2019年10月22日

天皇即位の礼(天皇とは何なのか)


天皇即位の礼(天皇とは何なのか)



天譴論とは,「天が人間を罰するために災害を起こすという思想」(14)であり,「もともとは,災害(地震)を『王道に背いた為政者に対する天の警告』とみなす思想であった」(15)というものである.天平 6年(734年),大阪で大地震が発生し多くの犠牲者がでたが,その時の天皇である聖武天皇は,「朕が訓導の不明に由り,民多く罪に入る.責は予一人に在り,兆庶に関かるに非ず」(続日本書紀)と述べ,地震が起きた責任は自分にあるとし,大赦をしている  


今回の洪水の災害について書いた、これが何か天皇が何かについても語っていた
地震が起こしたのは天皇にあったと自ら言明している
ということは天皇が地震を起こすことができるのか?
そんなだいそれた存在なのかということに逆になる
確かに今でも災害があると天皇が必ず見舞いにくる、でもその災害の責任が天皇にあるとはならない、誰もそう思わない、でもこの時代は天皇は神のような存在だから天災でも
天皇の責任だとまでなっていたのである

天皇の歴史をふりかえると最初は神格化されていた

大君は神にしませば雲隠る雷山(いかづちやま)に宮敷(みやし)きいます」

大君は神にしませば天雲の宙の上に慮りせるかも 

山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟山すかも (柿本人麻呂)

自然すら天皇に仕えていたとなる、それだけ天皇の権威は強力なものとしてあった
その時自然の方が脅威なのだがそれが天皇と一体化されたということもある

その後は天皇はそうした神格化されたものではなく権力者が人民を支配するために使われるようになった、神輿のようにされたのが天皇である
国を治めるにはなんらか武力だけではない、神聖なものが権威が必要だからである

ただ不思議なのは天皇自体には古代では自然まで支配する神格化があったがその後は何か直接権力をもって支配することはなかった
外国だと王は神格化されたりまた絶大な権力をもって支配した
でも日本の天皇は権力を直接操作することがなかった、天皇の命令で国家を動かせるものはなかった
ただ神輿として持ち上げられるものだったのである
壬申の乱でも天皇の兄弟が二つに分かれて戦ったし南北朝の戦いでもそうである
ただ日本では天皇が二人になって分裂するとき国も分裂する
南北朝の争いをみればわかる、それを調べれば日本の隅々までその傷痕が残されている
私の町自体の成り立ちが南朝の落武者の子孫だったのである

それ以後戦国時代になると天皇をめぐる争いにはなっていない、江戸時代になると天皇は文化的存在に過ぎなくなった、日本の文化的伝統を守るものとして京都の御所に幽閉されたみたくなっていたのである、そして貧乏で短歌をよんで売って生活していたという
それがなぜ明治になって逆に古代のように神格化されるようになったのか?
それは西欧列強に対抗するものとして何らか精神的権威が必要とした
尊王攘夷運動が起きた、尊王とは天皇を神として王として崇めることである
そして神道は国家神道になった、それが太平洋戦争まで継続されたのである
明治以降の天皇はその前の天皇とはまるで違ったものとなったのである

そして奇妙なのは天皇がそれだけもちあげられると廃仏毀釈運動が起きて仏像が壊されたのである、その壊された仏像は今でも残っているのである
その原因が徳川時代は寺が仏教が優遇されていた、寺は幕府の役所の一部になっていたのである、そのとき神社はないがしろにされていたという不満が廃仏毀釈になったとされるそれは宗教の権力争いでもあったのだ、宗教も実際は権力と結びつく
時の権力に優遇されれば暮らしも良くなる、江戸時代には宗教は死んでいたのである
それが今でもつづいているのが葬式仏教とかである、檀家宗教とかである
それは江戸時代のつづきとしての宗教なのである

日本の近代化は天皇を神格化した成されたから何か歪つなのである
そこに無理があった、その結果として太平洋戦争まで天皇が現人神(あらひとかみ)とされて崇められて敗戦になったのである
つまり天皇は神では日本は神の国であり神国だから負けないという戦争になったのである

「朕が訓導の不明に由り,民多く罪に入る.責は予一人に在り,兆庶に関かるに非ず」

こう天皇が反省すると昭和天皇は戦争の責任があるのだから退位するべきだったのである南北朝の戦いの時光厳天皇は反省して退位して隠居して暮らして死んだことを死んだ都築詠一氏はほめていた、そしてなぜあれほど昭和天皇を右なのに批判していたのか?
それは戦争の責任をとらなかったからである
また三島由紀夫が天皇が人間宣言したとき天皇は神であるべきとしたのも不満であった
日本の歴史は天皇をめぐる歴史だったとことがここに現れている
それは古代からの祭政一致が復古の形で現れたからである

そして西欧化するとき政教分離の思想が法律として定められていたのに憲法ではそうはならなかった、天皇の統帥権とかが認められていた
明治維新は西欧化は様々な矛盾があった、それが日本の特殊性だったのである
自然災害でも天皇の責任とされたように神格化された王はそうなる
政教一致だと創価でも選挙は仏法最大の戦いであり仏が味方するのだが必ず常勝するとなる、一票とるために祈り戦うのが創価である
それは権力をとるための戦争と同じなのである、日蓮の思想に王仏冥合という思想がありその実践が選挙なのである
完全な政教一致であり政教分離の憲法に違反しているのである

だから何かあれば罰当たるとか地獄に落ちるとか世俗生活にあてはめるのである
それは経済生活でも病気でも不幸でも政治でもあらゆるものがそうなる
そこに合理的に解釈しないのである
戦争でも天皇が神格化されるともう合理的に戦争を見れない、負けていてもどれだけ人が死んでも日本は神国だから勝つとなり戦争をやめることができない
本当に一億総玉砕まですすむところだったのである、それが原爆でとめられたとまでなる日本の戦争の原因は日本側だけにあったのではない、アメリカ側にもあったから合理的に正当化されても天皇をもちだすと天皇は神だからとなりそんな合理的説明は不用だとなってしまうのである
政教一致になると批判許されない、それは宗教と権力がむすびつくから今の政権でも批判すれば神仏を批判するのかとなり逮捕される、警察権力とも検察も宗教の権威に逆らえないからそうなる

天皇とは何なのか?それより近代化してさらに太平洋戦争に大敗北して3百万人も犠牲が出たのになぜ天皇が継続されているのか?
それは国民が天皇を必要としているからだとなる、天皇を維持したいからだとなる
戦争でも天皇の責任とはしていないからだ、天皇は直接権力ふるうことはない、天皇は常に神輿であり権力者にもちあげられる存在である
すると戦争が負けたとしてもまた何か不備があったとしても天皇自体の責任ではないとなる、責任はその部下にあるとなり天皇自体にはないとなる
だからこそ天皇が近代になりまた現代でも継続されているとなる
天皇には何ら責任はないとなってしまう、それが不満で昭和天皇を攻め続けたのが都築詠一氏だったのである、それが最右翼なので理解しかねるところがあった

日本で天皇が継続されたのは島国だったからである、大陸のような国家だったらどうしても外国から攻められたりして必ず影響を受けて国自体が変化してしまう
日本では外国から攻められたことはモンゴルの時しかない、それが明治維新になって西欧化したのである、でも天皇は継続された、それも前よりも強固な天皇の権威で近代化した矛盾があった
ただ日本の歴史では天皇で国家が統一されてまとまるが分裂するとき南北朝時代のように国が乱れに乱れるのである、そこに天皇の効用があるとなる
ただ戦争中は天皇の権威と権力が結びついて戦争になった
つまり権威と権力は別物であるべきなのである、だから戦後は象徴天皇制になった
ただなぜ政教分離が日本で実行されないかというと神社側とか仏教側でも税金の問題があるから協同して反対しているのである
営利活動ではない宗教活動には税金がかからないからである
要するに金がからんでいるから宗教というのも経済が優先されるとなる
日々の暮らしにひびくから反対しているのである

もう天皇は祭司としての役目はない、なぜなら皇居内で田植えとか養蚕をしているがそれは農業中心の社会だと何か意味があった、これだけ工業化するとそういうことは意味を見出されなくなる、すると大嘗祭とか豊作を祈るとかの行事も意味なくなる
なぜなら世界と伍してゆくには工業化であり今なら情報社会でありIT化だとかなる
現実に原発でも農業でやっていけないから地元で積極的に誘致したとなるからだ
その東電の株を天皇ももっていたというからこれも矛盾しているのである
東電の株の方が大事となっていたのである

とにかく国家の統合形態として権威と権力を分離することは優れていたというのは確かである、権力は必ず絶対的に腐敗するというより権力を持つと人間は腐敗する
それは中国をみればわかる、人間は権力をもつと悪魔にも変身する
権力と宗教が一体化したカトリックでもそうである
権力の魅力があまりにも大きいからである、それは金に支配されている現実をみればわかる、今は金が最大の権力になっている、それで常にロスチャイルドがどうのこうのとか陰謀論になるのである

ラグビーで外国人と一緒に君が代を歌う時何か感動する者があった
君が代の歌はともかくこの音楽がなんともいいのである、何か極めて日本的なのである
他の国家は何かそうした国を感じないのである、そもそも今回出場した国は大英帝国に支配された国でありそれが独立した国と思えないのである、南アフリカでもニュージランドでもそうである、オールブラックは原住民が入ったいたとしてもイギリスに支配された国である、ただスコットランドとかあると薊(あざみ)の伝説があるように国の歴史をもっている
イギリス自体は古い歴史をもっている、でも他の国はそういう歴史をもっていないのである
日本は二千年とかの歴史がある、ずっと独立国としてあった国なのである、そしてヨ−ロッパの列強の植民地にもならなかった国であるからそこには誇りをもっていいとなる

とにかく自分は石とか岩とか詩のテーマにしてきた、だから君が代はその岩を音楽化したものをう感じる
なんとも深く内面にひびく深い思想性を感じる、「静けさや岩にしみいる蝉の声- 芭蕉」にも通じるものがある
何か心の中に深くしみいってくる、日本の大地から静かに湧きあがってくる力を感じる
土着的な力を感じる、音楽には疎いが何か音楽は一つの光景を浮かべる時がある、リズムもあるのだがクラシックだと山と海とか大地とか森とかをイメージするのである、君が代には国歌として土着的なものを感じるから優れていると思う
そういう音楽はやはりその土地から歴史的伝統から生まれる、それが文化だとなる
天皇はそうした日本の歴史的文化的伝統の存在である、それは権力と違ったものとして日本に継続されつづけてきたともなる

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次の代即位の礼や金木犀

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宮殿正殿の松の間に高御座に鳳凰があり金色に輝いていた、
黄金の高御座である、ちょうど今咲いている金木犀のイメージになっていた
つまり新しい時代を担うことになるが経済の時代から文化の時代になる
金木犀のように文化が華咲く時代になる
令和とはそういう時代になる 

何か日本の儀式でも命日とかが花でもって記念される
きにち【忌日】というのがありその人を記念する
ただ名前がきにち【忌日】とされるのは俳句界ではある、母は苦労したから冬紅葉忌としたとのである、冬紅葉になると母を思い出すからである
何かその人にふさわしい花とか何かあり忌日としている

今回は金木犀が今咲いているからふさわしいと見た

それから虹がたったということも縁起がいい、この時に立つことが不思議だとなる
やはり天皇の即位の礼は日本の美とか伝統を示している

次の代即位の礼や秋の虹

虹がこの時かかったというのも縁起がいいとなる、雨が降っていてそれが即位の礼の時
雨がやんだ、何か吉兆だともなる、秋の虹ということにあわしいともなる
秋の虹だと何か落ちついた感覚になるからだ

posted by 老鶯 at 12:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層