2019年07月08日

姓と名の由来(世界と日本の相違)


姓と名の由来(世界と日本の相違)


「姓(名字)」を表す英語はいくつかあります。

last name
surname
family name
maiden name:結婚する前の女性の「旧姓」のこと

私はパトリック・ハーランという名前ですが、ハーランというのは、「川の渡り」。だから、ぼくは「パトリック・オブ・ザ・渡り」なんです。ハーラン(川の渡り)に住んでいるパトリックということです

姓名というとき姓と名は相当に違うものである

姓というとき

血統

地域(村)

欧米では血統を重んじるから姓は地域とは関係ない、ジンギスハーンとなればその子孫ということで姓がつづく、日本でも姓は氏姓(屍ーかばね)でありそれは姓(かばね)は死者のことであり父親から姓を受け継ぐ一族に属するとなる

アラブ人に代表されるイスラム教徒は姓を持たず、「名+父の名+祖父の名…」のように父祖代々の名を繋げて名とします。 

スラブ民族の名前の多くは「名+ミドルネーム+姓」で構成され、ミドルネームは通常、父称です。ロシア語では、名をイーミャ(Имя;Imya)、父称をオーチェストヴァ(Отчество;Otchestvo)、姓をファミーリヤ(Фамилия;Familiya)と呼びます

欧米であれイスラムとなると姓はこのように血統である、父方の姓と母方の姓がまじることもある

姓は血統とするとき原始社会になればトーテムである、犬族とか猿族とかいろいろあり
眷属となる、そのトーテムに属するものとしてアイディンティティがあり属することになる
姓にはそういう帰属関係とか所属関係を示している
例えば現代なら会社名が先に名乗られる、大企業の場合は特にそうである
東芝だとか三菱とか日立とか名乗ればそれで一目を置かれる
つまり姓はもともと官位とも関係していたり特別なものとして上から地位あるものから授けられるものとしてあった、

秀吉の正式名は藤原朝臣(あそん)秀吉です関白になるには藤原氏でなくてはいけません

苗字帯刀でも殿様から姓が農民に与えられて武士の格に引き上げられる
だから姓は名前とは性格が違っている

ただでは中国の姓が先に姓が来るのはなぜなのか?

それは中国では家族がそこから派生した一族が強固の紐帯をもっている、今でも政府を信じないときそうである、一族意識が強いのである、するとその一族を現すものとして姓がありそれで団結する

つまり姓が先に来るとか名前があとにくるとかではなく姓と名は別なのである
姓が後ろにきても姓は姓である、名前とは違った性格のものである
だから名前を先にする、ファーストネームとしてもそれは名前である
後にしても名前である、その後先ではなく姓と名前は区別すべきである
ただ名前はその人個人の個性だとなる、姓はその人個人ではない、血統とか一族とかで繋がるものである
だから欧米だと中東でもイスラム系統だと同じ姓になりやすい、名前は違っても姓は少ない、それは宗教も関係してそうなっている
同じ宗教であり同じ宗派として姓を区別する、それは所属する団体がありそれを示しているのである
それで日本だったら現代なら会社名が姓になっても不思議ではないのである

日本ではなぜこんなに姓が多様で多いのかとなるともともと無数の村が姓の基だったからである、つまりわたしはどこどこの村の出身ですということが姓だったのである
だから日本の姓は必ず地名としてある、…村としてある
でも欧米とか中東ではそうした村から発しているのではない、中国でもそうである
だからそれほど姓は多くない、日本は地縁社会であり血統社会ではないのである
村を共同体としてアイディンティティとしていたのである
そして日本国時代が同一民族として血統を同じくしている
民族同士が熾烈に欧米のように戦った歴史がないのである、日本の姓は無数にあるとしても同じ日本人であり姓は日本なのである
欧米とか中東は多様な民族の熾烈な争いであり血統が違う、だから姓は日本とならないし地域名とはならないのである 

パトリック・ハーランという名前ですが、ハーランというのは、「川の渡り」。だから、ぼくは「パトリック・オブ・ザ・渡り」なんです。ハーラン(川の渡り)に住んでいるパトリックということです。

先に血統の姓がきて土地の名がくる、日本だと先に地名が来て後に姓が来るとなる
ハーラン(川の渡り)が姓となる、渡部とかは渡るから来ているからだ、何か輸送する人たちの姓だった

日本がこうして地縁社会であるとき地縁から脱っすることが困難になる
無数の村があってそれらを統一するには強力な指導者が必要になる
今でも無数の姓があるのはそうして地域の村が依然として日本には残っているともなる
でも村社会が希薄になるとき会社名がアイディンティティになり実質姓ともなる
何か姓を名乗っても聞いても現代ではぴんとこない、別に姓を名乗ってもその姓に所属するとは見えない、過去にあったというだけである
姓は形骸化しているのである、それはそういう社会が喪失したからだとなる
家の重みもなくなって核家族とかなったりすればむしろどこの会社に属しているかの方がアイディンティティとなるからだ 

姓では不思議なのはこの辺では岩松氏が鎌倉から移り相馬藩地域の最初の支配者になったところが鎌倉から従ってきた家臣に子供まで皆殺しにされたのである
そのことは今でも伝えられる、それで相馬藩領内に岩松という姓はないのである
それが歴史を語っているのである、ただ現代では外から入る人が多いから姓から何か歴史をたどることがむずかしいのである
なぜ相馬藩内に荒姓が多いのかそれを尋ねる人がいる
それはツノガノアラシトととうい製鉄関係の技術をもたらし渡来人に由来がある
ツノガノアラシトのアラが荒になったとなる
それは韓国の伽耶国から来た人たちでありその一族の系統だとなる

李氏朝鮮とは李氏一族の朝鮮であり相馬氏一族の相馬市とにているのである

1392年に高麗の武将李成桂太祖(女真族ともいわれる[1])が恭譲王を廃して、自ら高麗王に即位したことで成立した。李成桂は翌1393年中国から権知朝鮮国事(朝鮮王代理、実質的な朝鮮王の意味)に封ぜられた。朝鮮という国号は李成桂が明の皇帝朱元璋から下賜されたものであり、明から正式に朝鮮国王として冊封を受けたのは太宗の治世の1401年であった

李という姓があり一族がありそれに属したものがあり国とまでなっている
だから朝鮮は中国なのかともなってしまうのである

そして日本の天皇には姓がない!

それはなぜなのか?つまり姓とは何か一族に所属することである、李氏朝鮮がまさにそうである
天皇に姓があれば特定の氏族に所属することになる、そうなればある一族が日本の支配者だとなる
でも姓がなければどこの氏にも所属しないから日本の王だとなる
ただ姓がない王様は世界にはないだろう、必ずヨ−ロッパでも誰かが大きな一族が支配者となる
だから姓がないということありえないのだ

いづれにしろ何でも言葉でも常にその背景となるものが実質が失われると言葉も廃れる、戦前の言葉が国体とか天皇でも一体化していた言葉は失われた、通じないのである、それはその実体となるものが失われたからである
でも人間社会でも人間そのものの本質は変わりない、それで(無常)という言葉は今でも活きている、人間が老いて死ぬのも無常であり人間社会がこの辺でも津波だとか原発事故で急激に変化したように(無常)を身に染みて感じたのである
だから無常の世界は変わらないから言葉も活きつづけている
でも死語となる言葉が多いという時社会が変わってそれが通用しなくなってしまうからである

確かに会社名が現代にふさわしいとしても会社自体が盛衰があり現代はそれが激しい
銀行すらなくなるというときもそうである、そうすると会社名にしてもそれは永続しないともなる、それは何か無数の姓がその実体を失ったと同じになる
原発に屋号があり屋号は会社名だった、私の家は元は酒屋であり屋号があった、屋号は山村でもある
私の家は酒屋の暖簾分けした屋号だった、大きな会社から支社とも言える
そして姓より屋号でその家の人が呼ばれるのは生活の実態が屋号の方にあったからである
姓には生活の実態は消失しているのが多かったからである
とにかく権力とか権威とかも常に変わる、徳川といえば日本を支配するものとして300百年あったが今ではない、徳川というと何か珍しいともなるのも不思議である

とにかく名前は個人そのものである、だからファーストネームで話すときは姓のことが眼中にない、その個人を相手にしているとなる
でも姓を語ればそれは長い歴史を背景にしているとなる、それは必ず外国でも日本でも歴史なのである
姓は受け継がれるからである、ただ名前にしても相馬氏だと胤(たね)という字を必ず入れているから受け継がれている 
そして相馬氏というとき相馬氏一族によってし支配された国だとなる
それは明らかに歴史なのである

ただ日本だと最近は外国性とか名前とか混血したりしてでてきた
でもヨ−ロッパとかと違って単一民族であり姓が多いとしてもやはり日本人だとなる
なぜスリランカでフェルルナンドとい人がいるのか、そのフェルナンドはポルトガル人の王様の姓なのである、それは大航海時代にポルトガル人が一部支配してその姓となった
そういうことは外国では多い、人種が入り混じっているからである
だからフェルナンドの姓は多いのである、フェルナンドの王様の臣下ともなる

ポルトガル語よりもイタリア語のほうがスペイン語に近く、スペイン語ネイティブでなくても理解できやすいと思います
関西弁の人と秋田弁の人が会社の会議の話し合いや討論などはできますが、スペイン語とポルトガル語では無理です。
似てるとは言え、やはり違う言語です
メキシカンの友人とポルトガル人の友人がいますが、彼らはお互いが放す時には英語を使っています 


ポルトガル語はスペイン語やイタリア語などと同様、ローマのあったラティウム地方(Latium)で話されていたラテン語に由来する言語です。

ラテン語は、ご存知の通りローマ帝国の領土拡張に伴い、欧州全域に普及しました。現在のポルトガルとスペインがあるイベリア半島にラテン語が到達したのは、紀元前3〜2世紀のことでした

文法的には、ポルトガル語は古ラテン語を基礎としています。この点で、より新しいラテン語を基礎としたイタリアやガリア(現在のフランスとスペインのある地域)とは異なるのです。


ポルトガル語よりもイタリア語のほうがスペイン語に近く....とあるのはそのためである
ポルトガルはそれだけ古い土地だともなる、ラテン語の古語を基にしている、それは不思議に沖縄と青森に日本の古語が残っているのと似ている、辺境に古いものが残る

津軽弁に「てぎ」→「面倒」の意→「大儀」(漢語の転)

   沖縄の方言

ラテン語の古語がポルトガルに残っているということはこれとにている、何かヨ−ロッパの歴史でも日本の歴史と共通性があるとわかりやすくなるのである、ただ今はどこでもブラジルでも英語で話ししている、コミ二ケーションしているというときやはり底辺労働者でも英語を学べというときそういう人たちが英語を話しているからだとなる
ともかく名前一つからも地名一つからも歴史をたどると興味深いとなる
ただ外国で日本の姓を名乗っている人はいない!
それだけ日本は国際的に孤立していたとなる、国際性がそもそもない歴史だったのである