野がありかえって今よりグロ−バル化していたともなる
日本帝国の国威高揚があった時代だとなる
ただ日露戦争を内村鑑三が批判していたように太平洋戦争に通じるものがその時すでにあって継続されたのである
領土拡張主義がありそれが中国の果てまでも日本軍が進軍したのである

今や戦争は空軍の時代でもない、ミサイルと核兵器の時代である
こうして技術が進歩すると戦争の形態も変わる
ミサイルは核弾頭は北朝鮮からアメリカまで飛んでゆく
そうなると空軍の戦いではない、海軍の戦いでもない、核弾頭が飛んでくるのだから防備しようがないとなる
戦争したらもう核戦争になり相打ちになり人類自体が滅びるともなっているのだ


金州城下作   乃木 希典

山川草木轉荒涼
十里風腥新戰場
征馬不前人不語
金州城外立斜陽


金州城下の作

山川草木(さんせんそうもく)轉(うたた)荒涼、
十里 風腥(なまぐさ)し 新戰場。
征馬(せいば)前(すす)まず 人語らず、
金州城外 斜陽に立つ。

血なまぐさい戦場を漢詩にしている、まだ漢詩にするものとして人間を戦場を見ていたとなる
何か戦争でも古典的だったのである、そして乃木大将は古典的英雄であり武士の鏡とかまでなるから武士の時代を継続していたともなる
明治はまだ侍の精神を受け継いでいたのである
第一明治天皇が死んで殉死したのもそうである、それは古典的武士のすることである

どうしても戦後になると天皇を敬うという篤い心が生まれないのである
だからこうしうて忠義に死んだ古典的な武士が存在したということは明治という時代が作った人間でもあったとなる
その後はそうした古典的武士とかそうした人は出ないからである
第一世界第二次大戦は死者の数が何千万であり何かもう人間的なものを越えた異様なものとなっていたのである
それは詩にするような世界ではなかった、それほど凄惨を極めたものであり人類滅亡の戦争のようにもなっていたのである

いづれにしろもう古典的戦争の時代はない、今度はロボットとかAIの戦争でありそこに人間的なものは消失した戦争となる
背後でコンピュターを操作して人間的なものはなくなる、ロボットの戦争である
だからもう人間的なものはなく無人の荒野でのロボットの戦争になってしまう

日露戦争というとき日露戦争で死んだ人の墓を時々みかける、明らかに戦死した人が地方でも必ずいたのである、太平洋戦争のは目立つが日露戦争で死んだ人の墓もある
そこにあまり注目していないのである

posted by 天華 at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)