2019年06月03日

人間はすべて恵まれて終わらない (最後に大きな不運に見舞われる)


人間はすべて恵まれて終わらない

(最後に大きな不運に見舞われる)


人の一生をみているとわからないものだとつくづく思う
人間はどんな人でもどんなに恵まれていても最後になると不幸になり不運になり意外な結果になる
まさか事務次官までした人が殺人罪でつかまるとは思いもよらなかったろう
その本人すらそうである、東大出て高級官僚になり順風満風だったのである
上級国民として勲章までもらった人がやはり90近くで痛ましい交通事故を起こして世間から責められるのもそうだった
何か60歳以降に不幸が起きやすい、それはその人のカルマだとして考察した
60歳以上にカルマの清算が起きてくるからだ

親戚というのでもないが実の親でも5歳で捨てて金持ちと再婚した人もその捨てた娘に頼った、認知症になったからである
でもその娘は全くその実の親に愛情がない、ただ金をもっているから施設にあづけて死ぬのをまっているというだけである、これも恐ろしい不幸なのかもしれない
その娘は前にも書いたけど異常化していた、非情化した人間になっていたからである
なぜなら育ての親にも非情化していた、いろいろあっても病気になっても何のいたわりもないそれで最後に自分のところに「ひどい娘だわ」と言ってきてすぐに死んだのである
それが介護もされずに死んだから良かったのである
介護も何もその娘はできない、私の家にきて「おばちゃんは金があるんだから金にめんどうみてもらへ」と言って血相変えて去って行ったからだ
ただ私の家とはもめていたからそれもありえたが育ての親ともめたとしても一番世話になったのだからそういうことはありえないと思ったからである
そもそもあんな人間になっていることは何なのだろうとなる
引きこもりとかなんとか人間にはいろいろいるが正常と見られる人間でも全く信じられない異常化した人間が普通にいるのである

人間はだから最後まで見ないとわからない、私の姉も最後は信じられない結果となり死んだ、優秀だ優秀だと言っていたが認知症になって死んだ、悲惨なのは死ぬ間際まで「俺は優秀だと」言って死んだことである、でも認知症になり馬鹿になったということも信じられないとなる、これほど意外な結果もなかったのである
正直人間が最後がどうなるのか、人生というのはいかに生きてもわからないのである

人生は意外な結果で終わる

みんな最後にそう思っている見ているかもしれない、人生はもしかしたらその人がいかに努力しても自分自身だけでは決められないものかもしれない

人生を決めるのは神だ、人間では決められない

こうなるかもしれない、人間の運命をにぎっているのは神だとなってしまう
だからみんな意外な結果として終わっている
いくら計画しても計画通りにいかないのが人生である
人生には有為転変がつきものだからである、第一こんな津波とか原発事故で故郷に住めなくなるなど想像すらできなかったからである
もちろん戦争で3百万人死んだとかもそうである
何か人生でも70年とか生きればその間に予期せぬことが起きるからである
だからこそみんな意外な結果で人生が終わっているのである
とすると今の不幸が必ずしも不幸とはならず幸福になるものをもっているとかなる
今の幸福が実は不幸につながるものをもっている
実際にあまりに恵まれると危険になる、なぜなら必ず人生には苦難がつきものだからである、するとあまりにも恵まれると苦難に耐えられなくなるのである
底辺の人はそういうとき切り抜けられるということもある
第一簡単に借金などプライドがあると人はできない、頼めないのである
サラ金とかだと頭を下げることもないから簡単になる
でも面と向かって借金を頼むとなるとなかなかできないからである    

才能があっても発揮されない

成功は失敗である

異常は正常であり正常は異常である

何が有能かわからない 


結局人生は終わりからみればわかりやすいのである、いくら才能があっても発揮されない、そういう環境がないと発揮されない
特別柔道の段をもって医者だった人も病気あえなく若くして死んだとかある
戦争の時は有能な人が相当に死んで才能を発揮されなかったとかそういうことはいくらでもある
才能のあるなしの問題ではなくそういう環境がないことが才能を発揮されないのである

成功が失敗であるというとき成功した人はおごる、会社員としては有能だったが事業を起こして失敗した
それは会社員として働くのと経営者になるのは次元が違うからである
また成功すると失敗するのはそこに奢りが生れる、日本が技術で優秀だったとか吹聴していたけど原発事故をみればわかる
日本の技術は劣っていたのである、また高度成長は幸運だったのであり今になれば中国が優れているとなっていることでもわかる
電機製品は別にどこの国でも作れるものだったのである、もし日本でしか作れないものだったら日本人が優秀だとなっていた
日本はIT分野では中国に完全ぬかれた後進国となっていて貧乏国に転落したことでもわかる
成功したことが失敗に通じることが普通にある

異常というとき引きこもりとか異常というけどでは正常と思われて生活している人が実は異常人格者だったとかいくらでもある
公務員の夫がいて子供もいてその人にどこも異常性はないが実際はその女性が異常人格者だったのである
でも社会では正常と認めているのである、そんな人も普通にいる、だからこの世の中、何が誰が異常なのか正常なのかもわからない
そして何が有能なのか無能なのかもぉわからない、あれだけ優秀だとしていた人が認知症で無能化したことには驚いた
そして800万も認知症になるとしたらみんな人間は無能化されのかという恐怖になる
人間はみんな最後に無能化されるのかとなるからだ

つまり人間とは人生でも先が読めない、今の不幸が実は幸福につながっているかもしれない、今の幸福が不幸につながっているかもしれない、つまり人間の先は誰も読めない、未来は誰も読めないのである
神のみが全能であり未来を知っている、人間は未来を知ることができない、人生の幸不幸もわからない、何が幸いするかしないかもわからない、こつこつ金をためても金はためられない、盗まれたとかある
何もしないのに親の遺産が入ったとかもある、金でも何か不確実なのである
いくら真面目に働いても金が必ずしも入らないのである、努力しても正当に報えられるともならない
社会自体には何か大きな逆転も起きてくる、だから上に立つものが安泰とはならない
そして何が起きるかわからない、上級国民でも78歳と90近くになって大きな災いに見舞われるのである
だからこうして人間で人生でもわからないからそこに神が関与しているのではないかともなる
人間の思い通りにならないからである、それで聖書では強い者が勝つとは限らないとしている
大国が勝つとは限らないのである、そういうことでも世界史でも神が関与しているのかとなる

「人生不可解なり」と華厳の滝で自殺した青年はまだ若い、本当に不可解だと思うのは老人になってからである、若い時はまだ経験がない、でも老人になるとそういう現実を具体的に見るから経験するからそうなる本当に人生は不可解なのだと老人になると実感する
70年も生きると何が起きるかわからないとういことである
それは予測できないものとして現れる、だから意外だった、人生も意外に終わったとうい人が多いのである