2019年10月01日

原発の汚染水問題の判断の難しさ (大阪で海に流すことは痛みを分かち合うことになる)


原発の汚染水問題の判断の難しさ

(大阪で海に流すことは痛みを分かち合うことになる)

汚染水を大阪に流すという提案は悪いものではない、福島だけにすべてを押し付けるのは納得いかないからだ
だからあえて大阪で汚染水を引き受けるということはなかなかできないことである
だからこれは評価できる、でるできないにしろそういう気持ちを大阪でもてってくれたということである
実際は東京湾に流すべきものなのである、東京が一番責任があるからだ

とにかく原発というのは様々な問題がからんで複雑なのである
第一原子力からして核からして素人は立ち入れることができない
それで汚染水を海に流したらどのくらい影響があるのか?
それ自体素人にはもう判断できない
なぜなら科学者でもトリチウムすら非常に危険だという学者もいるしまたそうでもないという人もいる、ただ汚染水の中には他の核種がありプルトニウムなどがあるからそれを排除しないと危険だとしている
それは反対する者でも賛成する者でも一致している

ただ原発となるとこうして汚染水問題でも科学者でも判断が違ってくる
すると素人はますます判断できないものとなる
そして科学者でも実際汚染水を海に流してどれだけの影響があるのか?
それも定かではない、科学者もわからないのである
それは結果をみないとわからない、何十年後かに影響がでるとか遺伝子に影響するとかなるとますます判断しにくくなるのである
そしてすべてが科学では判断できるわけではないのである

経済(利益)判断〉政治判断〉科学技術判断〉司法判断〉生態系生業判断

つまり原発は最初から経済(利益)判断で作られてきたのである
そこに何兆円という国家規模の予算が投入される、だから湯水のように金が出る装置だったのである
その経済的効果が大きいから自治体でも誘致する、福井の高浜原発でも小さな町でも1600人くらい人口が増えたとなる、この辺でもそのことを書いた、浪江町で二万人いたのも原発があったからだとされている
漁業権を東電に売り渡した結果、船主は原発御殿を建ったとか大熊町長は津波で5億円入った金庫が流されたとか噂になった
そういうことは今回福井の原発でも自治体から関西電力の幹部から地元の建築土木会社に金が回っていた、つまりそうして原発マネーというのはあまりにも大きいものだったのである、その金に人々は魅了されて狂わされたのである
事故後でも今度は多額の補償金が支払われてもめたりその金がギャンブルや女性のために使われたりした、そこで復興などない、その金がの額が大きいから復興とかはただ家族のためとか個人のためにしかない
それでその補償金でかえって自治体から若い世代が流出して崩壊するようになった

南相馬市というと原発から離れているからそんなに関係していないとみていたが本当に原発で働いていた経験のある人が本当に多いのである
それだけそこはいい働き場所になっていたのである、給料でも三倍くらいになるとかなるそして今でも東北電力の原町火力発電所はこの辺では大きな経済的効果をもたらしているのである

人間は今は特に経済(利益)がどこでも最優先される、それしかないのである
それで小高の腕のいい大工さんでも小高に東北電力の原発ができるということで景気よくなると喜んでいたのである、それは南相馬市でも経済的効果が大きいから反対できなくなる
原発立地自治体ではみんなそうなっているのである、別に事故が起きなければ金になるからいいとしかないからである
つまり経済的利益判断が最優先なのである、次に政治判断があり科学技術判断があり司法判断とかとかある
最後に生態系判断とかになる、その生態系判断というとき一次産業である
漁業とか農業とか林業とか自然と結びついた産業である
でもそれは一番無視されていた、それは今は金にならないからである
結果的にその生態系に依存する生業が一番被害があり放射能汚染で土も水も空気まで汚染されて住めなくなったのである

また原発で非常にやっかいなのは政治的判断というとき背後にアメリカがありアメリカの指示で原発は決められていた、それは日本がアメリカの属国の立場にあったからである
その圧力がありそれが政治判断となる、それは科学技術判断より優先されていたのである第一アメリカでも古い型の原子炉を日本に売りつけたということは経済利益優先でそうなったからである
今の社会は本当に経済(利益)優先になる、地銀でもゆうちょでもそうだった
もうなりふりかまわず投資信託でも売ればもうけになる、毎月分配型とか仕組みとして作られたのはごまかすためである
月々利子が給料に入ると錯覚させられるものだからである
それは元金から魅かれていたのである、そして確実に手数料だけはとれる絶対に地銀とかでは損しない商品だったのである
こうしてあらゆるものが経済{利益)優先で歪めれているのが現代の資本主義社会だとなる

そもそも安全より経済(利益)判断が優先されて事故になった、コストカッターの東電の社長がそうだった、それはみんな安全よりコストカットが優先される
社会全体でそうなっている、それに歯止をかけるものがいない
司法というけどこれもあてにならないことが判明した
裁判でも東電と政府側につき政治判断になるからである、司法は公正な権力を監視する役目だがそれもできなかった
原発に関してはできなかった、なぜなら検察はアメリカの指示で動くという時そうなる
原発というのは他の産業とは違って国が深く関与しているからそうなる
政治判断が優先されるのものだったのである

ともかく大阪で汚染水を引き受けて海に流すということはやはり責任分担であり痛みを分かちあうということで好感をもった
たしかに科学判断が私にはわからないにしてもそういう責任分担をあえて引き受けたことである
つまり原発は日本国土を汚すものだということを知らしめたということである
それは国家全体の責任だから分担することになる
原発というのは一地域の問題ではないのである、日本国土の問題でありまた世界の環境問題にもなるから一国だけのも問題ではないのである
だからあらゆることに関係してくる、総合的なものとしての判断が必要になる
ただそうなるととても一個人では手に負えないものとなる

でも何を最優先さこせるべきなのか?

やはり科学技術判断なのか?これにしてもどれくらい放射性物質が海に流されて影響するのか?それが素人には判断できないしまた科学者でもその結果がどうるなのかは判断できない、そうなると誰も確かな判断はできないとなる
ただ何が起きるかわからないものだから危険が予想されるから流すなとはなる
でももうタンクが限界だというときどうするのかとなる
だから大阪でも政治家の政治的判断がありそれを優先させるべきだともなる
科学者だけで確実に判断できるものならいいが実際には科学者でもできない
となると最後は政治的判断になるのか?
何かそうして原発の問題はもともと作る前からアメリカとかかわり政治的判断がありそれが優先されてきたのである
その結果が事故につながったともなるのである

posted by 老鶯 at 06:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年10月02日

故郷の実りの秋


故郷の実りの秋 
                               

柿なりて代々の畑耕しぬ

秋の蝉朝に聞き入りいつもの道  

秋の蝉今日は聞こえぬ同じ場所

朝露の稲穂に光り野良仕事

夕日さしふるさとに老ゆ実りかな

橲原(じさばら)に山重なりて秋日没る

秋日さし橲原暮れぬ山の墓地


街道の松の変わらず道しるべ秋風吹きて坂越え来たりぬ

大海の波にゆれにつ鴎浮きまた飛びたたむ秋になりしも

丘の上に久しく立ちし樅の木の直しも実りに夕日さし暮る

ねんごろに故郷の女(ひと)と話しけり我が家ありて秋となりしも

礎(いしずえ)の祖(おや)あり成りぬふるさとの実りなるべし陽は山に没る


最近土手の道の同じ場所に座る、すると必ず蝉の声が聞こえた
しかし昨日も一昨日も聞こえなかった
つまり秋の蝉の声は聞こえなくなった、これは季節が変わったことである
蝉の声が聞こえないことで何か深い余韻がそこに残る
それはいつも同じ場所にいたからそうなった
ここ十年は介護して旅もしていないから同じ場所回っているからそうなった

ふるさとの実りはいい、この実りがないと秋という感覚がなくなる
橲原(じさばら)に行ったが実りが一区画くらいしかないのが淋しい
草ぼうぼうなのである、何か人間の営みは自然と融合しているとき一番美しいのである
だから形だけでも実りがあり畑でもしている人がいると自然も活きているのである
一区画しかなくては淋しい、山の墓地も何か秋の日がさしていい感じになる
そういう場所に眠りたいとなる

何かその場所場所には個性がありそこに暮らしがあるときいいのである
だから限界集落が消失するというとき淋しくはなる
ただ農業だけではもう暮らしていけない、第一どこでも農業だけで暮らしている人は本当に田舎でも少ない、勤めている人が多いからである
でもなにかしらそこに生業(なりわい)がないと自然も活きてこないのである 
橲原とかは奥座敷という感覚になる、場所としていいのである
山に囲まれた狭い地域だからそういう感覚になる

だから観光とかなるとその場所の特性を活かすことなのである
私は何か場所にこだわる、地形にこだわる
観光なら陸前浜街道とこうした山の地域を活かすことである
一日でも浜街道を車を通らないようにしたら昔が甦る、ただ日立木から相馬市の城跡までである、あそこは昔の街道が残っているからだ

実りという時、それは稲穂だけが実るのではない、それが心に反映される
だから田畑でもそれを食料とだけみるが文化的実りもある
実りは祖(おや)がいて実りがあるとなる

話するのは故郷の老いた女性である、その女性は話だけはうまい、でも腰がいたいとか何もできない、ただ話するだけである
でも年取ると実は話することが仕事にもなる、昔を語ることが仕事となる
昔話とかは老人が孫などに語り聞かせることからはじまったことでもわかる
何かを経験でも伝えるために話する、何か人と話する時、活きてくるものが自分自身思った
ちょっとでも相手と話すことでわかることがある、おそらく今の時代は語りの時代になっているのかもしれない
youtubeなども個々人の経験の語りなのである、それはマスコミとは違ったものである
語りとなると必ずしも大勢に語ることではない、知らせることでもない
対面的になるからだ、そこで多様性が生まれてくる、そういう時代の変化としてインタ−ネットとか生まれたとなる
インタ−ネットでも個々人の語りだからである

ねんごろとは

1 親密になること。

「おまへは貧乏神と―してござるかして」〈浮・禁短気・一〉

2 男女が情を通じること。

「此のお夏は手代と―して」〈浄・歌祭文〉

日本語も不思議である、ねんごろとはねむころから生まれた、寝るとなるから男女が情を交わすことである
日本語の語源を探ると何か日本の文化が見えてくる




わたしは待っている

I am waiting for you

わたしは待っている
あなたの帰るのを待っている
木の根のように
わたしはその土地に根付き
あなたを辛抱強く待っている
帰って来いよ
あなたのふるさとに
あなたを待つ人がいる
死者もあなたを待っている
ふるさとは荒れ果てていいの
あなたのふるさとはどこなの
わたしはふるさとに根付いて
一本の樹のように
あなたを待っている
帰ってこいよ
あなたはここに育った
あなたはここにはぐくまれた
愛する人がここにいた
深い愛がここにはあった
わたしはここに根付いている一本の樹
その根元に藪甘草が五六輪咲く
わたしはここに待っている
あなたが帰ってくる日を
辛抱強く待っている
わたしはここの土地を離れない
わたしはここでこの土地に朽ちてゆく
それでもわたしはあなたを待っている
辛抱強く待っている
わたしはここに生きてきた
ここを離れてわたしの生きる場はない
人はある場所に深く根付く
そこを終の住処と根付く
人も石や樹と同じだから
そこに人は安心立命する
あなたの思い出はここにあり
ここにまた生は受け継がれ
また新たに織りなされてゆく
わたしは待っているいつまでも・・・


これは前に書いた詩だけど読み返していい詩だった、これも忘れていたのである
何か自分の書いたものでも忘れていてもう一度読み返して感心しているのも不思議である
いいものは何度読んでもいいということがある
そういうものが古典として残る
時流的なものは一時的なものとして消える、それが百万人読んでも消える
なぜか芭蕉の俳句などはこれだけ時間がたったのに味わいをましている不思議である
そこに何か深い芸術性がありそれがかえってこれだけ時間を過ぎてもかえってそれが価値をましているのである


物の消費から語りの文化の時代 (多様化個性化地域化の価値の追求)


物の消費から語りの文化の時代

(多様化個性化地域化の価値の追求)

技術から情報へ、経済から文化へ、ハードからソフトへの比重が移ります
こうして二十一世紀のわが国では経済のあらゆる分野で「意味」や「文化」、つまり「コトバ」や「デキゴト」の「コト」のしめる比重が急増していくことです
(日本はなぜ縮んでゆくのかー吉田隆彦)

明治以降は西欧列強に対抗するために強力な中央主権国家が必要だった
それで標準語が作られた、方言でぱ通じにくいからそうなった
その時、国の訛りとかは消える、でも方言にはあったかさがある
情的なものがある、だからこそ国の訛りなのである

明治以降は中央主権国家手あり富国強兵を国是とした、日本人が一眼となって欧米列強と対峙しなければならなかったからである
それは太平洋戦争までつづいたのである
戦後また日本は今度は規格品の大量生産時代でありそれで高度成長があった
日本は別に技術的に特別優れていたのではない、ただ誰でもできることを先んじて
世界でしただけである
何かアメリカのように発明したわけではないのである
日本には発明することがない国である
ただ大量にいいものを規格品を作るに向いていたのである
そもそも日本というのは人間自体大量規格品であり同一化同質化しやすい国だから
大量にいいものを作るのは向いていたのである

でもそうした大量規格品を売る時代が終わった
そういうものは今でもテレビでもパソコンでも韓国中国で造れるしかえって日本はスマートホンとか通信分野で後進国になっていたのである
日本ITでは後れをとった、そしてこの情報化社会というのは何なのか?
それが今具体的にいろいろ問われる

新規農業者が語る農業の講義が面白い、今でも野菜は大量に規格品を出している
でもニンジンにしても多様なニンジンがある、他でも野菜でも多様な野菜がある
それはスーパーには売っていない
そこが小規模農業の狙いだとしている、それもやはり多様化ということがキーワードになり未来を示しているからだ
実際は農業でも8割は大規模農家で生産しているものが市場に出ているから同じ規格品しか出てこないのである

だからこのyoutubeで何が変わったのか?農業を語るということである
農業が実際にしている人が語ることができる、その語りでもやはり経験していないとできないのである
youtubeになると個々人がいかに語りえるかである
その人の経験が売りになる、それは底辺労働者でも非正規でもその労働現場を語ることでなるほどと思った、そういう情報はマスコミからは今まで出てこなかったのである
マスコミは中央集権的情報装置であり個々人を相手にしていないからだ
そしてマスを大衆を相手にして視聴率を稼ぐことだからである

それは県単位の新聞でも雑誌でもそうである
むしろ市町村単位の情報もありそれが放送されない、一部されても市町村単位放送局はないからだ
ただyoutubeだと個人単位でも放送局になれるということである
だから個々人の語りの時代になったのである
その語る人は特別な人ではない、マスコミによって選ばれた人ではない
マスコミではマスコミに適応する人しか選ばないからだ
それで武田邦彦氏が科学者だから個人放送局として見る人が多い
そこでも自分を語る場となっている

人間は何かしら語ることをもっている、特にある程度の年になると何かしら経験しているから語ることがある
だから平凡な人でも私が話を聞く、するとそういうこともあったのかと新鮮なのである
東北電力の建物はいつも見ている、それは高いのである
それでその中で働いていた人が階段を上り下りして荷物を運ぶのがつらくてやめたと聞いた、その階段が外から見ても高いのだから相当に高いとなるからそうなのかと納得した
たこうして人の話をいろいろ聞くことは知見を広めることになる
特に私は郷土史をプログで発信しているので郷土のことをトータルに知りたいから余計にそうなる

現代は語りがなくなった、人と直接語ることが少ない、スーパーでも語らずに物だけを買う、でもこの辺でも小さな地域の市場がありそこだと必ずその物について語られる
こうして育てたとかこれはこうだからいいものだよとかなる
ただ地域の市場はかえって高くつく、トマト一個でも400円したとかなる
それは特別なトマトだからである、安く大量に販売するものとは違うからである
ただ市場とは物をやりとりするだけではない、人間が交わるところでありそこで情報を交換するとか結婚相手を見つけるとか楽しむ場でもあった
特に遊牧民だと暮らしている範囲が広いから集まることができないから市がたつことは年に何回とかにもなるとしたら貴重な出会いの場だったのである

ねんごろに故郷の女(ひと)と話しけり我が家のありて秋となりしも

この女性とは話するためにだけあるようなものである
話がうまいということもある、ただ老人になるとやはり話すことが一つの仕事になる
昔を語ることが仕事になる、それで戦争のことを姉から認知症になっても千回語りつづけて効いていたが嫌になった
それは語りが同じことのくりかえしだからである
もし同じことでも語るとき何かまた知らないことを語れば違っていたのである
語るにしてもいろいろ語ることがありそれによってまた新たな発見がある

ふるさとを語るというときこれほど私がプログで書いているかというと津波や原発事故でその語ることが膨大に増えたからである
この辺ではみんなその苦労話を語ることになるからだ
それは十年過ぎてもその語ることはまた新たにある、津浪や原発のことはそれだけ広範囲であり重大なものだったから歴史的事件だったからそうなる
それは戦争とにているのである 

いづれにしろ語りの文化というのは稗田阿礼からはじまり長い、庶民の文化は語りの文化である、文字にしたのではなく語ったのである、文字を作ることは相当な高度な文化である、でも語ることはしゃべることは原始時代からしていたのである
それで地名という時、音が基本でありそれに漢字をあてたのである、それで漢字を見ているとどきうしても誤解が生まれているのである
語りという時江戸時代でも語りである、落語でも講談でもその前の盲人の琵琶法師などでもそうである
第一通信が発達しなければ娯楽でも芸能でも直接芸を見せなるから直接語ることとにている
語るということはしゃべることは常に日常でしている、だからそれが芸になる、歌はとはそもそも訴える(うったえる)→歌になったからである 

ヤップ島が石の貨幣として有名であるがそこで石の貨幣が運ぶ途中で海に沈んだ、その石を引き上げる苦労が語られる
するとその石の貨幣は価値が高くなる、つまりそれだけ苦労して引き上げたからだとなる
つまりストリーに価値がある、貨幣というのはただの交換する道具だとなるが実際はストリーがある
でもそのストリーが省かれている、語られることが省かれている
こういうことが何か不思議に思えるけど人生そのものを考えると人生は最後は物語になる、ヒストリーになる、ストリーが歴史なのである
すると語られことによりその物語により人生の価値がある、有意義な人生とは常に語られる人生だからである
だから英雄譚とかそうした人生で常人のできないことは神話とかとなって語り継がれてきたのである
まさに人生というのは語られるべきものがあるときその人生に価値があったとなる
あなたの人生に価値がないというとき語られるべきものがないとなる
いくら大金持ちでもそこに語られるべきものがないと価値がないとなる
死んでから百年後でも語られるものは価値がある、芸術でもそうである
それは延々と語り継がれているからだ


ともかく語ることは文章にするのとは違って全人間的行為なのかもしれない、そして語る時話す時効果的なバックグランドが自然でもあることである、自然を語る時その自然そのものがあれば具体的に言葉も活きてくるからである
本を読むにしても言葉だと文字だとイメージすることが不可欠になるが戸外で話する時はその言葉そのものが具体的にあるから話がはずむのである、どういう場面で話しているか実感するからである
語る時は必ず表情とかもみるし感情もでてくる、だから語ることはメデアを機械を通して語るのとは違う、インタ−ネットとかでもそこで語るということは直接ある場所で語ることとは違ったものになる
だから文字だけでやりとりするというパソコン通信は今までありえないことでなじめなかった
ただ語るとしても対面的になると語る人が限られるから広い知識は得られない、でも人間の基本的コミ二ケーションは語ること話すことなのである

だから本当は旅でちょっとでも土地の人とその場で話すると活きててくる、ただ私自身はしていない、旅は急いでいるから何か土地の人とも話せないのである、そして今はスマホを見ているから余計に土地の人と話しないのである
それは旅でも急いでいるからそうなるのである、土地の人に道を教えてもらうにも手間になるから土地の人も道を正確に教えないのである、適当にしか教えない、だからスマホの方がいいとなっているのだ  
その点柳田国男は土地の人と語ることが上手で口碑を文字で残した物より語られたことを重視して民俗学を起こしたのである 

ただ話すこと語ることは消えやすいのである、その証拠が自分自身書いたものを忘れている、プログでも十年以上していると過去に書いたものを忘れている、そしてこんなことを書いていたのかと自分で書いたものを読んで感心しているのも不思議である
だから話したりすることでもそれを文章にして残さないと消えてしまう、文章にすると長く残るのである
そして人は次から次と死んでゆくとき残るものは何か?その人が書き記したものであり本とかなる
それだけ世の中を生きることは常に忘れられてゆくことである、一つの墓が墓地に倒れていた、名前も記されていても名前だげであるその人について知りうるものはなとはなにもない、その倒れた墓石が何か人間を人生を語っている
その墓石は人間なのである、倒れてしまって死んで帰らぬ人となった人間なのである
最後になんとか名前を残しただけだとなる、ただ石に記せばそれは長く残るのである    

ヤップ島が石の貨幣として有名であるがそこで石の貨幣が運ぶ途中で海に沈んだ、その石を引き上げる苦労が語られる
するとその石の貨幣は価値が高くなる、つまりそれだけ苦労して引き上げたからだとなる
つまりストリーに価値がある、貨幣というのはただの交換する道具だとなるが実際はストリーがある
でもそのストリーが省かれている、語られることが省かれている
こういうことが何か不思議に思えるけど人生そのものを考えると人生は最後は物語になる、ヒストリーになる、ストリーが歴史なのである

すると語られことによりその物語により人生の価値がある、有意義な人生とは常に語られる人生だからである
だから英雄譚とかそうした人生で常人のできないことは神話とかとなって語り継がれてきたのである
まさに人生というのは語られるべきものがあるときその人生に価値があったとなる
あなたの人生に価値がないというとき語られるべきものがないとなる
いくら大金持ちでもそこに語られるべきものがないと価値がないとなる
死んでから百年後でも語られるものは価値がある、芸術でもそうである
それは延々と語り継がれているからだ




2019年10月03日

関電と東電の疑惑と不正の構図は同じだった (原発利権の闇は深すぎる)


関電と東電の疑惑と不正の構図は同じだった

(原発利権の闇は深すぎる)

 
関西電力幹部に渡った裏金は3億2千万円どころじゃない! 関電の隠蔽工作と高浜原発をめぐるさらなる闇

10年ちょっと前、関西電力が原発反対派の高浜町長の「襲撃」、さらには「暗殺」を下請け業者に命じていたという告発をされたことがあるのだ。この告発が書かれているのは『関西電力「反原発町長」暗殺指令』(斉藤真/宝島社)なる本。証言しているのは、1999年から2007年頃までの間、福井県の高浜原発の警備を請け負い、その暗殺指令を受けたという警備会社の社長と従業員だ。

 当時、関西電力内の高浜原発ではプルサーマル導入を進めていたが、これに高浜町の今井理一町長(当時)が強硬に反対。プルサーマル計画は頓挫し、そのまま数年にわたって導入が見送られ続けた

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原発については追及してきた、今度は関電で全く吹く福島と同じ構図で不正が起きていた暗殺まで計画されていたというから原発は利権にかかわり暴力団化していたのである
その利権が巨額になるから原発にたかることになる

原発がそもそもがやましいものだから不正に通じる

原発はなかなか自治体から受け入れられないものだから余計にそこで闇の勢力がはこびるその闇の勢力とは自治体の町長の助役が暴力団化していたのである
だから今になって前の高浜町長が原発に反対していたので見直されたとなる
その当時町長が原発に反対することは容易なことではない
なぜなら原発の経済的効果は自治体にとってあまりにも大きいものだったからである
それは土木関係とかで田舎は仕事になる、たいがい原発とみんな関係している
必ず南相馬市でも働いた経験のある人が本当に多いのである

地方はそもそも田中角栄時代に公共事業をして地方に金を回していたのである
その延長として原発があった、そこから回る金は事故後も除染に7兆円とか驚くのである今日の深層newsでもそれを放送していた、ただ日テレであり読売新聞だから原発を最初に日本に作った正力松太郎が創業者なのだからここも追求するにしても限度があるだろう、それで電気連合会のことを言ったとき口を閉ざした
つまりこの電気連合会(電事連)はマスコミではタブーになっているし前面に出てこないのである
そこから宣伝費が2000億円とかでていたからである
とにかくゼネコンに巨額の金がまわりその下請けに回る、そして地元の土建業者に回る
その金は検察までもまわる、それで検察では東電の幹部を罰することができない
天下り先として東電があるからだ
そのことを今になってマスコミで問いただしているのは国民の怒りがもう収まらないとなったからである
もう政府を変える革命すら必要にもなる、それだけ国家自体が放射能に汚染されただけではない、どす黒い金によって汚染されていたのである

この記事からすると福島県の前の知事の佐藤 栄佐久氏が失脚したのはそういう大きな力が上から働いたためなのか?
福島県のマスコミでテレビで連日プルサーマルについてしつこく報道されていたからである、知事が強く反対していたから目障りになったためだったのか?
高浜原発でも同じ構図だったからそうだったのかとなる 

とにかく自治体の町長の助役までが暴力団化して殺人まで指示していたということは怖いと思った
でも福島県でも同じなのである、巨額の利権で暴力団化する、利権に食いつき金を得ようとするのは同じだったのである
漁業権のことでも漁業組合が利権化して海を売り渡して東電から補償金をもらっていた
そして原発御殿が建っていた、助役はその御殿よりすごい邸宅だったのである
そして助役自体が関電を脅迫していたというのも驚きである

そもそも土建業者とかは何か怖いというイメージがある、また漁業組合でもそうである
漁師となると荒っぽいと感じるからである
それでまず事故前だったらそういうことを言ったら怖いと思った
本当に小さな地域では住めなくなると言ってきたがそれは高浜でも同じだった
ここは一万くらいの人口しかないのである
そして人口が二割くらい増えたからその経済効果が大きいから反対することはできなくなる、だからどうして前の町長は反対したのか不思議だとなる
富岡町長の5億円入った津浪で流されて探してくれと頼まれたとかあった
自治体にもそうした巨額の金が回っていた
でもなぜ助役はそんな力をもったのか?議会とかもあり承認を得なければならないはずだがそれも暴力団化していて機能しなかったのか?
また議員にも金を回っていたのかともなる

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

ここでも同じである、土建業会社でも漁業組合でも地域では力をもっている
一種の暴力団化することがある、この人たちににらまれたら地域で住めなくなると書いてきた
とにかく何度も言っているけど原発は国家ぐるみの犯罪と化していたのである
検察もその国家犯罪を裁くことはできない
なぜなら利益を得るからできない、つまり検察にも助役から贈り物が贈られていたとなるからだ、共犯者だったのである
ただそういうことは津波の前に原発事故の前には隠されていたのである
これも税務署の調査でわかったのであり検察は関係していない
検察も国家ぐるみの犯罪に加担していたともなるから裁きようがないとなっていた
本当に東電の幹部が無罪となり堂々としていること自体がもう日本国家に正義も司法もないとなってしまっているからだ

だから検察はあてにならない、世論を喚起して裁かない限りもう日本国家は放射能で汚染されるだけではない、人心も汚染されて国も保てなくなる
新しい日本国家再建をする革命すら必要になっているのかもしれない
ただそれは容易ならざることである
それは地元でもその恩恵が大きかったからである
だからその地域でこうした暴力団化した地域のボスに逆らうことはできないとなっていたのである

何かこれが江戸時代の悪代官とかの時代劇とにている、人間はこれだけ科学技術が発展して情報が自由になっていも実際は変わっていない、同じように人間は欲によって不正が行われている、つまり上級国民は何もしないでも得する仕組みは変わらなかったとなる
そして上級国民は罰することができなというときもそうである

一体誰が罰することができるのか?

国家ぐるみの犯罪はもう罰することができないのである、原発そのものがなにかそうした国家的犯罪を内蔵していた、そういうやましいものだった
それは原子力とか核とかがかかわり核武装するためだとかアメリカの意向だとかかかわりアンタッチャブルになっていたのである
そのアンタッチャブルから事故が起こりまた関電の不正が暴かれたのである
ただこのような国家的犯罪は裁くことはできない、のうのうと東電の幹部は無罪になっているからだ、検察もグルのだからうにもならない、検察はいらないとまでなる
国民は怒るべきなのだがその大きなものに対して対抗できない

「そのまっくらな巨きなものを/おれはどうにも動かせない/ 結局おれではだめなのかなあ」宮沢賢治

この闇を作り出すものは何なのか?賢治の場合は閉鎖的な田舎のことだった
この闇の世界はアメリカとかもからんだ余りにも大きなものだったのである
なぜなら検察はアメリカの言う通りに動くとか言われるからだ
検察自体がそうなると原発に関してはアンタッチャブルになる、また国内にしても電気連合組合は強力でありそこは労働組合も関係しているというとき左翼も関係しているから追求できないとなる
野党も原発に関しては追求できないのが日本なのである
そして東電とか電気連合組合から2000億円もの金がマスコミに宣伝費として出ていたのである
その額も大きいから批判は封じられていたのである

原発は放射能で日本の国土を汚染しただけではない、その心まで汚染したのである、それが深刻だったのである
その闇は深くは金の額でもまだまだ明らかにされていない、それだけ巨額の金が動くのが原発だったのである

ブルータスお前か-関電お前もか

こういうふうに次々に原発に関しては同じことが起きる、権力闘争でも起きる、それが人間の業(カルマ)だからである


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underground world (地下の世界)


underground world (地下の世界)

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chainese underground palace

2019年10月04日

山形紀行(地理的境を知ること-俳句十句)


山形紀行(地理的境を知ること-俳句十句)


       (春)
山形やトンネルぬけて残る雪

水清し対面石に残る雪 

     (夏)
     
影深く苔むす磐や蝉の声

  (秋)     
    
山寺に清流ひびく朝の菊

山寺や巌に菊や流れかな

山寺や清流ひびき秋の星 

水清し対面石に朝の菊  


鈍きかな山形城に秋の雲

城一つ境の山越え秋深む

踏み入りぬ落葉の厚く磐司巌

みちのくの記憶の行跡落葉踏む

山小屋の岩風呂浸り窓に月 

  (冬)
  
馬形や新雪清し朝に踏む  


東北の風土でも福島県自体がわかりにくい、ハマ、ナカ、アイヅと三つに分かれている
そこで風土が違う、浜通りは雪はほとんど降らない、会津は冬は雪に埋もれている
中通りは雪はそれなりにふる、でも夏は蒸し風呂のようになり福島市は暑い
そしてその阿武隈高原を自転車で越える時、海から涼しい風が吹いてきた、その時ほっとした、浜通りに向かっていたのである
冬は底冷えするように寒い、それで阿武隈高原が境となり分かれる
飯館村は高原であり夏は涼しい、冬は寒い、そこも伊達藩との境目である
境とはなんらか季候も風土も変わる、会津はもともと別の国だった
一つの風土と歴史をもつ別の一国だった  

この境を注目すべきなのだが現代は交通が発達した結果、境の意識が薄れる
感じなくなる、峠を歩いて上ったから峠を越えたら別な世界に入るという感覚になる
飯館村の八木沢峠は高いからそうである
それは福島市の方からくれば峠から海が見えるから感覚に違ってくる
峠を境にして景色と風土が一変するのである
ただ今は県単位で境を意識することがむずかしい
県は明治以降作られた人工的な区割りである、福島県は広すぎる、会津は別な一国として風土でも歴史でもあるから不自然だったのである

境でわかりやすいのは山形県と宮城県の境である、面白山のトンネルは長くそこをぬけると山寺になり山形なのである、それで春でもいつも雪が残っている
それは関ケ原を越えると近江に入りそこで春になると風土と景色が一変する
そして不思議なのは近江の湖西から東を見るとそこから太陽が昇るのである
関ケ原は東西の境なのである

関ケ原越ゆるやいつも残る雪

湖西より東(あづま)を見れば陽の昇り秋の日あわれ高島にをり

このように国境を意識する、東から西国に入る境目が関ケ原でありここで関ケ原の東西の雌雄を決する場所になったのも地理からわかる
歴史も地理から作られるからそうなる

東北も住んでいてもなかなか風土となると地理がわかりにくいのである
それは県単位ではわかりにくい、ただ宮城県と山形県はわかりやすい方だろう

陸奥みちのくをふたわけざまに聳そびえたまふ蔵王の山の雲の中に立つ(斎藤茂吉)

これは宮城県と山形県を分ける山である、福島県となると広いからそうはならない
あくまでも宮城県と山形県を分ける山だとなる
ただ福島県でも私の住んでいる浜通り、相馬地域から蔵王が見えるのである
だから蔵王の見える範囲がありそれが成り立つともなる
ただ浜通りだと阿武隈高原によって分かれている

山形県というとここも風土として歴史も形成されてきた、山形県は大学時代、アパートの上に住んでいた人が山形県だった、何か訛りが強い、東北弁は共通している訛りがある
でも何か濁音が強く濁っている、それは津軽弁がそうである
東北弁でもみんな違っている、第一仙台弁が語尾にだっちゃだっちゃというのが本当に変わっている、普通はこの辺でもんだんだになるからだ
だから宮城県は東北ではないというのもわかるのである

とにかく面白山が宮城県と仙台の境である、そのトンネルを抜けると雪国だったとなる
山形も雪が深い場所である、日本海側になるからそうなる
山形県でも広いから日本海にも面しているから全体的に知ることはむずかしい
ただ山形県は一つの風土と歴史をとして見やすい、わからないのは秋田県である
ここは何か一つの特徴が感じられないのである
岩手県でも青森県でも一つの風土歴史として感じるものがあるが秋田県には感じないのである

なぜ風土がわかりにくいのか?それは宮城県とか福島県側の浜通りは大平洋に面しているそれは同じ海でも日本海とは相当に感覚的に違うからである
第一毎日海から太陽を昇るのを見ているのと海に沈む太陽を見ているのは正反対だからである
山形県でも山形市に入ると城がある、最上藩の城がある
それはいつも鉄道の脇にあるから意識されやすい、この最上藩で面白いのは京都の秀吉の伏見城に隣り合って最上藩があり伊達藩の屋敷があった
そして最上町が町名として残ったのである、これも山形県と宮城県の伊達藩が隣り合っているからこうなった、だからこの時相馬藩とかないのだから最上藩は古いとなるのだ
ただ秀吉の時代に相馬藩は石田三成が相馬地域に来ている
それで三成の旗印が野馬追に出ているのである
だから秀吉時代から関係はあった、名前も三成の名前をもらっているのである

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相馬藩初代となる利胤は、天正9年に相馬氏十五代相馬義胤の長男として陸奥国行方郡小高城で生まれる。慶長元年(1596年)元服の際に父義胤は石田三成に烏帽子親を頼み、三成の一字を得て三胤と名乗る。
これは義胤が豊臣秀吉の小田原陣に参陣した際に、石田三成の取り成しで本領を安堵され以来三成と昵懇であったためであった。

こういう歴史がある、風土と地理と歴史は一体だから総合的に見る
でも風土とかはわかりにくいのである、東北に住んでいてもそうである
山寺があるとする、でも馬形部落がありそこもいい場所である
新雪を踏んでそこに行ったことを覚えている
その奥を行くと磐次郎磐三郎伝説がある奥深い山に分け入ることになる
そこも上ったことがあった、何かそうして記憶の旅を続けているのが自分である
東北に住んでいれば四季を通じて行けるから風土でもなんとかわかる
遠くなると風土とか地理がわかりにくくなる、一回くらい行ってもからないのである
ただふりかえると私はどれだけ旅したかわからない、旅に明け暮れていたとなる
だから今でも旅している感覚になるのである
ただそこで問題なのは詩とか紀行文を書くにしても記憶をたどるからいかに記憶されているのかが問題になる
今になって山寺の馬形部落の新雪が心に残っていた、それは心を浄める雪だった
浜通りとか宮城県では雪のことがわからない、会津とかだとわかる
その雪が心の中に降っている、その記憶が大事なのである

山形の雪

心の中に雪がある
新しく雪がふる
この世の穢れを浄める
新しく雪がふる
それは原初の清浄の世界に戻る雪
その雪に浄められ浄土を想う
新しく雪がふる
心の中に雪がふる
その時心は浄められる
その雪は神の心である
神がこの穢土を浄める雪
もはやそこに雪しか見ない
一切は雪に隠される浄土となる

こんなふうになる、とにかく山形の風土も魅力がある
山形とか岩手県から詩人がでているが宮城県からは出ない、それは風土と関係している
福島県でも会津は一つの別の国であるが何か詩人が出ていない
まず中通りだと詩人は出ないかもしれない、会津は出てもいい名だたる詩人が出ていないのが不思議である
岩手県からは賢治とか出ているし山形県でもでている、斎藤茂吉は歌人だけで何か山形的なものを風土を具現化した人でもあった、でも宮城県となるとそういうものはないし出ないとなる
つまり人も風土と関係して生まれてくるのである
福島県だと会津であり山形県と岩手県と青森県は一つの風土と歴史を形成している
茨城県とかなると何か山が少ないし平坦であり魅力がないのである

私が探求してきたのは風土と歴史である、場所の魅力である
それにしても何か私は旅をした、その跡をたどり紀行文を書く、旅には事前に用意する旅→実行する旅→回想する旅がある
そして意外と回想する旅が最後に重要になる、なぜなら回想できなかったら旅しても行ったことにもならないからである
現実に団体旅行した人がどこに行ったかも覚えていないということがあったからだ
だからいかに記憶が最後に大事になるかである
記憶というのは別に旅だけではない、人生は最後に記憶になる
記憶したものが人生になる、そして人生が記憶されたものを天にもってゆくともなる
それも怖いものになる
だから青春時代を放蕩していたようなものは老人になって痛切に後悔する
その時はいいとしてももう清純な青春時代は返ってこないからである
その時ただ後悔と罪の意識に苦しめられるだけだとなる
それで金持ちがいいようでも放蕩したりするからこれも危険だと思った
貧乏だったら放蕩などできないからである

人間はなにしかしら必ず心に刻印されて残されるものがある、経験するものが心に残されそれがトラウマともなる、戦争を経験したものはそこで人を殺したりしら絶対に忘れることはできない、それがトラウマとなる
それで昨日風が唸り吹いた、その時思い出した
姉が認知症になり狂いが起きたことを思い出した
それから自分の家はガタガタになった、恐怖の連続だった、それを思い出したのである

我が家に風唸り吹き思い出す姉の病や秋となりしも

その時実際は12月だった、寒くなる時だった、そうなったとき冬であり風が家に唸り吹いたのである、だからそのことがトラウマになっていてその時を思い出したのである
このように人の苦しい経験とかも自然に反映される
本当にその時以来プログに書いたように苦しみの連続になったからである

とにかく山形県は魅力がある、ただ山形県全体となると最上川とかあり日本海がありわかりにくいとなる、ただ東北に住んでいる強みは何度もその場を踏めることなのである

われおもう ふるさとの水
ことごとく汝のふところに湧きけるを
そは生命の泉なりき
そそぎてものを稔らしめき
蔵王よ 蔵王よ
母のごといつくしみの頬を濡らす山

真壁仁

故国山水多清暉
日帰日帰尚未帰
一夜夢乗皓鶴背
遠向明月峰頭飛 

(斎藤野) 
 
         
これなどでも風土の影響のもとに作られた、水清しであり山国だからである
会津でも水清しになるからだ、どうしても水が清いのは山国なのである
それで米もうまいとなる、水と米が深く関係していて酒でもうまいのは山国だとなる   

参照ーやまがた文学風土記ー松坂俊夫













2019年10月05日

原発マネーの怖さ (高浜原発で起きたこと福島で起きたことは同じだった)


原発マネーの怖さ

(高浜原発で起きたこと福島で起きたことは同じだった)


断りを入れても、バッグの中に物品を無理やり突っ込んでくる。正直、怖かった」(関電関係者)。「歯向かうものに威圧的な態度を見せることもあった」(町議)

「偉大」「怖かった」高浜町元助役の素顔は

父は漁師だった。だが船が小さく、満足な漁獲も得られない。土木作業で日銭を得る毎日だった。

 町は小さな農村や漁村ばかりで、主だった産業はない。企業誘致もままならず、働き口を求めて若者は都市部に流出した。


人口約1万人の高浜町では、100億円ほどの一般会計のうち原子力関連収入が50%を占める


あの人に逆らったらこの地域で生きていけない

原発マネーは巨額なのである、この辺も小さな農村漁村であり零細である
それは双葉町や大熊町辺りはチベットだとかこの辺でも言っていて出稼ぎをしなくてもいい地元で働ける所が欲しいとして原発が建てられた
その時原発を誘致した実力者はやはり森山助役のように町の功労者になっていた
こういう土地で生活するとなるともう原発に反対できない
その原発マネーが巨額であり町の財政の5割が原発マネーだったのである
その波及効果も大きいのである

この辺でも小高の人だったが親に農業はするなと殴られたということを聞いた
それだけ農業だけではやっていけなくなった時代になる
漁業でもそうである、漁業だけでは成り立たない時代になっていたのである
それで今になるとおかしかったのは松川浦の漁師が魚がとれないとか売れないとか生活が苦しいとかプログで報告していたことである
それを見ていて漁業は苦しいのだなと見ていた
現実は補償金をもらっていたからそういうことはなかったのである
ただどのくらいもらっていたかはわからない、船主は高額で原発御殿を建てたとしていてもその他はわからないからだ
でも漁業組合には東電から補償金が入っていたから生活が苦しいとまではなっていなかったと思う

高浜町でも零細な漁業であり出稼ぎに出ていた、地元で仕事をして安定したいということがあった、その要望が大きいから原発を積極的に推進する森山助役の力が大きくなった

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

原発の経済的効果がこれだけ大きいからそうなる、この辺で南相馬市でも話を聞くと本当に原発で働いた経験のある人が本当に多いのである
それだけ原発は他の仕事より金なにからそうなった、必ず原発で定期的ではないにしろ働いた人が多いのである
その恩恵が大きいから反対できなくなる

国内初の「プルサーマル」(プルトニウムとウランを混合した燃料、MOX燃料を燃やす原子力発電)に固執する“高浜原発の天皇”。ことごとく“天皇”に反発する地元高浜町の町長……。「喉元を犬にくいちぎらせたれや」。“天皇”から、完全犯罪を命じられた警備会社幹部が町長を追尾する

これも怖い話である、プルサーマルではこれだけ連日福島県ではテレビで放送していた
それは関心がなくても毎日のように放送していたから覚えている
ただこの内容が良く自分はわからなかった
そして前の知事の佐藤 栄佐久氏が失脚した、それは渡部恒三議員が福島県のボスであり
その圧力がかかり何か他の弟の会社が摘発されて失脚した
その構図が似ているのである

原発の問題はそれが危険なのものでありだからそれを作るには何か正当なものとして主張できないからそこに闇が生まれる、闇の勢力にも頼るとなる
地元の人に正当に説得できないしそれもめんどうだとなり地元の有力者に頼る
その地元の有力者が森山氏だったとなる

田舎では土建会社が主な働き場でありそれが地方の実力者になる、するとそこで働く人が多いのだから逆らうことができなくなる、だから津波や原発事故で工事が増えて地元の土建関係はかなりもうかって豪邸を建てた社長もいるとなる
津浪の被害でも関係なく船主は立派な家を真っ先に建てたからである
原発マネーは莫大なのである、土建関係というときゼネコンでも除染の費用として7兆円とか使われたのにも驚いた、大手のゼネコンでもそれだけ金が国から入るのである
そして自民党の献金が大手のゼネコンから増えたとなる
つまりこれも原発マネーの還流だったのである

いづれにしろ今回の構図は福島原発と似ていた、それは原発そのものが正当に住民に納得させることができないものだからそうなっていた
それで国とか政治家でも官僚でも御用学者でも自治体でもマスコミでも一体として安全神話を作ったのである
それは絶対に安全だと言えないからこそ安全神話を作り上げて安全を強制されたのであるその根本にやましいものがあったからこそそうなったのである
そして住民に対しても原発マネーの恩恵が大きいのである
高浜町というとき一万とかの人口であり原発が誘致されて2000人とか人口が増えたことでもわかる、その波及効果も町の財政の5割が原発マネーだというときそうなる
もはや町全体が原発に依存するものとなってしまう
そうしたら原発に反対できない、そして森山氏に逆らうことはできなくなる

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

これが実感である、この辺でもそうである、原発マネーの恩恵が大きい、するとそれに逆らうものはこの辺では生きていけないとなっていたのである
ただ南相馬市とか大きいから事情は違っていた、それなりに工場とか会社はあったからである、すべて原発に頼るということではなかった、でもその波及効果は大きかったのである、浪江で二万人の人口があるというとき原発関係でそれだけの人口を維持できていたというのもそうである、浪江は隣が原発なのだから余計にそうだったのである

でも逆にこの辺では  

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない

原発事故で住めなくなった

まさか住めなくなるのがその住民になるとは思いもよらないことだったのである
そんなことを考えることもなかった、でもこれが原発事故が起きたら現実になる
もし地元に住めなくなるとしたらそういう危機感をもったらなんらか原発をなくても生きる方法を見出すだろう、故郷に住めないよりはいいとなるからだ
それで蝋燭でも家族で地元に住めるのがいいと言っていた人がいたのである

ただプルサーマルで暗殺計画までしていたとなると怖い
それは福島県でもそこまでいかなくてもそういう圧力がかかっていたのである

とにかく原発マネーを今度は関西電力の幹部に還流していたというのも何なのだろうと思う、その金を受け取らないと森山氏から脅迫される

なぜ脅迫されたのか?

それはやましいことが関西電力にあったからだ

だからそれは長い間そういうことが行われていたのである
原発というのはそういうものなのである、だから福島原発と同じ構図だったのである
原発マネーの毒が回っていく

そして金をもらうということはそれが具体的なカルマとなる
それでヤクザが金をもらったからと殺人までする、そこまでしなくてもいいとなるがやはり金をもらったということでそうなった
だから金とは怖いものなのである、金をもらえばいい、ただもうければいいとしかない
でも金を受けとったことがカルマとなり追求される
もし受け取らなかったらこんなことにならなかったからである

結局これだけの事故が起きても依然として原発マネーは力があり住民は危機感をもたない現実に地元に住めなくなった人たちを見ているのに危機感がないのである
人間は危機感をもてないのだ、それは津波でもそうだったし危機感が欠如するのである
それが人間の習性なのである、何もなければ何も起きないとなってしまうのが人間なのである
津浪でもこの辺で400年津波が来なかったから津浪はこの辺には来ないといんう確信までになって逃げないで死んだ老人が多いのである

いづれにしろ原発事故はまた必ずいつになるかわからないにしろ起きることは確かであるその時地元に住めなくなるのである、そういう危機感をもたなければならないのである
でも戦争でも70年無ければないと思う、それでも戦争が起きない保証はないのである
人間は個人的にも社会的にも何が起きるかわからないのである
その危機に備えることが必要なのである
でももし原発事故でもこれから30年起きなければ起きないとなってしまうのである
人間はそういう習性がありそれが大きな災いをもたらすのである




posted by 老鶯 at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

駅で島商会(shima)に行く名古屋の自動車販売会社の人と出会う


駅で島商会(shima)に行く名古屋の自動車販売会社の人と出会う

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ここは若い人が多い

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今日駅で会ったのはシャツにrukunetと印刷してあったので楽天なのかと思った
聞いてみたら名古屋の自動車販売の会社だった
どこに行くのかと思ったら(島商会)だった
島商会は中古の車をロシアとかに売っているこの辺では有名な会社である
松川浦からも車を出しているのか?
ウラジオストックに運びそれからロシアに鉄道で運んでいる
客船は新潟から出ているし自分も行ったことがある

名古屋だとトヨタがあるから車の販売があることはわかる
駅であったのはそうした会社の人も来る
一番来ていたのは津波や原発事故以後は工事関係者だった
今はあまり来ていない

東北電力の原町火力発電所にはドイツ人が来たり風力発電関係でもドイツ人が来ていた
風力発電はドイツが先進国だからである
その他東北サッシと友伸エンジニアリングの社長も来た、その人は神奈川とかに住んでいた、あとはタニコーの人も迎えに来ていた
鹿島区ではこのくらいの会社しかない

ただわかったことは駅に外から来る人で聞いてみると人の流れがわかる
どういう仕事で来たかもわかる、ただみんなに聞けるとは限らない
今回はシャツにrukenetと記してあったので聞いてみたのである

島商会はこの辺では大きい会社である、200名くらい雇っているから大きな会社である外国人も島商会に来たのを知っている、それは黒い肌の人だった
どこの国からわからないが中古車を欲しい人が外国から来る
日本の中古車は人気だからである
あそこも高い場所だったか津波が来て一部車も濡れた、でもそれより高い所に会社があったから助かった
あんなところまで津波が来るということの驚きである
そこは下を見ると平地とか見ると相当に高いからである
だから海岸は高いと思っていても今回の様な津波だったら被害になる
それで怖かったのは東北電力の原発工事が小高と浪江の中間点ではじまるところだったことである
それは今回の事故で中止になったのである
ただあそこの高台までは津波は来なかったみたいだけどどうなっていたか本当に怖かった

ただロシアは意外と北海道から近いとしてもなじみかない、交流がない
旅行もしにくい、ロシアは観光客を歓迎していない
その点韓国になると全然違っている、歴史的にも古代から交流がある
その差が大きいのである、シベリアとなると極寒の地でありそれも影響している
あまりにも寒いから強いウオツカのようなものを飲むほかないともなっていたのかもしれない

島商会は外国に中古車でも販売すると国際的な会社だとなる
それも立ち上げた人は地元のひとである、島という姓の人である
国際的だから前に英語のできる大卒の人が雇われていた
その人はすでに実務をできる英語の能力をもっていた
今は秋田国際大学が人気なのは英語の実務能力が身につくから就職もできるからである

ただこの辺は東北電力の火力発電所とそれから双葉大熊富岡の原発の経済効果が本当に大きかったのである、今でも原町火力発電所は働き場所として大きいのである
原町で働き場所がないと言っていた人はもしかしたら原発があればまたそっちの方に働きに行っていたかもしれない、15万ではやっていけないと言っていたからである
そういう人にとって原発があることは助かるから原発をやめろとか言えなくなるのであるただ原発事故でわかったようにそこに危険があった
住めなくなったということは何であれ最悪である、15万の給料でもなんとか生活していれば住めるとはなる、でもそれに賛成る人はいないのである
ただその人は原町火力で階段を上り下りがきつくなってやめたのだから働く場所はあった年取ってそれができなくなってやめただけなのである

2019年10月06日

身近な経済(地方の生活ーそこにも発見がある)


身近な経済(地方の生活ーそこにも発見がある)

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原町の道の駅で買った白い茄子




経済という時、グロ−バル経済に地方でも巻き込まれている、身近な生活というとき私は一万の町で暮らしている
とにかく買い物が仕事である、毎日二回くらいスーパーに行くことがある
そして買い物は種類が多いからむずかいしわからないのである
何があり何を利用していいかわからない、料理だけはだから今でもまともにできない
そして買い物でも失敗が多いのである

どういうわけかツルハのドラッグストアーで着るものでいいものを売っていた
パンツでも肌触りがなめらかなものであり気持ちいいのである
次に長袖のTシャツとかもなめらかで着やすいのである
それからポケット付きのスポーツタイプの長いパンツも着やすいのである
なぜポケットがないと困るかというとサイフが重いからである
そしてこれにはチャックがあるから落ちないので安全なのである
それが今まで発見できなかった
それで通販で買うことが多かったが手にとったりできないとかで失敗も結構あった
着るものはやはり実際に見て手に取ってみないとわからないことがある
だから通販がすべていいとはならないと思った

ツルハでは品物が少ない、本当に少ない、でも選ばれたものを着るもので置いてあった
そこで今は種類が多いからこうしていいもので安いものを選ばれてあると買いやすいと思った、一万の町では常に品物を見ていられないことが問題だったからである

今日は道の駅販売店で地元の野菜を売っていた、それも白い茄子を売っていたのに驚いた農Tube委員会チャンネルで小規模農業が生き残るにはこうした大量規格品でないものを栽培して売ることだと言っていたのこはこのことだった
現在の農業は実際は8割が一千万以上の収入がある大農家で生産して規格品を大量に出している、中小の農家はもう補助金農業とかなるから退職金を与えてやめさせるのがいいという人がいる、現実にそうした農家は高齢化でやめざるをえなくなっているのだ

それで知っている人の野菜を作る畑の前は病気になり死んだ、その隣も老人が車にのせられて這ってしていたが力尽きて放置された
それで土手の道の前の畑は半分が荒地化している、原発事故以後放置されるようになったのである
第一草刈るだけで頼んだら何万とかうなってもらのうにいくらだとか金食い虫になっているのがその畑である
その金を自分が払っているからそんなことしなくてもいいとなってしまう
小さな畑とか趣味でやるにも金がかえってかかり収穫はほとんどないのである
それでキュウリ一本一万にもなる、もらったのは数本のキュウリだけだったからである

それで奇妙なのはその川岸の土手の道にウサギを見た
そこは街が近い場所だから普通は出ない、ただウサギはちょっと街から離れた所でもみかけた
ではなぜウサギが出て来たのか?
それは川岸の前の畑が半分くらい荒地になってその草ぼうぼうの荒地は隠れやすいからなのかと見た
また川岸は草ぼうぼうになって隠れやすいからそこに身を隠して出てこなかった

うさぎ追いしかの山・・・というとき昔はウサギは結構街の近くに出没していた
でも私は子供の時そういう経験はないのである
田舎の生活ではそうして自然の中で生活することがいいのである
土手の道をでんでん虫がまだのっそりと歩いていた、そこは車が通らない

不思議なのは田舎で生活していても退屈で平凡になるから嫌だとなる
でも発見することがある、そのウサギを写真にとれなかったことが失敗だった
何か見慣れた光景でもこうして変化がある
何かしらの発見がある、ただそれは見る人によるのである

ただこの辺は限界集落とかではない、隣にも4万の市があり南相馬市となると原町はもともと5万くらいの都市だったから違っていた
ただ正直田舎というのは地方には金持ちになるチャンスが非常に少ない
それはなぜか?
田舎には金持ちにする機会がないのだ、地銀の人が来て投資信託などして損したことでもわかる
その営業の人は銀行でも株とか投資信託も知らなかったのである
素人同然だけで手数料が入るから適当に自分の金をつぎこんで手数料とるだけだった
なぜなら株が上がっているのにそれを投資信託に回して損したからである
その営業の人は株とか投資信託に何の知識もない
分散投資が基本としてある時それすら守らなかった、株とかも分散投資にしてもっていれば良かったのである
ただ自分は忙しいからみんなまかせたのである   

もし都会だったら仙台でも住んでいたら選択する所が多くなる、すると相談できる場も増える
田舎では地銀でも町に一つしかないからだ
それから都会だといろいろ選択できる、医者でもそうである、田舎では選択もしようがないからだ
そもそも医者がいればいいとなっているからだ
それでむずかしい病気になると仙台と福島の医大に行くほかないのである
金儲けでもビジネスをするにしても田舎では不利である、まず需要がないからである
現実に田舎の市場でトマトが一個400円したとかなる、それを買う人がいるのか?
都会だったら金持ちがいるから買うからすると田舎でも金持ちになる農家が増えるとなる
それは中国で都会に野菜を売って金持ちになった村があったからである
田舎では需要がなんでも限られているからである

今田舎とか地方の生活は苦しくなっている、常に明日食べる食料が買えないとくる70歳近くの女性がいる、国民年金の額が少なすぎて基本的に生活できないから常に水道をとめられるとか電気を止められるかと騒いでいるのである
その息子もいても余裕がない、その息子は建築関係でも正社員なのである
仕事で怪我して労災をおりるとか社長は社員のめんどうみがいいのである
でも親が青森に介護に送られていて何か介護用品の請求で金を払わされている
それも苦しいと思った、介護というのは長いし金もかかるのである
私の場合は介護に金はかからなかった、でも施設に入れたりしたらかかっていたかもしれない、その点は救われたのである
ただ一人で苦しく大金を盗まれたとかの被害があったからやはり金はかかったのである

家族がみんな死んでわかったことは一人暮らしというのが老人にとってどういうものかわかりつつある
一人というのは良くない、一日しゃべる人がいないということは精神的に良くない
孤独がいいということはある、でも人間は一人だと良くない
その女性とはただたわいもないことを話すだけで何か孤独でなくなる
そのために金を払っているともなってしまう
話がうまい女性だからである
だからわかったことは女性でも男性でもこうして家族がいなくても友達とかいれば孤独にはならない、たわいもないことを話していてもそうである
孤独死とか孤立死とか現代では成り安い、でも何かそうした人が回りにいれば家族がなくても孤独を感じないのである
私はとにかく人付き合いをしなかったし今もしない、それが異常化していたのである
今でも人付き合いその女性としかしていないのである
ただ家族が死んでから介護になってから人とは話すようになった、もともと話せないというわけではない、話すことが面白いという面もあった、ただ基本的に人付き合いが苦手なのである

田舎暮らしを老人は憧れる、実際老人は田舎の方が向いている、
でも辺鄙な田舎で生活すべきではない、近くに都会がある方がいいのである
やはり買い物とか楽だからである
私自身が今や仙台にすら今年一回行ったとかで遠くに行っていない、それはやはり人ごみとか嫌になり騒々しい所に行くことが疲れるからだとなる
それも年になったせいだと思う、前からそういう気質があり都会を嫌うようになったのが自分だたからである、それで旅行は世界まで60までつづけていたからこれも異常だったとなる
そして今ではそうした経験を記憶したものを文や詩とかにして書いているのである

でで虫の歩みの遅くこの道にウサギの出るや草深きかな


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どうしたら栄るのだろうか? (歴史をふりかえるー国や市が栄えた理由)


どうしたら栄るのだろうか?

(歴史をふりかえるー国や市が栄えた理由)


人間は栄えることを求めている、具体的になればみんな金が欲しいとなる
豊かな生活をしたいとなる、これを否定はできない
では歴史をふりかえりどうして国が栄えたのだろうか?
その例としてなぜヨ−ロッパが栄えたのか?
世界を指導する国となったのか?

●資源
●貿易
●産業革命
●資本主義
●天才の多様な排出(教育)
●宗教の影響


なぜヨ−ロッパが栄えたのか?そしてなぜイスラムが衰退したのか?
これも大きなテーマとしてある、イスラムがヨ−ロッパより栄えていた、それがオスマントルコだった、ヨ−ロッパはもともと辺境の地域にになっていた
それでヨ−ロッパの女性が5ドルくらいで買われていたとかなる
貧困国は女性が安く売られる、アジアでもカンボジアなどは最貧国であり5ドルだとかなる
つまりヨ−ロッパはこのようにむしろ遅れた国々だったのである
ただローマ帝国が一時栄えた、その後は暗黒の中世時代になった
ではなぜヨ−ロッパが栄えるようになったのか?
これも複合的な原因があり一つではない、例えばその基本になる宗教が栄えをもたらしたともなる
イスラム教とキリスト教国を比べるとイスラム国は衰退した
キリスト教国はヨ−ロッパで栄えたとなる
するとなぜイスラム教では栄えなかったのか?
またなぜキリスト教で栄えたのかという理由が必要になる
だから仏教と儒教も関係していてアジアは宗教のために停滞したとかなる

何らかでキリスト教と資本主義が結びついていたことはウェバーのキリスト教から資本主義が発展したという思想でもありうる
なぜなら資本主義が修道院から生まれたとしているからだ
神に奉仕するために勤勉に働き他者に奉仕するという修道院から生まれたという思想である
ではなぜイスラム教から資本主義が生まれなかったのか?
これも理由があるとするのはその後の歴史でイスラム国が停滞したからである
でもイスラムの方がヨ−ロッパよりも優れていたのである
代数学とかか化学とかいろいろな面で優れていた、ヨ−ロッパは遅れていたのである

ヨ−ロッパ文明が世界を主導したというのが20世紀とかまでであった
それは大航海時代からはじまっていた、この大航海というコロンブスのアメリカ発見とかもヨ−ロッパが世界を主導するものとなった原因である
それは軍事力の征服でもありそれで南米のインカとかが呆気なく滅ぼされた

そして最初はポルトガルがスペインが大航海時代の先駆けとなり栄えたのである
南米から黄金がもたらされ金ぴかの聖堂が作られたのである
ただポルトガルとかスペインは泥棒国家ともされていてたちまち衰退国家となった
栄える国ではなくなったのである

そしてイギリスが七つの海を支配したという時なぜ栄えたのか?
それはポルトガルとかスペインとは違って略奪国家ではなかった
産業革命をしたことが大きかったのである、技術革命があったことが違っていた
それはアメリカがITで栄えたのとにている
技術革新があり栄えた
その前にヨ−ロッパは科学分野でも様々な分野で天才を産みだしてきたのである
だからなぜヨ−ロッパには天才があれほど生まれたのかというのも栄える理由となる
天才というときたいがいヨ−ロッパでありイスラムの国々から名だたる天才の名が出てこない、たいがい学んでいるのは理系文系でもヨ−ロッパなのである
だからこれもなぜなのだろうとなる

そして日本ではなぜ明治以降とか戦争があっても焼野原になっても高度成長時代があったのか?
その理由が何であったのか?
3百万人が死んでその後なぜめざましい経済発展があり栄えたのか?
それはヨ−ロッパのように産業革命があったとわけでもない
ただ電器製品を外国に売ることで豊かになった
それは何か発明したわけではない、イギリスの産業革命のように鉄道の発明とかをしたわげではないのである 

ただイギリスは結構石炭がとれる国でありそれで蒸気機関車が作れた
資源がないと産業革命も起きない、その後石油文明というように石油がとれる中東はイスラムの国々の栄える基となったからだ
ただイスラムの国々でも何か発明したりしていないのである 
何か科学でも学問でも芸術でもイスラムから学ぶということがないのである
ただヨ−ロッパ文明にはイスラム文化が取り入れられているというだけである
そういう国はいづれ石油が枯渇すると栄もなくなることは見えている
資源があるだけでは豊かになれない、その石油でも石油を精製することが自国できない
それは先進国で日本の技術とかでもしているからだ
工業力があって活かせるのである


国が栄えるという時実際はいろいろな要素があるから一概に言えない、それを国内で考察すると長者伝説が必ずある、炭焼長者とかも山ではある
それは木材資源があり炭焼く技術があって長者になった栄えた伝説である
資源が栄えるというとき海だと大漁があり豊かになることがある
日本が栄えたという時江戸時代には新田を開拓して米の石高を増やして栄えたとなる
農業で栄えたとなる、ただ稲作がないときでも栄はあったのである
縄文時代でも縄文土器を作っていたのだからそれが栄の標しだったのである
いつの時代にもその時代時代の栄がありそれが文化財として残っているとなる

日本が栄えるというときなぜ高度成長時代があったのか?
その時は国全体が上昇気分にあった、私の家でも角にありそこで子供向けの店を開いたら繁盛したのである、その頃物がないから物を置くと売れたのである
そして角だったから場所が良かったからはやったのである
なぜかというとその頃車などもっていない、道は舗装されていない、ほこりがたつ道だったのである
でもそんな場所でも小さな店でも繁盛したのである
それは例えば都会だと中小の工場も注文があり繁盛した
それで人手不足になり地方から金の卵として中卒者が集団就職したのである

そういうときは別に特別の才能が必要ない、私の家でも商売に向いている人はいなかった母は内気な人でありとても商売に向いている人ではなかった
でも高度成長時代はそうした個々の能力と関係ない、みんな繁盛したのである
そういう時代は起業すればもうかるとなっていたのである
また貯金すれば利子が7パーセントとという時代であり金は増える一方だったのである
今になると高度成長時代は特別な時代だったのだとふりかえる
その後失われた30年とかなりもう日本は貧乏になり後進国に脱落したとなるからだ
その相違も大きいとふりかえる

でもなぜ高度成長で日本が栄えたのか?それは日本が技術革新したとか技術が優れているわけではなかった、私は理系でないし科学技術のことがわからない
でも今になると韓国でも中国でも日本と同じように家電を作っているしかえってスマホとなる韓国中国が作って日本の作ったものは売れない
ITで日本は遅れをとった、そして原発事故とかあり日本は技術が優れているから事故が起きないというのは嘘だった
しきりに今でも科学者が日本の技術が優れていると自慢しているがそれは右翼の自己自賛に好きなんがたのである
日本が一時的に世界に先んじて電器製品を作ることができた
それは日本人が発明したものではない、日本人は発明が得意ではないからだ
壊れないものとして作る技術はあったとしても発明はなかったのである
エジソンのような人は日本から出てこなかったのである
それはヨ−ロッパから様々な天才が出たのに日本からは出なかったからだ
もちろん江戸時代にもそういう人はいたが実際に実らなかったのである 

ただ日本だけが明治維新で西欧化できたアジアでは唯一の国だったのである
植民地にならない唯一の国だったのである
だからそれは誇ることができるのである、アジアはみんな欧米の植民地化したからである
ともかくなぜ日本が高度成長時代がありその後30年の停滞がありそしてもう没落して衰退国家になる、栄いは失われてゆく
それでなんとかまた栄えるようにと国でもアベノミックスとか金融で成そうとする
でもそれは官製のものであり金融でごまかした景気にすぎないからすぐに限界がくる
現実には給料が上がらないとか少子高齢化で日本がどん底になるとか言われる
もうそういう悲惨な未来しか日本には見えないのである
それで経済の起死回生はありうるのかと模索する

でもそれも見当たらないのである、資源はないし貿易もだめでありその精神も惰弱化している、日本の若者が他国に比べて何か向上心がないという
かえって今はベトナム人とかネパール人などが貧乏だからかつての日本のように向上心かある、だからベトナムなどはいづれに日本に追いつくとなる
そして日本にはもう外国人も来ない国となると言われる、それだけの魅力がない国となるただインパウンドで旅行者は来る、それは日本が旅行できる安い国になったからである
それは東南アジアとかに日本が大挙して旅行したと同じなのである
外国人の方がデパートとかでも歓迎されている
日本人は買い物をしない、外国人が高価なものを買っている
日本人はスーパーの夜の安売りの弁当にむらがっているという
高いものは外国人が買っているうというyoutubeの報告もある
日本はもうすでに後進国であり貧困国になっているのである

それと東日本震災の影響も大きい、ポルトガルでも大地震がありその後海外に出る冒険精神は失われて衰退国家になった、そこで問われているのが冒険精神が進取の精神が喪失したことだとされる
日本の東日本震災の影響も大きい、その衝撃は地元では今でもつづき立ち直れないのである
それに原発事故にもなり立ち直れない、ダブルパンチで立ち直れない
ただ原発でも日本が資源がないから原発国にするということ科学技術の先進国の位置を保つとういことがあった
それは核武装のためでもあり国で支持したのである、それが津波で打ち砕かれたのである
そして原発で栄えることはありえないことを証明したのである
この辺で船主とかは原発御殿が建ったとしても福井県の高浜町でも町の助役が原発マネーで原発御殿をたてていた、そのスケールは違っていた

つまり原発は地方では栄えさせる唯一のものだったからそうなった
その後の処理でも除染でも7兆円とかかかったとかとてつもない金が流れた
そして補償金でもめたりしてかえって地域は分断されてモラルの崩壊になった
その補償金でフィリンピンの女性に貢ぎ仙台に店をもたせて金がなくなったという人も現実にいた
原発マネーは一時的でありそれは栄をもたらさないのである

だからそもそも栄とは何なのか?本当に真に栄えるとは何なのかが問われたのである
科学技術が栄えをもたらすことはあった、でも原発はもたらさなかったのである
何か原発マネーは人間を狂わせてモラルを喪失させるものなのである
モラルを喪失させるというとき現代の強欲資本主義もそうである
金しか価値観がなくなりグロ−バル経済の中で数パーセントの人に金が流れる
ここでもすでに資本主義か崩壊しつつあるのだ
それは資本主義にはモラルがないからである、数パーセントのものに富が収奪されているからである
だから世界中で格差が広がり暴動も起きてくる、日本でも大人しいがこれから貧困がますます激しくなると暴動が起きると予告する人が増えている
自分もそう思う、原発で恩恵を受けてもそれか真の栄にはつながらない
モラルの退廃を生んでいることは福井の高浜町でも同じだった

原発とともに栄えることはありえないのである、豊かになりたいからと原発にすがることは危険だったのである、そして原発では国は栄えないということを国民は知るべきなのである
では何が栄えさせるのか?それが日本の農業だというのも何なのだとはなる
農業では金にならていからと工業化して貿易で電気製品を売り高度成長したからである
でも日本の農業は技術的に優れている、世界でも比べても優れていたのである
だから最近日本でも銀行が農業に投資しているのである
例えば常に国家でも都市でも栄枯盛衰はある
中東のペトラは交易都市として栄えた、でも交易ルートからはずれたりして取り残されて衰退した、貿易で成り立つ国はシルクロードが海の道として栄えても大航海時代で廃れたそういうふうに交易ルートが変わると衰退する

でもペトラは交易都市として栄えたのもそうである
でも都市は廃墟化してもその周りで農業して生き残っていたのである
継続してい生活していた人たちがいたのである、何かオリーブとか果物を栽培していたのである、だから農業は最後に継続するものとしてある
結局人間を最後に支えるのは食料だからそうなる
食料があればまた何か後の栄がありうるとなる

原発事故はその食料となる農業をできなくさせる、汚染させたから深刻だったのである
だから原発では栄がありえないのである

海犬養宿祢岡麻呂(あまのいぬかひのすくねをかまろ)の詔(みことのり)に応(こた)ふる歌一歌一首 

御民(みたみ)われ 生(い)ける験(しるし)あり 天地(あめつち)の 栄ゆる時に あへらく思(おも)へば

ここでは栄とは天地とともに栄える自然とともに栄えるということだった
日本の天地国土とともに栄えることであった
でも原発はその日本の国土を汚した、そこに栄はなかったのである

確かに原発マネーで豊かになっても結局活かされないのはやはり金が入るだけでも栄ないこの辺でも原発マネーでモラルは喪失した
補償金で何をしているかというとギャンブルでありある人はフィリピン女性に貢ぎ仙台に店を出させて金がなくなったというからふざけている
そして何か言うとなぜかわいそうな原発避難民を批判するのだと怒る
いつまでも被害者であり援助すべきだとなる、それもフィリンピン女が金が欲しいからだとなる、これは極端にしてもそういうことがある
だから原発マネーがすべていいように働かないのである
金ですべて解決するというわげでもないのである
そのようにモラルが荒廃したときとても栄えるとは思えないからだ、ローマ帝国でも最後は豊かになってモラルが腐敗して贅沢になれて滅びたからである、金が入り贅沢過ぎることが滅びに通じているのである

だから人間は天地からまたは海からでも離れたとき栄はない、栄をもたらすのは天地であり人間の科学技術ではないともなる
それが原発事故で示されたともなる

とにかく世界史的に見れば中東からヨ−ロッパからその延長のアメリカと栄えて次にその原点のアジアにもどってきた、アジアがもともと産物が豊かだったからである
ヨ−ロッパは産物が豊かな国でないから大航海時代になりアジアの富を収奪して豊かになったとなる
そして21世紀は22世紀はアジアの国になるという時大きなサイクルで見ればそうなるただ一時的に日本のように後退して衰退してゆくとなるともみる 、そういう大きな歴史の流れは変えられないということであ

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中東が世界でぱ最初に栄えた場所だった
それがヨ−ロッパに移りアメリカに移った
アジアはこことは別にインドがあり中国があり栄えていた