2019年11月30日

地理のテーマになる境の考察


地理のテーマになる境の考察

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 境界民族,境界線, 境界帯,  国境, 国境貿易, 国境都市, 政治的境界, 
 自然的境界, 人為的境界, 人為的荒廃境界, 障害境界, 海洋境界, 河川境界, 山脈境界, 山狭境界

自然的境界というとき山川海でさえぎられる、そこで例え同じ国でも別な意識をもつのである、それに人為的境界がある、それは例えば相馬藩と伊達藩の境は新地になるけど歴史的人為的境界であり自然的境界ではない
なぜなら平坦な土地だからである、関所でも人為的境界であり自然的境界と一致しない

ただ日本は山が多いから峠が国字となったことでもわかる
峠を越えると別世界が開けるのである、そして山に囲まれてそこは小国となる
そこが一つの国となっているのが日本なのである

白河の関は必ずしも自然境界ではない、人為的境界である
ただ山をぬけるので確かにその山を越えるとみちのくだという意識はもつ
でもそれほどの高い山でもないからそんなに境界だと感じない
ではなぜあそこがみちのくの入り口になったのか?
それはやはり自然的境界より人為的境界だった、大和王権が支配できない地域として大和朝廷に認識されていたからそうなった
それは政治的境界でもあった

境界というとき実際はいろいろある、まず国というものを意識する前に人間は自然を地理を地勢を意識させられて生活する、村でも自然村として発展する
都市だとこの成り立ちもいろいろあるが商業都市として発展するのが多い
オワシスが都市になったのはそのためである
ただ村とかなると自然村が発展して村になった
不思議なのはヨ−ロッパでは城壁内の都市とその外は別な世界である
農民は都市民ではない、異民族とかに攻められるから城壁で囲みその中で戦うのが市民なのである、農民は異民族でも攻めてきたら他国が攻めてきたら城壁内に入らなければ助からないのだ
だから中国も都市国家的側面があり城壁の内と外でぱ分かれている
都市籍がないと都市には農民は住めないのである
城壁も境であり人を分けるのである

人工的人為的境界というとき明治以降の県単位の境界は自然境界とは関係ない、人為的に上から行政の範囲として強制的に決められたのである
だから境界が不自然なのである、みちのくの入り口として白河があり関所があったから一応茨城県とは別れる地域として福島県がある
でも福島県は広いから地理的一体感をもてないのである
磐梯山とかあってもそれが福島県を象徴する山でもない、なぜなら浜通りからは全く見えないからである、ただ霊山に来ると見えるのである

浜通りからすると相馬地域だと飯館とかに行くには峠を越えなければならない
標高が高いからである、それで自転車だと難儀するのである
八木沢峠をみればわかるその高さだと越えるのにいかに障害になっているかわかる
日本にはそういうふうに山で別々に分かれて隔離されている感じの場所が多いのである

外国だと大河がありそこが境界になる、父なる川のライン川がそうである
その大河がドイツを作ったともなるからだ
とにかく大陸には長大な川がありそれが境になるのは当然だとなる、自然境界になる
平原でも川があればそれが境界になりやすい、シーザーがルビコン川を渡ったという故事はそのために生まれた、そこは越えてはならない異郷の世界へ入る川だったのである
みちのくの白河の関ともにていたのである
それは自然境界でもありそれが川になっていたのはいかにも大陸国家らしいとなる

見たまえ、地球が回転するさまを
先祖の大陸たちは遙かかなたに集い
現在と未来の大陸は地峡をはさんで南と北に
ホイットマン(草の葉)

こうなると日本がにそんな巨大な地峡などないから理解できなくなる
ホイットマンの詩はアメリカ大陸を謳っているからスケールが大きすぎて理解できなくなる、グランドキャニオンなどがまさにそうである
アメリカにはインデアンが住んでいても歴史的境界というのがない
アメリカの歴史はそれだけ短いからそうなっている   

また現代で見逃しているのが森である、中世とかまでヨ−ロッパでは広大な森があった、ドイツの黒い森は有名である
それは人も入れない森でありそこに逃れれば追っても入り込めないほどの広大な森だった、そこにイギリスのロビンフッド伝説
生れた、イギリスにも広大な森がかつてあった、そこに逃れればもう入り込めない自由の場となっていたのである

相馬藩では原発事故のあった地点、双葉とか大熊とかは磐城との境目であり森に覆われていた、そこで夜の森とは相馬藩の殿様の余の森のことだったのである、相馬藩の殿様の森だったとなる、ただ境目だから領有権を主張するためにその名がついたとなる
土地に名前をつけるのはそこが自分の土地だという証でもあるからだ

森はしたがって、見える国境というより、緑の海であった。ひとつづきの村や畑、未耕地、そして町は、森の海に囲まれた島であり、島国であった。
当時の西洋人にとっての「森」のイメージは、ちょうど、日本人にとっての「山」のイメージと同じです。山なかには山姥や、妖怪がいます。また、アジール(法喪失者の避難場所)としての機能も共通しています

いづれにしろこの境界は一つの探求するテーマである
地理のテーマである、ただこれは世界は広いから探求することは困難になる
例えばインドと分けるのがヒマラヤ山脈だとなるときそうなる
空からしかその全貌は見えない、わずかに空からその頂上を見たことがあった
これもあまりにもスケールが大きくなって理解できなくなる
日本に住んでいただけではこうして世界の地理は理解できないのである

ただ境は何か節目として記憶する場所になる、江戸時代だったらどうしても関所を通るからそのことを意識した、今は関所がないからその境が意識できない
でもやはり一連の短歌にしたように何か境は意識しやすいのである
歩いて旅したときは常にこうして境となる地点を意識させられた
坂でも峠でもそこで歩いて上ればそれが体に記憶されるからである
今はただ便利に楽に通り過ぎてゆくだけなのである

それで今は何か旅でも記憶に残らないものとなる、まず現代では旅人になるにはかえって歩いたり自転車で行くとか時間で手間暇をかけないとなれない
たいがい旅行でも保養であり旅にならない、旅人は現代ではいなくなったのである
旅人でありえないのである
結局私は暇だから時間があったからこれだけ旅できたとなる
旅するには必ずしも金はかからない、時間はかかる
自転車旅行ならテントで寝れば無料になる、温泉旅館は高いから泊まったことがない
でも日本では安宿は本当に少ない、ヨ−ロッパのようなゲストハウスやユースホステルがないのである
別にユースホステルでも老人でも普通にとまっているから安いのである

私は大学の卒業旅行で資金30万円で3週間のヨーロッパ旅行を計画し、無事実施することができました。
もちろん往復の航空券代や諸経費も全て含めて30万円です。

私もこんなものだった、ただ食べるのはハンバーグとかだけだった
日本と違いここが不便だった、レストランは日本の食堂とは違っている
何倍もする社交の場のようになっていて高いからバックパッカーは入れない
庶民の食堂はわからないし言葉の障害で入れないから困ったのである
グルメの旅などに自分は興味なかった、ただ旅できればいいと思っていたから気にしなかったのである

いづれにしろ境界というのを知るにもそもそも実際に旅しなければわかりえようがないのである
そういうテーマをもって旅すれば論文でも書ける、まず本だけ読んでいても地理はかわらないのである
そして地理の見方がいろいろある、角度をちょっと変えただけで別な風に見えるのであるそれで地理だと地図が必須になるがでもその地図通りではない
その人の旅した経験からか地図を描けばみんな違ったものになっているのだ
だから地図は主観が入ると本当に個人個人によって違ったものになるのである
ただこんなことしいるだけでたちまち時間が過ぎて人生も終わる
それが自分だったのである、旅に終わったとまでなる
それでも外国になるとまだまだ旅は未完に終わったのである、それだけ地球がとてつもなく広いということだったのである