2019年06月19日

梅雨の晴れ間(水無河原- 屋形の阿弥陀寺の墓)



梅雨の晴れ間(水無河原- 屋形の阿弥陀寺の墓)
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六号線車の行き来立葵

墓地に蝶眠るや夏の夕べかな


宝永と草かくす碑のはつに見ゆ梅雨の晴れ間に夏の日さして

地震より崩れし墓のそのままになお語れる津波の被害

竹に風そよぎようやく夏の夕水の流れぬ水無河原  

雲間にそ満月かがやき田舎の夜ふけて静まりまた眠るかな


水無河原が冬からずっと雨が降っていないから流れているのを見なかった
からからに乾燥していたのだ
それがようやく三日前辺りに雨が相当ふって流れた
それで気持ち良かった

六号線を車がひっきりなしに走りそこに立葵が咲いている
車はきらいだが今は車社会に生きているかどうにもならない
人はどんな人でもその時代時代を生きているし生きてきたのである
だから自分等は車社会を生きていないともなる
車がない人はやはり現代の車社会から取り残された者になる
でも何か車は詩とか写真にならないのである
電車は絵になっているのとは違う、ただ自分はクルマのことはわからないのである

墓地に夕べ蝶が飛んできてその草むらに羽を休め眠る
その墓地の墓の一つは2011年の震災のときから崩れたままである
まだあのときのままなのである、10年近くになるのにあれだけの被害だとまだその被害が全部は消えることはないし語りつづけられる
今回の新潟とか村上市の地震で津波来ると警告したとき1メートルでも高台に避難した
東日本震災の映像が焼き付いているからである
テレビの映像の影響はそれだけ大きいのである
言葉ではとてもあの悲惨な状況は伝えられないものだったのである

宝暦と宝永の墓なのだろう、それがすぐ近くの屋形の阿弥陀寺の脇に見つけた
あそこの墓地に行けないと思っていた、寺の墓地は入れないことがあからだ
檀家の人しか入れないことがある
阿弥陀時は岩松氏の墓があるから鎌倉時代からでありこの辺では一番古いとなる
鎌倉時代のものはこの辺ではその墓でも碑でもほとんど残っていない
ただ原町の高平に中世の遺跡群として残っているだけである

私は墓を見るのはそれがただ資料ではなく現実にここに人が生きていたと感じるからである、ただ墓でも倒れていたり誰も供養にも来ない墓が結構ある
これも無常である

この宝永と宝暦はかなり古い、元禄は一番この辺では古かった
宝暦は日立木の薬師堂にあった、宝暦より宝永が古いから阿弥陀寺はもともと鎌倉時代の岩松氏の菩提寺になっているから古いから残っていたとなる

梅雨の晴れ間に夜三日前ほど満月がかがやいていた、梅雨はこれからもつづく
今日は朝晴れたがまた曇り雨になった

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ここは屋形の隣の田んぼの中の墓地

2011年の震災のままに倒れたままで直していない

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2019年06月20日

日本人は特殊な内輪仲間民族 (話せばわかるとだけでは通じない外国)


日本人は特殊な内輪仲間民族

(話せばわかるとだけでは通じない外国)

日本人の特殊性はやはり地理から生まれた、縄文時代から外界と接することなく暮らすことができた、日本に移住した人たちも日本の島国で同化された
それが日本人を作ってきた、人間は地理と風土から基本的に作られる
それを越えることはできないのである
日本の地理が大陸とは離れているから歴史も孤立して形成されたのである
つまり日本人は異民族との熾烈な闘争からまねがれていた唯一の国なのである
だからそこに日本人独特の精神性が形成された

何気なく使っている日本語でもそうなのである
日本人は「話せばわかる」とか普通に使う、でも話せばわかるということは文書にしないことである、文書にしない、明確に文書にして契約しないことなのである
文書にすることは明確に契約することであり話せばわかる、口約束だとそんなこと言っていないとなって証拠にならないが文書にすれば証拠になるのである
この意味はまた別な意味がある、同じ仲間なのだから話せばわかってもらえるとなった、それが通じないで殺された
つまり外国で異民族が交わるというときこういうことが多かった
話したって簡単にわかりあえないのである

そういうことに厳格なのは大陸国家ではヨ−ロッパでもイスラムでも中国でもどうしたら約束が守れるのか?それは話せばかるでは通じないのである
相手は内輪のものでもないし仲間でもない、異体の知れない人たちでありまた遠くから来る人たちだからである

そこで文書の重みが生まれる、書くことの重みが生まれる
また法律でも全然知らない人たちが民族同士が和を保つために不可欠だとなる
話せばわかるとなるのは村内の狭い範囲ならそれでいいが大陸のように広大になると民族も多様でありそういう人たちが混交して和をどうして保っていけるのか?
何か厳しい公平さがなければ過酷な暴力で決着をつけるほかなくなる
ただ強い者だけが勝つ弱肉強食の世界になってしまうし現実に国家間になるとそうなったローマ法が成立したとしてもローマ以外になれば成立しないからだ 

日本では敵があって戦争しても敵味方塚を作り敵も味方も供養しているのは日本人として仲間だからとなっているからである
大陸では中国では墓まで暴いて罰ししているのだから日本は理解しにくいとなるのだ
では敵味方塚は日本では通用しても外国の戦争ではありえなかった、ロシアと戦争してもアメリカと戦争しても日本は三〇〇百万人死んだ、そういう熾烈な戦争になると敵味方塚などはない、原爆にしてもあまりにも残酷だからそんな感覚は吹っ飛んでしまったのである

そういう多民族が混交するときどうしてコミ二ケーションはどうするのだろうか?
話せばわかるとか阿吽の呼吸だとか腹でかるとかにはなりえないのである
つまり言語で明確に説明しなければならない、すると言語に関してその定義というか言葉の意味も共通の認識として追求されて明確にしなければならない
言葉に対しあいまいでいられないのである

話せばわかるというとき文書にしなくてもいい、互いに知っているのだから話せばわかるとなる、でも文書にしないと話したことは一時的で消えてしまうのである
公証人制度とは文書で署名して文書で証拠として保管することである

この公証人制度はドイツやイギリスには存在しませんでした
一般にイタリアの都市からはじまりローマ法の法律が広がっているスペインやフランスなどで定着した

もともとローマ法といんう成文法によっていちおう契約の文書がルールづけられているところで有効に機能したのです
(今ヨ−ロッパが崩壊する)

ローマが文明をヨ−ロッパ文明の基となっているのはそのためである
ドイツやイギリスはその時文明のルールが成立しない野蛮な無法地帯だったともなるのである、そしてローマではラテン語共通の言語となっていたのである

いづれにしろ日本人を知るには日本を知るにはまず地理であり歴史であるが日本は内輪の仲間内のコミ二ケーションでたりていたことが特殊なのである
異民族との熾烈な争いを経験していないから話せばわかるとかになり厳格な文書でのルールを成文化しない、そこに言語の意味を明確にしない歴史と文化かが生まれた
日本は情的文化であり情緒的言語が多いのもそのためである
もののあわれとかに象徴されているのでもわかる
だから本居宣長が漢語と大和言葉を分けたことにより日本の特質を明確にしたことでもわかる
現代はヨ−ロッパ文明だから外国語と特にヨ−ロッパ系統の言語と日本語の相違を明らかにすることが強いられている、それで苦闘したのがヨ−ロッパ文明の言語を翻訳することに苦労しているしその言語が翻訳できなかった
それはその背景にローマから始まる歴史がありそれが重層的になっていて日本人には理解できなかったからである

だから何気なく日本人が日常的に使っている言葉にもその国の歴史や文化がある
「話せばわかる」というがそこに日本人独特のコミ二ケーションの態度がある
文書にしないでもそれで通じるというのは狭い内輪のい村のような社会が世界となっていたからである
日本人の世間とは村なのである、せいぜい四、五〇〇人くらいの単位の村が世間なのである、社会とは全然違ったものである、社会の訳でも(やしろ)に会すであり神社の回りにいる氏子くらいが世間なのである、するとソサィアティとかとは違ったものなのである
つまり日本語では訳せないものだったのである
第一そういうものが社会そのものにないとしたら言語にしようがないからである

正直外国にヨ−ロッパでもアメリカでも暮らしていないものは日本を相対的に見れないのである、だから日本人を何か知っている人は外国で暮らした人なのである
だから留学することはそれだけ価値があったとなる
そういう人も増えているから日本を客観的に相対的に見て批評するから実感があるとなるそれで「日本人はこうして奴隷になった」林英彦などをアマゾンの古本で読んでなるほどと思った、此の人も外国暮らしが長いから日本を相対化して見えたとなる
自分にしても五〇過ぎてから海外旅行したがそれで多少は外国を知り日本を相対化してし見ることができたとはなる、でも外国で暮らしていないからそこにもう一つ日本を客観的に相対的に見れないのである




土地とつながりなくなったとき人の価値はどうなるのか? (介護とかでただ金だけでできるものなのか?)


土地とつながりなくなったとき人の価値はどうなるのか?

(介護とかでただ金だけでできるものなのか?)

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   地域を守る看護(鹿島厚生病院)


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介護のために東京でも南相馬市でも施設があっても介護士不足とかで青森に送られた
それは一人だけではないのである
何かそうして故郷から離れて家族からも離れて介護される
それはどうしてかとなると地元で介護士などがいないからである
それは東京でも数が多くなるから東京でも地方の介護施設に送り問題となる
これから東京では介護しきれないから地方に送り介護してもらうとなる

でも介護される方でも介護する方でも介護となるとまた別問題である
人間を品物のように移せるものかという問題である
それは極めて現代的な問題であることに気づいた
移動が容易だとしてもそんな簡単に人間か長く住んだ所になじんだ所から移れるものかということである
それは老人になると愛着ある場所とか家族がありそこで最後を生きて死にたいということがあるだろう
そのことが原発避難者に起きた、老人が故郷に帰りたいというのはまさそうだった
それは人間としての生物の本能みたいなものだったからそうなった

そして日本人はもともと村とか狭い範囲で生きてきた長い歴史がある
それが現代になり移動が容易になり激しくなった
そういう移動する社会では価値観も相当に変わる
人間の価値観はその場所に拘束されない、金があればどこにでも住んでいいとなる
だからこそ青森で仕事がないから介護を仕事として引き受けることになる
それは距離というものも関係なくなり金だけでめんどうみてくれとなる

でも介護となるとまたこれは他のものとはただ物をやりとりするのとは物を運ぶのとは違うのである、モノだけだったら地球の裏側から運んできても問題はない
でも人間が移動してきたら必ず様々な問題が生まれる
それが外国人労働者が日本に入ってくることでそうなった
相手は人間でありモノではないからだ
それは日本国内でも言えたことなのである

現代の価値観はその場所とか関係なくなる、移動が容易であり金があればどんなサービスでも受け入れられるともなる
それで東京の人は金をもっているから地方都市に福祉サービスがいい都市に移住する
そこなら手厚い介護が受けられるとか思うからである
でも介護となるとまたモノのやりとりとは違ったものになる
金がやるから地方で手厚く介護してくれとなりでは地元の人がそうして全く知らない人に手厚い介護ができるものだろうか?

もともと東京とかに生活して東京に貢献していたとするならそこで介護されるのがいいとなる、要するに人間の一生はやはりどこかに愛着が生まれてそこで死にたいとなるだろうまた人でもそうだろう、いろいろな人があっても一般的に長く生活を共にした人のもとで死にたいともなる、全然知らない人たちの中で介護されるとうのも何か不自然なのである別にそこに親切な人たちがいれば地元だからとしていい人ばかりではないことは知っている、だからそんなことに今はこだわる必要がないということもある
地元だから故郷だからいいとはならないからである

ただ一般的問題として現代とは広域社会でありグロ−バル化社会である
そういうことで問題が起きる、東京に原発を作れというときなぜ福島とか地方に東電は原発を作ったのか?それも広域化社会になっている問題である
福島の双葉とか大熊は出稼ぎ者が多く地元で仕事があればいいとして原発を誘致したからである、それで確かに地元に金になる働き場が生まれて潤ったとなる
それと何か介護でもにているのだ
青森は仕事がない、それで金になるために遠くてもそうして介護する人を引き受けるとなるからだ

現代はその土地土地で生きる価値を作らない社会である
その土地に長く生きてきたからと言ってその人に価値があるともならない
ただ金をどれだけ多く稼いだかで価値が決まるとなる
だから東京辺りで株でもうけたとかして億の金があるから地方で手厚い介護しろとかなるなにかすべてが金で価値が計られることがおかしいのである
すべての価値が金で決められるのか?
その人の価値がすべて金で決められるのか?

村のような所で生きてきたら何かその村の中でどういう役割を果たした人かなど狭い範囲だとみる、それでその人の価値をみる、それは金だけではない価値観が働く
でも金だけをもってきて手厚い介護しろというとき何かそれをすんなり受け入れられるだろか?
それはグロ−バル化社会でも起きていて世界がただ金だけすべての価値を計る
そういうことはできない、国々にはそれぞれの文化があり文化をすべて金で価値を計ることはできない、金で買うこともできない、その文化とはその国の風土があり長いその土地の歴史があって形成されてきたからである
だから原発避難地区ではそうした歴史を奪われたとなりアイディンティティを失った
それは金で補償できないものだったのである
そういうことは意外と意識しない、精神的なものだからであり金で買ったり売ったりするものではないからである

とにかく現代は広域社会でとかグロ−バル化で矛盾が起きる
それは人間の価値はすべて金で計れないからである
金にならないものはすべて価値ないものとはできないのである
都会だと自然がない、景観がない、索漠としている
でも景観自体に価値あるともみない、森より木材が金になるとして伐採してはげ山にするそれは地方でもグロ−バル化するとき熱帯の森でも失われたからである
そこに生きるものにとっては金が入っても森を失われることが精神的な喪失感を生む
それは原発事故でも起きたのである、自然が放射性物質に汚染されたからである

広域化社会というというとき距離は関係ないとかどこに生活しようが金さえあればすべてまかなえる、介護を受けたければ福祉サービスがいい都市でも地域でも移ればいいとなるしかしそれを受け入れる方ではどうなるのか?
別に金が入ればいいとなるのか?なぜこの人に尽くさねばならないのかという問題も起きる
もし地元だったら地元に生きて働いて貢献した人だとなればそこに介護する人の動機が生まれる、家族が介護すれば一番いいようにである
グロ−バル社会を批判して来たけど何か最後に老人になってそういう社会がいいものだったのか介護とかで問われているともなる
ただ地元にしても何かトラック運転手が多い、それは現代は運ぶ仕事が多いということなのである、それは広域社会だからそうなっているのである
だからみんな地元だけで仕事している人は少ないのである

現代は何かそうして広域社会化でもグロ−バル化社会でも矛盾がでている
それはどうして人間の価値が生まれているのか?
その土地に尽くして生きたならその土地の人に世話になり死ぬというのが自然になる
もちろん尽くすとか貢献するとかではなくても人間の心情としてその土地と一体化するということがある
金さえあればどこに住むのも勝手だとか金があればすべて解決するとかには人間にはならないのである
人間はモノではないからAからBへと簡単に移れない、住めないなのである
Aを中心に価値を作って来た人がBへ移って価値観を作ってゆくことはむずかしい
そうしして移動すれば人も環境も自然も生活も変わるからである 

ただ都会になると東京とかるなとそうした土地とは関係ない、みんなよそ者の集まりだからである、それが田舎に住む者との大きな違いである
都会では点々と都会内でも移住するからである、ただ家を建てるとやはり移住しにくくなる、そこに定着するようになるからである
でも都会の人と田舎の人の感覚はその辺が相当に違っている
何かおかしいなというとき現代はあまりにも金で割り切る、すべてを金で価値を計っているからそうなる、そこに一番の問題がある
人間は金で計れない価値が相当ありそれを無視して生きることはできないのである
もし無視するともう人間として生きていけないとまでなる
それがグロ−バル化社会の深刻な問題なのだけど金一辺倒の価値観しかなくなっている
そこに大きな歪(ひずみ)が生まれているのである

2019年06月21日

Abstract Egyptian Building


Abstract Egyptian Building

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Tracks of vision in the desert

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エジプト文明の謎はアミニズムの世界がありまたピラミッドを作る知性と技術があった
そこにはすでに数量で政治を行うという現代の高度な統計を駆使した社会と通じている
それで書記官は崇拝された、今の官僚と同じなのである
官僚は予算を数値化して予算を分配することで力をもっているから同じなのである

そして大陸の文明というとき砂漠でも陸地でも平坦な土地がどこまでもつづくからそこで設計するということ地面を計ることが発達する
それで幾何学も発達する、エジプト文明はそういう点で高度な文明だった
ヒエログリフの文字もあったことでもそうである

エジプト文明には広大な砂漠という平坦な土地に設計してピラミッドを作る
そういう広い陸地を設計して巨大な建物をピラミッドを作るというのは大陸だからできる日本のような山が多い島国ではできないからだ

つまり広大な土地を俯瞰して設計して建物を配置する、ピラミッドを作るということ自体が文明になった、エジプト文明とか西洋文明でも建築物は欠かせない
その国の中心となる建築物がある、それがピラミッドであり教会でありモスクだとなる
建築物にその文明を象徴するものがある、それはマヤ文明とかインカ文明でもそうである中心になるものが石の建築なのである
石は不朽でありそれで今にも残って当時のままに現存することで古代でも現実感を帯びて歴史を偲ぶことができる

日本のように木の文明となるともう木は二三十年でも古くなるといたみ朽ちてゆく
とても石のように残らないのである、だから日本では歴史を偲ぶことがむずかしいのである、常に新しいものとして木で建てられるからである
その差が大きいのである
そして設計するとかは戦争では戦略に通じる、俯瞰的に大局的設計して戦略をたてることができないのである
刀を使う、鉄砲を使うとかはしても大きな戦略をたてることはできない
設計ができないからである、設計することは戦略をたてるとにていたのである

何か抽象画でも設計に通じていた、原画をアレンジして作っていても何か設計して建物を作るようなことをしている
日本には設計する思想がない、なぜならヨ−ロッパの都市は人工的に設計して作られているからである、日本には都市でも設計されて作られていない、何か無秩序に拡大したとなるからだ、それは設計の思想がないからである



The mystery of the Egyptian civilization was the world of the aminism and also the intelligence and technology to make the pyramid
There is already a connection with a society that makes full use of the modern high-level statistics of conducting politics in quantity
So the clerk was worshiped, the same as the current bureaucracy
Bureaucracy is the same because it has the power to quantify the budget and distribute the budget

And when it comes to civilization of the continent, where the flat land in the desert and on the land will last until it is designed there and the development of measuring the ground develops
Then the geometry also develops, the Egyptian civilization was an advanced civilization in that respect
The same is true even with the letters of hieroglyphs

In the Egyptian civilization, make a pyramid by designing on a flat land like a vast desert
Designing such a large land area and making a huge building into a pyramid can not be done in an island country with many mountains like Japan because it is a continent

In other words, the construction of a pyramid that can be designed by designing a large area over the land, creating a pyramid itself has become a civilization, even in Egyptian civilization and Western civilization, buildings are indispensable
There is a building that is the center of the country, it is a pyramid, a church and a mosque
There is something that symbolizes the civilization in the building, and it is the stone architecture that is the center that is the case with the Mayan civilization and the Inca civilization.
Stones are timeless, so they can survive today and still have a sense of reality in ancient times by surviving as they are

When it comes to the civilization of trees like Japan, the trees are already gone as old as twenty-three years
It does not remain very stone-like, so it is difficult to see history in Japan, because it is always built with wood as a new one
The difference is large
And it is not possible to design strategically in a comprehensive global design that leads to strategy in war.
Using a sword or using a gun can't make a big strategy
It is because I can not design, it was said that designing had a strategy

I was familiar with the design of any abstract painting, and I did something like designing a building even if I made an arrangement of the original painting
There is no thought to design in Japan, because the cities in Europe are artificially designed and created, and it has not been designed and made in Japan in Japan, and it has expanded to something disorderly It is because there is no idea of  design

外国人労働者と底辺労働者が争うようになる (日本の貧困化で起きていること)


外国人労働者と底辺労働者が争うようになる

(日本の貧困化で起きていること)

若者の失業は世界中で蔓延している。その数には驚くはずだ。世界全体で約7500万人の若者が職を探している。アラブ諸国のなかには、16〜24歳の失業率が90パーセントに達する国もある。アメリカでは23パーセント。スペインとギリシャでは約50パーセント。イギリスでは22パーセント。世界的に見れば、ワーキングプアの4人にひとりが若者であり、質の悪い仕事に就いて、将来の希望が持てない状態から抜け出せない 

若者7500万人が無職にあえぐ世界の暗い未来

一つの有力な見解は、南アの低所得者と外国人低所得者が住宅や雇用機会などを巡って競合した結果、外国人低所得者が南ア人低所得者の不満のはけ口になっている、というものだ。


例えばエジプト辺りだと若者の仕事は観光になる、工業がないから観光業になる
ギリシャでもそうである、つまり観光業が若者の仕事になるような所は経済的に遅れている、豊かな国ではないのだ
日本がでも電機製品を外国に売れていたときは先進国になりジャパンアズナンバーワンとまで言われた、それも日本の技術が優秀だから日本人が特別優秀だからでもなかったのである、なぜなら今では韓国でも中国でも同じものを作っているからである
もし日本でしか作れないものだったら別だったが今や中国でも韓国でも作れし日本の製品より安くていいともなれば日本製品は売れなくなる
それで外国人の観光客を呼び込もうとしているのは日本が貧乏になっているからなのだ
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この引用先が不明に

こたれなどもそうである、高度成長の時は日本人がアジアに言って女性を買っていた
つくづく人間には何でもカルマがある、そうして優越感にひたっていたが今度は逆になったのである、それもカルマだったとなる
日本を卑下する必要はないが日本人が特別優れていると思う時奢りになり危険になる
原発でも日本人の技術が優秀だから事故は起きないとしていたからである
そういう奢りが本当に常に危険なのである、奢りが滅びに通じているのである

南アメリカで起きていることが日本がでもすでに起きつつある 

【外国人労働者問題】日本人の底辺労働者は捨てられる? Love & Freedom


このyoutubeで日本人が外国人に占拠されて入り込めなくなっていると非正規底辺労働者が語るのはリアルである
外国人労働者問題で学者でも政治家でも言うが実体験からは語られないからである
この人は底辺労働者で具体的に恐怖を感じて語っているのである
日本語が通じない、日本人は外国人労働者のグループから排除されると恐怖を語っているからだ、もうし日本語が通じないから英語を覚えろと言っている
英語は世界の共通語だからなんとか通じると言っている

つまり南アフリカのように底辺層同士が日本でも争うようになる
それがグロ−バル経済のまた資本主義の熾烈な競争社会なのである
労働者でも若い人の方が使いやすい40近くになるとおっさんだとかなり選ばれなくなる20代の若い人が覚えやすいし使い安いとか体力もあるとかなる
そして日本人の非正規で35から40過ぎは外国人の若い労働者に負ける
そういう危機感を言っているのは南アフリカと同じなのである
それが自由に労働者でも行き来するヒトでもモノでも自由に出入りするグロ−バル社会なのである

そして世界で若い人の失業者が多いということも外国人労働者がとめられない理由にもなる、ネパールとかで山ばかりで近くに住んでいるホンダに勤めている人でも4000メートル級の所に住んでいるという、そこでどういう暮らしがあるのか?
観光しただけではわからなかった、ただ裸足て歩いている人がいたのには驚いた
原始的生活をまだしていると実感したのである
それからしきりにボールペンをくれという、そういうものがないから用意しておけと書いてあったからそれをくれた、書くものすらない、するとどうして教育するのだろうか?
ただネパールでは英語を話す人がいてガイドしていた
そのネパールから今女性でも三人男性でも一人一万くらいの田舎にいる、一人は妻となる人を呼び永住するらしい、後はベトナム人も多い

そして世界で失業者が多い、若者が多いという時、なぜイスラム国など過激なテロ団体が生まれたのか?
それは宗教とは関係ない、貧乏とか若者の失業者が多いためである
血気盛んな若者がぶらぶらしてはいられない、それなら戦争でもいい、そこで活路を見出そうともなるのである、現実に日本でも就職できなかった大卒の若者がイスラム国に入ろうとしたことで問題になったからである
何か不平不満があるときそれが社会的圧力となりそうしたテロ集団とかが生まれてくる
それは本来の宗教とは関係ないのである、それは日本のカルト宗教団体でもみんな同じなのである、何か不満を抱えている人がそういう団体に入り境遇を変えようとする
だから生活保護の人がカルト団体には多いのである

別に今だけではない常に大陸ではヨ−ロッパでも民族移動があった
移動する圧力がありそれがローマへと向かったのはそこは先進国であり富が集中していたからだとなる、ただ日本は確かに東南アジアとかでもネパールとかベトナムと比べれば豊かでも今や他と比べてはそうでもない、むしろ貧乏国になっている
たからこそ観光に力を入れているのである、観光に力を入れる国は貧乏だからである
その状況をリアルに訴えているのが底辺労働者のyoutubeである
自分も若い時底辺労働者でありそれからも社会からはずれて暮らしていた
ただ家で生活できたから底辺労働者として呻吟することはなかったのである


インターネットの情報は今や膨大である
でもそれらを編集しないと読んだことにもならない、問題意識をもって情報を編集することである
ここでこうして書けたのはインタ−ネットの配信とyoutubeと楽天の雑誌や週刊誌を読んで編集したのである 
だから今の情報社会は膨大な良質な情報がある、でもそれを消化することは時間もかかり疲れるのである、だからこうして自分なり編集して読む必要がある
ただ時間がかかる、それだけ毎日情報に追われている、これも疲れると思った


posted by 老鶯 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年06月22日

日本語を見直す作業が必要な時代 (言葉はその国や地域の風土歴史があり生まれた)


日本語を見直す作業が必要な時代

(言葉はその国や地域の風土歴史があり生まれた)

日本語は日常的に使っているけどその意味を深くたずねることがない
でも言葉にはその背景にその国の風土と歴史とか密接に結びついて生まれている
言葉が文化の最たるものであり外国語が理解できないのはその国の風土や文化や歴史が理解できないからなのである
何気なく使っている言葉にその国の風土や歴史や文化が内蔵されて伝えられている
ただその意味がわからなくなったのである
それで本居宣長が漢語と大和言葉を分けて日本人の日本人たる所以を解き明かしたのである

もののあわれというときそうである、この言葉に日本の風土や文化や歴史が凝集されていることを示したのである
もののあわれとは何なのか?ものとあるときものとはただの物なのか?
ものとは生命全般でありただの物ではない、モノにもすべて命がありあわれだとなる
それは植物にも動物にも及ぶ仏教的なものもふくまれている
あわれと慈悲の心だからである
日本では敵でも一旦争い終わると死んだ人を敵味方塚として弔うのは死んだ者は敵であれあわれだと思ったからである、こういうことは外国にはない、外国では異民族が熾烈な争いとなり中国では死んだ者の墓を暴いても罰するのである
またみな殺しにもするのである、それだけ過酷なのである
だからアメリカで日本に原爆を落としたのもそういう歴史をひきづっているからだともなる、敵に容赦はしないということである

日本語もその言葉ができた背景をたずねれば切りなくなる、その深い意味も不明になっている、そもそもどうしてそういう言葉が生まれたのかとなる
それは日本の風土と歴史から切り離されず生まれている
それはどこの国の言葉でもそうである、それでどうしても明治になったとき日本語に訳しても訳せない、なぜならその言葉の背景となっている風土とか歴史が違うから訳せないのである、ただ漢字で訳したという時、漢字には何か世界的な普遍性が内臓していたから漢字でヨ−ロッパの言葉を訳したとなる、ひらがなでは無理なものが多かったとなる

言葉というのはどうしても外国語になると本当は訳せない、外国語では訴えることができない、通じ合うことができない、ここに文化がグロ−バル化できないものがある
モノのやりとりは自由にできる、でも言葉はできない、そこにグロ−バル化する大きな壁がある、では世界共通語として英語にしろとなる
すると日本人の心も失われて日本自体が消失してしまう、言葉はまたその国の精神であるからそうなる
言葉にはそれぞれに味わいがある、それは日本人にしか通じないのである

味というときこの味(あじ)はどこからきたのか?それは芦が味になったのである
芦原瑞穂の国が日本がの原風景だったからである
ではなぜ芦(あし)が味になったのか?

これも良くわからないが

福島県会津若松と九州の宮崎椎葉村、この遠く離れた二つの場所から、ある、共通す 
るものが発見されました。

実は、つい最近の昭和年代まで国が直接「味耜高日子根神」を祀る神社が、会津若松 
のすぐ近くにありました。東白川郡棚倉町の「都々古別神社」です。

現在食べている米は、遙か な古代、熱帯ジャポニカと温帯ジャポニカの交配に依って「早生」「中生」「晩生」 という様々な品種が作り上げられ、今に至ったのです。その南の国から来た原種の稲の種を持って、一体誰が、遙か離れた、それぞれの場所へ、米を植えたのでしょう。 
血縁で結ばれた民族が、どんな人を中心に動き、どの様に生きたのでしょう。背後に 
」が見え隠れしていることを否定する事が出来ません。

アジとはアヂスキタカヒコネのアジ(ヂ)なのである
アジは鴨だという韓国語由来にしているがこれは芦(あし)から来ていることは間違いない、なぜでは芦が味となったのか?
それは芦原瑞穂の国として日本がありいたるところ芦だらけだったのである
その芦原を水田にして米をとれるようにしたからである
芦が味となったのは米がとれるようになってその味となった、味がいいとなった
味をしめるとかにもなった
とにかく米には種類が多いから味が違うのである、味というときまず米の味だったことは間違いない、縄文人は米を食べていないから、味のはじまりは米だったともなる
そして味真野とかいうと味鋺(あじま)というのは芦の間のことなのである
それが味真野になった、芦の間から見える野が真野のの意味なのである
それで真野の草原の真野をたどるとそこまでわかる
アヂスキタカヒコネとはスキで芦を切り水田にした神だとなる

言葉にはこれだけの由来があるとなる、別な説があるにしても言葉の背景はこれだけ広く深いものがある、そして米の種となる種類は多いのである
だから土地土地によってとれる米の味が違うとなる
最近で人気の米も味が違うから売れている、また狭い範囲でも味が違うのである
それは野菜でも果物でも同じものでも米でも梨でもリンゴでも味が違うのとにている
だから味をしめるということは何か日本的な言葉だとなる
隣村で作る米でも野菜でも味が違う、それより農家ごとによって作る野菜にも味が違うという人もいた
それはその人なり土地の状態とかいろいろそこの土地とか風土が作用してそうなるのである
味はみんな一様ではない、だからこそ文化なのである、cultureはcultivate(たがやす)なのである
その土地土地に違った味がある、料理でもそうだけど風景でも人でも違ってくるのが文化なのである

ところがグロ−バル化社会になると貨幣であらゆるものが交換されて一様化される
料理でもみんなマグドナルドとかコカ・コーラとかなる
それは多国籍企業化するときその国や土地の文化(料理)でも一様化した方がいいとなってしまう、その土地土地の味などと言っていたら多国籍企業のものは売れくなくなるからである
同じ規格化したものを大量に売る方がもうかるからである
つまりグロ−バリゼーションとはそうした国々とか地域の文化を破壊する方がいいからそうなる、その時その土地土地に伝えられた土地の味は破壊される、消失するのである

いづれにしろグロ−バリゼーションはいろいろな弊害をもたらした
確かにいい面もあったがマイナス面が大きくなったのである
それは物質的豊かになってもその土地土地の文化が失われるときかえって貧しくなる
存在するアイディンティティも奪われてしまうのである
するとその国に土地に生きるに値(あたい)しないとまでなってしまうのである
それは国が維持できなくなる危機的状態になる
だから今本居宣長のように自国の文化を見直す作業が言葉の面でも必要になっているのである、日本はこういう国だったのかと再認識することが必要なのである
そこで日本の国に誇りがもてるとなるからだ
そうでないともう日本が日本でなくなり何が日本かもわからずになり日本は消失してしまうのである
明治維新から150年過ぎて奈良時代の国際化から平安時代の国風文化に移行したように今がそういう時代になりつつある
欧米から習うことまねることから日本の独自の国風文化の時代へ移行する時代になる 


あとがき


この秋三軒の隣家から自分の田んぼとれた米を頂戴した
それぞれ味が違うことに驚いた

土が違うのでしょう
種も少し違うかもしれません
作る人によって味が違ってくる

米は作る個人の味がする
彼らはそれぞれ個性的な工夫によって量を求めず質を求めている
日本がは独特な個人主義である、西洋の個人主義とは違う
(この国の終わりー林英彦)

日本がはその土地土地に多様な文化をはぐくんできた、それが三軒の隣同士でも味が違うとなる、とにかく農業はその土地とか水とかに作用されるからみんな違ったものになる
規格化された工業製品のようにならないのである
文化というのはそういうものである、ワインでも土地の名前がつけられるのも味が土地によって違ってくるからである、光の具合とか土地とか水でも違ってくるからである

神田の水で産湯を使い…」「玉川の水で産湯を使い…」とは江戸っ子が啖呵(たんか)をきるときの決まり文句。 実は「神田の水」というのは、神田上水の水ということ。同じく玉川の水は、玉川上水。現在、JRに水道橋という駅がありますが、この「道」が、まさしく、その上水道です。江戸っ子は、川の水や井戸の水などではなく、水道水を使っていることを自慢しているわけで、そうした近代設備のない田舎者を見くだす文句として、この言葉を使ったのです。


下町一帯の神田上水、多摩川上水、千川上水も、みな土中の伏樋を堀り捨てて鉄管にしてからは神田児(かんだっこ)の産湯の水もなくなったわけで江戸っ子と移住人との限界の崩れてきたのも上水によって暗示されているのはおもしろい、(折口信夫) 

ここでも水をとる場所が違っていて水の味が違っていた
それが鉄管にしてから同じ味になった、つまり味が一様化するのが文明なのであるそれはグロ−バル化文明とにていたのである

井戸の話(沢庵和尚の春雨庵から・・・)

2019年06月23日

「クルマを捨ててこそ地方は甦る」藤井聡を読む


「クルマを捨ててこそ地方は甦る」藤井聡を読む

この本は私が日ごろ指摘したことだった、そのことをプログに書いてきた
クルマを持っている人は地域に愛着をもたない度合いが大きくなる

鳥や虫の鳴き声を聞くこと
道端に咲く花にふれること
地域の人々とあいさつすること
地域の人々と会話すること

こういう機会がクルマではなくなる、クルマと自然でも人でも交流を遮断するからである一つの閉鎖された空間なのである
それで何度も自転車のことでそのことを言ってきた
最近買った電動自転車で行くのは舗装されていない道である
それも隠された細い丘の間の道だったりする
それで俳句や短歌を作ったりする

ふるさとの小径やあわれスミレかな

ふるさとは小径なのである、そういう道がある所か故郷である
またマウテンバイクだと悪路でも行ける

悪路行くマウテンバイクや夏あざみ

これも自転車で行くから自然と一体化するのである、クルマだったらそういう自然にふれることができないのである
だからクルマはキレル乗り物なのである
自然との親和性もないし人間との親和性もない、キレル乗り物なのである
突然猛スピードで走ってきて去ってゆくキレルの売り物である
自転車は目障りとなり歩行者も目障りであり無視される
「危ない、馬鹿野郎」と言って猛スピード走りさるキレル乗り物である
それが人格まで変えてしまったからあまりにも影響が大きくなりすぎたのである
そして自転車とか歩行者は隅に追いやられて邪魔者にされるようになったのである

地域愛着の薄い人は地域を良くしていこうとする「まちづくり」に無関心となり地域全体に役立つ取り組みが全然すすめられなくなる
「シラケ」気分が蔓延して地域ぐるみの掃除とかまちおこしとか祭りや運動会などの自治体活動必然的に停滞してゆく

クルマ社会は一番身近なものに関心がなくなるのである
駅で案内のボランティアしてそのことがわかった、駅には関心がほとんどない、乗り方もわからなくなっている、でも駅は人々が集う会話したりする広場の役割があった
年齢に関係なくそういう機能があった、それがクルマとは違っていたのである

地域の人は今地域に関心がなくなるというときどうなるのか?
それを原発避難者を例にしてその極端な現象を説明した
もちろん放射能汚染とか政府から強制されたこともある
でもなぜ突然ゴーストタウンになって故郷が捨てられたのだろうかということが疑問だった、人間は代々住んだ場所を簡単に捨てられるものだろうか?
そこに何かしらの葛藤があり何か議論があってもいいはずだった
強制されたことはあるにしてもそんな簡単に街全部が故郷全部から一瞬にして人がいなくなったことの驚きである

それはクルマ社会と多分に関係していた、マイカーマイホームの社会である
ここにマイタウンとかマイシティという視点がないのである
マイカー=マイホームではその他ないのである
するとどうなるのか、マイタウンがないのだからそのままマイカーで外に出ても何の違和感もないとなる、日ごろからそういう生活をしていたからそうなる
もともと田舎でも故郷に長年住んだ所に愛着がなくなっていたのである
そして若い世代はかえって田舎に住むことを不便だとか嫌がっていたからこれ幸いと脱出したとなる、補償金を多額にもらったことでチャンスだともなったのかとなる

ただ田舎に住んでいる人はみんな「脱出願望」をもっている、田舎の人間関係は拘束された窮屈なものだからである、だからどこでも知っている人に出会うから男の場合スーパーに買い物もしないし人に会うことを避けるようになる
そういう脱出願望が田舎では強いのである、自分自身もこういうことを言っても田舎が嫌だから脱出願望があったから旅ばかりしていたとなるその脱出願望をかなえるのに最も適していたものがクルマなのである
一瞬にしてあっというまに外に出れる、それも遠くに出れる乗り物だからであ
だから必ずしもクルマのせいにすべてすることはできないところはある

ただクルマというのは社会自体を人間自体を人格まで変えたから深刻なのである

クルマ社会の中で(家族をふくめたあらゆる)コミニュティを共同体が希薄化して
家族同士、住民同士の「助け合い」様々なレベルのコミニュティが担っていた
老人ケアや保育サービスなどを行政が肩代わりせざるをえない
行政サービスが肥大化せざるをえない

私が前にも指摘したように高齢化で免許を返納が増えると老人が今度は取り残される
それもクルマ社会のカルマだと思った、現代はまさにクルマ社会を生きてきたからであるそれが老人になって裏目になりマイナスとなる、何か人間は必ずいい面と悪い面を技術的なものでももたらすのである、それは原発事故でもそうだった
便利でいいなと思っていてもそれがマイナスに働くようになる
技術は災い(技わい)になる、そういうカルマをもっているのである

そしてクルマ社会は将来にも禍根を残す、子供たちが健全に育たないのである

クルマばかり使って移動している子供はうつ性、不安性、攻撃性が強くなっている

そして恐怖はクルマが健康にも相当影響していた
クルマを利用するのと徒歩自転車の人では病気になる割合が違っていたのである
つまり徒歩とか自転車だと健康度合いが高かったのである
とにかくクルマというのはあらゆる面に影響したのでありそれが技術の怖さだったのである、技術はそれだけ社会を一変させてしまったのである

だから技術は文化を簡単に破壊する怖さをもっていたのである
それが原発事故でもわかった、自然が汚染されてもう人が住めなくなって町自体が住めないようになったからである
だから人間はなんでも便利だから社会に取り入れることは危険だったのである
技術の影響力を考えなかったのである
社会にとってクルマがどう影響するかなど全く考えなかったのである
そういうことは科学技術には常にあるけどなんでも開発される
遂にはロボットにITに人間が支配されてしまうとかもある
科学技術はいいものであり無制限になるときどうなるのか?
それが恐怖なのである、それによって人類も滅びるとういこともある

いづれにしろこの本は自分自身を言いたいことを明確にした本である
ただここでテーマにしているのはこの著者は京都でありまた富山市でも大きな都市でありこの辺の五、六万の都市とは違う、規模が違うからみんなあてはまらない
むしろ五、六万の都市では路面電車とかは作れないから事情が違う
むしろこういう小規模都市はクルマ社会から脱出できないともなる
それに代わる交通網が整備できないからである
それをどうするかとなるとまた別な課題としてある
この著者はクルマ社会をすべて否定しているのではない、高速道路は必要だとしている
まずクルマをすべて否定することは不可能だからである
ただあまりにもクルマ社会になりすぎたことで提案しているのである

経済的にもそうである、クルマを捨ててこそ地方がよみがえるというもの逆説だからである、経済的効果がかえって車なしで生まれという発想はしないからだ
地方の問題がいろいろ言われる、地方を活性化するにはどうすべきかいろいろ言われる
ただクルマを捨ててこそ地方が活性化するというのは斬新だった
そういう発想を普通はしない、でもそれを可能にしているのはかえって東京とか富山市でもある程度の十万万以上の人口があるところだともなる
富山市でも42万の人口があるからできたことなのである
かえって5万くらいだともうどうにもならない、クルマ依存がかえって強くなっているのだ
そして鉄道に関心がないようにこういうことに賛同するのは一パーセントもいるのかとなる、それだけクルマ社会にどっぷりとつかっているからこれを変えることは容易ではないただ高齢化になって老人が困るという時、かえってそれで多少変える機運が出てくるかもしれない、そういう点で高齢化がすべて悪いものとして働くともならないのである
 
 あとがき

市電とか路面電車がこの本で見直されて実際に実現した、何か市電とか路面電車はクルマとちがって人間的なのである
クルマというのは非人間的なものなのである、だからこそ昔からあったコミニュティでも破壊したのである

市電は過去の記憶を刻む
乗り場は駅でありその名に親しむ
老若男女が日々乗り合わせる
我は旅人なれば気楽なり
市電はゴトゴトコト街中を走る
その線路は刻まれた記憶の道
古い喫茶店が十字街にある
私はかつて函館の住人のようにあった
私は長く気ままにそこに滞在した
青函連絡船もその時あった
函館と本州は船で結ばれていた  
・・・・・・・・・・・・

過去の記憶の街ー函館(詩)

まさにこのようにクルマ社会にはないものが市電には路面電車にありそういうことがクルマ社会が変わる時蘇えるのである
posted by 老鶯 at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

馬の俳句の紹介(野馬追いがあり馬と親しむ地域)


馬の俳句の紹介(野馬追いがあり馬と親しむ地域)

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ここでかたつむりをテーマにして下の方で馬をテーマにしている
テレビの俳句の番組だったのか?

ここで騎乗して・・・・とあり梅雨晴れとかあり馬をなでるとかあり何か野馬追いで馬とかかわるから紹介した

人間は見ているだけではわからない、騎乗してというふうに馬に乗ったとき見える景色が違ってくる

また馬上とかの漢詩もある

桃花馬上(無題) 夏目漱石

桃花馬上少年時 桃花馬上 少年の時、
笑拠銀鞍払柳枝 笑うて銀鞍(ぎんあん)に拠って 柳枝を払う。
緑水至今迢遞去 緑水今に至って 迢逓(註1)として去り、
月明来照鬢如糸 月明(げつめい)来(きた)り照らす 鬢(びん)糸の如きを

(註1)迢遞(ちょうてい) はるかに遠い。

桃の花の咲く頃馬上に居た少年の日の私、
銀の鞍を置いて柳を払い、得意になっていたものだ。
時は水の流れとともに移り、はるかに遠くへだたった、
今は月の明かりが白いものがまじった鬢を照らしている。

野馬追にもこういう風景がある、馬上に凛々しい姿があったが老いる
白いものが交じった鬢を月の明かりが照らすというふうになる
何か人間は老いるのが早い、白髪になるのが本当に40とかでもなる人が結構いる
第一40でおっさんだとかもう先がないというのも早いとなる
それだけ人間は老いるのが早い、時間が過ぎるのが早いのである
それは若い時はわからない、その若さはたちまちすぎて老人になっているのである

老いてなお殿を守らむしりへにも行列つづく武者なりしかな

野馬追いでも結構年取った人が参加している、野馬追いだってどうしても若い人は少なくなり年の人が多くなる傾向があるだろう
ただ旗取などは若い人でないと無理だろう、
野馬追いは戦国時代の侍の時代の再現である、だから侍の時代で中心になるのは殿様である、それで未だに相馬藩で殿様が活きているとなる
そういうことはもう日本にないのだがここで殿様として迎えているのである

野馬追いがあるというとき相馬では馬がテーマになっているのだ
だから今馬が活きているのは競馬なのである
実際に馬が活きているのは競馬しかないからである
それで競馬ファンが賞をとった馬を見に来ていたのである

ただこの辺では馬を飼っている人がいて馬と親しむことがある
でも馬というのは本当は乗ってみないと騎乗してみないとわからない
だからここのプログで騎乗して見える景色や感じを出していたのである
自転車でも自転車に乗って見える感じるものが違うからである

確かに馬に乗った時侍になる、偉くなった感じになるのがわかる
馬に乗る高さが関係している、人は下になるからどうしても見下す感じになる
そして行列の前を横切るなと前は二階から見るなとかなっていた
つまり侍になった気分になりそれで金がかかるけど出たいともなる
そういう気分は今は味わえないからである
侍とは馬に乗った人なのである、なぜなら徒歩(かち)とかになると徒歩(かち)町とか足軽町とかなり馬に乗る人と区別されていたからである

いづれにしろこの辺では今頃になると馬を見かけるのである、ほら貝の音も聞こえたりするのである

posted by 老鶯 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

カンボジアで日本人2人をタクシー強盗殺人の疑いで逮捕 カンボジアのビル崩壊、死者18人に 中国人所有者ら4人拘束


カンボジアで日本人2人をタクシー強盗殺人の疑いで逮捕

カンボジアのビル崩壊、死者18人に 中国人所有者ら4人拘束


朝日新聞によると、世界遺産アンコールワットで知られるカンボジア中部のシェムリアプで2019年3月17日、タクシー運転手を殺害した疑いで、カンボジア警察は日本人の男2人を逮捕しました。

逮捕されたのは、福島県出身の中茎竜二(なかくきりゅうじ)容疑者(23)と、千葉県出身の元自衛官・石田礼門(いしだれいもん)容疑者(23)。2人は3月17日に、シェムリアプで乗車したタクシーの運転手を殺害し、車外へ捨て、逃走しているところを捕まったとのこと。2人は現金目当てだったと供述しているそうです。

その後のフジテレビの報道によると、2人は日本円で約400万円の借金があり、奪った車で移動しながら強盗を繰り返そうと思ったと供述しているとのこと。

これも何なのだろうか?
アンコールワットには私も滞在していた、そこには日本人がたむろしている
中高年の人もいた、何をしているのかわからない、長くいる
ヨ−ロッパから売春しに来る人もいた
なんか女性が5ドルで買えるとか貧乏な国だった
最底辺の国はカンボジアとネパールである
カンボジアは内戦で200百万人死んだとか疲弊した国だがここもアンコールワットがあり観光に力を入れている、貧乏な国では観光でかせぎ売春で稼ぐ
日本が戦争に負けたときのように傷病兵がいて物乞いしていたし他でもベトナムのハノイでも一軒一軒まわって物乞いしていた、それはベトコンだった人だろう

そしてバイクを交通手段でありバイクはホンダでもそのバイクを貸しているのは中国人の経営者である、バイクを十台でもあればそれを貸して商売になる
東南アジアでは中国人がそうして入ってきて金儲けしている
アンコールワットには中国人の兵隊が描かれている、つまりその時アンコールワットが栄えて中国人も来て兵隊になっていた時代があったとなる
そういうふうにカンボジアが栄えていたときがありあのアンコールワットが残った
何かそれでビジネスとかに関係ない自分ですら資本があればバイクを買って貸せば商売になると思った、でも地の利で中国人が商売しているのである
それも十数年前だから今は中国人が相当に進出して中国人に支配される

カンボジアのビル崩壊、死者18人に 中国人所有者ら4人拘束

これもずさんな工事だったのだろう、中国人が所有しているのもバイクを貸して商売していたのが中国人だからわかる

そもそもなぜ日本人がカンボジアのような貧乏国に言って強盗しなければならなかったのか?それもイメージすらできない
日本人が襲われるならわかるけど日本人がタクシーを襲ってそれも残酷に殺してどれだけの金が入るというのだ
400万の借金あるとしてそんな金をカンボジアで手に入るのか?
麻薬の密売ならわかるが何か理由がわからない、でもなぜこんな凶悪な犯罪をしたのか?終身刑にもなるという、これも若気の至りなのか?
何か若い時こうして無謀なことをして過ちを犯しやすいからだ
そういう経験をみんなしているからだ、それにしてもあまりにも凶暴である
ただ借金に追い詰められた人は怖い、自分もそういう経験しているからわかる
もう見境いなくなるからだ、人殺しでもなんでもするとなる
でもカンボジアでしてどうなるのか?そんな金を持っている人がいない
当面の金がなくなってそうしたのか?              

それにしても最底辺の貧乏国でそんなことするのか?

それだけ日本が貧乏になっているのか?そうかもしれない、一人は福島県出身の元自衛官である、何か自衛隊でそういう訓練を受けていたのか?
やはり日本は今や貧困国家になっている、もう日本人の若い人は逆に外国に出稼ぎに行く時代になるというからそういうことでこういう事件が起きたのか?
日本がの貧困化が深刻化しつつありそれが若者に波及しているのか?
十数年でこんなに変わるとは驚きである

自分自身も経験したことは金がないということで地方で苦しんでいる人がいて自分も相当な被害にあった、だから日本国内でも貧困化すると治安が悪くなる
追い詰められた人間が増えると犯罪は確実に増える
だから金をもっている人でもそれがわずかでも狙われるということがこれから起きてくる格差社会とは金持ちにとっても安閑としてはいられない危険に満ちた社会になるのである貧困が他人事にならない、南米ではいつ子供が誘拐されるかわからないとか安心して暮らせなくなっているからだ

ともかく新たな犯罪が起きてくる、犯罪はなくなることはない、そこに絶望しかないとなる、カルマは消えることなくつづく、暗黒の世界はなくなることはない
日本が貧困化するとき若い世代に負担がかかってくる、だから今の時代は若い人にとって負担が大きくなるから生きにくいとはなる、でも氷河期世代よりはいいのかともなる
世代間によって差が生まれる
そして世代間で理解しあえなくなる、それは人間社会で常にあった
とにかく今はグロ−バル化して交通が発達しているから急速に変化するのである
中国があんなふうになるとは思いもよらなかったからである
新幹線が走る、ITではアメリカをぬくとか十数年前に考えられないことだった
第一鉄道でも車両に人間が家畜のように都会に仕事を求めてくる人を詰め込んでいたからである世界の変化が激しいのである、
それは交通が発達しているからそうなる
それがグロ−バル化を推し進めるのである
そして日本が時代に取り残されているということになった
日本がは後進国になり貧困化してそんな事件が起きたのかとなるとそこまで日本も落ちたのかと信じられないともなる

posted by 老鶯 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年06月24日

カンボジアの今はどうなっているのか? (カンボジアに魅力を感じるのはなぜなのか?)


カンボジアの今はどうなっているのか?

(カンボジアに魅力を感じるのはなぜなのか?)

タクシーの車両は3か月前に15,000ドル(約165万円)の借金をして購入したばかりだった。そのほかに生活資金として1,000ドル(約11万円)の借金がある。いまも月に500ドル(55,000円)の返済をしなくてはならないが、仕事は、妻が調味料や食品を細々と販売するだけ。主をなくし、とても返済する余裕はないだろう。

日本人に殺されたカンボジア人の経済状況は厳しかった
借金してタクシーの車両を買っていた、これは高い!
バイクで案内されたときは中国人がバイクを貸していた、バイクは現地で日本人が安く買っている、あれから10数年過ぎる変わっている、日本人より金持ちも生れている

日本人はなぜカンボジアでたいして金のならないタクシー運転手を殺害したのか?
それは情報不足で日本人のタクシーのように思ったのか?
それだって殺してまで金がそこにあるわけではないのだから不可解だとなる
でもタクシー始めるのに車だとこれだけの最初に金がいるということは簡単には始められない、需要はあるから返せるともなるがまだカンボジアでは相当な額である
ただカンボジアでは車でもバイクでももてばそれで商売になる
ただ十数年前と事情が違ってきている、中国人が100万人入っているとかいうのも驚く中国人は自国が発展してきた時の状態であり通販とか何か中国で商売したことを始めれば成功すると言っている
それにしても中国人が多いことに驚く、そんなに多かったら中国人の国の一部とも化してしまうし東南アジアは中国の発展ですでにそうなっている

カンボジア関係のyoutubeで情報が見れる、なぜカンボジアのような所に魅力を感じるのか?未だにまだ発展途上の魅力である、物価も安い、そこで日本人がまだ金にものいわせることができからなのか?
もうタイとかマレーシアとか東南アジアでも日本より裕福な人も普通にいるだろう
それでタイ人でもマレーシア人でも大阪に日本人の買春に来ているという逆な現象が起きている、これもカルマである
日本がが貧乏になれば今インパウンドで日本人がもてなしで必死になるようにそうなる
売るものがなくなればそうなるのである

とにかく十数年前行ったときとまだ同じ状態もあるが中国人がみるみる発展してカンボジアにも百万人いるということは驚きである
日本人も何かそこで起業しようとする人がいるが成功するのは4パーセントくらいだという、日本人がプノンペンだったとかたむろしていた
何かそこで起業しよとしていたのかもしれない、中高年でありそういう人は日本でも起業しても成功しないと報告している
日本でまともに仕事できなければ外国でもできないのである

もはや完全に「中国の植民地」だ。だから、「今度アンコールワットに行ってみたい」という人には、私は「本気ですか?」と必ず聞く。そして、「中国と中国人が好きなら別ですが、そうでないと全然楽しめませんよ」と忠告する

アンコールワットに行くなら覚悟したほうがいい。完全に「中国人の観光地」となり全然楽しめない。

これがカンボジアの今であり十数年前でもバイクをカンボジア人に貸して商売していたのは中国人だった
もう中国マネーが入り支配される、日本人はそこで起業してもうける状況にはない
インフラの整備も今は中国人が中心だからである、中国無しではもうカンボジアは成り立たなくなっているのだ

いづれにしろカンボジアの魅力は原始的なこと生活がありまた何か人間の悪の面でもむきだしになった混交した世界がある、欧米と日本でも中国でも発展するとみなにたようなものになる、都会だと今は世界でもどこもたいして変わりないのである
それでかえってそういう混交した猥雑とか何かそういうものがある所にかえって魅かれることがある
それで世界中から人が集まるともなる、そこになにか異次元の人間の世界を見るとなるからだ、文明化された都会だと整いすぎてつまらないともなる
ただそこに生きる人は苦しい、でも観光客として傍観者として来れば面白いともなるのである
そしてそういうところだと何か昔に帰ったようなタイムトラベルに乗って昔に来たようになる
インドでは炭を使っていたし白黒のテレビでゲームしていたり牛が路地を歩いたりとかしていた、そこはペレナスでありガンジス河の岸で死体も焼かれている
牛の糞が干されて燃料にされているとかなる
インドもこうして混沌とした生活がありそれは文明国では経験しえないものだからそういうものを求めて旅する人はいる

団塊の世代となると何度も言っているけど戦後十年はそういう後進国の生活があった
燃料は炭だったし水は近くの井戸からもらっていたとか水道もなかった
便所は外にあり近くの農家の人が糞尿を肥料にしていた
そういうものが畑に使っていたりしたけど今は化学肥料になったのである
だからそうした昔の生活を知るには後進国に行ってみると見れるのである
ただタイとかはもうたいして先進国と変わりないとなるし中国でも都会は日本より裕福な人たちになった
それも本当に十数年でそうなったのだから変わり方が世界でも激しいのである

人間はその時代時代に雰囲気がある、それが一時代が過ぎると変わるからいくら何か語られても本を読んでも映像を見てもその時代の雰囲気いうのが実感しえないのである
子供時代のこともあまりに遠くなりその時代の雰囲気が子供として経験していたからわからなくなる
まずその時代時代の雰囲気はその時代に生きてみなければわからない
戦争など特にそうである、戦争だけはもういくら語り聞かされてもとてもイメージできない
でも小学生でも中学生だった人でもその時代の雰囲気を実感している
それでその時に日本の美があったとかその時代にこそ本当の日本があったと回想する作家がいた、その時国民は異様に高揚していたのである
それは戦争というものがただ戦後は否定されてきたからである
戦争を反戦平和からしか見ないからそうなる、そういう面があってもその当時の雰囲気はとても体験できないのである 

私の姉は従軍看護婦でシンガポールで対岸のマレーシアのジョーホールバルで4年間いて地獄の苦しみ受けて帰ってきた
そして死ぬ直前まで戦争のことを語って死んだ、認知症になっても戦争のことは忘れなかった、忘れられなかったのである、それで千回も聞かされてうんざりしたとはなっていたそういうことはとても戦争は否定されるべきだとしても何か日本人がその時一体となり高揚したものがあったことは確かなのである
戦争は讃歌すべきではないがその時代の雰囲気は戦争というもので日本人が一体となり高揚していたということもあった、でもその時代の雰囲気はもう実感しえない

だから歴史をふりかえるときどうしてもその時代の雰囲気が実感しえないことが致命的なのである
海外旅行でもカンボジアとかなると現地に行って肌で感じないと実感しえない
それもかなり長く滞在しないとわからない、実際は住んでみないとわからないとなる
なんとか海外旅行を50歳でしたから良かった、今になるともうできない
体力的にできなくなった、だから海外旅行はとにかくどこでもいいから早い内にした方がいいしできれば留学をした方がいいとなる

何か鋭い批評ができるのは日本を相対化できる海外で生活した人が多いからである
日本を知るには外国に住んで客観的に相対的に見ないとわからないからである
また歴史を勉強するのも今の時代と昔を比較することによって見えてくるものがあるからだ、ただ歴史の問題はその時代の雰囲気がもう50年過ぎても実感しえないものとなる
そういうふうに時代の雰囲気が変わるからである
高度成長時代だと何か異常な熱気が日本にありジャパンアズナンバーワンとして注目されたようにこの時も日本全体に高揚感あった
私は会社員でないから実感しえなかったが会社でも今と相当に違っていた
そこでも高揚感があったからその時代もバブルで崩壊して今は衰退感しかなくなっているのである
posted by 老鶯 at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層